栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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21:都大会三回戦 八千代高校①

「じゃんけん……ポン!」

「うっし、それじゃあウチが先攻で!」

 

 試合の先攻後攻は、スタメン提出時のじゃんけんで決められる。今回は八千代が勝ったことで決める権利をそちらに取られ、欲しかった先攻を取られてしまった。いくら沢滝でも流石にじゃんけんまで必勝とはいかないということなのだろう。

 先攻決めが終わると、互いにオーダーを出し合って出場選手を確認する。名前や背番号が合ってるかを確認するのがここでの役目だが、重要視されるのは専らスタメンと守備位置だけであった。

 

「済まない、先攻を取られてしまった」

「まーいいじゃん。普通は後攻有利なんだしさ」

「そうそう。プロ野球のビジターじゃあるまいしいつも先攻とは俺らも思ってないって」

「寧ろ普通で助かったよ……精神的に」

 

 オーダーをもらった沢滝はベンチに戻り、八千代のスタメンを仲間達と共有する。どうやら春の時とは選手や打順、守備位置に大した違いはないようであった。一人だけ九番打者に一年生がスタメンとして入っているが、それだけである。

 先発投手も予想通り、154キロ右腕の伊佐幸四郎が出てきた。他の投手が出てきても対応できるよう練習はさせてきたが、想定通りにいくのがやはり精神的にもありがたい。今回も五回コールドとはいかないだろうが、それでもある程度くらいは安打を期待できるようになった。

 

「棚原、大丈夫か?」

「おう……初先発、やっぱ緊張するけどな」

「だろうな。だったら一つアドバイスを置いといてやろう……奴らと気持ちで勝負するなよ」

「気持ちで……お、おう?」

 

 真意を図りかねるアドバイスだが、わざわざ試合前にそう言ったということは、それをやっては絶対にいけないということだ。気持ちでの勝負がどんなものになるのかは分からないが、棚原は取り敢えずそのアドバイスを心にしまい込んだ。

 

「まさか御影が出てこないとはな……」

「舐めてる?逆に俺達が舐められてんのか?」

「下衆の勘ぐりはそこまでだ。確かに情報のない投手だが、一年生にエースナンバーを取られている上に三年生になっての初登板だ。間違っても御影よりあの投手が強いということはない。今までだって何度もこういった手合いを粉砕してきたんだ……寧ろラッキーだと思うべき展開だぞ」

「そっすね……ボコボコに打ち負かしますよ!」

 

 同じくベンチに戻った八千代の選手も、みんなで慧峰のスタメンを共有する。当初の予想と全く違うオーダーに困惑し、中には自分達を舐めているのかと疑う者も出る。しかし晴真の投げないこれが慧峰のベストオーダーである訳がない、寧ろ打ちのめすチャンスだと思考を切り替えた。

 一番打者が沢滝であることは変わらないが、抜けた四番の代わりに晴真が入っている。皇心学館戦でも志士堂戦でもホームランを打っていたし、投げないのなら打撃で貢献ということか。恐らく初回で対決することになるだろうから、今からでも警戒しておくべきとバッテリーは結論付ける。

 

「伊佐、調子はどんな感じだ?」

「大丈夫っす。夜はぐっすり眠れたんで身体も思うように動きます」

「ならよかった……いいか、最初の一球で沢滝をどうするか決めるからな。ちゃんと投げられなきゃ話にならねぇ、初球は全身全霊で俺が構えたところに投げてこいよ」

「うっす……頑張ります」

 

 後攻 慧峰高校スタメン

 

 1沢滝零士(遊)

 2中島信之(右)

 3青木孝治(一)

 4御影晴真(左)

 5真堂祐輔(三)

 6小林昭人(ニ)

 7長田大助(中)

 8佐竹幸太郎(捕)

 9棚原幸伸(投)

 

 先攻 八千代高校スタメン

 

 1安守一(遊)

 2三枝雅弓(ニ)

 3高山龍平(右)

 4佐伯博文(捕)

 5杉原恵介(一)

 6伊佐幸四郎(投)

 7金城孝雄(中)

 8徳田元康(三)

 9佐々木一誠(左)

 

 試合が、始まる。

 

『一番、ショート、安守君』

「おねしゃーす」

 

「気楽にやれよー!」

「力抜いてけー!」

 

 一回の表、先頭打者は打てると踏めば初球から振ってくる八千代の核弾頭安守一。打席に入る彼をスタンドから応援団やチアガールが、応援歌と共に盛大に送り出す。皇心学館の時にも同じことを思ったものだが、やはりこういった応援があると、強い学校という感じがするものだ。

 若干気後れしているのを自覚し、棚原はいかんいかんと首を振って恐れを振り払う。佐竹のサインは外低めへのストレート、逃げている訳ではなくストライクゾーンを把握し、これからの打者相手にも有効に使っていくための攻めの一手。その選択は間違ってはいない……いないのだが。冷静になり切れてない内に取るべき手ではなかった。

 

「打った!」

「浅いけど二つ回れるぞ、走れ走れ!」

 

 狙われていたかは定かではないが、安守はストレートをしっかり掬い上げて外野まで運ぶ。レフト方向へ流れた打球は晴真が追いつく前に着地し、安守は二塁へ滑り込みセーフを果たす。初回からいきなりノーアウトのピンチとなってしまった。

 

「気にしなくていい、取れるアウトを取れ」

「お、おう……!」

 

 打たれたことを気に病まぬよう、沢滝は内野から棚原をフォローする。今回はキャッチャーではないがそれでもチームで最も信頼する者の言葉、少しは落ち着きを取り戻せたようだ。

 二番の三枝は初球からバントの構え。これまでのデータを鑑みるとブラフの可能性が高いが、そのままやってくれるならそれはそれで、アウト一つだけ労せず貰えるのでありがたい。どうせなら構え通りバントしてあわよくば失敗しろと、バントのし難い高めの変化球中心に投げていった。

 

「ストライクツー!」

「よし、追い込んだ……!」

「ランナー三塁だ、集中しろ!」

「おう!」

 

 三枝はあの手この手で揺さぶりをかけるが、バッテリーは動じることなく投げていく。途中でランナーの盗塁を許しノーアウト三塁となったが、代わりにツーストライクまで追い込むことができた。流石にここまできてバントの構えはしてこないだろう。通常の構えに戻った三枝と真っ向勝負となる。

 バッテリーの取った選択は、インコースへのシュートで詰まらせ本塁でアウトを取ること。三振にできればそれに越したことはないが、八千代の打者を相手にそう簡単には言えない。ノーアウトで三塁まで進まれてしまった以上は、むしろ1点をくれてやってでもアウトを取ることが大事になる。

 

「絶対に……奪る!」

 

 右打者の胸元、その更に深くへ変化していくシュートの軌道。新たに覚えた新球は注文通りのコントロールで三枝を襲うが、三枝は器用に肘を畳んでバットを調整し叩いてみせた。予期せぬ変化球だったのか詰まってはいたが、それでも振り抜いたことで内野を越えてライト前に落ちる。

 ライト前タイムリー安打により、八千代高校が先取点をもぎ取った。スタンドから得点を祝う盛大なファンファーレが響き、ノーアウトのまま繋がれるクリーンナップを盛り立てる。ここからの打者は更に厄介になるということを考え、一旦落ち着いたはずの棚原の思考は、またしても焦りに呑まれそうになっていく。これはまずいと見た沢滝は佐竹に目でタイムを取るよう指示し、状況をリセットするべく内野陣を集結させる。

 

「済まん……こんな簡単に打たれちまって」

「元々打たれる想定だ、気にするな。それよりも焦りが出てきているぞ、気持ちで奴らと勝負をするなと最初に言っただろう?」

「言ってたけど……」

「名門で培われてきた甲子園に懸ける想いに、俺達のような新参は勝てない。そもそもチームとしての年季も、甲子園のためにしてきた努力も全く違うのだからな。勝てないと分かり切っている要素で勝負してやる必要はない、俺達は俺達のやり方を奴らに押し付けてやればいいのさ。俺は今までお前達に何と言って練習をさせてきた?」

 

 いつも練習の度に沢滝が言っていたこと。できることを精一杯やる……最善を尽くすこと。いきり立って相手の土俵に上がったり、常に全力全身全霊であるということではない。

 今日のために棚原が磨いてきたこと……新たに身に付けた変化球と速くなったストレート、そして自分のためにシートを変更した守備。気持ちで負けていたって、頼れるものは他にたくさんある。

 

「……ありがとう。すっかり忘れてたぜ」

「おいおい、勘弁してくれよピッチャー」

「ここから気を取り直していこうぜ」

「クリーンナップからだ。お前の後ろには少なくとも俺が付いている。忘れるなよ」

「沢滝だけじゃねえぜ、頼れるのはよ」

「無様なエラーなんてしねぇから」

 

「外野にだって味方はいるんだぞ!」

「僕らのことも忘れてもらっちゃ困りますよ!」

「飛ばされたって捕ってやる!」

 

 声かけをし合って棚原を落ち着ける。応援の質はともかく数で負けている中では、皆が声を出し合うというのは大きな意味を持つ。選手だけでなくスタンドにいる数少ない慧峰の応援団や、ベンチで出番と勝利を待つ二人も声を張り上げ、八千代にも負けない鮮烈な空気を生み出した。

 風に応援幕がたなびく。大塚が病院でリハビリに励む傍らで、懸命に一から作り上げたそれに描かれた言葉は『勝ち取れ!』というシンプルなもの。だがそのシンプルな激励が、棚原の心に大きな安心感と好影響を与えてくれる。

 

『三番、ライト、高山君』

「よろしくお願いします」

 

 ノーアウトランナー一塁。盗塁を警戒してこまめに牽制を入れつつ、八千代が誇るクリーンナップの先鋒と向かい合う。三番という近頃では四番以上に打力を評価されることもある打順、そんな番号を任される選手を前に恐れがない訳がない。だけど同時に気後れや迷いも、棚原にはなかった。

 初球はアウトコースにカーブ。これはギリギリゾーンを掠めストライクの判定。今日の審判はアウトコースで、少し広めにストライクを取ってくれるタイプのようである。二球目はさっきとは対角線になるようにストレート。振ってくれたら凡フライにできたはずなのだが、流石に眼も鍛えられているようで見向きもされずボール。どうやらストレートは狙い球に入ってはいないようだ。

 

 カウント1ー1で迎える三球目。もう一度速い球をシュート回転を掛けて動かしつつ、外角の高めに放り投げる。これはストライクゾーンに入っていることもあり振ってきたが、ミートがズレた結果フェアゾーンには落ちずファール。これで2ー1と追い込んだ形になるが焦ってはいけない。まだまだカウントには余裕がある、こんな時こそ勝負を焦らず慎重に行動していくべきなのだ。

 牽制を挟みながら四球目。スライダーを膝下に沈み込ませこれはボール。狙いは際どいところだったがバットを寸止めされて、スイング判定にならなかったのが相手の幸運だった。スイングを取られていたらこれで三振だったのだが。

 

「こいつで……終いだ!」

 

 並行カウントで投げる五球目。選ばれたのは低めから更に落とすフォークボール。三振を狙いつつも当てられたとして併殺を取れるよう、完璧に投げられたウイニングショット。一塁ランナーは既に走り出しているがアウトに取れるなら変わらない。

 練習して新たに覚えた変化球、シュートとカーブもいい球ではある。しかし一番信頼を置けるのは最も長く付き添ってきたこのボール以外ない。完全にストレートのタイミングで振ってきたのを見てこれはやれると確信を持ったのも束の間──高山は片手で強引にバットの軌道を修正し当ててみせた。

 

「うっ……そだろ、おい!」

 

「ピッチャー横抜けた!」

「走れ高山、内野安打いけるぞ!」

 

 打球は棚原の必死に伸ばした腕を無常にも通り過ぎていき、ショートの手前で大きくバウンドする。あまりの高さに内野安打を覚悟したが、ショートの守備範囲には沢滝がいる。

 バウンドした打球が落下するのを待たず、跳びついてグラブのない右手でキャッチ。同時に着地する前にスローイングして、一直線にファーストで待つ青木のグラブに収めてみせた。二塁には進まれたものの、慧峰はこれでようやく一つ目のアウトを取ることに成功した。

 

「うおお沢滝ぃ!」

「はしゃぐな。次の打者に集中しろ」

 

 ワンアウト二塁で迎えるのは四番、八千代の主将にして正捕手の佐伯博文。チャンスの場面では無類の勝負強さを誇る主砲を相手に、棚原は目を閉じて大きく息を吸い上げた。

 誰にだって負けたくはないが、そういう気持ちでは沢滝に言われた通り勝てない。決して勝てないところでは勝負せず、努めて冷静に持てる手札を切り崩して勝ちを勝ち取る。

 

「うぃ……っ!?」

「あいっつ……初球から三盗決めやがった!」

 

 初球を投げようとしたその瞬間、二塁ランナーの三枝が走り出しそれを止められず三盗を許す。またしてもランナーを三塁に置くことになったが、それでも棚原は動じない。佐伯がバットを振らなかったストライクになったし、バッターとの勝負はむしろこちらに有利に進んでいる。

 打ったほうが早いしないとは思うが、スクイズも警戒して牽制と高めの球を増やす。さっきは牽制を挟む間もなく盗まれたので、その分牽制の頻度が高くなっているのは気のせいか。さっさと振って三振してくれればいいものを、佐伯は粘ってフルカウントまで持ち込んできた。そして決めるつもりで投げられたアウトローへのストレートを狙い、大きく掬い上げるのだった。

 

「チッ……高過ぎたか」

 

 弾道が高くなり過ぎて、レフトを守る晴真が十分間に合う程度の飛距離になってしまったが。それでもフェンスギリギリまでは飛んだため、犠牲フライにはこれで十分。実力差的に2点差もあれば十分絶望的な差となるだろう。

 晴真のグラブにボールが収まり、三枝はタッチアップでホームを狙う。いくら強肩の晴真とはいえこの深さでは間に合わない……晴真の強さを知らない応援団も失点を確信したが、そんなこと知ったことではない晴真は平常心であった。

 

 ──取った時点で投げやすい姿勢を作る。一歩目とスローイングを連動させて、二歩目の時点で低めに叩きつけるように投げる……!

 

 頭の中で反芻するのは、沢滝から教わった外野での送球のやり方。無駄の少ないモーションと晴真の肩が合わさったレーザービームの如き送球は、走者の想定を超えた速度でキャッチャーミットに収まり余裕のアウトをもぎ取ってみせた。

 タッチアップ失敗、これにてスリーアウトとなり攻撃は裏の慧峰のターンとなる。エースが登板しないのならその前に決定的な差を付けると、息巻いていた八千代の打線であったが。初回は1点止まりというまずまずの結果となった。

 

「うおお御影!御影ェ!」

「先輩、語彙力が落ちています」

 

 ここからは慧峰のターン。まずは先頭打者として出ていく沢滝が、ホームランで確実に1点をもぎ取ってきてくれるだろう。選手達からは既に凡退などする人間ではないと信用されている。

 

 さぁ、反撃開始である。

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