栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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22:都大会三回戦 八千代高校②

『一回の裏 慧峰高校の攻撃は 一番 ショート 沢滝君』

「よろしくお願いします」

 

 打席に入る沢滝を、八千代のバッテリーはまじまじと見つめていた。相手はここまで打率10割に加えて安打の全てがホームランの変態、沢滝の対処をどうするか次第で、慧峰打線全体との戦い方がガラリと変わる。

 その方針を固めるためにも、ある意味最も重要になるのがこの第一打席。監督からの指示も最初の打席では『全力で勝負しろ』と出ている。結果がどう転ぶかは分からないが、こんな打者と真っ向勝負できる機会はまたとないチャンス。少なくともバッテリーは気後れなど一切していなかった。

 

「沢滝君って打てるんですかね?」

「どうだろう……人の練習に構っているところばかり見ているから、彼自身の実力は分からん」

「ウチの子の話だと、凄く強いらしいわよ?」

「そうなんですか?」

「打率10割、全部ホームランなんだって」

「……化け物では?」

 

 慧峰の数少ない応援団、予定の空いていた家庭部の面々と一部の保護者達。スタンドで会ってそれぞれ挨拶を交わした後は、同じベンチを陣取って皆で慧峰を応援していた。

 家庭部は時折練習の手伝いに、保護者達は時折差し入れを持って見学に来てくれるが、試合を観るのは今回が初めてとなる。初戦の皇心学館戦も土曜日なので来れたはずだが、生憎この時は誰も勝てるとは思っていなかったのだ。応援できるようになったからこそ負け試合を観るのが辛いという、ある意味では優しい気遣いの結果であった。

 

 ピッチャーが初球を投げる。この打席は初めから全力で行くということで、自身の決め球であるフォークをアウトローに落とす。途中まではストレートと同じ軌道で、打者の手元近くでシンカー気味に回転しストンと落ちるウイニングショット。

 これに対して沢滝はスイングの意思を見せ、バッテリーは空振りを確信する。タイミング的にストレートを狙ったスイング、この振りではフォークの変化にはバットが届かない。これを振ってくれるのなら、やりようはいくらでもあると喜んだのも束の間──沢滝はバットのヘッドを急加速させてボールが変化する前に捉え、アウトローのこのボールを無理やり引っ張ってみせた。

 

「うっそ、だろ……ッ!」

「大丈夫……あれは切れる……!」

 

 無理に引っ張った打球、そんな球がフェアゾーンに落ちる訳がない。希望的観測の元打球の行方を追いかける八千代バッテリーと守備陣。しかし打球は無常にもレフトスタンドを飛び越えて、特大の場外ソロホームランと成った。

 

「何でアレが打てんだ」

「相変わらずイカれてやがる」

「頼もしいですよね」

「味方だもんな」

 

「はえー……あんなに飛ぶんですね」

「これが、一年にして場を束ねる実力か」

「凄いわねぇ、強豪の投手に全く負けてないわ」

「そりゃああの子達も信頼するわよ」

 

 ベンチもスタンドも、ホームランを祝福するが肝心の打った本人はどこか不満げに、顔を苦々しく歪ませながらダイヤモンドを一周していた。今の一打に何か思うところがあったのだろうか。

 

「どしたの、何か変な顔だよ」

「……済まない、今の球は打つべきではなかった」

「え?」

「決め球を投げてきたから打ったが、見逃せばボールになる球を俺が振る訳にはいかなかった」

 

 沢滝は打席に入る時、いつも『後ろの打者に打てるイメージを作らせる』ことを意識して、バッティングに臨んでいる。一振りで仕留めるのも時に数を投げさせて粘るのも、決め球に狙いを絞って打つのも全ては皆の打撃を良くするため。沢滝のバッティングを見て良いイメージを作り、更に手本とすることで自分でも打てるようにする。自分だけが点を取るのではなく、あくまでチームで勝つためが重要だからこその処置である。

 それで言うなら、沢滝が打った今のフォークは見逃せばボールになる球であった。自分が難しい球に安易に手を出せば、他の選手達に間違った打ち方のイメージをさせてしまう。あの場面は見逃して改めてゾーンにきた球を打つべきであったのだ。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 沢滝の作るイメージ無しで、慧峰打線が八千代に挑むといったいどうなってしまうだろうか。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 その答えがこの二者連続三振であった。

 

 言っておくと、別に沢滝以外の打者に実力がないという訳ではない。ただ八千代の先発を張れる程の投手相手には力不足というだけである。

 皇心学館戦でも、志士堂戦でも、沢滝がまず相手の先発を打つことで慧峰打線は機能していた。だがそれは沢滝が『正しく』打ってこそ……正しくないイメージを持った状態で、安易にバットを振ってヒットを打てる程、八千代高校という超一流の環境で育った投手は甘くないのだ。

 

『四番 レフト 御影君』

「よろしくお願いします」

 

 しかし慧峰にも、八千代相手に力不足にならない打者はまだ存在している。一気にツーアウトを取られ流れを引き戻されてしまったが、この場は御影の打撃センスに賭けるべき場面。理想はホームランだが取り敢えず塁に出てほしいところだ。

 狙いを絞るとしたら、一番当てやすいのはやはりストレートだろう。晴真自身が相対している伊佐を超える速球使いであるため、手慣れていると言う程ではないが速い球の方がやりやすい。インコース寄りの球を引っ張って、ファーストの頭上から通してあわよくばホームランを狙っていく。

 

「んなっ……!」

 

 初球からインコースに速い球、狙っていたストレートだと判断し晴真はバットを振った。本当にストレートならドンピシャのタイミングだったが、ボールはミートする直前に手元に曲がり、バットの芯から大きくズレていった。

 そんなカス当たりでは、晴真のパワーで振り切ったとしてもまともに飛びはしない。フラフラと力無く揺れる打球をファーストがしっかり掴み、ファーストフライでスリーアウトとなった。

 

「やられた……今のが伊佐さんのカットボール」

「しょうがない、切り替えていけよ」

 

 この回は結局沢滝の1点止まり。同点に追いつけこそしたものの、その得点の内容が慧峰と八千代では全く違う。各人がしっかりヒットを打っての得点だった八千代に対して、ソロホームランという一人だけしか得点に絡めなかった慧峰。

 二校の最も違う点、それが選手一人一人の実力と意識の高さ……即ち地力の差。その差が勝負に於いてどれ程苦しいことなのか、棚原は下位打線を相手にその身を以て知ることとなる。

 

「ツーベースヒット!」

「ナイスバッティング杉原ー!」

 

 先頭打者、五番の杉原を相手にファーストストライクを狙い打たれ右中間を破るツーベース。六番の送りバントでワンアウト三塁とされ、七番はショートゴロでホームを踏ませず終わらせるも、八番にセンター前タイムリー安打を浴びて追加点を許した。

 勝ち越しに少なからず心が揺れたか、九番には四球を出してしまいツーアウト一・二塁のピンチで一番に打席が回ってくる。これ以上の失点は何としても避けたいところだが……気負えば気負うだけピッチングは単調になる。そんな投手の精神状態を前に沢滝は声を掛けてフォローに入った。

 

「大丈夫、ペースを握っているのはお前だということを忘れるなよ」

「……!おう!」

 

 野球は投手が投げねば始まらない。投手は自分のペースで投げるためなら、深呼吸なり靴紐を結ぶなり牽制するなりいくらでも間を取っていいのだ。メジャーなら時間制限はあるが、ここは高校野球の場なのでそんな縛りもないのだし。

 試合を動かすのは良くも悪くも自分。そのことを沢滝は教えたのだ。心に余裕ができればその分視野が広がる。棚原はしっかりとバッター集中のピッチングでツーストライクに追込み──

 

「アウト!」

「ぐっ……!」

 

「おお、牽制タッチアウト……」

「実力差的に、バッターの方に集中しなければ押し負けてしまう。力不足を逆手に取った、素晴らしい判断だったぞ」

 

 ──二塁で牽制タッチアウトを取った。

 

 一打席目は初球でヒットを打たれた相手、ちゃんと集中しなければ二の舞を演じてしまう。そしてバッターの方に意識を集中させれば、必然ランナーへの警戒は疎かになる。

 打者に意識を割くことで、ランナーに『今なら警戒はされていない』と判断させる。牽制無警戒でリードが大きくなれば、牽制が来てしまった時に咄嗟の帰塁はできなくなる。その瞬間を見逃さず棚原はアウトを取ってみせたのだった。

 

「ありがとう沢滝、お前のおかげだ」

「こういうのはキャッチャーの仕事だ。同じ状況があったら次はお前がやるんだぞ、佐竹」

「ぜ、善処する」

「できそうにないなら回してもいいからな」

 

 2ー1で迎える二回裏、慧峰の打順は八千代と同じく五番からスタートする。どうにか点を入れて追いつきたいところではあるが、なかなかあの投手に対応することができない。五、六、七番による三者連続アウトで慧峰の攻撃は終了した。この間投げられた球僅か5球の出来事であった。

 続く三回表。八千代は前の回牽制でチェンジとなったため、打順は再び一番からとなる。さっきは内容的に不完全燃焼だっただろうが、ランナーないない今なら完全な真っ向勝負ができる。佐竹はしっかり勝負をしていけるよう、まずはアウトローへのストレートの指示から出していった。

 

「ストライク!」

「まず、一つ……!」

 

 結果はストライク。これでストライクゾーンを広く使うことができるようになった。アウトコースの後は内に投げ入れたいところだが、速い球を投げた後なので今度は緩い球で様子を見る。一球目と同じように外低めにカーブを放ち、今度は少しズレたようで判定はボールとなる。

 三球目、ここまで外低めに集めてきたので今度は正反対にいく。インハイを通って打者の胸元を抉るように曲がり込むカットボール。そんなにいう程のキレはないが、それでも変化球を名乗れる程度にはしっかり曲がる。手を出してくれたら御の字だったが見送られてこれもボール。これでワンストライクツーボールのバッティングカウント。

 

 余裕があるんだから見逃してくれと、半ば祈るような形で投げる四球目はファール。インコース膝下に投げたスライダーを合わせられたが、相手が打球を引っ張り過ぎたことで、無駄に伸びてフェアゾーンに落ちなかったのだ。

 ホッと息を吐く並行カウント、フルカウントになれば勝負せざるを得なくなる。どうにかしてここで決めたいところだが──佐竹のミットは内角高めを示し、そしてサインはカットボール。

 

「どうにか、なれ!」

 

 左打者に対して外にカットボールということは、捕手の狙いは即ちバックドア。あまり近くては当てられる可能性があり、スライダー程は変化させられないため少しのミスが命取りとなる。

 どうにかなれ──せめて己のすべきこと、しっかり腕を振るということはやっている。ならば後は勝負の流れに身を任せるのみ。放たれたボールはボールゾーンからガクリと曲がり、ストライクゾーンを掠めて捕手のミットに収まる。そして審判はこれに──

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 ──ストライクを、宣告した。

 

「っしゃあ、取ったあ!」

「ナイスピッチ棚原ー!」

 

 スリーアウトを取ったような喜び様だが、まだ先頭打者を降しただけである。

 上位打線には多くの強打者が控えている、ここで油断してはいけない。佐竹はキャッチャーとして棚原にしっかり「バッター集中!」と声を掛け、次の打者への警戒を促した。

 

 次の三枝にはタイムリーを打たれている、今はランナーが居ないが警戒するに越したことはない。自身の持てる力と変化球を活かして、必ずツーアウト目をいただく。

 棚原の持ち球は、元々投げていたスライダーとフォーク。それに加えて習得したばかりのカットボールとシュート、そしてカーブとなっている。森園も同じ様に練習をしてきたが、シュートを習得できたのは棚原だけだ。佐竹のリードはシュートが投球の中心となっているのだが、これは次に投げる森園と被る変化球で、八千代の打線に慣れさせないようにする捕手としての配慮である。

 

「今回もシュート中心……」

 

 リードはやはりシュートから。しかも一打席目で初球から打たれた内角高めのコース。沢滝の様な強気なリードだと、構えられたキャッチャーミットを見て棚原は小さく笑った。

 確かにコースと球種は同じだが、一打席目とは明確に違うところがある。それが二の舞を演じることを防ぐ大きな要素──心持ちの違い。

 

「くそ……ッ!」

「っし、ツーアウト!」

 

 気持ちで勝とうとしていた一回とは違い、棚原は自分にできることを精一杯やることで勝とうとしている。無理をすることを止めて自然体で投げることでかえって腕をよく振れるようになった。その結果ボールに本来のキレが戻り、一打席目とのギャップで打ち損じを引き起こさせたのである。

 

「棚原、まだツーアウトだぞ!」

「分かってる!」

 

 ここからクリーンナップ。一番・二番をを抑えることはできたが、この3人だけで3点とられるということも十分あり得る。いくら警戒したって棚原のレベルでは足りない相手……だからこそ、寧ろ油断なく臨むことができるのだ。

 シュートでズラしつつ、カウントが進めばフォークで三振を狙いにいくスタイルで。時折他の変化球も混ぜることで撹乱する。このスタイルで通用すると信じて、棚原は初球を投げた。

 

「ストライク!」

 

 初球のシュートはストライク、ならば次はストレートをボールゾーンに。バッテリーが互いに身振りとサインで意思を確認し、投げられた球は……指に掛からずすっぽ抜けていった。

 しまったと思っても遅い。ど真ん中へ緩く向かっていく失投を見逃される訳もなく、打者は絶好球を真芯で捉え──バットを真っ直ぐ振ったことで高く上がらなかった打球は、地面と平行に勢いよく飛んでいく。

 

「がっ……」

 

 そして、軌道上にいた棚原に激突した。

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