栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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24:都大会三回戦 八千代高校④

 五回表、八千代高校の攻撃は三番の高山龍平から積極的な姿勢を見せる。

 

「右中間抜けた!」

「いきなりノーアウト二塁……マズいわね」

 

 初球からバットを振り抜いて、引っ張った打球は右中間を抜くツーベースヒット。いきなりランナーを出してしまう苦しい展開だが、苦しいのは替わる前からそうなのでそこは問題ない。

 大事なのは打たれないことよりも、打たれてしまった後どうやってアウトを取るか。クリーンナップから打順が始まるこの回は、特にそれを意識して投げていく必要がある。どれだけ打たれようとどれだけ走られようと、本塁さえ踏ませなければ失点はすることは避けられるのだから。

 

「また抜けた!」

「今度は一・二塁間か……さっきから守備の間を絶妙に抜けられているな」

 

 ノーアウトのピンチで、四番の佐伯を相手に懸命なピッチングを見せる森園であったが。力が上手く伝わらず変化の甘くなったスプリットを打たれ、打球は一・二塁間を抜けるライト前ヒット。辛うじて二塁ランナーの生還は阻止したものの、ピンチが広がる苦しい展開が続く。

 ここで佐竹は一旦タイムを取り、内野陣をマウンドに集合させる。間を取って相手側に傾きかけた流れを止めるのもそうだが、何より沢滝から何かしらアドバイスが欲しいところであった。

 

「五番は敬遠していい」

「満塁にするのか?まだノーアウトだぜ」

「ここまでの二打席、五番は一本ヒットを打っているが六番は送りバントと四球だ。打順的にも打たれる危険性が高いのは五番の方だし、最悪1点くらいなら巻き返せる範囲内だ。三塁までならいくら埋めたって構わん」

「おう、それじゃあその通りにやって……」

 

 次の打者に対してどう立ち回るか、その作戦を選手達だけで立てていく。普通はこういうのは監督のするべき仕事なのだが、慧峰のベンチには作戦を立てられる大人がいないので仕方ない。

 それに加えてもう一つ、沢滝は守備に関してライト方向寄りに位置取るよう指示を出す。先程から八千代の打者は右打者は流し打ち、左打者は引っ張りを意識したバッティングを行っている。理由は恐らくだが沢滝の守備範囲を避けるためだろう。ならばあらかじめ守備位置を右寄りにしていた方が、打球が抜ける危険性を減らすことができる。

 

「併殺や本塁でのアウトは無理に狙う必要はない。一つ一つ、確実に取っていこう」

「おう!」

 

 ──外野の守備だと、あの輪の中に入れないのがもどかしいなぁ。

 

 相手に悟られないよう、小声で口元を隠しながらの話になるので外野にも話は伝わらない。割と暇な時間になるが気を抜くこともできないので、晴真や他の外野陣にとっては辛い時間である。

 それでも指示が出れば迅速に動くし、決められたことにはしっかり従う。全てはこの試合に勝つためするべきこと、反抗したり従うことを渋るなどという選択肢は初めから存在しない。ライト寄りに守備位置を移動する指示に従いながら、晴真は投げない中でどう貢献するかを考えていた。

 

『六番 ピッチャー 伊佐君』

「っし、よろしくお願いします!」

 

 五番は敬遠し、ノーアウト満塁で打席に立つのはここまで1失点の好投を続ける相手投手。点が入らなければおかしいと言えるこの絶好の場面、ここで抑えることができたなら、ピッチングに悪影響を与えられるかも知れない。

 内野は前身守備を敷いて、ゴロを逃さず捕らえて本塁で刺す構え。理想は本塁でアウトを取った後一塁でもアウトを取るホームゲッツーだが、最低でも前者くらいは果たさねば、このままずるずるといかれてしまう可能性も高くなる。この場は絶対に伊佐に打点を上げさせてはならない場面だ。

 

「ボール!」

「……さぁ、どう来るかな?」

 

 初球はスプリット、いいコースではあったがストライクにはならず。今までの打者なら手を出していただろうが、伊佐はここまでの打者のような積極的な姿勢は見せず慎重になっていた。点を取れて当たり前のシチュエーションというのが、かえってプレッシャーになっているのかも知れない。

 二球目、ここもバッテリーはスプリットを選択するがこれも外れてボール。三球目にもスプリットを投げ続け今度はストライクが入り、1ー2のバッティングカウントとなる。

 

「分かってんだぜ、ゴロ狙いはよ……」

 

 前進守備を敷き、その上で引っ掛けさせたいと言わんばかりのスプリット連発。ゴロを打たせて本塁生還を阻止したいという思惑は、打席に立つ伊佐には筒抜けであった。

 とは言え、今の状況ならこれが一番ベターな選択であることは確か。相手の思惑が分かり切っている状況で、どんな戦いを見せるのか……強豪の地力を問われる打席になる。リードもしていることだし気楽にいっていい場面だが、伊佐はそれなりにこの状況にプレッシャーを感じていた。変化球を引っ掛けさせてゴロを打たせたいなら、高めやストレートはこないはず。これをしっかりと打ち上げて外野まで運ぶことができるのだろうか。

 

「うぅ、頼むぞ森園……!」

「せめて最小失点に抑えて……!」

 

 そして投げられた四球目は、インコース低めへのスプリットであった。続けての変化球が来ることは読み切っていた伊佐、腕をしっかり畳んで内角の球を打つ姿勢を作りバットを振り抜く。

 僅かに芯は外れたが、引っ張った打球は転がることなく上がっていく。若干勢いは弱いもののこれなら内野の頭を越える、二塁ランナーまで生還できるタイムリーになる……そう確信し笑顔を作った伊佐であったが、この時の彼は『何故ウチの打線がレフト方面へのバッティングを避けていたか』を失念してしまっていた。

 

「アウト!」

「っな……!?」

 

 レフト方面に打ってはいけない。何故ならそこには沢滝が待ち構えているからだ。打球が上がり切る前にダイレクトでキャッチし、バッターをアウトにするとそのまま三塁に送球。飛び出していた三塁ランナーも同時にアウトにしてみせた。

 6ー5の変則ゲッツーにより、ノーアウト満塁の危機を脱した慧峰高校。失点リスクの高いそのプレッシャーから解放されたとなると、流石に安堵の息も漏れてしまうというものである。何せノーアウト満塁がツーアウト一・二塁になったのだ、三塁にランナーがいないというだけでも全然違う。

 

「ナイス沢滝、ありがとうー!」

「あんなへなちょこ球を抜けさすかよ」

「それでも助かった!」

「……ふふ、まだツーアウトだぞ」

 

「今の、絶対抜けたと思ったのに……」

「沢滝君、守備も上手いのねぇ」

「これで普段はキャッチャーなんでしょう?できないポジションなんてないんじゃない?」

「ウチにとっては神様みたいなもんですね」

 

 変則ゲッツーでツーアウトまで漕ぎ着けたが、まだ一つアウトを取る必要がある。ランナーだってまだ二人残っているし、ここで気を抜いてはいけないと沢滝は改めて気を引き締めさせた。

 次の打者である七番金城には、一つ前の打席でツーベースヒットを打たれている。侮れない打者だがその次の八番は二打点を上げているため、そっちに回る前にこの回を終わらせたいところ。しかし何とか終わらせたいという思いばかりが先行すると、その影響はピッチングに出てきてしまう。なかなか制球の定まらない投球が続くが、どうにか打たれる前に少しずつ持ち直していった。

 

「こいつを……振ってくれよ!」

「っぐ……おお!」

 

 ゴロ狙いの低めの球を続けた後、避けていた高めへのストレートでスイングを釣る。見事に引っ掛けることに成功したが、打球は森園の左手側を抜けて大きくバウンドし、ゴロを捕球するべく前に出ていたセカンドの頭を不運にも越えてしまった。

 沢滝がフォローに入ったことで、二塁ランナーの本塁生還はどうにか免れたが。この内野安打によりまたしても満塁のピンチを迎えることとなる。

 

 ツーアウト満塁で迎えるのは、この試合で二打点を上げている八番。下位打線の打者ながらしっかりとした打撃ができる、この状況では意味はないが小技も上手い好打者だ。

 既にツーアウトを取っているので、スクイズの心配は必要ない。慧峰の対応法は一貫して沢滝以外をライト方向に寄せて右打ちの警戒、どこに打たれようとも誰かが取りに行けるシフトを組む。そして一番打たれてはならないのがホームランなので、長打の可能性を減らすべく投球は低め中心に。今度はスプリット一辺倒ではなく、ストレートや他の変化球も織り交ぜて投げていく。

 

「ストライク!」

「うお、いきなりインコース……」

 

 森園の初球はインハイへのストレート。長打を防ぐべく低め中心でくる、それを読んでいた打者の考えを逆手に取った一投。高めにも投げることがあると示せば、それが目隠しとなり本来の狙いである低めの球を活かしやすくなる。この一投でかなり有利な状態を作ることができていた。

 続く二球目はアウトコースへのスライダー。これは大きく外れてボール。流石に枠を外れ過ぎておりこれでは打者は反応してはくれない。今度は同じ所へしかしスプリットを。これも見逃されて判定はボールとなる。バッティングカウントで投げた四球目はアウトハイへの速球、打者はこれを振るが変化したことで芯を外しファール。カットボールの変化がヒットを許さなかった。

 

「うぅ、胃が痛くなるぜ……」

「さぁ、かかってこいよ……」

 

 並行カウントの五球目、今度はインコースに変化球を投げていく。打者はこれを見逃そうとするが変化したらストライクになることを察知し、咄嗟にこれを合わせてファールとした。あわよくばフロントドアで空振り三振を狙っていたのだが、八番打者にあるまじきしぶとさに森園も辟易する。

 六球目、七球目……ストレート以外の全てを使ってどうにかヒットは防いでいるが、どうしてもアウトまで持っていくことができずにいる。このままゴロ狙いでいくのは難しいと判断し、バッテリーは狙いを切り替えることにした。低めが警戒されてカットで誤魔化されるのなら、逆に高めの球を打ち上げてもらうことにするのだ。

 

「ちゃんと投げろよ……!」

「分かって、るってよ……!」

 

 十球目に投げたのはアウトローへの変化球……今まで投げてきたスライダーでもスプリットでもカットボールでもカーブでもなく、ただ遅くしただけのチェンジアップ。

 即興という訳ではなく、晴真の投げているのを参考に練習は積んできている……彼程の球速差も変化量もない本当に遅いだけの球だが。しかし遅いだけの球もアウトローへ投げ込めば、初見も相まってその軌道を眼に焼き付けることができる。コースは大きく外れてしまったが、今回はあると知らせただけで成果としては十分。

 

 アウトローの遅い球の後、続けて投げるのはもちろん真逆の球──インハイへのストレート。フルカウントになっている以上、見逃し三振を避けたいと打者は考えるはず。ならばそんなことを考えている時に投げられたストライクゾーンに入る球に、手を出してこないはずがない。

 森園のストレートは、MAXでも140キロに届かない程度の球速しかない。それでも最も遠い場所に投げ込まれた遅い球の後、最も近い場所に投げ込まれたストレートを見たのなら。チェンジアップの軌道を目が覚えているのなら、そのストレートとの速度のギャップが判断の遅れを生む。そしてしっかりと腕を振り切って投げたストレートなら、そんなミスを逃さず仕留めることができるだろう。

 

「上がった……!」

「どうだ……」

 

 芯を外し高く打ち上がった打球は、勢いこそ大したものでもないが風に乗って伸びていく。完全に勢いが死んで落ちる前に捕球するべく、レフトを守っていた晴真は必死で打球を追いかけていった。そして落下点に追いつき、取りこぼすこともなくしっかりと捕球しレフトフライを成立させるのだった。

 これにより八千代高校はスリーアウト。二度の満塁のピンチを迎えたものの、慧峰はそのどちらをも無失点で切り抜けることに成功する。このことが少なからず裏の攻撃につながると信じて、ベンチに戻る彼らは切り抜けた安心感も多分に込めて、大きく叫んで喜びを表明した。

 

「よっしゃああぁぁ!」

「無失点!無失点だ!」

「よくやった森園ォ!」

「ふぅ……一時は本当にどうなることかと」

 

「無得点か……」

「何だか、嫌な流れだな」

 

 八千代のベンチは、試合の流れが慧峰に傾きかけているのを敏感に感じ取っていた。二度の満塁のチャンスをどちらも潰し、その前だってチャンスは数多くあったにも関わらず攻め切れていない。3ー1という点差がそれを物語っている。

 こうなると、慧峰にこの流れを完全に引き寄せるだけの打撃力がないのが救いだ。唯一怖過ぎる沢滝を敬遠してしまえば、後の面子は伊佐のピッチングならどうにでもなる程度。強いて言うなら四番に入っている晴真を警戒すべきだが、結果がまだ出ていない以上はあまり気にしていても仕方ない。

 

「さて、どうなるかね」

 

 五回裏、慧峰は反撃の狼煙を上げられるか。

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