栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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25:都大会三回戦 八千代高校⑤

 五回裏の慧峰の攻撃は六番の小林から。初球から甘く入ったストレートを痛打すると、打球はセンターの頭を越えるヒットとなる。一塁を踏むと勢いをそのままに駆け抜け、二塁を犯しノーアウトで得点のチャンスを作った。

 

「いいぞ小林!」

「ナイスヒット、ナイスラン!」

 

 正直なところ、八千代の投手層の厚みと守備の硬さ的に連打は難しい。こういう余裕のある場面ではバントや右打ちでランナーを進めたいが、生憎慧峰ではチームバッティングの練習は積んでいない。ランナーを進めるには、ヒッティングでの強行突破以外の手段を取れないのだ。

 左打者である七番の長田は、引っ張りがそのまま右打ちになるためできないこともないだろうが……ワザとゴロを転がしてランナーを進めるという技は沢滝は教えていない。今勝つために切り捨てた技術だが、こうなると惜しいと思うものだ。

 

「しっかり振ってけよー!」

「様子見とかいらねーぞ!」

 

 臆せずバットを振り切ったおかげもあり、詰まった当たりながらも打球はライト前へ。下がっていたセカンド・ファーストとライトが競合し、お見合いとなることでアウトを免れた。

 ノーアウト一・三塁で、八番佐竹は果敢にヒッティングに挑むも結果はセカンドゴロ。ランナーの全力疾走の甲斐あって点は入ったが、4ー6ー3のゲッツーを食らってしまった。これにより3ー2と一点差に引き戻したものの、ランナーなしで九番森園は手も足も出ず空振り三振。同点には追いつけずこのまま六回の攻防に移ることとなる。

 

「点が入った後のイニングは、試合が動きやすくなると言われている。どう転ぶかは分からんが常に注意を払って動くように、常に冷静にできる範囲でを心掛けること」

「次は八番からだったか……」

「九番だぞ」

「あ、そうか」

 

 次の先頭打者を間違える程、緊張しているのか疲れているのか……そろそろ晴真の登板も視野に入れるべきかと考える沢滝であったが、森園は意外にも良いパフォーマンスを続けていた。

 先頭の九番は、2ー2の並行カウントまで追い詰めた後に、アウトローへのスプリットが完璧に決まり空振り三振。続く一番には10球以上ファールで粘られるも、最後には敢えてボールゾーンまで上げたストレートを振らせ三振に取る。二者連続三振であっという間にツーアウトを取ってみせた。

 

「何か、良い感じじゃないですか?」

「どうかな。三振にはできたが空振りはほとんど取られていないし……あまり楽観視はできん」

「それに、今は上位打線だものね」

「……炎上しないことを、祈るばかりですか」

 

 しかし、その祈りは通じなかった。

 

「打った!」

「ツーアウト一塁!」

 

 初球の変化球を狙い撃たれ、打球は一・二塁間を抜けてライト前に落ちていく。一塁で止まったのは幸いだったが、今のスイングは完全にインコースの球を読み切っていなければできなかった。一度打席に立ったことでクセか何かでも盗まれたのか、それとも他に何か理由があるのか……森園は不安を抱えながら次の打者を迎える。

 この三番と対決していくことで、さっきのスイングのカラクリは理解できた。バットを指二本分短く持つことでスイングを小さくしていたのだ。短く持ったバットでは、アウトコースの球には物理的に届かせることができない。だから届く所にこない球は捨ててインコースのみに絞ることで、投球を読み切ったようなスイングを可能としていたのだ。

 

「だったら、外で攻めていけば……!」

「安直なんだ……よ!」

 

 カラクリに気付いたことで、バッテリーは配球をアウトコース主体に切り替える。しかし打者はカラクリに気付かれたことに気付き、アウトコースに投げられた球をしっかり捉え流し打つ。

 レフト方面への打球だが、弾道が高くなったことでさしもの沢滝も届かず外野まで運ばれてしまう。一度犠牲フライを阻止した晴真の肩を警戒し、ランナーは三塁で止まったので失点はなかったが。一気にピンチになってしまった。

 

「ツーアウト二・三塁……!」

「しかもここで、向こうの四番か……!」

 

 一塁は空いている。ここは勝負を避けて満塁策を取ることもできる場面だが……四番も五番も森園からヒットを打っている相手、どちらを相手にしても相性はそう変わらない。むしろ満塁にして打たれた時のリスクを考えると、ここは多少無理を押してでも勝負に出るべきだろう。

 例え満塁にするにしても、最初から逃げるのと攻めた結果の四球では持つ意味が違う。ここを越えてもあと一打席は戦わなければならないし、苦手意識を強く持たせるような結果は避けたい。どうしたものかと思案する佐竹が沢滝の方を見ると、沢滝は勝負するべきだという合図を出した。

 

「結局、ここで勝つしかねぇか……!」

「この回も抑えてベンチに帰るぞ……!」

 

 合図を受けた佐竹は腹を括り、森園に初球インコースのサインを出す。森園はそのサインに小さく首を縦に振って従い、インコース高めに腕を振り切ってストレートを投げた。

 ツーアウトなのでスクイズの心配は要らない、打者だけに集中して投げたストレートは、インハイギリギリのところを通り抜けてストライク。幸先良い初球を投げることができた。

 

「このピンチに、いい球投げるじゃん」

 

 反応できなかったのか、ボールと思って手を出さなかったのか……何にせよ、ストライクから入ることができたのはかなり助かる。間髪入れず続けて投げた二球目はこれもストレート。しかもまたしてもインコースに投げ込んだ。

 二球続けてのインコースは予想外だったか、打者のスイングは酷く中途半端なもの。八千代のベンチに飛び込む危険なファールとなり、危うくファールチップ直撃であった監督から、次やったら代打出すぞと大目玉を食らっていた。

 

「次は、これ……」

「ちゃんと投げろよ……」

 

 バッテリーが三球目に選んだのは、アウトローへのチェンジアップ。最後はもう一度インコースへのストレートで終わらせるべく、外に遅い球を投げて打者の眼を狂わせる算段であった。

 どんな形でもいい、最後に一つアウトを取って良い形で裏の攻撃に繋ぐ……その想いだけが先行し過ぎたのが災いしたか。森園の投げたボールは十分に速度が落ちることも、アウトコースへ狙い通りに向かうこともなく。ほぼど真ん中への絶好球を四番打者が見逃すはずもなく、完璧に捉えられた打球は美しい放物線を描き、バックスクリーンを越えて場外へと落ちていった。

 

「スリーランホームラン!」

「八千代がまた突き離したぞ!」

 

「うわぁ、マジかあ……」

「これは、痛過ぎる失点だな……」

 

 四番の面目躍如とも言える、一気に点差を突き離す伊佐のスリーランホームラン。この一打によりスコアは6ー2となり、慧峰にとってはほぼ致命傷と言える失点となってしまった。

 やってはいけなかった失点。戦犯と詰られても仕方ない失態に項垂れていた森園だが、集まった内野陣は誰も彼を責めることはしなかった。むしろここまでよく一失点で抑えてきたと、彼のことを上出来だと労っていっている。

 

「すまん、打たれちまった……」

「何言ってんだ、これくらい想定してたろ」

「そもそも、はじめの頃はお前と棚原合わせて十失点は覚悟って言われてたんだ。それがまだ六失点なんだから良くやってるよホントに」

「そうだ、嘆くのは試合後でいい」

 

 どうにか被弾して揺らいだ心を落ち着け、再び守備に戻る内野陣。沢滝が自分の守備位置に戻ろうとしている時、レフトの定位置でスタンバイしている晴真と目が合った。

 

 ──投げる必要はあるかい?

 

 自身の登板の必要性を、晴真はアイコンタクトで沢滝に問いかける。確かに投げてほしいのはやまやまだがその時には早い。投手交代を宣言したくなる気持ちを底に押し込み、沢滝は首を横に振って引き続きレフトの守備に着くよう指示する。

 改めて向かい合った五番打者も、スリーランに続くように初球のストレートを引っ張る。打球はぐんぐん伸びていきまたしてもホームランか……と致命の失点をバッテリーは覚悟したが、フェンスを越えて落ちる前に、懸命にダッシュして打球に追いついた晴真がそれを掴み取った。

 

「嘘でしょ、ホームランをフライに変えちゃったわ」

「凄い反応だったな。おかげでウチは助かったが」

 

 これでスリーアウト。点差は四点にまで広がってしまったが、慧峰の攻撃はまだこの回を含めて四イニング分も残っている。これ以上八千代に点を与えないというのは前提条件だが、まだまだ悲観する程の点差では断じてない。

 

「この回は沢滝君からだったな」

「また敬遠されるのかしらねぇ……」

 

 六回裏の慧峰の攻撃、口火を切る先頭打者はチームの主得点源である沢滝。初回にホームランを打った後は勝負を避けられているが、果たしてこの回も敬遠されてしまうのだろうか。

 答え合わせをするなら、八千代はバッテリーも監督も敬遠するつもりであった。第一打席では全力で打ち取りにいったにも関わらず、真っ向から返り討ちに遭ったことで警戒を強めていた彼らに、もう沢滝と勝負する気は微塵もなかったのだ……この回で()()()に立つ彼の姿を見るまでは。

 

「どういうつもりだ……?」

「ここまでずっと、右打席だったのに」

「まさか、スイッチヒッターなのか?」

「その左打席に、いったい何の意味がある……?」

 

 敬遠するつもりだったのに……予想だにしなかったことをしでかされたことで、八千代の陣営は困惑に包まれた。そして投げるまでにいくつかの思考を挟んだ後、彼らは左打席に立つ沢滝と勝負することを決断する。

 例え本当にスイッチヒッターだったとして、今までそうしなかったということは、右打席でのバッティングよりかは信頼度は低いのだろう。慧峰ベンチの困惑を見るに、チームメイトも左打席に立つことは知らされていなかったようだ。

 

 これがてんで無反応なら信頼度の高さを窺え、躊躇いなく勝負を避けることができた。それができないのならば確かめるべきだ。どこかで致命傷を負わされることがないように。

 勝負を選択したバッテリーだが、どうしても決め球を簡単に打たれた記憶がちらつく。投げる度に被弾した瞬間が頭に思い浮かび、腕が緩み上手く力を掛けられなくなってしまう。しかも何を投げても沢滝は打つそぶりすら見せず……結局ストライクが入らないまま連続でボールを投げてしまい、振るまでもないストレートの四球となった。

 

「そうだ、もっと戸惑え」

 

 沢滝は守備練習など、ノックを打つ機会がある時は右と左でバランスよく行っている。どちらの打席に立とうとパフォーマンスは変わらないが、右打席に立つのは『チームに左打者が多いからバランスを取るため』という理由がある。練習の時はむしろ積極的に左でも打っているが。

 それが今回左打席に立ったのは、八千代のバッテリーに戸惑いを植え付けるため。点差もあってランナーもなく、被弾しても最小失点で済む今なら確認にはもってこいの状況。絶対にここで敬遠はしてこないと沢滝は読んでいた……結果はほとんど敬遠と変わらないようなものであったが。

 

「ッ……これなら、打てる!」

「中島が打ったあ!?」

 

 初球から沢滝が盗塁を決め、投げられた二球目は速度も変化もコースも甘い絶好球。流石に打てる球がきたことで中島はフルスイングし、打球はセンターオーバーのツーベース。二塁ランナーも悠々とホームに生還し慧峰は一点を返した。

 これが沢滝の狙い。一度自分の中に生じた疑念や戸惑いはそう簡単には拭い切れない。迷いを持ち込んだまま次の打者と相対させ、投手の調子を下げることで打ちやすい状況を作ったのだ。今の慧峰の実力では歯が立たないのなら、歯が立つレベルまで相手を落としてやればいい。

 

「ちぃ……やられたぜ」

「アイツのせいだ、アイツの」

 

 点を取られたことで頭が冷えたか、三番の青木に対してはインコースの球だけで三球三振。元の調子を取り戻したストレートに空振り、合わせようとしてカットボールを打ち損じ、最後はスプリットで見事に決められてしまった。

 ワンアウト二塁で迎える四番、ここまでノーヒットの晴真はこのチャンスを活かせるか。ネクストバッターズサークルから出ようとする背中に、沢滝が待ったをかけアドバイスをする。それは未だ三点差の着いているこの状況では、悠長過ぎるとも言えるようなものであったが……

 

「打てなくてもいい、できる限り伊佐に球数を投げさせて消耗させるんだ」

「……流石に悠長じゃない?」

「もちろん打てるに越したことはないが、あと一回は打席が回る。その時にはお前が確実に打てるようにさせてやるから、より効果を出すためにもこの打席は我慢に努めてくれ」

「何か策があるんだね。分かった」

 

 納得いかない部分もあるが、あくまで打てなくてもいいというだけであって、打つなとは沢滝は一言も言ってはいない。

 沢滝の言葉に従うと決めた晴真は、一発を狙うのではなく球筋をよく見る方にシフトした。無闇にスイングせずツーストライクまでは様子見し、追い込まれてからはカットで粘る。あまり中途半端に打つとバント扱いにされかねないので、フルスイングでフェアゾーン外に落としていく。

 

「あっさりやられてた癖に、粘るな」

「なら、こいつを振らせてお終いだ」

 

 フルカウントになってからも、クサいところをカットし続けて粘った十三球目。バッテリーはここで勝負を決めるべく、決め球であるスプリットをアウトローへと投げ込んだ。

 ストライクからボールになる変化球……フルカウントの場面で投げるには、余程の信用と信頼がなければただの逃げになってしまう。それでもこれなら三振に取れると確信して投げたこのボールを、晴真は見送りボールとした。

 

「フォアボール!」

「ふぅ……危ない、手を出すところだった」

 

 これでワンアウト一・二塁。次の打席では必ず打つと誓い、晴真は一塁へ走っていった。




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