栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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28:快進撃と

 四回戦以降、慧峰高校はまさに快進撃とでも言うべき勝ち上がりを見せていた。

 

 四回戦、VS大谷高校。相手もここまで来ているだけあって相応の実力はあったが、八千代という超強豪の後ではその実力は霞んでしまう。晴真の投球は大谷打線に一切の抵抗を許さず、逆に慧峰の打線は大谷の投手をいとも簡単に捕まえてみせた。

 その結果は18対0の五回コールド。晴真はこの試合での球数僅か32球という、圧倒的な省エネピッチングで大谷打線を完全に抑えた。三振の数こそ大したものはなかったが、相手に一塁を踏むことすら許さない完璧な投球内容であった。打線に関しても沢滝がほぼ敬遠されていながら、これだけの得点を挙げたのは素晴らしい内容と言えるだろう。

 

「クソッ……!これで、終わりかよ……!」

 

「……」

 

 五回戦、VS山城工業。ここでも先発した晴真が圧倒的な無双振りを見せつけ、山城打線を七回までで19奪三振という三振ショーを披露する。ほぼ最低限の労力で打たせて取った四回戦とは異なり、力の差を見せつけていく形となった。

 打線の方も好調が続く。特にクリーンナップを務める青木・晴真・真堂の活躍が目覚ましく、この3人で8打点を叩き出した。沢滝という絶対的な存在は敬遠されてマトモに打てていないが、それを補って余りある打力を発揮しつつある。最終的に試合は11ー0の七回コールドで決着となった。

 

「うっ……ううう……」

 

「……」

 

 そして準々決勝、東陽高校。ベスト8まで残っているだけあって中々の強敵であった。今回は八千代戦同様に晴真を温存し、森園が先発を務め七回までを一人で担当する。森園の実力はそれなり程度であるため被安打は多かったが、それでも要所をしっかりと抑えビッグイニングは阻止。最終的に七回を被安打10の4失点で終えた。

 打線の方は、沢滝の出会い頭のホームランでまず先制すると、その直後に晴真のタイムリーで1点を追加することに成功する。中盤沢滝が敬遠された事で打線が湿り勝ち越しを許すも、八回に中島にスリーランホームランが炸裂し逆転。裏の守備から登板した晴真が六者連続凡退で試合を締め、5ー4で勝利のベスト4進出と相成った。

 

「最後に……君達と戦えて良かった」

 

「行けよ、甲子園」

 

「ちょっとだけ、応援しとくからさ」

 

「……」

 

 

 ■■■■■■■■■■□□□□□

 

 

「あと、二つ、か……」

「何か、夢見てるみてえ……」

 

 準々決勝を終え、慧峰野球部の面々は準決勝を見据えたミーティングを行なっていた。残った高校も少なくなり、これからは試合感覚は更に短くなっていく。時間の限られる中で最大限に勝利の可能性を高めるためにも、相手校の情報共有は大事な要素の一つである。

 

「準決勝の対戦校は王明高校。皇心学館や八千代の陰に隠れてあまり目立たないが、甲子園大会の成立から歴史の続く名門の一つだ。その名前に惹かれて王明の門を叩く球児は当然多い。選手の質はその二校にも劣らないと思え」

 

「皇心学館や、八千代と同格……」

「実質、ここが決勝みたいなものか」

「次の試合は誰が先発するの?サイクル的にやっぱり僕が投げる感じかな」

 

 次の試合が事実上の決勝戦となるのなら、誰が先発するかというのは大事になる。ここまでは晴真が二試合先発し、次に棚原・森園が先発するというサイクルでやってきていたので、その流れに従うなら次は晴真が先発になるが──

 

「……いや、先発は森園でいく」

「俺が……ッ!?」

 

 ──沢滝が指名したのは、今日の試合でも先発した森園の方であった。本人は指名されると思っていなかったのか、かなり驚いていたが。

 

「な、何で俺なんだよ」

「まず、王明がどちらかと言えば投手力と守備に重きを置いたチームであること。俺は次の試合でも確実に敬遠されるだろうし、得点に期待ができないなら御影には打撃に集中してもらいたい。相手の打線も大量得点をするような戦法ではなく、最低限のリードを硬い守備で守り抜くといった戦法を取る。今日のピッチングと同じくらいの出来なら、お前でも十分抑えられる」

 

「オーケー、打つ方だね」

「それと……いや、何でもない」

 

 何やら言い淀む沢滝であったが、誰もそこには触れず話題は棚原の復帰に移る。

 八千代戦のアクシデントで一時戦線離脱していた棚原であったが、検査の結果大きく内出血こそしていたものの骨や筋肉には異常は無し。内出血が治まり腫れが引いたことで、またマウンドに立つことができるようになっていた。

 

「離脱してた分は働くぜ。と言っても次の試合はリリーフみたいだけどな」

「無理してまた怪我すんなよ」

 

 怪我をしたのは事故であって、一応棚原自身に非は無いのだが……怪我をしたこと自体は事実なので気を付けてもらいたいところである。

 沢滝は「王明に勝つのなら、2人で最低7イニング・3失点程度までに抑えてほしい」と言う。つまりはそれができると彼は思っており、やってくれると期待しているということだ。

 

「……やってやるさ」

「甲子園まであと2つ……絶対に、落とす訳にはいかねぇよな」

 

 言葉の威勢の良さとは裏腹に、それを語る彼らの表情は暗く重い。流石にこれを見逃す程晴真も鈍感な人間ではない──が、それをこの場で指摘することはできずミーティングは終わるのだった。

 

 

 ■■■■■■■■■■□□□□□

 

 

「大丈夫なのかな、先輩達」

「まぁ、大丈夫ではないだろうな」

 

 ミーティングを終えて帰宅し、晴真はすぐに沢滝に電話をかけた。森園や棚原をはじめ今日の先輩達は皆一様に表情が暗く、口も重かった。そのことを不安に思い、事情を察しているであろう沢滝に理由を聞いてみることにしたのだ。

 晴真自身、帰路に着きながら理由を考えてみたがどれもあまりしっくりこない。王明の強さに怯えているという訳ではないだろうし、甲子園が近くなって今更怖気付いた訳でもないだろう。皇心学館を倒した時に受けた世間の批判が効いてきたということでもないだろうし……

 

「沢滝君は分かる?先輩達があんなことになっちゃってる理由」

「……恐らくだが、後ろめたさだ」

 

 色々と考えはしたが、沢滝から聞かされた考えが一番しっくりきていた。

 先輩達はいきなりああなった訳ではない。むしろ初戦や八千代に勝った時などは、公式戦での勝利が少ないこともあって何より喜んでいた。こうなったのは四回戦以降……勝利する度に少しずつ顔が下を向いていっていたのだ。

 

「勝って相手の3年間を終わらせたこと、叶えられなかった夢を託されたこと……そういった今までには無かったものが、アイツらの重荷になっているんだろう。これまでは人数不足でそもそも試合に出られないか、出ても一回戦負けが当たり前で想いを託されるなんてことは無かったはずだからな」

「……あんなに勝ちたがってたのに、いざ勝つと怖気付くようになるのか。難儀だね」

「だからこそ、だ。これまでは勝ったことが無かったから知らなくてよかった──アイツらは今、勝ち上がることの『意味』と『重み』を胸に刻み込んでいる時期なのさ」

「……本番までに、治ると思う?」

 

 無理だろう、と沢滝は言う。メンタルの問題というのは厄介なもので、一度患ってしまうと下手すれば一生の付き合いとなる。スポーツ選手が怪我や敗戦のショックから思うようなプレーができなくなるように、それまではできていたことができなくなったり、それを取り戻そうとして無理を重ねまた怪我をして……という悪循環に嵌り、最悪プレー不可能どころか、そのジャンルと関わることさえできなくなってしまう。メンタルの問題とはそれ程までに根深く難しいものであるのだ。

 ましてやたかが一高校生……それもつい最近漸くやる気になれたような奴らが、自分達がサボって遊んでいたような時期も真面目に取り組んできた奴らを蹴落とし勝ち上がることに、罪悪感や負い目を感じるのはマトモな感性なら普通のこと。そこから吹っ切れるのは簡単ではない。

 

「そう簡単にはいかない問題だ。それだけに安易に切り込むこともできないし、かと言ってそのままにしておく訳にもいかん。難しいが……アイツらが吹っ切れることを待つしか今は無い」

「……そう、だね」

 

 果たして都合良くいくのだろうか。一抹の不安を胸の奥にしまい、晴真は通話を切った。

 

 

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「次の先発は木下でいく」

「はいっ!」

 

 少し時は遡り。

 ほぼ同時刻、王明高校でも野球部による準決勝を見据えたミーティングが行われていた。

 

 先発に選ばれたのは3年生の木下雄吾。ストレートのMAXは137kmと普通程度だが、豊富な変化球と緊密な内野との連携で、『打たせて取る』のが上手いゴロピッチャーだ。今大会では初戦となる3回戦に先発し、8回を2失点に纏めている。

 

「次の対戦相手、慧峰高校は速球にはあり得んくらい強い。あの稲羽の170キロを平気で打つし、それ以外も150キロは軽く出せた投手達を悉く捻り潰してここまで勝ち進んできているからな。球の威力よりも柔軟な対応力で勝負していく」

「弱小が強豪にやるやつじゃーん……」

「フツー立場逆だよな」

「そこ、相手を侮るな!」

 

 監督の叱責を受け謝罪する選手達。まぁ皇心学館と八千代の二校を倒した相手、そんな奴らを侮るなんていくら鈍感でも流石にできない。プレッシャーを和らげる為の軽口である。

 確かに、敢えて球速の遅いピッチャーを起用するのは弱小が強豪相手に使う奇策の定番。マシンや一流投手の速い球に慣れた選手は、逆に遅い球を苦手としやすいことを利用した戦術。王明と慧峰の実力差を思えば、この戦術は本来は慧峰の方が採用していて然るべきものであると言える。それをせずに済ませられる化物が慧峰には居るが……

 

「慧峰の打線……主に1番の沢滝についてだが。奴は一打席目から敬遠する。例え満塁の状況でもサヨナラにならん限りは敬遠だ。慧峰戦はおそらく投手戦になるだろうし、スコアはそこまで動かないと予想される。だからこそ奴との勝負は徹底して避け、1点でも奴の得点を減らす」

「スイングすらさせるな、ですね」

「そうだ。慧峰打線の破壊力は沢滝さえ抑えれば九割減できると言っていい。何故なら奴が先頭に立って相手投手の球を手本のように打つことで、打ち方を後続に伝え打たせやすくしているからだ」

「ほんっと、一年の仕事量じゃねぇな」

 

 二、三年生もそれなり程度の実力は備えているようだが、それでも慧峰打線で脅威となり得るのは沢滝と御影の一年生二人だけ。ここさえ抑えておけば自然な流れで慧峰打線は封殺できる。

 

 まず、沢滝にはバットを振らせない。これまでと同様に1番打者として出てくるだろうが、一打席目から敬遠して徹底的に勝負を避ける。沢滝が攻撃に関わっている間は、どうしても失点のリスクが高くなってしまうので傷口を小さく抑える方向でいく。

 次に、御影は変化球を巧みに絡めて対応する。皇心学館戦で稲羽の170キロをホームランにできるくらい直球には強く、八千代戦での最終打席のように土壇場での勝負強さもある、投手としてだけでなく打者としても厄介な相手。しかし経験不足故か相手投手との駆け引きとなると脆さを見せるため、木下の変化球で躱し切る。

 

「そして攻撃についてだが、基本は変化球を狙っていくことになる」

「ストレートは捨てるんですか?」

「その通りだ。御影の変化球はどちらも縦に大きく変化するタイプで、ツーシームは球速の速さ故に変化がすぐに始まるから、チェンジアップはその遅さからすぐに投げたことが分かる。もちろん実際は言う程簡単にはいかないだろうが……根気強く球を見極め、無意味なアウトを減らすことが大事だ。大きいのは狙わなくていい、単打でも四球でもコツコツ積み重ねて、1点を掴むんだ」

「控えの二人はどうしますか?」

 

 ここまで御影を厚く対策しているが、あの八千代はノーマークだった三年生投手二人の尽力によって敗北している。いくらエースの御影より数段落ちる実力とはいえ、この二人も対策しないことにはかなり危険な投手である。

 

「森園と棚原、棚原の方はアクシデントで途中降板したから何とも言い難いが、どちらもウチの投手と似たようなタイプだ。そこそこのストレートと種類豊富な変化球で次に繋ぐまで躱し切る……木下を相手にした時を想定して打席に立て」

「そっか、似たようなタイプだ」

「それなら問題無いかもな、慣れてるし」

「勝てばいよいよ決勝……甲子園までの道のりはもう八分を超えたところまで来ている!必ず勝って甲子園の切符を掴むぞ!日本一は我々だ!」

 

 これまで皇心学館と八千代に上を塞がれなかなか甲子園まで進めずにいたが、神の悪戯かその二校を倒した相手が今回立ち塞がる。

 二校が勝てなかった慧峰を倒し、名実共に東京最強となって真紅の優勝旗を奪りに行く。王明高校野球部の面々はかつて無いほどに盛り上がっていた。

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