栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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2:現実を超えていくためには

「遂に……終わったぁ……!」

「見ろよこのピカピカのグラウンドを……!俺達のグラウンドってこんなに綺麗だったんだな……!」

「やればできるもんですね」

「よっしゃ!倉庫で埃被ってた練習道具もバッチリ手入れしたし、めちゃくちゃ少なくなってた消耗品も買い足して揃えた!明日から早速甲子園に向けて練習だぁー!」

「何を言っている。月曜は校則で部活動休みの日と決められているだろうが」

 

 スッテーンと、初日に続いてまたしてもやる気を空回りさせられて漫画のような反応をする。学校が決めているのでは下手に逆らうこともできない。これから確実に忙しくなるだろう日々において、休みが保障されているのはありがたいが、それはそれとしてやる気を逸らされるのは辛いものであった。

 

「そんな殺生な!」

「俺達こんなにもやる気になってるのに!」

「……なら、火曜以降の練習内容でも先に聞かせておいてやるか。どんなことをするのか事前に知っておけば、少しはやる気も保てるだろう」

「おお、ドンと来いや!」

 

 まず練習の前提として『月曜日は部活動が休みになる』こと、『サッカー部との兼ね合いで野球部がグラウンドを使えるのは火・木・土・日曜日のみ』であること、『練習に使える時間は平日が17時から19時までの2時間、土日・祝日は8時から17時までの9時間』であることなどがある。当たり前だが練習試合がある日は通常練習はなくなる。

 

 グラウンドの使えない水曜・金曜は主に筋トレとメンタルトレーニングを行う。水曜日は上半身、金曜日は下半身といったように、日によって部位を限定し集中的に負荷をかけていく。他にもやることがあり時間が限られる中で、最大限の効果を得るため太く短いトレーニングを行う。

 身体を鍛えるだけでなく、自分の身体の動かし方を知ることで動作の精度を向上させ、一つ一つのプレイのクオリティを上げる狙いもある。本番となる夏の大会までそう長い時間はないが、できるだけ多く潜在能力を引き出していく。

 

「月に二、三度はボディビルディング部の皆さんの協力がある。この時はあちらさんの持っている筋トレ用機材を借りることができるし、筋トレの専門家のサポートがあるから、より効果の高い練習をすることができるぞ」

「おお、他の部活と」

 

 メンタルトレーニングと銘打ってあるが、実際にやることは野球の座学が主となる。

 難しいプレイに直面した時、自分のやったエラーが失点に結びついてしまった時。どうしても相手の投手を攻略できない時、むしろチャンスで良い結果を残さなければならない時。試合中必ずどこかでやってくる心が揺らぐ場面に遭った時に、自分の中にその対処法を作る練習である。

 

「座学か……僕には必要なやつだね」

「分かり辛いルールなんかもそうだが、野選などと言った判断の難しいプレイもそうだ。そういった事態に直面した時、自分がどう動くべきなのか理解し正しく動くことができるなら、それだけでリスクを背負わずに済む。そうした『知識』を身に付けることと、実践の場で身に付けた知識を活かせるメンタルを作るのが、このトレーニングの目的だ」

「頭が今からパンクしそうだ……」

「勉強……部活でも勉強かよ……」

 

 グラウンドの使える日の内火曜、木曜は主に打撃と走塁の練習を主に行う。短い時間で勝てるチームを作るためには得点力の強化は必須、そのため特に打撃練習に関しては重点的に行なっていく。

 

「ティーバッティングでは飛距離を出すスイングを覚え、ピッチングマシンで強豪校のエースが投げてくるような速球に慣れる。人の投げる球も打たせたいんだが、いかんせんウチの投手はたった二人……ああ、そういや御影は投手志望だったな」

「うん。やっぱり花形だし憧れるよね。それに僕は左利きだから」

「そうだな、森園も棚原も右投手だし左利きがいるのはありがたい。一年、二年、先のことも見据えて考えるなら、御影は今の内からエースとして育てていった方が良いな」

「……俺達はどうなんの?」

「お前達二人はリリーフだな。先発として使うには練習量が足りん、投球の質はともかくとして確実にスタミナ面で不安が残る」

「それを言われると……」

「何も言い返せないんだよなぁ」

 

 グラウンド練習では、このチームの大きな課題である投手陣の強化も行なっていく。尚『投手陣と言わず全部課題みたいなもの』と言われても、反論は何もできない。

 現在野球部に残った部員12名(一年生2人、二年生5人、三年生5人)の内、投手は三年の棚原と三年の森園しかいなかった。しかもこの二人ではスタミナに難があり、またどちらも右利きのため左利きでかつての実績から、能力にも期待できる晴真の投手志望は沢滝にはありがたいものであった。

 

 晴真を先発投手……エースとして育て、元々の投手二人にはリリーフとして、短いイニングに全力を尽くせるように仕立てる。

 投手の存在は、野球をするにおいて必要不可欠なものである。ここが強いチームはたとえ他に多く難を抱えていようとも強い。勝利を引き寄せるためにも投手育成は急務と言えた。数の少なさは如何ともし難いが、その分集中して練習をさせることができるメリットもある。本人達の素質と練習次第だが、夏までにはそれなりのものにはなるだろう。

 

 話が逸れたが、グラウンド練習で行う種目の一つである走塁練習では、主にベースランニングと短距離走を行う。

 

 短距離走ではただ走るのではなく、打ってから一塁に向かうことを想定して走る。塁への到達タイムが少しでも速くなれば、それだけアウトを減らせる確率も高くなる。バットに当てられても、攻撃は塁に出なければ始まらない。一塁到達の可能性を高めるこの練習は、走塁練習の中でも特に重点的に行う大事な種目である。

 ベースランニングは文字通り、塁から塁を走って回る練習である。ただ一周するのではなく、一塁から二塁へ、二塁から三塁へ、三塁からホームへといったように、内容を小分けにして行う。二塁までならともかく、三塁やホームまで一気に回れるような長打はレアケース。一つ一つの塁を確実に踏む意識の方が、このチームには必要なのだ。

 

「ここまでが平日の練習だ。土・日は火曜・木曜のメニューを中心に、更に守備練習を付け加えてやっていく形だな。練習試合が組まれることもあるからそのつもりでもいろよ」

「……」

「まぁ、不安なのは分かるさ。他のところはもっと良い練習をしてるんじゃないか?他のところはもっと長く練習してるんじゃないか?とかな。それでも断言してやる。ウチにはこれが合っている」

「……お前が言うなら、信じるけどよ」

 

 どんなことをするのかは分かったが、それでもそこはかとない不安は残る。この話の中では彼らがイメージしていた『弱小校が巻き起こす旋風!チームを変えた驚きの方法とは!?』の様な内容は一つとしてなく、むしろどれもこれと言って特別な点のない普通の練習であった。

 自分達が普通の練習をしていて、果たして強豪に追いつけ追い越せができるのだろうか?彼らにはその道のプロであるコーチがつき、質の良い器具を素質に優れた選手達が惜しげもなく使い、効率的な練習をより長い時間こなしているのだ。普通の練習を続けた程度では、本番で彼らに勝つことなど不可能なのではないか?いくら沢滝の言葉を信じて着いていくとは言え、不安はどうしても拭えない。

 

「……このチームにはまだ、勝つために必要な要素が全く以って足りていない。それらを身に付けていくためにはまず、前提となる知識や身体能力を習得しておかなければならない。どんなに遠回りに思えようとも、ここだけは手を抜く訳にはいかん」

「………………そう、だな。サボってばっかだった俺達に、完全初心者の御影だもんな。そりゃ確かに基礎からやんないとダメだ」

「それに加えてもう一つだな」

「え?」

 

 嫌な予感を感じた皆は、固唾を飲んで沢滝の次の言葉を待つ。その静かな微笑みには彼なりの気遣いと優しさを感じると同時に……凄まじいまでの不安感が募る。そして発された言葉もまた、今後が大いに心配になるものであった。

 

「実際に練習が始まれば、余計なことを考える暇もなくなるからな」

 

 その言葉の真偽は火曜になれば分かるが……皆がその言葉を真実だと断じるのに、大した葛藤は必要なかった。

 そして当日……自分達の直感に間違いはなかったということを、彼らは思い知ることになる。

 

 〜

 

 火曜日 グラウンド練習

 

「さぁどんどん打っていけ!空振りや凡打も一球と数えるぞ、後ろもつかえているから迅速に、尚且つ丁寧に長打を放つ意識で!打球の方向などの余計なことは考えなくていい、とにかく自分が最も遠くに飛ばせる球を打つんだ!」

「丁寧に、しっかり引っ張る!」

「弾道は高く、バットをカチ上げるように!」

「中途半端が一番ダメ!」

 

「ピッチングマシンの設定は150キロだ、最初は当てられなくても別に構わん!どんな球でもバットをしっかり振ることと、速い球相手のバッティングを身体に叩き込むんだ!眼と反応が追いつくようになれば、自然と打てるようになる!」

「ひいっ、空振り!」

「速過ぎんじゃあい!」

「昨日の今日でこんな豪速球が打てるか!」

 

「合図をしたらすぐにダッシュだ!常に次の塁を狙うことは忘れず、しかし止まるべき時には止まって一旦落ち着け!進むことも大事だがそれ以上に大事なのが、走塁でアウトを取られないことだ!無駄なアウトなど一つもやらんという意識を持て!」

「ちょっ……合図が、早っ」

「ゼェ……ゼェ……脚がっ!」

「も、もう50周は走ってんぞ……!」

 

「胸元と足元、投げられたボールはその場から一歩も動かずに取ること!正確なのはもちろんだが速さもしっかり意識できるようになれ!1セット毎に一歩ずつ距離を離し、50m離れた状態で1セットを成功させたら終わりだ!ただしミスったら最初からやり直しだぞ!」

「どわぁどこに投げてんだ!」

「ちくしょう離れるとノーバンで届かねえ!」

「あらぬ方向へ転がってくぅ!」

 

 キツい。実際に始まった練習はとにかくとてもキツいものであり、選手達の悲鳴と慟哭がグラウンド中に響き渡っていた。

 内容自体はとても単純であり、地道に同じことを繰り返すだけなのだが。そこに求められる質と密度がおかしい。決して雑にならず丁寧に一つ一つのプレイを心掛けながらも、あまりモタつくと後続の邪魔になるため速度も出す必要がある。しかも人数の少なさ故に回転数が多く、ちょっと息を入れただけでもすぐ自分の番が回ってくるのだ。

 

「あひぃ……」

「も……だ……死………………」

「おが……じゃ……」

「生きてるって……すばらし……」

 

 17時に始まって、19時に練習が終わるまでのたった二時間の間に、どの部員も半死半生レベルに消耗してしまっていた。一年生の二人だけは、例外的にピンピンしていたのだが。

 

「ふぅ……やっぱ疲れるなぁ」

「何だ御影、お前は随分と余裕があるな」

「君が言う資格ないセリフだよ、それ。まぁ中学でも運動部だったからね、少しはハードなトレーニングにも慣れてるってことなんじゃないかな」

「なら、このまま投球練習もやってみるか?本当は木曜から始めさせるつもりだったが、お前の様子を見るに今からでもできそうだしな」

 

 ──お、遂に投手デビュー?

 

 余裕があるならということで、晴真は今日の予定に加えて投手練習も行うことになる。本当は元から投手の二人と違い、彼は野球自体が初めての初心者のため、普通の練習を一旦体験させてから参加させるつもりだったのだが。最初から幾分余裕を持っていられるのなら、投手練習をさせても問題はないだろうという判断であった。

 

「この分なら、能力にも期待できそうだな」

「え?」

「何でもない。佐竹、悪いがお前は居残りだ」

「ま、キャッチャーだし仕方ねえ」

 

 三年生の捕手である佐竹は居残りさせ、三人で練習に取り組んでいく。教師にお願いして30分だけ時間を確保できたので、この時間で夏までに晴真が取り組んでいくべきことを教える。

 

「まずは投球フォームの確立。次にストレートを低めにコントロールできるようになること。他にも身に付けて欲しい技術はいくらでもあるが、今はまだこの二つだけに集中しろ」

「変化球とか、クイックとか覚えなくていいの?」

「走者はいくらでも走らせてやればいい。お前に必要なのは走者を対策する技術ではなく、打者と戦うための技術だ。変化球もストレートをモノにしない内は考えなくていい。……まぁ余程酷いストレートしか投げられないのなら、話は別だ」

「投げてから考える、って訳か。それじゃあ早速、よろしくお願いします!」

 

 まずは沢滝の指示する通りに投げてみる。右脚をできるだけ高く上げて勢い良く、身体の正面に着地させて身体を大きく捻る。この回転の勢いに乗って腕を振り抜き、キャッチャーミット目掛けてボールをリリースする。

 コツは着地の瞬間まで胸を前に向けないこと、股関節を支点にして全身を回転させること、手首をしっかりと立てて、リリースの瞬間まで軸足となる右脚を地面から離さないこと。これらのコツを意識しながら投げた晴真の球は、空気を斬り裂き掻き分けるように加速し──佐竹の構えたミットを、彼の左腕ごと吹き飛ばした。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「へ、へーきへーき……そ、それより沢滝!今の球いったい何キロ出てた!?」

「……156キロ」

「ひゃ、156ゥ!!?」

 

 凄まじい、そう言うしか表現のしようがない球速であると言えた。野球未経験の人間が出すには、いくら元からある程度は鍛えているとは言っても異常過ぎる球速。未だ痺れる左腕を抱えながら佐竹は頭に浮かんだ言葉を反芻する。

 

 コイツは……御影晴真という男は、『天才』なのかもしれない、と。

 

 そしてそれを感じたのは、横で見ていた沢滝も同じであった。フォームもコントロールも、まだまだ荒削り……しかしこれは、甲子園の切符掴む大きな力になると、そう確信したのだった。

 

「……今のフォームで、何か違和感はあったか?」

「いや、特に何も。このままでも十分だと思うよ」

「なら一先ずはこれでやっていくとしよう。佐竹も捕手として、晴真の球を捕球できるようになってもらわないといけないが……この分だと、間に合わない可能性が高いか。仕方ない、佐竹、プロテクター借りるぞ」

「お、おう。沢滝が捕るのか」

 

 プロテクターを装着し、沢滝はキャッチャーとして晴真の前に対峙する。そしてもう一度投げられた速球を、今度は完璧に捕らえてみせた。

 

「正面から見ると、改めて凄まじい球だな」

「……いとも簡単にキャッチしたね」

「キャッチャーが捕れなきゃ試合にならん。さぁどんどん投げてこい。夏まで時間はないんだからな」

「オーケー。しっかり受け止めてよ!」

 

 速球がミットに収まる快音が響く。居残りの投球練習は、時間いっぱいまで続いた。

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