栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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29:都大会準決勝 王明高校①

「じゃんけん」

「ポン」

「では、先攻でお願いします」

「後攻で」

 

 先攻後攻を決めるじゃんけんに勝利し、沢滝は予定通りに先攻を勝ち取ってベンチに帰還した。

 守備に強い相手には点を入れ辛いので、サヨナラのチャンスを作れる後攻も悪くはないが……初めの頃に伝えた戦術をブレさせては、チームの動きにも影響が出る可能性がある。相手に取られない限りは必ず先攻を取るようにしているのだ。

 

「今回も先攻か……」

「しっかり打たないと、だな。相手の先発も沢滝の予想通り、1番の木下だったし」

「やるぞ、やってやるぞ……ッ!」

「俺達が、勝つ!」

 

 ──分かりやすく、気負ってるなぁ……

 

 やる気が空回りしている。勝つために頑張って気分を上げようとしているのは分かるが、どこからどう見ても空元気だ。

 しかし今は晴真にはどうにもできない。こうなる要因は二・三年生の中にしか無く、晴真と沢滝はここまで無理にやる気を上げなければならない程、モチベーションが低い訳ではないからだ。自力で折り合いを付けてもらうことしか今はできない。

 

 数々のライバルを蹴落とし、ただ一校自分達だけが夢の甲子園の土を踏めるようにする。その気持ち自体には何ら変わりはない。

 ただ、彼らは、蹴落としていった者達の涙と想いを背負える程の勝利を経験してこなかった。想いを背負えるだけの器ができていないのだ。

 

「……できることは、勝つことだけだ」

「その通り。さぁ、整列に行くぞ」

 

 時間は待ってはくれない。心の準備ができていなくとも戦いはすぐそこに迫っている。出番がやってきたのなら、どんなコンディションであろうと全力を尽くして戦う──それができなければならない。

 

 先攻 慧峰高校 スタメン

 1(遊)沢滝零士 右/右

 2(右)中島信之 右/左

 3(一)青木孝治 右/右

 4(中)御影晴真 左/左

 5(三)真堂祐輔 右/右

 6(二)小林昭人 右/左

 7(左)長田大助 右/左

 8(捕)佐竹幸太郎 右/左

 9(投)森園公平 右/右

 

 後攻 王明高校 スタメン

 1(捕)石神宗玄 右/右

 2(左)松原啓ノ信 右/左

 3(右)矢端大吉 右/右

 4(二)小野寺渉 右/右

 5(一)大城瑞樹 右/左

 6(中)浜本一平 右/右

 7(三)漆原健介 右/右

 8(投)木下雄吾 右/右

 9(遊)高橋仁太 右/左

 

「よろしくお願いします!」

 

 試合が、始まる。

 

「1番、ショート、沢滝君」

「よろしくお願いします」

 

 打席に立つ沢滝、しかし王明のベンチから出た伝令が審判に敬遠を伝える。最初から沢滝を相手にするつもりは絶対に無いという表明である。

 

「マジかよ」

「思い切ったことすんな……」

「ウチも同じことしたし、何も言えませんけど」

「んだな……」

 

「2番、ライト中島君」

「お願いしまーす!」

 

 中島が一塁に視線をやると、沢滝が目線と仕草で『盗塁するから待球しろ』とサインを出しているのが見える。

 沢滝は一球すら投げられず敬遠されたため、まだ相手の投球を直に見れていない。いつもの沢滝が打って攻略法を伝えるやり方ができていないので、中島らは自力で攻略する必要がある。そのためにも待ちに徹するのは有効な手段、なのだが……

 

 ──ストレート……打ち頃……ッ!?

 

「打っちゃった!」

「ボッテボテのゴロじゃねえか!」

 

 王明投手、木下の投げた一球目は内角の打ちやすいスペースに緩く入るストレート。あまりの絶好球に思わず手を出してしまった中島だったが、ミートの直前で軌道がブレ芯を外し、バットの下に引っ掛けてしまいボテボテの内野ゴロとなってしまう。

 走っていた沢滝だったが、しかし王明の守備は洗練されたもので二塁までは届かず。一塁へ走る中島も当然間に合わず、1ー4ー3の併殺となった。

 

「間に合うかと思ったが……やはり堅守、そう上手くはいかないか」

「クソっ!すまん、逸った……」

「切り替えろ。球速的に見極める余裕はある」

「おう……」

 

 沢滝に打順が回るイニングこそ、慧峰にとっては最大の得点チャンス。それをたったの一振りで潰してしまった中島は、苦虫を噛み潰したような顔で謝るがそれは通らない。

 今謝るよりもすべきことは、気持ちを切り替えて結果を次の打席に繋げること。下を向こうとする頭をすんでのところで堪えさせ、戦おうとする意志をギリギリ繋ぎ止めた。

 

「ストライク!バッターアウト!」

「くっそ……!」

 

「見逃し三振か」

「アレは確かに微妙なところだけど……」

 

 三番・青木は、外に逃げる変化球をボールと判断して見送ったが審判のコールはセーフ。本当にストライクかは際どいところではあったが、残念ながら審判のコールには従う他ない。

 敬遠の沢滝、1球で引っ掛けた中島と違い6球分粘ることはできたが、結果は見逃し三振。微妙な判断を間違えてしまったということもあり、非は無いが引き摺る結果となってしまった。

 

「切り替えろ。次は守備だぞ」

「ああ……」

「青木先輩、ドンマイです」

「おう……」

 

 落ち込みながら戻ってきた青木に、晴真も沢滝も意識的に声をかけていく。ただでさえここ最近精神的に参ってきている二・三年生だが、まだ一回表が終わったばかりの今から潰れられては困るのだ。

 まだまだ顔は下向きだが、足が動くのなら戦う意志は途切れていないと見ることができる。守備の隙を突くのが上手い王明に、付け入る隙を与えるなと沢滝は全員に檄を飛ばした。

 

「さぁ、気合を入れていけよ」

「……ああ!」

 

 マウンドに向かう森園、対面する佐竹。どちらも肩に要らぬ力が入り強張ってしまっている。素人でも『ああ、これはやらかすだろうな』と察せる程の緊張振りに、縮こまった背中を見た内野陣は逆にいくらか緊張をほぐされていた。

 

「1回の裏、王明高校の攻撃は」

 

 王明高校の先頭打者、石神宗玄が大きな声で喝を入れながら打席に入った。

 打線の活躍よりも、守備の面で評価されがちな王明の野手陣だが。実は周りが受けるその印象よりも彼らはずっと打っている。この石神は王明打線の起爆剤として3割を打ち、出塁率は5割を超える上ホームランも1本出している好打者。

 

「来いよ……引導を渡してやる」

 

 この男を塁に出すか出さないかで、その後の失点のリスクは大きく変わる。先頭打者にして森園には大きな関門が立ちはだかることとなった。

 それでもマウンドに立つ以上は、試合から逃げることなど許されない。どれだけ恐れていようと腹を括って投げるしかないのだ。森園は一瞬だけ背後の沢滝と晴真の居る方を向き──そして大きく深呼吸をして第一球を投げた。

 

「……ッ!」

 

「打ち上げた!」

「浅い、取れるぞ!」

 

 森園の第1球は、高めのストライクからボールになるカットボール。打てる球と見た石神はこれを打ちにいくが、変化したことで芯を外されバットの先に擦り力の無い打球となってしまう。結果はファーストへのファールフライ、慧峰はこれで幸先の良いスタートを切ることができたのだった。

 

「ドンマイ、惜しかったな」

「気を付けろ、結構鋭く曲がんぞ」

 

 ──とは言え、俺はそこまで打力は高くないからなぁ……警戒したところでって感じなんだが。

 

 2番打者・松原啓ノ信の役割は、出塁した石神をできるだけ多く進塁させること。盗塁の補助や送りバントはもちろんのこと、エンドランや右方向へのチームバッティングだってこなせる。

 しかし、それらは『石神が塁に出ている』ことを前提とした仕事内容だ。彼が打ち取られた今できることは自らが出塁すること……しかし、松原は己の打撃能力にはそこまで期待していない。

 

「ファール!」

 

「ファール!」

 

「ファール!」

 

「ファール!」

 

「随分と粘るな……」

「カット打ちが上手過ぎる。アレではかなり体力を削られてしまうぞ……」

 

 ストライクとボールを見極め、フルカウントになってからもファールで粘る松原。この男打球を前に飛ばす能力は無いが、相手ピッチャーへの嫌がらせに関しては天才的な腕前を誇る。

 

「だったら、これで……!」

「……っ、とお」

「フォアボール!」

「へへ、もうけた」

 

 外へのストライクからボールになるスライダー。これで空振りを取れれば良かったのだが、きっちり見逃されて結果はフォアボール。

 ワンアウトランナー一塁、ここから森園はクリーンナップによる猛攻に晒されることとなる……

 

「打った!」

 

「っしゃあ!長打コー……」

「ここは通さんぞ」

 

 危機を救ったのは沢滝だ。3番矢端は高めのストレートを引っ張り強い打球を放つが、沢滝はそれにしっかりと追いつきキャッチ。そのまま一塁へ戻ろうとする松原を刺し、6ー3の変則ゲッツーで1回裏をシャットアウトしてみせたのだった。

 

「あ、ありがとうな、沢滝。今のが抜けてたら下手したら4ついかれてた……」

「終わったことだ、気にするな。それよりも自分の打席が来ないかを心配していろ」

 

「そのためにも、しっかり打たないとだね」

 

 2回表、慧峰高校の攻撃は4番打者・御影から。

 打席に立ちバットを構えると、晴真は相手投手と目が合ったことに気付く。明らかにこちらを警戒していると分かる厳しい目付き……そう簡単に打てるような相手ではないことは分かっているが、それでも気持ちで負けてはいけない。

 

 ──必ず、打つ!

 

 強い意志で視線を返し、そのまま意識をバッティングに集中させる。

 1回の攻撃で見れたのは、打者の胸元でブレるように変化するムービングらしき球、右打者の胸元を深く抉るシュート、そして左打者の足下へ落ちるように変化する高速スライダー。他にもまだ隠しているかも知れないが、既に見えているこれらを打つことを前提にスイングを考える。

 

 ──ストレートは恐らく来ない。速い球はムービングに任せているだろうし、他二つもそこまで球速差は感じられなかった。何かしらの遅い変化球もあるだろうけど、惑わされずに……

 

 狙いをスライダーに絞る。左打者である晴真にとっては、このスライダーは自分に向かって来る球ということになる。逃げていくシュートや金属バットですら打ち損じるようなムービングは、今の自分が狙うには少し厳しい、そう判断しての狙い。

 果たして上手くいくのだろうか……その結果を占う第一投が放たれた。

 

「……ッ!」

「ストライークッ!」

 

 ──クソ……分かってたのに釣られた!

 

 第一投はスローカーブ。緩い球には惑わされないと頭では思っていても、「この位なら普通に打てるんじゃないか?」と打者に思わせる絶妙な球速と変化量。コースも完璧に決まっていた。

 結果、晴真は見事に釣られ空振り。下手に理性が働きスイングが中途半端であった故に、むしろ空振りして良かったと言える。もしも当たっていたならば確実に凡打だっただろう。

 

「惑わされるな、しっかり待て……!」

 

 だが、もう既に見たからには、同じ変化球には二度と惑わされない。

 必ず打つ……意気込む晴真の打ち気を逸らすかのように、王明バッテリーはまたしてもスローカーブを投げ込んだ。今度はストライクゾーンへ。

 

「ストライク!」

「くっ……!」

 

「翻弄されているな……」

「無理もないわよ、まだまだ初心者なんだから」

 

 呆気なくツーストライクまで追い込まれた晴真であったが、まだその眼は死んでいない。

 次は、次こそは……そんな心意気がバットを握る両手に強い力を込めさせる。高い集中力……しかしその想いが故に、晴真はベンチの沢滝が出した「速い変化球が来るはずだから狙っていけ」という指示を見逃してしまっていた。

 

「む……これはマズいな」

 

 その独り言が虚しく響く。沢滝のアドバイスは届けるべき者に伝わらず消えていった。

 そして放たれる第三投……木下が投げたのは、縦方向の変化球。これは1回に観察した狙い球のスライダーである!打つと決めた球が来たならばスイングには何の迷いも無い、晴真は予想したコースを横切るように全力でバットを振り抜いた。

 

「……あれ?」

「ストライク、バッターアウト!」

 

 その結果は、空振り三振。晴真のバットはボールに掠ることすらなく空を斬ったのだ。

 ちなみに、木下が投げた変化球は実のところスライダーではない。アレはスライダー様の軌道で鋭く変化する、どちらかと言えばカーブに近い変化球であるのだ。

 

 高速スライダーとは球速・変化量共に似たようなものであるが、その軌道の若干の違いによって打者を撹乱し空振り・凡打の山を築く。これぞ変化球職人木下雄吾の十八番である。彼はこの七色の変化球で守備の名門・王明高校のレギュラーとして2年生の時から名を連ねる好投手であった。

 もしも、晴真が落ち着いて沢滝からのメッセージをしっかりと受け取っていたなら。ここまでの無様な空振りはしなかっただろうが、それでも追い詰められていた以上挽回は厳しかっただろう。打者としての晴真は、まだまだ強豪校の投手を相手するには力不足と言わざるを得なかった。

 

「ベンチはちゃんと確認しろ」

「うう、ごめん……」

 

 だが、まだワンアウトだ。

 慧峰高校の攻撃は、まだまだ続く。

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