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晴真の凡退の後、慧峰高校の打線は彼の後に続くことはできなかった。
5番・真堂は5球目のカーブを引っ掛けてレフトへのファールフライ、6番・小林はツーストライクから高めのストレートに釣られ空振り三振。またしても三者凡退で裏の守備に入ることとなる。
──でも、少しずつ情報は引き出せてる……
ここまで良いようにやられてはいるが、その代わり投手の情報はかなり得られた。
まず、相手投手・木下雄吾のストレートはMAXでも140キロは超えない程度。それだけなら脅威ではないのだが、同じ腕の振りから放たれる七色の変化球がその脅威を増大させる。
ここまで投げられた球種はスライダー、カーブ、その中間のようなやつ、シュート、ムービングボールの5種。落ちるタイプの変化球はまだ見えていないが、隠しているのか投げられないのか分からない以上は切って考える。見えていないものを考えてもしょうがないからだ。
この中で一番打ちやすいのはスライダー、厄介なのはカーブだ。どれも厄介なのはそうなのだが、ストレートとの落差も変化量も最も大きいこのボールがピッチングに緩急を生み、スイングのタイミングを狂わせてしまう。このカーブに惑わされず自分のスイングを貫くことが、木下攻略における重要なポイントとなるだろう。
「……次は、打つ」
二打席目でのリベンジを誓いながら、晴真は自身の守備位置へと走っていくのであった。
『二回裏 王明高校の攻撃は 4番 セカンド 小野寺君』
二回裏──一番槍となるのは王明高校最強の打者であるこの男、小野寺渉だ。
出塁した選手を送りバントや右方向へのバッティングで進塁させ、連携で点を取っていく攻撃スタイルの王明高校に於いて、この男だけは自分のための打撃をすることを許されている。三年間の通算打率は4割に迫るレベルであり、盗塁数は40を超えて成功率も9割以上。当然守備力も高く、彼の守備範囲では打球が抜けることはあり得ない。
東東京……いや、全国でも十指に入れる程の高い総合力を持つ名プレイヤー。
それが、小野寺渉という男。森園と佐竹はこれをどう攻略していくのか……この試合の趨勢を占うだろう一球が放たれた。
「ストライク!」
「見逃した……?」
「流石に、手が出なかったという訳では無いだろうが……不気味だな」
応援に来ている倉敷達の、遠目からでも理解できるようなあからさまな打つ気の無い見送り。打とうと思えば打てるはずなのに、一体何を考えているというのか……狙いが分からず不気味に思う、同じことを森園・佐竹らバッテリーも感じていた。
今投げたのはスライダー、それも制球が甘くなりど真ん中に吸い込まれていくような絶好球。それを平然と見逃されては気を引き締める以外なくなる、森園は甘い球を投げてしまった自分を戒めつつ2球目……インローへのストレートを放った。
「ストライク!」
「追い込んだ、が……」
「本当に、そうなのかしら……?」
このボールは注文通りのコースでしっかりとストライクゾーンに入り、ツーストライクとなる。
2球で追い込んだ形になるが、それでも油断せず3球目を投げる。ストライクからボールになるカーブだが、これは見逃されボールに。これでカウントは2ー1、依然投手側有利とは言えやはりバットを振る素ぶりすら見せないのは不気味である。
「ボールスリー!」
「あぁ、フルカウント」
「制球が乱れているな……まだ相手は一度もバットを振っていないのだぞ」
心の迷いが制球を乱し、折角のチャンスをフルカウントにしてしまう。
ちゃんとしないと、そう思えば思う程心はガチガチに縛られ肩は重くなり、コントロールは更に悪くなっていくだろう。そうなる前に沢滝は佐竹に指示を出しタイムを取りに行かせる。一度こうして落ち着ける時間を作り、迷いを振り切れるようになってもらうためだ。
「次の球はストレート、それもコースはど真ん中でも構わない」
「い、いやそんなの打たれるだろ」
「ここまで見ていて思ったが、小野寺は明らかにこの打席打ち気を見せていない。恐らくだがこれは5番、6番も同様だろう。多くの球を投げさせて球の状態を見つつ消耗させ、二巡目から攻めに転じるつもりであると考えられる。ボール球は必要無い、ゾーンで勝負していけ」
「……分かった!」
正直に言えば、バッテリーも薄々だが同じことを思っていた。しかし彼らは自分の勘というものを信じることができず、その迷いがプレーに影響を与えてしまっていたのだ。
だが、沢滝が言うなら話は違う。これまで真摯に自分達と向き合い、導いてくれた彼の言葉なら慧峰の選手達は疑わず信じることができる。タイムを終えてプレーが再開、森園は力強いストレートをゾーンど真ん中目掛けて投げ込んだ。
「ストライク、バッターアウト!」
「見逃し三振!」
「一先ずこれでツーアウトね……!」
小野寺はこの打ちごろを見逃し三振。しかし特段気落ちした様子もなくベンチへ帰っていった。沢滝の言う通り、やはり観察に徹し二巡目以降に懸けているのだろう。
続く5番・大城、6番・浜本も同様に一度もスイングせず三振でスリーアウト。結果としては三者凡退という文句無いもの、しかしどうしても
「7・8・9番も同様にくるとは限らない。4回以降は敵の攻撃も確実に厳しくなるだろうが、その前も油断するなよ」
「ああ、大丈夫……だ!」
奥歯に詰まったような森園の言葉に、沢滝は「どうだか」と首を竦める。信じていない訳ではないがそれでも心配になる様子であった。
『三回表 慧峰高校の攻撃は 7番 レフト 長田君』
「アウト!」
「ああ、惜しい」
長田は2ー1のカウントから放たれた4球目のカーブを捉えるも、わずかに芯を外しボールの下を擦り打ち上げてしまう。
それでも飛んだ場所が中々面白く、ポテンヒットが狙えそうではあったが。ライトがしっかりと追いついて捕球しライトフライとなった。
8番・佐竹は2ー2から高めの釣り球に手を出してしまい空振り三振。しかし9番・森園が入れにいったスライダーを捉えてピッチャー強襲の強い当たりを打つ。
打球は木下の股下を抜けてそのまま二遊間を越えセンター・浜本のグラブに収まる。その間に森園は一塁に到達、センター前ヒットとなった。この試合初安打の栄誉は森園が受け取ることとなった。
「クソ、9番に打たれちまった」
「ドンマイ、そういうこともあるさ。それよりも次は沢滝だ、気を引き締めろよ」
「監督は何て言ってた?」
「方針は変わらず、だそうだ。沢滝の打席はたとえ満塁でもビハインドでも敬遠する、絶対に勝負はするなとのこと」
初めての安打でのランナーが出たことで、王明のベンチはタイムを取りマウンドへ伝令を送る。今後の方針の確認を済ませ、木下と石神は少し安心したように息を吐いた。1点が展開を左右する接戦の中で10割打者と戦うのは、歴戦のバッテリーとは言えやはり恐かったのだ。
しかし、ベンチからのお墨付きを得られたとあれば敬遠を躊躇する理由は無い。沢滝はしっかりと申告敬遠で一塁まで歩かされ、ツーアウト一・二塁で打順は2番の中島に回る。
「ストライク!」
「……!」
この試合初めて出た得点圏のランナー、これを返せば値千金の1点が手に入る。打って一躍ヒーローになるチャンスだが、中島はどうしてもバットを振り切ることができなかった。
チャンスの場面で掛かるプレッシャーに、好投手相手への気後れ。自分達が一年生におんぶに抱っこの自分達が、真摯に練習を積み努力を重ねてきた相手になるのかという負い目。勝ちたい、活躍したいという欲も勿論ある。色々な感情が頭の中をグルグルと掻き回して、中島の手は重くなっていた。
──せめて、俺が二塁に行けていればもう少し落ち着いて打席に立たせてやれたんだがな……
同じチャンスの場面でも、二塁に居るのが沢滝だったならば中島の心情的にはかなり助かっていただろうが。残念ながら今二塁に居るのは森園で、ツーアウトのためワザと牽制死して二塁を開けるという手段を取ることもできない。
自分の手でチャンスを掴んで貰う他は無い。沢滝は塁上からヒッティングのサインを出し、臆せず打ちにいくよう中島に促した。ベンチからも絶対に打てと応援が飛ぶ。
「あああああ……ッ!」
「打った……!」
「いけ!森園、走るんだ!」
二球目、インコースに突き刺さるスライダーを捉えて右方向へ引っ張った。振り抜いた打球は一・二塁間を抜けてライトの前へ落ちる。
ライト前ヒット。そうなると確信した走者二人と中島は全速力で走った。特に二塁ランナーの森園は先制点を取るべく三塁を蹴り、全身を大きく動かして懸命に本塁生還を目指す。
ベースが目前まで迫ったところで、ヘッドスライディングを仕掛けていき鬼気迫ると言った様子で滑り込んだ……が。結果的に森園のその努力は徒労に終わることとなった。
「アウト!」
「嘘……アレを間に合わせちゃうの?」
「ライトゴロ……惜しかったな」
森園がホームベースにタッチする少し前。王明のライト・矢端は打球を捕手の石神ではなく、一塁手・大城に送っていたのだ。
中島は打てたは良いものの、フルスイングしたことが災いし走り出しが遅れてしまっていた。その様子を見て一塁送球が間に合うと判断し、実際に間に合わせアウトを取ってみせたという訳である。
リスキーな選択。中島が間に合う可能性は十分にあったし、何なら森園はヘッドスライディングで寧ろ減速していたのだから、ホームの方に投げた方が確実にアウトを取れていたはずだ。確かに本塁より一塁の方が近いとは言え、危険な賭けであった。
だが、結果として王明は3アウトを取った上で失点も阻止した。東東京の名門に守備で肩を並べる王明高校、その面目躍如である。
「ドンマイです、先輩。切り替えていきましょう」
「すまん……俺がもっと足が速かったら……いや、ちゃんと打ててたらこうはならなかったのに!」
──これは、引き摺るぞ……?
はっきり言って、中島に非は無い。打つのならバットはしっかりと振るべきだし、体勢が崩れたのは不可抗力だし、崩れたからと言って諦めて走塁するのを諦めた訳でもない。今回は相手の方が上手だったというそれだけの話。
しかし、ただでさえこれまでの負目に押し潰されそうになっている中でのこのアウト。中島は「ちゃんと練習をしていたなら……」と、切り替えられず引き摺ることになるだろう。アウトになる前に生還出来なかった森園も同じはずだ。
プレーに影響が出なければ良いのだが。今の晴真には心配してやるくらいしか出来なかった。
そして3回裏、王明高校の攻撃は7番・漆原からのスタート。あまり目立った活躍の無い打者だがだからと言って侮る理由も無い。最初から全力でいくべく、バッテリーはスプリットから入った。
「ボール!」
「見極められてるね」
「打つ気が無いと分かっているのなら、全球ど真ん中でも構わないだろうに」
結果は見送られボール。
次の2球目も同じコースで、今度は入るように投げてみたがまたしても見送られた。どうやら待ちの作戦は継続しているようだ。
それなら、わざわざボール球を投げてカウントを不利にしてやる必要は無い。3球目は最もコントロールの付けやすいインコースへのストレート、腕をしっかりと振るよう意識して投げる。
勿論ストライク。打ちにいくならいけた球でも振らなかったことから作戦の継続を確信し、バッテリーはこのまま三振してもらおうと同じところに続けてストレートを投げ込んだ……が。
「横着したな?」
インコースの半端な高さへ投げ込まれたボールを漆原は真芯で捉え振り抜いた。
引っ張った打球は高く高く上がり、そのまま内野と外野の頭を越えてレフトスタンドに突き刺さる。
「わざわざ打ちやすい球を投げてくれるんだ、打ってやらなきゃ逆に失礼だろう」
王明高校監督、松田謙一はほくそ笑む。「あわよくば」程度の狙いがバッチリ決まる瞬間は、他のものには変え難い快感があるものだ。
ソロホームラン。打者に打ち気を見せられずアウトを簡単に取れると勘違いし、安易に入れにいった打ち頃の球を的確に刈り取る一撃。森園と佐竹の慢心がこの結果を招いてしまった。
3回裏、先制したのは王明高校。慧峰にとってはかなりキツい追いかける展開になってしまった。