栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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31:都大会準決勝 王明高校③

「インコースに投げるにしても、同じコースに同じ球種は流石に安直過ぎたな。ストレートを続けるなら外に投げるか、せめてしっかりと低めに制球するべきだった。それまでと直前の見逃しのせいで、何処に投げても同じだと思わされたが故の結果だな」

「す、すまねぇ……!」

「返す言葉も無いぜ……」

「次は8番からだ。切り替えていけよ」

 

 ──うわ、すっごい消沈してるや……

 

 痛恨の先制被弾の後すぐ、沢滝はタイムを取ってバッテリーに簡単な助言を与えた。

 特に責めたり叱ったりはせず、「次どうするか」だけを見据え失敗を糧にさせる。安易な手段に手を出して痛打を貰ったのは反省すべきだが、それをいつまでも引き摺るのもまた問題だからだ。

 

 失敗を一々責めないのは沢滝の優しさだが、今の森園達にはその心遣いが余計に痛かった。下級生におんぶに抱っこな自分達の情けなさを、どこまでも痛感させられてしまうから。

 

「御影、少しいいか」

「え、僕?」

 

 話し合いが終わり全員持ち場に戻るところで、晴真だけは沢滝に呼び止められた。どうやら何かやってほしいことがあるようだ。

 

「まず、この試合に勝つには二・三年生(アイツら)の戦意を呼び起こすことが重要になる」

「うん……皆、下向いちゃってるもんね」

「ここまでは、自力で奮い立って貰いたいから静観していたが……流石にそう悠長なことを言っていられないところまで来てしまったからな。お前にアイツらに喝を入れる役目を頼みたい」

「……沢滝君じゃダメなの?」

 

 喝を入れる、つまり激励ならば沢滝こそ適任だと晴真は思っている。しかし何故か自分でやらず任せようとしているということは、沢滝の方は晴真こそ適任だと思っているということだ。

 その理由は立場と年季の差。慧峰の『指導者』でもある沢滝では、その言葉は全て()()()の物言いになってしまう。上から無理やり立たせるのではなく横から立とうとする足を支えてやる、今必要なのはそれができる人間なのだ。

 

 そしてそれは、慧峰高校に於いては晴真以外に適任は居ない。上級生達を立ち上がらせるには、未経験故に努力してきた期間が同じくらいの晴真でなければならないのだ。

 

 ──た、大役だぁ……!

 

「5回が終われば、グラウンド整備で少し時間が空くからな。その時までに考えておいてくれ」

「ちなみにさ、沢滝君は何か考えてるの?」

「一応な。だが、明かせばその分だけお前の言葉が薄まってしまう。お前の言葉であることが何よりも大事だからな、俺からは何も言わん」

「責任重大だなぁ……考えておくよ」

 

 タイムが明け、試合が再開する。

 王明の8番は投手・木下雄吾。森園にヒットを打たれた彼はリベンジに燃えていた。明らかに打つ気でいる構え……どうやら、待球作戦はホームランを最後に終わることにしたらしい。

 

「……いくぜ!」

 

 一度大きく息を吸って心を落ち着け、森園は1球目のカットボールを内角低めに投げた。

 しっかりと制球されたそれを木下は振るも、芯は外れて大きく後ろに逸れるファール。ストレートなら打たれていたタイミングであった。

 

 動かしておいて良かった……そう安堵しながら投げた2球目はボールゾーンに外れるカーブ。振ってくれれば儲け物だったが流石に見逃されてボールの判定。平行カウントになったところで次はストレートを胸元へ投げる。

 

「ストライク!」

 

 木下はこれを見送るも判定はストライク。際どいところだったが審判のジャッジに助けられた。

 これでツーストライク。決め球のスプリットで仕留めにいく前に、今度はアウトハイへ印象付けのための釣り球を投げた。これは大きく外れるがあくまで布石の一球なので問題は無い。

 

 大事なのは次の一球だ。わざわざ高めのボール球を投げたということは、次にくるのは空振りを取るためのウイニングショット。そしてそれは十中八九スプリットだろう。投手としてマウンドに立つ木下はそれを察していた。

 狙いは既に見切られている。だからこそ分かっていても打てないようは球を、森園は投げなければならない。大事なのは球速だけでも変化量だけでもコントロールだけでもなく、それを投げられるという己と捕ってくれるという捕手への信頼も含めた複合要素。一番難しいのは自分を信じる、というところなのだが……

 

「森園先輩!」

「御影……?」

「一球、落ち着いていきましょう!」

「……ッ!ああ!」

 

 外野の晴真からの声掛けに、森園は威勢の良い返事を返した。

 散々格好悪いところばかり見せている中、これ以上醜態を晒したくはない。そんな気持ちを込めて渾身のスプリットを佐竹のミット目掛けて投げる。

 

「狙い通り……!」

 

 木下は打ち気を堪える。ここで振っても空振りするだけ、しっかりと軌道が変化するのを待ってから掬い上げて打つ。変化量自体は大したものではないし自分になら十分打てる球……待つことさえできれば勝つのは自分だと確信を持っていた。

 まだだ。まだ堪える。ボールが落ちるタイミングを見計らいそれに合わせてスイング……ファーストの頭を越えてライト前に落ちるヒット、そうなるイメージを持っていたのだが。

 

「ッ……!?」

「っし……ファースト!」

 

 想定よりも鋭く、大きな変化に芯をズラされたことで打ち上げるどころかゴロとなり。転がっていく打球を森園がしっかりと捕球し、ファーストの青木が送球をガッチリと受け取ってアウト。結果はピッチャーゴロとなった。

 

「しゃあッ!」

「ナイスピッチ森園!」

「まずはワンアウト!」

「ナイスピッチです、先輩!」

 

 振り絞るように咆える森園を、慧峰のメンバー達は全力で称賛した。実際被弾後の立て直しとしては完璧なピッチング、これは素直に褒められて然るべきものである。

 そしてこの成功が功を奏したか、続く9番・1番と森園は続けて抑えることに成功する。1番石神の2打席目は、スライダーを完璧に捉えられ危ういところではあったが……ライトの中島が追い付いてくれたことで事無きを得た。

 

 ──点は取られちゃったけど……その場凌ぎとしては上出来かな?

 

 危ないところだったが、どうにかこの回は最小失点で終えることができた。己の言葉が良い方に作用してくれたことに晴真は安堵の息を吐く。そしてすぐに意識を次へと向けた。

 ここからの4回表、この回は自分にも確実に打席が回ってくる慧峰にとって重要な回だ。どんなに不格好になったって構わない、塁に出て少しでも逆転の確率を上げる、それがやるべきこと。

 

「必ず、打つ」

 

 沢滝にやってほしいと頼まれていることも、勿論考えなければならないが。その前に目の前の打席に集中する……優先順位は間違えない。

 

『4番 センター 御影君』

 

 ──も、もう回ってきちゃった……

 

 先頭打者の青木は、初球のムービングに芯を外されてキャッチャーフライという何とも言えない結果に終わってしまった。そのせいで考えを纏める暇も無く晴真は打席に立つことになる。

 とは言え、既に覚悟は決めてある。一度小さく息を吐いてバットを強く握り打席に入る。そしてマウンドに立つ木下を睨み付けた。『この打席では打たせてもらう』そんな意味を込めて。

 

 ──さぁ、こい!

 

 1球目。山なりの軌道を描いて放たれたボールがゾーンを大きく外れつつ、キャッチャーミットに収まる……かと思いきや。それにはまだ早いと言わんばかりに急速に変化しゾーンに入る。

 ボールゾーンからストライクゾーンに入る、所謂バックドア……晴真はそれを見事に芯で捉え、逆らわず逆方向へ振り切ってみせた。

 

「な……ッ!?」

「マジかよ……ッ!」

 

 ──ふぅ……備えておいて良かった!

 

 リリースの時点で違和感を持っていた。「1打席目で見た投げ方よりも、何だか随分と腕が開いてるんじゃないか?」と。

 そして、変化球特有の山なりな軌道を見て確信に至る。外の球を見せるつもりなら普通にストレートを投げれば良いところを、わざわざ変化球を投げる理由……それは、「見逃しでストライク一つ楽に貰っておこう」という魂胆があるからではないか。そう結論付けた晴真は直感を信じてバットを振り、そして打つことに成功したのである。

 

「レフト追い付いてないよ!」

「二つイケる!走れ走れ!」

 

 一塁を蹴り、まだ相手のレフトがボールに触れていないのを確認してダッシュ。このまま二塁までは余裕で到達できそうだと判断し、もう一度レフトを確認──まだギリギリ追いつけていない。

 三塁まで狙える。そう判断した晴真は二塁も蹴って一気に三塁まで駆け出した。流石に際どいタイミングになるが、それでも自分の脚なら届くと信じて全速力で駆け抜ける。同時にレフトの捕球も完了し淀みない動作で矢のような送球が三塁へ届く。

 

 ほぼ同時だ。晴真のヘッドスライディングがベースに触ったのと、王明のサード・漆原が送球を受け取ったのはほぼ同時だった。

 際どいところ、審判が下した判定は……

 

「セーフ!」

 

「やった!」

「スリーベースヒット……得点の大チャンスだ!」

 

 セーフであった。

 これでワンアウト三塁、ボテボテのゴロでも1点を返せる大チャンスを掴み取ることに成功する。お膳立ては整った……後のことは、晴真に続く者達に託された。

 

「あら、また申告敬遠!?」

「スリーベースを打たれて尚、冷静だな……」

 

 次は5番・真堂……しかし何と、王明ベンチはここで申告敬遠を選択する。

 クリーンナップとの勝負を避けつつ、一塁を埋めて併殺の機会を作る作戦。真堂はその狙いを理解するもできることは無く、歩かされたことに歯噛みしながら一塁へ向かっていった。

 

 ここからは下位打線、しかも殆ど安牌だったはずのゴロ打ちにリスクを付けられてしまった。

 慧峰の6番・小林は、1打席目で高めの釣り球に見事に釣られ空振り三振を喫している。自分でも思う程無様な打席だったが、同じ轍は踏まないと頭では考えてもどうしても過ってしまう。

 

「落ち着いて、深呼吸しろ」

「沢滝……」

 

 打席に向かう足取りが重くなる小林に、沢滝は深呼吸を促して落ち着きを取り戻させた。

 とは言え、足は軽くなったがこれで不安の全てが消えるという訳でもない。なのでもう一つ軽いアドバイスも一緒にくれてやる。

 

「全てに対応しようとするから遅れるんだ。頭で分かっていても動けないのなら、物理的に打てるコースを限定してしまえば良い。指2本分、バットを短く持って打席に入ってみろ」

「指2本分、短く……」

 

 軽く振ってみる。短く持つ分大きなスイングで長打を狙うのは難しくなったが、その分遠心力が減ったことで振りが速くなったような気がした。

 これなら届く範囲は確かに打てそうだ。小林はアドバイスを噛み締めながら打席に入る。同点の一発を叩き出すという決意と共に。

 

 打つ。絶対に打つ。

 打たなければ、ならないのだ。

 

『6番 セカンド 小林君』

 

 1球目はアウトローへのストレート、これは届かないので初めから見逃す。ワンストライクからの2球目はボールゾーンへ内側に逸れるスライダー、これを振りにいくも芯は外してファール。たった2球にして早くも追い込まれてしまった。

 しかし小林はここから粘った。ボール球をしっかりと見極めて見送り、インコースの厳しい球はカットして球数を稼ぐ。バットの届かないアウトコースにストライクが入らないという幸運にも助けられながら、ひたすらに打てる球を待ち続ける。

 

「来い……来い……打てる球、来い……!」

 

 そして、漸く訪れた8球目。投げられたのは膝元を突き崩すように変化する、カーブとスライダーの中間の変化球……スラーブであった。

 キレも球速も変化量も申し分無い、木下雄吾渾身のウイニングショット……それを、内角高めに決め打ちしていた小林は当ててみせた。

 

「打った!」

「同点……!イケる、ぞ……ッ!?」

 

 痛烈な打球はピッチャー・木下の横を抜けてセンター前へ落ちる……その直前に、打球に飛び込んだセカンド・小野寺のグラブがそれを収めた。

 驚愕のジャンピングキャッチに誰もが反応する間も無く、二遊間は次なる行動に移る。小野寺は飛び込んだことで地面に着いた胸をそのままに腕の振りだけでショート・高橋にグラブトスで送球。きっちりとそれを受け取った高橋は、完璧な所作でファーストにボールを送り、一塁を飛び出していた真堂をアウトにしてみせた。

 

 完全にセンター前ヒットになると思っていた真堂は反応すらできず、呆けている間にアウトとなってしまう。

 せめて即座に戻れていたならば。変則ゲッツーでスリーアウトになることは防げたし、何なら一塁送球の間にタッチアップで晴真が本塁生還する余裕すらあっただろう。想定外の出来事に思考停止してしまった彼の完全な失態であった。

 

「すまねぇ……」

「今のは、俺も完全に抜けると思っていた。流石に取った相手を褒めるしか無いな」

「そうですよ。いくら守備の王明とは言え、流石にあんなファインプレーそう何度もできませんって」

「……ちくしょう!」

 

 ──うーん……守備に影響が出なきゃ良いけど。

 

 絞り出すような声で、真堂は小さく叫ぶ。他の者達もそれに呼応するように、目線を下に向け背中を丸めてしまった。

 精神的にかなりマズい状態に陥ってしまっている。ただでさえ試合前からガタガタになっていたメンタルが、チャンスを無駄にしてしまった罪悪感とアドバイスを貰った上でこのザマであるという無力感で更に落ちてしまっていた。フォローはしたが明らかに耳に入っていないことからも分かる。

 

 ──これは……励ましじゃ、ダメだな。

 

 普通に励ましたり、喝を入れるだけでは先輩達の心を動かすことはできないだろうと、晴真は彼らの様子からそう判断する。

 別のアプローチが必要だ。そのためにもこの裏の守備と5回を最低限の傷で乗り越える必要がある。

 

 この空気をひっくり返す。

 そのためにも、今できることをやる。晴真は気合を入れて己の守備位置へ走っていくのだった。

 

「絶対に……勝たせてみせますから」




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