栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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32:都大会準決勝 王明高校④

『2番 レフト 松原君』

 

「おなしゃーす」

 

 4回裏、王明高校先頭打者の松原は初球からセーフティバントの構えを取る。揺さぶりを掛けるつもりなのだろうが……その行為は彼が思っている以上に効果覿面であった。

 バントに対して有効なのは、高めの球を打ち上げさせてフライアウトを取ること。それ故にリードは高めへの変化球が多くなるのだが、精神的に重大なダメージを負っている慧峰バッテリーは、分かっていてもそれをやり切ることができない。

 

「ボールスリー!」

 

「さっきから、ストライクが入らないわねぇ……」

「肩に力が入り過ぎなのだ、まったく……」

 

 その場凌ぎの効力も消え、また肩に力が入り過ぎるようになってしまっている。そのせいで中々ストライクを入れられずにいた。

 このままではいけないが、この後の展開と言えば入れにいった甘い球を痛打されるか、結局一球もストライクを入れられず四球で歩かせるか。どちらも認めないというのなら、どうにか肩の力を抜いて難しいコースへストライクを投げるしかない。

 

 そして、今の森園にそれができるかと言えば……

 

「ボール!フォアボール!」

「へへ、儲けた儲けた」

 

 できる訳が無い。

 先頭打者から早速一つもストライクを入れられないまま四球を出してしまい、ノーアウト一塁の状態でクリーンナップを迎えることとなる。

 

 しかも、相手は1打席目を犠牲に森園の球筋を観察して確認している……辛い戦いになることは目に見えて分かっていた。

 それでも、投げない訳にはいかない。ピッチャーが投げなければ試合は始まらないし、例えここで自分が降りたとして、リリーフの棚原により長い苦しみを味わわせてしまうだけだからだ。いくらキツいとはいえ、そこまで無責任にはなれなかった。

 

「すいません、タイムお願いします」

 

 沢滝は佐竹に指示してタイムを取らせた。少し間を取って落ち着く時間を作ったのだ。

 

「森園、こういう時こそ冷静にだぜ。相手は突き放すために必ず追加点を狙ってくる……そのためには一発ホームランを狙うか、沢滝でも届かないライト側に打ってくるはずだ」

「確か、次からの打席は右・右・左だったか……絶対抑えてやろうぜ」

「これ以上、打たれて迷惑掛けらんねぇよな」

「ああ……!」

 

 沢滝の守りに阻まれれば、追加点どころか併殺も普通にあり得る。なので王明は沢滝でも届かないライト側に打球を飛ばそうとするはず。右打者ならば流し打ち、左打者ならば引っ張りで。

 ならば、バッテリーとしてはそれを抑制するリードをしていかなければならない。次の3番・矢端は右打者なので、逆方向に流し辛いインコースを中心に攻めていくことに決める。

 

「絶対……抑える……!」

 

 1球目はインハイへのストレート、際どいところだったが判定はボール。続く2球目はストライクからボールになるように、スライダーをアウトローへ投げてこれで空振りを取った。

 一旦牽制でリズムを整え、盗塁を警戒しつつ3球目は1球目と同じコースへのカットボール。これは当てられるも前には飛ばずファールとなる。

 

「よし、追い詰めた……!」

「油断するな、そのままいけ……!」

 

 ツーストライクワンボール、投手有利のカウントで続けるのは勝負を決めにいくスプリット……これを捕手の佐竹が捕り切れず弾き、その間に一塁走者は二塁へ進んだ。

 済まないと一言謝罪もあり、並行カウントになった5球目はアウトハイへのカットボール。これも際どいが審判の判定はボール、あまり良い方には転がらずフルカウントとなる。

 

 ──日和るなよ、俺……!

 

 フルカウントで、佐竹からのサインは先程彼が取りこぼしたコースへの再度のスプリット。今度はしっかり捕ってみせるという決意表明……それ信じて森園も日和らずスプリットを投げた。

 注文通りのコースに決まったそれは、打者が打とうとしたタイミングで落ちるように変化し空振りを奪うまさに魔球。しかしこれに矢端はバットの頭を下ろしつつ肘を畳むことで対応し、無理やりだが見事に当ててみせたのだった。

 

「何だ、それ……ッ!?」

 

 打つ前からスタートを切っていた二塁の松原は、矢端の打球がフェアになったことを確認すると即座に走りのギアを上げる。

 打球自体は平凡なゴロ、しかし慧峰のセカンド・小林が捕球した頃にはもう松原の生還を阻止できるタイミングはとうに過ぎてしまっていた。仕方無く一塁に投げてアウトは一つ取ったものの、慧峰はこれで2失点目……かなり痛い失点であった。

 

 0ー2、追いつけない程の差ではないが現状かなり重たい点差。

 気を付けていたはずなのに、またしても失点してしまったことに森園は深く落ち込む。この気持ちを次の打者にも引き摺ってしまった結果、4番・小野寺には初球から右中間を割るツーベースヒットを打たれてしまうのだった。

 

「ぐう……ッ!」

 

 ワンアウト二塁、得点圏にランナーを置いて次の打者は5番・大城。三盗を警戒しながら丁寧にアウトコースへ集めるが、変化球を見極められているようで中々手を出されない。

 あからさまなボール球は見逃すが、クサいところはカットして仕切り直し、決して森園に楽に投げるということをさせないバッティング。フルカウントになっても粘りは続き、森園はどこに投げれば良いか分からなくなり半ばヤケになり出していた。

 

「打った!」

 

 そして、そんなヤケクソになって投げられた球で都合良くアウトを取れるはずもなく。またしても右中間を割るツーベースヒットを打たれ、王明に3点目が入るのだった。

 

 ──これ、もう交代した方が良いんじゃ……?

 

 口を一文字に結び悔しがる森園に、晴真はそんなことを考える。それを決めるのは沢滝だが、恐らく彼も試合展開だけを見ればそうするべきだと考えているだろう。

 

 だが、沢滝はそれを選ばないだろう。

 沢滝はこの試合、勝敗とは別に二・三年生のメンタルケアをするつもりでいる。勝ちたいと思ったなら戦って良いんだと、目指すものに向けた努力に貴賤は無いんだということを伝えようとしている。

 

 そのことを思えば、ここでやられっぱなしのまま森園を降ろすということはしないはずだ。

 森園本人としては、そうしてくれた方が精神的には楽になれるのだろうが……それは()()だ。沢滝は失敗は許す。ミスも許す。だがそれに甘えて修正や精進を怠ることだけは許さない。

 

 ──この試合、僕の投手としての出番無いまであるんだし……!頑張ってください、先輩……!

 

 沢滝がこの試合を二・三年生の力で勝とうとしている以上、自分の出番は無いこともあり得る。投げられるか分からない晴真としては、森園には何としても頑張ってもらいたいところであった。

 

「森園、こっちに打たせろ。流石にライト側に打たれれば追いつけんが、レフト側なら捕れる」

「沢滝……」

「あと二つ、お前の力で取ってみせろ」

「……ッ!」

 

 縮こまる背中に、沢滝は簡単に声を掛ける。振り返った森園の顔はあまりにも弱々しく、まるで親と逸れた幼子のようであったが。声に含まれた期待や信用を感じ取ったか、あとツーアウトは任せると言われた時にはもう背筋は少しだけ伸びていた。

 返事は無い。覚悟を決めたのか、それとも折れてしまったのか……それは分からないが。それでも森園がマウンドを投げ出すことなく、次の打者と向かい合ったのは確かなことであった。

 

「これ以上、点はやらねえ……!」

 

 6番・浜本への初球はスライダー。これは見逃されてストライク。続けて2球目……を投げようとしたところで二塁の大城が走った。

 浜本は盗塁を支援する空振りで佐竹の目を塞ぎ、その間に大城は悠々と三塁へ到達。ツーストライクにはなったが、同時にゴロでもまた1点の難しい状況となってしまった。

 

 表の慧峰の攻撃と似たような状況。王明は見事に無失点で切り抜けてみせたが、果たして慧峰に同じことはできるのだろうか。しかもあの時はツーアウトだったが、今はまだワンアウトという更に厳しい条件の中で。

 緊張感の走る中、3球目に選ばれたのはインコースへのストレート。しかしこれは狙い過ぎた結果外れてボール。次のストレートもまた外れて平行カウントになってしまう。

 

 森園の動悸が強まる。ずっとヒッティングのままでくるだろうか、スクイズもあり得る。いっそ歩かせて併殺を狙ってみようか、いやそんなの自殺行為だ……考えが纏まらない。嫌な汗だけが絶えず全身から吹き出している。

 不安に押し潰されそうになりながら、チラリと沢滝の方へ振り返ると。彼はいつもの澄ました顔でグラブを突き出した。まるで、「ここまで打たせれば良い」と、そう言っているかのように。

 

 ──そういや、打たせろって言われてたな……

 

 これだけ醜態を晒して、惨状を見せて、それでも尚沢滝は変わらぬ態度で接してくれる。そのブレなさに少しだけ救われたような気がした。

 全身の強張りが解け、指先に入る力が軽くなり無理無く腕を振り抜けるようになる。インハイを目掛けて突き進むストレートは、カットボールを狙っていた浜本のバットを揺らし、高く打ち上げさせることに成功する。

 

 打ち取れた、がこれでも犠牲フライには十分な飛距離を稼げてしまっている。このまま4点目を取られるか……と普通ならなるところだが。今回の打球はレフト側に飛んでいた。

 

「アウト!」

 

「長田、よこせ!」

「おう!」

 

 まずは勢いを失い落ちた打球を、レフト・長田がキャッチしてアウトに。三塁走者はそれを確認してタッチアップしホームを狙う。

 長田の肩では確実に間に合わないが、レフト側の打球なら沢滝がフォローに入れる。沢滝は長田が捕球した瞬間に指示して中継役となり、自分がホームで待つ佐竹へボールを投げ渡した。コントロールも速度も一級品のそれは、ブレることなく佐竹のミットに収まりランナーに触れる。

 

「アウト!チェンジ!」

 

「やった……!」

「4点目は何とか防げたか……!」

 

「ありがとう、沢滝……また助けられちまった」

「こっちに打たせろと言ったのは俺で、お前はそれを成してみせた。お前の功績だ」

「……」

「次は打順が回るぞ、準備しておけよ」

 

 タッチアップ阻止は無事に成功し、この回の失点は2点に留まった。

 スコアは0ー3……逆転できると軽々しく言うことはできない点差。それでも攻撃のチャンスはあと5回も残っている。必ず点を取って勝ち越しに繋げる……先頭打者の長田を始め、この回打席に立つ選手達は空元気を回すが。

 

「アウト!」

 

「アウト!」

 

「ストライク、バッターアウト!チェンジ!」

 

 やはり空回りする。何とも呆気無い三者凡退で5回表は一瞬にして決するのだった。

 そして裏、王明の攻撃……こちらも7番・漆原から始まる下位打順。その漆原は前の打席でホームランを放っているものの、あくまで策に嵌めた上でのラッキーパンチ。今度は出塁を許さずショートゴロに仕留めることに成功する。

 

「まず一つ!」

「良いわよ、そのままやっちゃって!」

 

 8番・木下は、カウント1ー2からのカットボールを引っ掛けてファーストゴロ。9番・高橋はツーストライクまで見送り、カット打法で甘い球が来るまで粘る……が、その途中でスプリットを打ち上げてセンターフライに。

 互いに下位打線から始まる、期待値の低い回ではあったとは言え。両校共に三者凡退で試合は後半戦を迎えるのだった。

 

「御影、準備はできているか?」

「うん……皆さん、ちょっと良いですか」

 

 5回が終わり、グラウンド整備が入るこの時間はちょっとした小休止。この間に晴真は沢滝に言われてから考えていた、先輩達への言葉を伝える。何事かと円陣を組むように皆集まった。

 試合中も都度声掛けはしていたし、その効果はその場凌ぎができる程度には出ていた。だがその場凌ぎ程度では足りないのだ、一試合丸々……いや次もそのまた次も、闘志を持っていて貰わなければ勝ち残るなんて夢のまた夢。

 

 応援や激励では足りない。プラスに持っていこうにもマイナスが余りに大き過ぎる。これではどんな金言でも響くことは無いだろう。

 だから、これは賭けのようなものだ。晴真はこれから……先輩達を、糾弾する。

 

「ここ最近の皆さんは、実に不甲斐ない」




 本当は糾弾の中身まで詰めたかったのですが、長くなるので次回に回します。
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