栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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33:都大会準決勝 王明高校⑤

「八千代に勝った後からです。皆さん勝つ度に目線が下を向くし声のトーンが下がる。まるで甲子園に近付いていることが喜ばしくないことのように」

「そ、そんなことは……」

「あるんですよ。自覚してない訳が無いでしょう?3ヶ月……長くはないですが短くもない期間を共に過ごしてきたんですから、これくらいの機微は僕がいくら鈍くたって分かります」

「……」

 

 押し黙る。自覚はしていても目を背けていた気持ちをハッキリと突き付けられては、粛々と晴真の話を聞くしかできなかった。

 

「そんなに勝つことが苦しいですか?そんなに相手チームの頑張りが眩しいですか?そんなに託された想いが重かったんですか?皆さんの甲子園に行きたいという想いは、そうやって簡単に目を逸らせてしまえる程軽いものだったんですか?」

「……そんな訳、ねえだろ!」

 

 勿論、そんな訳は無い。

 彼らとて、伊達や酔狂で甲子園に行きたいなどとほざいてはいない。沢滝に道を示されてから今までの努力は真実だ。

 

 だが、少し周りに目を向けてみれば。他の高校は同じように甲子園を目指していても、そのために掛ける時間も努力も熱意も全く違う。そんな彼らの夢を自分達の手で終わらせ、叶わぬまま終わったそれを託され背負うことになる……ハッキリ言って、それは余りにも重い荷物であった。

 勝つ度に心苦しかった。甲子園を目指して青春を野球に捧げた彼らに対して、自分達の頑張りは精々3ヶ月程度。その3ヶ月があるからこそ分かってしまった、相手チームの甲子園に掛けた時間と想いの強さ。その差に気圧されてしまっていたのだ。

 

 負けたいなんて思っていない。

 それでも。どうしても。

 

 勝つ度に……負けて涙を流しながらも、激励を掛けてくれる相手選手の姿を見る度に。「自分なんかが勝ち進んで良いのだろうか」という気持ちが膨れ上がってどうしようも無くなってしまうのだ。

 

 ──私達の想いと一緒に、託させてください。

 

 ──最後に戦ったのが、お前らで良かった。

 

 ──絶対行けよ、甲子園。ちょっとだけ、応援してるからさ。

 

 どうして、そんなことが言える。

 どうして、そんな風に笑っていられる。

 

 悔しくはないのか。こんなサボり野郎に負けて三年間が終わるのだぞ。後輩の力におんぶに抱っこなカスに負けて三年間が終わるのだぞ。それなのに、どうしてこちらの勝利を祝福できるのだ。

 考えれば考える程、訳が分からなくなって……残るものは罪悪感と敗北感、そして彼等の遺志を絶やしてはならぬという責任感。その重みに耐えられるはずもなく、当然の結果として二・三年生達の闘志は潰れていってしまったのだった。

 

「重いんだよ……たかだか3ヶ月程度の努力じゃ、アイツらの想いは背負えない……!」

「じゃあ、僕らもそうじゃないといけませんね」

「え……」

「僕と沢滝君は一年生、4月に入学・入部して練習期間は皆さんと変わりありません。皆さんが勝つことを重荷に感じると言うのなら、僕達だってそう思わないといけないんじゃないですか?」

「そ、それは違うだろ……!」

「何が違うんですか?」

 

 晴真の言葉に反論するが、その具体的な根拠は出てこない。

 練習時間の短さを理由に縮こまっているのなら、同じ位の時間しか居ない一年生二人も、同じように考えていないとおかしいだろう。だが実際のところそんなことは別に無いし、彼らもそれを咎めたり同調させたりしたことは無い。

 

 晴真は高校まで野球は未経験。野球に掛けた年月なら先輩達よりも遥かに短く、中学校や小学校の段階から野球に人生を賭けていることもザラではない他の選手達には遠く及ばない。

 沢滝にも、それだけの実力があって甲子園を目指しているのならもっと強い所になんていくらでも行けただろうと言える。言おうと思えば粗探しなんていくらでもできるのだ。

 

 だが、二人がそのことで勝利を後ろめたく思うなどということは勿論無い。何故なら自分達のしてきたことに後ろめたいことなど、何一つとして無いと信じて疑っていないから。

 本来、貴賤など無いのだ。一つの目標を定めそれに向けて試行錯誤を繰り返す……その道のりに掛けた時間や金、情熱に差はあれど、それは決して労力の少ない方を貶して良いという訳ではない。他の誰が何と言おうと、「努力をした」その事実は絶対に無かったことにはならないのだ。

 

「皆さんだって同じなんですよ。確かに昔はサボってばかりだったのかもしれませんけど、今は違うんでしょう。それなら心を入れ替えて頑張ってきたことを皆さんは誇るべきだし、それを自ら貶めるなんてあってはならないことです」

「でも……俺達はずっとお前らに頼りっぱなしで!沢滝がいなきゃ腐ってたままだったし、御影がいなきゃ八千代みたいな強いトコには勝てなかった!お前らが居なきゃ俺達は何もできない……!」

「悪いことじゃないでしょう。それに、それを言うなら僕だって同じですよ」

「え……?」

「知らなかったんですか?野球って、実は9人でやるチームスポーツなんですよ?」

「……そ、そんなの」

 

 御影晴真は天才だ。圧倒的な身体能力と飲み込みの早さで一段跳びに成長を繰り返し、今の時点ですら超高校級の実力を手にしている。

 沢滝零士は化物だ。たかが15、6歳の若造とは思えぬ慇懃にして不遜な態度に、それを正当化して余りある実力と育成力。地に堕ちた野球部を再建してみせたその手腕は、どんな名監督や名コーチでも決して真似はできないだろう。

 

 だが、そんな彼らにもどうしようもない野球選手としての弱点がある。

 それは、彼らは一人しかいないこと。

 

 野球はスタメン9人、ベンチ9〜11人でやるチームスポーツだ。一人だけでは勝ち負けは愚か試合の成立すらままならず、例えどれだけ個の力が突出していようと9人居なければ何にもならない。

 どんな愚図でも、無能でも、あと最低8人は居なければ、そもそもチームは成立しないのだ。突出した一人が居なければ雑魚は何もできないが、同時にその一人も8人の雑魚が居なければ何もできない。野球とはそういうスポーツ……持ちつ持たれつでなければ決して成立しないものだ。

 

 どんな背景があろうと、彼らは部に残った。だからこそ晴真が居て、沢滝が居て、今のこの慧峰高校野球部という現状がある。

 

「無理に敗者の想いを背負えとは言いません。勝利を後ろめたく思うなとも言いません」

 

「ただ……僕を、僕達を勝たせてください。これまでもずっと、そうしてきてくれていたように」

 

 晴真はの言葉はそこで終わる。

 彼は、頼った。実力低く器も小さい先輩達のその力を頼った。

 

 彼らだけでは何もできない。ならば自分の力で勝たせてやろう。

 自分だけでは何もできない。だからあなた達の力で勝たせてほしい。

 

 先輩と後輩の関係性、これまでも特に何をするでもなく培ってきたそれを。晴真はそれをしてほしいと先輩達に要求したのだった。

 二・三年生の顔が上がる。少しずつ視界に入っていく晴真の表情、そこには憐れみや同情といった類の感情は感じられず。そこにはこの試合を勝ちたいという、直向きに勝利を目指さんとする覚悟こそが力強く灯っていた。

 

「良いのかよ、俺達なんかで」

「はい」

 

「サボってたんだぞ」

「知りません。その時は居なかったので」

 

「本当に……お前の助けに、なれんのかよ」

「頼りにしていますよ、皆さん」

 

 どこまでも、真っ直ぐに。晴真の言葉は先輩達の心に深々と突き刺さる。

 

 気付けば、涙が溢れていた。

 

 理由は分からない。自分の不甲斐無さにほとほと嫌気がさしたからなのか、そんな自分をそれでも肯定して貰えたからなのか、それとも……

 

「ああああああああああ!」

 

 鬱屈としたものを振り払うように吼える。

 吹っ切れたのだ。不甲斐無い自分への多くのマイナスな感情が、怒りや情けなさがなけなしの自尊心と混じり合い増幅し、晴真の言葉で臨界点に達したそれはオーバーフローを引き起こした。

 

 マイナスが裏返り、プラスに成る。

 自分のためにはまだ戦えない。それでも、今こうして頑張っている自分を褒めてやろうと思えた。甲子園を目指す後輩達に申し訳無いと思えた。彼らの中に再び、闘志の火が灯ったのだ。

 

「ごめん、御影、沢滝……!勝手に諦めて、不貞腐れて試合を投げ出すところだった……!」

「お前らはずっと、俺達のために頑張ってくれてたのに……何も、見えてなかった!」

「不甲斐無い先輩でごめん!頼りない先輩でごめん!こんな俺達だけど、もう一度……もう一度だけ、お前達のために戦わせてくれ!」

「……皆さん」

 

 ここまでの不出来な自分を詫び、二・三年生達は深々と頭を下げた。

 その眼には確かな覚悟があった。何度も迷い、揺れて漸く心が据わった証……真っ直ぐな眼光。

 

 ──これなら、まだ間に合うはず!

 

 どうにか荒療治を成功させ、晴真は喜びと安堵の混じった深い息を吐く。そしてずっと一歩退がって様子を見ていた沢滝の方を見やる。

 彼もまた、二・三年生達の闘志が戻ったことに安堵していたようだ。いつもの澄ました顔がどこか優しげになっているように見える。

 

「円陣でも組んでみるか」

「え、珍しいこと言うね」

「せっかく盛り上がっているからな。ここらで一つやっておくのも良いだろう」

「……よっしゃ、集まれ集まれ!」

 

 全員が集まり輪を作る。

 こういうことはあまり好きじゃなさそうな沢滝が言い出しっぺとなったことで、皆すぐに動き円陣の形ができた。

 

「残りのイニングは四つ。俺達が勝つにはその中で最低4点を取らなければならない……6回は俺から始まるウチが最も点を取りやすい打順だ、この回で最低限1点を取る……何としてでも、俺にホームベースを踏ませてみせろ」

「責任重大だな……今度こそ打つぜ」

「お前だけじゃねえ、中島も返してやるし俺だってホームベースを踏んでやる!」

「期待している……さぁ、勝つぞ!」

 

「おう!!!!!」

 

 程なくしてグラウンド整備が終わり、勝負の6回表が幕を開ける。

 先頭打者の沢滝はやはりと言うか敬遠され、ノーアウト一塁で打者は2番・中島に。ここまでの中島は併殺にライトゴロと、無安打ながら惜しい当たりは打てている。この打席では王明の守備を見事に抜き去ることができるか……注目の一打席だ。

 

 ──1球目は見送る……

 

「ストライク!」

 

「走った!」

「おー……沢滝君、足も速いのねぇ」

 

 1球目はど真ん中へのストレートだったが、中島はこれを迷わず見送った。ブレて打ち損じるリスクも高いし、一打席目と同じ轍を踏まないよう反省した結果でもある。

 その結果はこの通り。完璧なタイミングで盗塁を決めた沢滝が二塁を侵し、ノーアウト二塁と併殺のリスクを消しつつチャンスを作った。これで1点を返す確率がグッと高まる。

 

 ──振るべきはスライダー……またはカーブ!

 

 円陣を解散した後、沢滝は全員に軽くアドバイスを与えていた。『変化球を狙え』と。

 慧峰の選手達は、初戦の皇心学館対策と晴真の存在もあり速球には滅法強い。変化球待ちのタイミングをストレートでズラされようと、構わず当てられるだけのスイングスピードを持っている。だから右打者はシュート、左打者はスライダーまたはカーブを狙えとそんな助言を与えていたのだ。

 

 角を突く正確な真っ直ぐ、アウトコースに逃げていく変化球……そんな難しい球を、わざわざ狙って打ってやる理由も必要も無い。己の長所と照らし合わせて、打てる球だけを打つのだ、と。

 培ったものは、スイングスピードと身体の前で掴まえる引っ張りの技術。この二つの力で、王明の硬い守備を打ち崩す。

 

「ボール!」

 

「ファール!」

 

「ボール!」

 

 2球目はシュートを見送りボールに。3球目は内角へのスライダーを打ちにいくも、フェアゾーン内に落ちずファールに。4球目は外角へのスライダーだったが、これは見送りボールに。見逃し三振もあり得た際どいところだったが、バットを動かさず確信を持って見送ったように見せたことが、審判の判断をこちら側に寄せたのだろう。

 平行カウント、流石に3球続けてスライダーを投げてくる可能性は低い。次にくるのはストレートかカーブか……何にせよ、まだこの打席では見せていない球の可能性が高い。だとしたら、相手バッテリーは何を選ぶだろうか。

 

 相手の立場になって考えてみよう。

 走者は進ませたくない。勿論ヒットを打たれるなんて有り得ない。三盗を警戒しつつ相手打者を打ち取るには速い球だ。つまりはストレートかムービングのどちらか……ベストは三振であると考えると、下手に動かして当てられるよりは、普通に真っ直ぐ投げてくる可能性の方が高いか。

 

 つまり、ストレート。

 狙いは絞った……後はその予想が吉と出るか、凶と出るか。運命の第5球──放たれたアウトローを貫くストレートを、中島の振り抜いたバットは正面で捉え弾き返した。

 

「打った!」

「だが、低い……抜けるか……!?」

 

 ──くっそお、誰も捕るんじゃねーぞ!?

 

 当たったは良いが、打球は弾道が低く内野を抜ける前に着地し、小さく跳ねながら三遊間のど真ん中を駆け抜けていく。中島は打球の行方を追うことをすぐに諦め、安打になることを祈りながら一塁目掛けて全力疾走を始めた。

 三遊間ではより打球に近いショート・高橋も懸命に走り、そして飛びついてキャッチに成功。すぐに周囲を確認し、二塁走者の沢滝が既に三塁を蹴って本塁を目指しているのを視認する。奴は打者が打つ前から既に走り出していた……ここからアレを止めるのはもう不可能だ。

 

 それらを瞬時に判断し、サード・漆原にボールを渡し一塁へ投げさせる。中島のヘッドスライディングとのタイミングは、ほぼ同時だったが……塁審の判定はセーフ。

 1点を返す内野安打タイムリー。それが中島の三打席目の結果であった。

 

「ナイスバッティング中島ー!」

「このまま逆転だー!」

「ナイバッチです、中島先輩!」

「……ッしゃあ!」

 

『王明高校 選手交代のお知らせです』

 

 このまま押せ押せ……といきたいところだが、当然相手はそうはさせまいと策を講じる。

 王明ベンチは、投手を木下雄吾から控えの中岡優仁に交代。MAX147キロの速球と落差の大きいスプリットを武器とする本格派右腕だ。

 

 多彩な変化球でタイミングを外すことを得意とする木下とはタイプの違う、新しい投手。

 選手が変わった時は、流れを変える『何か』が起こりやすいとされている。その流れがどちらに優位を齎すのか……その舵取りは、初めに相対することになる青木に託された。

 

『3番 ファースト 青木君』

 

「うっし!」

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