『はぁ……何をやっているんだお前は。いくら相手に誘われたからと言って、敵陣のど真ん中にノコノコ入っていくエースが何処にいる』
「はい……返す言葉もありません……」
取り敢えず、不測の事態に遭ってしまった晴真は沢滝に連絡を入れ状況を伝える。
当たり前のように何を馬鹿な真似をしているんだと説教を食らうことになったが、最終的にはこの際少しでも多くの情報を集めて来いと送り出されることとなる。放り投げられたとも言う。
『その集会とやらがいつまで続くかも分からんし、親御さんにはちゃんと帰りは遅くなると連絡を入れておけよ。それとファミレスなら注文することがあるとしてドリンクバーくらいにしておけ。遅くなっても食事は家で食え。あと身の安全には細心の注意を払うこと。以上だ。また明日学校でこの時のことは話して貰うからな』
「う、うん。また明日、学校でね」
──うん、やっぱり怒られたや……
「お前んとこの主将は随分と過保護だなぁ?大事にされてて羨ましい限りだぜ」
「エース様待遇はさぞかし気持ちいいだろうよ」
「……君らのトコも、そうなのかな?」
「いんや、ウチにそんな優遇制度はあり得ねえさ。学年もポジションも関係無え……同じ釜の飯を食う仲間はどんな奴でも対等だぁ」
──へぇ、意外と平等……?
不良の巣窟として有名、と聞いていたので序列には厳しそうだとイメージしていたが。話し振りからするとそういう訳ではないらしい。
確かにこの二人、学年が違えどかなり仲良さそうに一緒になって歩いている。先輩後輩と言うよりは正しく対等な仲間と言ったところか。一年生も見てみなければ真実は分からないが、今のところその言葉に嘘は無いと見て良いだろう。
「着いたぜ、ここだぁ。もう皆先に来て待ってるはずだからさっさと中に入るぞぉ」
「遅くなってすいませんッしたあ、てなあ!」
「ホントに普通のファミレス……」
「おー、やっと来……何で敵のエース連れて来てんだお前らァ!?」
変な所に誘導される可能性も一応警戒して歩いていたが、辿り着いた先は普通のファミレス。何なら小さい頃、晴真も家族と来たことがあるごく普通のチェーン店だ。
店内に入り、予約の人間であることと追加で一人増えることを伝えて席へ移動する。奥の大人数が座れるテーブル席をいくつも占拠した、ガラの悪い高校生の集団に合流する。晴真の存在に気付いた監督らしき男が驚き間抜けな叫びを上げた。
「来る途中で偶然なあ。せっかくの機会だから連れてきちまったわ」
「いや、何がせっかくなんだよ!?」
「おいおいタダセン、一人増えるくらい別にどうってこと無いじゃろがい!」
「そうじゃそうじゃ、敵さんにワシらの結束を見せてやる良い機会じゃけえ」
「大人なら度量見せんかいな!」
「す、好き勝手言いやがってお前ら……!」
──ははあ、苦労してんだなぁ。
指導者の割に舐められていると見るか、慕われ懐かれていると見るかは人次第だが。晴真はこの監督と選手達の間には、少なくとも自分達と沢滝とはまた違った信頼関係があるのだろうと思った。
「えー、御影君だったか。双子山工業野球部監督の忠野篤志です。ウチの馬鹿どもが勝手なことをして済まないね。君にも予定があるだろうしあの二人はこっちで叱っておくから、付き合う義理も無いのだし君はもう家に帰って……」
「お気遣いありがとうございます。ですがせっかくのお誘いを無碍にするのも悪いですし、両親やウチの監督にも連絡はしてあるので大丈夫です。部外者なので邪魔にならないようにしますが、双子山の皆さんの結束を是非見せていただきます」
「そ、そうかい。なら僕が口を挟む必要は無いか」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
──済まんね、監督さん。
「おいおい御影ェ……お客様が何遠い席へ座ろうとしてるんじゃあ?お前の席はこっちじゃあ」
「……お、お邪魔します」
「敵陣に一人で乗り込むとか勇気あるねキミ。あ、私はマネージャーの伊藤紗希だよ。よろしくー」
「よろしくお願いします」
穏便に追い返そうとする監督の言葉を拒否し、晴真は図々しくも集会の末席に加わった。端っこの方に座ろうとするが、ゲストの席はこっちだと宮本に中心まで引き摺られてしまう。どうやらガッツリ集会に参加させられてしまうようだ。
野球部員全員が揃ったことで注文が始まり、それぞれが目当ての品を頼んで料理が来るのを待つ。晴真も何も頼まないのは店に悪いので、ドリンクバーだけ頼んでおいた。ちゃんと自腹である。忠野は晴真の分まで責任者として払おうとしてくれたが、飛び入りでそこまでして貰う訳にはいかないのでそこは丁重にお断りさせて貰った。
「えっと、御影晴真と言います。明後日の決勝戦で皆さんと戦うことになる慧峰高校の選手です、よろしくお願いします」
「ホンマええ度胸しとんなぁ、自分。まさか敵と球場以外で会うとは思わんかったで」
「この際色々聞かせて貰おうじゃねえか。変化球はどんなのがあるかとか、打者の苦手なコースとか、その他諸々……」
「エースってのはどんな気分なんか?」
「彼女はいる?」
「慧峰じゃどんな練習してんだ?」
「あの、質問は一つずつお願いします……」
一応初対面なので、まずは自己紹介から。
名乗りを上げると矢継ぎ早に質問が飛んできて、聖徳太子のような状況になってしまう。しかし全てを聞き取ることは勿論できない。
こっちの情報を渡すのも必要な手間賃だ。余程のものでない限りは答えるつもりだが、こうも質問の波状攻撃を食らってはその内容を吟味することもままならない。
もう少し落ち着いてくれ。あと聞き取れないから喋るのは一人ずつにしてくれ。そう晴真が要求したところで双子山の選手の一人が口を挟んだ。双子山のエース・川平綾芽だ。
「どうでも良いだろ、んなことはよ……」
「ああ?何がどうでも良いってんだ」
頭の後ろで両手を組み、テーブルに足を乗せた姿勢で川平は不機嫌そうに晴真を睨む。仲間達に行儀の悪さを咎められてすぐに改めるが、晴真への敵意のようなものは揺らいではいなかった。
「こんな奴に聞くことなんざ何も無えよ。全ては明後日には分かること……そんなもののために敵と馴れ合いなんて俺はゴメンだね」
「いやいや、今それを知っておけば試合で少しは有利になるかもしれないじゃん?ここで聞けることは聞いておいた方が良いでしょ。そりゃあ戦略に関わるようなことは聞けないにしてもさ」
どうやら、川平は部外者である晴真が仲間の注目を集めているのが気に入らないらしい。身内の集まりの中で部外者がまるで主役かのように仲間に群がられているのを見るのは、そりゃあ気分が良くない者も居るだろう。無理は無い話である。
「だからそれが必要無えつってんだ。何がこようと俺が全部捩じ伏せてやるんだからよ……それともなんだ?俺の実力を疑ってんのか?」
「いや、そんなことは言ってないじゃん」
「そうだろ。だったらお前もウチのマネージャーとして泰然と構えてろや。敵のエースの登場くらいでいちいち浮き足立ってんじゃねえよ。俺達がこんなポッと出のカスに負ける訳が無えってのは、お前が一番よく分かってるだろうが」
「聞き捨てなりませんね」
その悪意ある言葉に晴真は食って掛かる。自分が色々言われるのはまぁ仕方がないとしても、仲間まで愚弄される謂れは無いからだ。
「撤回してください。慧峰の皆はそんなことを言って良いような人達じゃありません」
「ハッ、仲間の悪口言われて怒ってんのか?お優しいエース様だこと。だけど、仲間庇う前にちゃんと現実は見ろよ。過去の栄光を腐らせてそれを何とも思わずダラダラと時間を無駄にして、偶々入部してきた優秀な後輩におんぶに抱っこのカス共。そんな奴ら負けるなんて方が難しいわ」
「だから、それが間違っていると」
「それに対して、俺達はタダセンの元で毎日血の滲むような努力を続けてきた。甲子園に行って、俺達をくだらない不良から真人間に戻してくれたタダセンに報いるためにな。偶々降って湧いたチャンスにしがみついて、甘い汁を啜るだけの寄生虫とは前提からして違うんだよ」
言いたい放題の川平に晴真は苛立ちを募らせる。ここで、「お前だって、準決勝を勝てたのは野手が頑張ってくれたからだろう。7点も取られておいてどうしてそんな偉そうなことが言えるんだ」と愚弄を返してやることはできる。実際、喉の先までその言葉は出かかっていた。
しかし、晴真は喉の先まで出かかった言葉を飲み込み深呼吸をして気を落ち着ける。空気を入れ替えて頭を冷やし、あくまで先輩達を愚弄したことだけに限定して糾弾していく。
「……状況が変われば、人もまた変わります。双子山の皆さんが忠野監督の元で不良から構成して一端の野球選手になったように、ウチの先輩達は沢滝君の元でそうなりました。そこには誰がそうしたか・時期はいつかという程度の違いしかなく、本質的には双子山もウチも変わりません。あなたにウチの先輩達をあげつらい嘲笑う資格はありません」
「ああ?」
「それに、今この場に居る僕のことを言うならともかく、この場に居ない先輩達のことを言うのは卑怯だと思います。少しでも脛に傷のある相手じゃなければ煽ることもできないんですか?」
「……」
「ウチの先輩達のこれまでを、その目で見てきたという訳でもないでしょう。実際に確かめた訳でもない癖に、よくもまぁ知ったような顔で他人のことを悪く言えますよね。僕は……僕達はそんな人には負けませんし、甲子園には行かせません」
「てめェ、言わせておけば……」
「ストーップ、ストーップ!売り言葉に買い言葉はそこまで!これ以上は手が出ちゃうよ!」
冷静に、冷静に……と努めてはいたが、言っている内にヒートアップしていき互いにこれ以上は手が出るだろうというところで忠野が介入。晴真と川平を引き剥がし一旦場を落ち着かせた。
「チッ……仕方ねえ、勘弁してやる」
「すいません、忠野監督。売り言葉に買い言葉とは言え言い過ぎました、ありがとうございます」
「ホントだよ……ここで喧嘩なんてなったら決勝戦がおじゃんなんだから気を付けてくれよ。御影君も綾芽も、野球選手なんだから決着はちゃんと野球で着けなさい」
「はい、すいませんでした」
「おう、その辺にしとけよ。メシも来たし切り替えてけ切り替えてけ」
「監督、乾杯の音頭をお願いします」
空気が悪くなっていたが、注文していた料理が届いたことで状況は変わった。激しい試合の後で空腹な中にできたての良い匂いが立ち込めれば、ささくれた心も丸くなるというもの。少なくとも川平の方にはもう争う気は無くなっていた。
各々がドリンクバーから好きな飲み物を取り、忠野が乾杯の音頭を取る。前座で空気が悪くなりかけてしまったが無事双子山の決起集会は始まった。
「よし……まずは皆、準決勝お疲れ様!相手は関東一の強力打線と謳われた孟士高校、試合中危うい場面は多々あったけど、最終的に勝って双子山初の決勝進出となった!念願の甲子園まではあと一つ……だがその前に、今日の勝利を祝って乾杯だ!」
「乾杯!」
「明後日の決勝戦、相手は慧峰高校!何の偶然かその慧峰エース・御影晴真君が一緒に居るし、彼からできる限り情報を抜き取るんだ!御影君、君からも何か一言くれないか」
「え、良いんですかソレ」
まさか振られるとは思っていなかったので、晴真は一瞬戸惑うも注目がしっかりと集まっているのを見て観念し立ち上がる。
さっきは川平と言い合いになって強い言葉を使ってしまったので、今度は気を付けねばならない。何を話すべきか頭の中で内容を纏めながら、少しずつそれを言葉に変えて出力していく。
「えーっと……まずは双子山の皆さん、決勝進出おめでとうございます」
「準決勝、録画の映像ですけど見せて貰いました。どれだけ打ち込まれても折れることなく投げ続けられる川平さんの精神力、負けじと点を取り返し勢い付いていく打線。一発勝負でこそ発揮される強さはトーナメントに於いて最も厄介な力だと、そう思っています。ウチの主将も苦戦は免れないだろうと、そんなことを言っていました」
正確には『上振れを引かれたら』、という枕詞が付くのだが。まぁ嘘は言っていない。
「忠野監督に報いるため、勝って甲子園に行くのだと言っていましたね。その想いは理解しますが、甲子園に懸ける想いは僕達だって負けてません。僕は僕達の勝利のために、皆さんの夢を阻みます」
「決勝戦、先発するのは僕です。僕が抑えて慧峰が勝ちます──」
勝利を宣言。
必ず勝つと啖呵を切る。
「──良い試合に、しましょう」
「ハッ!臨むところじゃあ!」
「ボコボコにしちゃるけえの!」
「甲子園に行くのは双子山だよ!」
「ありがとう御影君。良いスピーチだったよ。でも明後日勝つのはウチだからね!よし、冷めない内に食べちゃおうか!」
言いたいことは言い切った。あとはお開きになるまでできる限り詮索を躱しつつ、こっちが相手の情報を抜き取る。但し、やり過ぎてまた喧嘩に発展しかねないようなことは慎んで。
幸い、これ以降は特に何かしらの地雷を踏んでしまうということもなく恙無く会は進んだ。
こちらから開示した情報も幾つかあるが、それも許される位の収穫はあったと言えるだろう。突発的な出来事であったが、流石の沢滝もこれなら許してくれる……だろうか?晴真としては、そうであることを祈るばかりだ。
──沢滝君、ちゃんとこっちの眼を見て話すから言葉が凄い響くんだよなぁ……
明日、また学校で対面した時にも改めて勝手な行動をしたことを咎められはするだろうが。持ち帰った情報で少しはお説教が短くなると良いな……と、そんなことを考えるのであった。
「御影君、今日はわざわざウチのバカの誘いに乗ってくれてありがとうね。他校の人と話す機会ってあんまり無いから新鮮で楽しかったよ」
「いえ、こちらこそいきなり押しかけてご迷惑をお掛けしました」
「試合ではボコボコに打ちのめしたる、今から覚悟の準備をしとけや」
「そっちこそ、完封どころかノーノーや完全試合される覚悟をしといてくださいよ」
「ハッ、抜かしよる。どちらが上か勝負じゃな」
「臨むところです」
「……沢滝零士にも伝えとけ。ウチの投手にてめェから逃げるような奴は居ねえ。てめェの10割伝説もこれで終いだってな」
「……ええ。伝えておきますよ」
「帰りは大丈夫かい?必要なら送るけど」
「大丈夫です。今日はありがとうございました」
こうして、急遽参加することとなった双子山の決起集会はお開きとなった。
──決勝では、僕達が勝ちますよ。
一つ、また一つと小さくなっていく彼らの背中を見送り、晴真もまた帰路に着く。
今日一日で割と打ち解けてしまったが、試合で馴れ合うつもりは無い。湧いた情も友好の気持ちも今は側に置いて、晴真は必ず彼らを打ち倒して甲子園に行くことを心の内で誓うのだった。
評価・感想など、よろしくお願い致します。