「で、何があったか話して貰おうか」
「……お説教は無いの?」
「してほしかったか?」
「イエイエ、トンデモゴザイマセンヨ」
翌日。
晴真は昨日のことに関して沢滝からの説教があることを覚悟していたが、意外にも何があったかを聞かれるだけで終わった。余計なことを言ったせいでされそうにはなっていたが。
「どうでも良いような情報も多いだろうから、全てでなくて良い。双子山の奴らからどんなことを聞くことができたか、慧峰の情報を何をどのくらい話したかを報告しろ。明日の作戦に影響する」
「分かった。えっと、昨日はね……」
【聞けたこと】
・明日の先発は滝口勝弘。左のオーバースローでナックルボーラーだが、ナックルボールならサイドスローでもアンダースローでも投げられる。変化が大きいので制球が苦手。
・双子山打線は3番打者最強理論を採用しており、3番にその時一番調子の良い打者が置かれる。
・沢滝相手でも敬遠するつもりは無い。
・元々、皇心学館の稲羽弧太郎を想定して速球を打つ練習を続けているので速球には強い。
【話したこと】
・慧峰は晴真が先発すること
・慧峰打線は流し打ちが苦手ということ
・バントをしないのはできないから
「……と、だいたいこんな感じだったよ」
「随分と打ち解けたんだな」
思っていたよりも随分と多くの情報を持って帰ってきたことに、あまり期待はしていなかった沢滝は素直に感心する。
話したこちら側の情報が、これまでの試合を見ていれば分かることばかりなのも良い。情報アドバンテージは差し引き大きくプラスと言えるだろう。
「特にこちら側の情報漏れで対策しておくべきことは無さそうだな。決勝で大事になるのは御影、お前の変化球だろうな。放課後はカットボールも含めて練習するぞ」
「あれ、練習していいの?本番前なのに」
「そこまで重いものはやらんからな」
「あ、沢滝君御影君、ちょっといい?」
「構わんぞ。どうした?」
話にクラスメイトが割り込んでくる。彼女は以前晴真がマネージャーを募った時、それをにべもなく断った内の一人だ。
野球には無関心どころかマイナス印象だろうに、いったい何の用だろうか。沢滝に対応を任せて晴真は彼女の次の言葉を待つ。
「野球部ってさ、まだ勝ってるってホント?」
「ああ。明日の決勝を勝てば次からは甲子園だ」
「ええ……マジでー?それって強制で応援に行かないといけないヤツ?」
「特にそういうのは無いはずだ。自費を払ってでも来たい奴だけとなるだろう」
彼女の要件は、もしも野球部が甲子園に出場した時は自分達も応援に行かなければならないのかという質問であった。
──ああ、そういえばそういうのもあるのか。
元々の強豪校や、野球部と他の生徒の関係が良好な学校ならそういうこともあるだろう。料理部の人達や保護者くらいしか応援には来ないのでそういう概念があることを晴真は失念していた。
しかし、慧峰高校はこれまでのイザコザから野球部と他生徒の関係が悪く、教師陣もまたそのことを理解している。強制参加のような無理をさせることはまずあり得ないと言えた。
来たいのなら来ればいいし、嫌なら別に来なくても何ら構わない。その代わり学校側から金銭面や宿泊面をどうこうすることも無い。恐らくそういった結論で落ち着くだろうというのが、半分指導者の側である沢滝の見解であった。
とは言え、これはあくまで『慧峰高校が勝って甲子園に進出できたら』という仮定の話。現状は負ければ意味の無くなる机上論である。
「へー、じゃあ来なくても大丈夫なんだ」
「恐らく、だがな。実際明日の試合で甲子園進出を確定させないことには確かなことは言えん」
わざわざ応援に来る必要は無い。そのことを知って安心した彼女はその気の緩みからか、とんでもないことを言ってのけてしまう。
「負けたら確定で行かなくて良いんでしょ?だったら負けてよ明日の試合。どうせ毎年負けてるんだから今負けたって誤差だよ誤差」
「は?」
「何を馬鹿なことを──」
「どいつもこいつも、どうしてそう他人を簡単に侮辱できるのかな」
沢滝が嗜めるより先に晴真がキレた。昨日も同じようなことを双子山の川平から言われていたせいで地雷の埋まりが浅くなっていたのだ。
「本当に最低だよ。どうして碌に知りもしない癖に人を馬鹿にして、あまつさえ応援が面倒臭いなんてくだらない理由で負けろって?頑張ってる人を侮辱するのも大概にしなよ」
「べ、別に馬鹿にしたつもりじゃ」
「だったら、そんなこと言える訳無いよね?トーナメントだよ、全部が一発勝負で、どこで負けてもそこで大会は終わるんだよ。ウチの地区じゃ甲子園までは8回も勝たなくちゃいけないし、それを勝ち続けて決勝まで残ることがどれだけ大変なことか、少しは考える頭があれば分かるでしょ?いつまでもくだらない噂ばかり見て、実物には何ら興味を示さないよね。そういう人が変わることを認めようとしない態度が本当に気に入らな──」
「御影。その辺にしておけ」
「沢滝君、でも」
「いいから、熱くなり過ぎだ」
ヒートアップしていく晴真であったが、これ以上はというところで沢滝に止められる。まだまだ怒り心頭といった様子の晴真も、流石に沢滝の言葉には従わざるを得ず一先ず押し黙った。
「片桐」
「はい……」
名を呼ばれ、片桐はビクリと肩を震わせる。
「御影は流石に言い過ぎだが、とは言え俺も思っていることは似たようなものだ。今の野球部は甲子園を目指して真剣に練習に励み、その甲斐あって決勝まで勝ち残ることができた。当然だがその道のりは容易いものではなかったし、道を違えぬために練習には真剣に取り組んできた。想像できるな」
「……」
「真剣に取り組み、結果も出せている中で『どうせいつもと変わらないのだから』とこれまでの努力を何もかも無視して負けを願われるのは不愉快だ。自分が同じことを言われたらどう思う?」
「………………ハイ、スイマセンデシタ」
──沢滝君も、よっぽど酷いこと言ってるよね?
確かに、怒りに任せて言い放つだけだった自分よりはマシだろうが。内容的にはそこまで変わらないんじゃないかと、そんなことを沢滝の言葉を横で聞いていた晴真は思った。ま一度引き下がった立場なのでこれ以上嘴を挟むような真似はしないが。
しかし、こうして頭を冷やして見てみると片桐は寧ろ可哀想に思えるくらい、沢滝の迫力に怯えて縮こまってしまっている。怒っていても声のトーンが全く変わらないのが逆に超怖いのだ。怒りに荒げることも悲しみに震えるようなこともなく、淡々と詰めていく言葉は心にグサグサと突き刺さる。
「まぁ、今回はあくまで無知故の失言だ。知らないままにしておくのではなく、これから少しずつでも今の野球部を知っていけばいい」
「でも、どうやって」
「明日の試合を観に来るといい。実際に活動しているところを見れば、知れ渡っている噂なんぞ所詮は過ぎ去った過去でしかないと分かるだろう」
「……わ、分かったよお」
沢滝が片桐に明日の試合会場や開始時間の説明をしている内に、晴真は教室を見回す。他のクラスメイト達はこの騒ぎを遠巻きに見ており、怒りを露わにした二人に引いている様子であった。
そんな様子を一頻り見回して、晴真はにっこりと微笑んで「君達も来てくれると嬉しいな。明日の試合は僕が先発で投げるんだ」と宣言した。実際に来るかどうかは別として、くだらない噂なんかよりも今の野球部を見て欲しいと思っての発言である。
「……」
「……」
彼らが観戦に来るかどうかは分からないが。
少なくとも、これ以上野球部を馬鹿にしようとする気は消え失せたのは確かであった。
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時は進み、放課後。明日の決勝戦に向けて調整を兼ねた軽い練習に時間を使う。
他のメンバーが双子山のデータから予想される球筋を打つ練習をしている間に、晴真だけは沢滝と特別メニューだ。
「さて、御影。お前には明日までに投球フォームの改造を成してもらう」
「うん。でも、どうしてフォームまでいじるの?変化球の練習だけで良いんじゃない?」
フォームの改造をするという沢滝の言葉に、晴真は当然の疑問を投げ掛ける。
自分のフォームを作る難しさは、野球を始めた最初の頃に既に思い知っている。せっかく定着して安定もしてきたものを手放し、改造するというのは少なくとも大会期間中にやることではないはずだが。
しかし、他ならぬ沢滝の指示だ。何か意図があるのだろうということは分かるし、それを理解すれば心置きなく従える。
晴真は憂いを断つべく、質問を投げ掛けた。
「理由は大きく分けて二つ。怪我の予防と変化球の安定化だ」
「ほうほう」
沢滝の語る、今からのフォーム改造を必要とする理由は主に二つ。
一つは、先日の準決勝で投げたカットボール。
アレ自体は、ぶっつけ本番にも関わらず球速・キレ・変化量・コントロールと、全て素晴らしいものではあったが。ぶっつけ本番で投げたが故に他の変化球と足並みが揃っておらず、カットボールを投げるというのが側から見て丸分かりになってしまうという欠点があった。
王明戦では、それが最初で最後の一球だったので綻びを突かれることは無かったが。流石に次はその欠点を看破してきているだろうし、相手の狙い目にされないためにもカットボールをフォームに組み込むことは急務となる。これが第一の理由。
だが、これだけならカットボールを既存のフォームで投げられるようになれば良いだけの話。変化球の安定化、それ以上に大事なのが二つ目の理由……怪我の予防なのだ。
「御影、お前は160キロという豪速球を投げられる割に体格はそう大きくはない」
「一応、180cmはあるんだけど……」
「それでも足りん。体格が足りなくても速球を投げられるということは、身体に無理を効かせられているということだ。これはお前の今の投球フォームを録画したものだが、確認してみろ」
「ええと……結構上手く投げれてると思うけど」
現状の確認を指示されたので、特に問題無いとは思いつつも従う。
始めたての初心者だった頃、練習試合漬けだったGW辺りの頃、そして公式戦が始まった今。「全部残してあるんだ……」とは思うが口には出さず、ただ黙々と確認作業を続けていく。
「さて、ここまで見てきて気付いたことはあるか?」
「大分フォームが小さくなったよね。本当に最初の頃はワインドアップで投げたりもしてたけど、今はセットポジションからしか投げないし、テイクバックもかなり小さくなったね」
「そうだな。今のフォームだと小さな動きで投げられるので隙が少なく、また体力を消耗し難いという利点がある。だが、小さな動きで速度を出すために腕に大きな負担が掛かっているのが問題だ」
「ああ、確かに……」
沢滝の再現したシャドーピッチを見て、晴真は確かに腕の動きだけが大きいということを自覚する。速度を出そうと『強く』『早く』という意識が前に出ているが故に、身体の負担が小さい分腕に無理が集中してしまっているのだ。
今すぐどうこうとはならないだろうが、このままでは確実に遠からず肘や肩を傷めるだろう。投げられなくなるというのは当然だが、投手には致命的な怪我であるし、何より慧峰の絶対的エースにそんなことがあってはならない。だから沢滝はフォームを改造させる選択に踏み切ったのである。
「本当は、大会が終わってからでも遅くないと思っているんだがな。変化球も増えてきてフォームの乱れが致命的になりやすい時期だし、そういう意味でもこのタイミングが丁度良い。実際やる側としては文句の一つも言ってやりたくなるだろうが、それでもやってもらうぞ」
「大丈夫だよ。まだまだ僕だけの知識量じゃ正しいと断言できるような選択肢は取れないし……何より君の僕らへの誠意と、甲子園へ懸ける熱意を信じているから」
「そう言われると、指導者冥利に尽きるな。練習できる時間は短いが、お前は物覚えが良い方だし骨子を形成するくらいはいけるだろう。そうしたら後は俺がどうにかしてやる」
「頼もしいね。それじゃ、よろしくお願いします!」
腕に集中していた負担を分散させる、新しい投球フォームを二人で馴染ませていく。
ベースはこれまでのフォームを踏襲し、小さく。しかし、ただ腕を『振るう』のではなく、連動する関節の動きと体重移動で、腕をリリースポイントへ『置きにいく』ように投げるのだ。
以前のフォームと比べて、変更点は三つ。
全身運動になることで、体力面の消耗は大きくなる代わり腕の負担が全身へ分散し、致命的な怪我のリスクが低減する。
力の移動に無駄が無くなることで、ピッチングのクオリティをより高いレベルで安定させられる。今は球速やキレだけの話だが、このフォームに慣れてくればコントロールも安定するだろう。
フォーム改造の方が後に来るので、どの球種で投げても後発故の『分かりやすさ』を隠せる。
「よし……これなら明日もイケるはず」
放課後までの約二時間と、帰宅してからの家のブルペンでの自主練により、突貫工事ではあるがストライクゾーンに安定して入れられるようになる。
できることはやった。後は明日──甲子園を賭けた東野東京最後の戦いに勝つだけだ。
「ウチを嘲ったツケは、敗北で払ってもらいます」
──首を洗って待ってて下さいよ、川平さん。
明日に備え、晴真は少し早いが眠りに着く。
緊張はある。プレッシャーもある。だがそんなものよりも多く心を占めるのは、甲子園に行きたい・まだ皆とプレーしたいというエゴ。
腹はとうに括ってある。
重圧に押し潰されることなく、晴真の意識はすぐ深い眠りに落ちていくのであった。
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