栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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3:練習試合

「ジャジャーン!どーよ晴真くん、これなら家でも野球の練習できるでしょ?」

「庭にブルペン作ってくれたんだ。ありがとう」

「野球の本読んで頑張ったんだよ?ちゃんと私達を甲子園に連れてってよね!」

「もちろん。たくさん頑張らせてもらうよ」

 

 居残り練習を終えて、家に帰った晴真を待っていたのは姉からのサプライズ。野球を始める時は投手をやりたいと家族に言ってあったことで、仲の良い姉が手伝いをしてくれていたのだ。

 ストライクゾーンを模った布には、上下左右を隔てるラインが引かれていふため、課題である低めへの制球をしっかり練習することができる。暴投防止にネットも張ってあるので、すっぽ抜けを起こしても隣家に迷惑をかけずに済む。バッターボックスまで抜け目なく用意してあり、自主練には申し分ない環境が家の中にできていた。

 

「私、打席に立ってみようか?バッターがいた方が練習もしやすいんじゃない?」

「晴那姉さんが?それは流石に危険じゃないかな。沢滝君に聞いてみるからちょっと待ってて」

 

 早速練習を始めようとしたその時、姉の晴那が良かれと思い提案をしてくる。流石にまだノーコンの自分の打席に入るのは危険と思った晴真は、沢滝にその提案を受け入れていいのか確認する。以前交換したばかりの連絡先を早速使い、沢滝に電話をかけるのであった。

 電話をかけると、沢滝はしっかり3コールで電話を取ってくれた。『はい、沢滝です』という声の後ろで生活音が聞こえてくる。どうやら料理中のようである。恐らく忙しい中ではあるのだろうが、質問があると言うとそれでも『ちょっと待ってろ。火を使う作業がもう少しで終わる』とプライベートな時間にも関わらず対応してくれる。

 

『待たせて済まないな。それで何の用件だ?』

「姉さんが家の庭にブルペン作ってくれてさ、そこで自主練しようと思ってるんだけど。やっぱり実戦に近付けるためには、バッターを打席に置いた方がいいのかなって思って。家族に野球経験のある人いないからさ、協力してくれるにしてもあんまり無理はしてほしくないし」

『そういうことなら今はまだ必要ない。フォームを身体に馴染ませて、ストレートをまともに枠の中に入れられるようになってからでいい。打席に立ってもらうのはコントロールが身に付いてからだな』

「分かった。家族にも伝えとくよ」

『そうしろ。それと自主練をした時はどんな練習をどんな理由でやったか、後で俺に説明できるようにしておけよ。妙なことをして無駄に怪我のリスクを増やされたりしたら困るからな。それに理由によってはアドバイスもできる』

「……じゃ、ノートにでも纏めておくよ」

 

 感謝を伝えてから電話を切り、晴真はお手製のブルペンに足を踏み入れる。時間的にも残り体力的にもあまり無理はできないので、内容は根拠を明確にした上で難易度の高くないものを選ぶ。

 

「まだバッターが必要な段階じゃないって。だからありがたいけどしばらくは一人でやるよ」

「そうなの?残念、晴真くんのために、お姉ちゃんもっと頑張りたかったのに」

「許可が出たらお願いするよ」

「それじゃ、今は見てるだけにするね」

 

 内容は的当て。ストライクゾーンを模った布の下半分を狙って当てていき、10球当てるか30球を投げたらその時点で終了とする。

 投げる時は今日習ったことを反復し、適当には絶対に投げないよう気を付ける。右脚は目一杯高く上げて股関節を基点に全身を回転させ、手首は寝かさず軸足はリリースするまで離さない。そして投げたらすぐに体勢を立て直し、打球に反応できるように備えておく。

 

「しっかり息を吸って……心を落ち着ける……」

 

 一投目。腕は振り抜けたがボールを上手くリリースできずワンバンさせてしまう。

 

「失敗失敗……本当に地面に叩きつけたらダメだ」

 

 ニ投目。今度はノーバンで投げることはできたが枠は大きく外れてボール。バッターがいたとして威嚇にもならないクソ制球であった。

 

「うーむ、難しいな……」

 

 三、四……と球を投げていくが、やはり一朝一夕では簡単にはいかない。結局30球を1時間半かけて投げ切った上、的の下半分に当たったのは僅か4球だけという結果に終わるのだった。

 

「……今日はしっかり休もう」

 

 〜

 

「で、自主練の成果はどうだったんだ?」

「やっぱり簡単にはいかないね。できる限り丁寧な投球を心掛けてたんだけど、成功したのはたったの4球だけだったよ。一応コントロール以外のところなら収穫もあったんだけど」

「ほう?詳しく聞かせてみろ」

「あ、一応ノートに書き留めてあるよ。ちゃんと見やすく書けてればいいんだけど」

 

 ノートを沢滝に見せる。彼はその内容を読み込むと一旦目を閉じて内容を反芻し、言葉を選んでからアドバイスを始めた。

 まず、自主練でそこまでキツいノルマを自分に課す必要はない。ゆるいところから始めて安定してクリアできるようになるたび、少しずつ難易度を上げる方がやりやすい。今回の晴真の場合は、30球と投げ過ぎない程度に自制するは良いが、的の下半分と言わず全体を目標にする程度でもよかった。

 

「だいたい8〜9割成功するようになったら、次のステップに進むといい。だが、無理せずフォームを意識して投げるのは良いところだ。そのおかげでより投げやすいフォームを掴んだとあるが、実際どんな感じで投げているんだ?」

「と言ってもそんな変えてないよ。右脚を着地させて身体全体を回転させる時に、着地した脚も一緒に回転させてみたんだ。あの捻るタイプのドアの鍵を回す時みたいな感じで……そしたら体重移動が結構スムーズにいくようになったんだ」

「成る程……その投げ方だと、足首にかかる負担が大きくなるな。怪我を防ぐためにも、足首のトレーニングを増やすべきだ。今日の練習でも取り入れておくから、それを参考に家でもやっておけ」

「オッケー。助かるよ」

「一般的に、トレーニングの効果が身を結ぶのには一ヶ月はかかると言われている。例えすぐに自分の成長を自覚できなくとも、それは当たり前のことだから焦らずじっくりとやっていくように」

 

 沢滝の言葉を聞いて、晴真はそれを身に染み入らせるように神妙に頷く。基礎が身に付かない内から焦ってあれこれ手を出したところで、まともな力は得られないし、無用な怪我のリスクをいたずらに高めてしまう。

 どんなに遠回りに思えても、まずは土台作りから始める。最初から言われていることだ。

 

「まぁ一ヶ月と言わず、お前の初陣は今週末だ」

「え?」

「土日は練習試合を組んである。1日二試合ずつで計四試合、週末は忙しくなるから体調にはしっかり気を付けろよ」

「う、うん。頑張らせてもらうよ」

 

 練習試合、野球未経験の晴真にとっては初めてとなる実戦の場。伸び代に関してはお墨付きを貰えてはいるものの、現時点での自分のレベルでどの程度通用するのかは分からなかったので、願ってもない機会である。

 それを用意してくれるなら、晴真としては精一杯やり遂げるだけ。恐らくどの試合も先発として長いイニングを投げることになるだろう。そう遠くない初陣の舞台を想像し、晴真はチームを勝たせるために頑張ろうと気合を入れるのだった。

 

 〜

 

 土曜日 練習試合当日

 

 時はすぐに過ぎ、練習試合の日。野球部の面子は時間通りに全員が集合し、対戦校が来る前の事前のミーティングを行なっていた。

 

「今日の対戦相手は二校、午前に文武高校と対戦し午後に玉村第一高校と対戦する。二、三年生は特によく知る名前だろう」

「まぁな……去年と一昨年、俺らが夏の初戦で負けたところだしな」

「最初に言っておくが、今日の試合は俺は最低限の働きに留める。自分達の現状がどの程度なのかを知るというのが、今日明日の試合を組んだ一番大きな理由だからだ。練習してきたことを忘れず出せれば十分勝てる相手だ、気負わずプレイしろ」

「焦らず落ち着いて、だね」

 

 ミーティングが終われば、やって来た相手校を出迎えて試合の準備を始める。今回の対戦相手である文武高校の面々は、どこかリラックスしている様に見えた。落ち着いているというよりは舐めているという感じ……以前にも勝ったことのある相手だからと、高を括っているのだろうか。

 気のせい、気のせい……彼らの態度は負けたことのある身だから大きく見えているだけだ。そう考えてやり過ごすことにしたのだが、残念ながらそうはいかないのが現実であった。声量は小さくても耳に聴こえてくるのだ、明らかな侮蔑の声が。

 

「監督もよく組んでくるよな、こんな雑魚チームと試合なんてよ」

「勝って当然の相手じゃ練習になんねぇよ」

「コールドにしてさっさと帰ろうぜ」

「同感だな。こんな腐ったチームと練習試合なんてしたら、こっちまで腐っちまうよ」

 

 文句は言いには行かない。慧峰高校が雑魚なのも腐っているのも本当のことだし、何よりこんなところで突っかかるのは時間の無駄だからだ。

 この侮辱の落とし前は、試合の中でしーっかりと付けさせてもらおう。静かに怒りと闘志と復讐心を燃やしながら、整列し試合を始めるのだった。

 

 後攻

 慧峰高校スタメン

 1長田大助(中)

 2中島信之(右)

 3青木孝治(左)

 4大塚真二(一)

 5真堂祐輔(三)

 6二瓶篤志(遊)

 7小林昭人(ニ)

 8御影晴真(投)

 9沢滝零士(捕)

 

 先攻

 文武高校スタメン

 1増田大次郎(遊)

 2増岡三郎(三)

 3田中善人(右)

 4二階堂俊宏(投)

 5島尻和希(一)

 6佐久川弘也(中)

 7富田昴(捕)

 8岡大輝(左)

 9田中良己(ニ)

 

 一回表 ノーアウト ランナーなし

 

「プレイボール!」

 

 審判の宣言で試合が始まる。晴真は投げるまでの間に握りを確かめながら、試合前に沢滝に言われたことを頭の中で思い返していた。

 

『俺からお前に求めることは、フォームを崩さずに腕を振り抜いて投げることだけだ。コントロールやテンポ、ランナーへの対応は構わん。実戦の中でも自分の造ったピッチングを貫いてみろ』

『……分かった。よろしくね』

 

 ──僕が、やるべきことをやる。沢滝君は無理や無茶を強いる人じゃない、ああ言ったからには僕ができると信じてるってことだ。

 

 ──その信用に、応えてみせる。

 

 大きく息を吸い右脚を高々と掲げ──投げられた球を、打者は眼で追うこともできなかった。

 

「ストライク!」

 

「は……?」

「何だよ、今の……」

「あんなんがいるなんて聞いてねぇぞ!」

「打てるかよ、あんなの……」

 

 ──ふふ、驚いてる驚いてる。

 

 返球を受け取りすぐさま次の準備を始める。打者に心を落ち着ける隙は与えない。精神的な優位を得て一定の余裕を得た今の内に、相手の心をへし折り優位を確かなものとする。打順が一巡し次が回って来た時にも圧倒できるように。

 沢滝のリードはかなりアバウトだ。コントロールの未熟な晴真のために、敢えて雑に『この辺に投げられればいい』とすることで、制球が多少乱れても気負わずに済むようにしているのだ。綿密でなくてもいいのなら、晴真でもそれくらいのコントロールはできるし、余計な責任を背負わず済むことで力みなく持ち味である球速を発揮できる。

 

 MAX159キロのストレート……それが手首を立てて綺麗なトップスピンをかけることで、空気抵抗を大きく軽減し、最後まで球速を落とすことなくキャッチャーミットに届く。ただ速いだけでなく打者の手元で『伸びる』球。それが御影晴真という投手の強み。その辺の有象無象如きには、軌道を眼で追うことすら叶わない。

 ましてや初見でその速さに絶望し、恐怖に呑まれた者など相手にもならない。晴真は一回表、文武の打者三人を11球による連続三振で、バットを振ることすら許さず斬って落としてみせた。

 

「しっかり腕が振れていたぞ。次の回もこの調子で投げていけよ」

「ありがとう。失敗しなくてよかったよ」

 

 一回裏 ノーアウト ランナーなし

 

 裏に回って慧峰の攻撃。打順は一番二年生の長田から始まる。左打席に立った長田は大きく息を吸ってバットを構えると、沢滝から指示されたことを頭の中に思い浮かべていく。

 

『練習でも行っている通り、無理に流し打ちしたり変化球に食らいついたりしなくてもいい。身体の正面で捉えて強く振る、それができれば打球は自然に飛んでいくようになる』

 

「大丈夫……こいつの球は知ってる……去年戦ったのを覚えてるぞ……さっ、こぉい!」

 

 1球目、アウトコースに投げられたスライダーはゾーンに迫るも届かずボール。

 2球目。今度もアウトコースに、低めいっぱいに投げられたストレートを見送り、今度はストライクの判定となる。

 

 ──次だ。次はインコースに来る……!

 

 1ー1で投げられた3球目、長田は2球アウトコースを続けた次はインコースに来ると予測。さっきが低めだったから今度は高めに来るはず……予測し実際内角高めに来た球目掛けて、長田は思いっきりバットを振り抜いた。

 ストレートでも変化球でも関係ない。足腰を強く保ち腕の力だけでなく上半身の回転で、内角の球を打つ時は腕を畳んでコンパクトに。練習してきたものを形にしたスイングは、ボールを芯で捉え振り抜いたことで内野の頭を大きく越えた。右中間を破るツーベースヒットである。

 

「そうだ、それでいい」

「うおお、いきなりの長打!」

「マジかよ、俺達あんな打球打てるのか!?」

「練習が始まってまだ一週間と経ってはいないが、それでもお前達はだらけ切っていた一年、二年よりもずっと濃い時間を過ごしたんだ。練習通りの動きができれば、あのくらいはできるさ。……せっかくな練習試合だ、存分に吐き出してこい」

「おおっ!」

 

 意気揚々と次のバッターが出ていく。慧峰高校の再起を祝うかのように、この回は打線が面白いように繋がった。打者一巡の計7得点で、晴真の投球を大きくサポートするのだった。

 

「さぁ、まだまだ畳み掛けるぞ」

「もちろん!」

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