栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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39:都大会決勝 開戦前

「晴真君、昨日はよく眠れた?緊張してない?」

「姉さん。大丈夫だよ、むしろ絶好調だ」

 

 今日は試合当日。晴真はいつも通りの時間に目を醒まし朝食を摂っていたが、珍しく早起きしてきた姉に絡まれる。

 土日はいつも昼くらいまで寝ている癖に、今日は妙に早起きだなと晴真は思ったが。どうやら今日の試合は彼女も応援に来てくれるらしい。そのために朝早くから張り切っているのだという。

 

 ──本番まで保つかなぁ?そのやる気。

 

 まぁ、やる気なのは良いことだし、応援に来てくれることは素直に嬉しい。晴真にできることはその気持ちに水を差さないよう、穏やかな微笑みで見守るくらいである。

 

「お姉ちゃん応援するからね!絶対に勝って甲子園まで行くんだよ、ファイトー!」

「ありがとう姉さん。力が付くよ」

 

 近年の猛暑を避けるべく、試合は夕方から行われることになっている。

 学校は休みだし、まだ試合まで時間はあるから軽く投球練習でもしておこうかと思ったが。一人で勝手に練習して怪我をしては洒落にならないので、家ではなく学校でやることにする。

 

 特にそういう連絡を受けている訳ではないが、どうせ皆考えることは同じだろうし問題無い。本番に向けて調整に励んでいることだろう。

 それに、他が居なくたってほぼ確実に居るだろう沢滝さえ居れば晴真の練習は成り立つ。そんな考えで学校のグラウンドに向かい、そして晴真の予想通り沢滝は居たのだが……

 

「試合までボールには触らせんぞ。どんなに気を付けていても、万一のことはあり得るからな」

「うう、しょうがないか……」

 

 ……アクシデントの起こるリスクを諭され、練習はさせて貰えなかった。野球部全員来ていたが他の者達も同じく止められている。どうやら沢滝は本番まで道具に触らせる気は無いらしい。

 代わりに、できる限り集めてきたデータを利用してミーティングを行う。身体を動かさずともできることはいくらでもあるのだ。

 

「今日の試合、勝てば甲子園だ」

 

「三年生。お前達にとっては、これまでは憧れるだけだった舞台に乗る最後のチャンスになる。有終の美を飾るにはまだ早い……どんなに辛くても惨めでも野球部に居て良かったと、勝って笑え」

 

「二年生。お前達にとっては、最後の一年をより良いものに変えるための転換点になる。自分は勝利に相応しい男だったと、次は自分が栄光あるチームを引っ張っていくのだと勝って胸を張れ」

 

「そして御影、お前の才能は稀有なものだ。示された力は多くのものを引き寄せる……これから先、慧峰にはお前に憧れ、そして越えんとする後輩が何人も入ってくるだろう。力を出せ。そして、まだ見ぬ後輩達を慧峰へ導く標になるんだ」

 

「泣いても笑ってもとは言うが……どうせ泣くなら勝って泣け。勝って笑え。腐り果てた過去を栄光と喜びで塗り替えてやれ」

 

「勝つぞ、決勝。甲子園に行くのは俺達だ」

「おう!」

 

 掻き集めたデータをできる限り共有していく。決戦に向けて慧峰は確実に準備を整えていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「あれ、あそこに居るのウチの奴らじゃねえか?」

「そのようだな、刺繍の色からして一年生か。何か困っている様子だが……声を掛けてみるか」

「そうすっぺ」

 

 少し時が経ち、決勝戦直前。

 この日に合わせて外出の許可を貰った大塚は、倉敷に己の乗る車椅子を押されて久し振りに球場までやって来ることができていた。

 

 まぁ、入るのはベンチではなく応援席だが。沢滝に連絡を入れるのが遅れたせいで、ベンチに自分を捩じ込む時間が無くなってしまったのだ。沢滝も車椅子を押す倉敷もこれには呆れていた。

 仕方無いので、今回は外から応援とする。ベンチに復帰するのは甲子園からになるだろう。そのためには勝って貰わねばならないが、勿論慧峰が勝つと大塚は信じている。

 

 球場に入る前、二人は慧峰の制服を着た集団が入り口付近で右往左往しているのを見つけた。

 応援だろうかと考えたが……他の生徒に嫌われている野球部の応援に態々来るとは考え辛い。何やら困っている様子だし、見ているだけでは分からないので二人は取り敢えず声を掛けることにした。

 

「こんにちは。君達もウチの応援かい?」

「あ、慧峰の制服……はい、一応そうです……でもこういうの初めてで何も分からなくて」

「おお、マジか!ありがてえなぁ……」

「私達も慧峰の応援に来たんだ。分からないというのなら着いてくると良い、案内しよう」

 

 まさかとは思っていたが、二人の予想に反して応援に来てくれていたとのことだった。特に大塚は少なくとも自分達の代では、こういうのは無いだろうと思っていたので大袈裟に驚いている。

 彼らは片桐を始め、晴真から誘いを受けて来たクラスメイト達。別に行きたいと思っていた訳では無いけれど、あの時のブチ切れていた晴真が恐ろしくて逆らおうと思えず来ていた。

 

 しかし、沢滝から説明を聞いていたはずの片桐が役に立たず。会場に入れずもう帰ろうか……という空気になりかけていた矢先のこの出会いである。

 せっかく来てくれた後輩達を、会場に入れないなどという理由で帰らせるなんてあり得ない。二人は彼らを無事に応援席まで辿り着かせるべく、自らが先頭に立つことで案内を開始した。

 

「こっちが慧峰のスタンドだ。何処でも見やすい所に座って構わないからな」

「うわ、向こうの方満員……!」

慧峰(ウチ)とは大違いだな……」

 

 スタンドに辿り着いた彼らがまず驚いたのは、双子山側や一般客の入る応援席と、慧峰側の応援席の温度差であった。

 余りにも頭数が違い過ぎる。向こうは何千という座席を満杯に埋め尽くしているのに対し、こちらは自分達と選手の保護者……合わせても40人程度しか居ない。これで本当に応援になるのかと思ってしまうが、見に来ただけの自分達でこれなら当事者である選手は……

 

「いーけいーけフ・タ・コー!」

 

「やーれやーれフ・タ・コー!」

 

「蹴散らせフタコー!」

 

「かーっ飛ばせフタコー!」

 

「全力!痛快!完全勝利!フ・タ・コー!」

 

「音圧ヤバァ……!」

「耳が千切れそう……」

「あんなトコと試合するんですか……!?」

 

 双子山の応援団による、本番前のリハーサルで怯む片桐達。

 しかし、倉敷と大塚は気にも留めない。慧峰野球部がこんなアウェーの中でも、力を出しそして勝ってきたことを知っているからだ。

 

「ああ。背中を押すものが無くとも、奴らはこれまでも立派に戦ってきた。そうして勝利を重ねてきたからこそ、今日この場に立つ権利を得ている」

「離脱した俺が言うのも何だけど……強いよ」

 

 断言される強さ。しかし、片桐達はその言葉を素直に信じることができない。

 だって、見たことが無いから。ずっと悪い噂の方ばかりを信じてきたのに、いきなり良い方に転ぶのを信じるなんて虫が良過ぎる話ではないか。

 

 できるのはただ見ることだけ。二人の言葉が真実であると信じて、試合の行く末を見守るだけだ。

 

「おー、双子山の応援は凄えなぁ」

「おい見ろよ、応援席に人が増えてる」

「うおっ、マジじゃん」

「あ、大塚の奴も居るじゃねえか」

 

 ──皆、本当に来てくれたんだ。

 

 晴真はクラスメイト達がしっかりと観戦に来てくれたことに素直に喜んだ。

 確かに来てくれたら嬉しいとは言ったが、あくまで『来れたら来る』の類語のようなもの。特に期待はしていなかった分、喜びも一入だ。

 

 大塚と倉敷の二人に関しては、『空白の50年を塗り潰せ!』と大きく描かれたバナーまで持って応援の準備は万端だ。

 彼らもこちらに気付くと、ニッと笑って拳を突き出し鼓舞してくる。試合には出られなくとも共に戦う意志はそこに在る──そのことを理解し、選手達は勝つ理由が増えたと気を引き締めた。

 

「こりゃ、無様な姿は見せらんねぇな」

「張り切る理由が増えちまった」

「これまでの悪評を払拭させてやろうぜ」

「あ、向こうも入って来ましたね」

 

 慧峰が入って来るのと同時に、双子山の面々も向こうのベンチへ到着する。肩で風を切って歩く姿を見て「やっぱりガラ悪いよな……」と思ったことは心の奥にしまっておく。

 スタンドの応援団に向けて声を返す者も居るが、宮本や附田といった面々は晴真の方を見ていた。宮本はニカリと白い歯が光る野獣の如き笑みを見せると、バックスクリーンを指差す。

 

 ──ははぁ、予告ホームランですか。

 

 真意を聞くまでもない、『お前の球をあそこまで運んでやる』という挑発だ。そんなことをするからには本気で打ちにくるのだろう──ならば、こちらも全力を以って相手をしようではないか。

 晴真は左拳を握り、右手にその上を素通りさせるジェスチャーで返す。『あなたのバットがボールに触れることはありません』という意味を込めたものだが、その意図はしっかりと伝わったようだ。

 

「良い度胸じゃなあ、御影よう。そのまま首洗って待っとけや……」

 

「上等……全員、返り討ちにしてやりますよ」

「お前……アイツらと何があったんだよ?」

「いちいち挑発に乗らなくて良い。さぁ、整列だ」

 

 ちなみに、この試合慧峰は後攻である。

 沢滝は試合前の先攻後攻を決めるジャンケンに無事に勝利し、いつも通り先攻を選ぶ権利を得ているのだが──意図があって今回は後攻を選んだ。

 

「これより、慧峰高校対双子山工業高校の試合を始めます。両者礼!」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

 

 後攻 慧峰高校

 スタメン

 1(捕)沢滝零士 右/右 1年生

 2(右)中島信之 右/左 2年生

 3(三)真堂祐輔 右/右 2年生

 4(左)青木孝治 右/右 2年生

 5(中)長田大助 右/左 2年生

 6(投)御影晴真 左/左 1年生

 7(遊)二瓶篤志 右/左 2年生

 8(一)佐竹幸太郎 右/左 3年生

 9(二)小林昭人 右/左 3年生

 

 先攻 双子山工業高校

 スタメン

 1(遊)千代川翔 右/左 3年生

 2(二)志島天 右/右 1年生

 3(左)宮本龍星 右/左 3年生

 4(中)川平綾芽 右/右 3年生

 5(三)附田圭志 右/右 2年生

 6(一)中馬甲 右/右 3年生

 7(右)獅子岡虎丸 右/右 3年生

 8(投)滝口勝弘 左/左 1年生

 9(捕)正宗・ロドリゲス 右/右 3年生

 

 東東京、最後の試合が始まる。

 

『一回表 双子山工業の攻撃は』




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