栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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40:都大会決勝 双子山工業①

 ──そう言えば、どうして今回はわざわざ後攻を選んだんだろ?

 

 投球練習の傍ら、晴真はそんなことを考える。

 いつもの沢滝なら、ジャンケンに勝てたのなら普通に先攻を選んでいたはずだが。今回は自ら決めたチームの戦術を崩してまで、ジャンケンに勝ったにも関わらず後攻を選んでいる。

 

 直接聞いてみても「裏になったら分かるだろう」としか言ってくれなかったので、仕方無いから自分でその理由を考察してみた……が。考察材料が少な過ぎて大した考えは浮かばなかった。

 悠長にしてられる時間も無いので、答えの浮かばない問いは置いて始まる試合に集中する。双子山の1番打者・千代川が打席に入っていた。

 

『1番 ショート 千代川君』

 

 ──さぁ、ここからだ。

 

 双子山の1番打者、千代川翔はセーフティバントを得意とする内野安打の多い打者だ。ファミレスで話した時は「どんな速球も変化球も三塁線に転がしてみせる」と豪語していたが、実際今大会でのセーフティバント成功率は9割近い。

 塁に出せば鬱陶しいことこの上無い、1番打者に求められるものを高いレベルで備えた相手だが……だからと言って怖気付くような晴真ではない。決勝の大舞台にも縮こまること無く、沢滝の構えるミットに向け全力の球を投げていく。

 

「ストライク!」

「……は?」

 

 第1球はインハイへのストレート。新しく作り上げたフォームにより全身の連動で無駄な力無く放たれたボールは、千代川の認識よりも更に速く沢滝のミットヘ突き刺さり快音を鳴らした。

 

「161キロだって!」

「ヤバいよ、怪物じゃん……!」

「アレで一年生なの?天才じゃん」

 

「……」

「ヤバ……」

「驚くにはまだ早いぞ」

「え?」

「ああ、御影はまだまだあんなもんじゃねえ」

「ええ……」

 

 凄まじい記録に沸く者も居れば、怪物的実力に恐れを抱き押し黙る者も居る。

 これまでも慧峰の試合を見てきた倉敷達は「この程度は当然」と見ていたが、今日初めて試合を見たクラスメイト達は「御影君ってこんなに凄い人だったの……!?」と驚きに声を失っていた。

 

 観客席が混沌に包まれる中、2球目は1球目よりも少し低くしたインコースへのストレート。

 千代川は初球をまるで眼で追えなかったことから動体視力を集中させていたが、これも全くバットのタイミングを合わせられず見送ることとなる。

 

「ストライクツー!」

 

 またしてもストライク。たった2球で追い込まれた千代川にはもう、振りにいく以外の選択肢は残されていない。

 バットを握る腕に力が入り姿勢が強張るのを、晴真は見逃さなかった。アレではヤマを外すともう軌道修正もできないだろう、そして沢滝がリードをしている以上その山勘は当たらない。落ち着いた心で3球目を投げられる。

 

 ──インコースに2球続いた……なら次はアウトコースだろ、分かってんだよ……ッ!?

 

「ストライク、バッターアウト!」

「マジか……!?」

 

 3球続けてのインコースに、見当違いのコースを振った千代川はあえなく空振り三振となった。

 

「全球インコース!」

「初っ端から強気過ぎるだろ!」

 

『2番 セカンド 志島君』

 

「やってくれたなぁ、いきなりよ……!」

「気を付けろよ、マシンの球なんかとは比べ物にならねえぞ」

 

 双子山の2番打者・志島天は、中学時代の通算打率が6割を越えていた好打者。名門からのスカウトも数多く受けていたが、それらを全て蹴り川平の元で野球をしたいと双子山に来た奇特な男である。

 しかし、その実力は一年生にして上位打線を任されるに十分なもの。更に同じ一年生で高校からいきなり現れた晴真や沢滝に対抗心を燃やし、モチベーションも高まっている。

 

 ──悪いけど……

 

「打たせる気は、更々無いから」

 

 前の打者から4球続けてのインコース。志島はこれを見送ったが審判のコールは……

 

「ストライク!」

 

 コースのギリギリを突くストライク。フォーム改良の結果リリースが安定したことで、コントロールが安定するようになっているのだ。勿論まだ慣れていないので、上手く投げられた時の話だが。

 2球目もインコースへのストレートを投げるが、志島はこれに食らいつきファール。打ち損じとは言え160キロの速球にいきなり合わせてきた。

 

 ──速球に強いってのは言ってた通りだね。

 

 これまで晴真のストレートをマトモに当てたのは反射で対応した王明の矢端くらい。そういった類ではなく普通に当ててきたのを見るに、皇心学館の稲羽を仮想敵として練習していたというのは、どうやら本当のようだ。

 何せ、稲羽のストレートは晴真のそれよりも10キロ以上速い。球質の違いはあるが……あれを打つための練習を積んでいるのなら、反応できるのも全くおかしなことではないのだ。やはり決勝まで残ったチームは一筋縄ではいかない。

 

「来いよ……今度はちゃんと打ち返してやる」

「やってみなよ」

 

 確かに、ストレートにはすぐに食らいつけるようになる位強い。このまま一辺倒でいけば近く手痛い被弾をするだろうが……それは、あくまで晴真にストレート以外の球が無かったらの話だ。

 

 ──流石に、6球も同じ球続けねえよなぁ!?

 

「貰っ……」

「ストライク、バッターアウト!」

「……へ?」

 

 6球目、放たれたのはアウトローへの真っ直ぐ。志島はこれを読んでタイミングを合わせていたが、丁度ミートするというタイミングで沈んでいくボールを捉えられず空振る。沢滝がそれをしっかりと捕ってストライクに。二つ目の三振となった。

 確かに、6球も同じコースへ投げ続けるようなことは無かったが……速球に気を取られ過ぎて、変化球の存在を失念していたのが悪かった。

 

 晴真が投げたのは、ストレートではなく途中で大きく沈むように変化するツーシーム。ストレートを打つつもりのスイングでは当てられない。

 二者連続三振と、一回の表からいきなり追い込まれた双子山打線であるが……次の打者は開始前に予告ホームランを行った宮本だ。

 

『3番 レフト 宮本君』

 

「さぁ、御影よお。白黒付けようじゃあないか」

「望むところです」

 

 前情報がガセでないのなら、現在の双子山最強打者はこの宮本龍星ということになる。何故なら双子山打線は最も打てると見込まれた打者を3番に置くという話があったからだ。

 初回にして慧峰の最初の山場。ここがどう転ぶかで試合の流れはかなり変わるだろう。双子山応援団が大歓声を上げる中、その他の観客達も慧峰の者達も双子山のベンチも、固唾を飲んで見守っていた。

 

 ──まずは、挨拶代わりの……!

 

 挨拶代わりの一発、外角低めギリギリを攻めていくストレート。

 

「ストライク!」

「チィ……当たらんかったかい」

 

 ──スイング早っやい……

 

 紙一重の差で空振り、ストライクとなるが晴真は心底ホッとしていた。

 ボール一つ分ズレて空振ったとは言え、タイミングはドンピシャ。何かが違っていれば、宣言通りスタンドまで運ばれていただろう。今のは我ながらかなりの幸運だったと自戒する。

 

 やはり、速球に強い双子山打線でも最強の宮本をストレートだけで抑えるのは厳しそうだ。沢滝もそれを理解しているはずだし、次のサインはきっと変化球だろう……晴真はそう思っていたのだが。

 

 ──え、次もストレートなの?

 

 沢滝からのサインは変化球ではなく、またしても外角低めへのストレートであった。

 その意味が理解できないが、晴真にとって沢滝の判断は自分の考えよりも信用できるもの。自分が分からないだけで、沢滝の中ではちゃんと何かしらの狙いがあるはずなのだ。ならば晴真はそれを信じてあのミットに球を届けるだけ。

 

「ボール!」

 

「あれ……さっきと同じ所に投げたんじゃ?」

「結構ギリギリ攻めてるし、この辺は審判によるところが大きいからなぁ。あとさっきのストライクは空振りだったからだな」

 

 ──うーん、今のはダメなのか。

 

 沢滝のミットは動いていないはずだが、審判の判定はボール。際どいところだったが審判がボールと言うならボールなのだろう、不服に思うよりも先に次の準備をする。

 次の要求はインコース、しかしまたしても変化球ではなくストレート。ここまで一辺倒では流石に沢滝のリードとは言え不安になってしまうが、それでも晴真にできることは信じて投げることだけ。沸々と湧き上がる気持ちを抑え、精一杯のストレートをそのミットに届けるのだ。

 

「ファール!」

「チィ……早過ぎたか」

 

 ──あ、危っぶない……!

 

 胸元を抉るように放たれるストレート、それを宮本は真芯で捉え振り切った。

 しかし、捉えるのが早過ぎたことで引っ張った打球はファールラインを越えて場外に落ちる。これもタイミングが合えば、スタンドどころか場外ホームランにされていた危険な一球であった。

 

 ──ま、またストレート……!?

 

 二度も危ない場面があったにも関わらず、沢滝はストレートで押す姿勢を崩そうとしない。

 流石にもうマズいだろうと思い、晴真は変化球にしとこうと首を振ってサインを拒否する……が。沢滝は頑として意見を変えることは無かった。それならもう仕方無いと、腹を括り投げる。

 

 ──ええい、ままよ!

 

 半ばヤケクソで放たれた4球目、ストレートは宮本の膝を掠めるようにインローを突く。相変わらずの速さを保ってはいるものの、それだけでは足りていないというのはここまでで分かっている。

 当然と言うべきか、宮本はこれにしっかりと反応しバットを迷い無く振るう。今度こそファールにもならない完璧なタイミング、振り切られたバットが晴真の球を弾き返す──

 

「ストライク、バッターアウト!チェンジ!」

「……お?」

 

 ──ことは無かった。

 

「抑えた!?」

「完璧なタイミングだと思っていたが……まさかストレート一本でどうにかするとはな」

「ヤバ……」

「どっちも化物だったよ……」

 

 晴真が投げた今の球は、いつもの矢のように伸びて突き刺すようなストレートではなく、途中で空気抵抗を受けて落ちていく普通のストレート。

 ツーシームを覚えてからも、偶にこうやってタイミング外しに用いられることがある。ストレートであることには変わりないので、普通に当てられないかと晴真は心配していたが……結果はこの通り。見事に宮本を出し抜いて、大事な1打席目を空振り三振に仕留めてみせたのだった。

 

「ストレートで捩じ伏せた!?」

「162キロ、さっきよりも更に速い……!」

「コレは……甲子園でこそ投げてるところを見るべきだよ……ッ!」

「慧峰、贔屓にしようかな……?」

 

 凄まじい攻防と、強打者を力で捩じ伏せてみせた晴真へ観客から賞賛の声と拍手が贈られる。流石に全てという訳ではないが、少なくとも観客の半分は今の流れで慧峰の味方に付いた。

 

「まさか、沢滝君……」

「ああ、コレが欲しかったからこそストレートのみで勝負をさせた。信用できないリードをして済まなかったな。流石に、次からはこんなリスクの大きいリードはしない。気を付ける」

 

 そう、この歓声と晴真への……引いては慧峰への応援こそが沢滝が狙っていたもの。これを手に入れるためにわざわざ、ストレートに強いと分かっている相手に対してそれ一辺倒のリードをしたのだ。

 現在、球場を埋めているのは双子山の応援団と観客でほぼ全てを占めている。慧峰側の応援は向こうと比べると月とスッポンの差、言ってしまえば慧峰にとってこの球場はアウェーのようなもの。その空気を塗り替えるために取った一手であった。

 

 これは沢滝の予想であり、実際それは合っているのだがこの試合を見に来た観客の中に慧峰と双子山のどちらかを応援すると明確に決めた上で来ている者は殆ど居ない。

 何故なら慧峰は56年振り、双子山は創部以来初めての決勝進出。どちらもこれまでの戦いから『推し』を決められる程の実績が無いため、彼らの心境はどちらの応援にも傾き得るのだ。沢滝はそれを晴真の力で慧峰側に傾けさせようとしていた。

 

 方や、これまで沈んでいたどん底から一気に抜け出しかつての勢いを取り戻しつつある高校。

 方や、監督の熱意が伝播しどうしようもない不良の集まりから生まれ変わった高校。

 

 どちらもドラマ性は十分。『甲子園で活躍しているところを見たい』と思う気持ちには、これだけで優劣を付けることは難しい。

 ならば、その気持ちを傾かせるだけのインパクトを圧倒的な力で与えるのみ。

 

 変化球で躱すのではなく、160キロを超えるストレートで全てを捩じ伏せるという絵面は、これを甲子園でも見たいと思わせるには十分なインパクトを観客の眼に残せただろう。

 地に堕ちた古豪を復活に導いた、一年生の大エースなど高校野球ファンにとっては大好物。その活躍を直に目の当たりにしては、拮抗していた心を傾かせることなど造作も無いことであった。

 

 ほぼアウェーの空気感を塗り替え、五分以上の状態を作り出す。沢滝の目論見は、しっかりと成功していたと言える。

 

「もしかして、後攻を取ったのってこのため?」

「それもある。それだけではないがな」

 

 歓声を聴き、リードの意図を知り、晴真は漸く珍しく後攻を取った理由にも合点がいった。

 この目論見は、『初手で』観客にインパクトを残す必要がある。仮に先攻だったとすると、慧峰で真っ先に観客目に止まることになるのは1番打者である沢滝になる。それでも10割ホームランバッターというのは十分なインパクトを残せただろうが……敬遠されて何もできなくなる可能性を考えれば、晴真が投げて目立つ方が確実だ。

 

 それに、野球の華はあくまでも投手でありその中でもチーム1番のエースだ。

 エースの活躍こそが、チームに最も多くの注目を齎してくれる。晴真の実力を買っているからこそ沢滝は自分ではなく、晴真に頑張ってもらうことにしたのだろう。晴真はそう考えていた。

 

「……君を信じて投げるよ。援護はよろしくね」

「ああ、早速だが点を取ってこようか」

 

『1番 キャッチャー 沢滝君』

 

 ──やっぱり、君は凄いや。

 

 打席に向かう背中の頼もしさに、2回以降も全力で投げることを誓う晴真であった。




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