栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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41:都大会決勝 双子山工業②

「来いよ十割野郎……テメェの伝説は、この俺が打ち砕いてやる──!」

 

 双子山の先発・滝口の1球目、オーバースローからの代名詞たるナックルボールが放たれる。

 ボールの回転を相殺するように指を弾いて投げることで無回転となり、風に揺られ不規則に変化する魔球が完成する。

 

 今回のソレは、投げた滝口本人すら会心の出来を自認する程に球速も変化量もキレもコースも完璧な一投。空振りを確信するバッテリーであるが……

 

「あ……」

「打った……」

 

 ……そんなもの、沢滝には何ら問題にならない。

 

 横から叩くのではなく、下からボールを掬い上げるようなアッパースイング。落ちていくボールを下手に横から捉えようとしては、変化についていけずバットは空を切るだけに終わる。

 ボールを点で捉えるのではなく、スイングの軌道にいれてやり線で捉える。慧峰高校に先制点を入れるソロホームランで、沢滝は仲間達にナックルボールの打ち方を示して見せたのだった。

 

「景気良く打ち上がったなぁ」

「やっぱアイツ化物だわ」

弱体化(ナーフ)されろ弱体化(ナーフ)

「アレはもうしゃなーしだ、切り替えてけよ」

 

 沢滝(アレ)に打たれるのはもうしょうがない、そう言って滝口を励ます双子山の野手陣であったが。彼の受けた精神的ダメージは、それだけで快復に向かう程浅いものではなかった。

 

「打った!」

「センター前ヒットだ!」

 

 ホームランのダメージを忘れることを許さない、慧峰打線の容赦無い追撃が滝口を襲う。

 

 2番・中島がセンター前へヒットを放ち、バッテリーエラーを見逃さず二塁を踏む。ランナーが得点圏に移動したことで併殺のリスクが消え、力みの抜けた3番・真堂の打球はレフトの頭を越えてフェンスに直撃。ランナーは悠々本塁に生還し、バッターランナーも二塁を踏むタイムリーとなった。

 2点を先取して尚もノーアウト二塁、まだまだ追加点が欲しい中で迎える4番・青木の打席。準決勝で打った決勝ホームランの時のような、素晴らしいバッティングを期待したいところだが……

 

「ストライク!」

「ぐぅ……!」

 

 ……バットに当てさせてすら、貰えない。2球でツーストライクまで追い込まれてしまった。

 

「さっきまで皆簡単そうに打ってたのに、どうして急に打てなく……?」

「ナックルボールはランダム性の高い変化球だから毎回同じようにとはいかないんだよ、打つ側としても投げる側としても」

「それに、これ以上の失点はしたくないと投手の方にもいい加減気合が入っているだろうしな」

「成る程……」

 

 まだノーアウトなのに、これ以上点を入れさせてたまるかという気迫で調子を持ち直しつつある滝口の投げた3球目。外へ逃げていくように変化しつつストライクゾーンの隅を狙う、沢滝に投げた時と同様の会心の一投が放たれた。

 ただでさえタイミングの合っていない中で、このボールを打てるはずもない。三振を確信する双子山バッテリーであったが、青木のスイングがその慢心をボールごと吹き飛ばす。

 

「あ……」

「ホームラン……だな」

 

 高く打ち上がった打球は風に乗り、そのままライトスタンドまで運ばれる。

 ツーランホームラン。前の試合から二打席連続のホームランに、青木は大きく右腕を掲げた。

 

「何で……勝弘のあの球を打てたんだ?沢滝の奴はともかくとして、今のも完璧に近かったのに……」

「……恐らくですけど、『だからこそ』じゃないですかね」

 

 双子山側のベンチで、監督の忠野とマネージャーの伊藤が今の打席を振り返っている。化物にやられるのはともかくとして、どうしてあの4番(青木)にまで滝口のナックルボールが打たれてしまったのかを。

 伊藤の推測は正しい。どうして沢滝に投げた時と同様に、完璧に投げられたはずのナックルボールが打たれたのか……それは、『沢滝に投げた時と同じように投げてしまった』からであった。

 

 慧峰の選手達は、沢滝のバッティングを参考にして打席に立つ。

 沢滝も、彼らに『この球はこうやって打つんだ』と手本を見せるように打席に立つ。そうやって慧峰の打線は少しずつ、相手の投手陣に適応し得点を重ねていくのだ。

 

「……やっぱり、敬遠した方が」

「アイツらがすると思います?それに、ああやって高い壁に挑みながら強くなった奴らですから……例え何本ホームランを打たれようと、敬遠に逃げてはいけないんですよ、アイツらは」

「それもそうだけど……あっぶつけた」

「……次が()()()()()()()()ですね。タイミングとしては丁度良い」

 

 二人が話している間に、マウンドの滝口は5番・長田に死球を与えてしまい、再びノーアウトのランナーが一塁に立つこととなる。

 完全に崩されてしまっている。このままマウンドに起き続けるならば、既に4点も取られているのにこれ以上の失点もあり得る……しかも、次の打者はバッティングにも長けた晴真だ。

 

「ふぅ……よし、僕も皆に続かないとね!」

「やってみろよ」

 

 このままでは更なる失点の可能性は高いが、しかし双子山も無策ではいない。忠野がベンチから出した指示により、球場内にアナウンスが響いた。

 

『双子山工業、シートの変更をお知らせします』

 

 エースの打席には、エースをぶつける。

 ここまでセンターを守っていた川平が、滝口に代わってマウンドに降り立ったのだ。

 

「打てるものなら、な」

「……ッ!上等ですよ」

 

『ピッチャーの滝口君がセンターに センターの川平君がピッチャーに 4番 ピッチャー 川平君』

 

「頼むぞ綾芽……しっかり抑えてくれよ……」

「……やりますよ、アイツはエースですから」

 

 疎な声援だけが響く中、両校のエース同士が対峙する最初の対決が幕を開ける。

 ランナーを意に介さぬワインドアップ。そして大きく振りかぶった右腕を、メンコを地面に叩きつけるかの如きオーバースローで振り抜いた。ボールはインハイギリギリ、晴真の胸元を突き刺すかのような軌道でまっすぐ突き進んでいく。

 

 ──来た、ストレート……!

 

 晴真はそれを狙っていた。

 投手の傾向として、展開的に苦しい時程強気にインコースを狙ってくる。自分自身は前日の力投で本調子には程遠く、既に4点差もつけられている上に打者は因縁のできた自分……川平が強気にいこうとする理由は十二分にある、ならば最も厳しいコースは投げてくるはずだと予測してのスイング。実際にその読みは合っていた……半分だけは。

 

「ッ……!?」

 

 タイミングは完璧だった。しかし、晴真にとって誤算だったのは球種。

 ストレートが来ると予測したスイングは、ミートの直前で沈み込んだボールを追い切れず、バットの下で擦り転がしてしまう。

 

「打ち損じた!?」

「ピッチャー正面だ!」

 

 ボテボテの打球を川平がしっかりと掴み、二塁へストライク送球を決める。一塁走者の長田は間に合わずアウト、晴真も懸命に走ったが間に合わず余裕のアウト。慧峰と双子山、両エースの最初の直接対決は1-4-3の併殺打で川平に軍配が上がることとなった。

 

「おおおゲッツー!」

「ナイスピッチングー!」

「よ、良かったあ刺さって……!」

「こっからですよ、こっから!」

 

 最上の結果に、緊張に苛まれていた忠野は溜まった息と不安を一気に吐き出した。

 この作戦は、双子山にとっては苦肉の策である。

 

 本来ならこの大一番、エースである川平にはできる限り長いイニングを投げて欲しい。しかし前日の準決勝。彼は9回157球7失点完投と、身も心も擦り切れるような内容で終えている。一晩程度で回復するような消耗ではないし、これを無理に投げさせれば確実に打ち込まれてしまうだろう……故に、出るべきタイミングを限定したのだ。

 御影晴真の打席を封殺し、守備から調子の崩壊を狙うという遠回りな作戦。効果があるかどうか……それが分かるのは、もう少し先の話。

 

「すいません、ゲッツーなっちゃいました」

「気にすんなって、手元で変化したのか?」

「多分……恐らく、ツーシーム系のやつです」

「……カーブ以外にもあんのかぁ」

 

 次に打席に立つ二瓶へ、晴真は今の打席での情報を伝えておく。元より警戒していた3種類のカーブに加え、別の変化球があることを。

 そして、その情報は正しい。川平が今投げた球はツーシーム……準決勝で投げようとしては失敗し大炎上の要因となってしまった球だが、決勝のために修正してモノにしていたのだ。

 

『双子山工業、シートの変更をお知らせします』

 

「また交代……?」

「ピッチャーを戻したんだ」

「エースは御影君用のワンポイントか。随分と贅沢な使い方をすることだ」

 

 しかし、情報を正しく伝えてもそれを活用する機会は二瓶には訪れない。元より川平には、晴真以外を相手にするつもりが無いのだから。

 センターに移っていた滝口が、川平からボールを託されて再びマウンドに上がる。その表情は一つもアウトを取れずに降りたこともあり、険しいものであったが……ボールと共に託された川平の一言で、滝口は闘志を取り戻す。

 

「頼んだぜ、お前はこんなもんじゃねえだろ」

「……ッ!ええ、勿論ですよ!」

 

 崩れかけたメンタルを立て直し、本来の調子に戻ったナックルボールが炸裂する。

 内に、外に、縦横無尽に動き回る不規則な球がこれまた不規則なフォームから放たれるのに二瓶はタイミングを合わせられず。三度の空振りであえなく三振となるのであった。

 

「ストライク、バッターアウト!チェンジ!」

 

「すまん、全然ダメだったわ……」

「腕の振りに惑わされ過ぎだな。確かに見た目の変化は大きいが、その実リリースポイントはどのフォームでも殆ど変わっていない。フォームの変化を見ても大して意味は無い、ボールの軌道を追うことに集中しろ」

 

 オーバースローになったり、サイドスローになったりとコロコロ変わる滝口の投球フォーム。それ自体には、見た目の変化以上の意味合いは殆ど無いと沢滝はチーム全体に注意を呼びかける。

 本来、一つのフォームに固めるだけでも長ければ年単位の時間を要するのがフォーム改造だ。生半可な練習ではどれを取っても三流になるだけ……故に滝口は、どのフォームでもボールを手放す位置を統一することでその変化を抑え、質の高いピッチングを可能としていたのだ。

 

 リリースポイントが同じなら、変わるのはせいぜいボールの角度くらい。ナックルボールという魔球以外の部分にまで惑わされてやる必要は無いと、沢滝はそう言って選手達に檄を飛ばすのであった。

 

「まぁ、とは言ったが次は守備だ。今は気持ちを切り替えてアウト三つ取ることに集中しろよ」

「おうよ!」

 

 空回りしないかが心配だが、慧峰の選手達は全員しっかりと士気を高くもって守備に当たっていた。何故なら2回表、先頭打者は──

 

『2回表 双子山工業高校の攻撃は 4番 ピッチャー 川平君』

 

 ──いきなり、あからさまな晴真潰しを狙いに来ている川平なのだから。

 

「今度はこっちだ……打ち崩すぜ」

「……上等」

 

 マウンドとバッターボックスで、晴真と川平は互いに鋭く睨み合う。先の直接対決は川平が制したが攻守を入れ替えた今、果たしてどちらに転ぶか……川平の第一打席が始まる。

 

「プレイボール!」

 

 ──捩じ伏せる!

 

 第一球、晴真はインコースへのクロスファイヤーを投げるがこれは見逃されストライク。続く2球目もストレートを続けると、川平がこれをバットに当ててファールとする。

 

「2球で追い込んだ!」

「いや……そんな雰囲気じゃなさそうだぜ」

 

 ──御影のストレートに力負けしないか……このまま続けるのは危険だな。

 

 沢滝は160キロのストレートに振り遅れない川平のスイングを脅威と見て、慎重を期し緩急を付けて攻めることを選択する……3球目はアウトコースへのチェンジアップ。

 割と手先の器用な方である晴真は、コントロールはかなり良い方だ。このチェンジアップもしっかりと、沢滝の要求した通りのコースへ若干甘いものの投げ込めていた。

 

「そう来ると、思ってたぜ」

 

 川平は、それを狙っていた。

 1回表でも、三者凡退に終わったものの双子山打線はストレートにはある程度喰らいつけていた。そして、自分もバットに当てられるというところを見せれば、どこかで慎重を期して変化球……それも緩い球を投げてくるだろうと予想していた。

 

 そう、チェンジアップだ。

 しっかりと振り遅れずストレートに喰らいつき、まんまとやってきた狙い球を一振りで仕留める。川平はお手本のようなバッティングで、晴真から初のヒットを打って見せたのだった。

 

 ──くそ、やられた……!

 

 打球は右中間を抜け、川平は守備のもたつく間に悠々と二塁へ到達……そのまま三塁を目指して速度を緩めることなく駆け抜けていく。

 

「三つ狙うつもりか!?」

「これは、際どいぞ……!?」

 

 ライトの中島が転がったボールを拾い、全力を込めて三塁へ送球する。レーザービームなどとは言うまでもない普通の送球だが、勢いも高さも完璧に近いストライク送球。

 打球に追いつくまでのもたつきを補う素晴らしい送球で際どい判定となるが……塁審はこのプレーにセーフを宣言する。残念ながら、ミスを全て帳消しにとはいかなかった。

 

「セーフ!」

 

「ふぅ……危ねえ危ねえ」

 

「ナイスバッティングだぞ綾芽ェー!」

「このまま皆綾芽に続け!」

 

 エースの放った一打で、双子山のベンチは歓喜の嵐に包まれる。点差は4点、まだ2回の表、まだまだ返せないような差ではない。そんな中でいきなりやってきたこのチャンスをものにせんと、眼をギラつかせたネクストバッターが打席に立つ。

 

「打ぅつ!」

「……やらせないよ」

 

 ノーアウト三塁。

 打席には5番・附田が立つ。

 

 晴真にとって、得点圏にランナーを置いたのは公式戦では初めてのことだ。この不慣れが悪い方向に傾いてしまえば、このままズルズルと失点を許すことになるだろうが……

 

「御影」

「!」

「一つずつ、取っていくぞ」

「……うん、任せてよ」

 

「俺達もいるぜ!」

「打たせたって良いんだからなー!」

 

 晴真の前も、後ろも、信頼できるチームメイトが守ってくれている。

 心配事など、何もあろうはずがない。晴真は落ち着き払った心で投球を再開する。

 

「ストラーイク!」

 

 そう、試合はまだ始まったばかりだ。




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