「ストライク、バッターアウト!」
「チクショウが……!」
三塁にランナーを置くピンチの中、晴真は落ち着いたピッチングで5番・附田を三球三振で仕留めることに成功する。
どこに転がされても失点の可能性がある今の状況では、三振が最も理想的なアウト。このまま残り二人も三振で仕留めたいところだが……そう都合良くいく程、双子山は単純な相手ではなかった。
「スクイズだ!」
「ツーストライクからとは、なんと強気な……」
一死三塁で迎える打者は6番・中馬。ツーストライクまでは簡単に追い込んだものの、そこからスクイズを試みるバントをフェアゾーンに転がされてしまう。
三塁走者の川平が走るが、打球は位置良く晴真の正面に転がったため即座に捕球。そのまま沢滝に送球し、ホームで川平をアウトにすることに成功するのであった。
「またバント!?」
「ツーアウトだぞ!?」
二死一塁、得点圏からランナーが消え精神的な負担が少なからず軽くなった7番・獅子岡の打席。
こちらも一つ無駄にボール球を投げてしまったものの簡単にツーストライクに追い込んだが……ここで獅子岡は「打つために振ってくるだろう」という大方の予想を裏切るバントの構えを取る。
──またバント……ッ!
勢いを殺した打球は、またしても晴真の前へと転がっていきしっかりと一塁へ送られる。流石にこんなイージーな処理でミスをするはずもなく、佐竹がしっかりと捕球しスリーアウト。慧峰は得点圏にランナーを置くピンチを凌いで見せたのだった。
「ナイスバント処理だったぜ、御影!」
「ありがとうございます」
「でもよ、確かアイツらこれまでの試合だと殆どバントしてなかったよな?なんで急に……」
「確かに、何でだろうなぁ?」
──出塁できないかワンチャン狙ってる、とかかなぁ?いや、それくらいしか思いつかないってだけだけども。
無失点でピンチを切り抜け、良い雰囲気で裏の攻撃に移る慧峰の選手達。しかし、その胸の内には双子山の『奇行』への疑問が少なからずあった。
全てを見れた訳ではないが、双子山の試合は中継されていたものや撮影してきたものでいくらか確認している……その中に、双子山の選手達がバントをしたシーンはほぼ映っていなかった。
理由まで同じではないだろうが、双子山の打線は自分達と似通ったバントをほぼしない攻撃的なものであることは見て取れる。
それが何故、本人達も慣れていないだろうバント攻勢にいきなり出始めたのか……その疑問に対して沢滝は既に答えを出していた。
「御影潰しの一環、だな」
「……僕?」
対戦するのはこれが初めてとは言え、双子山も慧峰の試合をビデオなどで確認しているだろう。
ならば、これまでの試合と今の試合で晴真の投球フォームが変わっていることは分かるはずだ。どんなに鈍くとも、流石にこれ程あからさまな変化を見逃すことはまぁ無いだろう。
ならば、その変化に対してどうアプローチしていくか……そこで双子山の出した答えが、このバント攻勢なのだ。
ただでさえ、変わったばかりの慣れないフォームはその維持のために神経を削る。その上全身をしっかりと動かすため体力的な負担も大きい。とくればすべきことは、晴真を投球以外の場面でも大きく動かさせ体力をより消費させること。
上位打線のように、元より対抗できる力があるなら普通に打ちにいけば良い。だがそこまでの実力は無い下位打線を普通に打ちにいかせてもただアウトを献上するだけ……故に、下位打線は晴真の体力を削ることに徹しているのだ。
ピッチャー正面に打球を転がし、確実に晴真を守備に就かせ走らせる。ゴロを捕球するためには膝を曲げて姿勢を低くしなければならないので、足腰には更なる負担が掛かる。ツーストライクになってからバントを決行すれば、最低でも2球は投げさせることができる……
「まぁ、考えていそうなのはこんなところか」
「……やらしいことしてきやがるぜ」
「でも……自分の所にボールが転がってくるなら、守らないわけにはいきませんよね」
「そうだな。相手の思惑通りにはなるが、そこで手を抜く訳にはいかん」
双子山の狙いは分かる。しかし、だからと言って晴真が動かなければその分だけ双子山に自由を与えることになってしまう。
故に、晴真はこれが自分を消耗させるための罠だと分かった上で乗らなければならない。体力の消耗を気にして少しでもプレーの手を緩めれば、その瞬間を奴らは決して見逃してはくれないだろうから。
「だったら、もっと沢山点を取らねえとだな」
「御影が疲れて打たれても大丈夫なように、俺達が楽に投げられるようにしてやらねえと」
2回裏。先頭打者の佐竹は体力を大きく削られることが分かっている晴真を援護するべく、バットを握る腕に力を込めて打席に入る。
しかし……
「ストライク、バッターアウト!」
「くうぅ……!」
空振り三振。続く打者である小林も呆気なく内野ゴロに倒れてしまい、早くもツーアウトを献上することとなるのであった。
どうやら、滝口は一度引っ込んで自分の尻拭いをする先輩の背中を見て、完全に調子を取り戻されてしまったらしい。沢滝にホームランを打たれてからあった焦り、逸りのような様子が、今の彼からは完全に消え失せていた。
『1番 キャッチャー 沢滝君』
だが、次の打者はその沢滝である。
理想としては、再び完璧に放たれたナックルを打って心を砕いてやりたいところであるが。そう上手くはいかないだろうと言うことを、沢滝は対面する滝口の表情を見て察していた。
「入った!」
「本日2本目!」
初球、沢滝はストライクゾーン内に入るナックルを掬い上げ、そのままレフトスタンドに突き刺さるホームランを打つ。
これでスコアは5-0……点差は更に開いたが、打たれた滝口の顔に焦りは見えない。寧ろより肩の力を抜いた投球で後続の中島を抑え、最小失点で2回を切り抜けていくのであった。
──厄介になったな。
沢滝は守備の準備をしながら考える。
初回、完璧に決めたボールを打ち返したのを皮切りに4点を取るビッグイニングを作れた訳だが。ここから先は、簡単に打たせてはくれないだろう。
自分の最善をいとも容易く返り討ちにされ、力んでいたのが落ち着いて楽に投げるようになった。
どの投手にも言えることだが、ナックルボーラーには殊更に冷静さが必要になる。焦り力んで投げればその心はボールに伝わり、回転を上手く殺せなくなってしまう……持ち味である不規則な変化を引き出せなくなってしまうからだ。
だが、滝口は持ち直した。ホームランを打たれても寧ろ開き直り、次の投球をより洗練されたものとする余裕を手に入れた。
次、また沢滝に打順が回ってくるまでは……慧峰はかなりの苦戦を強いられることとなるだろう。
「ストライク、バッターアウト!」
「マジかよ……ッ!」
好投手から点を取るのは至難の業……だが、それは双子山にとっても同じこと。
「凄い、バットに当てさせなかった……!」
「前と変わらずバントの構えだったが、当てられないのでは作戦以前の問題だな」
「ホント、味方で良かったよ……」
3回表、晴真は先頭打者の8番・滝口を3球三振に仕留めワンアウトを稼ぐ。前の打者達と同様にバント狙いに終始していたが、バットに当てさせることなく終わらせた。
続く9番・ロドリゲスも高めのストレートを3連続で打ち上げツーアウトに。ツーストライクで失敗したバントはストライク扱いとなるため、4度目は許されない。
『1番 ショート 千代川君』
そして、ここからは上位打線に戻る。奇策に頼らずとも晴真からヒットを打てる可能性がある、打撃能力に優れた5人が並ぶ。
その先陣、千代川はヒッティングの構えを取り今か今かとボールを待ち構えていた。どんな球を投げて来ようと確実に打ち返してやる……そんな気概をあからさまに醸し出して。
「ストライク!」
「くう……ッ!」
初球ストレート、見逃し。アウトコースに放たれる160キロの速球は、セーフティバントを得意とし選球眼に優れる千代川と言えども、おいそれと手を出しにいけるような代物ではない。
2球目、ほぼ同じコースにきたボールに対し果敢にバットを振るも空振り。千代川は簡単にツーストライクにまで追い込まれてしまう。
「ファール!」
「……しぶといね」
「まだだ……簡単に終わってたまるかよ……!」
だが、ここからの粘りは凄かった。3球目のチェンジアップに食らいつきファールにしたのを呼び水に、ここから更にファールを4度重ねてその間にカウントをスリーボールまで進める。
2球でツーストライクまで持ち込んだものの、フルカウントまで粘られてしまった晴真。球数を稼がれるその表情には焦りのようなものが見えるが、それでも投げる球に込められた力は衰えない。
「ぐっ……う!」
最後の球は、アウトローへのストレート。三振に取ってこの回を終わらせるための投球を、千代川は手が出ず見逃した……しかし、際どいコースへの厳しい攻めは裏目に出ることもある。
「ボール!フォア!」
「しゃあッ!」
「うわ、マジか……!」
「選ばれたか……球数をかけただけに、この結果は少々辛いぞ……」
──うーん、ダメだったか。
良くない結果に、晴真は内心で愚痴る。
この前に似たようなコースに決まった時はストライクの判定だったため、今回もそうなってくれることを期待していたが……リードしている側な分、判定が厳し目になっているのだろう。そう仮定して気持ちを次の打者に切り替える。
『2番 セカンド 志島君』
──せっかくの機会だ、慎重にな!
ベンチから示された忠野のサインに、打席と塁上の二人はそれぞれ縦に首を振る。
出された指示を要約すると、『下手に動かず慎重に行け』という意味合いとなる……盗塁や下手な大振りを封印し、堅実に次の塁を目指せということ。
今、この二人だけで点を取る必要は無い。塁に出ることさえできれば、頼れるクリーンナップが決めてくれる。
後ろを信じて、命を託す。そのためにもこの場は絶対に生き延びなければならない……志島はこの場面では絶対にしてはならない三振の可能性を少しでも減らすべく、バットを短く持った。コンパクトなスイングで空振りの可能性を低くするために。
「ストライク!」
しかし、それが有効になるのはバットの届く範囲での話だ。短くバットを持つ分、リーチはそれだけ短くなる……アウトコースいっぱいに放たれた球には、短く持ったバットは届かない。
今の空振りを見て、沢滝は志島がインコースの球に狙いを絞ったことを悟る。このままアウトコースを徹底して攻めれば、手も足も出させず打ち取れるだろうが……どこかで急に舵を切り替えてバットを長く持たないとも限らない。
「ボール!」
流石に、その切り替えを決めるタイミングを読み切るのは難しい。ならば、アウトコースを攻めるという方針はブレさせず、切り替えて来ても問題無く打ち取れるようなリードをする。沢滝の構えるミットを前に、晴真は彼を信じてコクリと頷き、アウトコースへボールを集めていった。
ストレートは少なめに、例え当てられても飛ばせないように変化球を中心に投げていく。厳しく攻める分ボールになる球もあるが、マトモに当てさせなければいずれは投手有利のカウントに変わる。ツーストライクに至り志島に後が無くなった5球目……晴真はアウトローへのツーシームを投げた。
「う、お、おおおぉぉ……ッ!」
「当てた!?」
「打球が高いな、これはマズいぞ……!」
見逃していればボールになるはずだった球だが、志島は短く握っていたバットを長く持ち替えてその球に食らい付いた。アウトコースに投げてくるということを分かっているからこその決め打ち、しかし球種までは読み切れなかったことでジャストミートはできず、高いゴロがサード方向に打ち上がる。
しかし、飛んだ場所が絶妙であった。打球は高さこそあるものの飛距離は微妙で、野手の定位置からは少し離れた走って取りに行かねばならない難しいものとなっていた。完全に打ち取られた打球でありながら、ワンチャンの内野安打があり得る……その可能性に賭け、志島は全力で走った。
「くそ……ッ!間に、合え……!」
慧峰の選手達の守備は、沢滝のノックによりそれなりの練度こそあるものの、特別『上手い』と言える程の水準には無い。難しい打球の処理にはどうしても手間取り、打者走者に走る時間を明け渡してしまう……が。
そんな彼らでも、日頃のキャッチボール練習の賜物として送球に関してはかなりの実力がある。相手の構えたグラブの中へ、正確に強い球を投げられるように毎日練習を重ねてきた。その成果が打球処理までのロスを埋め合わせ、志島のヘッドスライディングとファーストの捕球のタイミングがほぼ同時になるところまでもつれ込ませた。
後は、審判の判定に委ねられるのみだが……
「セーフ!」
「うおおおぉぉ!」
「天の奴、やりやがったぁ!」
「うわぁ……!」
「間に合わなかった……!」
──ふぅ、中々上手くいかないなぁ。
審判は、双子山に微笑んだ。
ツーアウト一、二塁。前回に続き、2イニング連続で得点圏にランナーを置くこととなってしまったが状況は前回よりも更に悪い。何せ、結果次第で最大3点を返されるこの状況で──
『3番 レフト 宮本君』
「さぁ……1打席目のリベンジといこうかぁ」
「……上等!」
──双子山打線が誇る、最強の打者を相手にしなければならないのだから。
やはり、決勝まで残っただけあって、一筋縄では行かない相手。
慧峰のピンチはまだ、終わらない。