栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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4:現在地点

「ストライク、バッターアウト!」

 

 パァン!

 

 豪速球がミットに収まる快音が響く。投げては晴真による奪三振ショーで瞬く間に相手校のアウトカウントを増やしていく。相手バッターも少しは抵抗しようとバットを振るようになったが、それで掠るようになる訳もなくバットは虚しく空を切る。

 ストレートしか投げていないのに、コントロールも良い訳じゃないのに、どうしても当てられる気すらしない。打順が一巡するたびに回ってくる恐怖の時間に、彼らは怯えながら立ち向かっていた。せめてバットに当てるくらいさせてくれと、ささやかな祈りを込めて。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 そんな祈りを、斬って捨てる。

 

 カァン

 

「おぉ……ホームラン」

「そりゃバッティングもイケるよなぁ」

 

 晴真の活躍は投球だけに留まらない。競技が違うとはいえ全国区の実力を元から備えているのだ、他の選手達とは地力が違う。文武のエース二階堂渾身のスライダーを真芯で捉え、あわや場外というところまで弾き飛ばしてみせた。

 このホームランにより、ランナーも二人生還し更に3点を追加。最終的に晴真は4打数4安打1本塁打4打点という、打者成績だけでも素晴らしい数字を記録した。投手成績は9回を完投しノーヒットノーラン。3度の四球こそあったものの、誰一人としてバットに掠らせることすら許さなかった。この試合は結果19ー0と圧勝。二、三年生は去年敗れた雪辱を果たすと同時に、苦手意識の払拭にも成功する結果となった。

 

 その後の第二試合、玉村第一高校戦でも投打共に躍動する。午前に戦った文武高校より若干格上ということもあり、こちらでは何度かバットに当てられることもあったがそれだけ。まともな当たりはおろかフライも上げさせず打ち取ってみせた。エラーが2つと守備面ではかなり粗が目立ち、2失点を喫したものの最後まで攻略を許さなかった。

 

「打った!真二の奴が打ちやがったぞ!」

「うおぉぉぉ四番の仕事!」

「ナイスバッティングです、先輩」

「俺らも良いカッコしてぇかんな!」

 

 打線は特に、クリーンナップに抜擢された三人が張り切りを見せる。この試合三人合わせて13打数8安打1本塁打と大活躍し、上級生としての意地を見せてくれた。最終的に16ー2で勝利し、連勝を決めたことでチームは勢い付く。かつて敗北した二校にリベンジを果たしたことで、腐っている間に失っていた自信を取り戻すことができたのだ。

 

「お疲れ様。練習試合、やってみてどうだった?」

「めっちゃ打てた」

「俺らこんなに強かったっけ?ってなつまた」

「御影がエグい球投げてたなぁ。四球は多かったしエラーもあって失点させちまったのが悔しい」

「沢滝、お前は全打席四球で出塁って、別の意味でヤバかったけどな」

「何にせよ、勝てて良かった。本当に良かった」

 

 試合の後のミーティングでは、みんなの顔はとても晴れやかで明るいものであった。今までちゃんと戦えるのか不安だったのが、因縁のある二校に勝利したことで払拭されたことや、自分達が活躍して勝利に貢献できたこと、一年生二人がどちらも違う意味でえげつない強さだったことが大きい。

 競技の性質は違っても、やはり勝利とは良いものである。晴真には心なしか、沢滝の表情が柔らかくなっているように見えた。彼もちゃんと今日の勝利を喜ばしいものだと考えているのだと思うと、同じ人間なんだなと親近感が湧いてくる。

 

「そういえばさ、明日も二試合あるんだよね。次はどんな高校と対戦するの?」

「やっぱ今日より強い相手か?」

「今ならどんなチームにも勝てる気がするぜ」

「今日より強い相手というのは正解だ。練習試合をセッティングした意義的に、次の相手はどうしても強いチームである必要があったからな」

 

 練習試合の意義?その言葉に反応した者が沢滝に質問を投げかける。その質問に沢滝は「最初の頃から言ってることの延長線だな」と前置きし、納得がいくように丁寧に答える。

 今回の練習試合、その目的は『今の慧峰がどれだけやれるのか』『甲子園に出られるような高校とはどれ程の差があるのか』を知るというもの。チームの現在地点を明確化し、その上でどう目指していくのかというビジョンを明確化する。甲子園常連校がなぜ常連たり得るのか、それを実際に対戦することで頭と心に刻み込む。

 

 そしてその上で定める。このチームが勝ち上がっていくために取るべきスタイルを。

 

 これが、沢滝が今回の練習試合をセッティングした意図であった。その上で副産物として勝利によるチームの雰囲気の良化や、実際に試合を経験したことによる、練習と試合でのパフォーマンスの違いの実感や引き出し方などがある。

 

「えーとつまり、明日の試合相手って……」

「甲子園、常連校……」

「……どこと、どこと対戦するんです?」

「……明日の午前は清火大附属高校、そして午後が彩英学園だ。清火大附属は去年の神奈川代表として甲子園に出場し、準優勝に輝いている。彩英学園は静岡の名門、今年の春のセンバツ優勝校だ」

「…………………………!!!!????」

 

 練習試合の趣旨的に、明日の相手がある程度強いところだということは覚悟していた。しかし夏の準優勝校に春の優勝校を引っ張ってくるなんて、流石にそこまでは想像していなかった。あまりのビッグネームに一瞬みんなの思考が止まる。

 今日の二試合を勝利したことで、選手達の士気は高い状態で保たれている。その自負と自信を粉々に打ち砕きかねない相手だが……それでも慧峰高校はかの名門らと戦う必要がある。今日理解した『自分達はちゃんと戦える』という現実に加え、『それでも上を見上げれば果てしない』ということを、その身をもって理解するためにも。

 

「……やってやる!やってやるぜぇ!」

「俺達にとっちゃ、元々甲子園なんて雲の上みたいな話だもんな!胸を借りるつもりで、戦うくらいがちょうどいいさ!」

「名門の力、教えてもらおうじゃねぇの!」

「学ぶべきところ、倣うべきところ。名門の皆さんには、たくさんのことを教えてもらいましょう」

「その意気だ。先に言っておくが、明日も俺は四球以外はやらんからな。しっかりと実力の差を身と心に叩き込んでもらってこい」

 

 かくして結果はどうなるのか。明日は確実に苦戦すると分かっている沢滝によって、選手達は早めに家に帰されそれぞれ疲れを取ることとなった。

 チームの現在地はどこか。結果は明日出る。

 

「そういやさ、どうやって名門と試合組んだの?」

『昔の実績を出して釣った』

 

 〜

 

 日曜日 練習試合2日目 清火大附属高校戦

 

 1回表 1アウト三塁

 

「いいよいいよ、球筋が良く見えてるよ!」

「自慢のストレート弾き返したれ!」

 

 ──凄いなぁ、簡単に僕の球に当ててくる。

 

 試合は清火大附属の攻撃から。晴真は先頭打者にファーストの頭を越えるヒットを打たれ、その上で盗塁と送りバントを決めて三塁に進まれる。試合の頭からピンチを背負うこととなっていた。

 打たれるだけなら別に構わない。名門の選手ならそれくらいできるだろうし、元々ストレート一本の自分に捩じ伏せるだけの力はないからだ。それより問題なのが、打席の結果が確定するまでにより多く球数を投げさせられていること。一番からは初球を打たれたが、二番は送りバントを決めるまでにフルカウントになったし、今対峙している三番にも既に6球も投げている。いくら晴真が変化球を投げられないとは言え、流石に粘られ過ぎであった。

 

「よっしゃあ、ツーベースヒットぉ!」

「先制点いいよ!」

「続けよ四番!」

「目標は特大のホームラン!」

 

「まともに打たれる気分はどうだ?」

「悔しいもんだね。分かってたことだけど……けど慌てず騒がず落ち着いて、でしょ?」

「分かってるなら良いさ。いつも通りフォームには気を付けるようにな」

「リードはよろしくね」

 

 結局ファールで粘られた末8球目、左中間を破るツーベースヒットを食らい失点してしまう。続いて打席に立った四番はどうにか打ち取ったものの、右方向へのゴロでランナーを進める最低限。しっかり仕事はされた上で迎える五番、ここに二遊間を貫くタイムリーを打たれ2失点を喫する。

 

 ──打たれてはいる……けど、ちゃんと沢滝君の注文通り投げられた球は違う。僕が不甲斐ないからこそのこの結果だ。

 

 甲子園準優勝校を相手に、初心者が2失点に抑えるなどむしろ上出来な部類なのだが。晴真はそれで満足せず自分を責めていた。実際に野手のエラーはこの回一つもなかったので、責めるとしたら自分のピッチングくらいなのは確かなのだが。

 

 1回裏 ノーアウトランナーなし

 

『ツーストライクまでは見ていけ。打てそうなら振っても構わんが、打てるのかそうでないか見極める眼を養っていけよ』

「ボールをよく見て……身体の前で強く振る……」

 

 反撃の初回、清火大附属はこの試合にエースを先発させる。慧峰のレベルを考えると一年生や控えの投手を試してきてもおかしくはなかったが、どうやら勝ちに来てくれているようであった。

 とは言え、誰が相手でも関係ない。練習してきたことを引き出しヒットを勝ち取るだけ。

 

 1球目、外の変化球を見送りボール。続く2球目もインコースのストレートを見送り、今度はストライクの判定。カウントには余裕があるのでもう少し見ていく選択をする長田。後続が少しは楽に打てるように粘る決意を固めるが……

 

「ストライク!」

「ッ……!」

 

「ストラーイク!バッターアウト!」

「くっそ……!」

 

 決意虚しく、ツーストライクから振り抜いたバットは空を斬る。一打席目は全くタイミングを合わせることができず、清火大附属のバッテリーにいいようにやられてしまうのであった。

 

「それでいい。フルスイングすれば当たらなくとも一定のプレッシャーはかけられるからな。お前達もしっかり球筋を追って振り抜け!練習試合の意味をくれぐれも忘れないようにな!」

「おう!」

 

「……監督もコーチもなしに、よくやりますね」

「最初来た時は、選手数も少ないし大人もいないし騙されたって思ったけど……かつての強い野球部を取り戻すって言葉に嘘はないみたいですね」

「実力としては弱くとも、手強いチームというのは確かに存在する。だがこういうチームを確実に叩き潰してこその強豪校だ、しっかりとお前達の強さを教え込んでこい!」

「はい!」

 

 その後も実力差通りの展開が続く。慧峰はエースを攻略できず沢滝の四球による出塁に留まり、逆に清火大附属は上位打線が粘り強く、しぶとい打撃で晴真を打ち崩す。

 いい当たりは何度かある。しかし引っ張りを強く警戒されているせいで、なかなかヒットになる打球を打てないのだ。フライを上げたらしっかり追いつかれるし、内野の間を抜けると思ったゴロも追いつかれて止められてしまう。結局6回まで誰一人としてヒットを打てることもなく、4ー0で慧峰は打者三巡目に突入した。

 

「ボール!フォアボール!」

「しゃあ!」

「ナイス選球眼!」

「いいぞ中島ァ!よく見えてる!」

 

 7回裏、先頭打者の中島がファールで粘り四球を選び出塁を果たす。初めての沢滝以外のバッターが出塁に成功したことで、慧峰のベンチは大きな反撃ムードに包まれる。

 この流れを途切れさせてはならない。続く三番の青木も球をよく見て厳しく攻める。ここまで清火大附属のエースが使ってきた変化球は、カウント稼ぎ用のスライダー、タイミングを外すカーブ、様子見のためのシンカー、そして決め球フォーク。ここまで二打席焦らず見極めに徹したことで、それなりに食らいつけるようになっていた。

 

 ランナーが一塁にいる今なら、併殺打を打たせるために低めが多くなるはず。140キロを超えるストレートは反応できないかもしれないが、変化球の速度なら追いつける。青木は根気強く変化球が来るのを待ち続け、そしてようやく来たフォークを捉えることに成功する。芯は食わなかったが内野の頭はどうにか越え、レフト前ヒット。

 

「無死一、二塁だぁ!」

「この回追いつくぞ!」

「やったれ四番!」

「やることは変わらん!球をよく見て、打てる球を強く叩け!」

 

 この流れに乗れるかどうかで、反撃が成功するかが決まる。自分があのピッチャーからヒットを打つにはどうするべきか……大塚は考えた結果、バットを短く持つことにした。

 右打者の自分から逃げていくスライダーや、決め球のフォークは簡単には打てない。ならば自ら打てるコースを限定する。このバットが届かないところには反応せず、打てる球だけを確実に捉えるための大塚なりの作戦。それはインハイのストレートを捉え左中間を破るタイムリーとなり、彼の作戦が正しいものであったことを証明した。

 

「一点返した!」

「ナイスバッティングです、先輩!」

 

 結局この試合で、慧峰がこれ以上点を取ることはできなかった。試合は6ー1での敗北……やはり甲子園常連校の強さは、今の慧峰とは格が違うということを思い知る一戦であった。

 しかし大敗こそしたものの、皆の表情は暗くなくむしろ明るい。敗北の中には大きく有意義な経験がたくさんあったし、通用しないどころか投手陣は根気強い投球で抑え、野手陣は自分達のバットで点を取ることができたしエラーもなかった。落ち着いて慌てず騒がずできることをやっていく。その姿勢がこの結果を産んだのだから、練習試合として大いに有意義なものだったと言えるだろう。

 

 負けたことは確かに悔しい。でも、強豪校相手に負けたことをちゃんと悔しがれることが、それ以上に嬉しい。この気持ちがあるならチームは今よりもっと強くなれる。沢滝はこの練習試合が良い結果を産んだことを察し、チームのより良い未来を考えて一人静かに微笑むのだった。

 

「双方、礼!」

「ありがとうございました!」

 

 真剣勝負の後は互いの礼で締める。終始穏やかな雰囲気のまま、清火大附属高校との練習試合は幕を閉じた。




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