「いやぁ……負けた負けた」
「清火大戦はともかく……午後の彩英戦はホントに散々だったな。いくら何でも動けなさ過ぎた」
「流石に仕方ねえべ、疲れもあったし」
「午前が食らいつけてはいただけに、手も足も出ない完敗は勿体なかったですね」
練習試合が終われば、恒例のミーティングの時間が始まる。午前の清火大附属高校との試合は負けこそしたものの、1点を返しエラーもなくリリーフが8、9回をそれぞれ1失点ずつで纏めるなど、良いところもたくさんあった。しかし午後の彩英学園との試合は、午前の疲れが祟ったか全打席四球で出塁の沢滝以外は、誰も二塁を踏むことさえ叶わなかった上に投手陣も爆発炎上。17ー0という完全敗北を喫する結果となってしまった。
敗北そのものは既定路線のため別にいいが、特に彩英戦の負け方が良くなかった。連戦の疲れがあるとはいえ守備はボロボロ。投手は肝心な時に甘い球を投げてそれを痛打され、野手は定位置のフライを見失い正面に来たゴロを弾く。打撃でも速く鋭く厳しいコースにしか投げられないとはいえ、難しい球に安易に手を出し空振りや凡打を繰り返す。練習の成果が全くもって出せていない、あまりにもお粗末な内容であった。
「それじゃあ反省会だ。今日の二試合を戦ってみて何を思ったか、それぞれ感想を言ってみろ」
「めっちゃ強かった」
「何というか……勝てる気はしなかったし、実際にどっちも完敗だったけどさ。あんまり絶望感みたいなのは感じなかったんだよな。やっぱ負けることが前提みたいなもんだったからなのか?」
「守備のレベルが違い過ぎる。こっちがいい感じに打てた打球を簡単に追いついてくるし、併殺を簡単に取ってくるし、何よりみんなしっかり動きができてるからエラーがない」
「攻撃面だと、僕がストレートしか投げられないとか先輩の球がしょっぱいとか理由はあるけど、それを差し引いても狙いが凄く正確だった。僕らの力量を打席の中で把握して、それを選手みんなが共有できてないと、流石にあんなにバカスカ打たれたりはしなかったと思うんだよね」
「レベルが違うってこういうのなんだなって」
「思い知ったよ、名門の強さを」
それぞれが思ったことを言葉にしていき、沢滝がそれを聴いていく。いろいろと着眼点を置いている部分やニュアンスの違いはあるものの、その内容はどれも『プレイ一つ一つの質の高さが、自分達とは段違いである』で一致していた。
「彼らに何故あれだけの動きができるのか、理由が分かる奴はいるか?」
「そりゃ、練習してきてるからじゃねえの?」
「才能もだろ」
「すぐに出てくるのはまぁその辺りだろうな。まぁ間違いという訳じゃない。どうだ御影、お前は何が理由か分かったか?」
「……沢滝君が、いつも言ってること」
御影が考えたのは、沢滝が部活が始まった時からずっと言い続けている言葉。野球の基礎ができているのかというところと、どんな状況でも慌てず落ち着いて自分のプレイができるというところ。
清火大附属も彩英も、どの選手もみんな基礎がしっかりと身に付いているという印象があった。飛んできた打球の正面に回って身体で捕る、相手のグラブに向けて正確に送球ができる、取れるアウトをエラーなく確実に取っていく。ボール球を見送りクサいところはカットし、甘く入った球や狙い球を確実に一振りで仕留める。ランナーになってもリードを広く取ったり、小刻みに動いたりして投手の注意を惹き、バッターを塁上から手助けする。
その場面でできることを、自分がやるべきことをやり抜く姿勢。これを崩すことなく貫き通せるからこそ、余計なことを挟む余地なく己の実力を最大限発揮できるのだ。
「僕らがやろうとしてることを、彼らはより高い実力を備えた上で実践してるんだ。地力で負けてるのに戦術とか、それ以外のところでも負けてるんじゃ勝てる訳がないよね」
「その通りだ、よく分かってるじゃないか」
このチームの大きな課題、選手一人一人の能力の向上と精神面での安定。前者は言わずもがな他所と比べても地力の低いチームには必須であり、後者も凡退や失点で焦らないメンタルがあれば、それだけ稚拙なプレイを減らすことができる。打てもしない球に手を出す安易なバッティングや、取れもしない打球に飛びつく幼稚な守備が減れば、それは数字として結果がモロに現れる。
さらに精神面を鍛えるメリットとして、不調時のパフォーマンス低下の軽減が挙げられる。下振れがなくなれば、常に好調以上のパフォーマンスが期待できるようになる。ただでさえ実力は低い方である慧峰の面々にとっては、より最悪な状態にならずに済むということは大きな意味を持つ。好不調の波によるパフォーマンスの上下は、その上も下も上限がないのかと思う程振れ幅が大きい。ならば下振れを気にせず、上振れだけに期待しておけばいいという状況がどれ程理想的なのかは、最早言うまでもないことだろう。
「夏まで練習と試合を繰り返し、基礎とメンタルを最大限に強化する。地力でいくら劣っていようとも大会は一発勝負……勝てればそれでいいんだ。勝つチームを作る、これが俺達のやるべきことだな」
「……具体的に、どうやって勝つんだ?」
「夏の大会では俺が一番バッターになる。先制点を取り試合の序盤から流れを掴み、最後までリードを保ったまま逃げ切る。攻撃面では最低でも4打席は俺に回ってくるから、全打席でホームランを打てばそれだけで4点以上は確定だ。敬遠されたとしても2球あれば三塁まで行けるし、そうなったら打者はバットに当てるだけで1点だ。逃げ切るための点はお前達の打席も合わせて十分期待できる」
「十割打者になるつもりか?本気か?」
「俺が冗談を言ったことがあったか?」
「そうだな。すまん」
──そういえば、初日の時に4点は保証してやるって言ってたね。そういう意味だったのか。
打率十割を保つことが前提の戦法だが、元々彼はそんなことを言っていたし、よく考えれば沢滝が空振りや凡退したところは見たことがない。練習試合では九番で全打席四球による出塁だったが、それが一番でホームランに変わるとなれば、その得点力は天と地程変わってくるだろう。
この戦法を隠すため、大会本番まで沢滝は九番でい続ける。その間に残りの八人で点が取れるように工夫と実践を繰り返し、チーム全体の打撃力を最大限高めていく。ボール球の見極めやクサいところのカット、甘い球を逃さずに捉えるスイングと守備の穴を突ける落とし方、ランナーを進めるチームバッティングなどといった技術。それらを実践できる身体作りと得た技術を実践で使える精神作り。これが攻撃面でのこれからのスタンスとなる。
「点の取り方は今言った通りだとして、次はそれをどう守っていくかだな。ここが最も大きな問題点となるはずだったんだが……何の幸運かこのチームに御影という剛腕が来てくれている。おかげで悩みの種が一つ消えてくれた。絶対的なエースの存在は、それだけで守備を底上げするからな」
「よそと比べれば、まだまだだけどね」
「それはこれからの成長次第だな。他の投手二人は短いイニングで全力を尽くしてもらう。長いイニングを投げる必要があるのなら、ペース配分を考える必要が出てくるが……リリーフならば長くても2回まで耐えればそれで済む。短い出番で済ませられるならスタミナは保てるし、実力がしょっぱくても常に全力で投げられるならカバーできる。強い投手で被安打そのものを減らして、相手の得点機会を0に近付ける。これが守備面の一つ」
「投手ときたら、次は野手陣だな」
「野手陣には『打球を無理に追わない』『一塁手が確実に取れる送球をする』『確実にアウトを取れる確信がある時以外は、一塁に送球する』……これを徹底してやってもらう。併殺を取るとか本塁で刺すとかそういうことは考えなくていい。一塁でアウトを取るを3回繰り返せば、それでその回は終わらせることができるんだからな。考えることを限定して行動に移るまでの無駄を減らす、一つのやるべき動きに集中して散漫なプレイを無くす。これが守備面のもう一つだ」
投手陣に強くなってもらい、そもそもの被安打を減らすことで相手の得点機会を奪う。野手陣に一つのアウトを確実に取ってもらい、エラーやFCなどの安打以外での出塁を許さず、被害を最小限に留めて最速で守備を終わらせる。これが守備面でのこれからのスタンスとなる。
精神力を鍛えてプレイのクオリティを上げ、且つ好不調の波によるパフォーマンスの低下を防ぐ。そうして常に好調以上の自分でいられるようにし、このスタンスを貫き通せるようにする。実力で劣っているのなら、メンタルと戦法……そしてこのチームにしかない強みで勝利を掴む。それが沢滝の考えた慧峰のこれからのスタンスであった。
「俺達が夏を戦う東東京地区には、清火大附属を破って去年の夏を制覇した皇心学館がいる。コイツを倒さないことには甲子園への道は開けん、まず条件を対等にするためにも、スタンスの確立は最優先の課題となる。他には真似のできないオンリーワンの強みがあるチームは、他がどれだけ弱くとも一定以上の強さを発揮できるからな」
「皇心学館か……確かあそこ、めちゃくちゃ強いって噂のルーキーが入ったって聞いたぞ」
「あの強かった清火大附属に勝ってるんだもんな、高い壁だぜまったくよ」
「何、心配いらんさ。ルーキーがどれだけ強かろうと野球は九人でやるスポーツだ、全体で上回ってやればそれでいい。それにこのチームには俺がいる。どんな怪物も天才も、俺と比べればその力は霞んで見えるだろうよ」
「凄え自信だけど、今はそれが頼もしいぜ……」
「ウチのオンリーワンと言えば、ですもんね」
チームスタンスの確立に、選手一人一人の能力の向上。これらを全て夏までにある程度達成できたとしても、それをより長い間より高いレベルで熟している強豪には届かないだろう。落ちぶれた弱小校と進化を続ける強豪校ではやはり、培ってきたものの年季が違い過ぎるのだから。
だが慧峰には沢滝がいる。本来なら越えられないはずの壁を破壊し、無理やりでも越えられるようにしてくれる化け物がいる。普通なら身の程を知らない大言壮語だが、今までの仕事振りを見てきた彼らにはその言葉も十分頼もしく、そして信頼のおけるものであった。
「明日は月曜なので部活動は休みだ。連戦の疲れをしっかり取って、火曜日から改めて甲子園に向けて練習を始めるぞ。何か質問があるのならばその時は遠慮なく相談しろ、分からないことや不安に思うことはそのままにしておくなよ。それじゃあ少し早いが今日はここで解散だ」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした。残って自主練がしたい奴は一応19時まではグラウンドが使えるから、時間厳守でやっていくといい。やった内容は明日理由も含めて俺に報告しに来いよ」
「おう!」
本日の練習はこれにて終わり。沢滝の号令で全員解散となるのだった。
〜
「スタンス、かぁ……」
「晴真くん、考え事?」
「あぁうん、ちょっと悩んでてさ」
「それなら、お姉ちゃんが相談に乗ってあげるよ!さぁ、何でも話してくれていいからね!」
解散した後真っ直ぐ家に帰った晴真は、そのまま家のブルペンで自主練に励んでいた。暇なのかその風景を眺めている姉の視線を浴びながら、フォームに気を付けて一球一球丁寧に投げていく。
その傍らで考えてもいた。沢滝が言っていた勝つために取るべきスタンスの話……あれは、個人にも当てはまる言葉なのではないか?と。
今の自分達がやっていることは、沢滝の考案した練習メニューやアドバイスを、言われた通り忠実に熟していることだけだ。そこに自分の意思や考えはほとんど介在せず、ある意味では思考停止と言われても仕方がない部分がある。果たしてそんな状態をできることをやっていく、勝つためのスタンスを取るという、慧峰の野球に相応しいと本当に言えるのだろうか?そんなことを考えていた。
「勝つために、できることをやっていく……意図はよく分かるし、実際その通りだと思うからそうすることに異存はないんだけどさ。やっぱりできることをやるっていうのは、ただ沢滝君に指示されたことだけをやるって訳じゃないと思うんだよね」
「それなら、自分で考えたことをやってみれば良いんじゃないの?沢滝くんも別に、自主練を禁止してる訳じゃないんでしょ?」
「それはそうなんだけどさ……沢滝君の頭の中にはきっと、甲子園を目指すためのフローチャートみたいなのができてるはずなんだ。それを勝手な判断や行動で潰してしまったらって思うと、動くのが割と怖くてさ……」
「成る程ね……晴真くん、考え過ぎ!」
取り敢えず姉にも相談してみたが、晴真の悩みは考え過ぎだと一蹴される。実際最初から答えがある下らない悩みであった。
「遠慮なく相談しろって言われてるんでしょ?なら話してみればいいじゃん!話を聞いてくれるのならきっと、沢滝くんは晴真くんの悩みを解決してくれるはずだよ。そうでなきゃ遠慮なく相談しろだなんてハッキリ言えないもんね」
「それは、そうだけど……」
「それならちゃんと相談する!ほら言い辛いならお姉ちゃんが代わりに言ってあげるから!」
「あっ、何でパスコード知ってるの!?」
煮え切らない態度に焦れた晴那は、晴真からスマホを奪い取り沢滝の連絡先に繋ぐ。電話に出た沢滝は事の顛末を聞いて少し驚いていたが、晴真がスマホを奪い返した時には既に平静を取り戻していた。
『……お前も大変だな。だが今回はお姉さんの方が正しいぞ、一人で悩むくらいならどんなに小さなことでも俺に話を持ってこい。気を使わせて悪いとか思わなくていい、これくらいはチームが勝つために必要なケアの範疇だからな』
「うん、ありがとう。おかげで覚悟が決まったよ」
『覚悟?』
「ずっと考えてたんだ。君の指示をこなすだけが、できることをやるってことなのかなってさ。だけどこれからは自分でもしっかり考える……練習だけでなくて、それ以外でもやれることをやっていくよ」
『それでいい……そして何度も言うが、分からないことや悩みがあったら相談すること。今回のように一人で勝手に抱え込むな』
「気を付けるよ。電話ありがとう」
『礼には及ばん。今日はしっかり休んでおけよ』
電話が切れる。姉の暴挙により突発的に始まった相談コーナーだったが、沢滝は文句の一つも言わずしっかりと答えてくれた。
これにより晴真もまた覚悟を決めた。誰かに何を言われずとも、自分の頭で考えてチームのために成長していく覚悟を。沢滝と同じようにチームの中での自分のスタンスを確立させるのだと。晴真の中の悩みは、すっかり一掃されていた。
「ね?お姉ちゃんの言う通りだったでしょ」
「……パスコード新しくしなきゃ」