栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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6:強化合宿

 あれから晴真は考えていた。練習を重ねて実力を高める以外に、野球部員としてチームに貢献できることがないかと。いろいろと考えた結果思いついたのは凄くシンプルなこと──選手やマネージャーの勧誘であった。

 現在野球部の部員は12人。本当はもっといたのだが初日からサボって来なかった部員であり、全員沢滝により、ちゃんと部活に来るか辞めるかという二択を迫られた末に退部を選んでいた。おかげ様で絶賛人員不足なのである。というか部員が少ないだけならまだしも、監督やコーチ、顧問などといった大人がいないのも大問題だ。

 

 ──単純に頭数が増えるだけだと、沢滝君の負担を無駄に増やすだけになっちゃう。本来マネージャーや大人に任せるべきことも、自分の練習の合間にやってるからね……彼にかかる負担を減らすことを考えれば、まず声をかけるべきは、マネージャーになってくれる人かな?

 

 考えた結果、晴真はまずクラスメイトから声をかけて勧誘していくことにした。一人でも興味を持ってくれた人がいたら、それだけでも御の字くらいの期待値だったが……これまでの野球部が腐っていた過去が、それはもう邪魔をしてきた。

 

 

「は?やる訳ないじゃん」

 

「どうせ何もしないくせに、何をマネジメントするっての?」

 

「もう他の部活に入ってるから……」

 

「ごめんね?」

 

「野球とか興味ないしパスで」

 

「勝手にやってろ」

 

「しね」

 

「え、野球部なんてあったんだ……」

 

「ごめん、話しかけないで……」

 

 

 ──や、野球部の好感度が低過ぎる!

 

 クラスメイトからは悉く袖にされ、仕方なく他のクラスや学年にも手を伸ばしたのだが。どこも既に他の部活に入っていたり、そもそも野球に全く興味がなかったり、かつての腐っていた野球部を知っているから関わり合いになりたくなかったりと、実に様々な理由ではっきり断られてしまうのだった。

 

「という訳で全然ダメでした」

「見事なまでの爆死だな」

 

 事の顛末を沢滝に伝えると、流石に彼も酷過ぎる結果だと苦笑する。結局この新入部員勧誘は沢滝が別に困っていないので、自分の意思で入部する者が出るまで待つこととなった。

 

「人手が増えれば、沢滝君の負担を減らせるかなって思ったんだけどね。昔の野球部が遺した爪痕がこうも深いとは思ってなかったよ」

「新参の俺達にはどうしようもないからな。悪評は今後活動を続けて払拭していけばいいさ、今は特に気にしなくていいぞ。まぁ人手が増えればそれだけ助かるのは事実だし、お前が俺のために行動してくれたことはありがたい。失敗したからと言ってもあまり気に病む必要はないからな」

「……そうだね、切り替え切り替え」

「自発行動と言えば、二、三年生もさっきアイデアを持ってきてたな。どいつもこいつも自分で考えて動けるようになって、嬉しい限りだな」

 

 アイデア?その疑問は脳裏に浮かぶ前に、沢滝の先回りで解消される。二、三年生が合同でゴールデンウィーク中の合宿を提案したらしいのだ。練習機会を短い間にみっちり設けることで、短期間での飛躍的なレベルアップを目指す。そのための方法として合宿を挙げたのだという。

 沢滝が言うには、学校の許可が取れればできないことはないらしいのだが。その場合は部費の都合上自炊の必要があり、そしてそのための食材を自費で購入する必要があるのだ。学校は祝日で休みなので当然学食も開かない。保護者に無理なくお金を出してもらうためにも、なるべくすぐに予定を決めたいのだが……

 

「事前に合宿期間中の献立を考えて、食材もそれに合わせなければならないからな。合宿をするとして準備もなるべく早くしたいところだが、それ以上に大きな問題があるんだ」

「大きな問題?」

「ウチに顧問がいないせいで、教員の誰かに引率を頼まなければ合宿の許可が降りない」

「……大問題じゃん」

 

 今まで全然気にならなかったので忘れていたが、このチーム実は顧問がいない。沢滝がいない役職の分も役割を熟しており、そしてそれが本当に少しも問題なく回っていたから気付けなかったのだ。マネージャー探しを始めた理由が沢滝の負担軽減のためなら、自分から気付けという話なのだが。

 これまでの練習くらいなら、生徒だけでも許可さえ取っていれば問題はなかった。しかし泊まりがけの合宿ともなると、やはり引率する大人の存在はどうしても必要になってくる。ここをどうにかできなければ、合宿は計画立案の段階で儚くも御破算となるだろう。早急なレベルアップのためにも、それだけは絶対に避けたいところだ。

 

「よし、じゃあここは僕が勧誘してくるよ。マネージャー探しは失敗したけど、ここは絶対成功させて挽回してやるから」

「意気込みはいいんだが……」

 

 マネージャー勧誘はかなり時間をかけた上で悉く袖にされてしまっていたが、顧問の確保は成功させてみせると息巻く晴真。しかし沢滝はそんな彼の様子を別に構わないとはしながらも、今はその気持ちを落ち着けるよう嗜める。何故なら今は休み時間の最中であり、始まってからは既に10分が経とうとしている。つまり──

 

 キーン、コーン、カーン、コーン……

 

「授業、始まるぞ」

「……あ」

 

 〜

 

「結局、顧問の件は心配しなくていいって言ってたけど……何か心当たりがあるのかな?」

 

 練習の帰り道で、晴真は歩きながら学校で沢滝に言われたことを思い返していた。

 顧問がいない件は自分がどうにかする、勧誘ができなかったくらいで失敗としなくていい、保護者と合宿のことについて話し合っておけ。

 

 いろいろと思うところはあるが、沢滝に何か案があるのならそれでいくのが一番だろう。この程度で挽回する必要はないとのことだし、ここで気持ちを切り替えて自分の練習に励むべきだ。気分転換も兼ねて今日は軽く投げる程度にしよう……そんなことを考えながら、帰路につくのだった。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。沢滝君から聞いたわよ、GWに合宿やるつもりなんですって?」

 

 ──もう話がいってる。仕事が早い……

 

 家に帰るなり、母から合宿のことについての話を振られる。どうやら沢滝が事前に電話である程度は話をしてくれていたらしい。まだやることが残っているから自分は帰れないと言っていたが、その理由がこれだったのだろう。

 期間中は子どもの身を預かることになるので、保護者の許可は絶対必須であることや、費用の都合で合宿費の負担が必要になること、期間中余裕があるならでいいので、保護者には野球部の練習の様子を見に来て欲しいということなど。晴真が帰る前にはもうこれらのことが伝えられていたらしい。

 

「毎回ヘトヘトになって帰ってくる割に、自主練も頑張ってるんだもの。少なくとも晴真が頑張っていることは理解しているわ。だけだそれじゃあ他の子のことは分からないから、全員がちゃんと頑張ってるんだってことを知ってもらうために、練習を見に来て欲しいって沢滝君は言ってるんでしょうね」

「うん……学校の人達にも、全然頑張ってることが知られてないからね。野球部への当たりがあんなに強いとは、マネージャーの勧誘始めるまでは思ってなかったよ。普段はみんな普通にコミュニケーション取ってたのもあるけど」

「マネージャー、いないのね……もしかしてそこも沢滝君がやってるのかしら?どれだけの仕事を兼任してるのよ……まぁとにかく、お母さんは合宿への参加は許可します。必要なものの準備は沢滝君に聞いてこっちでやっておくし、練習も予定が空いてる日に見学に行くから、あなたはしっかり練習をして甲子園のために強くなりなさい」

「ありがとう、母さん」

 

 ──沢滝君のこと、信用するようになったんだ。

 

 初日に初めて会った時、見た目で悪印象を決めつけた母は沢滝を信用していなかった。しかしその場で目的のために躊躇いなく頭を下げる姿や、息子の後押しがあったこと、そして以降も頑張っている姿を見ていたことなどがあり、沢滝への認識を改めたようであった。

 あの日、沢滝が母に渡した冊子を晴真も見せてもらったことがある。そこには今後の大会の日程や部活の予定に練習内容の説明、必要な道具やプロテインにサプリメントなどの情報、家でもできる簡単な練習方法に栄養価と味をしっかり両立したレシピ集など、有意義な情報が数多く掲載されていた。それらは晴真の生活リズムや家の献立の変化など、多くの面で活用させてもらっている。

 

 渡されたものをしっかり使っていることも、母の信用の表れなのかもしれない。

 

「そういえば晴真、あなたは仮に甲子園に出場してそこで活躍したとして──その後はどうするか考えているの?」

「今後?」

「進路よ。プロを目指すつもりはあるの?」

「プロ、かぁ……」

 

 言われてみて、プロになった自分をイメージしてみた晴真であったが。まだ机上にも載っていない未来を思い描けるはずもなく、そのイメージは儚くも頭の中で霧散する。

 

「それはまだ分からないな。けどもしも僕がプロになるんだったら──沢滝君にはもう一生足を向けて寝られなくなるね」

「今もそうでしょう、感謝しなさいよ。夕飯の用意しておくからお風呂入ってきなさい」

「はーい」

 

 ──プロ、かぁ……

 

 野球を続けていった先には、もしかしたらそんな未来が待っているのかもしれない。それでも未来を夢見られる程、自分もチームもまだまだ力不足だということは分かっている。

 堅実に地に足付けて、少しずつでいいから実力を身に付けていこう。いつか辿り着くその道の終わりがハッピーエンドであると、そう信じられるように歩んでいこう。今の自分にできることと言えばそれくらいなのだから、それくらいはしっかりとやってみせようじゃないか。

 

 ──挽回は必要ないって言われたけど、反省くらいはしておかなくちゃね……

 

 溜まった疲れを共に湯船に沈ませながら、晴真は今日の空回りを反省するのだった。

 

 〜

 

 ゴールデンウィーク合宿 1日目

 

「全員揃ったな。今日から五日間は強化合宿として学校に泊まり込んで練習することになる。いつもの練習と特別何かが変わる訳でもないが、初日なのでどう変わるかの説明から行うぞ。分からないところや気になるところは質問しろ」

 

 無事に全員の保護者の許可と学校の許可、そして費用が集まったことで、ゴールデンウィーク合宿は開催されることとなった。

 普段の練習と違う点としてはまず、練習時間の長さが挙げられる。いつもは平日は17時から19時までの二時間、祝祭日は8時から17時までの九時間が練習時間となっている。しかし合宿期間中はこれが6時から21時までできるようになり、更に水曜と金曜はサッカー部との兼ね合いで使えなかったグラウンドを常に使えるようになるのだ。

 

 食事は学食が使えないので、家庭科室を利用して自分達で作ることになる。ただしこれは夕食だけであり朝は沢滝が、昼は運動部のサポートを活動内容の一つとしている家庭部が作る。家庭部の皆さんは練習の補助もしてくれるので、彼らへの感謝を忘れないようにしよう。

 

 寝泊まりは体育館二階の武道場で、それぞれ布団を敷いて集団で雑魚寝という形になる。いびきや寝相の悪さなどに配慮して、布団同士はくっつけずになるべく離すこと。眠りにつこうとしている人間の邪魔はくれぐれにもしないように。

 

「話しておくことはこれくらいか。練習に関しては変わっている点はやりながら伝えるから、ひとまずグラウンドに向かうとするか」

「いや、ちょっと質問なんだけどよ」

「どうした?」

「結局、誰が顧問になったんだ?」

 

 それは当然の疑問であった。引率の教員がいないと合宿の許可は降りず、そして合宿を行えているということは顧問ができたということ。

 なのにその顧問は姿を見せておらず、学校の中はガランとしている。いったい誰が顧問に就任したというのだろうか?それとも学外から呼び寄せた人を使ったのだろうか?部員達は気になっていたその答えを固唾を呑んで待っていた。前の顧問のような練習を見にも来ない人間でないのは、沢滝のことだし確かなのだろうが……

 

「顧問ならいないぞ」

「はぁ!?じゃあどうやって」

「合宿の許可を取り付ける時、責任者として引率も一緒に頼んだんだよ。教頭先生にな」

「きょ、教頭先生……?」

 

 合宿の許可など、学内で行われる行事に関して許可を出すのは教頭の役目である。沢滝は許可を取りに行く際に教頭自身に引率をお願いし、それにより正式な顧問が決まるまでの処置として、教頭が臨時で野球部の引率を引き受けることとなったのだ。

 ちなみにその教頭は教頭で忙しいため、合宿にはあまり顔を出さない。会うとしても練習が終わった夜間になるだろう。

 

「疑問は晴れたか?ならさっさと行くぞ」

「お、おおぅ……」

 

 これくらい何でもないと言うかのように、沢滝はいつもの調子で部員達を率いていく。少し消化不良のようなものを感じながらも、彼らは気持ちを切り替えて沢滝を追うのだった。

 

 慧峰高校野球部強化合宿、始まりである。

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