栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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7:強化合宿①

 始まった強化合宿、とはいえやる練習内容自体はいつもとあまり変わらない。グラウンドが使える時の練習や、祝祭日の長く練習時間を取れる時の内容をより長時間・高密度で行っていくだけだ。

 

「相手の胸元、脚元、丁寧に投げていけよ」

「おーっす!」

 

 まずはキャッチボールから。二人一組に分かれてボールを互いに投げ合っていく。最初は20m程度離れたところから、少しずつ距離を離して最終的に50m程度離れる。

 相手の胸元に送球し、相手はそれをキャッチしたら同じように返す。ボールが帰ってきたら次は脚元に転がすように投げ、キャッチした相手もまた同じように返す。この流れを1セットとして1セットの度に一歩ずつ距離を離していき、50m地まで離れて1セットを成功させれば終了となる。捕球の際は一歩以上動いてはならず、相手をそれ以上動かすと最初からやり直し。

 

「はいそこの二人、やり直しだ」

「うげぇ……グダッちまった」

「モタモタしてるからだよまったく」

「丁寧を意識するのは当たり前だが、それで時間をかけ過ぎるのは良くないことだぞ。早さと正確さの両立をしっかりと意識して投げていけ」

 

 一投辺り20秒の制限時間も存在する。もちろん超過すると最初からやり直し。互いの距離が開く程強く投げる必要があり、そうなるとコントロールに繊細さを求められ、それを得ようとじっくり時間をかけ過ぎるとタイムオーバー。やっていることは何の捻りもないただのキャッチボールだが、その難易度はかなりのものであった。

 

 キャッチボールが終われば、次は内外野の守備練習が始まる。沢滝が打った球を正面に回って確実に捕球し、内野は一塁へ、外野は本塁へ正確に送球を行う。ただ捕って投げるのではなくボールの行方をよく見て先回りし、キャッチしてから送球するまでの一連の動作を正確に、且つ素早く行う。

 沢滝の打球は、選手達の能力で捕れるギリギリのところを的確に飛んでいく。届かなかったとか遅れたとかそんな言い訳は効かない、地力を嫌と言う程引き出されるいやらしいノックである。

 

「次、サード!」

「うっ、おおおぅ……ッ!!?」

「動き出しが遅い!自分の捕れるところにだけ飛んでくると分かっているんだから、最初から捕球する準備をしておけ!」

「お……す……」

 

「慌て過ぎだ、せっかく捕球ができてもその後でエラーをしたら意味がないぞ!」

 

「捕れる保証もなく飛びつくな!自分で捕れるか分からないなら声を掛けて周りに捕らせろ!そもそも人任せにするような打球じゃないぞ!」

 

「送球が高い!そんな山なりに投げて、ランナーを刺せると思うな!」

 

「助走が多いぞ、捕ってから三歩以内に投げろ!」

 

 ちゃんと動くことができるのなら、沢滝の打球はしっかり処理できる程度のものでしかない。しかし判断力も反応速度も未熟な彼らでは、追いつけず捕れないことも多々ある。その上何度も何度もボールを追って体力もかなり消耗するため、反応するための集中力が続かないのだ。

 追い込まれていく中でも丁寧さを忘れず、ボールを身体の正面で受け止めて一塁に返す。満身創痍になりながらも、守備練習をやり遂げた彼らを待っていたのは次の練習であった。

 

「さぁ、補給をしたら次にいくぞ!」

「おおぅ……!」

 

 次の練習はバッティング。ティーバッテングでバットを振り切り飛距離を出すようにし、さらにピッチングマシンの球と投手の手投げの球を、ボールが尽きるまで打っていく。

 ティーバッティングでは、自分が最も飛ばせる打ち方を身体に覚えさせていく。身体の正面で球を捉えてバットを強く振り、右打者はレフト方向、左打者はライト方向に向けて打ち抜くのだ。打つ時は力任せに腕を振るのではなく、下半身を軸に身体の捻りで勢いを付け全身で打つ。どれだけバットに当てられたかよりも、どれだけ遠くまで打球を飛ばせたかの方が重要視される。

 

 ピッチングマシンの設定は150キロ、手投げの球は通常よりもさらに近い位置から投げられるため、本来の速度よりも速い球が飛んでくる。速い球に目を慣らし反応できるようにすることが第一、その上でティーバッティングでやったように、バットを強く振って当てることを目指していく。

 バットに当てるようにするためでも、球威に負けるような弱腰なスイングは御法度。まずは当たらなくてもいいからとにかく振ってみる、そんな小さなところから始めていく。バッティングに進歩がなければどれだけ失点を抑えても勝てない。夏の大会を勝ち抜くためにも、全員の打撃力の強化は必須のためこの練習は特に重点的に行う。

 

「アウトコースの球だろうと、構わず引っ張るくらいの意識でいい。お前達の今の実力と夏までの猶予じゃあ、深くまで呼び込んで押し込むような打撃は確実に仕上がらん。できないことはできないと初めから割り切ってやった方が、迷いがなくなる分だけ集中もしやすくなる」

 

 バッティング練習が終わったこの段階で、時刻は13時を回る。一旦クールダウンと昼食時間が間に挟まり、食べてから練習を再開する。

 普段なら昼は弁当を持ってくるか、学食を利用するのが当たり前の食事事情なのだが。合宿中は最初に説明で言われた通り、家庭部の皆さんが昼食当番を担当してくれることになっている。そのため昼は家庭科室に集合となる。

 

「やぁ野球部のみんな、ゴールデンウィークという日々を合宿で潰すとは大変だったな!せっかくの休みが丸々部活で埋められるのは大変だろうが、その分だけ私達がしっかりサポートしてやる!たくさん飯を食って、午後も頑張ってくれよ!」

「ありがとうございます!」

「いただきます!」

「うん、いい返事だ!食事は強い身体を作るためには絶対必須なことだぞ、ロクに食べもせずに満腹だの抜かすような奴は張り倒すからな!」

 

 物騒なことを言っているが、要はちゃんと飯を食わないと身体が動かないぞということである。家庭部部長の倉敷(くらしき)蛟竜(みずち)は、一年生の時から家庭部として運動部の多くの生徒の手助けをしてきた。そのため野球部が協力する甲斐のある部活に復活したことをとても好ましく思っており、今回の合宿への協力も二つ返事で了承してくれていたのだ。

 彼女らのやる気も一塩であり、出される料理もそれはもう味も量も凄いものとなっている。たくさん動いてカラカラになった腹の求めるまま、部員達は食事にありつくのだった。

 

「これまでも補食とか、差し入れの豚汁とか貰ったことあるから知ってたけどよ。やっぱ家庭部の人達料理上手えよなぁ」

「家で親が作ってくれる料理とか、最近は自分で作る練習もしてるけど……そういうのとはまた違った良さがあるんだよなぁ」

「ははは、そう言ってくれるとは嬉しい限りだ!おかわりもたくさんあるからどんどん食べろ、強さの秘訣は食事にあり、だぞ!」

 

 あまり疲れていると、食事が喉を通らないということもよくあることだが。野球部の面々は特にそういうことはなく、それぞれが思う存分用意された食事を平らげていた。一応ご飯丼で三杯食べるというノルマはあるのだが、それが障壁となることは終ぞなく。食事の時間は楽しいまま終わるのだった。

 

「倉敷部長、急な申し出であったにも関わらず快くサポートを引き受けて下さって、本当にありがとうございました。おかげ様で必要な準備を減らすことができて本当に助かっています」

「なに、運動部のサポートは家庭部の活動内容の一部だから気にすることはない!むしろ野球部を応援し甲斐のある部に直してくれた君に、こっちの方が感謝しているよ!君のおかげで真二のヤツにも生気が戻ってきた……アイツとは小学校からの付き合いだったからな。野球部を再建すると張り切っていたアイツが、先輩達の圧に負けて腐っていくのを私は止められなかった。幼馴染として私がすべきだったことを、君が代わりに成し遂げてくれたんだ。私の方こそ本当にありがとう」

「……どうも。というか大塚の奴ちゃんと味方いるじゃないか、何でこれで腐れてたんだ」

「どいつもこいつも、君みたいに強い人間ではないってことさ」

 

 昼食も終わり、午後の練習にかかる前に沢滝は家庭部にお礼を言いに行っていた。そこで倉敷と話をしている内に、彼女が沢滝に主将の座を譲った前主将の大塚真二と幼馴染出会ったことを知る。

 大塚は昔から野球が好きで、高校に入ったら絶対に甲子園に行くんだと言っていた。残念ながら中学では目立った成績を残せず、強豪校からスカウトはされないまま慧峰に入学することとなる。強豪校に行けなかったなら、この高校を元の強豪校に戻してやると──そう張り切っていた彼は、腐った蜜柑に巻き込まれて自らも腐り果ててしまう。

 

 野球部自体にやる気がないのでは、家庭部としてもサポートなんてできない。折れてしまった心には幼馴染の声も届かない。しかし新たに加わった後輩二人の心意気が、他の腐敗物もろとも野球部という箱を洗い直してくれた。大塚も元の野球に真面目な姿を取り戻し、倉敷はそんな彼を高校以前のように支えていけるようになった。

 家庭部のサポートは全運動部に共通でも、部長である倉敷が特に張り切ってくれていた理由。それを知ることができた沢滝は、倉敷に改めてサポートのお願いし、同時に一つ約束をするのだった。

 

「今の野球部は、全員が甲子園という目標に向けて志を一つに練習に励んでいます。かつては他校の変化と成長に押され、この熱を維持することができなくなりましたが……今度はそうはさせません。家庭部の皆さんにとって支え甲斐のある、常に強く高い熱を持った野球部にすると約束しましょう」

「ふふ、今年で活動は最後の私にする約束ではないと思うのだがな。だが沢滝君ならば、きっと約束を成し遂げるのだろうな。是非とも私の後輩達にとって活動し甲斐のある部活になってくれよ」

「ええ、必ず」

「頑張ってくれ……真二のこと、よろしくな」

 

 話も終わり、沢滝は皆が待っているグラウンドに戻る。誰一人遅れることなく全員が沢滝が戻るのを待っており、いつでも午後の練習を始められるようスタンバイしていた。

 

「遅かったな、沢滝!」

「ああ、済まないな」

「早く練習始めようぜ……痛ったぁ!?」

「倉敷部長からの気合い入れだ。随分心配させてたらしいじゃないか、大塚。もう二度とお前の不徳で幼馴染を不安にさせるなよ」

「な、なんで知ってんだ、よ……」

 

 倉敷の希望通り大塚に喝を入れてやり、沢滝は午後の練習の開始を宣言する。アップを終えて最初に取り組むのはベースランニング。ボールを打ってから本塁まで走るのを各塁毎に区切り、一つずつ沢滝の合図の元行っていく。

 速さを意識するのは当然だが、守備の状況を見て走るべきかどうかを見極めるのも大事だ。進塁ができそうなら勢いを止めず走り、難しそうなら無理せずその塁で止まる。練習なので外野の位置から進むか止まるか合図を出す沢滝を見て、走るかどうかを判断する。実戦なら自分の目で判断しなければならないが、流石にそこまでは練習ではできない。

 

「打ってから辿り着けるのは、せいぜい二塁までがほとんどだ。その短い区間をできる限り無駄を削ぎ落とした上で走ることができれば、無駄なアウトをそれだけ減らすことができる」

 

 せっかくヒットを打てたとしても、走塁でアウトを取られては勿体ないどころの話ではない。貴重な機会を過失で失わないようにするためにも、走塁は打撃と同等以上に鍛える意義があった。

 

「はひ……いつまで……走れば……!?」

「脚が……重いッ……!」

 

 たくさん走って息も絶え絶えになった次は、一旦野手陣は置いて投手陣に時間を割く。投手練習にかかる間は沢滝がそっちにかかり切りになるので、空く時間で野手陣は自主練をする。主にティーバッティングで遠くに飛ばす練習を。

 投手陣は自分の持つ球種全てを、球速や変化量にコースを拘って投げ込んでいく。ストレートしか投げられない晴真はただの投げ込みだが、家で自主練をする時よりも厳しいコースを要求されるので、難易度は普通に高い。20球を1セットとしてこれを5セット分行う。

 

「無駄な力が入ると身体が強張り、フォームが崩れ本来のピッチングができなくなる。ランナーが増えたり強打者を相手にしたりする時、どうしても力が入ってしまうだろうが……そういう時こそ、落ち着いて力を抜け」

「いつものことだね」

「そのいつもができなくなることは度々ある」

「ふぅ……いくよ」

 

 投球練習も全員が投げ切ればそこで終わり。ここでグラウンドからは撤収し、体育館の方でフィジカルトレーニングに移る。機材の準備は家庭部の皆さんがやってくれました。

 ダンベルやバーベル、バイクなどの機材を使ってウェイトや体幹のトレーニングを行なっていく。もちろんただやるのではなく、呼吸法やかける負荷を考えて行う。短い時間の中で全力で動くことで全身に大きく負荷をかける、動く前に酸素を取り込んで力を入れる瞬間に吐き出す。ただしやり過ぎると筋肉を痛めてしまい怪我に繋がるので、絶対に無理に動くことはさせない。

 

「筋肉は、付けただけでは意味がない。思い通りに動かすことができなければ、高いフィジカルも宝の持ち腐れだからな。鍛えると同時に自分の動き方というのもしっかりと叩き込め」

 

 途中でほとんどの部員が脱落する程の、ハードなトレーニングを終えて一日の練習が完了となる。疲労で立ち上がることすら困難な者もいる中、最後にダウンとミーティングをして、合宿1日目は無事に終了となった。無事というには少々死に体の人間が散らかりすぎている気もするが。

 

「おわ……た……?」

「一日お疲れ様。遅くなったがこれから夕飯の支度をする必要があるから、全員着替えてから家庭科室に集合だ」

「おちゅ……かれさ…ま、でし……」

「お疲れ様でした」

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