蒼き戦姫   作:bb_ms

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入厩

 

長夫に買われたレヴィは乳離れさえぐずったが同世代の仔馬ともよく走り昼夜放牧、追い運動等もこなし着実に競走馬として成長していく。

 

だがしかし矢郎の見立て通り馬体はさほど大きくはならず同世代と比べて1回りも2回りも小さかった。まあ晩成の馬だとしたらまだまだこれからだろうと矢郎も長夫もそこまで問題にはしなかった。

 

レヴィが1歳になりいよいよ鬼門の馴致が行われたがレヴィはあっさりと適応する、人のやる事成す事全てに大人しく従うため逆に心配になる2人であったが取り合えず好意的にとらえる事にした。

 

よく食べ、よく飲み、よく遊び、あっという間に2010年春──レヴィ2歳、いよいよデビューの年。長夫は矢郎と共に美浦にあるとある厩舎にやって来た。

 

 

「これはこれは遠いところからよく来て下さいました長夫さん、矢郎さん。改めましてご挨拶を、調教師の阿部光久です。」

 

 

阿部と名乗った40代後半程の男性は頭を下げる、長夫の父──道夫が生前からお世話になっていた調教師である。長夫も競走馬の引き継ぎの時に顔を合わせている。

預けるなら顔見知りの厩舎がいいだろうと阿部厩舎にお願いする事にした。

 

 

「お久しぶりです阿部さん、これからレヴィをよろしくお願いします。」

 

「責任を持って預からせて頂きます、お2人が来る前に先に来ていたレヴィを見てみましたが……お聞きしていた通り本当に小さいですね。1歳馬かと思ってしましました。」

 

「ええ……どうですか、阿部さんから見てレヴィは大きくなる余地がありそうですか?」

 

 

長夫が不安が混じった声で聞くと阿部は眉をしかめて答える。

 

 

「正直なところ……あと20~30kgが限界じゃないかと思います、今の体重──380kg辺りで馬体自体は完成間近に感じますね。筋肉量を増やし身が詰まって来て400kgを超えるかどうか……」

 

 

それを聞くと長夫はがっくりと肩を落とす。450kgほどで小柄な馬と呼ばれる世界で400kgはどう考えても不利、データから見ても400kg前後の競走馬の成績は目に見えて悪い。

1971年のオークスを勝ったカネムヒロ、1992年の阪神3歳Sを勝ったスエヒロジョウオーなどG1を取った馬がいない訳ではないが分が悪い勝負になる事は必至だろう。

一同の雰囲気が少し重くなる中、レヴィを連れて来る1人の男が現れた。

 

 

「オジキ?ないしよるん?」

 

「トヨ!それにレヴィも……もう厩舎は連れて回り終えたのか?」

 

「一通りは終わったじゃ、にしてんこんわろはよか馬じゃ、身体は小せが利口で全体んバランスもよか。」

 

 

トヨと呼ばれた身長170cmは超えていそうな方言で喋る男は長夫と矢郎を見ると近づいて来て口を開く。

 

 

「初めましっせぇ、自分はここで騎手をやらせて貰うちょい島田豊高じゃ。よろしゅう頼みあげもす。」

 

 

薩摩弁で挨拶をする島田と名乗る男は2人に頭を下げる、と阿部が島田の頭を軽く小突く。

 

 

「まーた方言が出てるぞ……ったく俺にはいいがお客さんにはちゃんと喋れ。」

 

「悪い悪い、お2人さんもすんませんでした。」

 

「「い、いえお気になさらず……」」

 

 

苦笑しつつ長夫は、はて中央にこんな名前の騎手が居たかな?と考えるとそれを見透かしてか阿部が答える。

 

 

「こいつは今年地方から移籍して来たんです。産まれは鹿児島ですが佐賀で騎手をやってまして、地元ではこの名前から中央のレジェンドジョッキーに倣って

佐賀のトヨなんて呼ばれたりしています。」

 

「中央でワシの実力がどこまで通用するか試したくなりまして、中央の新人と同じく頭抱えて筆記からやったんですよ!」

 

「だけど何処も引き取り先が無くて昔からの顔馴染みだった俺の所に転がり込んで来たんだよな。ったくお前は後先考えない奴で困るよ。」

 

 

ガハハと笑う島田、地方の騎手なら自分が知らなくて当然かと長夫は納得する。

 

 

(良い人そうだ、それにあのジョッキーの名前が異名に関わっているって事は実際上手かったんだろうな。)

 

 

島田の横にいるレヴィも厩舎を見て回るうちに懐いたようでしきりに匂いを嗅いだり身体を擦り付けている。その様子を見て長夫は口を開く。

 

 

「あの…島田さん、いきなりで申し訳無いんですが……よければレヴィに乗ってくれませんか?」

 

 

急な申し出に長夫以外の3人は目を見開き驚く。

 

 

「よかと!?あいがとごわす!」

 

「い、いいんですか長夫さん。そんないきなり決めてしまって……まだ他にも騎手はいっぱいいますよ?」

 

「おいオジキ!いたらん事ゆな!」

 

 

阿部と島田の口論が始まるとこそりと矢郎が話しかけて来る。

 

 

「阿部さんの言う通りまだ決めるには早いかもですよ?何時も道夫さんの馬に乗ってくれていた騎手とかでも…」

 

「いえ島田さんでいいんです、あの小さいレヴィを見ていい馬と言ってくれる人はそうはいませんし……それに中央に挑戦する島田さんの初のお手馬として頑張って貰いたくて。」

 

 

長夫はまだ会って間もない島田を気に入っていた、直感だがあのコンビなら上手くやっていけるのではと感じ声をかけたのだ。

矢郎はそうですか、と言うとこれ以上口を出す事では無いなと思いレヴィの方に顔を向けた。

確かに気弱で甘えん坊なレヴィには引っ張ってくれる騎手がいいかと考える。

どうやら口論も終わったようで2人がこちらを向く。

 

 

「……まあ暫定でトヨにしておきましょう。馬体からデビュー時期を考えると──早くて8月辺りになりますか、それまでに考えが変わるような事があれば遠慮なく仰ってください。」

 

「この男島田豊高、美内──いや長夫さんのご厚意に応えられっよう全力でやらせて頂きもす!」

 

 

島田が勢いよく頭を下げるとそれを見たレヴィもちょこんと頭を下げる。それを見た一同は顔を揃えて笑う。

 

 

「……ははは!早速いい感じじゃないかトヨ!競馬の前に礼儀の作法か!」

 

「くくく……長夫さん、本当にいいコンビになるかもしれませんね。」

 

「矢郎さんもそう思いますか、もしかしたら勝ち上がって重賞…G1に出たりなんかしたりして!」

 

「「「それは気が早いですよ!」」」

 

 

4人の笑い声が空に吸い込まれていく。それを横目に大きく欠伸をするレヴィ、どこからどう見ても大人しい馬に見える。

その内に秘める狂気に気付く者はまだ居ない。

 

 

 




島田豊高 37歳 身長172cm

2010年佐賀競馬から中央に移籍、佐賀時代は剛腕として知られ低人気の馬でもたびたび馬券内に引っ張って来る事から穴党に人気。
中央での騎乗はほぼ無く移籍時の試験で筆記試験からやる事になるが何とか合格。
だがただの地方騎手と見られ何処の厩舎でも引き取り手が無く旧知の仲であった阿部厩舎に転がり込む。


阿部光久 49歳 開業7年目

道夫が懇意にしていた調教師の下で長年働き42歳で開業、その際に師匠が引退したため道夫の馬をそのまま預かる事になり縁が出来た。
腕はいいがセールストークが苦手で現状あまり馬を預かってはいない、豊高と出身地が同じ。

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