蒼き戦姫   作:bb_ms

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狂気のデビュー戦

阿部厩舎に入厩してから数日経ち5月に差し掛かろうという日、いよいよデビューに向けて本格的な調教が始まった。

 

話で聞いていた通りレヴィは阿部や島田の指示に従順に動き轢き運動、坂路、ゲート試験を次々にこなしていく。レヴィは小ささのわりにかなり丈夫な身体つきをしており阿部は安心したが

小さい事に変わりは無く、大事があってはならないとゆっくりと調教を施していく。

 

しかし朝が弱く遅めの調教時間になる事、併せ馬をすると気が散るのか動きが悪くなったりかかる仕草を見せたりと多少の問題点が出て来て調教に遅れが出たため

8月にデビュー予定だったのを長夫との話し合いの結果10月まで遅らせてデビューさせる事にした。

 

レヴィが競走馬として成長していく間、主戦騎手となった島田というとあちこちにグイグイ売り込みに行く性格と能力が足りない馬でも全力で追って上に連れて来る姿勢が評価され

最初は阿部厩舎の所属馬しか騎乗が無かったもののどんどん騎乗数を増やし8月終わりには土日で10鞍程騎乗する事もあった。

 

人馬共に着実に成長を重ね──2010年10月17日 東京競馬場第3R、遂にデビューの時を迎える。

 

 

 

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「あぁ……東京もやっと涼しくなったなぁ。」

 

 

長夫はレヴィの新馬戦のために東京競馬場に訪れていた。最初は入って行くのに緊張した馬主席も2年も経てば慣れたもので

受付を済ませロビーに行くと父と前々から交友があった方と挨拶をする。

 

 

「こんにちは美内さん、この時間に居るという事は…今日は前々から話されていた馬が遂にデビューするんですか?」

 

「そうなんです、もう今日の事ばかり考えていて1週間何をしていたか忘れてしまいました。」

 

「ははは。私も最初の馬を買った時はそんなものでしたよ。それで美内さんの馬は──」

 

「あっ、あそこです。あの小さい青鹿毛の馬です。」

 

 

長夫が指を差すとちょうど馬主席にあるテレビからパドック解説の音声が流れて来る。

 

 

『最後に14番、レヴィ。馬体重は390kgです。』

 

『いやぁ小さいですねぇ……それに厩務員にべったりで幼さが抜けきっていませんね。シンザンの血が入ってるので応援したくはありますがちょっと買いづらいですね。』

 

 

「「……」」

 

 

パドック解説を聞いて2人は黙ってしまう。解説前に50倍ほどあったオッズがみるみるうちに下がっていきレース開始10分前には90倍弱まで落ち込んでしまった。

 

 

「わ、私は悪い馬とは思いませんよ、うん。期待を込めて……単勝500円買わせて貰います。」

 

 

長夫はその優しさが逆に申し訳無くなり、自分も馬券を買って来るといい逃げるようにその場を離れる。

 

 

「レヴィの単勝を買うために持って来た20万……複勝か?いや自分が日和ってどうするんだ……!俺は行くぞ!」

 

 

発券機の前で右往左往しながら俺が信じてやらないとどうするんだと勢いのまま20万の単勝馬券を購入、長夫が高給取りだろうと大金には変わりない額である。

 

 

「勝てなくても掲示板……いや取り合えずは無事に……あーでも20万が紙くずになるもの嫌だから頭で……」

 

 

ぶつぶつと独り言を呟きながら馬主席に戻る長夫であった。

 

 

 

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「……よく分からんなあ」

 

 

レヴィの背に乗った島田は1人ごちる。阿部からは不利を受けずらい番手か後方に付け、何かあったら無理せず回って来いと指示を貰っていた。

だが島田はレヴィの背に乗った瞬間いつもと違う雰囲気を感じていた、あの甘えん坊の姿は無く静かに闘志を燃やしているようにも見える。

 

 

「こりゃあオジキの心配も杞憂に終わるかもしれんぞ。」

 

 

ファンファーレが鳴り響き続々と他馬がゲートに収まっていく。

最後に大外8枠14番レヴィの手綱が引かれゲートに収まる。合図と共にゲートが開かれ──内なる狂気が公になる。

 

 

 

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『東京3R芝1600mで行われる新馬戦コンディションは良馬場、現在1番人気は10番イングリッド単勝オッズは1.5倍です』

 

『最後に大外14番ハーツクライ産駒レヴィが収まって……スタートしました!』

 

『イングリッドいいスタート、12番トーセンスタッフもいいスタート……おおっと14番レヴィが押して押して……いや、鞍上島田騎手が手綱を必死に引いています!』

 

 

「おおおおおおおおおおっ!待てやレヴィ!」

 

 

スタートと同時に大暴走、ハナを行く2頭に競りかけるどころか追い越して先頭に躍り出る。それでも飽き足らず更に脚を伸ばそうとするレヴィ。

新馬戦で暴走癖がつくのだけは勘弁して欲しいと思い島田は手綱を思い切り引くが、見た目とはあまりにかけ離れたパワーに全身が持っていかれそうになる。

 

 

『レヴィの手綱が必死に引かれますが止まりません、それに釣られて後続各馬もじわりじわりと上がって行っています。』

 

『先頭を行くレヴィの勢いが止まらないまま最初の600mを通過、37秒辺りでしょうか。新馬戦にしてはかなり早いペースとなっていま……坂を下っていき更に加速して行くぞ!?』

 

 

600mの通過タイムを見ながら更に加速する姿を見た瞬間阿部は勝ちは無いかと頭を抱え、長夫は青ざめた顔でレースの行く末を見守っていた。

だが少しずつだが手綱を引く力が緩むのを感じた島田はまだ諦めてはいなかった。

 

 

『半分を通過した辺りでレヴィまだ先頭、2番手イングリッドとは2~3馬身あるでしょうか。』

 

 

手ごたえはまだまだあるがレヴィとの攻防の反動で島田の腕の感覚が少しずつ無くなり軽く痙攣し始める。

しかしそんな事も気にならない程に島田は集中していた。今まで乗ったどの馬ともポテンシャルが違う事を感じ取り顔から思わず笑みが零れる。

 

 

「今までは爪を隠しちょったって訳か……面白かじゃらせんか!」

 

 

島田は全力で勝ちに行く事に決め、少しでも最後に末脚を使えるように先程より優しく宥めつつレースを運ぶ。

今のリズムを崩さないようゆっくりと、ゆっくりとペースを落ち着かせながら第4コーナーへと差し掛かる。

それに応えるかのようにレヴィは少しずつ落ち着きを取り戻し、第4コーナーを回り切りいよいよ直線の攻防が始まる……が

 

 

『ああーっとレヴィが大きく大きく外ラチ目掛け膨らんで行きます!その隙にイングリッドが先頭に躍り出る!』

 

 

観客席から様々な感情が入り混じった歓声が上がりレヴィが外ラチ一杯まで膨らんでいく。これは島田にも予想外で慌てて修正しようとするが時すでに遅し。

先程まで2馬身後ろにいたイングリッドには抜かされ5馬身差も付けられてしまっていた。ゴールまで残り400m、これは流石にやってしまったかと思い

せめて頑張って追ってますよとアピールのために右鞭を1発入れると──

 

 

『さあ残り400m辺りで先頭は完全にイングリッドだ、外ラチ一杯のレヴィに1発鞭が入るが……!?』

 

 

なんと──伸びる、レヴィが鞭に反応し少しずつだが盛り返していく。これを感じ取った島田は見せ鞭をレヴィの眼前で振り合図を入れる。

おおよそ50mごとに1発、2発、3発と適度に鞭を入れるとレヴィは脚を延ばし4馬身、3馬身、2馬身と着実に距離を詰める。

 

イングリッドの鞍上がターフビジョンを見、そして右後ろを振り返るとなんと第4コーナーで外ラチに飛んで行ったレヴィが前に迫って来るのを確認する。

慌てて鞭を入れ前進を促すが前半にレヴィの暴走に付き合ったせいかお釣りが残っていない。ただレヴィが抜き去らんことを祈りながらゴールを目指す。

 

 

『これは……!外ラチ一杯のレヴィが伸びる伸びる伸びる!先頭のイングリッドを捉える勢いで迫るぞ!』

 

 

「っうおおおおおおお!!」

 

 

残り100m、1馬身まで迫ったところで遂に握力の限界が来てしまい右手から鞭を落とす。だがそれがどうした事かと両の手で手綱を掴み首をグイグイ押し始める。

50m、30m、10m、最後レヴィがハナ差躱したかという所でゴール板を通過する。

 

 

『っゴーール!最後レヴィがイングリッドを差しましたでしょうか!3着は3、4馬身程離れアポロスカイナイト入線!1着2着は写真判定です!』

 

 

ゴールと共に物凄い歓声が沸く、レヴィは10秒ほど流すと息は上がっているもののすっと落ち着きを取り戻しぽてぽてと歩き始める。

島田は検量に向かうため動かない腕でレヴィに促し検量室に戻っていく。そこには阿部が待っていた。

 

 

「「……」」

 

 

お互い顔を見合わせ無言のままいると島田が口を開く。

 

 

「手ェ貸してくれ、力が入らじ降りれん。」

 

「……まあ色々と言いたい事はあるがお疲れさん。」

 

 

阿部が手を貸し背から降りると島田は脚にも力が入らずよろける。手摺りで身体を支えつつなんとか検量へ向かう。

と、その時掲示板に確定の文字が浮かぶ。

 

 

『確定しました、1着14番レヴィ。ハナ差で2着10番イングリッドで確定です。払い戻し金額は──』

 

 

「……まるでシンザンの有馬記念だな。」

 

 

頭をポリポリと掻きつつさっきまでの激走の記憶をまるっと忘れたかのようなとぼけた顔をするレヴィを見る、するとレヴィはこちらに近づいて来て身体を寄せて甘え始めた。

 

 

「あんな走りをした後でもお前と来たら……ったく甘え癖が治らんなあ。」

 

 

──その後口取り写真を撮りに来た長夫は心ここにあらずといった面立ちであった。

 

 

 

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