プロローグ1
熱く肌を撫でる風に起こされた僕は信じられないものを目にする。
*ここは――?
砂漠に飲み込まれた大都市。
画面の向こう側でしか見なかった背景。
*アビドス……?
困惑の極みだ。
なぜ僕はここにいる?
なぜ、いや、そもそも――
顔をペタペタと触る。
その感触はロボのように無機質なものではなく犬猫のような毛に包まれた温かいものでもない。
ヒトの顔。
ここが僕の想像通りの世界で、夢だと思いたい世界なら。
人の顔を持つ男は存在しない。唯一の例外を除いて。
そしてその唯一の例外なわけがない。
僕は大人じゃない。
アッチでは唯のオタク趣味の学生で二回目の春をサークル仲間と迎えているところだったから。
お酒すら飲めずギャンブル等規制される、不自由の代わりの庇護を受ける側の存在だから。
*じゃあ、僕って、何なんだよ……
そうやって落ち込む僕は近付いてきたその人物に気が付かなかった。
「君、大丈夫? アビドスの子じゃないよねー?
って、あれ? ヘイローがない?」
*!? ユ、っ……夢うつつで、こんなところにいた、無所属です……
口から狭間の世界の中で身についた嘘吐きの才能を受けて、本当じゃないことを出していた。
彼女の、今の僕が知りえないはずの名前を出しそうになったのを誤魔化すように。
「そうなの? んー、じゃあ、うちに来ない?」
*メイワクをかけるわけには……
「大丈夫! 後輩が一人増えようが、へっちゃらだもん!
名前、言ってなかったね。私はユメ。君は?」
ユメ。
それは、僕は名前と見た目しか知らなかった。
物語の中に出てくる
――故人として。
彼女がいるということは、今は過去の時代なんだろう。僕の知っている時代からしたら。
そんなことを須臾の間に考えて、僕は名前を教える。名前を教えて貰ったから。
*ユウジ。ユウジって言います。よろしくお願いします……ユメ先輩
「っ――! うん! よろしくね、ユウジ君!」
――今にして思えば、すんなり承諾したのは異世界に放り込まれていつ死ぬかわからない。
――そんな恐怖に蝕まれてたからだろう。じゃなきゃ、あんなこと……
そんな、どこか気の抜けた会話をしていたからこそ、今度は気が付けた。
少し遠くから、焦ったようにこっちへ向かってくる短髪の少女がいることに。
敵意を向けられているのに、どこか他人事のように感じていた。
過去のホシノがどういう性格か理解していたのに。
ここが、どういう世界か知っていたのに。
*ァ――
あまりの痛みに声も出せなかった。
おそらく掠っただけ、威嚇程度の狙いで本気で当てたわけじゃないのに。
当たった脇腹が燃えるように熱い。
無意識に血を止めるように、傷口に手を伸ばしていて
ぬるりとした血液の感触に血の気が引いて
防衛本能に逆らうことも出来ず、体を丸めるようにうずくまっていた。
「先輩に近づくな! 何が目的だ!」
顔も上げられない激痛の中で、そんな声が聞こえた。
きっと、そのオッドアイを大きく開いて手に持った散弾銃をこちらに向けているんだろう。
ユメ先輩が何か言っている声も聞こえるが、その内容を判断することも出来ない。
痛みで狭まった視界の端に、緑青色の光がちらつく。
やがて、暗転する中で緑色の柔らか光が僕を包むような、そんな感覚がした。
目を覚ます。
少し硬いマットレスの敷かれたパイプベッドの上で、僕は意識を覚醒させていった。
「突然出てきて消えたあのおばあさんもそうです!
明らかに危険人物でしょう、アレ!」
「その前にホシノちゃんに撃たれて血を出してたよね?
そんな打たれ弱い存在が危険なんて、私は思えないよ」
ユメ先輩と桃色の少女はこの部屋のドア近くに立ち、向かい合って口論していた。
内容からして明らかに僕の存在の是非を問うていて――おばあさん?
*あの……
「ユウジ君! 目を覚ましたんだね、傷はどう? 痛みはある?」
「っ先輩!」
ユメ先輩は水色の髪を揺らしてベッドの傍まで近寄り僕の脇に手を当てる。
撃たれて軽く抉れていた筈の脇腹はすっかり元通りに、何事も無かったかのようになっている。
アッチのままの体で、そんなことが起こりえていいはずがないのに、僕の傷はなくなっていた。
少女は警戒の色を隠そうともせず、距離を保ちつつユメ先輩が被らない位置に移動している。
突然現れた意味不明の存在への対応。こっちの方が正しいだろうな、ここでは。
*痛みは、無いです
*あの、なんで傷が治って?おばあさんって、何が?
「お前が呼んだんだろ? 緑の髪で青い服を着たおばあさんがお前を治してた」
「えっと、優しそうな顔して、優しい光をぽわわわ~んてしてね?
そしたらユウジ君の血が止まったし、傷も塞がってたの」
少女は怪訝な顔をしてこちらの様子を窺っている。
自分で包帯を巻いたのにそれを疑問に思っている残念なヤツを見るような目で。
緑の髪、青い服、回復……?
そう疑問を頭の中で巡らせているとシーツの中で動かした手に違和感を感じる。
その違和感引き上げるとそこにあったのは遊戯王OCGに登場する『治療の神 ディアン・ケト』という魔法カードだ。
その効果は自身のLP*1を1000上昇させるというもの。
削られた僕の体力をLPと見做して回復させた?駄目だ、不可解なことが多すぎて判別がつかない。
*あの、僕はユウジと言います。怪しいのは判ります。でも、ここに置いてくれませんか
*僕に出来る事なら雑用でも何でもします
*お願いします
僕はベッドに座ったままではあるが、少女に向けて頭を下げる。
怪しいことこの上ない僕を受け入れてくれる可能性があり、僕の記憶が役に立つのはここ位。
未だに幻痛の残る体が、ここは間違いなく現実であると教えてくれる。
でも、だからこそ、この場所に居着きたいとそう思ってしまう。
「ホシノ」
*へ……?
「私の名前。言っとくけど、少しでも疑わしいことしたら今度こそ打ち抜くから」
「~~~っ! ホシノちゃん!」
名前を呼びながら嬉しそうに抱き着くユメ先輩にやめてくださいと邪険にしつつも声音に嫌悪感は見られず、ユメ先輩との触れ合いが嫌いになれないと察することが出来る。
その光景は、かつて画面の向こう側から観測するだけでは見られない景色。
こういった情景を残すために僕はここに来たのかな、なんてことに考えを巡らせる。
あの時の状況と、実際に起こったことを考えると、僕にも何かしらの特殊な力があると捉えるべきだ。
明らかにこのカードが原因だよな……
手に持つご老人が描かれるカードに視線を落として、思考する。
手にベッタリと付いていた血、死にたくないと願うあの時。
今、試しにワイト*2を生み出そうとしているが何も起きずにただ秒針が動いているだけだ。
*ホシノさん
「……何?」
*試したいことがあるんだ
*広い場所と、カッターを貸してほしい
唐突な僕のお願いにホシノさんは訝しみながらも若干の間考えて、問題ないと結論が出たのかぶっきらぼうについてきてと言ってくる。
ユメ先輩は何が起こっているのかわからないようで相変わらずポヤンとして、どこか行くなら一緒に行くと言わんばかりについてきた。
いつも作業を行っているだろう部屋に入るホシノさんは僕に動かないよう言って自分のであろう机の引き出しからカッターナイフを取り出す。
取り出したまま今度は中庭に向かう。多分、できるだけ僕に危険なものを持たせたくないんだと思う。
だけど、ならなんでお願いを許してくれたんだろう? ……僕が弱いからか
中庭に出たところで、ホシノさんがカッターを渡してくる。
こういう時に、刃を出して僕に向けるとかそういうことをせずにしっかり仕舞った上で持ち手側を向けるあたり、優しいなあ。
*おばあさんが出てくるとか、そういうの、僕は知らなかった
*少なくとも以前まで、僕にそんな力はなかった
*だからこれは検証。危険な存在は出さないけど、念のため離れてて
「言われるまでもない」
ホシノさんは少し離れた場所で、ユメ先輩を庇うような位置で僕の行動を見ている。
それを確認して、カッターの刃を僕の肌に突き立てる。
*
「ユウジ君!?」
ぞぷり
薄いカッター刃が皮膚を切り裂き、下にある筋肉を傷つける嫌な感触が右手に伝わり、同時に左腕から痛みを感じる。
静脈血だろう赤黒い血液は腕を伝って僕の手のひらに流れ込む。
そして、とあるモンスターを思い浮かべ、呼び出すように念を込める。
すると僕の手のひらは黄色に光り出す。
光が収まるとそこには白く長い毛に包まれた可愛いウサギがいて、僕の腕には傷一つ残っていなかった。
傷が残ってない、ってことはもともとの僕の体力を8000として、ホシノさんの銃撃で1000未満のダメージを受けて、1000回復して、今負った傷は8000未満になるほどの傷じゃなかったと考える方がいいか?
そうやって考え込んでいると
そうやって撫でていると、ユメ先輩が慌てたように駆け寄ってくる。
「ユウジ君大丈夫? あれ、傷跡無い……?」
*どうやら、規定量をオーバーして回復していると、多少の傷はすぐ治るようです
*痛みはあるので、やりたい事ではないですけど
「良かったー。びっくりしたよー、急に自傷しだすんだもん。もうしないでね?」
*それはできないです
そう言ってホシノさんを見ると、ただでさえ厳しい目がさらにきつく吊り上がっていた。
突然自傷したかと思えば、いきなり生き物が出てくる。そして傷は治ってる。
怪しいことこの上ないもんな……
「急にこういうことするのはやめて。不本意だけど、アビドスの仲間なんだから」
想像していなかった言葉に僕は恥ずかしながら目を開いて固まってしまっていた。
驚愕に言葉を出せずにいるとホシノさんは羞恥から顔を真っ赤にして蹴りを入れてくる。
その蹴りもキヴォトス人からしたら極めて弱く加減されていて、痛みはあっても優しさが伝わってきた。
*痛い、痛いって。ごめんよホシノさん
「うるさい。それと、その力を使うのは良いけど先輩が心配するから最低限にして」
*うん。僕も痛みの上でまで頻繁に使いたいわけじゃないから
「はへ~。仲良しになったんだね!」
「違います!」