新章 第一話、月と黒猫と格ゲー
「前失礼!」
それが、彼の第一声だった。
彼はそう言うと、軽装で武器も持たずに私達の前に出た。
「ダメだ! 死にたいのか!」
そんな真っ当すぎる私の仲間の叫びが届く前に、彼は私達が苦戦していたモンスターの群れに飛び込み、一瞬で五匹のモンスターを倒してしまった。
それも驚くべきことに、素手でそれを行ったのだ。
「次」
残るモンスターに対し、睨みを効かせながら急かす彼の背中は、とてつもなく大きく見える。
「凄い……」
誰かが思わず呟いた。
もしかしたらその声は、漏れ出た私の声だったかもしれない。
颯爽と現れ、次々と敵を倒し私達を助けるその姿はまるでフィクションに出てくる
* * *
2023年 4月8日
「我ら、月夜の黒猫団に、乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
「そして、命の恩人ヨルさんに、乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
「おう、乾杯!」
十一層の酒場でワインを開け、五人組とヨルが祝杯を上げる。
何故こんなことになったのか。それは、偶然下層で素材集めをしていたヨルが、モンスター群に襲われるギルド【月夜の黒猫団】を助けたところから始まる。
ヨルは五人中前衛が一人というアンバランスなパーティーが苦戦していると見るやいなや、様々な可能性を排し助けに入ったのである。
結果的にそれはいい方向に転び、今こうしてヨルは助けたギルドと楽しめている。
「あの、ヨルさん。大変失礼だとは思うんですけど、レベルっていくつくらいなんですか?」
恐る恐る聞いてくる【月夜の黒猫団】リーダー、ケイタに対し、ヨルは快く答えた。
「今は三十九レベル」
「三十九!? やっぱり凄い高いんですね……」
「ケイタ、敬語はいらないよ。レベルなんてただの数値に過ぎないんだから」
「そう……そうか」
ヨルがこう言っても、それでもまだ遠慮がちな雰囲気を感じ、ヨルは何かを思いついた。
「なぁ、良かったら俺を【月夜の黒猫団】に入れてくれないか?」
「えぇ!?」
その提案に、その場の全員が驚いた。
ケロッとしている言った本人を除いて。
「ダメか?」
「いや、ダメというか……。逆にいいのか? それだけレベルが高いなら攻略とか色々あるだろ?」
「大丈夫、攻略との両立くらいわけないさ。このギルド前衛足りてないだろ? 俺なら務まると思うぞ」
ケイタ達はそれぞれ顔を見合せ、しばらく悩んだ後に、手を差し出した。
「それじゃあ、よろしく頼む」
「あぁ、こちらこそ」
ヨルはその手を、強く握り返した。
* * *
視点変更-ヨル
月夜の黒猫団に入ってから、約一ヶ月が経った。
黒猫団は、着実に、だが目を見張る速度で成長していた。
しかし、まだ問題点は残っている。
「きゃっ!」
「サチ! 一旦下がれ!」
盾と片手剣を構える少女、サチに指示を飛ばす。
「よっと!」
盾が剥がされそうなサチの代わりにモンスターの攻撃を受け止め、蹴りで腕を破壊する。
「テツオ! スイッチ!」
「お、おう!」
動きを止めて作った隙に、ギルドメンバーのテツオがメイスの一撃を叩き込み、モンスターは粉々に砕け散った。
「やったぁ!」
入ってきた経験値でテツオのレベルが上がり、また黒猫団の強さが攻略組に近づいた。
それを後ろから見守っていると、サチが声をかけてきた。
「ありがとう、また助けられちゃった……」
「気にするなって。いきなり盾を持って前衛をやれと言われたって上手くいかないのは当たり前だ」
「……うん」
サチは元々槍使いであったが、他のメンバーよりスキル熟練度が低かった故に二人目の前衛として盾持ち片手剣士に転向する事となった。
しかし盾を持って敵の前に出るということは想像以上に恐ろしく、なかなか上手くいっていないようだった。
しかし、自分がいる以上このまま無理に転向する必要も無いだろう。
そもそも、臆病で大人しめな性格のサチに前衛は向いていない。
そんなことを考えていると、他の黒猫団のメンバーも集まってくる。
「盾持ってて庇われちゃあ意味ねぇよサチ」
「だって、怖いもんは怖いんだもん」
「盾の後ろに隠れてればいいんだって。ったく、お前は本当に怖がりだな」
頬を膨らませて拗ねるサチの頭を、ケイタがわしゃわしゃと搔き撫でる。
(このまま行けば、月夜の黒猫団が攻略組に加わることも夢じゃない。そうなれば、今の攻略組の閉鎖的な雰囲気も少しは……)
「どうしたヨル? 早く次行こうぜ」
黒猫団に入ったのには、彼らを強くして攻略組に参加させることで現状を変えたいという打算的な理由もあった。
しかしそんなことは露知らず、純粋に仲間としてこうして話しかけてくれる皆に少し罪悪感を抱きつつ、俺は皆の横に並んで歩いた。
* * *
ある日の夜。
第二十八層、【狼ヶ原】。
ジンと対峙し、互いに構えを取る。
「フゥ───」
「……」
十秒のカウントダウンが開始され、俺とジンの集中力が高まっていく。
環境音が遠ざかっていき、代わりに聞こえるのは互いの呼吸だけ。
同じタイミングで大きく息を吸い、吐いたところで、カウントダウンがゼロになった。
【DUEL】の文字が表示されると同時に、俺は反射的に駆け出していた。
それは、ジンも同じだった。
一瞬で二人の距離は縮まり、剣の間合いに入る。
「シッ!」
ジンが真っ直ぐ剣を振り下ろす。
シンプルな攻撃。しかしそれ故に速く躱しづらい。
(だったら”アレ”だな)
振り下ろされた刃が俺の肩に直撃する。
その瞬間、俺は身を捩りながら跳ぶことでダメージをかすり傷程度に抑える。
「うっ!」
勢いそのままに回転し、ジンの後頭部に肘打ちを入れる。
ジンのHPが一気に削られ、俺の頭上に【WINNER】の文字が浮かび上がった。
「はい、終了」
横で座って見ていたタツが煙管の灰を落とし、立ち上がってジンの体を引っ張り上げる。
「また負けた……」
「素手の戦い方、仕上がってるな。ヨル」
「あぁ、対武器もバッチリだ」
俺達は夜になると毎日のように集まり、レベル上げをし、息抜きとして合間合間に【初撃決着モード】による
「【獣】の方はどうだ?」
「あぁ、そっちはぼちぼちかな」
【獣】。
それは、素手のみで沢山の敵を倒した時に手に入る【エクストラスキル】。
効果は、武器を装備していない時のみ、ステータス依存の攻撃力上昇、異常状態に対する耐性増加、自己を回復させるスキルやアイテムの効果を上昇させるというもの。
なかなか強い効果ではあるが、武器を装備しないというデメリットはかなり大きい。
素手でいるメリットは、武器一個分装備重量を抑え、機動力にブーストを掛けられること。
小回りが効くことによる手数の多さ等が挙げられる。
一方デメリットは、短剣すら下回るリーチの短さと、攻撃力不足である。
ゲームオーバーがそのまま死に繋がるSAOでは、短剣は他の武器種と比べて人気が少し劣る。モンスターに近づくということは、それだけ死も近づくからだ。
それすら下回るリーチは、戦う上であまりに短すぎるだろう。
攻撃力は、【獣】を持ってしてもまだ低い。
素手の攻撃力は基本的に
その二つを加味して、攻略最前線にいる俺のステータスでようやく一部の武器を上回る程度。
それならいっそSTRにほとんど振らず、
それでも俺が素手で戦う理由、それは……。
「しかし難儀なもんだな。素手より武器を持った方が弱いなんて」
「不思議だよな」
「なんで他人事なの?」
俺はどんな武器よりも拳で戦う方がしっくり来た。武器を持たず戦う理由はたったそれだけのことである。
第二層で体術スキルを手に入れてから、俺の短剣の使用頻度は徐々に減っていき、気付けば全く使わなくなっていた。
「空手教わったからかな」
「僕とジンだって習ってたし、なんなら柔道もやってたわ」
「ヨルの動きほとんど空手関係ないと思うんだけど……。何さっきの回って跳んで殴るやつ。何が起きたのかよく分からなかったんだけど」
「回って跳んで……あぁ、【凶星螺旋墜】ね」
「「なんて?」」
ジンとタツが、全く同時に聞いてくる。
「
「なんだそれは……」
「爺ちゃんに教わった空手の技だけど」
「あれ空手だったんだ……」
「他にも【破砕拳】とか【河童殺し】とか【幻魔旋刃脚】とか【背水穿穹腿】とか──」
「格ゲーみてぇ」
それを聞いたジンの表情がなんとも言えない表情をしている。
そんなに変な名前だったろうか。
「……終わりました」
デュエルに参加せず一人でレベル上げを続けていたコマが戻ってきた。
「よし、じゃあ今日はこの辺で引き上げるか」
「そうだね。ヨル、今入ってるってギルドで困ったことがあったらなんでも言って。できる限りの事はするから」
「あぁ、助かる」
そう言って俺は、三人とは別の層に帰った。
* * *
「ふあぁ〜」
ジン達とのレベル上げを終え、欠伸をしながら帰路についていると、ケイタからメッセージが飛んできた。
「?」
目を擦った指でメニューを開き、確認する。
その内容は、サチが出ていったっきり帰ってこないというものだった。
俺は急いで索敵の派生スキル【追跡】を発動させ、サチの足跡を追った。
「サチ」
「……ヨル」
辿り着いた先は、主街区のハズレにある暗く狭い水路だった。
サチは驚いたような、しかしわかっていたような表情でこちらを見た後、再び体を丸めた。
「みんな心配してるぞ」
暗闇の中に、俺の声が寂しく反響した。
「……」
返ってきたのは静寂だった。
サチは俯いたまま何も言わない。
一人にしておこうかとも考えたが、心配が勝り、俺はサチから少し離れた場所に座った。
しばらくそうしていると、サチの囁き声が聞こえた。
「ねぇ、ヨル。一緒にどっか逃げよ」
「……何から?」
俺の質問に、サチは弱々しい声で答えた。
「この街から。黒猫団のみんなから。モンスターから。……SAOから」
一瞬、喉の奥がきゅっと締まった。
俺は反射的に、思い浮かべた単語を口に出してしまった。
「し、心中……?」
しばらくの沈黙のあと、サチは小さく笑った。
「ふふ……そうだね。それもいいかもね」
身が強ばる。
こんな時はなんと返すのが最適か、脳を回転させて必死に考える。
「……ううん、ごめん、嘘。死ぬ勇気があるなら、こんな街の圏内に隠れてないよね」
その言葉を聞き、俺は胸を撫で下ろした。
「……私、死ぬのが怖い。怖くて、この頃あんまり眠れないの」
「……」
『死ぬのが怖い』それは、人として当たり前の感情だろう。
こんな状況下では尚更その感情は強くなる。
誰もが死を恐れ、足掻いている。
しかし、サービス開始直後はよく聞いていたその感情を、最近改めて聞くことは少なかった。
SAOがサービス開始してから早数ヶ月。
みんな、この世界に嫌でも慣れてしまい、壊れた日常を当たり前に享受していた。
それでも今のサチのように苦しんでいる人間は大勢居るだろう。
「ねぇ、何でこんなことになっちゃったの? なんでゲームの中から出られないの? なんでゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの? こんなことに、何の意味があるの……?」
その質問に、俺は答えることは出来なかった。
しかし、もし答えられても、そんな答えはサチは望んでいないだろう。
必死に考え、俺は口を開いた。
「もしかしたら、意味なんてないかもしれない。ここに意味が生まれるのは、俺達が死んだ後、何十年、何百年後かもしれない。でも、俺達が何もしなきゃ、いつかの意味も生まれないと思う」
この言葉が、慰めや励ましになるとは思えなかった。
むしろ、逃げてはいけないというプレッシャーを与えてしまうのではないかと思った。
どうにか多少の強がりでも彼女を安心させられないかと、再び言葉を発した。
「サチは死なないさ」
「なんでそんなことが言えるの?」
「月夜の黒猫団は、どんどん強くなってるし、安全マージンも必要以上に取ってる。あのギルドにいればサチは安全だよ。剣士に転向する必要もない」
サチは顔を上げ、こっちに視線を向けた。
俺は目を逸らさず、しっかりとサチの目を見る。
「……ほんとに? ほんとに私は死なずに済むの? いつか現実に戻れるの?」
「あぁ、君は死なない。このゲームがクリアされるまで黒猫団が、俺が必ずサチを護るよ」
説得力なんてない。薄っぺらで自信過剰な言葉だった。
しかし、サチは微笑みながら頷き、少し泣いた。
一雫の涙を流すサチ綺麗だと思った自分に、少しだけ嫌気が差した。
【コマンド表】
『破砕拳』
↘+P
『河童殺し』
→↓↘+P
『幻魔旋刃脚』
↓↙←+K
『背水穿穹腿』
↓→↘+K