キズモノ   作:野生のウルティメイト太郎

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第三話、幸せの対価=忘却の代償

 

 どうやら、レベル上げをしたまま意識を失っていたらしい。

 その状態でなんとか外に飛び出たようだ。

 

「ハァッ……! ハッ……! ハッ……! カハ……ッ!」

 

 酸素が足りない。

 

 視界が狭い。

 

 手足の感覚が無い。

 

 頭痛がする。

 

 吐き気もする。

 

 体が重い。

 

 体調は最悪だ。

 

 この世界では呼吸は必要ないが、おそらくは現実の体でも呼吸を止めていたのだろう。

 

「カフッ……フッ……フッ…………ハァ……」

 

 ゆっくり、ゆっくりと呼吸を整えると、徐々に視界が開いていき、手足の感覚も戻ってきた。

 頭痛と吐き気は消えないが、少しはマシになった。

 

 しかし、体は変わらず重い。

 まるで地面に鎖で縛り付けられてるようだ。

 このまま眠ってしまいたいが、そうも行かないので、強引に立ち上がり、フラフラと歩き出す。

 

「ほら」

 

「……」

 

 突然目の前に小瓶が現れる。

 中身は回復ポーションだ。

 

 まるで気付かなかったが、どうやら人がいたらしい。

 俺は小瓶を受け取り、顔を上げる。

 

「……ジンか」

 

 そこに居たのは、白い鎧を身に纏うジンだった。

 後ろにも誰か居るが、多分タツとコマだろう。

 

 挨拶するのも億劫なので顔を合わせず、小瓶の中身を飲み干して投げ捨てる。

 

「ありがとう……、じゃあ」

 

「待てって」

 

 ジンが立ち去ろうとする俺の肩を掴んで止める。

 

「……なんだ?」

 

「酷い顔色だぞ。今日はもう休め」

 

「……気遣いはありがたいが、俺は大丈夫だ」

 

 肩に置かれた手を振り払おうとするが、より強く掴まれて制止させられた。

 

「大丈夫ならもう少しマシな顔しろ。なぁヨル、何時間ここに居た?」

 

「どうでもいいだろそんなこと」

 

 今の体調だと、ジンの声すら煩わしく感じる。

 

「いいわけないだろ! 最近いつ寝た? ここのところずっとそんな様子じゃないか。このままだといつか死ぬぞ」

 

「……離せよ」

 

「何があったのかは知ってる。でも、あれはお前のせいじゃ──」

 

 裏拳を放つ。

 ジンは跳び退き、タツが腰に差した武器を抜こうと構える。

 

 ジンはそれを手で抑え、こちらを睨む。

 

「そうか、そういう手を取るんだったら話は早い」

 

 ジンがメニュー画面を操作し、俺の前にデュエル申し込み窓が表示された。

 ルールは昔やっていた時と同じ、【初撃決着モード】だ。

 

「俺が勝ったら休め。わかったな?」

 

「……あぁ、じゃあこっちが勝ったらもう口出しするなよ」

 

 俺は拳を構え、ジンは左手に盾、右手に片手剣を構える。

 いつの間にか盾持ちの剣士に転向していたらしい。

 

「……」

 

「ふー……」

 

 呼吸を整え、集中力を高める。

 カウントダウンがゼロになり、ジンが盾を──

 

「!?」

 

 そのまま投げてきた。

 俺が盾を弾くと、ジンは立て続けに片手剣まで投げつけてきた。

 

 高速で回転する剣の刃を避けて叩き落とすと、ジンはものすごい速さで突撃してきた。

 その手には、片刃の両手剣が握られていた。

 

(盾と剣を構えてたのはブラフか)

 

 ジンの意表を突いた突撃は、見事俺の左腹部に命中──

 

「くっ!」

 

 しなかった。

 

 俺は当たる寸前に体を左回転し、後ろ回し蹴りを打つ。

 ジンは左腕を咄嗟に挟み込み防御するも、横からの衝撃に大きく体勢を崩し、片膝を着いた。

 

「!」

 

 立ち上がろうとするジンの眼前で続けて打った回し蹴りを寸止めし、足を下げる。

 

 先程の一撃で俺に【WINNER】の文字が浮かび、ジンが悔しそうに俯いた。

 それを見下しながら、俺はジンに告げた。

 

「お前は強いよ、少なくとも今の俺よりはな。だが、お前は対人戦で動きが鈍る」

 

 ギリッと、歯を噛み締める音が聞こえた。

 俺は振り返り、歩き出した。

 

「もう俺には関わるな。お前は、俺とは違うだろ」

 

「……違わないよ……。俺とヨルは……」

 

 そんな言葉が聞こえた気がしたが、気にせずそのまま立ち去った。

 

 めまいがした。

 

 * * *

 

「ハァ……ハァ……」

 

 少し歩くだけで息が苦しくなる。

 寝ていないせいか、まるでこの世界がバグに侵食されたようだ。

 

 動いてないものが動いてるように見え、動いてるものが動いていないように見える。

 

 そして……。

 

「ぐあっ」

 

 鋭い頭痛と共に意識を失いかけ、その度に何かがフラッシュバックする。

 

「っ……」

 

 何度も、何度も何かを見せられ、その度に意識が途切れる。

 

 まるで壊れたビデオだ。

 見せるなら全部見せて欲しいし、見せないならもう二度と出てこないでくれ。

 

 そう願っても、何も変わらなかった。

 

「おい」

 

 後ろから声をかけられる。

 

「……タツか、レベル上げはどうした?」

 

 変わらず怪しい仮面なら眼光を覗かせ、今にも倒れそうな俺を見下している。

 

「お前のせいで空気はほぼお通夜だ、あの状態で行けっかよ。それより」

 

 タツがこちらの姿をもう一度まじまじと見つめてから、続きを話した。

 

「蘇生アイテム狙いか?」

 

「……」

 

 蘇生アイテム、一度死んだプレイヤーを復活させるアイテムだ。

 

 SAOは、サービス開始と同時にあらゆる蘇生手段を失った。

 理由は明白、死んだ人間は蘇らないからだ。

 

 しかし、今年のクリスマスイベントで蘇生アイテムがドロップするという噂が広まり、みんなが血眼になって情報を探し、蘇生アイテムを狙っている。

 

 タツの読み通り、俺もそれを狙っていた。

 

「……止めるつもりか?」

 

「いや、生憎と僕は黄泉帰りなんて信じてないからな。狙うなら好きにすればいい」

 

 タツは、蘇生アイテムを狙う全てのプレイヤーをバカにするような態度で肩を上げた。

 

「……そうか、ならなんで来た?」

 

「一応言ってやろうと思ってな。僕はどうでもいいが、ジンは本気でお前のことを心配してる。コマもな」

 

「……」

 

「いいか、お前のことを心配してる人間も居るんだ。命を捨てるような真似はするなよ」

 

 いつになく真剣なタツの態度に、俺は思わず笑いそうになった。

 こいつはわざわざそんなことを言いに来たのだ。どうでもいいと言いながらだ。

 やはり、根はどうしようもなく優しいのだろう。

 

 しかし……。

 

「悪いが、諦める訳にはいかない。サチの為、それにカルラの為にも……」

 

「……? 誰だそれ」

 

 タツが不思議そうに聞いてくる。

 サチの話は昔何度かしているはずだが。

 

「サチは黒猫団の──」

 

「違う、そいつは知ってる。もう一人の方だ」

 

 妹の話も昔うっかりしていた時にしている。

 その時に名前も教えたはずだ。

 

「妹だよ。前話したろ」

 

「あぁ? お前、妹二人いたのか?」

 

「……?」

 

 会話が噛み合わない。

 

「俺に妹は一人しかいない。ふざけてるのならもう帰ってくれ。見てわかる通り体がダルいんだ」

 

 違和感。

 

「ふざけてるのはお前だろ。自分の妹の名前間違えてるのか?」

 

 気持ちの悪い違和感が、胸から消えない。

 

「……何を言ってる。俺の妹は──」

 

「お前の妹の名前はミコトだろ? 前はそう聞いたぞ」

 

「……は?」

 

 そうだ、俺の妹の名前はミコトだ。

 

 こいつは何を言ってるんだ。

 

 俺は……俺は何を……。

 

「待て、じゃあ……おかしい。なんだ? あいつの名前は……」

 

「おいどうした? 寝不足で頭イカれたか?」

 

「それじゃあ、カルラは……俺は……」

 

「……ホントに大丈夫かよ……、結局そのカルラって誰なんだ?」

 

 カルラ。

 

 俺はその名を知らないはずだ。

 

 知ってるはずがない。

 

 知ってていいわけがない。

 

 知らない。

 

 知らない。

 

 知らない。

 

 知らないのに……。

 

 

 

 口が……。

 喉が……。

 肺が……。

 

 その名を覚えていた。

 

「あぐっ、ア───ッ!」

 

 痛い。

 頭痛が酷い。

 頭が割れそうだ。

 

おい!? どうしたんだよ!」

 

 なにをいってるかわからない。

 

 おれは、なんだ。

 

 かるらって……。

 

 わからない。

 

 なにも。

 

 おれはだれなんだ。

 

 だれのきおくだ。

 

 ながれてくる。

 

 これは……。

 

『夜叉兄、大好き』

 

「うっ」

 

 はっきりとした、声が聞こえた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 タツの声も無視し、俺はその場から逃げるように駆け出していた。

 

 * * *

 

「あっ……あぁ……」

 

 逃げて、辿り着いた先は、いつか来た第二十七層の迷宮区。

 そこにある隠れた宝箱。……に見せ掛けたトラップエリアだった。

 

 どうしてこんなところに来てしまったのか。

 

「……」

 

 俺は宝箱に近づき、それを勢いよく蹴り上げた。

 

 けたたましくアラームが鳴り響き、モンスターが押し寄せてくる。

 

 あの日と同じように。

 

『待て! 開けるな!』

 

『トラップ!?』

 

『クリスタルが使えない!』

 

『やめろ!』

 

『うわぁっ!』

 

『テツオ! クソぉっ!』

 

『ダメだ! 俺の前で消えるな!』

 

『サチッ……!』

 

『俺が……』

 

『俺が助けんだよッ!』

 

 

 

 

 

人殺しのお前が、僕達に関わる資格なんてなかったんだ』

 

 ……

 ……

 ……

 

 気がつけば、俺はトラップエリアの入口前で蹲っていた。

 

 また意識が飛んだらしい。

 

 間違いなく攻撃は食らっただろうが、俺の体力はまるで減っていない。

 俺の防御力が高くなりすぎたのと、【戦闘時回復(バトルヒーリングスキル)】の効果で回復してしまったのだろう。

 

「はぁ……」

 

 ため息が零れる。

 たかが数字が上がっただけ。

 それだけで、俺は彼等を助けられたという現実が、俺を嘲笑う。

 

 俺が深く関わらなければ、彼等がここに来ることは無かっただろう。

 俺の余計な手出しが、思い上がりが、彼等を殺したのだ。

 

 ケイタは、俺に向かって何かを言ってから、目の前で飛び降りた。

 宙に投げ出された彼の体は、エリア外で粉々に砕け散った。

 

 ケイタが俺になんと言ったのか。

 靄がかかったように思い出せない。

 

 そうだ、最後の言葉を知る為にも俺は……。

 俺は。

 

「どうかしたんですか?」

 

 蹲る俺に、誰かが声をかけてくる。

 高いが、男の声だ。

 顔を上げるのも辛く、俺は蹲ったまま声を出した。

 

「仲間が……ここで死んだんです……」

 

「……そうですか、大変でしたね」

 

 男は、憐れむような、悲しむような声でそう言った。

 

「何も気の利いた事は言えませんが、良かったら話してください。気休め程度になればいいんですが」

 

 優しい声だった。

 普段ならこんなこと考えもしないが、この人になら話していいかもしれないと思った。

 

「……俺は…………待て、その声」

 

 ふと、声に聞き覚えがあると感じて顔を上げた。

 俺は顔をよく覚える方だ。その顔は、よく知ってる人間の顔だった。

 

「……ユーダ?」

 

 裏切り者の顔だった。

 

「え? どこかで会いまし──……ヨル?」

 

 向こうも俺を思い出したようで、みるみる顔色が悪くなっていく。

 あからさまに慌てだし、そして。

 

「ごっ、ごめん……!」

 

 逃げ出した。

 謝罪の言葉だけを残して。

 

「……待てよ」

 

 何故謝る。

 悪いと思ってるなら何故やった。

 

「……待て」

 

 お前はなんで。

 

「止まれよッ!」

 

 俺はユーダの方向へ駆け出した。

 レベルは俺の方が上らしく、ユーダの背中はどんどん近づいてくる。

 

 俺は後ろから飛びかかり、ユーダを押し倒す。

 うつ伏せに倒れたユーダを無理やり仰向けにし、拳を振り上げる。

 

「ひっ!」

 

「なんでだ……。なんで俺を裏切った!」

 

 途方もない怒りが湧いてくる。

 返答次第では、このまま頭を潰してしまいそうだ。

 

「だっ、だって……」

 

 震えた声で、ユーダは話し始めた。

 

「怖かったんだ……」

 

「……は?」

 

 その言葉は、予想もしていないものだった。

 

「慕ってくれて、頼ってくれて……。最初は嬉しかった。僕が誰かに頼られた事なんてなかったから……でも」

 

 ユーダの目から涙が流れる。

 

「もし、僕のミスでヨルが死んだりしたら……、僕のせいでヨルが死んだら……。その責任を負うのが怖かったんだ……」

 

 意味がわからない。

 それなら尚更。

 

「だから、だったらいっそ僕の見えないところで死んでくれた方がって……」

 

「……そんな……そんな理由で……? そんなことでお前は、俺を殺そうとしたのか!」

 

「待っ──」

 

 ユーダの言葉に怒りは頂点に達し、俺は感情のままに拳を振り下ろした。

 

「……え? あっ……」

 

 拳は地面を叩き、【破壊不能オブジェクト】、システム的不死の表示が浮かんだ。

 

「ふぅー……」

 

 息を大きく吐き、怒りを沈める。

 そして立ち上がり、ユーダの体を引き上げた。

 

「……悪かった」

 

「えっ?」

 

 俺はユーダに頭を下げた。

 

「プレッシャーになってることにも気づかず、あんな状況でお前を頼りすぎた。お前を責める権利は俺には無い」

 

 頭を上げ、踵を返して立ち去る。

 

「いっ、いいの……?」

 

「……あぁ、じゃあな。もう二度と会うことは無いよう祈ってるよ」

 

 そうして俺は迷宮区を出て、どこかへ向かって歩き出した。

 

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