キズモノ   作:野生のウルティメイト太郎

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※ 一部、不快な表現が含まれます。


第五話、泥の少年

 

 2008年 12月25日。風間(カザマ)という性と、夜叉(ヤシャ)という名を授かり、俺が生まれた日。

 

 俺は成長が早かった。

 それに気づいたのは五歳頃だった。

 周りよりふた回りほど体が大きかった。

 

 俺は力が強かった。

 それに気づいたのもだいたい同じくらいだった。

 与えられた玩具は、直ぐに壊れてしまった。

 

「……」

 

 俺に近寄る人間はいなかった。

 犯罪者の子供だと、人殺しの子供だと、鬼子だと、周りがヒソヒソと俺の事を話した。

 

 それが気に入らなかった。

 

 よく気に入らない奴と喧嘩して、殴った。

 

 気に入らない奴がいると、耐えられなくなる。

 いつか空腹に耐えかねて口にした泥の味がするからだ。

 まるで、喉の奥から溢れてくるようだった。

 

 

 

 双子の妹が居た。

 迦楼羅(カルラ)という名前だった。

 俺に、最初に与えられたものだった。

 

 俺がどれだけ突き放しても、「夜叉(にぃ)」と呼びながら健気に後ろに着いてくる女の子だった。

 俺と違って小さく、弱く、可憐で、優しい、病弱な妹だった。

 

 妹は、よく俺を止めた。

 人を傷付けてはいけないと。

 

 優しいから、誰かが傷付くのが嫌だから。

 或いは、俺を助けたかったのだろう。

 

 小さな手で、俺を止めた。

 

 

 

 父が居た。

 

 体が大きく、酒浸りでろくに働かない上に、俺をよく殴った。

 

 昔は将来を期待されたピアニストだったそうだが、手に怪我を負い、弾けなくなったらしい。

 それが原因で荒れ、犯罪を犯して捕まったこともあったそうだ。

 

 その男は、俺とよく似ていた。

 

 気に入らなかった。

 

 

 

 母が居た。

 

 一人で働き、俺達を庇ってよく殴られていた。

 

 庇うと言っても、最初の一発だけだったが。

 

 よく泣いていた。

 妹や俺が心配すると、もっと泣いた。

 

 気に入らなかった。

 

 母が好きなのは、クズな男を支え、病弱な娘を看病する可哀想な自分だとわかった時は、心底気に入らなかった。

 涙も、その為の演出に過ぎなかった。

 

 

 

 泥の味がした。

 

 幸せそうにしてる家族が気に入らなかった。

 

 泥の味が消えなかった。

 

 成功してる奴が気に入らなかった。

 

 いつからか、常に泥の味がするようになった。

 

 自分が世界で一番不幸だと思ってるような奴が気に入らなかった。

 自分の中に流れる血が気に入らなかった。

 人に暴力を振るう、父親と同じことをする自分が気に入らなかった。

 

 きっと、俺は生まれた時からそうだったんだ。

 

 全てのものが気に入らなくて、全てのものを壊したくて、俺はきっと、そういう生き物なんだろう。

 

 ただ唯一、妹だけは違った。

 妹だけは大事だと思えた。

 いつしか、護りたいと思うようになった。

 大切な妹だった。

 

 

 

 2018年 1月10日。妹が死んだ。

 

 病で、幼くして死んだ。

 

 護れなかった。

 俺は、あまりにも弱かった。

 

 泥の味がした。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 妹が死んで少し経った頃だった。

 

 公園で座っていたら、女が話しかけてきた。

 幸せそうな女だった。

 

 気に入らなかった。

 

 しかし、俺が拒絶しても彼女はなかなか離れなかった。

 しつこくついてきた。

 

 しばらくして、俺はいつの間にか、その女に少し心を許すようになっていた。

 

 女の名前は、アカネと言った。

 

 アカネは、俺に色々なことを教えてくれた。

 暖かい風呂に入れてくれた。

 美味しい食べ物を食べさせてくれた。

 楽しいゲームで遊ばせてくれた。

 

 泥の味は、しなくなっていた。

 

 

 

 俺はアカネに家がどこにあるのか聞かれて、教えたが、近づかないようにとも言った。

 

 ……教えるべきではなかったのだ。

 教えなければ、いや、そもそも俺が愚かにも心を許さなければ、あんなことにはならなかったはずだ。

 

 2018年 12月1日。その日は、とても寒かった。

 その日も、俺はアカネと会う約束をしていた。

 

 なにが癪に触ったのか、父が俺を殴った。

 その日は酷く殴られて、なかなか解放されなかった。

 母は泣くばかりで、助けてなどくれなかった。

 

 ようやく外に出れた時には、約束の時間から既にかなり経っていた。

 

 俺は公園に行ったが、既にそこにアカネは居なかった。

 仕方ないと思い、家に戻った。

 

 家に着くと、上機嫌な父の声が聞こえた。

 酒の臭いと、妙な生臭さ、そしてほのかに鉄の香りがして、俺が中に入ると……。

 

 ちょうど入れ違いになったのだろう。

 アカネが、家の中にいた。

 

 服が散乱し、涙を流し、絶望の表情をうかべるアカネ。

 そして────………………。

 

 ………………。

 

 何があったのかは、子供の俺にも理解できた。

 

 心臓が高鳴り、燃えるような熱を帯びた。

 

 あぁ、この男はどれほど堕ちれば気が済むのだろう。

 この女は、どうしてこれを止めもしないのだろう。

 

 屑だということは身に染みてわかっていたが、こいつらはどこまで、俺の人生の邪魔をするのだろう。

 

 ブチッ

 

 っと、どこからか致命的な何かが切れる音がして、腹の底から怒りが湧いた。

 

 俺は転がる酒瓶を手に取って、容赦なくそれを男の頭に振り下ろした。

 

 理解の追いつかない女の首に、割れて尖った酒瓶を突き刺した。

 

 呻き声を上げ、倒れ伏す男をアカネの上から退かし、馬乗りになって拳を振り下ろし続けた。

 

 肉を打つ音は、バキバキと骨の砕ける音に変わり、次第にぐちゃぐちゃと肉を潰す音に変わった。

 

 手が砕けても、振り下ろす拳は止まらなかった。

 

 気付けば部屋から酒の臭いが消えるほどに、錆びつきそうな鉄の臭いに似た濃い血の匂いで充満していた。

 

 耳を劈くサイレンの大きな音が鳴っているが、憎悪に満ちた俺の意識では、それすら聞こえなかった。

 

 誰かに強引に止められ、動けなくなるまで、俺は拳を振るい続けた。

 

 最後に、怯えるようなアカネの瞳と目が合って、俺の意識は途絶えた。

 

* * *

 

 人を殺すのが許されざる罪だと言うのなら、俺は産まれた時から咎人の血が流れていたのだ。

 

 産まれた時から、許されるべきではなかったのだ。

 

 これは罰だ。

 

 己の血に逆らわず、力で憎悪をねじ伏せた俺に対する罰。

 それがこの両腕だ。

 

 俺の砕け歪んだこの腕は、もし二度と大きな怪我を負えば、二度と動かなくなる腕となった。

 

 全てを忘れ、逃げようとした罰。

 それがあのおぞましい悪夢だったのだろう。

 

 義家族に迎え入れられ、理知を学び、料理を習い、空手という道を教わっても、それでも本質的に変われなかった俺への罰。

 それがこのSAOという世界への招待なのだろう。

 

 サチを見て、俺はサチと妹を重ねたのだろう。

 昔護れなかった己を許す為に、愚かにも他者と妹を重ね合わせ、護り、妹も護れた気になりたかったのだろう。

 

 その罰が、黒猫団の壊滅。

 俺が関わったせいで、彼等まで罰に巻き込まれた。

 

『人殺しのお前が、僕達に関わる資格なんてなかったんだ』

 

 ケイタが最後に話した言葉が今なら分かる。

 俺の過去を知り、不安に思いながらも受け入れてくれた彼を、俺は裏切った。

 

 償わなければ。

 たとえ許されなくても、償わなくては。

 でないと俺は……。

 

 俺は……。

 

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