キズモノ   作:野生のウルティメイト太郎

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第六話、魔獣が目覚めた日

 

 長い夢を見ていた。

 そうだ。俺はずっと眠っていたのだ。

 五年近くも、眠っていたのだ。

 

 夢も長くなるだろう。

 なかなか悪くない夢だった。

 

 しかし、いつまでも寝ている訳にはいかない。

 

 どれほど長い夜の夢でも、いつか必ず月は沈み、陽は昇る。

 夜は灼かれ、大地は照らされる。

 楽しい夢もいつかは終わる。

 

 だから、おやすみヨル。

 

 夢はもういい

 

* * *

 

 その男達は、蠍兄弟と呼ばれていた。

 

 文字通り息のあった連携で、数々の敵を葬ってきた。

 予め二人で決めた動きに番号を着け、それを覚えることでよりスムーズな連携を可能にしていた。

 お互いの位置を反対にする【裏合わせ】や攻撃のタイミングをずらす【歪合わせ】というバリエーションも用意することで敵を翻弄し、勝利してきた。

 

 彼等に狙われた人間は、不幸としか言いようがないだろう。

 

 いつも通り彼等は仕事を行っていた。

 標的はヨルというプレイヤー。

 攻略でも最前線で戦う有名なプレイヤーだ。

 

 しかしそれでも関係ない。

 彼等はいつも通り標的を観察し、最適のタイミングで襲いかかった。

 

 ヨルは疲労困憊、フィールドも森の中。

 完璧だった。

 ヨルは想像よりも強かったが、それでも戦闘は優位に進んでいた。

 

 だが、予想外のことが起きた。

 

(……なんだ? 倒れたぞ)

 

 そのヨルが、突然事切れたように倒れたのだ。

 このゲームでは死ねば体は残らないはずなので、実際に事切れた訳ではないだろうが、チャンスだ。

 

 しかし、あからさまなチャンスは逆に警戒される。

 蠍兄弟は攻撃を止め、少し距離を取った。

 

(……どう見ても意識を失っているが、念には念を入れておくか)

 

 二人が投擲用の短刀を投げ、反応を確かめる。

 ドスっと音が鳴り、ヨルのHPバーが減った。

 確実に命中したはずだが、ヨルからのアクションは何も無い。

 

「どうする兄者?」

 

 兄弟の片割れが指示を仰ぐ。

 

「……トドメを刺す」

 

 ヨルに何か企みがあるとしてもこのまま何もしなければ始まらないと考え、横たわるヨルに近付いて剣を振り下ろす。

 

「……。……?」

 

 ヨルが消えた。

 剣は何も無い地面を切り裂き、ただ少し耐久値が減っただけだった。

 

 トスッっと音が鳴り、蠍兄弟が驚きと共にそちらを向く。

 そこには、低い体勢で着地するヨルが居た。

 

(あの姿勢から跳躍したのか?)

 

 仰向けで眠って居たヨルは、どうやったのかその状態のまま飛び跳ねて剣を躱し、たった今着地と同時に立ち上がったのだろう。

 

「……」

 

 ヨルは何も言わず、不気味な雰囲気を纏いながらゆらゆらと歩く。

 近付くでもなく、遠ざかるでもなく、まるで様子を探るように。

 

(なんだ? この違和感は)

 

 蠍兄弟はそのヨルに妙な違和感を抱いていた。

 それはまるで間違い探しを見ている気分だった。

 何かが変わったことはわかるが、具体的にどこが変わっているのか中々気付けない。

 

(……足音が、消えた?)

 

 早々に、蠍兄弟の兄は答えに辿り着いたようだった。

 

 先程まで聞こえて居たはずのヨルの足音が、完全に聞こえなくなっている。

 

(だからなんだと言うんだ。俺達の優位には変わりない)

 

「ティン、一番の歪合わせで行く」

 

「わかった」

 

 そう言って、蠍兄弟は闇に紛れ、また同じように木の影を移動する。

 

(【戦闘時回復(バトルヒーリングスキル)】があっても、体力は削れてきている。次で仕留める)

 

 蠍兄弟はヨルの背後を狙って影から飛び出し、間合いに入る直前で二手に別れる。

 

 本人も気付かないような、瞬きの、文字通り一瞬で、

 

 ヨルの姿が再び消えた。

 

「!?」

 

 そして、先頭を走っていたティンの眼前に、獣のように歪んだ手の影が迫った。

 

「うおあっ!」

 

「ティン!」

 

 仮面をバラバラに切り裂かれ、顔にダメージを負ったティンが、よろけて倒れる。

 

(なに)で斬られた!?)

 

「ぐあっ!」

 

「兄者!」

 

 二人の連携が崩れた隙を見逃さず、ヨルは蠍兄弟の兄に向かって追撃する。

 ヨルの貫手が、腹部を貫いていた。

 

「よくも!」

 

 復帰したティンがヨルに襲いかかる。

 しかし、蠍兄弟一人の実力は過労で倒れそうなヨルにも劣る。

 

「ぐあっ」

 

 ましてや、今のヨルでは相手にすらならないだろう。

 

(どこから攻撃を食らった!? 見えなかった、何が起きた)

 

 ヨルが右拳を振りかぶる。

 

(大丈夫だ、冷静になれ。速いとわかっていれば見切れない速度じゃ──)

 

「……?」

 

 気が付けば、ティンは倒れていた。

 

(なんだ? 右の拳を食らったのか……?)

 

 ヨルがティンの頭を蹴り飛ばそうとするが、かろうじて回避し、立て直す。

 走って背後を取ろうとするヨルをティンは体ごと視線を動かして追った。

 しかし……。

 

(消えた!?)

 

 そう認識した次の瞬間、ティンは下からの蹴りで顎を打ち抜かれた。

 すかさず立ち上がり追撃しようとするヨルの左開手を防ごうと、ティンは構える。

 だが、またしても気付かぬ間に攻撃を食らい、大きくよろめく。

 

(何故だ!? 何故見切れない!)

 

 ティンが来ると思った攻撃。

 それとは全く別の方向から突然襲い掛かる衝撃。

 虚を突く攻撃は、実際の威力以上のダメージをティンに与えていた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息を切らす程の疲弊。

 死が間近に迫っていることを感じ、ティンは今までにない緊張を感じていた。

 

 見えない攻撃の正体。

 それは死角。

 

 人の死角というのは、本人が思っているよりずっと広い。

 実際に見えている範囲というのは、意外な程狭い。

 

 ヨルは、その死角を完全に把握していた。

 人それぞれ差異のある死角を、鍛錬によるモノではなく本能的に理解していた。

 まるで、肉食動物が教わらずとも狩りの仕方を知っているように。

 

 死角からの攻撃など、ありふれた戦い方の一つだが、ここまで出来るのはヨルを置いて他に居ないだろう。

 

 

 

 異端。

 

 タツは、ヨルのその強さを指して『生まれついての戦闘特化、戦うことを前提に産まれた生き物』と評したことがある。

 

 しかし、それは誤りである。

 

 生まれついての殺戮形態、殺すことを前提に産まれた怪物。

 

 剥き身の刃。

 

 殺意が命を成して歩いているような存在。

 

 それが、現代に産まれた……産まれるべきではなかった魔獣、ヨル。

 否、風間 夜叉という存在である。

 

「ッ!」

 

 ティンの胸が大きく斬り裂かれ、剣がバラバラに切断される。

 

(今のは、爪!? いや、指か!)

 

 ティンの仮面を裂き、そして胸に刻まれた五本のダメージエフェクトを斬り開いた正体。

 それはヨルの五指であった。

 

 加速により五指は獣の爪と化し、あらゆる物を斬り裂く。正確に言えば、削り取るのだ。

 

「シャッ!」

 

 回復した蠍兄弟の兄が、ヨルに不意打ちを仕掛ける。

 しかしヨルは容易に躱し、貫手を打った。

 

「がっ!」

 

 咄嗟の防御ごと右肩を貫き、二人の武器を破壊する。

 HPも残り数ドット。疲弊と緊張で跪き倒れる蠍兄弟と、それを見下すヨル。

 

 どちらの勝利かは、言うまでもなく明白だった。

 

「……なぁ」

 

 一度の気絶を挟んで以来全く喋らなかったヨルが口を開く。

 

「どうしてこんなことしてるんだろうな……。茅場は、なんの得があってこんなことしてるんだ?」

 

 いつか、妹と同じように想った少女が言った質問と、同じことを聞いた。

 

 それに対し誰が答えるでもなく、ヨルは続けた。

 

「多分、意味なんて無いんだろうな。意味を考えるのは、ずっと先の、もしかしたら十年後、百年後の人達かもしれない。俺はもう考えるのも面倒だ……、だから」

 

 ヨルは一呼吸置き、もう一度口を開いた。

 

「今はただお前達を殺す。敵を殺して殺して殺して……そうだな、泥の味が消えるまでそうするんだろうな……」

 

 その言葉を聞いて蠍兄弟は恐怖したが、逃げようとはしなかった。

 無駄だとわかっているからだ。

 

「……なぁ、お前ら、チョコレートの味を知ってるか? 俺は知らない。泥の味以外知らないし、思い出せない

 きっと、産まれた時から何も変わっていないんだ俺は」

 

 支離滅裂、答えられるはずもない。

 ただ一人で、疲れた声で、ヨルは話し続ける。

 

「お前らはどうなんだ? ラフコフ」

 

 そう言いながら、ティンに向かって、ゆっくりと手を伸ばす。

 ティンが諦めて目を閉じたその時、兄が言葉を発した。

 

「見逃してくれ」

 

「……なんで?」

 

 ヨルが聞く。

 その声は、凍えそうなほど冷たかった。

 

「依頼人について話す。前金も渡す。牢獄にも入ろう。だから、見逃してほしい」

 

「……」

 

 しばらくの沈黙の後、ヨルは静かに頷いた。

 

「依頼人は、【楽園維持委員会】だ。知っているだろう?」

 

「なに?」

 

 【楽園維持委員会】。

 第二十五層で【アインクラッド解放隊】が壊滅した後、急激に勢力を伸ばして行った攻略組だ。

 ヨルも、何度か共に攻略に挑んだことがあった。

 

「……目的は?」

 

「詳しくは聞いて無いが、おそらく本命はタツだろう。お前も狙ったのはヤツの援護にお前が行くことを恐れたのか、報復を恐れたのかのどちらかだろう」

 

 ヨルは少し考え、ため息をこぼして歩き始めた。

 

「……いいのか?」

 

 ティンが離れていくヨルに向かってそう聞いた。

 ヨルは足を止めずに答えた。

 

「どうでもいい……お前らがもう敵じゃないならどうでもいい……」

 

 疲れきった、小さな声だった。

 

「……どうする? 兄者」

 

「……監獄行くぞ。それが一番安全そうだ」

 

 蠍兄弟も立ち上がり、歩き出した。

 

 誰もいなくなった昏い森の中で、不気味なモンスターの声が木霊した。

 

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