キズモノ   作:野生のウルティメイト太郎

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第七話、龍虎相搏 其の一

 

 2023年 12月23日。クリスマスイブ前日。

 第四十九層、【ミュージエン】。

 

 雪が降り、街を白く染め上げる。

 大きな杉の木に付けられた飾り付けの明かりが、降る雪と白い街を照らし、キラキラと輝いていた。

 

「綺麗だね」

 

「……はい」

 

 ジンとコマが、横並びで木を見上げる。

 辺りを見渡せば、同じように男女が共に歩き、談笑していた。

 

「ごめんね、本当は四人で来る約束だったのに」

 

「……ジンさんが謝る必要ありますか?」

 

 今から約一年前、クリスマスになったらまたみんなで楽しく遊ぼうとジン、コマ、タツ、ヨルの四人で約束していた。

 しかし、紆余曲折を経て集まったのはジンとコマだけである。

 

 街の明るい雰囲気とは裏腹に、重たい空気が二人を沈める。

 

「……ヨルさんのこと、気になりますか?」

 

「え?」

 

 コマが景色を眺めながら、不意に話した。

 

「今日ですよね? 蘇生アイテムがドロップするって噂のクエスト」

 

「……まぁ、うん。でもどこに居るかも分からないし」

 

 その返しを予想していたかのようにコマは素早くメニュー画面を操作し、ジンにメッセージを送る。

 

「これは……?」

 

 送られてきたメッセージの内容は、ヨルの目的地、ボスが出現すると思われるエリアへの行き方だった。

 しかも、ご丁寧にヨルの移動予測まで書かれている。

 

「情報屋のアルゴさんから買った情報です」

 

 アルゴ。鼠の異名を持つ女性プレイヤーであり、良くも悪くも最も有名な情報屋だ。

 というのも、彼女の売る情報は値が張るのだ。その上金さえ払えば人の個人情報すら容赦なく売るので、恨みを買いやすい。

 まぁ提供する情報も値段に見合うだけの価値はあるし、基本確定した情報しか売らない等の信念もあるので、信頼は出来ずとも信用は出来る。

 

 ジン達も何度かお世話になっており、だからこそ心配だった。

 

「それ高かったんじゃ……」

 

 やはり値段だ。

 自分は何も出来なかったと言うのに、コマは高い金を自費で払ってまでヨルの動向を探っていたと思うと、ジンの胸がキツく絞められた。

 

「いえ、確定していない情報だからと特別安くしてくれましたよ」

 

 確かにメッセージをよく読めばイベントボスがここに出ると決定づける情報は出ていないし、ヨルの行動だってあくまで予測で、外れてもおかしくは無い。

 

 しかし、アルゴはそんな情報なら安いとか以前に売らない人だと思っていたジンは、少し驚いた表情の後、微笑んだ。

 

「あの人、俺が思ってるよりずっといい人かもしれないな」

 

 ジンはメッセージの文字列をなぞる視線を何度も往復させる。

 

(この情報を信じて全力で動けば、時間的にどこかで必ず鉢合わせになるはず。そこでヨルを説得出来れば……)

 

 そこまで考えた時点で、ジンの思考を別の問題が邪魔をする。

 

「口出ししないって約束しちゃったけど、いいのかな……」

 

「……」

 

 今更気にする問題でも無いように思えるが、ジンからすれば大きな問題であった。

「もし、ヨルを説得できなかったら」

「もし、ヨルを死なせてしまったら」

 そんな恐怖が、ジンの頭から消えない。

 

 決闘に敗れ、結ばれた約束は、その恐怖に言い訳としてしがみついている。

 

 ジンは、誠実であることと臆病であることを履き違えたような自身の心に嫌気が差した。

 

「いいんじゃないですか? 約束なんて」

 

 それは、大人しい性格をしたコマからは想像もつかない言葉であった。

 

「え?」

 

 それを聞いたジンも信じられず、呆けた声で聞き返した。

 

「だって、集まろうと言った約束を先に破ったのはあちらでしょう? だから、約束なんていいじゃないですか」

 

「……確かに」

 

 言い訳の言い訳、「あいつが先にやったから」という子供の屁理屈のようなものだが、ジンの心の蟠りを解消するには下手に難しく言うより余程上手く行った。

 

「よし、俺行ってくる。コマさんは?」

 

「私は……もう少しこの景色を見ておきます」

 

 ジンはそれを聞いて少し意外そうな顔をしながらも、「わかった」と呟き装備を戦闘用に着替える。

 

「じゃ、次会う時はヨルと一緒だから、ゆっくり待ってて」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

 その言葉に背中を押されるように、ジンは駆け出した。

 

 その背中が消えて見えなくなるまでコマはジッと見つめ、そして一人呟いた。

 

「やっぱり、私にあの人の代わりは無理だな……」

 

 一人夜景を眺めるコマを慰めるように、冷たい風が降る雪を巻き上げその体を包んだ。

 

 * * *

 

 浮遊城に降らぬはずの雪が、大地と木々を白く染め上げている。

 染まった森を、一人の獣が歩んでいた。

 

 その森は三十五層に存在する【迷いの森】、下手に動けば抜け出せなくなる恐怖のエリア。

 しかしその獣は、一切の躊躇いなく前へ進んでいた。

 

 その目には、おぞましい感情が渦巻いていた。

 深く重い絶望が薄い膜となってその瞳から光を鎖している。

 

「……」

 

 不意に、獣が歩みを止めた。

 何かを感じとり、後ろを振り向く。

 

「やっぱり来たか、やっぱりな……」

 

 獣の呟きと共に現れたのは、一人の男だった。

 それは、純白の騎士だった。

 

「久しぶり……って程でも無いか、タツは大丈夫だったか? ジン」

 

「ヨル……」

 

 ジンとヨル。

 友人同士が出会ったと言うのに、空気感は最悪という他ない。

 

 ジンはその重たい空気に気圧されそうになるが、瞼を閉じ、息を大きく吸い込んで心を落ち着かせた後、ゆっくりと開き言葉を発した。

 

「飯食いに行こうぜ」

 

「は?」

 

 ジンが発した予想外の言葉に、ヨルは固まってしまった。

 明らかに状況にそぐわない、まるで放課後の会話のような。

 

「憧れだったんだよ、男友達とご飯食べに行くの。友達居なかったからさ」

 

 ヨルを無視して言葉を続ける。

 

「上っ面だけならいくらでも取り繕える。俺が本当に友達だって思えたの、お前とコマさんくらいなんだよ。だからさ、頼むよ。飯、食いに行こうぜ」

 

「……ハハ」

 

 ヨルはそれを聞いて乾いた笑い声を上げた後、深くため息をついた。

 そして酷く疲れた視線をゆっくりとジンに向けた数秒後。

 

「っ!」

 

 ヨルの直突きがジンを襲った。

 ジンはそれを躱し、武器を構える。

 

「友達? 俺がか? 暴力でねじ伏せる事しか知らない男によく言えるな」

 

 嘲笑的にそう言うヨルに、ジンは決して笑わず真剣な瞳で言葉を返した。

 

「あぁ、お前がなんと言おうと、俺とお前は友達だ。一緒に死線を潜り抜けてきた戦友だよ」

 

 それを聞き、ヨルが大きなため息をこぼす。

 

「じゃあ……、友達だってんなら、このまま黙って行かせてくれよ」

 

「友達だからこそ、死にに行かせるような真似は出来ないな」

 

 互いの友情論をぶつけても、自体がなにか動くことはなかった。

 ヨルに退()く気は一切無く、ジンも退()く気は全く無かった。

 

「お前が協力してくれって言うんなら、俺は喜んで協力するんだがな」

 

「それじゃあ、意味が無いんだよ……」

 

 ヨルはそう言いながら拳をもう一度構えた瞬間──

 

「!?」

 

 ヨルの拳よりも速く、ジンの突きがヨルの体を打ち抜いた。

 

 ガキンッ

 

 と剣で人を突いたとは思えないような、硬い物がぶつかり合うような音が鳴り、ヨルの体が後ろに飛ぶ。

 

「フゥ──」

 

【威武氣】。

 効果時間は一秒程度かつ発動中は動けないが、腕をクロスさせることで自身の防御力を飛躍的に上昇させる防御用の体術ソードスキルである。

 これによりヨルはダメージを最小限に抑えた。

 

 しかし、状況とは裏腹にヨルは冷や汗を流した。

 

「確かに、お前の言った通りだったよ」

 

 ジンは左手の盾を前に、右手の剣を構える。

 

「何の話だ?」

 

 ヨルはジンがなんのことを言っているのか、ピンと来ていない様子だった。

 

「『お前は対人戦で動きが鈍る』。お前、前にそう言ったろ? 確かに俺は対人戦じゃ弱かった、それは覚悟がなかったからだ。人を傷付ける覚悟がな」

 

「……」

 

 それを聞き、ヨルは表情を変え、低く構える。

 

「人を傷付けないことが優しさだと信じてきた。でも、時と場合があるよな」

 

 自嘲気味に、ジンは言葉を続ける。

 

「失わない為に、時には傷付ける覚悟が必要だったんだ。……俺は、もう誰も失いたくない。その為に……」

 

 そして自嘲気味だったその声は一切の揺らぎを感じさせない冷たさを帯び、ヨルとしっかり向き合った。

 

「お前をぶちのめす」

 

「そうか、やってみろ」

 

 その言葉を合図に、互いが相手に向かって走り出した。

 距離は瞬く間に縮まり、間合いで勝るジンが先手を取る。

 

(拳の間合いは短い、近付かせねぇぞ)

 

 ジンが走る勢いを殺さず突きを放ち、ヨルは左腕を上げの防具で往なす。

 

 ギリギリと音を鳴らし、ヨルは腰を落としてジンとの間合いを詰める。

 

「ッ!」

 

 驚く程にあっさりと、ヨルは自身の間合いまで近付いてしまった。

 あっさりと感じる程に、ヨルの動きは凄まじいものだった。

 

 重要なのは脚。

 戦いにおいて、脚の配置や動きは勝敗を分ける大きな要因の一つである。

 

 ヨルはこの脚の使い方が上手かった。

 膝を曲げ距離を詰めると同時にその膝をジンの右脚の内側に置き、少し広げた。

 ちょっとした邪魔のようなものだが、実戦ではこのようなちょっとしたことがが致命的な隙に繋がる。

 

「じぇりあぁ!」

 

 その隙に打ち込んだ技は、三上流実戦空手、【破砕拳】。

 ヨルが義祖父に教わった空手の一の奥義。

 強く踏み込んだ強力無比の正拳突き。

 その破壊力は、ソードスキルの一撃に匹敵する。

 

「くっ!」

 

 二人の間に咄嗟に盾を挟み、ヨルの渾身の拳打を防ぐ。

 それでもジンの体は大きく仰け反り、体勢を崩される。

 

(重い! 当然だ、ヨルは無茶なレベリングで確実にレベルが上がってるはずだ。同じ攻略組でも既に俺達のレベル差はそれなりに開いてるか)

 

「フ……!」

 

 好機と見たヨルは少し離れた距離を一瞬で拳の間合いに戻し、順突きを打つ。

 体勢を整える前にわざと盾で受けさせ、反撃を抑えたまま今度は逆突きをもう一度盾に打つ。

 

 三度の拳打でジンの意識が上半身に寄ったのを確認し、ヨルは下段蹴りを放った。

 

「ぐぅッ!」

 

 その蹴りはダメージを与える為の攻撃では無く、ジンの膝に衝撃を与え更に体勢を事が崩す目的だった。

 

 つまり、本命はこの次。

 

 よろめいたジンにヨルが満を持して放った攻撃は、【カラミティスタブ】。

 ヨルが命名した、鋭い貫手である

 チンケな名前と地味な攻撃ではあるが、その破壊力は──

 

「ッ!」

 

 ジンの盾と鎧を貫き、ダメージを与える。

 

(浅いか、流石に最前線で盾を持つ男は防御が硬いな)

 

 ヨルが突き刺した腕を引き抜こうとした瞬間、ジンは盾を手放し、思い切り地面に突き立てた。

 腕に力を込めれば簡単に引き抜ける程度の拘束だが、二人の間合いでは十分に機能する。

 

 ジンは片手剣を横に薙ぎ、攻撃するもヨルは身を回し避けながら盾を抜いた。

 

(簡単に躱すなよ!)

 

 咄嗟の反撃をあっさりと防がれてショックを受けるジンに向かって、ヨルは貫いた盾を投げつける。

 

 ジンは投げられた盾を手で弾こうとするが、寸前でポリゴン片となって輝き消えた。

 

(オブジェクトの消失反応を目眩しに──)

 

 ジンが何が起きたか理解するとほぼ同時に、顔面に拳が沈む。

 ジンの体は後ろに転がり、そのまま倒れた。

 

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