三度ヨルに先手を取らせまいと、今度はジンからヨルに向かった。
対してヨルは、思惑とは裏腹にがっしりと構えたまま動かなかった。
(まずは抵抗手段を無くす)
ヨルはジンの攻撃を防ぎ、躱し、往なす。
防御に集中したヨルに、ジンの攻撃が届くことは無かった。
(まだだ……まだ)
ジンの連撃から身を守りながら、その動きを集中して観察する。
そして、ジンが右上から剣を振り下ろそうとしたその時
(ここだ!)
ヨルの蹴りが、ジンの手から剣を弾いた。
剣を振る速度を出すには、どこかのタイミングで必ず脱力する必要がある。
その瞬間を見抜き蹴る、正に神業と言えるだろう。
「フッ──!」
ヨルの蹴りがジンの腹部を打ち抜く。
「ぐはっ」
ジンの体は大きく吹き飛び、転がった。
チャンスだが、しかしヨルは追撃には行かなかった。
「……チッ、嫌なことしやがる」
ヨルの足裏に、投擲用の短剣が突き刺さっていた。
ジンは、咄嗟に蹴りと自身の体の間に、左手で短剣を挟んでいたのだ。
ダメージは大きくないが、しかし刺さったままでは走ることは出来ない。
ジンは右腰に差された剣を左手で引き抜き、逆に構える。
足に突き刺さった短剣を抜き、今度はヨルから攻める。
(利き手には持ち替えさせない。左手の剣でどこまで凌げる?)
利き手とそうでない手での戦力差はかなり大きい。
ヨルはジンが左手で剣を握っている隙を見逃さず、順突きを放つ。
「はぁっ!」
「!」
順突きを避けたジンが左手で剣を振る。
そのキレは、右手と何ら変わりはなかった。
(こいつ、両利きか!)
まんまと虚を突かれたヨルは対応が後手に回り、先程と比べて明らかに防御に雑味が生まれた。
ジンの剣がヨルの体を掠め、無数のダメージエフェクトを刻む。
「チィッ」
ヨルは仕切り直すために何とか蹴りを放ち、ジンは大袈裟にそれを躱すと地面に突き刺さった自身の剣を手に取った。
両手に剣を握りしめたジンはよく踏み込んで前方に跳んだ。
(速い!)
その速度に驚きつつも、構え直したヨルは落ち着いて次の攻撃に備えた。
そして剣の間合いに入る少し手前で、ジンは両手の剣の柄頭同士を激しくぶつけた。
小さな火花を散らすと、剣の柄同士は連結し、双刃剣へと姿を変えた。
「なに!?」
予想だにしない現象に、ヨルはまたしても驚かされた。
結果右下から来る刃への対応がほんの僅かに遅れ、胸を掠める。
続けて左上から振り下ろされた剣は何とか防ぐも、変わったジンの攻撃パターンへの対応に戸惑いを見せた。
(危なっ)
「クソッ」
ヨルの左脚をジンの刃が深く切り込んだ。
少し後ろに下がることで事なきを得たが、もう少し遅ければヨルは脚を斬り落とされていただろう。
(双刃剣での攻撃にも慣れてきた、これなら)
ヨルはジンの連撃を左手で受け止め、剣の連結部を強く掴んだ。
(捕らえた。これで)
剣を掴んだまま拳を引き絞り、正拳突きの構えを取る。
二度目の【破砕拳】。
ジンの動きを止め、今度は受け流すことすら許さない。
決着。
その言葉がヨルの脳裏に流れた。
「っ!」
突如、ヨルの柄を握る力が空回った。
前を見れば、ジンの武器が最初に戦っていた片手剣に変わっていた。
【クイック・チェンジ】。
簡単な操作で武器を即座に変える片手武器スキル。
ジンは先程の連結剣を消し、別の武器を持つことでヨルの拘束を解いたのだ。
(しまった!)
ヨルは防御姿勢を取るも間に合わず、右肩を剣に貫かれた。
よろめき、大きく隙を作る。
その隙にジンはメニューウィンドウを素早く操作し、両手剣を装備した。
そして満を持して発動されるソードスキル。
【バックラッシュ】。
回転し、輝く刃を水平に振る。
狙いは当然脚。
(受け流す? いや、間に合わな──)
「うおぉ!」
両手剣の刃が、ヨルの左脚に沈む。
完全に入り切る前にヨルは腕をクロスさせ、【威武氣】を発動させる。
しかし元々ヨルは軽装で防御が薄い。
如何に防御力を上げようとも、両手剣が相手では大ダメージは必至。
(斬れろ斬れろ斬れろ!)
「ぐおぉっ!」
光を纏う刃は、見事ヨルの脚を切断する。
……筈であった。
「くっそ!」
しかし、ヨルの鍛え抜かれた太脚を切断するには、あと僅かに足りなかった。
もし、ヨルが稀有な才能を有した屈強な肉体を持っていなければ。
もし、ジンの両手剣スキル熟練度がもう少し高かったら。
もし、二人のレベル差がもうほんの少し狭ければ。
勝利は今頃、ジンの手に握られていたことだろう。
「ハァッ!」
「ぐっ!」
【威武氣】のスキル硬直は、【バックラッシュ】と比べて短い。
先に硬直から解除されたヨルの貫手がジンの左肩に突き刺さり、その手を振り下ろすことで腕を斬り落とした。
落ちる左腕に引かれ、ジンの両手剣が地に落ちる。
今度こそ決着だろう。
お互い満身創痍の中、ヨルはそう考え、ジンに背を向けた。
突然、ヨルの背後からメニューウィンドウを操作する音が聞こえ、それと同時に全身に悪寒が走った。
反射的に防御姿勢を取りながら振り向くと、ジンが片手剣を振り上げ、ヨルを狙っていた。
「うっ!」
何とか防御するも、素手での防御の為多少のダメージを負った。
「たかが片腕一本で、もう勝ったつもりかよ」
ヨルはジンを殺す事に躊躇いはなくとも、殺さずに済むならそれでいいと思っていた。
口では否定し、今敵対こそしているが、ジンは間違いなく彼の友人であるためだ。
しかし、その考えは通用しないとヨルは思い知らされた。
(こいつは、こいつの覚悟は、殺さない限り止まらない)
ジンは手に持った剣を右腰に差さった剣の柄頭とぶつけ、連結させると器用に抜剣した。
片腕で双刃剣を構え、ヨルを睨む。
「たかがと言ったが、その状態で俺に勝てるつもりか?」
ヨルの言葉は正しかった。
いくらジンが強くとも、片腕でヨルに勝てるわけが無い。
勝敗は目に見えている。
「ジン……せめて一撃で──」
ガクッと、ヨルの膝が落ちた。
「……?」
ヨルが自分の脚を見ると、震えて力が上手く入らなくなっていた。
(限界だ!)
仮想の肉体は、疲れて動きを止めることも、傷で動きを止めることもない。
”本来ならば”。
ヨルは既に半年以上不眠で戦い続けている。
その結果脳はとうに限界を迎え、一時は戦闘中に何度も気絶していた。
そんな危険信号すら無視して行動し続けた結果、ヨルの脳は仮想の肉体を動かすことすらままならなくなったのだ。
「うおおぉぉ!」
「チッ!」
期せずして訪れた最大の好機。
ここ逃せばもう勝つことは出来ない。
ジンはそう判断し、ガムシャラに突っ込んだ。
ヨルは何とか転んで攻撃を回避し、片膝を着いたまま構える。
ジンの前に降り注がれた第四の勝利条件。
それは疲弊。
最も現実的では無い勝利条件だが、今のヨルにはそれが通用する。
体力を完全に削りきれば、ヨルは少なくとも数分は動けなくなる。
その為に、勝つ為に、ジンは攻撃を続ける。
ヨルは自身の脚を叩き、強引に立つ。
震える体でジンの攻撃を回避し、拳を打つ。
ジンの残り少ない体力では攻撃を無闇に食らえない。
何とか避けながら双刃剣を上手く扱う。
ここに来て、一進一退の攻防が繰り広げられる。
(追い詰めた! ここを逃す訳には行かない!)
(ふざけるな! 今更こんなことで!)
ジンの刺突を回避し、ヨルが上段蹴りを放つ。
ジンのHPバーが削れ、とうとう危険域に突入した。
ヨルが振り上げた脚を戻そうとすると、何かに止められた。
「ゔゔぅ」
ジンがヨルの脚に噛みつき、歯を突き立てて離さない。
そして無茶な体勢のまま剣を振るい、ヨルを狙う。
ヨルは強引に動き、剣を躱す。
ブチィと嫌な音が鳴り、ジンがヨルの肉片とちぎれた装備を吐き捨てる。
「ゼ─ッ……ゼ─ッ……」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息を大きく切らし、二人の動きがピタリと止まった。
限界。その言葉が何度も頭をよぎる。
もう無理だ。もう休みたい。
そんな体の悲鳴を掻き消すように、ヨルが奥歯を噛み締め、口を開いた。
「なんなんだよお前……もう放っておけよ。これ以上俺に構ってお前になんの得があるんだよ!」
ヨルの、心からの叫びだった。
その叫びには、理解できないものに対するような、恐怖が混じっていた。
「仲間が……友達が死ぬかもしれないのに放っておけるわけないだろ」
ジンのその返答に、ヨルは間髪入れず捲し立てた。
「俺はお前を殺そうとしてんだぞ!? そんなヤツが友達!? バカかよ!」
殺意を向けられた相手に”友達”などと、確かに正気では無い。
尋常ではない精神性でなければ、ヨルに対する恐怖で二度と関わろうとはしないだろう。
「でも、俺はまだ生きている」
ヨルは「そういう話じゃねぇだろ」と言いたげにジンを睨む。
その目を睨み返し、ジンは髪をかき上げる。
「安心して向かってこいよ。俺はこんな所で死なないし、死なせない」
ヨルを相手に、その言葉を力無き者が言えば、ただ無理をしてるだけに聞こえただろう。
だが
「俺は、”強い”からな」
ジンは息を切らしながらも、言葉が無理に聞こえぬほど余裕の笑みを浮かべる。
(仲間を死なせて、死にに行くお前は弱い。とでも言いたいのか? ふざけるな……)
反面、ヨルの顔からは元々なかった余裕がどんどん消え失せて行き、多くの感情で顔を歪める。
「その顔やめろ! イカレ野郎!」
「やめさせてみろよ! この大馬鹿!」
同時に感情を爆発させると共に相手の方へ駆け出し、決着の一撃を放つ為思考を逡巡させる。
破砕拳
空輪 順突き
前蹴り
頭突き
貫手 猿臂
閃打
可能性を削り、最善手を探る。
突き
バーチカル
ホリゾンタル
スラント
逆手斬り 蹴り
タックル
レイジスパイク
お互い極限状態。だからこそその思考は早かった。
間合いの衝突まで残り〇・四秒。
二人が次の手を決め、行動に移そうとした瞬間──。
「!」
「なんだ……」
大きな光が現れ、互いに動きを止める。
そして光と共に現れたのは、武装した大勢のプレイヤーであった。
その集団に、ヨルもジンも見覚えがあった。
「……聖竜連合」