【聖竜連合】。
それは、【血盟騎士団】と並ぶ主要の攻略ギルドである。
血盟騎士団が”最強”の攻略組だとすれば、聖竜連合は”最大”。
少数精鋭で構成された血盟騎士団とは違い、数多くのメンバーを揃え、攻略にあたっている。
そしてその数を利用して、効率のいい狩場を独占しているという黒い噂もよく聞く集団である。
そんな連中が、弱りに弱った二人の前に現れてしまった。
「あれ? 先客じゃん。だるいなぁ……」
「あはっ! でもやり合って弱ってるみたい! しかもどうやら見た顔だなぁ。どうする? 漁夫る? レアアイテムとか持ってるかもよ」
「うっせぇよ、お前ら」
先頭の列に並ぶ三人が、ジンとヨルの姿を見て騒ぎ立てる。
(どうする……、見逃して貰えるならさっさと逃げるが、もし襲ってきたら……今の俺達で逃げ切れるか……?)
三人を始め、好戦的な様子を見せる聖竜連合を見たジンが思考を巡らせる。
いくつかの打開案を考えながら、どれが一番穏便に事を進められるか慎重に選ぶ。
そして、あと一秒もあれば結論を出すというタイミングで、自身の横から聞こえた拳を握りしめる音に全てを白紙に戻された。
(まさかヨル、戦うつもりか?)
ヨルの瞳が、殺意に塗りつぶされていく。
殺す為にしか本気を出せない獣が、障害となりうる存在を睨みつけている。
「よせヨル」
ジンがヨルの体を手で制止する。
(今のヨルがあの数と戦ったら確実に殺される。それだけじゃない、あの場の、最低でも二人は道連れにして死ぬ。考えうる限り最悪の展開だ、これだけは避けないと)
今度はヨルを止める為に思考を巡らせる。
ヨルを説得する事は諦め、聖竜連合に装備やアイテムを差し出し、命乞いをすることも考えた。
ジンにとって人死を出すよりは、自身のプライドを殺した方がまだマシだと思えた。
(……やるしかない、やるんだ。誰も死なせないために、生きている俺が)
ジンがそう決意し、膝を着こうとした時、積もった雪が大きく巻き上がった。
何か、とてつもなく速い何かがジンとヨルの前に現れたようだ。
「次から次へと……なんだ」
ヨルが驚きと不機嫌そうな声を上げ、何が来たのか確認する。
聖竜連合のメンバーも新たな乱入者が誰なのか分からないようで、ざわざわと騒ぎ出した。
ただ一人、この状況で、何が起こったのか理解していたのは、ジンだけだった。
雪が晴れ、それは姿を現した。
それは、黒い騎士だった。
暗く穢れた槍を優しく握り、その刃先を誰に向けるでもなく佇む騎士だった。
「す、煤の魔女」
聖竜連合の誰かが呟いた。
(女……誰だ? いや、最前線で見たことがある。話したことは無いはずだが、しかしこの気配どこかで……)
「コマさん、どうしてここに?」
「なに?」
ジンが呼んだ名に、ヨルが思わず聞き返す。
黒の甲冑に身を包んだ彼女の姿は、ヨルのイメージするコマとはかけ離れていた。
(だが……、この気配は確かにコマだ)
「……行ってください。ここは私が」
兜の内で籠った声が、ジンとヨルを急かす。
「わかった、でも危なくなったらすぐに逃げてね」
「!」
ジンのその返答は、ヨルから見れば意外な答えだった。
彼はきっと一人で残ることに反対するだろうと、そう思っていた。
しかし、ジンはコマにその場を任せ、ヨルを連れ逃げ出した。
ジンはコマを信用し、信頼していたのだ。
その強さと精神を。
コマならあの場の誰も殺さず、自分も殺されず、場を収めることが出来るだろうと。
「ご武運を」
「コマさんもね」
コマは二人を背中で見送り、聖竜連合と対峙する。
(私にはあの人の代わりはできない。でも、私なりにできることだってある)
「おいおい瀕死のトッププレイヤーだぜ? 逃がすと思ってんのか?」
聖竜連合の一人が前に足を踏み出したと同時に、コマが足元を槍で薙ぐ。
積もる雪に一本の線が引かれる。
その線が何を表しているのか、説明は無くとも直感で理解は可能だった。
大きく息を吸い、槍を構える。
「大変申し訳ございませんが、ここから先は通行止めです」
* * *
ジンVSヨル。
互角の実力を持ちながら、互いに別々の理由で本気を、全力を出し切れなかった二人の戦いは、最終的に邪魔が入り遂に決着はつかなかった。
邪魔が入らなくても結果は相打ちだったかもしれない。
しかしそれでも決着はついたのだ。
ジンはヨルを止めることが出来ず、ヨルはジンを諦めさせることは出来なかった。
今更もう一度戦うつもりにはなれず、決着つかずの戦いは、両者の胸に強い虚無感のみを刻んだ。
「ぐっ」
ヨルが膝を着いた。
倒れ、息を切らし、体を震わせた。
当然だろう。
本来なら、半年間寝ずに活動をするなど出来ないし、出来たとしてもやってはいけないことだ。
肉体的苦痛は当然、精神的苦痛も計り知れない。
そんな状態では、先の戦いで脚が動かなくなったのと同じように、体に不具合が起きても何もおかしくは無い。
ヨルは今、『やりたい動き』と『できる動き』に、大きな乖離があった。
(クソッ、体が邪魔だ……)
「……」
ジンはそれを見て、回復ポーションを飲み左腕を回復した後、ヨルの腕を掴んで肩を組んだ。
「ッ、おい、やめろ」
「ヤダね、お前放っておいたら一人でボスに挑んじゃいそうだし、かと言って今オレンジだから転移結晶で街入れないし、一先ずこれで森を抜ける」
ヨルは抵抗しようとしたが最早そんな力も残っておらず、仕方なく肩を借りて体力の回復に務めた。
しばらく歩いていると、ヨルが何かに気づいた。
「……お前、震えてるな」
「え? あぁ、本当だ」
ヨルがジンの右手を見つめ、そんなことを言う。
その右手には、剣が握られていた。
「気づかなかったよ、最近は震えも抑えられてたんだけどね」
「……怖いのか?」
ヨルの質問にジンは少し悩んだ後、何かを思い出すような顔で答えた。
「うん、怖い。自分の剣で誰かを傷付けるかもしれないって、そう考えると、怖くて震えが止まらなくなるんだ」
言い終わると、ジンは少し気恥ずかしそうに笑った。
(自分のことで精一杯だったから気づかなかったが、もしかしてこいつ、今日戦う時も、この間戦った時もこうして震えてたのか?)
そんなに自分は周りが見えなくなっていたのかと、ヨルの中で少し迷いが生じた。
「……そんな状態で、俺と戦おうとよく思えたな」
「確かに、前までは誰かに剣を向けることすら抵抗があった。でも最近思ったんだ、剣を向けて助けられる命もあるってさ」
そう言ったジンの顔は、とても晴れやかだった。
「まぁ流石に『誰かを殺してまで』って言っちゃう程の覚悟は無いけどね」
(俺は……殺してでも進むと自分に言い聞かせて、他人と向き合うことを恐れていただけなんじゃないか……?)
迷いはどんどん膨らんでいき、考えれば考える程目眩が酷くなる。
「離せ」
「あっ、おい」
体力を少し回復させたヨルが、強引にジンを振り払い、木に背を預ける。
「ここは【迷いの森】だ、俺を抱えて歩いてたってどっかの地点に飛ばされるだけだ」
【迷いの森】はその名前の通りプレイヤーを迷わせる為のギミックがあり、立ち並ぶ森は碁盤目状に数百のエリアに分割され、一つのエリアに一分いると東西南北の連結がランダムにされてしまうという仕組みになっている。
ヨル一人抱えたままではとても一分で出口まで走り抜けることなど出来はしない。
「『迷うなら動くな』って、じいちゃんに教わったんだ」
「まぁ、確かにそうか」
ジンは足を止め、モンスターやプレイヤーが居ないか周囲を警戒する。
「……なぁ、ジン」
ヨルが名前を呼ぶ。
「ん? ぶふぇ」
それを聞き、振り向いたジンの顔面に、雪玉が命中した。
「いきなり何を──」
顔を拭い、前を向いた次の瞬間、ジンの目前に迫った物は
「!?」
指だった。
ヨルの中指がジンの左目に突き刺さり、人差し指が右目を強く打った。
咄嗟に身を逸らし両目は潰されずに済んだものの、左目はダメージエフェクトが重なり何も見えない。
残った右目で必死にヨルを追うと、後ろに飛び退く姿が映った。
(バカか俺は!)
ヨルの思惑に気づき、ジンは怯んだ体を前に押し、精一杯手を伸ばした。
「待て!」
一分。
ヨルとジンがそのエリアに立ってから、時間はちょうど一分が経っていた。
そして一分ジャストで、ヨルは一つ隣のエリアに跳んだ。
結果。
ヨルの姿は、ジンの目の前で光と共に消えた。
「くっ」
勝敗は着いた。
「そが!」
ヨルは見事ジンの油断を突き、逃げ果せたのだ。
してやられた。
悔恨の思いが、ジンに押し寄せる。
「行かせない! 一人で死なせてたまるか!」
ジンは剣を強く握りしめ、走り出した。
* * *
雪を踏みしめて、歩く。
前に進む。
自力で済ませたマッピングを便りに、ボスが出現すると予測されているモミの木を目指して、歩く。
歩く。進む。
歩く。進む。
歩く。進む。
そして──
倒れた。
今までの、膝を着く倒れ方とは違う、前のめりな倒れ方。
ヨルはもはや平衡感覚すらまともに保つことは出来なかった。
立ち上がろうとするも、限界を迎えた体がそれを許さない。
(サチの為なんて言いつつ、結局俺がやった事なんて、自己満足の為でしかなかったんじゃないか?)
動かない体を前に、再び迷いが膨らんだ。
「『迷うなら動くな』……か……」
一人、雪に半分埋もれた体で呟く。
(寒い)
その寒さが、今の彼にはちょうど良く思えた。
このまま雪に沈み、雪と一緒に溶けていけたら、彼はきっと楽になるだろう。
(もう、いい……もう十分生きた……。俺は、本当なら俺は、あの時死んでおくべきだったんだ。いや、そもそも産まれるべきじゃ……)
自身に流れる罪人の血、それを拒絶するも、獣性を抑え込めない己に心底嫌気が差した怪物の肉体は、ゆっくりと、その意識を鎖していく。
しかし、彼の意思は、彼が楽になることを許さなかった。
(ふざけるな……今更そんなこと言ってなんになる。動け、動いて死ね)
目前まで近づいたモミの木へ向かって体を強引に這わせ、ジリジリと前に進む。
最早、彼自身でも彼を止めることは出来ない。
誰かに彼を止めることが出来るとすれば、それは戦う者ではなく、
(……なんだ? 暖かい)
赦す者だろう。
柔らかな毛布をかけられ、体を抱えられる。
人の体温が、ヨルの体を暖める。
(今度は……誰だ?)
朧気な視界で、相手の顔を見る。
ぼやけた輪郭に徐々に焦点が合っていき、顔がはっきりと映る。
「……!」
その顔を見た瞬間、先程までが嘘のようにヨルの体が跳ね上がり、大きく距離を取った。
「なんで……お前がここに居る」
相手は、ヨルのよく知る少女だった。
冷や汗を流し、少女を見つめ、恐怖に顔を歪ませる。
「ヨル」
名を呼びながら近づいてくる少女から逃げようとするが、体が言うことを聞かず転んでしまう。
「……サチ……」
震える唇が、少女の名を呼んだ。
「久しぶりだね」