キズモノ   作:野生のウルティメイト太郎

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第一章、出会い
第一話、チュートリアル


 

 11月 6日 13:01

 

 見渡せば石畳の広がる美しい街並み。

 見上げれば広く青い空。

 耳をすませば人々の沸き立つ声。

 それら全てがポリゴン等で作られているこの仮想世界に、一人の男が降り立った。

 

 背の丈はおよそ一八〇センチ。

 かなり筋肉質で大柄だが、顔には多少幼さを残し、その年の頃を感じさせる。

 

 男の名はヨル。

 本名ではない。

 これは彼がこの世界で呼ばれるキャラクターネームである。

 

 ヨルは自身の腕を動かし、指を閉じて開いてを何度か繰り返す。

 交互に足を上げ、首を回す。

 目を閉じ、一度深く息を吸い、限界まで吐いた。

 そして目を開き、楽しげに笑った。

 

「よしっ!」

 

 ヨルの顔は、まるで新しいゲームを与えられた子供のように輝いていた。

 いや、”ように”ではない。

 彼は実際、新しいゲームを与えられた子供なのだ。

 

 この舞台の名は【アインクラッド】。

 世界初の、VRMMORPG────【ソードアート・オンライン】の中に存在する架空の浮遊城。

 

 この城は、人々の夢と希望を乗せた楽園。

 後に恐怖と混乱渦巻く地獄に姿を変えることは、まだ誰も知らない。

 

* * *

 

「よっと!」

 

 ヨルは早速【はじまりの街】を出てすぐの草原でモンスターと戦っていた。

 相手は青いイノシシ【フレンジーボア】。

 

 レベル1の雑魚モンスターだが、体の大きさの割には俊敏で、油断していると負けてもおかしくない相手だ。

 

「っとと、ゲームとは言え、こんだけリアルだとヒヤッとするな」

 

 青イノシシは何度も突進を繰り返しているが、それがヨルに当たることは無かった。

 ヨルは街で買った短剣を構え、青イノシシの突進を紙一重で避けては攻撃を続けている。

 こちらも体の大きさの割には俊敏だ。

 

 ヨルに攻撃は当たらず、ヨルの攻撃は確実に命中している。

 状況だけ見るとヨルはかなり有利であり、実際それは間違っていない。

 しかし、何度も攻撃を当てているにも関わらず、青イノシシの体力は未だ七割程残っている。

 短剣の攻撃力が低いことを考慮しても、時間が掛かりすぎている。

 

「うーん、ちょい浅いか?」

 

 ヨルは体勢を低く、短剣を逆手に構え、一直線に突っ込んでくる青イノシシの正面で待ち構える。

 

「ぷぎぃ!」

 

「はっ!」

 

 激突する寸前、ヨルは真っ直ぐ駆け出し、短剣を青イノシシの側頭部に深々と突き立てる。

 そして、お互いの前へ進む力を利用し、そのまま強引に尾まで引き裂いた。

 

「ぷぎゃあぁ!」

 

 横一文字にダメージエフェクトの入った青イノシシは断末魔を上げ、不自然に停止した後、ポリゴン片となって消滅した。

 

「良し、やれるね俺」

 

 ヨルは一息つき、短剣を腰の鞘にしまった。

 完全に気を抜いていた瞬間

 

「あっ! 危ない!」

 

「ん? ぐほぉあ!」

 

 突如ヨルは背後から衝撃を受け、間抜けな声を上げて前方に転がった。

 

「な、んだぁ? やばっ!」

 

 倒れたまま衝撃を受けた方向を見ると、そこには先程とは別の青イノシシが息を荒げ、今にも追撃を加えようとしていた。

 ヨルは慌てて起き上がろうとするが、それよりも速く青イノシシが突っ込んだ。

 

「たぁ!」

 

 が、それよりも更に速く、光が青イノシシの体を斬り裂いた。

 

「大丈夫!?」

 

 青イノシシを切り裂いた男がヨルに駆け寄り、手を差し伸べた。

 

「あぁ、平気。ありがとう助けてくれて」

 

「いや、違うんだ。僕がいなしたボアの突進がそっちに行っちゃって……、君が攻撃を受けたのは僕のせいなんだよ。ごめん」

 

「そうなの? まぁいいや、それよりさっきの凄いな! どうやってやったんだ?」

 

「えっ?」

 

 もっと怒られると思っていた男は、ヨルの態度に面食らっていた。

 

「ほら、剣が光ったやつ! あれがソードスキルってやつか?」

 

剣技(ソードスキル)】とは、このゲーム独自の戦闘システムである。

 

 SAOは、ファンタジーMMOにも関わらず、魔法の要素を廃している。

 代わりに追加されたのが、自身の体を動かして放つソードスキルである。

 

「あ、あぁ、そうだけど」

 

「それ、俺にもやり方教えてくれ!」

 

「僕はいいけど……いいの?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「いや、なんでもない……。それより、自己紹介がまだだったね、僕はYuda(ユーダ)、よろしく」

 

「おう、俺はYoru(ヨル)だ。よろしくな」

 

* * *

 

 二人が出会ってから数時間が経過した。

 

「いやぁ、まさかこんなに早く使いこなせるようになるなんて、ヨルはセンスがいいよ」

 

「ユーダの教え方がいいんだろ」

 

 ユーダがヨルに教えるにあたって多くのフレンジーボアが犠牲になり、付近にはもう一匹も見かけなくなっていた。

 再び出現するまで暇を持て余した二人は、草原に寝転がって雑談していた。

 

「いやいや、実際ヨルの動きはかなり良いよ、ベータテスターの僕よりもずっと。何かスポーツとかやってたの?」

 

「あぁ、空手をちょっとね。……? ベータテスターだったのか?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「初耳だよ。道理で色々知ってるわけだ」

 

 ベータテスターとは、文字通りベータテストに参加していた人間のことである。

 わずか千人に限定して募集されたベータテスト。

 正式サービス開始前の稼働試験参加者の枠には、十万人以上の応募が殺到した。

 その中のたった千人に入れたユーダは幸運としか言いようがないだろう。

 

 しかし、良いことだけでもない。

 ベータテストの期間は二ヶ月。

 その二ヶ月のアドバンテージは大きく、その分当選出来なかったプレイヤーからの妬みも大きい。

 更にベータテスターには正式版パッケージの優先購入権まで手に入るのだ。

 しばらくの間、ゲーム内での風当たりは少しだけ厳しいものになるだろう。

 

「俺はベータテストプレイヤーを募集してた時まだナーヴギアを持ってなかったからなぁ、応募すら出来なかったよ」

 

「じゃあ、フルダイブゲームはこれが初めて?」

 

「あぁ」

 

「へぇー、SAOは楽しい?」

 

「おう! 期待以上だな!」

 

「そっか、それは良かった。……ねぇ、ヨルがいいならなんだけど、しばらく僕とパーティ組んでくれない?」

 

「いいぞ」

 

「即決!?」

 

「いやだって、断る理由ないし、むしろ俺からお願いしたいくらいだよ」

 

「良かった、実は僕、高校の部活仲間と一緒にやる予定だったんだけど、結局買えたのが僕だけでさ。販売が安定するまで僕一人でやることになったんだけど、流石にずっとソロじゃ寂しいから」

 

「んじゃ、後から来る仲間達が驚くくらい強くなっとかないとな」

 

「ハハハ、そうだね」

 

 雑談を続けていると、いつの間にか時刻は午後五時半を過ぎていた。

 

「あっ、仲間になって早々悪いけど、俺一回落ちるわ。家族に晩飯作らないと」

 

「へぇ、ヨルって料理するんだ」

 

「意外か?」

 

「あっ、いやそういうわけじゃ」

 

「気にすんな、よく言われる」

 

 ヨルは立ち上がり、右手でメニュー画面を操作する。

 

「んじゃ、色々ありがとな! 後でまたログインすると思うから、その時よろしく」

 

「うん、また後で」

 

 お互いに別れの挨拶を済ませ、ユーダも少し遊んでから【はじまりの街】に戻ろうと考えていたその時……

 

「……あれ? ログアウトボタンがねぇ」

 

「え?」

 

 その言葉にユーダが反応して立ち上がった。

 

「メニュー画面の一番下にあるはずだけど」

 

「……やっぱりどこにもないよ」

 

「そんなはず……」

 

 ユーダも自分のメニュー画面を開き、確認する。

 

「……あれ?」

 

「ないだろ?」

 

 そこには、ある筈のボタンが消えていた。

 二ヶ月間のテストプレイで毎日のように見ていたボタンが消えていたのだ。

 

「おかしいなぁ……」

 

「バグとか?」

 

「まぁ正式サービス初日だしね、こういうこともあるのかも」

 

「……でも妙じゃないか?」

 

 ヨルが顎に手を当て、真剣な顔で考える。

 

「そりゃあバグだし、妙でしょうとも」

 

「いやそうじゃなくて、どうして運営はプレイヤーを強制ログアウトさせないんだ? ログアウト出来ないなんて、ログイン出来ないってよりずっと問題だ」

 

「そう? 買ったのにバグでログイン出来ない方が問題な要な気がするけど」

 

「いや、こうして見ると広く見えて実感が湧きづらいが、ログアウト出来ないってことは俺達はこの世界に閉じ込められてるって事だろ?」

 

「……確かに」

 

「それって人によってはとてつもない恐怖を感じるはずだろ? 下手すりゃトラウマもんだ」

 

「……」

 

 真っ当な意見だと、ユーダは感心した。

 確かに、それなら多少のリスクがあるとはいえ、プレイヤー全員を強制ログアウトさせる方がマシだろう。

 

「まだバグに気づいてないとか?」

 

「俺達だけに起きてる現象ならそうかもしれないな。GMコールしても反応無いし、八方塞がりだ」

 

「気づいて貰えるまで待つしかないか、それか家族に直接ナーヴギアを外してもらうか」

 

「そうだなぁ」

 

 そんな事を話していると、突如鐘の音が鳴り響いた。

 

「なんだ!?」

 

「うわぁ!」

 

「ユーダ!? うおっ! 俺もかよ!」

 

 その鐘の音に呼応する様に、二人の体を青い光が包んだ。

 そして、草原から二人の姿は忽然と消えてしまった。

 

 この瞬間、この世界は人々の楽園から地獄へと、その姿を変えた。

 否、この世界のあるべき姿を取り戻したのだ。

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