キズモノ   作:野生のウルティメイト太郎

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第二話、はじまり

 

「うおっ!」

 

「ここは……【はじまりの街】……?」

 

 青い光に包まれた後、ヨルとユーダの二人は草原からスタート地点である【はじまりの街】の中央広場に飛ばされていた。

 

「何が起こったんだ?」

 

「【転移(テレポート)】でここまで飛ばされたんだろうけど……でもどうして?」

 

 二人が周りを見渡すと、自分達以外も多くの人間が次々と強制テレポートでこの広場に送られていることがわかった。

 その数は数千……否、一万人近くの人間がここに集められている。

 

「プレイヤー全員集められてんじゃねぇか?」

 

「そうみたいだね」

 

 初めは事態に驚き静かだった周囲の人間も徐々に状況が飲み込めてきたようで、ざわざわという声がそこかしこで広がっていた。

「イベント?」「早くしてくれよ」「まだログアウトできないの?」「おもんな」と、次第に苛立ちが増していき、そろそろまずいだろうと二人が思っていたその時。

 

「あっ……上を見ろ!」

 

 それらの声を押し退ける叫び声で、全員の視線が反射的に上に向いた。

 そこには、【Warning】と

【System announcement】の文字が書かれた赤い市松模様が空を覆い尽くさんばかりに映し出されていた。

 

 ようやく運営のアナウンスが入ると安心したのも束の間、その中央からドロドロとした赤い液体……まるで巨大な血の雫のようなものが垂れ下がった。

 

 それは地面にぶつかる前に空中で静止し、その姿を変えた。

 少し待って出来上がったのは、紅く巨大なフード付きローブの人型であった。

 その姿に見覚えのあるプレイヤーも多かった。

 あれは、GM(ゲームマスター)用のアバターが必ず身に纏っていた衣装だ。

 

 しかし、今目の前に居る存在の姿には、プレイヤー達のよく知るGM用アバターとは酷い相違点があった。

 

「顔がない……」

 

「随分と趣味の(わり)ぃ……」

 

 そのフードの中には、本来あるはずの顔がなかった。

 顔だけではない。

 裾を見れば、腕が、そもそも中身がないことがはっきりとわかる。

 

 プレイヤー達は先程とは違う困惑に似たざわめきが多くなった。

 が、その声も深紅の袖が動いたことで静まり返った。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 

 そして巨大なローブは若い男の、しかし妙に圧迫感のある声でプレイヤー達に語りかけた。

 

『私の名前は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「え……」

 

 その名を聞き、多くのプレイヤーが驚愕した。

 茅場晶彦とは、若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。

 SAOとナーヴギア、その両方の生みの親と呼べるような存在だ。

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、【ソードアート・オンライン】本来の仕様である』

 

「仕様だって?」

 

 その言葉を聞き、プレイヤー達は大いに困惑した。

 しかし、茅場晶彦は淡々と説明を続けた。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

 

『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合──』

 

『──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

「……は?」

 

* * *

 

「……」

 

「…………」

 

 あの後も少し続いた茅場晶彦によるチュートリアルが終わり、ヨルとユーダは人混みから逃げる為に、人の居ない方向に急いだ。

 誰もいない路地裏で、二人は疲れ果てたように座り込んだ。

 

 ヨルは、チュートリアルの内容をしっかりと思い出していた。

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べた通り、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤーが安全にログアウトされるとを保証しよう』

 

「……なぁ、ベータテストの二ヶ月間で、どんくらいまでクリア出来たんだ?」

 

 体を丸め、腕に顔を埋めるユーダに、ヨルが話しかけた。

 

「……十層も行けてないよ」

 

「……そうか……」

 

 沈黙が続き、ヨルはふと、自身の手に【手鏡】が握られ続けていることに気付いた。

 その手鏡は茅場晶彦から贈られたプレゼントだ。

 ヨルは手鏡に映る自分をじっと見つめる。

 

「……なぁ、ホントにユーダなんだよな?」

 

「……そうだよ」

 

 ヨルがそんな疑問を抱くのも無理はなかった。

 ユーダの容姿は、大きく変わっているのだ。

 

 顔や体格、特に身長は二十センチ近く縮んでしまっている。

 

「……ヨルは、元々現実の姿とほとんど変わらなかったんだね……」

 

 これはユーダの現実世界での姿であった。

 茅場晶彦は、この仮想世界がもう一つの現実であると実感させるために、わざわざ全てのプレイヤーのアバターを現実世界の姿に変えたのだ。

 

「あぁ、色々設定弄ってたら初期アバターがこの姿でな。キャラメイクがめんどくさくてほとんど変えてなかったんだ」

 

「……そっか、ナーヴギアは信号素子で顔全体を覆ってるから、詳細に把握できるんだ……。あれ? でも体は?」

 

「あー、あれじゃないか? あのー、キャリブレーション? とかいうやつ」

 

「……あぁ、自分の体を触りまくるやつね……。確かにあれなら自分の体型がナーヴギアにデータ化されるから……」

 

 ヨルはまじまじと手鏡に映る自分を見つめた。

 質感や細部に違和感はあるが、凄まじい再現度であった。

 ヨルがソードアート・オンラインのキャラメイクで数少ない変えた点、消していた傷跡が復活している。

 

 過去、交通事故によって負った傷。

 とは言っても、顔にある傷は唇と眉を裂く小さなものだけであり、体の傷跡は流石に再現されていない。

 ただ一つを除けば。

 

 ヨルは今度は手鏡を握る自分の手を見た。

 人より大きめのその指はひしゃげており、少し獣じみている。

 キャリブレーションの際に重要な手はよく再現されているようだ。

 

「まさかこっちでもこの手に付き纏われるなんてな」

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、【ソードアート・オンライン】は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ』

 

「……」

 

 ヨルの脳内で、何度も何度も茅場晶彦の同じ言葉が繰り返される。

 

『……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』

 

「……クソッ」

 

『諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』

 

 何度も

 

『ナーヴギアによって破壊される』

 

 何度も何度も何度も

 

『破壊される』『破壊される』『破壊される』

 

「クソッ!」

 

 茅場晶彦のその言葉を思い出す度に募る苛立ちで、ヨルは握った手鏡を勢いよく地面に叩きつけてしまった。

 手鏡は砕け、ポリゴン片となって散った。

 

「ゲームオーバーで現実の死だと……? 馬鹿げてる……! そんな状態で……どうやって百層まで行けってんだ!」

 

「……わからないよ」

 

「一体何が目的でこんなこと」

 

「そんなの……」

 

「なぁユーダ、どうしたらいい? 俺は何をすればいいんだ? 教えてくれ」

 

「そんなこと……僕に聞かれても分からないよ……!」

 

「ッ!」

 

 静寂が訪れた。

 その静寂は、熱くなった二人を冷静にさせるには充分だった。

 

「……ごめん、八つ当たりして……」

 

「いや、こっちこそ悪かった」

 

「…………この街を出よう」

 

「えっ?」

 

 ユーダの唐突の提案に、ヨルは驚いて固まった。

 SAOがデスゲームとなった以上、無闇に外に出るのは危険だと思っていたからだ。

 

「多分、この周辺のフィールドに出るモンスターはアイテムとか経験値のためにすぐに狩り尽くされると思う。だから、そういうプレイヤーと争うよりは次の村に急いだ方が効率的だと思うんだけど……どうかな?」

 

「いい案だと思うんだが、レベル1の俺たちで行けるのか?」

 

「安全なルートはベータテストで調べてるし、ヨルは初心者だけど並のプレイヤーより強いから、油断さえしなければ大丈夫だと思う。もちろん危なくなったら僕がフォローする」

 

「なるほど……よし、それで行こう。でも、もし俺を助けられないって思ったら迷わず見捨ててくれ。俺のせいでユーダまで危なくなる必要はないからな」

 

「………………わかった」

 

 そうと決まればと言わんばかりに二人は勢いよく立ち上がり、門の方向へ駆け出した。

 

 門から外に出ると、ユーダが前を走り、ヨルがそれについて行く形になった。

 

「目的地は【ホルンカの村】って場所! そこで経験値稼ぎのついでに僕の武器も手に入れるつもり!」

 

「あぁわかった!」

 

 話している最中でも二人は決して足を止めなかった。

 一秒でも早く目的地に着く為だ。

 

 他のプレイヤーにリソースを奪われない為にもできるだけ早い方がいいのは間違いないが、何もその一秒が命取りになる訳でもない。

 それでも止まらないのは、二人の決意の表れだろう。

 

(俺は……!)

 

(僕は……!)

 

 突然、二人の目の前に狼のようなmobがリポップした。

 明らかに敵性反応を示したそのmobに対し、二人は全くの同時にソードスキルを発動させた。

 

(絶対!)

 

(必ず!)

 

 二人の斬撃が狼の体を引き裂き、文字通り一瞬で倒すことに成功した。

 

((生き延びてみせる!))

 

 そしてやはり足は止めず、二人はそのまま【ホルンカの村】へ向かった。

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