「お前は……」
「よく耐えてくれた。あとは俺達に任せて休んでてくれ」
その片手剣の使い手は、ジンであった。
後ろから迫る他のネペントはタツが一斉に相手をしている。
「……ユーダ……ノブは?」
「彼は……いや、今は何も考えなくていい。とりあえず、俺達の傍を離れないでくれ」
「……わかった」
ヨルはジンの背中に邪魔にならない距離で張り付き、短剣を構えた。
タツが一度下がり、三人で背中を合わせる
「三人集まればいけるか?」
「一撃一殺じゃないとジリ貧だよ」
「わかってらァ、いいから集中してろ」
ジンとタツは、ヨルがやったように、踏み込みと腕の振りで威力にブーストを掛けたソードスキルを的確に弱点に叩き込むことで、敵を一撃で葬っていく。
二人とも軽々しくやっているが、簡単な芸当ではない。
特に恐るべきはタツであった。
自身の敵を一撃で倒しながら、ジンが敵を仕留め損なった場合には代わりにトドメを刺す余裕がある。
口ぶりからしてベータテスターだろうが、それにしても凄まじい強さだ。
「良しッ! 思ってたより数が少ねぇ! 僕達だけでいけるぞ!」
「でも! 俺達の武器もボロボロだよ! このままじゃ」
「気張れよジン!」
「んな無茶な!」
と言いつつもタツについていけているジンも大した強さだろう。
(俺もすぐに追いつかないと……足手まといになるのはごめんだ!)
二人と比べ、ヨルは明らかにネペントを倒す速度が遅れている。
その現実を確かめ、優しさか、焦燥か、それともプライドか。理由は定かではないが、ここに来て限界一歩手前にいたヨルのギアが上がる。
「……どうなってんだ?」
戦闘中、横目で仲間の動きを見守っていたタツがヨルを見てそう呟いた。
徐々にヨルの攻撃が加速していく。その速度は、現時点でのシステム的限界を超越しているように見える。
実際には単純に速度を上げている訳ではなく、動きの無駄を極限まで省くことで速くなっているように見えるだけだが、そのような動きは今日始めたばかりの、先程までネペント三体にやられそうになっていた人間にできる動きではない。
(ついさっきまでジン以下だったのに、この短時間で成長したってのか? こいつ……どういう戦闘センスしてやがる)
タツは、ヨルの戦闘センスがずば抜けていることに気づいた。
(やけに恵体だと思ったがこいつ、生まれついての戦闘特化、戦うことを前提に産まれた生き物だな)
タツは目の前のネペントを相手にしながら、片手間に考える。
(さてどうするか。そういう人間は稀にいるが、こいつはその中でも規格外、平和な現代で産まれてくるもんじゃねぇ。鍛えればこのクソゲーから脱出する強力な生体兵器になるだろうが、その力の矛先が僕達に向かない確証はどこにある?)
顎に手を当て深く考えながら、ネペントを倒す。
数秒悩んだ後、曲刀を構えながら振り返ってヨルの方へ走った。
「なっ!」
ヨルがトドメを刺す寸前のネペントの首を切り落とし、タツは曲刀を鞘に納めた。
「危ねぇな! 急に前に出てくるなよ!」
「手助けが必要かと思って」
「いやありがたいけども! 急に前に飛び出るのは危ないって!」
「まぁまぁそんな細かいことは置いといて、今ので最後だろ?」
「細かくない! って、最後?」
その言葉を聞いてヨルが周りを見渡すと、確かにもうネペントは一体もいなかった。
「二人ともお疲れ様。一時はどうなるかと思ったけど、無事でよかった」
「あ、あぁ」
ジンの労いの言葉を聞いてなお、生き残ったことに若干実感が湧かなかったヨルだが、すぐにハッとしてもう一度周りを見渡した。
「ユーダ……ユーダはどこだ!」
「ユーダ?」
「多分ノブのことだろ」
「あぁ、彼は……」
「あの後別行動取ってたからどこに行ったのか分からないんだ! 二人と同じ方向に行ってたから、どこかで見てたりしないか?」
「落ち着いて聞いて欲しいんだ、彼は」
「ヨル、お前もわかってんじゃないか?」
「え?」
ジンの言葉を遮り、タツが話し始める。
「実付きを攻撃したのはあいつだ」
「……は?」
「破裂音と異臭、そしてネペントの大量発生、これはお前が合図を出してすぐの出来事だったろ? あいつはお前の合図を聞いてから故意に実付きを攻撃して、MPKを狙ったって訳だ」
「ちょっと待て! 証拠もなしにそんなこと」
「信じてもらえないかもしれないけど、俺は直接見た」
「っ!」
ジンの言葉にヨルの喉が詰まった。
「俺が見つけた時には既に攻撃する直前だったから、止められなかったけどね。その後本人は【隠密】スキルで隠れてたから、どうなったかは分からないけど」
「ネペントに隠密スキル効かないし、殺されてるだろ」
「に……タツ、そういう言い方は良くないよ」
「僕がどうしてあいつに配慮した言い方しなきゃ行けねぇんだよ。僕もお前もあいつに殺されかけたんだぞ? 死んでなきゃ絶対許さねぇ」
「いやそうじゃなくて、ヨルもいるんだから」
「なんだよ、ヨルだってどうでもいいだろ、裏切り者のことなんて」
「人間そう割り切れるもんじゃないって」
「…………どうしてなんだ」
ヨルは木にもたれかかりながら、力無く腰を下ろした。
かなり疲れた様子で、腕で顔を覆いながらうなだれている。
「さぁな、大方胚珠の独り占め目的だろ。それにしちゃ不可解な部分もあるが」
「………………」
「……あぁもう、そんなに落ち込むなって! 僕らまで辛気臭くなってくるだろ!」
「……ごめん」
「謝るな! あいつの代わりに僕がお前に協力してやるから、元気出せよ」
「いいのか?」
「あぁ、キツ〜く鍛えてやるよ」
(もし僕らに牙を向けてきたとしても、僕が殺処分すればいいだけだしな)
ヨルの才能を知りながらも、自分が負けるわけが無いと確信している圧倒的な自信。
この不遜を、タツ以外が知る由もなかった。
「……ありがとう」
「どういたしまして。んじゃ、お前先に胚珠持ってクエスト完了してこい」
「いや、俺片手剣使わないし、この胚珠はお前らにやるよ」
「要らねぇよ、さっきの戦闘の間に花付きを倒しといたから僕も持ってる」
タツは懐から胚珠を取り出し、ヒラヒラとそれを見せびらかす。
「「いつの間に」」
ジンとヨルの声が重なる。
その様子に少し呆れながら、タツは胚珠をアイテムストレージに入れた。
「お前ら、もう少し周り見れないもんか?」
「自分の身を守るので精一杯だったから」「そんな余裕ねぇよ」
妙に息の合った二人を見てタツは困惑しながらも話を続ける。
「……まぁ、それはともかくとしてだ。僕とジンはもう一個見つけられるか少し探してから帰るから、お前は先に帰ってろ」
「俺も一緒に」
「ダメだ、お前が疲れてんのは顔見りゃわかるし、そんな奴に着いてこられても邪魔! 無駄! 足手まとい!」
食い気味に否定され、ヨルは何も言い返せなくなってしまった。
「じゃ、僕ら行ってくるから、帰る時ネペントが居たら避けて通れよ。あっ、でも花付きだったら倒しとけ」
「疲れてる相手に注文つけるなよ……」
そうしてタツ達と別れ、ヨルは帰路に着いた。
道中ネペントとは遭遇しなかったが、代わりに何人かのプレイヤーを発見した。
ヨルはなんとなくプレイヤーを避けて通った。
* * *
視点変更-ヨル
ホルンカの村に帰り、クエストを受注した家に入る。
家主の
少しの会話を挟んだ後、礼として赤鞘の剣を手渡され、眼前にクエスト達成のメッセージが浮かんだ。
ボーナス経験値が加算されたが、残念ながらレベルは上がらなかった。
「はぁ……」
達成感を感じる暇もなく、ドッと降りかかる疲労感に身を任せ、近くの椅子に体を預けた。
少し失礼かもと思ったが、女性は何も言っては来ない。
そんなNPCらしい行動に少し寂しさを感じつつも、なかなか立ち上がろうという気分にはなれない。
数分何も考えずにボーッとしていると、女性が大事そうに何かを持って奥の部屋へと移動した。
ボケッとしていた為に、何を持っているのかは分からなかった。
椅子に体を縛り付けられたと感じる程の疲労感は好奇心にあっさりと負け、俺は立ち上がって女性の後を追った。
女性の入っていった部屋を覗くと、そこにはまだ十歳にもなっていないであろう少女がベッドに横たわっていた。
少女の顔色はとても悪く、その身はやせ細っている。
そういえば、クエスト受注の時に、胚珠は薬の材料だと言っていた気がする。
きっとこの少女が病気なのだろう。
俺はその少女の姿を、頭の中で誰かに重ねていた。
誰かは分からない。モヤがかかったように思い出せない。
疲労のせいだろうか。
少女は女性──母親の支えでゆっくりと上体を起こし、少し母親と会話したあと、おそらくは薬が入っているカップを両手で握った。
その中身をゆっくりと、ゆっくりと飲み干し、カップを下ろした。
すぐに元気になるかと思ったがそんなことは起きず、少女は少し顔色が良くなったばかりで未だに具合は悪そうだ。
(そうか、このクエストの要であるこの子は、あと何度同じことを繰り返しても良くなることは決してないのか)
そんなNPCの悲しい現実に気付き、なんとも言えない気分になる。
「……何やってんだ俺」
そろそろ立ち去ろうかと思ったその時、少女がこちらを向いて優しく笑い、口を開いた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「…………………………」
自然と足が少女の方へ進み、ベッドの横で膝を着いて目線の高さを合わせる。
手を伸ばし、頭を撫でると、少女は不思議そうな、すこし嬉しそうな表情を浮かべた。
『ありがとう夜叉
声が聞こえた気がした。
幼く、弱々しい女の子の声だ。
目の前の少女ではない。もっと遠くから聞こえてきたような、もっと近くだったような。
「……あぁ、そうか」
未だにハッキリとは思い出せないが、それでも少し記憶が蘇った。
俺は多分、この少女と自分の妹を重ねている。
昔、病床に伏した妹の看病をした事がある。
その時の姿が、今の少女によく似ているのだ。
妹は体が頑丈で、最後に体調を崩したのがいつだったか思い出せない。
だからこのおぼろげな記憶は、きっととても古く、とても貴重な記憶なのだろう。
『元気になったら、また夜叉兄と遊びに行きたいな』
「っ──」
ズキッと頭の底に痛みが走り、一瞬強制的に思考を止められる。
ふと、頬を伝うなにかに気づき、それを手で拭った。
「ハハ、何泣いてんだよ俺」
寂しさからか流れた涙を全て払い、立ち上がる。
「……大丈夫?」
「あぁ、もう大丈夫」
心配そうに顔を覗く少女の頭をもう一度撫で、笑って見せた。
NPCを相手に行動に意味は無いかもしれないが、それでもやらなければいけない気がした。
別れを告げ、家を出る。
空を見るとすっかり暗くなってしまっており、月明かりだけが酷く眩しく見えた。
「あっ、ヨルさん」
声をかけられ前を向くと、そこにはジンとタツが立っていた
「二人とも、花付きは見つかったのか?」
「あぁ、案外すぐ見つかったよ」
「てことは二人ともクエスト達成か。早速渡しに行ってこいよ」
「そうしたいが、丁度NPCが深夜の行動パターンに入ったっぽいな。残念だけど僕らは明日にするよ」
「そうか……」
宿の方向へ二人は歩き出した。
しばらくその背中を見守っていると、タツが振り向いて口を開いた。
「何してんだ、お前も早く来いよ」
「え?」
「さっき仲間になるって話しただろ? まさかもう忘れたのか?」
「あぁ……あぁ、そうだな」
走って二人に追いつくと、二人も再び歩み始めた。
その二人について行きながら、もう一度月を見た。
俺達三人を照らす月明かり。
明るく、眩しく、綺麗な月光は、何故だかとても残酷に見える。
だからこそ、きっと俺を導いてくれるだろう。
導かれた先がなんであれ、俺は必ず生きて帰らなければならない。
妹に、家族に会うために。
その為には、強くならなければいけない。
もっと強く。自分一人で誰かを助けられるくらい強く。
「そうだよな? カルラ」
決意を固める為に、妹の名前を呼んだ。
「なんか言ったか?」
「いや、独り言」
「ほーん、なに言ってたんだ?」
「気にすんな」
「なんだよ、逆に気になるな」
「まぁまぁタツ、人にはプライベートとかあるから」
「うるせぇ! 知るか!」
「なんて理不尽な……」
「ハハハ」
二人とのやり取りに、頬がほころぶ。
瞳は、もう乾いていた。