2022年 12月4日
この日、SAO攻略を目指す数少ないプレイヤー達が、アインクラッド第一層のボスに挑もうとしていた。
SAOというゲームに閉じ込められてから既に一ヶ月。
そろそろ第一層を突破できなければ、いよいよ脱出の兆しは無くなるだろう。
だから倒す。
なんとしてでも倒す。
ボス部屋の前で待機するプレイヤー達に、そのような気迫が漂っていた。
「始まる前に言っておくが、ピンチになったら僕はまずジンの命を優先するからな」
タツが唐突にそんなことを言い出した。
しかし、ヨルとジンは特に驚く様子も無く返事を返す。
「わざわざ言われなくてもわかってるって」
「タツは過保護すぎるよ。俺ももう子供じゃないだから自分の身くらい守れる」
「……」
度を過ぎたジン第一主義。
圧倒的ブラコン。
それは兄弟であるジンだけでなく、一ヶ月共に過ごしたヨルもよくわかっていた。
「僕だって弟は大事だ、過保護にもなるさ。それに、お前に何かあったら僕がお母さんに怒られるからな」
「マザコンかよ」
「……あの、それはわかったので、そろそろ私の役割を教えてくれませんか?」
一時的に三人のパーティーに入ることになった槍使いの女性が口を開いた。
その言葉に、ジンが応える。
「あぁ、えっと──」
(そういえばこの人の名前なんだろう?)
ジンは自身の視界の左上に浮かぶ自身とパーティーメンバーのHPバーの横に表示された名前を見て、女性の名前を確認する。
(Koma……コマさんで良いよな?)
「……? あの?」
「おっと、ごめん。俺達の役割はボス戦で出てくる取り巻き達【ルインコボルト・センチネル】と戦って、みんながボスに挑みやすくすること。まずは俺が前に出てセンチネルの攻撃を弾くから、君にはその隙に攻撃してほしい」
「……わかりました」
「念の為確認しておくけど、タツとヨルの二人はタツが前に出てヨルが追撃だからね」
「ヨル、僕の足引っ張るなよ?」
「はいよ」
ジンが各々のやるべきことを確認し終えると、ヨルが不意にキョロキョロと周りを見渡した。
「そういえば俺たちの他にもセンチネルの相手する人居たよな?」
「あぁ居たね。名前は
「お前いつの間に名前聞いてたんだ」
そんなこんなと確認しているうちに、今回のボス攻略においてリーダーの役割を担っている青髪の男ディアベルが、前に出て自身に注目させる。
その表情と立ち姿からは、確かにリーダーとしての気迫を感じられた。
「聞いてくれみんな。俺から言うことはたった一つだ、勝とうぜ!」
その一言で、周囲の覚悟がより一層引き締まる。
ある者は、自身の生還の為に。
ある者は、全員を一刻も早く帰したいが為に。
ある者は、誰かを助ける為に。
ある者は、己の死に場所を見つける為に。
全員が違う理由、違う覚悟を胸に秘め、今ボスに挑む。
「行くぞ!」
大きな門が開き、前へ進む。
そして大部屋の照明がプレイヤー達を、そして立ちはだかる敵を照らす。
骨斧とバックラー、そして腰にもう一本の武器を携え、跳躍し現れた怪物の名は【イルファング・ザ・コボルトロード】。
そしてその周りを取り巻く
実際に目の前にして恐怖と緊張にたじろぐ者も居たが、ディアベルが剣を前に掲げると共にその恐怖を抑え込む。
「攻撃開始!」
その一声と共にプレイヤー達が突撃し、そしてボスと激突した。
* * *
戦闘開始から約一時間経過。
「ふっ!」
「……」
ジンとコマは、滞りなくセンチネルと戦えていた。
お互い初めての連携に一抹の不安はあったものの、ここまでの戦闘で手間取ることは一度も無かった。
(一撃が速く重い上に狙いが正確だ。正直戦えるのかちょっと不安だったけど、杞憂だったな)
ジンは、コマの実力に驚嘆していた。
相手の実力がどんなものであれ動きを合わせられ、尚且つ前衛ができる人間としてジンがコンビに選ばれた(タツは我が強すぎて誰かに合わせるのには向いていないし、ヨルは誰とでも合わせることが出来るが武器が前衛向きではない)が、これほどの実力があれば誰とでも組めただろう。
「……」
しかし、コマもまた、ジンやタツ、ヨルの実力に驚きを隠せずにいた。
(怖いくらいに戦いやすい……。この人、私が次どう攻めたいのかわかってるみたいに動いてくれる)
コマが誰とでも組める実力でも、ここまで彼女に合わせられる人間はジンを置いて他に居ないだろう。
どこまでも他人を気遣うその様は、ある種の不気味さを放っていた。
(そしてあの二人)
タツとヨルに目を向ける。
「あらよっと」
「お願いだからスイッチって言ってくれない?」
(強い……、純粋な実力は確実に私より上……。そして、それについていけるあの人も)
恐ろしく個人主義的な戦い方をするが、それに目を瞑れば間違いなく全プレイヤー中トップクラスの実力を持つタツと、それに文句を言いながらついていけるヨル。
本当にセンチネルの相手をしていていいのか疑いたくなるほどに、この三人の実力は高かった。
「もう少しかな?」
ジンはボスの方を見ながら呟く。
情報によれば、【イルファング・ザ・コボルトロード】は、体力が危険域に突入すると武器を曲刀カテゴリーのタルワールに持ち変えるという話だった。
「……あの、タルワールってどんな武器なんですか?」
「あぁ、それはタツに聞いた方が早いかな。おーい」
ジンがタツに呼びかける。
するとタツは自身の持つ曲刀を見せびらかしながら、答えた。
「これより刀身が長くて反りが深い武器をイメージしてみろ。それがタルワールだ」
そう言うとタツは武器をクルクルと回しながら地面に突き立て、そこに手を置いた。
「ったく、手応えねぇな」
「まだセンチネルが来るんだろ? 気ぃ抜くなよ」
「誰に口聞いてやがる」
「……」
「どうした?」
ヨルが顎をさすりながらボスを眺め、何かを考えている。
いつになく真剣な表情に、タツがどうしたのかと尋ねてみた。
「……いや、なんか違和感があってな。どうにも気持ち悪い」
「違和感? どんなだ?」
「……わかんねぇ」
「なんだよそれ。っと、新手来たぞ」
話している間に新しいセンチネルが湧き、タツは曲刀を抜いて攻撃を弾く。
しかし、ヨルからの援護はなかった。
「あ? おい、何してる」
「ちょっと待ってくれ、今考え中」
タツが武器を打ち合いながら後ろを見ると、そこには先程と全く変わらない様子でボスを眺めるヨルが立っていた。
「ざっけんなてめぇ、後にしろバカ!」
「お前なら一人でも倒せるだろ」
「その通りだけどサボるな!」
タツはヨルと会話しながらセンチネルの打ち下ろしを回避し、武器を踏みつけて動きを封じ、そのまま二度斬りつけた。
「おいこらぁ! 僕一人にやらせてんじゃねぇ!」
「…………なぁ、持ち変える武器はタルワールなんだよな?」
「そう言ったろ! ボケたのか?」
「変更点は無いのか……?」
「……は?」
ヨルが青ざめた顔でタツに問いかける。
その声には、焦燥が籠っていた。
「正式リリースするにあたってベータテストの頃から変更点は無いのか?」
「変更点? そりゃ多少はあるに決まって…………おい待て、そんな馬鹿な……それじゃあ」
ヨルの思い至った恐ろしい可能性に、ようやくタツが追いついた。
顔を見合せ、そして同時にボスの方角へ振り向いた。
ちょうどそのタイミングで、コボルトロードは斧とバックラーを投げ捨て、腰の武器に手をかけた。
「下がれ、俺が出る!」
それと同時に、ディアベルが前へ出た。
満を持してコボルトロードが抜いたその武器は……。
「ッ!」
刀カテゴリの武器、【野太刀】。
「違う! タルワールじゃねぇ!」
タツが叫ぶ。
しかし、その声はコボルトロードの咆哮に掻き消され、ディアベルまで届くことはなかった。
「ダメだ! 全力で後ろに飛べ!」
二人の横からもそんな声が聞こえるが、しかしそれも虚しくディアベルはソードスキルによって切り裂かれた。
「なんだ!?」
「……!」
ジンとコマも異変に気付き、ボスの方へ見遣る。
「曲刀じゃない!」
「どういうことですか……?」
「クソッ! 茅場の野郎! 確認しようがねぇボスのラストスパートに変更点を差し込みやがった!」
その説明で、二人も理解した。
これでは、予め立てておいた作戦が通用しない。
それでも実戦では何があるか分からない。元より、作戦は大まかな動き方しか定めていない。
想定外のことが起きても指示でアドリブが効くようにしてあったが、しかしあろうことかやられたのは指揮を執っていたディアベルである。
情報との齟齬、仲間の死、指揮の消失。
重なる予想外により、ボスを担当する前線が、大きな混乱と共に崩壊していた。
「お前はどこまで……っ!」
ヨルは歯をかみ締め、力強く呟いた。
【お前】というのが茅場晶彦のことを指しているのか、それとも他の誰かを指しているのかは定かでは無いが、その怒りだけは確かに伝わる。
「そう何度も、お前の思い通りになってたまるかよ!」
「おいヨル!」
そしてその怒りのまま、ヨルは突っ込んだ。
「クソッ! クソッ、クソッ! クソォッ!」
タツが八つ当たり的に倒れ伏すセンチネルに向かって何度も乱暴に剣を振り下ろす。
そしてセンチネルの体がポリゴン片となって砕けたところで、体がふるふると震え出した。
「なんで思いつかなかった……! 僕が……、この僕が茅場晶彦の思考に追いつけなかっただと!? ふざけるな……ふざけるなよ……。このッ、クソゲーがァァァ!」
「タツまで!?」
茅場晶彦の思い至った事に気付けず、まあつさえそれをヨルが考えついたという事実に途方もない怒りを抱いたタツは剣を振り上げ、ヨルの後を追った。
「……」
「ちょっ、もう!」
挙句コマまでボスの方向に走り出し、ジンもすかさず走った。
先んじてボスと戦っていたキリトとその仲間のアスナを合わせ、計六人でコボルトロードに挑む。
「手順はセンチネルと同じで良いな?」
「あぁ、僕が前に出る!」
キリトが防ぎ損なったソードスキルをタツが強引に横入りして同じくソードスキルで迎え打つ。
それにより動きが止まった隙にヨルが短剣を突き刺し、そのまま引き裂いた。
「悪い、助かった」
「黙ってろ」
「え?」
キリトの感謝の言葉を突っぱね、タツが再び前へ出る。
それよりも速くジンが駆けつけ、コボルトロードの野太刀を弾き、コマが重い一撃を突き刺した。
「オッラァ!」
怯んだコボルトロードにヨルが追い討ちをかけ、体力を削る。
しかし今度は怯まず剣を振るい、それをキリトが弾き、アスナがソードスキル【リニアー】で突く。
続けて攻撃しようとするジンの肩を掴み、タツが引き止める。
「なに?」
「下がれジン」
その言葉にムッっと来たジンは、不機嫌に言い返す。
「こんな時まで保護者ヅラするなよ」
「お前の安全が最優先だ。下がれ」
「勝手に前に出ておいて俺には下がれって、そんなの勝手すぎる!」
「お前は弟だろ! お兄ちゃんの言うこと聞いて任せてりゃいいんだよ!」
「俺達はなんだッ!」
ジンが珍しく声を荒らげる。
仮面から覗くその瞳は怒っているのか悲しんでいるのか、とにかく複雑な感情を含んでいた。
「俺達は、ただの、どこにでもいる兄弟か?」
「……はぁ。違うな、僕達は共犯者だ」
「じゃあ、どうするべきかわかるだろ」
「……そうだな。任せるぞ相棒」
「あぁ、任せてくれ」
妙なところで絆を再確認した二人は、剣を構えて突っ込む。
「らぁ!」
「シッ!」
「……!」
たった六人。
しかし、全員が手練。
コボルトロードはみるみるうちに追い込まれていく。
次第に絶望的だった雰囲気が六人に飲み込まれていき、希望が満ちていく。
このまま行けば、六人だけでも勝てる。
このまま何事も無ければ……
コボルトロードがソードスキルでコマを狙う。
(打ち下ろし、防げる)
「ダメだ下がれ!」
「あっ」
ソードスキルの名は【
その特徴は、斬り下ろしと斬り上げ、二種類のパターンが存在することである。
そして最大の特長は、始まりのモーションが途中まで全く同じであること。
コマは、二択を見誤ってしまった。
コマの脳内で逡巡する思考。
防御も回避も間に合わない完璧なタイミング。
どれだけ思考を重ねても、最もクリアに脳に浮かぶのは死の一文字。
コマに出来ることは、それを受け入れる事だけであった。
(!?)
瞬間、コマの体は強い衝撃に打たれた。
それにより顔を隠すフードが剥がれ、コマはしりもちをついて倒れた。
目を開けるとそこに居たのはジンであった。
コマは、ジンに押し出され助けられたのだと即座に理解した。
次の瞬間。
ジンの体は宙を舞い、そして空中でポリゴン片が砕けて消えた。