「なぁんでぇー!?なんで追いかけてくるんだよぅー!?」
ある村からそこそこ離れたある森の中で、一人の少女の悲鳴が響いていた。
年のころは十六歳あたり。黒いフードを被った、小柄な少女である。腰には何故か縛った本をぶら下げていて動きづらそうだ。肩より少し長いくらいまでの髪は白に近い美しい銀髪で、大きな丸い瞳は碧色で愛らしさを感じさせる。その整った目鼻立ちは多くの女性が羨むであろう美しさだ。
だが何よりも特徴的なのはその雰囲気だ。
なんというか、柔らかい。穏やかそうだとか、物腰が、というわけではない。例えるなら『もちもちしている』といった感じの柔らかさだ。その特徴的な雰囲気のおかげで『美人』よりも『可愛い』といった印象を受ける少女である。
そんな彼女は今、一匹の野犬に追いかけられていた。
黒い毛並みをした大きめの野犬は、ガウグァウ!と吠えながら少女を追いたてる。少女は必死で走っているが当然犬と人とではスピードが違う。少しずつ差が縮まり始め、少女の焦りが濃くなる。
そもそも何故彼女が野犬などに追いかけられているのかというと、
「うぅ〜、調合用キノコの前で寝てて採取に邪魔だったから、どいてもらおうとちょこっと石を投げつけただけじゃん!」
自業自得である。
「ちゃんと隠れて投げたのに何で気づくんだよぉ……!」
答え、野生をナメすぎ。
「あぁ〜もう!ボクに何の恨みがあるんだ!」
聞かなきゃ分からんのか。
そんなわけで、このざまである。
「くっそ、しつこい……!どこまで、追いかけてくるんだよ……」
息を切らしながら走る少女は、体力の限界も近そうだ。今日は薬の調合かなにかのために森を彷徨っていたようだが、見るからにインドアな少女は体力もあまり無い方なのだろう。スピードも落ち始め、野犬に追いつかれるのももうすぐといったところだった。
が、そのとき。
「ぅううおおおりゃぁああああ!」
「きゃぅんっ!」
ドカっと、誰かが雄叫びを上げながら、野犬にドロップキックをかました。
「えっ?あれ、えぇっ?」
突然の出来事に少女は驚きながらも思わず足を止め、何が起こったのかと背後を振り返る。そこにはひとりの青年が、ストっと地面に着地をする姿があった。
「だ……誰?」
見覚えのない青年だった。長くも短くもない金髪はぴょこぴょこと端が少し跳ねている。鍛えているのか背は高く、体格はいい。顔立ちは整っているが少年っぽさが抜けきっておらず、どこか人懐っこそうな印象を与える。
誰なのだろう。このあたりは田舎なため、余所者というのは考えにくい、そもそも少女は人付き合いが得意ではないため、さほど大きくない村でも知らない人間も多いが。
青年の姿を眺めると同時にそんなことを考えていると、青年は逃げ去っていく野犬を見送ってからのんびりと話しかけてきた。
「いやー、危ないところでしたね。ところで僕は今ピンチなところを助けたわけなんですけども何かお礼とかってありませんか?」
「…………」
見知らぬ人から話しかけられ思わず身構えていた少女は、セリフの後半で若干呆れた表情になってしまった。たしかに助かったと言えば助かったのだが図々しいというか、少し恩着せがましくないだろうか。
とりあえず、
「えぇっと……悪いけどお金とかは持ってないんですけど……」
知らない人間相手では緊張するのか、フードを目深に被り直しながら少女はボソボソと対価がないことを伝える。すると青年は、
「ああ、いやお金とかじゃなくていいんですよ。いやお金はお金であったなら嬉しいんですけど。それよりも僕今お腹すいてんですけど、何か食べ物ないですか?」
もしかしたら関わっちゃいけない人だったのかもしれない。
なんとも恩着せがましさを感じさせる青年の態度に、少女はもはや呆れるよりも警戒心を募らせ始めていた。
とりあえず食べ物を要求されているわけだが、ちょこっと採集に来ただけなので生憎とお弁当などの類は持ち合わせていない。
「いやあの、その食べ物とかも持ってなくて……」
「えぇっ?まったく?ほんとに何も持ってないの?……うっわ、助けて損した。いや、損したはウソだけど……はぁ〜、マジかぁ……」
後半は独り言のようでブツブツと呟いていたが、どうやら落胆させてしまったらしい。
そう言われても持ってないものは持ってないし……と考えてたところで、そういえば森に入った時に野いちごを見つけた事を思い出す。あれはいくつかおやつ用にポケットに入れておいたはずだ。野犬のせいですっかり忘れていた野いちごをポケットから取り出し、いまだにブツブツ呟いている青年に差し出してみる。
「あ、あの……野いちごなら、その、ちょっとだけありますけど……」
途端に青年の顔がパッと明るくなる。
「え、まじですか!?なんだあるじゃないですか食べ物」
が、差し出された野いちごの量を見て、露骨にガッカリした顔になる。
「えぇ、これだけかよ……いやまぁ、しょうがないか。もらってあげよう」
何目線なんだお前は。
青年の言葉に少女がやっぱりあげるの止めようかと手を引っ込めようとしたところで、青年が少女の手からヒョイと野いちごをつまみパクリと口に放り込む。
「うわっ、ウマッ!滅茶苦茶甘酸っぱくて、すごい美味しいですねこれ!アザッス、先輩アザッス!」
誰が先輩だ。
まるでおやつをもらった犬のように顔を綻ばせながら、美味い美味いと野いちごを頬張る。表情がコロコロと変わるというか、さっきのガッカリはどこへいったんだという感じである。
そしてさっさと完食すると人懐っこい笑顔をうかべ、改めて少女に向き直り
「ごちそうさまでした。めっちゃ美味かったです!ちょうど腹ペコだったし。ええと……そういや名前なんでしたっけ?」
「え、あ、えっと……アル、スです。アルス・アルマル」
突然名前を尋ねられ、人見知り故に少々テンパってしまう少女―アルス・アルマル。
「へ~、わりとよくある感じの名前ですね」
ケンカ売ってんのかコイツ。
「いやいや、冗談ですって冗談。まあとにかく、ありがとうございましたアルスさん!」
「う……」
思ったよりもストレートにお礼を言われ、ほんの少しだけこそばゆいような感じがした。
「いやあの、あの犬から助けてもらったのこっちだし……だからお礼を言うのは、その、こっちの方っていうか……」
「あ、そういやそうだった。よし!じゃあ感謝してくださいよ、アルスさん」
させる気無いだろお前。
どうにも呆れたアルスはハァ、とため息をつき、
「えっと、とにかくありがとうございました。それじゃ、その、ボクはこのへんで……」
とりあえずお礼を言い、そそくさとその場を離れようと青年に背を向けるアルスだったが、その背に青年が声を降らせてきた。
「え、送っていきますよ。またさっきみたいなことになっても後味悪いですし。野いちごのお礼もまだしてませんし」
「いや、え、だからお礼とかはその、別にいいですけど……」
適当な言葉をポンポンと放っているが、意外と律儀である。意外と根は真面目なのだろうか。
「まあまあ、これも何かの縁ってことで……ところで帰り道ってどっちの方ですか?」
ただの迷子じゃねーか。
一体どちらが送っていく側なのか分からなくなりながらも、とりあえず村に戻る方を指差してから一緒に歩き始める。ガサガサと足首程の草を踏みながら足を進めていく。そんな中、
「…………」
「………………」
どうにも気まずい。元々、アルスは人付き合いが得意なほうではない。なのだから初対面の人間相手ともなればなおさらだ。何か話しかけたほうがいいのだろうか。しかし、何を話題にすればいい?何故こんな森の中にいたのか、とかでいいのだろうか?など歩きながらつらつらと考えていると、
「そういえば、アルスさんはなんでこんな森の中にいたんですか?」
向こうも同じことを考えていたのか、聞いてみようと思っていたこととそっくり同じことを聞いてきた。
「えぇっと、ボクはその、ちょっと採集に来ただけ、というか……」
魔法使いというのは基本的にあまり良い印象を持たれないため、調合云々の部分は伏せて答える。
まぁその採集も野犬のせい(自業自得であるが)で、成果はゼロなのだが。
すると青年はアルスの言葉に引っかかったようで訝しげな顔で、
「え?採集って……女の子がそんな理由で一人でこんな森の中に?」
しまった、とアルスは自分の迂闊さを後悔する。
馬鹿正直に答えてしまった。先ほどのような野犬や時には狼、場合によっては怪物もいるかもしれない森の中に、アルスのような少女が採集目的で入るなど不自然極まりない。魔法使いであることを伏せたため怪しくなってしまったが、かといってアルスは魔法使いであると名乗りたくない。
どう誤魔化そうかとアルスが頭を悩ませていると、
「んー……アルス・アルマル……なんかどっかで聞いた気が……」
何やら隣で青年が難しい顔をして考え込んでいた。
アルスは無意識のうちに緊張した顔になる。これはまずい。名乗ったのは悪手だったか。
「……隣の家の犬の名前がそんな感じだったような……」
彼は二足歩行と四足歩行の区別がつかないのだろうか。
これは別に誤魔化さなくても平気かも知れない、とアルスが呆れ半分の目を向けると、
「あっ!」
エクスは唐突に叫んだかと思うとグリン!とアルスの方に向き直り、
「もしかして!アルスさんってあれでしょ、あの、たしか村の外れに住んでいるっていう魔法使い!」
ぎくり、とアルスは青年の言葉に体を強ばらせる。まずい、バレた。
なんと言うべきか言葉に詰まって、思わず視線を宙に彷徨わせる。
青年はそんなアルスの様子を肯定と受け取ったのか、
「えっ、じゃあアルスさんって魔法使えるんですか!?マジ!?すげー!どう見てもただの引きこもりなのに!」
魔法ぶち込んでやろうかコイツ。
アルスがイラっとした顔をするも青年は気づかずに、興奮したような様子で話しかけてくる。
「うちの村に魔法使いが住み着いたって聞いてたけどまさかこんな若い女の子とは……え、ってか年下だよね?俺より若いのに魔法使いとか凄くね!?」
「は?いや、ええ、と……」
グイグイくる青年にアルスは引き気味になる。というか魔法使いというだけで気味悪がったりする人もいるのに、なんなんだこの人は。
「いや……そんなすごくは、ないかと……」
ゴニョゴニョと小さな声でアルスは謙遜するが青年は、
「何言ってるんですか。魔法使いですよ?すごいに決まってるじゃないですか。アルスさんはもう少し魔法使いのすごさを知ったほうがいいと思うよ、マジで」
魔法使い本人に対して言う台詞としておかしいと思わないのだろうか。
何やら変わってはいるが、まあ思っていたよりもずっと好意的な反応だ。
すごい、すごい、とキラキラした眼を向けてくる青年。こうもストレートに称賛されると、何やらむず痒い気分になってくる。なんというか適当な発言といい、良くも悪くも子供のような性格のように感じる。
そんなことを話しつつ、鬱陶しい低木の枝を避けながら歩みを進める。森の中を歩くのはなかなかに疲れる。先程までは野犬に追われ必死だったため気づかなかったが、よくよく自分の身体を振り返ってみれば服はボロボロだし、体には細かい引っかき傷がいくつもついていた。木々の枝や固めの草のせいだろう。
帰ったら服を直して体には軟膏を塗っとかないと、と考え、ふと青年の方は大丈夫か尋ねようと顔を向ける。そこで、そういえば青年の名前を聞いていなかったことに気付く。自分だけ名乗っておいて相手の名前を知らないというのも、どうにも居心地が悪い。
チラッと僅かに、隣を歩いている青年の方を見やる。いつもなら、初対面の相手に自分から自己紹介を求めるのは、アルスにとって少々ハードルが高い。だがこれまでの会話で、緊張が少しほぐれていたのもあって、意を決して尋ねてみることにした。あるいは青年の良く言えば話しやすそうな、悪く言えば適当な雰囲気のおかげかもしれなかった。
「あ、ぁの~……そう、いえば。なんていうか……まだ、お名前の方、聞いていなかった、なぁ……なんて、思ったんですけど……」
多少しどろもどろになってしまった感はあるが、とりあえず質問は出来た。そんなアルスのぎこちない質問に青年はそういえば、という顔をしてからにこやかに自己紹介をしてくれたのだった。
「ああ、僕の名前はエクス・アルビオです。よろしく、アルスさん」
青年‐エクス・アルビオはアルスと同じ村に住んでいると言った。となると、アルスが彼に見覚えがなかったのは、単純にアルスの人付き合いの少なさによるものだろう。
「年は二十歳なんですか……思ったよりも年上なんですね」
エクスの年齢を聞き、とりあえず思ったことをそのまま口にする。背は高いが言動からしてせいぜい一つか二つ程度だと思っていたのだが、まさか四つも上とは。
そんな意外にもオトナだったエクスは、
「ですね。じゃあ僕はアルスさんの人生の先輩なんで、ちゃんと敬ってくださいよアルスさん」
到底敬いたくない先輩である。
アルスはこっそりと、小さく溜息を吐いた。野犬から助けてくれた事を考えても悪い人じゃないんだろうが、どうにも言動がアレな人である。あとムカつく。
「?……どうかしたんですかアルスさん?」
「別にぃ」
まあその分なんか話しやすいし、と一人頷きアルスは細かいことは気にしないことにした。
そんな感じでしばらく話しながら歩いていると、エクスが何かを見つけた。
「あっ!蜂の巣だ」
エクスの言葉を受け彼の視線の先を見ると、確かに大きめの蜂の巣があった。巣の周りはブンブンと恐怖を煽る羽音とともに何匹もの蜂が飛び交い、あまり近づかないほうがいい雰囲気がある。
「あー……危ないからあんま近づかないほうがいいですよセンパ……」
「これ蜂蜜とか取れないかな」(ツンツン)
「って何してんのぉ!?」
注意する間もなく、木の棒で蜂の巣をつつき回すエクス。ゴスッ、ゴスッとつつかれるたびに蜂の巣が揺れる。つつかれている所なんかは少し欠けてしまっている。
すると当然、蜂たちが怒り狂って襲いかかってきた。
大きめの蜂の巣から続々と黄色と黒の殺し屋のような虫たちが出てきているのを見て、エクスはそのままアルスのほうに全力ダッシュしてきた。当然、蜂たちに追いかけられながら。
「ちょっ!?なんでこっち来るんだよ!別のほう逃げてよ先輩!」
慌ててアルスも全力で逃げ出す。
「いや助けて下さいよアルスさん!ほら、魔法使えるんでしょ?」
「あんなちっこいのが色んな方向から無数に襲って来るのなんて無理だよ!もっと的が大きくて、動きも鈍くて二、三匹程度ならともかく!」
「はあ!?アルスさんが魔法使えるって言うから強気に蜂の巣をつついたのに!」
「知らないよ!人を勝手にアテにすんなよ!ってか先に確認しろよそういうことは!」
「じゃあ代わりに囮になってくださいよ!」
「ふざけんな!」
二人でぎゃあぎゃあと言い合いながら森の中を全力で駆け抜けていく。木の枝などで体がさらにボロボロになっていくが気にしていられない。とにかく走って走ってひたすら走る。息をきらし、足がパンパンになりながらも走り続ける。
そしてどうにか蜂から逃げ切った頃には森の端までやってきていた。
ハァ、ハァ、と荒い息を整えながら目を凝らすと、木々の間から少しだけ遠くにアルス達の村が見えた。
「まったく……ひどい目にあった……」
その場に座り込んで息を整えているアルスは恨めしそうな目をエクスに向ける。
「いやいや、それはこっちのセリフですよ。まさか村で唯一の魔法使いがこんなにポンコツだったなんて」
「はあ!?誰がポンコツだよ!そもそも先輩がいきなり訳分かんないことするからじゃん!」
体力に差があるのだろう、すでに回復しつつあるエクスの言葉にアルスは初対面ということも忘れてくってかかる。
だがエクスはキョトンとした顔で、
「え?だって魔法使いがいれば大抵のことはなんとかなるもんでしょ」
その言葉を聞いたアルスはハア、と溜息を吐き、
「あのね、魔法使いは万能じゃないんだよ。先輩が想像しているような魔法使いは物語の中だけ」
「えぇ……じゃあアルスさんは何ができるんですか?」
「たいしたことはできないよ。ボクはまだ駆け出しの半人前だし」
アルスの言葉になんだぁ、と分かったのか分かってないのかいまいち判別しにくい声を上げる。
そうしてるうちにまだ体は重たいものの、どうにか息が整ったのでアルスは立ち上がってお尻の辺りをパタパタとやる。
そして西の方角を見やると、真っ赤になって沈みゆく太陽が、それでも世界を燃えるような自らの色に染め上げていた。
「もう夕方……ハァ……結構な時間が経ってたんだ」
全力疾走とは別に、体の中にドロリとした泥水でも詰まっているような疲労を感じるが、それもこれだけ時間が経っていればごく当然に思えた。長時間森の中にいれば疲れるものだ。まあそれだけでもない、というかそれ以外の理由の方が大きい気もするが。
「おぉ~、夕日が綺麗ですね。うん、今日も悪くない一日だった!」
隣からは実にのんびりとした声が降ってくる。なんとものんきなものだ。とはいえ、森を抜けたのだし、これ以上気を張る必要もないのも確かなのだが。
「とりあえず、村に帰ろうか」
「そうですね。あ~、疲れた疲れた」
「こっちの台詞だよ」
そうして、森から村までの道を二人で歩き始めた。
村までの道のりは森の中と違って気楽なものだ。けれども何故かアルスの足取りは少しだけ重い。結果、エクスが二、三歩分前を歩く。
微かに黄金色に染まった世界を二人、緩やかな風の中を泳ぎながらゆっくり歩く。
そのまま歩いているとアルスは何かが聞こえた気がして、頭上を見上げると真っ赤な空を高く飛ぶ鳥がいた。あの鳥の鳴き声だったのだろうか。
鳥は赤い海を泳ぐかのようにゆっくりと夕焼け空を回っている。
ふと思った。あれは何という鳥だろうか。辺りを見渡しても目に映るのは一羽だけだ。群れからはぐれたのか、そもそも群れを作らない鳥なのか。分からない 分からないが一人ぼっちだ。一人ぼっちだが、あの鳥はどこまでも自由に紅の海を独占している。
草むらから微かに聞こえ始めた虫の声を聴きながら、アルスはなんとなくわずかな虚しさを感じ、上に向けていた視線を下に戻した。
「そういえばさ」
「なんですかアルスさん?」
なんとなく。気分を変えたくて、気になったことを尋ねてみることにした。
「エクス先輩って仕事は何してるの?」
「農家です」
即答であった。あまりに早い回答に怪しさを感じ、アルスはジト目になる。
「……ホントにぃ?」
「嘘じゃないですよ、僕を疑うって言うんですか?見てくださいよこのまっすぐな目!嘘ついている目じゃないでしょほら!」
「ちょっ近っ!?分かった、分かったって!」
目を合わせるためにいきなり顔を覗き込まれ、慌ててグイー、とエクスを押しのけるアルス。どうにも子供扱いされているような気がする。
「じゃあさ、作物は何作ってるの?」
どうにも疑念を拭えないアルスは、さらに質問を重ねてみることにした。
「……トウモロコシです。特産品の」
「うちの村の特産品は馬鈴薯なんだけど」
「……」
「…………」
「見てくださいよアルスさん!夕日がとっても綺麗ですよ!」
「それさっきも聞いたよ」
ハアァ、と本日何度目かの溜息を吐く。何故誤魔化せると思ったのか。というか自分の村の特産品ぐらい覚えておくべきだろうに。まあこの適当な性格では違和感もないが。
「エクス先輩、無職なんだ」
「無職じゃないですよ。今はただ自分のやりたい事を探してる最中っていうか」
「それを無職って言うんだよ」
なんというか『らしい』という感じはする。これで毎日真面目に汗水流して働いています、と言われても違和感しかない。
「アルスさんはいいですよね、魔法使いなんだから」
若干不貞腐れたような言い方だが、チラと顔を見れば純粋な羨望が見てとれた。『魔法使い』というだけで何らかの憧れがあるのかもしれない。
「んー、別に魔法使いっていってもなぁ。小遣い稼ぎ程度しか収入ないし、たいして変わんない気もするけど」
何気なく言ったアルスの言葉に、エクスは意外そうな顔を向けてきた。
「えっ、アルスさん魔法使いなのにですか?へー、魔法使いってもっとすごい感じかと思ってました」
「英雄譚の魔法使いじゃないんだから……というかイメージがフワフワしすぎだろ」
何やら過度な期待をしていたようだが具体的に何がどうすごいのかよく分からない。
エクスはへ~、などと相槌を打ちながら、道端に生えていた背の高い草をブチッと取り、フンフンと鼻歌を歌いながら暢気に振り回している。遊びから帰る子供のようだ。
「ま、アルスさんだしな」
「どういう意味だよ、おい」
ジロリとした視線をエクスに向けてやるとエクスは素知らぬ顔で目をそらした。
小麦畑のそばを通り抜け、道がぬかるんできたところでアルスはふと話題を変える。
「そういやさ、『エクス先輩』って呼び方、なんか先輩にはカッコ良すぎる気がすんだよね」
「いやいいだろ、カッコ良くて。そういう名前なんだから。ていうかそれならなんかもっとカッコイイあだ名とか考えてみてくださいよ」
本末転倒だろ。
蜂の巣の一件でお互い遠慮がなくなった(エクスは元からあまりしてないが)二人は、冗談を言い合いながら歩いていく。
「んー、あだ名、ねぇ……名前を略してエビオ先輩っていうのは?」
「カッコ悪っ!?つか俺が海老みたいじゃんそれだと!」
エクス・アルビオ。略してエビオ。アルスの考えたあだ名はどうやらお気に召さなかったらしい。
「先輩なんて海老で充分じゃん」
「は?テメ、アルスこら」
言葉だけ聞くと剣呑な雰囲気だが、クスクス、フフフ、とどちらともなく笑い出す。蜂の巣の一件は本当に険悪になってもおかしくなかった出来事だが、むしろそのおかげで距離が縮まっている。本人に自覚はなさそうだが、エクスには人たらしの素質があるのかもしれない。
そんな会話をしているうちにようやく村にたどり着いた。
「あ~、やっと帰ってこれたぁ」
一息ついたのか、ググッと大きく伸びをするエクス。
アルスもフゥーと大きく息を吐き、
「なんかすっごい疲れた……」
「まったくですね」
後半はお前のせいだよ。
アルスは心の中で突っ込む。とはいえ野犬から助けてもらったわけだしプラマイゼロといったところか。
二人で道をゆっくり歩いていると、いくつかの家からそれぞれいい匂いが漂ってくる。時間的に夕飯の支度だろう匂いを嗅ぎ、アルスは空腹を覚える。今日はとにかく走りまくったからか、いつもよりもお腹の虚無感が強い。
とりあえず自分も帰ってご飯にしようと思い、
「じゃあ先輩、ボクはそろそろ……」
「ああ、そうですね……ところでアルスさん今日は何食べるつもりですか?」
エクスも辺りから食欲に襲いかかってくる香りの暴力にやられたのか、夕飯のメニューを訊ねてくる。
「え……うーん……ベイクドポテトとポトフ、かなぁ」
アルスは少し考え、この村でごくありふれたメニューを答えた。正直に言えばもう一品何か欲しいところではあるが、財布的に厳しい。エクスにも言ったが、こんな田舎では魔法使いなんて儲からないのである。
「へー、いいですね。美味しそうで。いや、ほんとに美味そうだなぁ、マジで。いいなぁ」
なんかチラチラとこっちを見ながら美味そうと言ってくるエクス。その様子を見て、なんとなく嫌な予感がしたアルスは、
「それじゃ先輩も自分ちで美味しいご飯食べてね。じゃ!」
「いや待ってくださいよアルスさん!」
「チッ」
そのまま立ち去ろうとしていたアルスはエクスにガシッと肩を掴まれ、小さく舌打ちをする。
「アルスさん、実は僕今日食べ物食べたのアルスさんにもらった野いちごだけなんですよ」
犬よりヒドイ。さすが無職。
ハアァ~、と深いため息をつき、アルスはエクスに向き直る。
「それで?ひょっとして夕御飯を恵んでほしいってこと?」
「さすがアルスさん!話が分かる!」
アルスの言葉を聞き、エクスの顔がパッと明るくなる。そんなエクスを見てますます呆れた顔になったアルスは、
「まだご馳走するって言ってないけど」
「そんな!俺を見捨てるって言うんですかアルスさん!?」
途端に悲痛な表情になったエクスは、必死そうな目でアルスを見つめてくる。まるで捨て犬のようだ。というか自分で用意できないのだろうか。
「そんなにお金ないの?ご飯も食べられないくらいにさ」
「いえ、別にそういうわけじゃないですけど。そんないくらなんでもそこまで……」
「じゃ別に大丈夫だね」
「すいません、嘘です!ちょっと見栄はりました!」
慌てて立ち去ろうとするアルスを引き止めるエクス。そんなエクスにしょうがないな、といった表情を浮かべたアルスは、
「それじゃあさ、ベイクドポテトを一個分けてあげるよ。さっきも言ったけど、ボクも裕福なわけじゃないからそれで我慢してね」
食べ物を分けてもらえると聞いたエクスは子供のように目を輝かせて、そのまま踊り出さんばかりの勢いで喜ぶ。
「やった!助かった!ありがとうございますアルスさん!いえ先輩!アザッス先輩!アザッス!」
「いや、先輩はそっちだろ」
アルスのツッコミも喜びのあまり聞いていないようだ。一体どれだけ腹を空かしていたのか。
「それじゃあアルスさん!行きましょう、ほら早く!」
アルスの家も知らないはずなのに、そのまま歩き出そうとするエクス。どこに行くつもりだ。
「ほら、こっちだって先輩」
そんなエクスをアルスはやれやれといった調子で案内する。
まあ芋一つくらいならいいだろう。なんだかんだ言ってもお礼もしたかったし。芋を分けるくらいなら家に上げる必要もないし。ただポトフは譲らん。さすがに家に上げるのはマズイし。
そんなことを考えながらカラスの鳴き声のする中、二人でアルスの家に向かって歩き始める。エクスの耳にヒソヒソとした話し声が聞こえてきたのはその時だった。
「……ほら……あの魔女……れて……」
「……ああ……だ……子供た……かして……」
ヒソヒソとした話し声だというのに、その声はエクスの耳にやけに障った。
「…?」
なんだ、と思い首を巡らせて声の方を見ると、二人組の女性が慌てて目を逸らすのが見えた。
「先輩?どうかした?」
「ああ、いや。なんでもありません」
おそらくさっきの声が聞こえていなかったのであろうアルスが、急に明後日の方を向いたエクスを訝しんだのかくるんと振り返ってくる。
エクスは何でもないように取り繕うとそのままアルスの後ろをついていく。
「?」
少しだけ不思議そうな顔をしていたアルスだったがすぐに気にならなくなったのか、再び前を向くとエクスを先導する形で歩いていく。
アルスが前を向いたのを確認してからエクスがこっそり振り返ると、先程の女性二人が気味の悪そうな目を向けていた。いや女性二人だけではない。他にも複数の村人が同じように不気味なものを見るような視線を、前を歩く魔法使いに向けていた。
当の本人は気づいているのかいないのか。特に気にすることもなく普通に歩みを進めていく。夕焼けが照らす魔法使いは先程までと何も変わらない。
エクスは一瞬だけ足を速め、アルスの後ろではなく隣へと並んだ。
「アルスさん、俺もうお腹減ったんですけど。早く行きましょうよ」
「いや、急かしてんじゃねーよ。こっちはさんざん走ってクタクタなんだからな」
ぶすっとした顔で言い返すアルスは相変わらずゆっくりとした足取りだ。
「まあまあ。なんならおぶりましょうか?もちろん代金はいただきますけど」
「いらないよ、そんなもん。ていうか、なんだその新手の押し売り方式は」
本当におぶられてはたまらないと思ったのか、アルスは文句を言いながらも足を早める。おかげでアルスがまた先導するような形になる。もっともアルスがアルスの家に案内しているので何もおかしくはないのだが。
エクスはそのままアルスの少し後ろを、アルスが影になるように歩く。
歩きながらこうして目の前の少女を改めて見るとなかなかに小さい。年下なのだから当たり前ではあるが、エクスとしては噂に聞いていた魔法使いが目の前の少女であることにどうにも違和感がある。村の連中があれだけ言っていたのだからどんな人物なのだろうと思っていたのだが。まあエクスとしても村の人間の言うことなど全て信じていたわけでもないが。
こうしてアルスと歩いていると、一緒にいるエクスにも奇異の目が向けられているのが感じられる。こうした反応を見る限りではやはり目の前の少女こそが噂の魔法使いなのだろう。
はぁ、とエクスは小さく溜息をつく。まあ気にしても仕方ない。そう考えているとアルスが一瞬だけ足を止めるのが見えた。
すぐに歩き出したアルスにどうしたのかと目を向けると、すぐ近くを通った男性に唐突に声をかけられた。
「おや、こんにちは魔法使いさん。ああ、いや……もうこんばんは、かな?」
にこやかに声をかけてきたのは目が細く、痩せた長身の男で、数年前に村にやってきたこの村唯一の医者だった。首元から二本の角があしらわれ、真ん中に赤い宝石がはめ込まれた変わった首飾りを下げている。
「あ……どうも」
声をかけられたアルスは再び足を止め、俯きがちに小さな声で挨拶を返す。
医者の男はアルスの挨拶に小さく鼻を鳴らす。
「こんばんは」
とりあえずエクスもアルスに追いつき、挨拶をしておく。するとにこやかな態度から一変し、医者の男は不機嫌そうな、それでいて驚いたような顔で、
「おや珍しい。男連れですか」
土埃が気になるのか、何度も自分の服や体をはたいていた医者はその手を止めて、エクスを上から下まで眺める。
「あ、いや……男連れっていうか、その、たまたま会って……」
「ほう。たまたま」
小さい声で答えるアルスに、医者はエクスとアルスを交互にジロジロと無遠慮な視線を送る。
「まあ別に何でもいいですけど。様子を見る限り、何やら得体の知れない術で誘惑したわけでもなさそうですし」
もっとも、と医者の男は言葉を区切り、小馬鹿にするようにただでさえ細い目を目を細めると、
「あなたはまだ駆け出しの半人前なんでしたっけ?それじゃあ特に心配する必要もありませんね」
「…………」
アルスは俯いたまま何も喋らない。その様子に医者の男は軽く溜息をつくと、もう用はないとばかりにアルス達の脇をスタスタと通り過ぎる。
だがエクスの横を通るときに小さな、けれどもアルスにもギリギリ聞こえるくらいの大きさで、
「君も付き合う友達は選びなさい。彼女が魔女だということは知っているでしょう」
言うだけ言うとそのままさっさと歩き去っていった。
「…………」
アルスは黙ったまま立ち尽くしている。そんな少女にエクスはなんと声を掛けるべきか分からず、同じように棒立ちになってしまう。
結局先に動いたのはアルスだった。
「……ごめん、変なとこ見せちゃって。行こっか」
アルスは不自然に明るい声でそう言うと再び歩き始める。
エクスはアルスの後ろを歩きながら何度か口を開け閉めした後、躊躇いがちに話しかける。
「なんていうか、その……大変ですね」
基本的に健康なエクスは今まで医者とまともに話したことはなかったが、あんな嫌な性格だったのかと呆れる。あの様子では絡まれたのは今回が初めてではないだろう。
アルスはエクスの言葉に一瞬だけ止まりかけたが、結局そのまま歩き続ける。
「……まあ仕方ないよ。ボクは魔法使いだし、なによりあの人は仕事が被ってるし」
「仕事が被ってる?」
医者と魔法使いなんて全然違う職業ではないのか。そんなエクスの疑問にアルスは振り返らないまま答える。
「えっとね、まず医者の仕事については説明するまでもないと思うけど、魔法使いは魔法使いで怪我とか病気とか治したりもするんだよ」
「ああ、なるほど。魔法で治すのか」
納得の声を上げるエクスにアルスはようやく振り向いた。
「違う違う。確かに魔法で治すこともあるけど、大抵は薬草とかを調合したりするの。本で読んだことない?魔法使いが薬を調合したりするとこ」
「あー、確かに。言われてみれば読んだことあるような……」
子供の頃に読んだ本などでそんな場面があった気がする。というか魔法使いといえば森に住んでいて薬草などに詳しいなどという話も読んだことがある。
「つまりあいつからしたら商売敵っていうわけか」
「一応住み分けはできてるんだけどね。高いけど早く治したいならあっちで、時間はかかるけど安く済ませたいならこっち、みたいな感じで。あとはやっぱり大怪我だとか難病だとかはやっぱり医者が診た方がいいだろうし」
アルスは赤い空を見上げると軽く息を吐いて、
「でも普段はあんなじゃないというか、あれこれ気を遣ってくれて優しい人なんだけどな。虫の居所が悪かったのか……けれどまあ、やっぱり面白くはないのかも。ひょっとしたら後から村に来たくせに、みたいに思われてるかもだし」
なにより、とアルスは呟くと、
「魔法使いは嫌われ者だから」
そう言って仕方ないとでも言うように小さく笑った。
「……」
再び前を向いて歩き出した少女になんと言っていいか分からず、エクスは何度か口を開け閉めする。アルスはアルスで前を向いたまま黙ってしまっている。お互いの沈黙が二人の間にどうにも気まずい空気を作り出す。
ややあって、
「……まあでも俺だったら喜ぶけどなぁ。単純に仕事が減るわけだし。むしろアルスさんにどんどん押し付けるけどね」
「いや、ダメ人間の発想じゃねーか」
口調こそ呆れたものだったが、振り返ったアルスはどこかほっとした顔をしていた。
「ほら、そんなことより早くしないと日が暮れちまうぞ」
アルスはそう言うとすぐに前に向き直り、足を速めてさっさと歩いて行ってしまう。
その後をついていくエクスの耳に、また後ろでヒソヒソとやっていた村人の声がするりと入り込んできた。
『子供たちの死もきっとあの魔女の呪いに違いない』
エクスは思わず振り向くが村人たちはすでにこちらを見てなどおらず、何事もなかったかのように振舞っている。
「センパーイ?置いてくよー?」
「あっ、はい。今行きます」
アルスの声にエクスは慌てて後を追いかける。
どうせただのくだらない噂だ。そう考えてエクスは小走りで走り出した。
その背中に突き刺さる悪意に彼が気づくことはなかった。
アルスの家は村の外れにある大きな林の中にあった。いや大きさ的にはもはや小さな森かもしれない。そんな木々に囲まれた中エクスの驚く声が響いた。
「ええ、すごっ!?何この家!?」
エクスが驚くのも無理はない。アルスの家は普通の家と違ってとても大きな樹の中にあった。樹齢何年なのだろうか。
しかし村の近くにこんな大きな樹があっただろうか。こんなに大きな樹があるのなら村人全員が知っていて当然だろうに今まで聞いたこともない。エクスだってこの村で生まれ育ったのにまったく知らなかった。はたしてそんなことがあり得るのだろうか。
しばし首を傾げていたエクスだったが、まあ魔法使いなんだしな、と適当に納得した。
そんな大きな樹をくり抜いて作られた家はいかにも魔法使いの家といった感じだ。近くには見たことのない木や花が生えている。
「じゃあこのへんでちょっと待ってて」
心なしか自慢げな顔をしたアルスはそう言うとエクスを残して家の中に入っていった。
一人ポツンと残されるエクス。
「暇だな……」
手持ち無沙汰になったエクスは退屈しのぎに家に周りをうろちょろし始めた。
「なんだこれ?こっちも、あ、あれも見たことないな」
よく分からない植物をつつきまわしては別のに興味を持ち、かと思えばさらに別の花を弄くりまわしている。あっちにこっちにと落ち着きなく動き回っている。
そうこうしているうちに、
「あ、ヤバ」
見たことのない木の枝を弄っているうちにポッキリと折ってしまった。
「マズイ……どうしようこれ……」
枝を片手に狼狽えるエクス。木の表面は黒っぽい鱗のようになっており、石のように硬い。このあたりではまったく見覚えのない木だ。恐らくアルスが自分で育てていたのだろう。
なにせ魔法使いの育てている木だ。貴重な木に違いない。そう考えたエクスはどうするべきか頭を悩ませる。
「……よし。埋めてしまおう」
どうやら素直に謝る気はないらしい。
証拠隠滅を図るエクスはさっそく適当な地面を探す。埋めた跡がバレないように見つかりにくい場所にしなければならない。
「ここでいいか」
そう呟いてエクスが選んだのはアルスの家の玄関の脇。よく分からない草が生い茂っていて、さらに玄関の扉の影になる場所だ。ここならそうそうバレないだろう。
そう考えたエクスは地面を掘るためにしゃがみこむ。これだけ草が生い茂っていれば地面に置くだけでもバレなさそうな気はするが、念には念を入れるべきだ。
するとその時、
「お待たせー」
「ボゴォッ!?」
アルスが気づかず開けた玄関の扉が顔面にクリーンヒット。どうやら天罰は会心の一撃を繰り出したらしい。
声が聞こえたのだろう、扉の裏を覗き込んだアルスは、
「え……何やってるの先輩?」
顔を押さえて芋虫のように地面をのたうち回るエクスを気味悪そうに眺める。
「い、つつ……ア、アルスさんが扉で攻撃してきたんじゃねーか……」
芋虫もどきはまだ顔を押さえつつも、なんとか起き上がって恨みがましい目をアルスに向ける。
「え?ぶつけちゃった?ごめん、気づかなかったわ」
言われたアルスはちょっと驚いた後、気まずそうに目を逸らしながら謝罪する。だがふと何かに気づいたように、
「っていうかエビオ先輩はそんな所でなにやってたの?」
今度はエクスが目を逸らす番だった。
「えっと、その……ちょっと蟻の巣の観察をしてたんですよ」
「先輩っておいくつだっけ?」
何やら隠しているようだ。そう感じたアルスはエクスの周りをじっくり観察する。すると近くに折れた木の枝が転がっているのを見つけた。見覚えのあるそれはまだ折れたばかりのように見える。
「あー……えっと……」
アルスの視線に気づいたエクスは気まずそうに視線を彷徨わせる。
「それ先輩が折ったの?」
「いやえっと、折ったっていうかその、自分から折れたというかですね」
なおも言い訳をしようとしていたエクスだったが、アルスにジトリとした眼を向けられると、
「すいません!なんか触ってたら勝手に折れちゃいました!」
赤くなった鼻を押さえながら頭を下げた。
「あー……まあいいよ、別に。っていうかやっぱり偽物かぁ……」
アルスは仕方ないなといった顔で一つ息を吐いたかと思うと、何やら口の中でブツブツと呟きながら何やら考え込み始めた。
「え、どうかしましたか?」
「ん?ああ、なんでもないよ。とりあえずそれは気にしなくていいから……っとそうだ。はい、これ」
エクスの声に我に返ったアルスは肝心なことを思い出し、木の皿に乗った約束の食料を差し出す。
「やった!ありがとうございます!」
皿ごと食べ物を受け取ったエクスは、喜色満面といった様子でさっそくその場で食べ始める。まだ出来立てということもあってか外側はともかく中は熱々だ。エクスはハフハフ言いながらも美味そうにかぶりついている。
「んー……」
そんなエクスを尻目にアルスは地面にしゃがみこんで折れた枝を拾うと、元々の木と見比べて何かを考え込んでいた。
エクスはその様子を見て、
「あのー、なんか本当にすみません」
「別に気にしなくていいって。ちょっと気になることがあっただけだから」
「気になること?そういやさっき偽物がどうこう言ってたような……」
貰った芋にがぶりとかぶりついたエクスはそのままモグモグと食べながら折れた枝を観察する。偽物とはいったいどういうことなのだろうか。
「えっとね、これはロープスっていう木……だったはずなんだけど」
「違ったんですか?」
エクスの言葉にアルスはこっくり頷く。
「これが本物のロープスの木ならセンパイが折れるわけないからね」
折れた枝を拾い上げたアルスは軽く溜息をつく。よく分からないがやたらと頑丈な木なのだろうか、とエクスは残りを頬張りながら見たことのない木を想像する。
「やっぱあの商人に騙されたかぁ……おかしいと思ったんだよなあ、ロープスの苗木なんてそこらの行商人が持っているとか」
枝をしげしげと眺めて何やらブツブツとボヤいているアルスを見ながら芋の残りを口に放り込む。
「御馳走様でした!」
アルスが恵んでくれた食料をきっちり完食したエクスは、満足したとばかりに大きく伸びをする。
「ありがとうございましたアルスさん!あ、これもどうも」
「あ、うん。満足したなら良かったけど」
エクスのお礼とともに差し出された皿を受け取ったアルスは、持っていた枝をもう興味はないとばかりにそこらへんの草むらに放り捨てる。
「そのロープスの木って本物だったらどんな感じの木なんですか?」
なんとなくふと気になったエクスは家の中に戻ろうとしていたアルスに尋ねてみる。エクスの問いかけにくるりと振り返ったアルスは、ボクも本で読んだことしかないけど、前置きしてからゆっくりと話し始めた。
「ロープスの木ってのは女性が育てるか、月に一度血を与えなければ育たないとされる植物でね、その花の香りは嗅いだ者をどんな強い酒よりも酔わせ、その実は十一匹の毒蛇と二十二匹の毒蜘蛛の毒を混ぜ合わせたものよりも猛毒になるって言われてる木だよ」
アルスの説明した木を頭の中で思い描いたエクスは眉を顰める。
「なんか気味の悪い木だな」
「まあそれだけだとね」
アルスは偽物だった木の下まで歩いていくと、持っていた皿の裏側でエクスが折った部分をコンコンと叩き、
「ロープスの木は別名英雄の木って言ってね、本物は英雄とされる人以外にはこんな風には傷つけられないんだよ」
「英雄?それって何をもって英雄ってなるんですか?」
「それはボクも分からないけど」
エクスの疑問にアルスはあっさりと適当な感じで答える。
「いや、分からないって……っていうかアルスさんはなんでそんな木を育ててたんですか?自分は英雄だと思い込んでたとか?」
「もしかしてケンカ売られてんのかな?」
エクスの無遠慮な物言いにアルスはジトリとした目を向ける。が、すぐにハァといきを一つ吐いたアルスは偽物の木の鱗みたいな表面を叩きながら、
「ロープスの木ってのは悪い効果ばかりじゃないんだよ。さっき英雄とされるものにしか枝を折ることはできないって言ったじゃん?」
「はい。それがどうかした?」
「もしも折ることができたならその人は一度だけ敗北から遠ざかるって言われてるんだよ」
「敗北から遠ざかる、ですか」
それはつまり勝負事に負けにくくなるということだろうか。もしそうなら賭け事の前に折っておくといいかもしれない、とエクスは益体もないことを考える。
「つまり僕は英雄だったということですね」
「なんでだよ。一番ありえないわ」
突っ込むアルスにケラケラと笑うエクス。まあ実際自分が折れたのだから偽物なのだろうとエクスは思う。
「あと葉っぱはかなり効果の強い薬になるしね。なんでも次の日まで持たないくらい死にかけの人も一晩で治るとか。というかボクはこっちが目的だったんだけど」
結局無意味だったな、とアルスはため息をつく。
八つ当たりなのか離れる前に木を軽く蹴る少女を見てエクスはぼんやりと考える。
なんというか、本人も言っていた通りやはりまだまだ駆け出しなのだろう。どんな口の上手い商人だったか知らないが、騙されて偽物を掴まされるというのはなんというか魔法使いらしくないように感じる。
というかそもそもロープスの木は実在するのだろうか。伝説というか御伽噺の中の存在なのかもしれない。この少女も本で読んだことがあるだけのようだし。
「何だよ、人のことじっと見て」
「いえ、別に何でもないです」
じっと見ていたことを不審がられたのか、アルスは訝しげな目を向けてくる。エクスはそれをパタパタと手を振り適当に誤魔化す。
まあまだ若い、というか自分よりも年下なのだし仕方ないだろうとエクスは結論づける。駆け出しということはこれからどんどん成長していくのだろう。そうなれば自分もそのうちその恩恵に与れるかもしれない。
「なんかロクでもないこと考えてそうな顔してる」
「そんなことないですよ。僕は世のため人のためになることを考えてますからね、いつも」
「まっすぐな瞳で堂々と嘘吐くんじゃないよ」
呆れた顔でそれじゃあね、と家の中に戻ろうとするアルスに、エクスはとりあえず今のうちから与れる恩恵に与ろうと考える。
「ところでアルスさん」
「何?」
「やっぱりちょっと足りないんでもう少し何かくれませんか?」
「いいから帰れ!」
昨日は疲れた。
アルスは調合を依頼された薬を届けに、朝早くから道をテクテク歩きながらそんなことを考えていた。
頭に浮かぶのはあの適当な先輩の姿だ。
騎士と言われても通りそうな風貌とは裏腹に、万事いい加減で考えなし。そのくせどこか憎めないところのある人物。
野犬から助けてくれたと思ったら恩着せがましいことを言ってきて、かと思えば子供のようにストレートに称賛してくる。そしたら今度は蜂の巣をいじくりまわして、あげく晩御飯をたかろうとする…よくよく考えてみると総合的にマイナスの方が大きくないだろうか。
そこまで考え、まあこういうのは天秤の秤にかけるようなものじゃないし、とアルスは小さく息を吐く。商売以外で損得を計算するのは良くないことだ。
いまいち疲れがとれていない気もするが、まあ仕方ないとアルスは村の中を歩く。
そのままテクテクと歩き、薬の依頼主である村の老婆の家を目指す道すがら、道端に生えている木苺の実を朝ごはんの代わりにする。満腹には程遠いが空腹感は消えたし、これも節約である。
さて朝御飯も済んだし、と再び歩き出そうとしたところで、道の向こうから見知った顔が歩いてくるのが見えた。
「あれ、まゆ君じゃん」
「どーも」
アルスの声に、どことなく気だるげな返事を返してくる青年。名はカイ・マユズミ。アルスにとって信頼できる数少ない友人の一人であり、このあたりでは珍しい極東の民族である。ちなみに向こうの文字で書くと『黛灰』らしい。アルスがこの村に住み着いたのと同じ頃に偶然同じように村にやってきたため、意気投合して親しくなった青年だ。
「こんな朝早くから何してるの?」
トテテ、とアルスは軽く駆け寄る。
「ん、昨日捕れた鹿の解体を手伝ってた」
ほら、と黛が見せてきたのはなるほど、二キロ程の肉の塊だった。なかなかに美味しそうだ。
「お~、いいなぁ。後でちょっと分けてよ」
「銀貨三十枚ね」
「ぼったくりじゃん!?」
このあたりでは、鹿肉が二キロ程度で銀貨三枚程の値段である……ぼったくりにも程がある。
「まあハーブと交換ならいいけど」
「やった。さすが黛」
せっかくのお肉。今日はなんの料理にしよう、と久しぶりの肉に喜ぶアルス。その腕に抱えられている荷物をちらりと眺めた黛は、
「アルスは薬の配達?」
「うん。いつものお婆さんのとこまで」
「……ちゃんと報酬もらってる?」
僅かに。しかし確かに心配そうな目を向けてくる友人。
「大丈夫だよ。ボクだってそこまで気弱じゃないって」
そんなありがたい友人に心配いらないと笑ってみせるアルス。
その様子をじっと見つめてくる黛はボソッと、
「割と都合いいよね、魔法使いに対して。この村に限った話じゃないんだろうけど」
黛の呟きを聞いたアルスは、さっきとは違う曖昧な笑みを浮かべる。どんな顔をすればいいか分からなかったのだ。
「じゃ後で取りに来て」
そんなアルスに気を遣ってか、それ以上は言及せずに立ち去ろうとする。黛の気遣いにアルスは感謝しながら、
「それじゃあ黛、また後で」
友人に軽く手を振り、アルスは薬を待っているだろう老婆のもとへ急ぐのだった。
チュンチュン、という鳥のさえずりが聞こえる。うっすらと瞼を持ち上げれば、朝日が光の槍の如く目に突き刺さる。
「ふぁ~ぁ……もう朝か……」
頭の中に眠気のモヤをまとわりつかせたまま、エクスはのそのそとベッドから体を起こしゆっくりと体を伸ばす。固まった筋肉がわずかながらもほぐれていくのが心地いい。
「今日はどうすっかなあ……」
とりあえず顔でも洗うかと家の外の井戸に向かう。のたのたと歩きながら今日はどのようにして過ごそうかとぼんやりと頭を働かせる。昨日は何か食べ物がないかと森に入ってみたが、結局森で得られたのはわずかばかりの野いちごだけだった。というか野いちごで得たカロリー以上に動いた気がする。あれでは本末転倒というやつだろう。
「やっぱ真面目に働くしかないかな……いやでもなあ……」
バシャバシャと顔を洗ってから、犬のように頭をブルブルと振って水を飛ばす。
そうしながら考えるのは今日を含めた生活のことだ。
別にエクスは働くことそのものを忌避しているわけではない。正直面倒だとは思うが、逆に言えばその程度だ。それよりも、いや、何よりもエクスにとって嫌なのはこの村の『空気』に飲み込まれることだ。エクスが毎日感じているこの村の息苦しい空気。それを作り出しているのは当然村人達だ。この村で『真面目に働いてまっとうに暮らす』ということは、彼らと同じ側に回る事だとエクスは考えている。
傍から見れば言い訳のように思うだろう。だがあのどうしようもなく気持ちの悪い空気を感じているエクスはああはなりたくないと本気で思う。それがエクスの嘘偽りない本心なのだ。
そこでエクスはフゥー、と一つ息を吐いて思考を切り替える。この村についてうだうだと愚痴のような考えを続けていたところで腹は膨れない。ならば今日はどんな旨いものを食えるか考えた方がいい。実際にありつけるとは限らないが。
そんなわけで少しの間腕を組み、うーん、と考えたエクスの出した結論は、
「よし!とりあえず何かないか村の中を見てまわろう」
なんとも適当な方針のもと、エクスは自分の家を後にした。
そして。
「なんもねぇじゃねえかクソ……」
曇り始めた空の下、村をぐるりと一周したエクスは一人どんよりとしていた。
いつもなら道端に勝手に生えている木苺やスグリなどで多少なりとも食えるのだが、今日に限ってどこも熟した実は取られた後だった。村の子供達がおやつにでも食べたのだろうか。ちなみに中途半端に熟した実をエクスは「これは食えるかもしれない、いやきっと食えるはずだ」と口に放り込んでみた結果、口の中で悪魔が暴れまわるような気分を味わうハメになった。果物は完熟を待ってから食べましょう。
「うう、腹減ったなぁ……」
なんとも情けない声を出して嘆くエクス。とはいえ呻いていても空腹は収まらない。心なしかヨロヨロとした足取りになりながらも食料を求めて歩き出す。
「はあ……どっかに豚の丸焼きでも落ちてないかな……」
もはや事件だろそれ。
鼠が空を覆い尽くしたかのような曇り空の下、エクスは再び食べ物を欲し、フラフラと彷徨い歩く。
そうして歩いていると時々村人とすれ違うが、皆視線が冷たい。
エクスはエクスでその度に村人達にウンザリした視線を返す。第三者から見れば正しいのは村人達の方だろう。エクスもそれは分かっている。だが、他人の常識など知ったことか。これは自分たちの勝手な価値観で人を縛り付けようとするこの村への、いわば意地のようなものだ。
「おや、エクスくん」
「あ……どうも」
再び村を半周ほどした時、一人の中年が話しかけてきた。
「今日もまたフラフラしてるのか?そんなんでどうするんだ、いい年して」
「いやあ、まあ」
ハハハと愛想笑いで誤魔化す。そんなエクスをジロジロと眺めるとハァ、と溜息をつき、
「フン、まったく最近の若いもんは……」
小さく鼻を鳴らし、去っていく中年の村人から視線を外して正面に向けると、そこに昨日知り合ったばかりの少女の姿が見えた。
「あっアルスさんじゃん!」
ちなみに昨夜、エクスは食べ物をねだりすぎてアルスに怒られてしまったのだが、
「昨夜もらったベイクドポテト美味かったなぁ。でも一個しかくれなかったんだよなぁ。最初はいいやつだと思ったんだけど、アイツ多分性格良くないぞ多分。俺みたいな性格してるぞ多分」
これである。ちなみに、これがいわゆる自虐である。
アルスは老婆に何かを渡していた。聞こえてくる会話から察するになにやら調合した薬草か何かを渡しているようだ。そうして薬のお礼だろう袋をアルスに渡して二言三言言葉を交わすと老婆はそのまま去っていった。
まあとりあえず挨拶に声でもかけるかと近づき、後ろから肩を叩こうと手を伸ばしたところで運悪くアルスが振り向いてしまった。
結果、
「痛っ!?」
「あっやべっ!」
肩を叩こうと伸ばした手が、振り向いたアルスの顔にそのままぶつかってしまった。
「ちょっと待ってゴメン、ちょっと待って今のこんにちは……違う違う違う!違う今のこんにちはは本当に違うんです、違います俺……違う……」
思わぬ事故に焦りながらもなんとか弁解しようとする。
「そんなに射程長いと思ってなかったんすよ僕の手!今僕の手二メートルくらいありましたもん」
どんな言い訳だ。
一方アルスはというと、
(え、何、なになに……え、殴られた?え何で?誰?……カツアゲか何か?)
突然のことにパニックになっていて、相手がエクスだということにも気付いてない。殴られたというよりは少し強めに当たっただけだが、予想外すぎることは混乱をもたらす。
(と、とりあえずカツアゲなら何か渡さないと……お金はないし、さっき薬のお礼にもらった馬鈴薯でも……)
「違うんです僕自分の手一メートル……」
スッ。(馬鈴薯)
「……いい後輩をもったものだ」
そのままアルスの差し出した馬鈴薯を受け取るエクス。彼に誇りはないのだろうか。
と、そこでようやくパニックが治まったのか、アルスが目の前の人物に気が付く。
「え……エビオ先輩?」
「あ、マズ」
慌てて言い訳しようとするが、その前に通りかかった人物が声をかけてきた。
「あれ、アルス?何してるの?」
「まゆママ!えび先輩がカツアゲするよ!」
「え、いきなりなに?」
黛はいきなり泣きついてきたアルスに戸惑うも、カツアゲと聞きジロリとエクスに目を向ける。
「エクス?どういうこと?」
エクスのことを一応知っている黛は視線を若干厳しくしたままエクスを問い詰める。
一方エクスはというと、
(ヤバイ!ヤバイばれ……ぎゃ……逆を装うんだこういう時は。こういう時は自分が被害者になる……被害者面をすればいける!そう習った俺は)
先生に謝れ。
「してないです。っていうかカツアゲされました!」
「?……情報が錯綜してる……」
正反対のことを言う二人に、『?』マークを浮かべながら二人を見回す黛。
そんな黛の横で思いっきりジト目で見てくるアルス。視線が痛い。
「何言ってんだよ!ボクから馬鈴薯カツアゲしただろぉ!」
「いえ!馬鈴薯カツアゲされました!」
「クズの極み!!!」
モガー!と怒る被害者とシラを切り通そうとする自称被害者(加害者)
その時、言い合いをする二人を見ていた黛があることに気付いた。
「エクス。そのポケットの膨らみは?」
途端にピタッとエクスの動きが止まる。そして何故か明後日の方を向いたエクスは、
「……さっきそこで拾ったやつです」
「アルス。俺の家から弓矢持ってきてくれる?」
「すみませんでしたぁっ!!」
手のひら返しでガバァッ!と頭を下げるエクス。さすがに射抜かれるのは御免のようだ。
「いや違うんですよ黛さん。カツアゲしたとかじゃないんですよ、自主的にくれたんですよこの人」
「いや、あげてないよ!何が自主的にだよ!」
すかさずアルスがツッコミを入れてくる。というか本人の前でその言い訳は無理がある。
とりあえずエクスは誤解を解こうと説明することにした(半分位は誤解ではないが)
「あの、あのですね。アルスさんがいたんで後ろから手を伸ばしたら、なんていうかタイミング悪くアルスさんが後ろに振り向いて」
「え、つまりさぁ、後ろからこっそり盗もうとしたらボクが振り向いたから焦って、殴ってカツアゲすることにしたってこと?」
「違うって!なんでそうなるんだよ!?誤解じゃんそれ!だからそうじゃなくてですね……」
結局。誤解を解くのに十分程の時間を要した。
そして十分後。
「要するに最初は事故だったけど、それでボクが勘違いして差し出した馬鈴薯をこれ幸いとパクろうとしたってこと?」
きちんと誤解は解けたようだ。
「いや別にパクろうとしたわけではなくてですね」
「したんだよね?」
「……申し訳ございませんでしたぁ!」
全力で頭を下げるエクスを見てジト目から一転、呆れた顔でアルスは溜息を吐く。
「いやぁホントすいませんアルスさん!お腹減っててつい!」
「あ~……まぁ、いいよもう。パクろうとしたのはともかく、殴られたのは事故だったんだし」
「あざまっす!流石アルスさん!心が広いですね!」
なんとも調子がいい。とはいえ口先だけでなく、本気で感謝してそうなところがどうにも憎めない男である。
そこで黛が、
「まあとりあえずポケットの中身返して」
「あ、はい。そうでした」
エクスはそのままポケットをゴソゴソとやり、馬鈴薯を取り出したところで何故か動きをピタリと止め、
「……」
「?どうしたのセンパイ?」
「うーん……やっぱ一個ぐらいもらえないかな……」
「ダメに決まってんだろぉ!」
この期に及んでこのざまである。どうやら感謝はしても反省はしていないようだ。
エクスはしょうがないかあ、などと呟きながら渋々といった様子で馬鈴薯を差し出した。
「それじゃはい、黛さん。ほらちゃんとママに返しましたからね」
「誰がママだ」
「っていうかボクに返せよ」
何故か黛に渡すエクス。ついでにアルスがママ呼びしていたからと、何故エクスもママ呼びになるのだろうか。
そんなこんなで。
「はあ。なんかドッと疲れた……」
疲れた顔で溜息を吐くアルス。一方その元凶は、
「お疲れ様でーす」
誰のせいだよ。
魔法の一発でも撃ち込んでやろうかとアルスが考えていると、黛が声をかけてきた。
「それじゃアルス。俺はこのへんで失礼するよ」
「え、ああ。お疲れ黛……って、馬鈴薯は?」
そういえば黛がエクスから渡された馬鈴薯を、アルスはまだ受け取っていないことにはたと気付く。
「え?でもこれは俺がエクスからもらったものだし」
「いやなんでだよ!?別にセンパイはあげた訳じゃないじゃん!」
「くれたんだよね?」
どこか面白がっている雰囲気を出しながら、黛はエクスに問いかける。
するとエクスも何かを察したのか、僅かにニヤッとしながら、
「そうですね。それは黛さんにあげたやつです」
「いい加減にしろぉ!」
遊ばれアルス。もはやオモチャのようだ。
「じゃ、はいこれ。それじゃ」
アルスをからかって満足したのか、今度こそ馬鈴薯を渡して去っていく黛。それを見送ったアルスはエクスのほうを向き軽く挨拶して去ろうとすると、先にエクスが話しかけてきた。
「ところでアルスさん。一つお願いがあるんですけど」
「……何?」
なんかまたイヤな予感がする。
「お昼ご飯恵んでくれませんか」
「いや、ほんとにいい加減にしろぉ!」
その魔法使いは暗い地下室を歩いていた。その背中には大きめの袋を担いでいる。
押しつぶすように覆いかぶさる暗闇に対して、唯一の明かりである右手の燭台が放つ光はぼんやりと朧げであまりにも頼りない。
それでも魔法使いはそんなことなどお構いなしに迷いのない足取りで進んでいく。その勝手知ったるといった歩き方は言外に、この小さな闇の領域の主は自分だと主張しているようであった。
闇を掻き分けるようにしながらしばし歩くと地下室の終わりに行きあたった。壁際には何やらたくさんの物品が並べられていた。整然と並べられたその様は持ち主の性格を表しているかのようであった。
魔法使いは燭台を近くの棚に置くと、その中から一つの大きな箱を抱えるように取り出して目の前に置き、そして担いでいた袋を丁寧に床に下ろした。
「……ふうぅ」
文字通り肩の荷が下りた魔法使いはやれやれといった風に大きく息を吐く。ついでに大きく首を回してゴキゴキと音を鳴らす。
「さて」
魔法使いはかがみ込むとゴソゴソと袋を漁って何かを取り出す、そして取り出したそれを丁寧な手つきで目の前の箱に仕舞い込んだ。
そのまましばしの間何かを仕舞い込んだ箱を覗き込む。
「……ふふっ」
箱の中を眺める魔法使いは口の端を小さく歪ませて笑みを零す。ゆっくりとした手つきで中身を何度か撫でた魔法使いは箱に蓋をすると元の場所へときっちりと戻す。乱れがないようにきちんと注意を払うその姿は、僅かな乱れも許せない神経質さを感じさせる。
そして魔法使いはくるりと踵を返すと再び燭台を手に取り、カッカッと足音を響かせながら出口に向かって歩き出した。
赤ん坊の死体が詰められた箱を背にして。