仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー 作:春風れっさー
そこは見渡す限りの荒れ地だった。
地平線まで広がる赤茶けた大地。僅かに存在する背の低い草むらを通り過ぎ、吹いた風は乾いた空気に溶けて消えていく。真っ青な空は何処までも澄んでいるが、清々しさと同時に虚無的な寂しさも彷彿とさせた。生き物の気配は乏しく、口が裂けても命溢れるとは言えないような荒野。
そこを、二人の少女が駆けていた。逃げる方と、追う方で。
「はぁ、はぁっ……!」
一人は黒い服を着た少女。婦警の制服にも似た装束は砂地の上を引きずり回したかの如く汚れていて、ところどころがほつれている。肩に付けた青い腕章には星の記号と、上書きする×が刻まれていた。少女は余裕の無い表情でひたすら走り、時折は振り返って絶望し、また足を必死に動かした。白髪混じりの黒髪が流れ、青い瞳は震えている。
「もう、どうして逃げるんですか/まだたくさん遊べるねっ!」
それを後ろから悠々と追いかけるのは不思議な形状のドレスを纏った少女だった。半透明な青の布地を幾つにも重ね、金の鎖で繋ぎ止めたデザインはかなり前衛的だ。しかし顔と、露出した手足はそれ以上の異様だった。
継ぎ接ぎ。白い肌に乱雑に針と糸で縫ったような亀裂が幾重にも走っている。その肌も、よく見れば一面一面が微妙に色が違う。それは顔面にまで及んでいて、正中線で分かたれていた。
少女を真っ二つにして繋ぎ合わせたかのような顔面。右側は困ったように眉根を寄せて、左側は愉しんでいる。首輪の嵌まった喉から二色の声音が、逃げる少女を追って陰気に陽気に紡がれる。
「駄目ですよ、
/えー、もっといたぶろうよー、
異形の少女は会話する。その声は二人分だが、実際には一人だけで完結していた。
それを目撃した少女はいっそうに表情を歪め、もっと加速を付けようと踏み込む。しかし足は限界だったのか、その拍子に転んで倒れ込んでしまう。
「あうっ!?」
「あ、よかったぁ/ちぇっ、つまらなーい」
追いついた異形は伏せる少女を冷たく見下ろした。聞き分けない幼児に言い聞かせるかの如くパチリと手を叩き首を傾ける。黒と赤が入り混じった髪が揺れた。
「さ、お片付けの時間ですよ/でも長持ちしてね、お人形さん♪」
「っ、誰、が……!」
少女は悔しげに唇を噛み、立ち上がった。そして破れかぶれに懐からある物を取り出す。
それは掌サイズの女神像。ネックレスのように鎖のついた、少女をもした白い像だった。
名前を、マリードール。
「変身!」
それを手に少女は叫ぶ。だが、いくら待っても変化は訪れない。
「っ、やっぱり……」
「ふふっ、当然です/あははっ、当たり前だよねぇ!」
異形は二つの声で同じ意味を謳う。
「壊れたマリードールではいくら頑張っても変身できる訳がありません
/完全には壊れてないからまだ死なないけど、死んでないだけだよね~」
異形の言う通り、マリードールには大きな罅が入っていた。白い表面を黒い亀裂が幾重にも伝っている。砕けていないのが不思議なくらいだ。
少女は歯噛みし、睨み付けて反論した。
「仕方ないでしょ、直らないんだから! それとも、アンタたちが修復してくれるの」
「それはできません。規則ですから/交換は受け付けませ~ん」
「だったら七日間のペナルティを解除してよ! 戦えないのに、こなせる訳ないじゃん!」
「それも、規則ですから/あははっ、超理不尽! かわいそ~」
「くっ……分かってたけど話が通じない……!」
悔しげに俯き、役立たずの人形を握った手を力なく垂らす少女。それを嗤い、異形は両手を広げた。
「じゃあ、終わりにしましょう
/名残惜しいけど、精一杯殺してあげるね!」
異形の少女を中心に黒い瘴気が集った。それは彼女を覆い尽くすと、その輪郭ごと変異させていく。瘴気が晴れてそこにあったのは、継ぎ接ぎの少女とは違う意味での異形だった。
騎士甲冑の如き巨躯。少々大きすぎるが、古城に飾ってあっても違和感が無い。ただし半面の少女のように、右側は黄金、左側は青く塗り分けられている。それぞれの手には大振りな金の斧、六角形の青い盾を握っていた。面頬の奥からは命の気配を驚くほど感じない。ただ憂鬱な気配と、嗜虐的な感情が伝わるのみだ。
『執行者として、このタロスダムドが断罪します/精々愉しませてね?』
そう言って異形、タロスダムドは斧を振り下ろした。
「っ、きゃあああっ!!」
少女に狙いを付けた訳では無い、ただ目の前の地面に叩きつけただけの一撃。しかしそれだけで強力な衝撃波が発生し、離れた位置の少女を襲った。踏ん張ることもできず少女は転がり、砂まみれになって倒れ伏す。
「あ、ぐぅ……」
『はい、それはそうですよね。変身出来なければ敵うわけがありません/つまんなーい』
倒れた少女へ、タロスダムドは悠々とした仕草で歩み寄る。もう逃げられない、否、逃げたところで同じ事を繰り返すだけだと分かっているのだ。
「ぐ、うぅ……」
ただの人間では、怪人に敵わない。それは分かっている。
しかし。
「……い、やだ」
『あら?/おや?』
それでも少女が立ち上がったことに、タロスダムドは首を傾げた。もうどうしたって、無理なはずなのに。
『まだ抵抗する気ですか? 諦めてください。これはどうしたって決まっていることなんです
/戦える気なの? 無理に決まってるじゃん。ウチたち執行者に殺されるのが、違反者の運命なんだよ』
「嫌だ!!」
少女は肩を押さえ立ち上がった。
「確かに、人は死ぬときは死ぬ。それは、この世界でよく分かった。でも……!」
タロスダムドを睨み付け少女はその目に感情を燃やす。想いという光が閃き、炎の如く、星の如く舞い散る。髪を振り乱し、足を擦り剥き、濃厚な死の気配が目の前にあってもなお、少女の意気は衰えなかった。
「ここで、こんな死に方をしたくは、ない!」
少女は睨み返した。断固たる意志を以て。
「生き残ったからには、生きてやる! それが私の、今の願いだ!!」
『ッ!/ッ!』
タロスダムドの動きが止まる。それまで無機質なまでに冷ややかだった動作に震えが混じる。それはまるで、怯えているかのようだった。
しかしそれも一瞬だ。また動き始め、少女にトドメを刺すべく斧を振り上げて――。
「うん、いい答えだ。
――幼い声に、止まった。
「……え」
『何?/誰?』
少女も、タロスダムドも揃って振り返る。どちらにとっても想定外。助けが入ることも、邪魔が入ることも、両者はまるで想像していなかった。
そのイレギュラーが、起きた。
「ただ
荒野に立っていたのは、童女だった。
十歳、いやそれに届くかも怪しい、マントを纏った幼女。乾燥した風に銀髪をたなびかせ、前髪で半分隠れた顔で年齢に相応しくない微笑を浮かべている。妖怪狐や座敷童を彷彿とさせる、不思議で妖しげな幼子。
呆然とする両者の間を童女はてちてちと裸足で歩き抜く。そして砂まみれの少女に近づくと、彼女の顔を品定めするようにジロジロと眺めた。
「若さは申し分なし。背は大分高め。実戦経験は、
「えっと?」
「でも一番大事な
戸惑う少女の前で幼女はうんうんと頷き、勝手に納得する。そして混乱する少女へと手を差し出した。
「選んで」
「え……」
「このままここで、あなたの望まない死に方をするか。それともわたちと契約を結んで、抗うのか。どちらかに一つ、あなたの答えを」
幼女は片目だけの視線で真っ直ぐ少女を射貫く。誤魔化し、偽り、その場凌ぎを許さないその眼差しに射竦められ、少女は喉を鳴らした。
何か、答えなければならない。そんな予感に急かされ口を開く。
「分かった。契約する」
だがそうすると、自分でも驚くぐらい滑らかに言葉が出た。
「君の提案に、乗るよ」
「へぇ、怪しまないの?」
「……正直、唐突すぎて何も分からない。君のことだって疑問だらけ。あんまり頭が良くないから、全然思考が追いつかない」
葛藤はあった。疑う気持ちも。そしてこのままここで果てた方が自然なんじゃないかという諦めも。もちろん叫んだ気持ちが嘘なわけじゃない。だが摂理に逆らってまで生き残ることが、自分に許されるのだろうかとも思った。
「……だけど」
少女は自分を見上げ、斜めに伸ばされた手を取った。
「君が、嘘を言っていないことは分かる。だから私も嘘なく答える。――ここでは、まだ死ねない」
それが、やはり真実だった。変わらぬ彼女の答え。
ここで終わらないためになら、得体の知れない提案だって受け入れる。
「だから、何だって契約するよ」
「オーケー。流石は、わたちが見込んだ子だよ」
ニヤリと笑った幼女は、手を強く握り返す。その瞬間、小さな身体から銀の燐光が立ち上った。
「! これは……」
「契約成立。あなたにもたらされるのは、力の譲渡」
銀の光は繋いだ手を伝って少女へと流れ込む。少女は胸の奥が熱くなるのを感じた。それが全身に行き渡り、傷ついた身体が、魂が癒えていくのを。
「これであなたは抗える。その代わり、わたちの願いを叶えてもらう」
「……いいよ。願いを叶えるって、この世界じゃ割りと地雷だけど」
「? まぁ、簡単なことだよ。それこそ、
幼女は息を吸い、言った。
「会いたい人がいる。だから――」
そして銀の輝きが少女を包んだ。
静謐な冷たさ、血の流れるような温かさ。両者を併せ持つ不思議な光。それは少女の全身を濁流のように駆け巡った末に、握っていない掌へと集結した。
開く。そこにはマリードール。全体を奔っていた亀裂は、銀色の光沢で塞がっていた。
「マリードールが! これって……!」
「あなたは、これで変身できる」
幼女は手を放し、離れる。
「戦う力、抗う力。その先に悲劇があるかもしれないと分かっていても、あなたは手を取った。――だったら、することは決まっている」
「……うん」
少女はマリードールを掲げた。すると、腰元に黒いバックルとベルトが現われる。
ミサキドライバー。マリードールの力によって現われる装備。
そして少女は叫ぶ。
「――変身!」
《 Silver 》
《 戦いは止まらない 何故?
運命は変わらない 何故? 》
少女はマリードールをドライバーへと思い切り叩きつけた。瞬間、鎖が巻き付いてマリードールを固定する。同時にその肢体を銀の光が包む。
晴れた瞬間、そこにいたのは騎士だった。
黒いアンダースーツ。銀の甲冑。肩からは襤褸めいたマントが流れて、頭は銀の仮面が上半分だけを覆い、キツく唇を結んだ口元は露出している。双眸は緑の複眼で、少女の闘志に応えるように淡く光っていた。
少女は、少女だった騎士は手を見て呟く。
「仮面、ライダー……」
「そう、仮面ライダー。仮面ライダー……銀姫」
幼女は懐かしそうにそれを見て頷いた。
「今のあなたが、戦う為の力だよ」
「……何者です?/どういうこと?」
タロスダムドが瘴気を晴らし、元の姿に戻って幼女へ問う。異様のその姿を見て、幼女は顔を顰めた。
「……悪趣味だね。テキトーなのかもしれないけど。でも見ていられない」
「質問に/答えて……」
「それに答えるつもりはない」
幼女は異様の少女に向かって指差した。そして宣告する。
「君たちは、倒す。あたちと、この子が」
『……反逆の意志を確認。異分子の排除権限を適応し、対処します/はぐらかすなら、殺しちゃ~う』
明確な敵対の意志を確認した異形は、再びタロスダムドとなり斧を構えた。もはや戦いを止める物は、何も無い。
「また戦える。まだ戦える。取り敢えず今は、生きる為。そして――この子を守る為に」
銀姫は幼女を庇うように立ち、タロスダムドと対峙する。
「いざ! ……はぁっ!!」
『排除します/殺してやるぅ!』
先に仕掛けたのは銀姫だった。大地を蹴って飛び出し接近していく。しかし真正面からの直線的な動きは見切るに容易い。軌道に合わせ、タロスダムドは斧を振り下ろした。
轟音と共に近づいてくる斧。その威力を先程身を以て思い知っている銀姫は、それでも怯まない。臆することなく肉迫し、迫り来る斧をギリギリで躱した。
『なっ/このっ』
「ハァァァァッ!!」
頬に風を感じながら斧を握る手を足場にして跳躍。懐に飛び込んでアッパーカットを放つ。クリーンヒット。二色に割れた兜を捉えた拳はその顎をかち上げ、仰け反ったタロスダムドの巨躯はたたらを踏んだ。
「もう一撃……」
『ぐうっ……/させるかぁ!』
追撃を加えようとする銀姫に反応したのは青い左側。攻撃に怯む右側に代わって胴体に乗り上げる邪魔者を排除すべく、左手の盾で殴りつけた。銀姫は咄嗟にガードしたものの、怪力には抗えず吹き飛ばされてしまう。
「っ、くぅ、やっぱりパワーは段違い、か」
地面に転がって受け身を取り、即座に体勢を立て直す銀姫。今の一合でやはり互いの肉体には隔絶したスペック差があることを確認し、歯噛みする。
「……素の身体能力がわたちより高いのか。動きがいい。掘り出し物だね……銀姫!」
それを見た幼女が少し離れたところから声を掛ける。
「武器があるよ!」
「! 了解!」
幼女のアドバイスを聞いた銀姫は即座に右腰のパーツを叩く。するとどこかより現われた細剣が右手の中に収まった。
銀の刃を持つ細く鋭い直剣。それを手に、銀姫はもう一度タロスダムドへと挑む。
「はぁっ!」
『甘いよっ!』
左半面だけの声が響く。細剣の刃は、突き出された青い盾に受け止められてしまった。
「っ、硬っ!」
硬い手応えに呻く銀姫。六角形をした重厚な盾には傷一つついていない。諦めずに剣を引き、また振るう。
「せい、やっ! ……これじゃ駄目か」
『あははっ、この盾はそんな攻撃じゃ罅すら入らないよ!』
何度か斬りつけるが、盾はビクともしない。衝撃も通っていないであろうその様子を見て、銀姫は細剣の軽い一撃程度ではどうやっても貫けないことを確信した。
『ええいっ!』
今度は右半面の声。気の抜けた掛け声だが実行されるのは巨大な斧の一振りだ。空気を切り裂き迫る斧刃の一撃を、銀姫は細剣で受ける。
「ぐあっ!!」
だが相手方の盾と違ってその壁はあまりに薄かった。切断されることを避けただけで、ほとんど衝撃は素通りだ。己の身を貫く絶大なパワーを感じながら、銀姫は吹っ飛ばされて赤茶の大地を転がった。
『うふふっ、これが私のコンビネーションです/攻撃と防御。分担して全力を注ぐのさ。単純だけど効果的でしょ?』
斧に盾。そしてパワー。動きはいずれも単調だがだからこそ隙が見当たらない。防御力があるから攻撃に全力を注げるし、攻撃が強いから余裕を持って防御ができる。そして剛力が全ての小細工を封殺する。単純、シンプル。故に付け入る弱点の見つからない、言う通り効果的なコンビネーションだ。
「どうしよう、このままじゃこっちがジリ貧だ……」
細剣を手にしつつ、その切っ先が定まらない銀姫。素早さで裏を掻く手を考えるが、ここまで動いてみた感触を考えるにこの銀姫というライダー、そこまで足が速くない。スピードで翻弄する手は少し困難だ。先の一撃は不意を突いたラッキーヒットに近い。この銀姫にもっとも適した戦術は細剣による攻撃と甲冑による受け……つまり、目の前のタロスダムドと同じ戦い方だ。しかしパワーと武装で勝る相手の方が格上。同じ戦い方では敵わない。要するに、詰みに近かった。
それでも銀姫は諦めなかった。
「でもこのまま黙って負ける訳にはいかない……!」
「その意気だよ! 銀姫!」
背後からの呼び声。銀姫が振り返ると、幼女が握りこぶしを天に突き上げていた。
「あなたの得意な戦い方は!?」
「え、いきなり、今?」
「必要なことなの!」
「え、うーん、強いて言うなら、素手。武器はあんまり得意じゃない、かな」
「だったら細剣出さない方がよかったじゃん……えっと、だったら、これだ!」
幼女の小さな拳に光が生じる。そしてそのままぐるんと回すと、幼女は握った中身を銀姫に向かって放り投げた。
キャッチし、中身を改める。それは鍵だ。持ち手のレリーフには青と黄色で熊に似た可愛らしいキャラクターが描かれている。
「これは?」
「え、ミサキドライバーなのにグレイヴキーを知らない? ……とにかくスロットに差して!」
「う、うん!」
言われるがままに銀姫はミサキドライバーのスロットへ鍵を挿入し、回した。電子音声が鳴り響く。
《 Gallows Monster 》
《 世界を救う救世主 本当に?
欲望を求める化物 本当に? 》
銀姫の纏う鎧に変化が現われる。銀色は青と黄色のポップな塗り分けの甲冑に替わり、表面には星のようなパーツが散りばめられた。両腕にはグローブ。そこにも星がついている。最後に露出した口元に狩猟民族の入れ墨めいた青い二対四条の線が走り、変化は終了した。
まるで古いアメコミのヒーローのような姿。様変わりした自分を眺めて銀姫は感嘆する。
「これは……」
「異世界で集めた力の欠片。名前は、モンスターフォーム」
「モンスターフォーム。聞いたこと無い、けど」
銀姫・モンスターフォームと変じた銀姫は軽くステップを踏んで具合を確かめた。
「お、いけそう……」
足取りの軽さを感じて銀姫は頷く。そして奇しくも似たような色となったタロスダムドと改めて向き合った。
そのタロスダムドは銀姫の形態変化、それをもたらした幼女への警戒を強めていた。
『グレイヴキーの存在を確認。非常事態発生/全同位体へ通達。最優先排除対象更新』
「通信されたか。化けの皮が剥がれてきたってところかな。やっぱり、ただの手駒……」
個性溢れるしゃべり方すら失って無機質な音の羅列を流すタロスダムドを見て幼女は何らかの確信を深めた。
面頬の隙間から光を漏らし、タロスダムドは斧を振り上げる。
『速やかな排除を実行します/殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ』
「はっ、上等!」
空気が変わったことは銀姫も感じていた。だが関係ない。どちらにせよ立ち塞がる甲冑を倒さない限り逃げ場が無いのならやるだけだ。そして今ならそれが可能だと確信していた。
ステップを踏んで至近距離まで潜り込む。タロスダムドは懐との間に盾を置きそれを妨害する。先と同じく、盾で攻撃を受け止めたところを斧で叩き潰す構えだ。タロスダムドはこれが一番強いのだから、変える必要が無い。
しかし、それは。
「――セイハァッ!!」
攻撃を防げたら、の話だ。
『ッ!?』
左半面の声が驚愕に染まる。何故なら自分の身体を衝撃が突き抜けたからだ。分厚い盾で吸収しきれない重い一撃。体幹が揺らぎ、足は後退った。
盾に向けて右ストレートを放った銀姫は思い通りと言わんばかりに口角を上げる。
「やっぱり、いける!」
予想通りのパワー。タロスダムドに勝るとも劣らない。グローブの威力も充分。膂力が互角以上なら、後は思うがままの戦い方をすればいい。自分の得意な戦法を。
今の銀姫にとって、それは拳だった。
「セイ、セイ、セイィ!!」
『あ、ぐ、おおぉぉっ!?』
続けて放たれる連打。霰が打ち付けるが如く連続して放たれる拳はそのスピードに反して重く、鋭い。タロスダムドは体勢は崩されっぱなしで、力を籠める隙も無く斧を振り下ろすことができない。そのチャンスを与えるつもりも銀姫にはなかった。息もつかせぬ乱撃を繰り出し続ける。攻撃は最大の防御とも言うべく拳の嵐は鳴り止まなかった。
そして遂に、分厚い盾に亀裂が入る。
『まさか/そんな』
「これなら、アレが出せる!!」
罅が入った瞬間、タロスダムドは一際大きくよろめいた。それを狙い澄まし、銀姫は右拳を腰だめに構えた。
その構えを幼女は背後から目撃する。
「空手、いや、違う。あれは……!」
空手と言うには荒々しい、野生の息吹を感じさせる構え。
「シィィィィ……」
呼吸を深め力を蓄えた銀姫は、闘気と共にそれを放つ。
「
引き絞られた弓を解放するかの如く、それは打ち出された。
「
拳。混じり気無く捻りも無い。ただ叩きつけられる、だからこそ重く逃れようのない一撃。まるで猛獣の突進めいた圧倒的で真っ直ぐな暴力が、砲弾の如く放たれる。
猛進する拳は、青い盾を粉々に打ち砕いた。
『ウチの盾が!?』
「今!」
最大の防御、戦術の要が消えた今こそがトドメの瞬間。
銀姫はマリードールをなぞった。
《 Monster Execution Finish 》
歪んだ電子音声が鳴り響き、グローブに黄色いオーラが集束する。漲る力をそのままに、銀姫は拳を振るった。オーラは星の輝きを纏い、タロスダムドへと打ち出される。
必殺技。体勢を崩したタロスダムドにとっては不可避の一撃となる。
『あっ/あぁっ』
避けられない。盾も無いから受けられない。星の一撃はタロスダムドへと着弾。威力を解放し、凄まじい爆発を引き起こした。
「――シィッ」
荒野に爆風が唸る中、炎を前に銀姫は拳を構えて残心する。荒々しい呼気。その姿は狩りを終えた獣めいていた。
爆炎が晴れた後、残っていたのは膝をつき、罅割れた鎧の各処から黒い靄を噴出する甲冑だけだった。
「……死んだ?」
「もう動けないよ」
それを聞いて銀姫は残心を終え変身を解除する。戦い終わって息をつく少女を余所に、幼女はタロスダムドに近づき、その表面をなぞった。
そして旧友に語りかけるかの如く優しく問う。
「ねぇ、教えて。この世界の主はどこ?」
『……それを伝える権限は、私にはありません』
黒い瘴気となりタロスダムドの輪郭がほどける。残されたのはやはり全身に亀裂が入り、崩壊寸前な異様な少女。ただし幼女に頬を撫でられるその表情は穏やかだ。
「執行者はただご主人さまに言われた存在を排除するだけです/殺して、殺して、殺すだけがお仕事のお人形だよ。本物じゃない」
「……そっか」
幼女は切なげに瞳を震わせ、そっと手を放す。
「それでも、また会えてよかったよ」
「……それは、私もそうかもしれませんね/楽しかったよ」
異様の少女は力を抜いたようにふっと笑い、そして瘴気に溶けて消えた。
「……偽物なのに相変わらずって思うの、おかしいかな」
乾いた風に吹き散らかされて天に舞い上がっていく瘴気を見送る幼女、その背中に少女は話しかけた。
「改めて訊くよ。君は、何者?」
幼女は振り返る。右半分を銀髪で隠しても幼さは隠せない。その幼さこそを少女は訝しんだ。
「君みたいな小さな子を、この世界では見たことがない。というか、原則いる筈がないんだ。この世界のルールじゃあ」
「……どうやらわたちとしても、色々聞きたいことがあるみたいだね」
幼女は溜息をつき、少女と向かい合った。
「まず教えて。この世界は、端的に言うとどんな風?」
「……ライダーが己の願いを賭けて争い合う世界。ノーアンサーと契約した奴らが連れてこられて、ずっとずっと、死ぬまで戦ってる。それ以外には何も無い世界」
「ノーアンサー……まだ決めつけるのは早計かな……そっか、だからあなたもライダーなんだね」
「うん。変身出来なかったけど。……それで、君は?」
「えーと」
幼女は顎に手を当て唸る。そしてしばらく経った後に口を開いた。
「色々考えたけど、やっぱり……旅人、かな」
「はぁ、旅人」
「うん。いつもは当てもない旅をしてるんだけど……ここには絶対に来なきゃいけないと思って、ちょっと無茶をした。その結果が、今のわたちの姿」
そう言って幼女はクルリと回った。襤褸を纏った幼気な姿。戦うことは愚か、一人で何かできそうにもない。
「でもこれじゃ目的を果たせそうにない。だから、あなたの力を貸してほしい」
「……何も分からないのは、私が馬鹿だから?」
「ううん。でも、話せないことが多くて」
「そっか……」
少女は頭をガシガシと掻いた後、目線を合わせるべくしゃがんだ。
「いいよ、手伝う」
「……自分で言っておいて、いいの?」
「うん。君に命を救われたのは事実だし……契約をするって言ったのも、私だから」
そして少女は、もう一度手を差し出した。改めて契約を結ぶべく。
「私は
「わたちはダークムー……えっと、クム。クムって呼んで。旅人やってるしがない放浪者だよ」
少女と幼女、雪希とクムは握手した。誓い合うように、硬く握る。これで疑問はあっても、二人は運命共同体だ。
「よろしく、クム」
「よろしく、雪希。改めて言うよ。わたちは君に力を与える。その代わり――」
左瞳は複雑な光彩に揺らぐ。だが決意がそれを塗りつぶした。緑の眼光が雪希を射貫く。
「会いたい人がいる。だから――
そうして二人の短くも奇妙な旅道中が始まった。
tips
消極的で真面目な右半面と積極的で気まぐれな左半面で構成されたタロスダムドだったが、意外にも性格の相性は悪くなかった。軽挙を窘め、あるいは怖じ気づくのを引っ張ることで他よりも高い実績を叩きだしていたくらいだ。正反対な二人は奇跡的な噛み合いを見せたのである。
両者がただ普通に知り合っていれば、親友同士になれたのかもしれない。