仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー   作:春風れっさー

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後日談-10 真実の記録(メモリー)

「……朔月(はじめ)? (そう)?」

 

 両者の会話についていけない雪希が戸惑った声を上げる。爽は煩わしそうな目を向けた。

 

「何、朔月。連れてきたの?」

「うん。ここに来るまで、何度も何度もわたちのことを助けてくれた。恩人だよ」

「へぇ。そんなの(・・・・)がいいんだ。言ってくれれば、いくらでもあげたのに」

「……爽、貴女は……」

 

 クムが何か言うよりも早く、爽は台座から降り立った。

 

「じゃ、ちょうどいいから説明してあげるよ。それが聞きたくて、朔月もここまで来たんでしょ?」

「………」

 

 トコトコと歩き出す爽を、クムは厳しい目つきで見つめる。

 そして爽は今から紙芝居でも始めるかのような、そら明るい声で語り出した。

 

「むかーしむかし。あるところにノーアンサーという悪い奴がおりました」

 

 爽が指を立てると、台座を中心に立体映像が浮かぶ。そこには扇状的なドレスを着た銀髪の少女が映っていた。

 紫の瞳に冷徹な光を浮かべ、邪悪に嗤っている妖しい女。

 

「悪い魔女、ノーアンサー。彼女は己の欲望のために人々へ仮面ライダーの力を与え、殺し合わせることで成長させ、育った力を収集しておりました。勝ち残った者に、願いを一つ叶えると囁いて」

「……ライダーバトル」

 

 クムが苦々しそうに呟く。雪希の脳裏にも凄惨な景色が浮かんだ。

 戦友が虚しく死んでいく姿。この世界の無慈悲な法則。

 仁義なき殺し合い。

 

「最悪な存在は、己の身勝手な願いを叶えるためだけに多くの人を巻き込んだ。そしてその果てに、当たり前の帰結として退治された──朔月、アンタの手によって」

 

 映像が切り替わる。そこにいるのは銀髪の少女。

 顔立ちはクムによく似ている。片目が紫で、片目が緑。

 ボロボロの制服を纏った少女は、消えていく月を見上げていた。

 

「アレが、クムの本当の姿……」

「あるいは、昔の姿。悪いね、この記録(・・・・)にはここまでしか残っていないんだ」

「……爽、やっぱり」

「ご想像の通りだよ」

 

 映像がまた替わる。

 映るのは壮大な光景。光が花咲くように散り、流星となり降り注ぐ美しい情景だった。

 

「ノーアンサーが死んだ時、その力は散った」

 

 爽が呟く。

 

「そのほとんどは収集された犠牲者の欠片で、朔月は最後の願いでそれを元の世界へと蘇らせた。だけどそのまた一部、ノーアンサー個体の力は一番近くにいた朔月へと受け継がれた。恐らくノーアンサーそのものが、そういう性質を持った存在なんだろう。例え倒れても、また別の存在へ力を引き継ぐ……機械らしい、無駄のない力の性質」

「……つまり、簡単な話」

 

 クムは暗い表情で爽の言葉を引き継いだ。答え合わせをするために。

 

「ノーアンサーの力。またその一部が……爽、貴女に引き継がれた」

「ああ。その通りだ」

 

 頷いた瞬間、爽の髪が風に巻かれたように浮き上がる。

 元通りになった時、髪の色は変化していた。

 侵食されるように、一部が銀色に。

 

「何故だろうね。あの世界に最後までいた一人だからかな。それとも最後の瞬間まで、朔月の傍に居たいと思ったからかな。とにかく、アタシにも力は受け継がれた。……最初は無自覚だった。でも次第に、その力の存在に気付くようになった」

 

 帰ってきた日常を過ごす中で膨らんでいく違和感。脳裏に刷り込まれる知らない感覚に、爽は徐々に目覚めていった。いずれ蛹が羽化し、空の飛び方を知るように。

 

「それは戦いの記憶……いや、記録。そして、世界を作る力だった」

「……確かにそれは、わたちには受け継がれなかった」

 

 悔いるように拳を握り込むクム。

 

「ノーアンサーが操るような望むままに世界を作る力。わたちにはほとんどそれができない。どれだけ頑張ってもせいぜいが一つか二つ。力の大部分が失われていることは明白だった……それに気付くべきだった」

「気付いたところで、無駄だった。だって元の世界には戻れなかったんでしょ?」

 

 クムは目を瞠る。

 

「どうして、それを」

「分かるさ。だって……できたのなら、帰ってきていただろう」

 

 寂しげな眼差しで爽はクムを見つめた。

 

「みんなの記憶からは忘れられて、両親の元へも向かえない。でも、それでも……アンタの生まれた世界だ。……戻りたくない、ハズがない」

「……うん、その通りだね」

 

 クムは頷く。爽の言葉を肯定する。

 

「夢にまで見たよ。故郷を。その気持ちは、長い放浪の中で、次第に大きくなっていった……。自分でも驚くくらいだよ。こんなにも、郷愁なんて感情を覚えるなんて」

 

 瞼を瞑れば思い出す。河川敷。古びた神社。……良い思い出だけじゃない、それでも我が家。

 自分の意思で戻れるならば、どんな手でも尽くしただろう。

 

「でもダメだった。わたちの身体は彷徨を宿命づけられていた。……長く世界に留まれず、行き先も不明。ある程度力のコントロールが効くようになっても、完全には選べなかった。……そもそも多元宇宙は膨大で、たった一つの世界を見つけ出そうとしても無理だった」

「そうだろうね。……でも、この世界には辿り着けた」

「うん。この世界が特殊だったから」

 

 クムは滅びた神殿を、そして厚い雲に覆われた曇天を見上げた。

 

「ノーアンサーの力で創られた世界にはすぐに行ける。どうやらそれがわたちの体質みたい」

「そういうことか。幸運なのか、不幸なのか……」

 

 複雑な感情の籠もった溜息をついて、爽は立体映像を切り替える。

 映されたのは球体。それはまるで地球のようだ。表面には厚い雲がかかっている……ちょうど、今の天気のように。

 

「まぁ、その通り。この世界はアタシがノーアンサーの力で生み出した世界だ」

「……!」

 

 明かされる世界の正体に、雪希は戦慄する。

 元より、自然な成り立ちではあり得ないとは思っていた。しかし、まさか本当に人工的に作られた世界だとは。

 目の前の人間は。追い求めた管理者という存在は……それが容易くできる相手なのだと。

 改めて理解し、恐怖した。

 それはもう、神の如き所業だ。

 

「……でも、解せないことがある」

「何が?」

「なんで、こんな世界を創ったの?」

 

 クムは問う。

 可能であることと、実行することには0と1のように大きな隔たりがある。

 力があるからと言って、何故こんなことをしたのか。

 クムには、疑問だった。

 

「こんな、ライダーが争い合う世界。わたちの知っている爽は、こんなこと望まなかった。……弟のことを想い、それでもわたちを守ってくれた、優しい爽なら!」

 

 無数の犠牲者(ライダー)がひたすら殺し合いを続ける、残酷な世界。

 そんなことを、爽が望むハズもない。

 少なくとも、クムが──朔月が知っている爽ならば。

 誰よりも愛情深く、それゆえに戦いに身を晒し、誰か(じぶん)を守って散っていた少女ならば。

 

「……ああ、その通りだ」

 

 意外なことに、爽は頷いた。

 これにはクムも拍子抜けする。

 

「え?」

「力を自覚する度に、確信は深くなった。受け継がれた力をうまく使えば、ライダーバトルを再演できる。ノーアンサーのように、殺し合いをさせて……そして、願いを叶えることができる、と」

 

 かつて行われた地獄。

 幾人もの人間が人生を狂わされ、斃れ消えていった殺人の宴。願いを叶えるという嘯きを餌に、どれだけの悲劇が生まれたか。

 しかし、願いを叶える……そのための力を収集することはできる。ノーアンサーのように。

 

「そしてアタシには、何を引き換えても叶えたい願いがあった」

「爽、貴女、まだ……!」

「………」

 

 かつて愛情深い彼女が戦いを選んだ理由。

 どうしても叶えたい願い。叶える方法があるのなら?

 それは十分……人を凶行に走らせるに足る魅力だった。

 

「爽……!」

だけど(・・・)できなかった(・・・・・・)

「え……」

 

 爽は首を横に振った。

 

「そんなこと、どうしてできる? アタシのわがままで多くの人をまた苦しめる? 失われていく命を、仕方のない犠牲だと目を瞑れる? そんなこと、許されるワケがない」

「爽……」

「そして何より──」

 

 咽ぶように語る爽の瞳は、クムを捉えた。

 

「──アタシたちを解放するために戦った、朔月の意志を無駄にすることになる」

 

 あの瞬間。

 朔月は散っていった少女たちの自由と尊厳のために立った。

 グレイヴキーに納められた少女たちの欠片は、その背中を押した。

 その結果紡がれた奇跡──皇銀(すめらぎ)

 

 ライダーバトルの再演は、その決意と奇跡を踏み躙る行為となる。

 その道を、あの時朔月の背を押した当人である爽が選ぶことは許されなかった。

 誰よりも、自分自身が。

 

「爽、やっぱり、貴女は……」

「なら、ならなんで!」

 

 叫んだのは雪希だった。雪希は手にした罅割れのマリードールを訴えるように突き出した。

 

「どうしてこの世界は生まれたの! 貴女はそんな誓いを抱いていたのに!」

 

 そう。

 朔月の願いを踏み躙らないという誓い。そしてこの世界の残酷な現状。

 この二つは、誰がどう見ても噛み合っていなかった。

 

「美來は死んだ! 鹿子は後を追った! 世話になった恩人も、キルの親玉も! そして何より、私の友達も……! みんなみんな、死んだんだ! それも全て、この世界の所為だ!」

 

 この世界で起きた全ての悲劇。それが引き起こされたのは、この世界の残忍なルールの所為だ。

 殺し合いを強要し、願いを餌に加速させる。結果的に人間の内面に秘められた残虐性が暴かれたとして、それを詳らかとしたのはやはり世界のルールだ。

 戦場は、事実としてここにある。

 

「なんで、どうして! 答えてみろ──」

「……なんだ、そんなこと」

「ッ!?」

 

 雪希の叫びにピタリと動きを止めた爽は、機械のように無機質な動きで振り返る。

 その瞳には、ただただ冷たい光だけがあった。

 それはまるで──情報が纏められただけの、紙面を眺めているかのように。

 

してないよ(・・・・・)

「……え?」

「だから、してないよ。殺し合いなんて(・・・・・・・)していない(・・・・・)

 

 そう答える爽の言葉は、一切ブレていなかった。

 人は嘘をつく時、声が震える。そうでなくとも、なんらかの癖が出るものだ。詐欺師やメンタリストは、それを暴き立てて嘘を見抜く。

 だが爽にそれはなかった。

 それが意味するところはつまり。

 

「だって、それは朔月の意志を踏み躙るから。……そう言ってるでしょ?」

 

 そう信じ切っているか──真実か。

 

「な、んで」

「……どういうこと、爽?」

「薄々勘づいているんでしょ、朔月」

 

 まるで戸惑う雪希のことなどもう見えていないかのように、爽は朔月に話しかける。

 

「アタシに受け継がれたのは、世界を創る力と、もう一つ」

 

 指を髪の中に入れ、梳くように持ち上げる。錆のように覆う銀色は、CDディスクのような複雑な虹彩を湛えていた。

 

「記録。そう言ったでしょ?」

「……それって、まさか」

「そう、そのまさか」

 

 指を弾く。

 立体映像に映し出されたのは……数多の戦いの記録(・・)

 

「アタシが持っているのは、これまで行われた全てのライダーバトル、その記録(メモリー)だ」

 

 幾人ものライダーたちがいた。

 我武者羅に戦う者。冷徹に戦う者。戦いを止めるように叫ぶ者。

 ライバルをダムドの群れの中へ突き落とす者。後ろから信頼していた者に貫かれる者。

 バトルという舞台を利用し、己の復讐を叶える者。

 

 様々に映し出される、戦闘(バトル)殺戮(バトル)悲劇(バトル)

 そこにはノーアンサーの身勝手な野望に巻き込まれた犠牲者たちの姿があった。

 

「これは……もしかして、全部?」

「そう。文字通りの全てだ。一番原初のものも。一番悲劇的なものも。そして……最期の瞬間まで」

 

 中央に映るのは白銀の輝きを纏う騎士。葬送の剣であるクリプトを手にした皇銀の姿。

 壮絶な戦いの果てに、仲間たちの力添えを背にし、醜悪なノーアンサーの本性を貫く。

 英雄譚のような決着。それもまた、余さず。

 

「ホント、機械だよね。自分が失われても記録だけは残そうとするなんて」

 

 せせら笑う爽。

 映像を見ながら、雪希は口を開く。

 

「この記録が、一体、何……」

 

 しかし開かれた口は途中で止まった。雪希の視線は映像に釘付けになっていた。

 

「雪希?」

「……鹿子?」

 

 呟かれた名前。

 クムも映像を見る。幾人ものライダーたち。その中に、見覚えのある金色の装甲があった。

 錫杖を手にしたライダー、霆姫。

 それが見知らぬライダーに向かって雷を落とす光景。

 

「何、これ、こんな場面、見たことな……」

 

 映像が切り替わる。次に映し出されたのは力姫。棍棒でダムドを叩き潰している。

 そのまた映し出されたのは比姫。舞うようにして剣を振い、都心部らしきビルの上で複数のライダー相手に立ち回っていた。

 

「隊長だった朱鳥さんの戦いはずっと見てきたけど、あんなのは知らない」

 

 いずれも、雪希の知らない戦い。それもこの世界にはなくはないだろう。しかしその全てがまったく知らない場所で、知らぬ組み合わせで繰り広げられていれば話は違ってくる。

 

「一体、これは……」

「言ったでしょ。戦いの記録。これが、ライダーバトルでの彼女たちの記録なの」

 

 爽は端的に答えた。

 

「つまり……本物の映像がこれだ」

「……ほん、もの?」

 

 それはまるで、

 

「ああ。彼女たち、本人(・・)のね」

 

 雪希たちの見てきたそれが、

 

「これが、これだけが、本当の記録なのさ」

 

 偽物の、ような。

 

「爽!」

「怒るなよ。親切心でしょ」

 

 厳しい表情をするクムに、戯けたように肩を竦める爽。

 何一つ歯止めがかかることはなく、言葉は続けられる。

 

「アタシは考えた。叶えたい願いはある。だけど現実の人間を犠牲にはできない。ならばどうするか。残された手札をよぉく見て……思いついた」

 

 爽が手を振るう。すると立体映像たちは、それぞれカードのようになって爽の手札に収まった。

 それはまるで、一枚一枚がブロマイドのように。

 

「そうだ。本物じゃなければいいんだ」

 

 カードが、増える。

 まったく同じ風景が、二つ、三つ。

 

「足が痛くてサッカーできなかったら? 自分で得点を入れる感動を得たかったら、どうすればいい?」

 

 無数に増えていく。手もなく量産されていく。

 

「ゲームの中に、自分を作ればいい」

 

 それは、つまり。

 

「……私、たちは」

「そう──あなたたちは、コピー」

 

 ふらりと、雪希の体が揺れる。

 それはそのまま、彼女の精神そのものの動き。

 自分の足元が崩れていく。

 

「この世界は──ライダーバトルの複製。全て、本物じゃないの」

 

 へたり込んだ。

 

「爽! 貴女は──!」

「どうして? 名案でしょ?」

 

 コテン、と爽は首を傾げた。

 

「もちろん、効果は本物には遠く及ばない。でも本物じゃないとしても、シミュレーションで得られるものはあるはあるでしょう? つまり、薄くはあっても(・・・・・・・)ゼロじゃない(・・・・・・)

 

 希釈されたとしても、本物の要素が残るなら。

 それならば、後は“量”の違いだ。

 

「実行してみた。どうせ本物じゃないし。そしたら、願いを叶えるために必要な……ノーアンサーの言葉を借りればリソースが集まったの。……本当に、ほんの微量だけど」

 

 砂の一粒。

 それでも一は一だ。

 

「だったら後は、繰り返せばいい。何度でも、何度でも、何度でも」

 

 現実では一度限りの命でも、シミュレーションならいくらでも繰り返せる。

 

「この世界は仮想空間みたいなものだから、いくらでも時間を加速できるしね。アタシが今の姿なのも、不老だからじゃなく対して時間が過ぎていないからだし。朔月、アンタがどの時間から引き寄せられてきたかは別として」

 

 自らが作り出した世界で、爽は繰り返した。

 

「何百。何千。何万と」

 

 現実の人類の歴史を通り越してしまうほど彼方の時間。

 爽は繰り返し続けた。

 

「アンタたち偽物は覚えていないだろうけど、何度も何度も生まれ直しているんだよ? そうやって本物が抱いていた願いを求めて戦い続ける。……叶うワケないのにね」

 

 そう、叶わない。

 何故なら現実とは何の関係もないから。

 コピーされる前の人物は、戦い抜いて願いを叶えた。あるいはその前に力尽きた。そのどちらにせよ、コピーには関係ない。

 コピーの願いは叶ったとしても、ただの願いのコピーに過ぎない。

 

「本物は今も普通の人生を謳歌しているよ」

 

 朔月の願いによって、全ての戦いはなかったことになった。

 願いもまた、なかったことにはなったが……それでも本物は、何も知らずに今日も生きている。

 

「だから、何も問題ない」

 

 命は失われていない。

 それが爽の主張だった。

 

「……そんな」

 

 崩れ落ちた雪希は、地面を失意の瞳で見つめた。

 

「鹿子も、美來も、朱鳥さんも、みんな……?」

 

 全員願いを求めて戦った。命を賭けて、生き抜こうとした。

 それらが全て、幻。

 本物から写された投影に過ぎなかった。

 

「……鹿子が、あの時死を選んだのは……」

 

 美來を失って、鹿子は気付いた。

 自分の本当の願い。現実との矛盾に。

 

 鹿子は恐らくライダーバトルの勝者。

 勝ち残り、願いを叶えた。それは恐らく、美來のための願い。

 

 思えば美來も病弱だった己がどう治ったのかは曖昧だった。

 美來を完治させることが鹿子の願いだとしたら。

 そして消えた姉を追って美來がライダーバトルに参加したとするならば。

 妹を治す願い。それを叶えて消えた姉を探す願い。

 見事なまでのバッティング。鹿子と美來の邂逅は矛盾を生じさせる。

 

 恐らく、そういう願いには気付かないようにされていたのだ。

 矛盾に気付かないよう、記憶が改変されていた。

 ここが仮想空間に近いなら、そのくらいの融通が利いてもおかしくはない。

 

 だから最後の瞬間、鹿子は理解したのだ。

 妹を失ったショックで全てを思い出した。

 自分たちが虚構であることにも。

 ここでの戦いが全て無意味であることを悟った。何をしても意味がないと。

 だから自ら命を絶ったのだ。

 

「ああ、鹿子か。こっちの世界でどうなったのかは知らないけれど、現実では元気にやっているよ。美來も奇跡的に回復したからね。姉妹仲睦まじく暮らしている。いい話だ」

 

 爽の言葉も、何の慰めにもならない。

 何故なら雪希とは何の関係もないから。

 雪希の前で散った鹿子と美來にも。

 

 最初から、全てが。

 

「さて、これで全て納得してくれたかな」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、爽は立体映像を消した。

 

「……何を?」

 

 もう何も言えない雪希の代わりにクムが問う。

 

「アタシがやっていることが、誰も不幸にしないってこと」

「………」

「ここで失われている命は全て投影だ。現実の本物たちは今もピンピンしてる。アタシはただこの世界で願いを叶えるためのリソースを集めているだけ。リアルタイムストラテジーで戦争を起こしている人と、何も変わらない」

 

 一見どれだけ残酷に見えることでも、リアルでなければ許される。

 罪悪は現実の害によって判断されるからだ。

 

「ね? 問題ないでしょう?」

 

 確かに、現実とは何も関係がない。この仮想世界で起きたことは全て現実に何の影響も及ぼさない。

 その意味では、爽のやっていることに、咎はない。

 

「……それでも」

 

 しかし、クムは。

 爽に向かって一歩を踏み出した。

 

「それでも、わたちは……ううん、わたし(・・・)は、止めるよ」

 

 一歩。また一歩。

 踏み出す度に、その足元から銀色の光が立ち昇る。

 光は粒子となって、粉雪の如く舞い上がってクムの身体を覆っていく。

 

「朔月……?」

「クム……?」

 

 共に旅をしてきた童女の変化に、雪希も顔を上げる。

 

「ごめん、雪希。ずっと小さい子の姿をしていたのは、力を温存するためだったんだ。何せ、この世界に無理やり侵入するために結構な無茶をしたから、消耗しちゃって。……でも、最後まで残しておかなくちゃならなかったの」

 

 光に包まれながら、一歩ごとにクムの姿は変わっていく。

 成長し、髪も長く。

 大人びていく。

 

「──戦うために」

 

 風に流れるようにして光が消えていった時。

 そこにいたのは銀髪の女性だった。

 

 銀髪。紫と緑の瞳。それは先程の映像で見たのと同じ。

 しかし身長は僅かに高く、顔立ちも大人びている。銀髪は身長を超えるほど長く、溢れて風にたなびいていた。

 淡く光る白いワンピースに包まれた肢体は大人のそれだ。包容力のある胸元も、すらりとした裸足も。

 息を呑むほどに美しく。しかし、触れることは躊躇われるような。

 

「その、姿は」

「……成長はすごく遅かった。でも流石に、何千、何万年と彷徨えば、少しは大人になるみたい」

 

 何より、雰囲気だ。

 大人びている、という言葉では説明がつかない。老成、いや、それ以上の。

 まるで悠久の時を経てきた神々の如き神々しさを、その女性は纏っていた。

 

「朔月」

「少し、違う」

 

 女性は悲しげにその名前で呼ばれることを断った。

 

「今のわたしは、“ジ・アンサー”。……人ならざる、されど貴女を止める者だよ」

 

 時を超え、人である時代を置き去りに、彷徨い続けたかつての少女。

 全てを失い、なお残るモノとは。

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