仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー   作:春風れっさー

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後日談-2 クラン:ライブ

「流石にあり得ないよ!」

 

 荒野。日も暮れて薄闇が支配し始めただだっ広い真ん中で、二人は野宿の、そして食事の準備をしていた。と言っても、ケロシンストーブで缶詰を温めているだけなのだが。

 怒声を上げているのは雪希の方だ。

 

「その襤褸の下はすっぽんぽんだなんて!」

 

 頬を膨らませる雪希の前で、クムはしおらしくしていた。寛ぐべき時間だと言うのに、その身には襤褸を纏ったままだ。脱げないのだ。

 

「いやぁ……だってサイズの合う服なんて持ってなかったし……」

 

 何せこの下には何も着ていないが故に。

 

「だからってさぁ、もっとやりようがあるよね? それとも露出狂なの!?」

「いや違うけど。……でも子どもの姿だし、いっかなって」

「いい訳ないでしょ……はい」

 

 雪希は持ち上げていたクムの足を離す。先の戦いの時は裸足だったそこに、今は木の皮が巻かれていた。

 

「服は後でどうにかするとして、足はこれで取り敢えずはいいでしょ」

「おー」

 

 立ち上がって軽く歩いてみるクムは、砂粒や小石が足裏を苛まないことに感嘆した。遥かに歩きやすい。

 

「すごい。もしかして、慣れてる?」

「まぁね。小さい頃は山育ちだったから」

 

 木の皮は雪希がタロスダムドから逃げる際に放り出した荷物から回収したナイフを使って手際よく剥いできた物だ。その他、荷物から出した簡易テントを張ったりと、野宿の準備もほとんどを雪希が済ませていた。クムが小さいので手伝わせられることが少ないというのもあったが、それ以上に雪希の作業が速すぎたのだ。

 

「懐かしいなぁ、お婆ちゃんと二人で暮らして、森の中を駆け巡って……修行だって言われて崖の下に放り投げられたこともあったっけ」

「それ、山育ちというより山籠もりって言うんじゃ……」

 

 ドン引きするクムだったが、それで一つ合点がいった。

 

「さっき見せた拳法……」

「あ、爪牙拳(そうがけん)のこと?」

「そう。あれは、そのお婆さんから教わったもの?」

「そうだよ。獣の爪や牙を模した型を扱う、野性の息吹を色濃く残した拳法! だから山で修行するのが最適なんだよね。お婆ちゃんはその師範代だったの。といっても本家筋から外れた分派で、門下生も私一人しかいなかったけど」

 

 雪希は火加減を見ながら答えた。

 

「ふぅん。いいお婆さんだったの?」

「うーん、結構厳しかったかな。私、お父さんお母さんが仕事で海外赴任になっちゃったから、お婆ちゃんに預けられて育ったんだ。でもお婆ちゃんは自分で途絶えそうになった爪牙拳を相伝するチャンスだって思ったらしくて、無理矢理修行つけられて……あ、でも恨んでないよ! 修行は楽しかったし!」

 

 慌てて浮かべた笑みに曇りは無い。自然の中で育った記憶を苦に思っていないようだ。むしろ、こうして何も無いところで野宿している現状こそが自然体に見える。

 

「まぁ、こんなところで役に立つとは思わなかったけどね……クムの親は?」

 

 何気ない雪希の質問。しかしクムは露骨に顔を顰めた。

 

「あ、ごめん。訊かれたくなかったかな」

「いや、まぁ、わたちから水を向けた訳だから、別に。でも、答えられることはないかな。面白い話でもないし」

「そっかぁ」

 

 苦笑して雪希は目線を缶詰へと戻す。

 雪希はまだ、この謎の幼女のことを図りかねていた。

 身体的には間違いなく子どもだ。試しに強行軍で荒野を抜けようとしてみたが、すぐにバテてしまった。体力や筋力などの身体能力は見た目相応。今もビスケットの袋を開けようとして、硬くて苦戦していた。

 しかし一方でその仕草や紡ぐ言葉は年齢不相応だ。受け答えはハッキリしていて、隠し事はしているが説明は淀み無い。大人びて、まるで百年近い時を生きた老人のように感じることもある。まったくもって謎めいた子どもだ。その目的も、よく分からなかった。

 

『七人ミサキを殺して』

 

 憶えがある文言だ。だが、よく思い出せない(・・・・・・・・)。どこかで聞いたことがある筈なのだが、記憶から引き出そうとするとどうしても出てこなかった。頭に霞が掛かっているようだ。雪希はそこにも一抹の不安を覚えながら、温め終えたコンビーフを切り分ける。

 

「はい。熱いからフーフーしてから食べてね」

「うん」

 

 大人しく受け取り、言われたとおりに息を吹きかけるクムは年相応に見える。それに微笑みながら、雪希は考えすぎかと思考を打ち切ることにした。頭が悪い自覚がある雪希は、一定以上考えた後は分からないことは分からないと結論づける癖がある。どうにかなるだろうという楽観的な視点の持ち主だった。

 そうとは知らず、クムはコンビーフの熱さに苦戦しながら雪希に問う。

 

「それで、わたちたちはどこに向かってるんだっけ」

「うん。取り敢えずは、クラン:ライブの拠点が近いからそこに行こうとしてる。情報収集と、クムの服の調達にね」

 

 雪希は答えた。この荒野からなら、そう遠くは無い。

 

「クランって?」

「あ、そっか知らないか。えっとね、クランは集団って意味」

 

 雪希たちにとっては常識と化している単語も、旅人を自称しているクムには通じないことを思いだし雪希は説明した。

 

「この世界で、願いを叶える為に私たちは戦っている。でも一人じゃ勝ち残るまですっごい戦わなきゃいけないし、私たち以外誰もいないこの世界じゃ生活もままならないでしょ? だから三つの集まりに分かれて暮らしているの。私みたいなフリー以外はね」

「三つ?」

「うん。願いを叶えると一口に言っても、この世界で生きてる内に目的はバラバラになっちゃうからね」

 

 雪希は指折って数えた。

 

「一つ、クラン:ウィッシュ。シンプルに、勝って願いを叶えようとする集団。戦いに積極的で、軍隊みたいに統率の取れた集団だよ」

「願いを叶える……みんなそうなんじゃないの?」

「実は、違うんだ。それで二つ目」

 

 雪希が二つ目の指を折る。

 

「クラン:ライブ。私たちが向かおうとしているところ。ここは、生き残る(・・・・)ことが第一目標」

「生き残る……」

「うん。願いを叶えるとかよりも、死にたくない、一日でも長く生きたいって人たちの集まりなんだ」

「あぁ……そっか、そうだよね。そういう人たちも出てくるよね」

 

 得心がいったようにクムは頷いた。覚えがあるのだろうか。

 

「戦いを嫌っている人たちが多いから、平和主義的な一面もあるの。まぁ完全には無理だけど……でも穏やかな気質だから、私も外野だけどお世話になってるんだ」

「ふんふん。で、もう一つは?」

 

 クムが促す。雪希は微妙な顔をしながら、最後の指を折った。

 

「最後は、クラン:キル。……文字通り、殺戮を楽しむ人たちが集まったクランだよ」

「……あぁ」

 

 こちらも、クムには納得がいってしまったようだ。ただしその顔は苦々しい。そうなることは分かるが、理解はできないという表情だ。

 

「戦っている内に、殺す方が楽しくなっちゃったんだ」

「うん。凶悪殺人鬼の集まりだよ。だから数は一番少ないけど、一番凶暴。何をしでかすか分からない。ヤバい奴らだよ」

 

 雪希は深く息をついた。キルには嫌な思い出があるのだ。

 

「これが、この戦場世界にある勢力かな」

「あのタロスダムドとかいう奴は」

「あ、それを忘れてた。執行者だね」

 

 クムの言葉に今日対峙した強敵を思い出す。ただし忘れていたというよりは意識の外にあった、というのが近い。雪希にとっては勢力というより機構(・・)という感覚なのだ。

 

「執行者は、しばらく戦わない奴らを処刑に来るの。その期間、七日間」

「七日間……その間に戦わないと」

「うん。あの強いダムドたちが現われて、殺されちゃう。周りの人たちも巻き込んでね。私は今まで何人も見てきたよ」

 

 雪希は思い返す。戦いでトラウマを刻まれ引きこもった挙げ句、襲来した執行者によって見せしめの如く殺された同胞を。自分も、あと少しでああなるところだったのだ。

 

「だから、戦いを止められないんだ。戦わなくても殺されるから」

「ライブも、その制限があるから完全に戦いを止めることはできない。身内の模擬戦は、どうやらノーカウントらしいからね。だから防衛戦に出たり、後は野良のダムドを掃討したりしてる」

「……野良もいるんだ」

「うん。この荒野にもいるから、一人で出歩かないようにね」

 

 それを聞いてクムは身を縮こまらせる。急に夜の闇が怖い物に思えたのだろう。意地悪かったかと雪希は苦笑した。

 

「大丈夫。私は結構鋭いからそういうのすぐ気がつくし。今は変身する力だってあるしね。……えっと、それで私も訊いていいかな?」

 

 窺う雪希に、クムはコーヒーの入った金属のコップを引き寄せながら頷いた。

 

「うん。答えられることなら」

「ありがと。じゃあ、探し人について」

 

 クムと結んだ契約。力を与える代わりに出された条件について雪希は聞いた。

 

「どんな人を探しているの? 七人ミサキ……は置いといて、アテはある?」

「アテは正直ない。だから情報収集がしたいって話になったんだし」

「そっか」

 

 クラン:ライブに向かうのは二人に増えた分の物資の補充と服の調達、そして情報を集める為。宛てもなく人捜しをするならば、まずは人の多いところで噂や目撃談を聞いて回るしかない。

 

「でも多分、この世界の管理者的な立場にあると思う」

 

 カップを揺らしながらクムは言った。

 

「管理者?」

「うん。この世界の運行を采配し、管理する人。あるいは創造主。あのタロスダムド、執行者もその手駒に過ぎない。……この世界は絶対自然じゃない。だからそういう人が必ずいる筈。神様、王様、執政官……雪希はそんな人に心当たりは無い?」

「えー……無いかなぁ。クランのリーダーなら全員知ってるけど、管理者って感じじゃ無いし」

 

 雪希は名前と顔の一致する限りを思い浮かべてみるが、合致する条件の人間はいなかった。

 クムは溜息をつく。

 

「だよね。普通は表に出てこないだろうし。だからわたちたちは、それを探すことから始めないといけない」

「気が遠くなりそー……」

 

 遠い目をして雪希は天を仰いだ。街の明かりと無縁な荒野の夜空は満天に輝いている。

 この世界が自然では無いとクムは言った。こんな戦乱が強制される世界が普通じゃないことは雪希にだって分かる。だがそうすると、この星空も作り物ということなのだろうか。ならば、その管理者というのはどれほどの力の持ち主か。

 自分は思った以上に大変なことに巻き込まれたのかもしれない。他に選択肢がなかったとはいえ僅かに後悔が滲む雪希。だが考えても仕方ないと、やはりそれも脇に置く。

 

「じゃあ質問を変えて、あのグレイヴキーって奴のこと」

 

 気を取り直し、雪希は先の戦いで自分に力を与えたあの不思議な鍵のことを問う。

 

「アレって何? この世界に来て結構長いけど、今までの戦いで見たことがないんだけど」

「わたちはむしろそのことにビックリしたよ。マリードールとミサキドライバーで戦ってるんだから、てっきりわたちは知っているものかと……この世界じゃ、仮面ライダーを倒しても貰えないんだね」

 

 訳知り顔のクムはコーヒーを啜りながら答えた。

 

「あれは力の欠片。倒した敵の力の一部を封じ込める鍵。さっき渡した奴は、わたちが旅している間に手に入れた奴だね」

「倒した? クムが?」

「……まぁ、色々あるの」

 

 それで、またクムは押し黙ってしまう。結局雪希が知れたことは、その鍵を使うと力の欠片とやらでパワーアップできるという程度だ。

 今は、それだけしか言えないということなのだろう。雪希は嘆息し、自分もビスケットを囓った。

 

「本当、不思議な子だなぁ」

「……それで取り敢えず納得する、雪希も結構不思議だけど」

「悩んだって答えは分からないからね。難しいことは、その内時間が教えてくれるさ」

 

 とにかく今は、クムの探し人とやらを尋ねる為にクラン:ライブへ。それからのことはその後考えればいい。好奇心の赴くまま、自然のままに歩いていればいずれどうにかなるだろう。

 

「猫みたいだね……くぁ」

 

 そこでクムは大あくびをした。もう夜は更けている。身体的には子どもである為限界が訪れたのだろう。眠たげに目を擦る幼女を雪希は微笑ましげに見つめると立ち上がった。

 

「さ、もう寝よう。寝袋はクムが使って。私は警戒しながら寝るから」

「ん……ごめん」

「その身体で見張り番させる方が怖いからさ。ほらほら」

 

 うつらうつらとするクムを雪希は抱き上げ、テントの中で寝袋に包み寝かしつけた。そして自分は膝を抱え、危険を察知したらいつでも起き上がれるように眠る。一人野営の多い雪希にとっては珍しいことでもない。

 だから、隣で眠る幼い寝息に口角を上げた。

 

(誰かと寝るのも、悪くはないな)

 

 そのまま二人で過ごす初めての夜は更けていった。

 

 

 ※

 

 

 朝起きて、二人は荒野を抜けるべく歩き出した。荒れ地は広く、クムの為に何度かの休憩を挟んだ。故に目的地が見えるまでに、午前中の時間をたっぷりと使ってしまった。

 だがその甲斐あって、二人はようやく荒野を抜け出した。

 

「さ、見えてきたよ。あれがクラン:ライブのキャンプさ!」

 

 丘の上に立って雪希が指差す先には、幾つもの天幕とその間で繰り広げられる人の営みがあった。

 

「わぁ……結構、人がいるんだ」

 

 もう荒れ地ではない草木生い茂る大地。そこにぽっかりと空いた小さな盆地にそのキャンプはあった。クムは当初、数十人規模の集まりを想定していたが、そこにはその予想を遥かに上回る人々が肩を寄せ合っていた。炊き出しの煙、鍬で耕される畑、訓練の掛け声。もはや村だ。

 

「そうだね。ライブは規模では二番目だけど、それでも百人はいる。それぞれに役割分担して共同生活を送ってるんだ……おーい!」

 

 キャンプへと近づきながら雪希は手を振った。応えるのは見張りをしていた男性だ。白いローブ付きの制服を着ている。

 

「おう、大和か。ダムドは狩れたのか?」

「それは無理だったけど、別の収穫はあったよ」

「別? ……そっちのちっこいのは?」

 

 男性はサッと雪希の背中に隠れた童女に目をつけた。

 

「あぁ、この子は……まぁ、新しい連れ合い」

「子どもか? この世界にいるなんて、珍しいな」

「あはは、まぁ、それ関係でリーダーと話したくてね」

「そういうことか。なら今は中央広場にいる筈だ」

「ありがと!」

 

 雪希は男性に礼を言い、キャンプの中へ向けて歩き出した。ついでに、その背中にしがみつくクムへ問いかける。

 

「なんで隠れちゃったの?」

「いや……頭では分かっていても男の人がいたことに驚いちゃって。そうだよね……アレは最後の戦いだけだったんだよね」

「ふぅん……?」

 

 分かったような、分からないような。

 しかしすぐにクムはキャンプの物珍しさに目を奪われたようだ。キョロキョロと視線を動かして、白い制服を着て作業する人々を眺めている。

 

「畑もあるんだ」

「まぁね。荒野だったのはあの辺だけで、普通に自然も生き物もいるし。獣狩りが戦いでカウントされるなら、私も狩人として働くんだけどなー」

 

 そんなことを話している内に、目当ての中央広場へと辿り着く。テントに囲まれたそこには数人が集まっていて、商品らしき物を広げたり井戸端会議めいた会話をしていた。

 その中心に、相談を受けている金髪の女性がいた。

 

「養蜂場から苦情が上がっています。ハチミツの生産が間に合わないと」

「あら~。じゃあ食事での使用量を少し減らしましょうか。お菓子が減っちゃうのは悲しいですけど、医療品にも使いますからね~」

 

 柔和に答えるその女性に雪希は声を掛けた。

 

鹿子(かこ)! 金剛(こんごう)鹿子!」

 

 呼びかけられると、女性は豊かな金髪を揺らしながら振り返った。色香を漂わせる柔らかな印象の顔立ちに、芯の強そうな瞳をした美人だ。周囲と同じような白い制服の上からでも分かる豊満な体つきをしている。女性は雪希に気付くとパッと笑顔を浮かべた。

 

「雪希! 無事だったんですね!」

 

 鹿子と呼ばれた女性は相談を受けていた相手に手を振って別れを告げると、雪希へと駆け寄った。手袋越しに雪希の肩を触ったりしてその無事を確かめる。

 

「怪我とかは、していませんね。心配したんですよ、一人で行くというから」

「ごめん。あんまり迷惑とか掛けたくなかったからさ」

「もう、いいのに。それで、マリードールの罅は?」

「解決した」

「そうなの? ……えっと、それでその子は?」

 

 鹿子は身体を傾け、雪希の背後に隠れたクムを見た。

 

「私が保護した子で、クムっていうの。クム、こっちは金剛鹿子。ライブのリーダーをやってるの」

「初めまして~、クムちゃん」

「……初めまして」

 

 柔らかく挨拶する鹿子に対し、クムは雪希の背中に隠れて控えめに挨拶した。その様子を少し不思議に思う雪希。人見知りという訳でも無いはずだが……自分以外の初対面の人間は取り敢えず警戒していくつもりなのだろうと結論づけた。

 一方で鹿子もクムを見て首を傾げている。

 

「こんなちっちゃな子、初めて見ましたよ~」

「あーそれなんだけど……」

 

 悩んだ雪希は一旦しゃがみ込み、クムへと小声で窺う。

 

(あんまり事情は言いふらさない方がいい?)

(場合によるかな。雪希に言ったことで納得してくれる人なら、別にしゃべってもいい)

(それはちょっと難しそうだな……)

 

 雪希は眉根を寄せた。自分が特殊な事例であることは自覚しているのだ。

 それにライブのリーダーである鹿子は百人以上を預かるクランのリーダーだ。責任ある判断をする必要がある。雪希のように曖昧に情報を受け取るだけでは駄目なのだ。根掘り葉掘り聞いて、事情を正確に把握する必要がある。更にその上で、非情な決断を迫られるかもしれないのだ。おいそれとクムの特殊性を開示はできない。

 

(分かった。保留しておく)

 

 雪希は決めて、鹿子へと向き直る。

 

「見ての通り人見知りでね。怖い目にもあったみたいで、言葉も少ないんだ」

「そうなんですか~……可哀想に」

 

 目を伏せて嘆息をする鹿子は、傍目には本当に憐れんでいるように見えた。その本心までは、窺い知れないが。

 

「でしたら、ライブで保護しましょう。雪希が面倒を見ますか?」

「うん、そのつもりでお願いしに来た。しばらくはライブを拠点に使わせて」

「もちろん、いいですよ~」

「助かる」

 

 ライブを拠点として使うことは、予めクムと相談して決めておいたことだ。探し人をするにはまず情報を集める必要がある。その為には人の多いところに身を置く必要があって、その点穏健派であるライブは最適だ。

 キルは論外だし、ウィッシュには少し因縁が……。

 

「きゃあっ! ウィッシュ!?」

 

 悲鳴が上がった。一瞬で広場に警戒の空気が満ちる。

 雪希は振り返った。そして口元を抑える女性の視線が自分に、正確には自分の服に向けられていることに気がついた。

 

「あ、これは……」

「この人は大丈夫ですよ~」

 

 どう説明するか迷う雪希と女性の間に、やんわりと鹿子が割って入った。

 

「私の協力者なんです。ウィッシュはとっくの昔に抜けています。だから怖がる必要ありませ~ん」

「あ……そうなん、ですか。すみません、早合点して」

「い~え~。仕事に戻ってくださ~い」

 

 ぱちりと鹿子が手を叩くと、それで我に返ったように女性は去って行く。広場にいた面々も警戒を解き、それぞれの生活へと戻る。

 雪希は気まずげに頬を掻いた。

 

「えっと、ごめんね鹿子」

「謝る必要はありませんよ~。でも前に打診したみたく、ライブの子になっちゃえば誤解されずに済むとは思いますけどね~」

「あはは……まぁ、それは保留ってことで」

「またですか~」

 

 手をヒラヒラとさせて誤魔化す雪希と溜息をつく鹿子にクムは何か複雑な事情を察したが、今突っこむ必要は無いと口を噤むことにした。ここでは目立ちたくない。

 そんな風にして目立たないよう自分の後ろに身を縮こまらせるクムを見て、雪希は思いだしたように口を開いた。

 

「あ、そうだ。鹿子、悪いけど――」

「どいたどいたどいたぁぁぁーー!!!」

 

 直後、響く大声。

 ぎょっと振り向く雪希とクムが見たのは、人を掻き分けながら遠くより迫る砂煙だった。

 轟くような足音を響かせ、砂煙は一行の前で急ブレーキを踏んで停止する。

 

「お姉ちゃん、無事!?」

 

 現われたのはウルフカットの少女だった。全力疾走した為か肩を上下させる彼女に連動し、ジャラジャラとシルバーアクセが揺れる。ピアス、バレッタ、ウィンドチャイムめいた髪飾りなど。服は鹿子と同じ白い制服だが、ネックレスやブレスレットなども相まって、清楚な彼女とはまるで違う印象を与えた。元の黒髪が半ば隠れるほどアクセサリーを纏った少女は、鹿子と似た目元を吊り上げて言った。

 

「お姉ちゃんを狙ってウィッシュの奴らが襲撃してきたんだって!? どこ、そんな不届き者どこにいるの!!? アタシが見つけてとっちめてやるんだから!!」

「もう、美來(みらい)ちゃんったら。また早とちりして」

 

 少女が大慌てする様に鹿子は頬に手を当て眉根を寄せた。鹿子のそんな様子に、美來と呼ばれた少女は目をぱちくりと瞬かせる。

 

「へ……いないの?」

「誤報ですよ。またよく聞きもしないで走り出しちゃったんですね」

「え、えへへ。お姉ちゃんが心配で、つい……」

「嬉しいですけど、そろそろ落ち着きも覚えてくれないと」

 

 勘違いと気付き、美來はようやく落ち着いた。サッと手にしたハンマーを後ろ手に隠す。武器にするつもりで持ってきていただろうか。

 

「てへへ……む?」

 

 笑って誤魔化す美來は、そこでようやく雪希の存在に気付いたらしい。鹿子に向けていた物とはまったく別な態度で、腰に手を当て鼻を鳴らす。

 

「ふん。アンタも来ていたのね雪希。っていうか、ウィッシュ兵ってアンタのことか」

「そうだよ。勘違いされちゃって」

「紛らわしいのよ。そのクセお姉ちゃんの提案を蹴りやがってさ」

「美來」

「……ぶー」

 

 窘めるように名前を呼ばれ、美來は頬を膨らませながらも黙る。鹿子は柔らかにそれを見つめながら、何が何やら呆然としているクムを見て紹介の必要があることを思いだした。

 

「クムちゃん、この子は金剛美來。私の可愛い妹で、ライブのサブリーダーでもあります」

「ん? なんだちびっ子。雪希の連れか?」

 

 妹と紹介された美來は雪希の後ろにいたクムを覗き込む。クムはたじろぎながら頷いた。

 

「う、うん」

「ふ~ん。一匹狼の雪希に連れ合いねぇ。な~んか怪しい……」

「こら、美來。初対面で人の事情に首を突っこまな~い」

「う、ごめんよお姉ちゃん」

 

 指摘され、しょんぼりと肩を竦める美來。一方で追求されずにすんだクムはホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「相変わらず元気だなぁ、美來は」

「えぇ。私としては、元気に走り回ってくれるだけで嬉しいんですけどね。でもサブリーダーを志願したからにはそれらしくしてくれないと~」

「厳しいねぇ」

 

 雪希は苦笑した。他人を率いる経験をしたことがない雪希にとっては知らぬ世界の話だ。

 

「責任ある立場ですから~。……それで、さっき何か言いかけてましたよね?」

「あ、そうだ」

 

 美來の襲来で遮られたことを思いだし、雪希はポンと手を叩いた。そして背後のクムをそっと差し出す。

 

「この子の服を見繕って欲しいんだけど」

「服? ……まぁ!!」

 

 ペロンと襤褸を捲った鹿子は今まで穏やかに細めていた目を見開いた。

 

「何も着ていないじゃないですか! なんでもっと早く言わなかったんですか!?」

「いや、まぁ本人が気にしていないから……」

「だからってこんな小さな子を裸にしておいていい訳ないじゃないですか!」

「ごもっとも……」

 

 論破された雪希は身を縮める。詰め寄った勢いのまま、鹿子はクムの手を取った。

 

「行きますよクムちゃん! ピッタリの服をすぐ作ってあげますからね!」

「え、あ、あれ~……」

 

 そのまま腕を引かれ、クムはどこかへと連れて行かれる。怒濤の勢いで、何を言う暇も無かった。

 後に残されたのは、叱られた雪希と美來だけだ。

 二人は顔を見合わせた。

 

「……君のお姉ちゃん、怒らせたら怖そうだね」

「マジギレ顔を思いだしただけで、寒気が……!」

 

 ガタガタと震えだした美來を見て、さもありなんと雪希は頷いた。

 

 

 ※

 

 

 それからまた、夜。

 雪希とクムは宛がわれたテントにいた。周りへ配慮した為か、貸し切りだ。

 簡易シャワーを浴びて髪を乾かしている最中な雪希の前には、ちゃんと服を着たクムが立っていた。

 

「似合ってるじゃん。よくサイズがあったね」

「ホントは無かったんだけど……」

 

 ケープに、ブラウスとショートパンツ。足元はどうしてもサイズが合う物が無かったのか、新しく作られたであろうミュールめいたサンダルだ。白色が目立つのはライブの製品だからか。

 

「無かったのに?」

「鹿子が自分で裁縫してサイズを整えたの」

「凄まじい情熱だね……」

 

 それほど逆鱗に触れたのかと、雪希は空恐ろしくなる。

 クムはそのまま胡座をかく雪希の隣に腰を下ろした。その表情は、どこか複雑だ。

 

「服、嬉しくないの?」

「ううん、嬉しいよ。可愛く仕上げてもらったし。でも……」

 

 ケープを撫で、クムはどこか寂しげに呟いた。

 

「……わたち、いつの間にかこういうことを疎かにするようになっちゃったんだなって」

「んー?」

「なんていうか……」

 

 クムは唸った。どう話すか悩んでいるようだが、それは今までのように何を隠すか迷っているからではなく、なんというべきか分からないからのようだった。

 

「昔は……もっとオシャレに気をつかっていたような気がする。色々拘って、工夫して、ワンポイントの有る無しで友達と一喜一憂して……そんな記憶がある。でもいつの間にか、そういうことを全然気にしなくなっちゃってた」

 

 クムの瞳にはハッキリとした寂寥の色が浮かんでいた。もう戻れない、故郷を偲ぶかのような。

 

「今回も、子どもの格好とはいえ裸で何とも思わなかった。昔の自分からしたら考えられない筈なのに、それに気付きもしなかった。雪希や鹿子に指摘されるまで、何も」

 

 膝を抱え、クムは顔を埋めた。

 

「自分が全然……変わってることを自覚できなかった。……きっと、このまま全部変わっちゃうんだ。いつかわたちであったことも忘れて……人間じゃ、なくなる」

 

 呟かれるのは絶望の観測。耐え難い悲嘆だった。

 

「それが、怖い」

 

 クムの肩は、微かに震えていた。

 雪希には何を言っているのかは分からない。だがそれがクムにとっては悲しいことで、だから何かを言わなければならないということは分かった。

 故に丸まった少女に寄り添い、雪希は呟く。

 

「変わらないよ」

「……え?」

「確かに、人は変わる。変えられる。……私が、そうだったから」

 

 顔を上げたクムの前で、雪希は拳を握った。

 

「お婆ちゃんから爪牙拳を教わるまで、私は寂しん坊の弱虫だったんだ。お母さんお父さんに置いて行かれたのがショックで、いっつも泣いてた」

 

 それは、まだクムに語っていなかった記憶。

 両親が海外に行き、祖母に育てられた。字面だけならばそれだけだが、そこに感情がない訳がないのだ。親の温もりを失い、その頃の雪希はいつも泣いていた。

 

「でもお婆ちゃんが厳しくしてくれてさ。それでむしろ、寂しいのを忘れられた。拳法を覚えるのも楽しくってさ」

 

 拳を握り、開き、かつての日々を反芻する。

 凍えながら滝に打たれた記憶。振り子で迫る丸太の中を走らされた記憶。熊の出る夜の森に一人置いて行かれた記憶。会心の一撃で木人を砕き、祖母に褒められた記憶。

 他人には分からないかもしれないが、雪希にとってはどれも幸せな記憶だ。おかげで楽しい幼少期が過ごせた……と雪希は本気で思っている。

 

「強くなった。肉体的にも、精神的にも。……だけど、さ」

 

 雪希はコロンと寝転がった。テントの天井を見上げ、続ける。

 

「寂しがりってところは、結局変わらなかった」

 

 確かに強くはなった。身体も心も。だが幼少の記憶が全て彼方に消えたのかと言うと、それはまた違った。

 目を瞑り、今度は苦い記憶を思い出す。

 山を降りた、それからのことを。

 

「結局昔みたく温もりを求めてさ……それで色々としくじった」

「……ライダーバトルに賭けた願いも、それ関係?」

「ん、鋭いね」

 

 目を開き雪希は覗き込む幼女の瞳を視界に入れた。

 

「ま、それはいつか。……私が言いたいのは、人は変えられる(・・・・・)。けど、変わらない(・・・・・)ってこと」

「……どういうこと?」

 

 難解な雪希の言葉に、クムが首を傾げる。それを見て雪希は愉快になった。いつもは自分が訳の分からない思いをするのに、今はクムが戸惑っている。それが面白かった。

 

「大事な部分は、そのまんまってことさ。良いところも、悪いところも。かっこいいところも、情けないところも。奥底にはずっとあって、どんなに時を経ても必ず出てくる。だから……気にしなくていいって話」

 

 手を伸ばし銀髪を撫で付ける。彼女も鹿子のところでシャワーを浴びたのか、艶やかな触り心地だ。鹿子が貴重なハチミツの石鹸を使ったのかもしれない。美來に案内された自分のところにはなかったのに。

 サラサラと髪を遊ばれるクムは、心地よさげにしながらも眉根を寄せた。

 

「……分かんない」

「今はね」

 

 名残惜しげに雪希は手を離す。

 

「でもこれもいつか、時を超えて思い出す日が来る。だからそれで、いいんだ」

 

 雪希は、一先ずはそれでよしとした。また話す機会はあるだろう。

 旅はまだ、続くだろうから。

 

「ほら、もう寝るよ。明日からは情報収集だ」

「……ん」

 

 夜も深くなってきたことに気付き、雪希は幼い少女へ眠るよう促した。クムは頷くが、身体を縮こまらせると用意された寝袋ではなく雪希の腕の中へと潜り込んだ。

 

「え、ちょっと?」

「……今日は警戒する必要ないでしょ。周りに人がいるんだから」

「だからこそなんだけど……あぁもう、仕方ないなぁ」

 

 雪希は自分用の毛布を引き寄せ、クムの小さな身体を、包み込んで温めるように抱きしめた。

 自分より体温の高い、子ども特有の温もり。くすぐったそうに身を捩るそれを感じながら、雪希は落ちつつある思考で思った。

 

(やっぱり誰かと寝るのは悪くないな)

 

 案外、クムもそう思って抱きついたのかもしれないと。

 そう考えながら、雪希は眠りについた。




tips
雪希が野宿の際に調理した缶詰はウィッシュで作られた携行食である。コストと保存期間だけを追求した実用性だけの携行食は大変不評で、特にコンビーフは『温かい内はまだマシ。冷めたら泥の方がマシ』とまで言われるほどであった。
雪希も美味と思ったことはなく、荒野でなければその辺の野ウサギを捕まえて焼いた方が百倍美味しいと思っている。
なおクムは普通に舌鼓を打った。
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