仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー   作:春風れっさー

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後日談-3 襲来

 異世界であろうとも燦然とした太陽が昇った後、冷えた夜の空気が温まるまでに時間を要するのは変わりなかった。

 朝の涼しい空気の中。テントの前で雪希は朝の鍛錬に励んでいた。

 

「シィィィ……」

 

 しっかりと地に足をつき両手を前に構えながら静かに身体を動かしていく。

 顎を閉じ、歯の隙間から息を吐く独特の呼吸法。威嚇する獣のような音を響かせながら、雪希は肢体をゆっくりと動かした。緩慢な、しかし獲物に狙いを定める獣めいて荒々しい動作。

 腰を落として身体を捻り、両腕を胸の前に集める。そして右側にずらし、鉤手で平行に重ねた。

 それはさながら、獣の顎門の如きだった。

 

「スゥゥゥ……」

 

 息を吸い、今度は限界まで姿勢を低くする。低く低く、這うと言えるレベルにまで屈む。そして左脚だけを自由に、天に突き出すように跳ね上げた。藪の中から顔を出した、蛇のように。

 その後も雪希は緩慢な動作で型らしき物をなぞっていく。ある時は鳥類のように一本足で立ち、ある時は犬めいて四つ足をついた。野生の息吹を模った、独自の構えの数々。

 それを、テントから出てきたクムは見ていた。

 

「それが、爪牙拳(そうがけん)?」

「あ、おはようクム」

「おはよう」

 

 雪希は構えを続けながら挨拶した。手足を動かし構えをまた変えながら、振り返らずに返答する。

 

「そうだよ。いくつかの技があって、これはそれを咄嗟に繰り出せるように身体に馴染ませるルーティーン」

「毎朝?」

「できるときにはね。自然じゃそんな甘いことを言っている場合じゃない時もあるから。……戦場でもね」

 

 動きながら、雪希は自嘲する。祖母から受け継いだこの拳法も、もう随分殺生の為に用いてしまった。

 

「戦う為の力。誰かから託された誇るべき証。でも使えばその輝きは汚れていく。……ねぇクムは、そんな時どうする? ……なんて」

 

 言って、幼子に何を言っているのかと雪希は苦笑した。それに例え相手が子どもでなくとも、答えに窮する問いだ。

 しかしクムは逡巡なく答えた。

 

「使うよ」

「えっ?」

「使う。戦える力があるのなら、戦えない人の代わりに戦う。それが自分の手を、血で染めることになっても」

 

 動きを止め、雪希は首だけで振り返る。視線の先のクムは、真っ直ぐと雪希を視線で貫いていた。

 あるいは、抱いた迷いごと。

 

「だってそれが、仮面ライダーだから」

「……仮面ライダー、か」

 

 確かに、願いを叶える為に他者を蹴落とすのが雪希の知っている仮面ライダーだ。

 やらなければ自分がやられる。故にそんな問答をすること事態が無意味か。

 雪希はそう自分に言い聞かせ、納得する。

 

「そうだね。躊躇ってたら何にもできない。迷う暇があるなら、戦わなきゃ」

 

 そう言って雪希は構えを再開した。迷いを振り切るように、動きを鋭くしていく。

 

「うん。……嫌と言うほど、それを味わったから」

 

 血が滲むような苦い声を、聞き逃しながら。

 

 

 ※

 

 

「いやぁ~、やっぱりまともな朝ご飯を食べてこその人間だよね! 野宿の缶詰は酷かったからなぁ。コンビーフは生臭いしビスケットは硬いしで、散々だったし」

「そう? わたちは美味しかったけど」

「え゛、どんな味覚してんの……」

 

 鍛錬の後、雪希とクムは食堂で朝食をいただいていた。食堂と言っても、屋根の張られた下にテーブルと椅子を並べてあるオープンテラス形式だ。様々な人が鍋の前で一列に並び、椀にスープが注がれるのを待つ姿は給食の時間を思い起こさせた。クムからするとそれは現役か、あるいは遥か遠くの記憶だろうか。

 ニンジンとジャガイモのスープを掻き混ぜながら、雪希は口を開いた。

 

「今日から聞き込みを始めようと思うけど……」

「うん」

「具体的にはどうする? 手当たり次第に聞いていく?」

「それは難しいかも」

 

 クムは香草の塗された羊の串焼きを片手で弄びながら答えた。

 

「管理者の存在を雪希がまったく知らないとなると、おそらく一般常識でも通じない……つまり一般人に聞いても意味は無いかも」

「ふむふむ。じゃあどうするの」

「地位の高い人なら知っているかな。リーダークラスとか」

「となると……鹿子か」

「ん? 今お姉ちゃんの名前を呼んだ?」

 

 密談を交わしていた二人は突如上から振ってきた声に顔を上げる。そこにはトレーを持ったアクセサリーまみれの少女、美來が立っていた。

 クムはドキリと身を硬直させるが、雪希の方は朗らかに応えた。

 

「あ、美來。鹿子と一緒に食べるんじゃないの?」

「それが聞いてよ! お姉ちゃん、今日は相談された養蜂場の様子を見に行くからって早めに朝ご飯を食べちゃったみたいでさ。気付いた時にはもぬけの殻だったわけよ」

「あー、置いて行かれちゃったのか」

「そう! 別にお姉ちゃんの指示なら早起きくらい大丈夫なのにさー」

 

 頬を膨らませながら、美來は雪希の隣へ着席する。ガチャンと苛立たしげに音を鳴らしてトレーを置くと、パンを怒りにまかせて食い千切った。

 

「むぎっ! ……過保護なんだよなー、お姉ちゃん」

「そうなの? 昨日は厳しそうにみえたけど」

 

 サブリーダーとしての自覚を持つよう叱っていた姿を思いだし雪希は首を傾げる。

 

「そういう面では叱られるけどね。一番うるさいのは生活習慣とかに関してだよ」

「へぇ?」

「アタシが夜更かしとか度が過ぎた早起きをしそうになるとちょっと怒るんだもん。健康的な生活が第一だって。お母さんみたいにさぁ!」

 

 不満げに咀嚼する美來に、苦笑しつつ雪希は問う。

 

「昔なんかあったとか?」

「んー、確かに昔は病弱だったんだよね」

 

 美來は懐かしむように目を細めて言った。

 

「っていうか、不治の病を診断されて入院生活だった。余命幾ばくとか宣告されたこともある」

「えっ、それは……よく治ったね」

 

 思った以上の事情に雪希は目を丸くする。過保護と言うからには何か理由があるとは思ったが、まさか不治の病という重い話が出てくるとは。

 

「不治って治らないから不治でしょ? でも今は元気じゃん」

「うん。なんか奇跡的に治った」

「なんかって……」

「いや、ホントになんかなんだよ。先生も原因が分からない、こんなこと普通じゃあり得ないって言ってた。まさに奇跡だって」

「へぇー、不思議なこともあるもんだねぇ」

 

 ひたすらに感心する雪希。その前の席で、クムはピクリと片眉を上げる。……が、すぐに山盛りのキャベツを頬張る作業に戻った。

 それから二人は他愛ない会話を交わす。時折クムが口を挟むがそれでもそれ以降特筆すべき話題が出ることも無く、三人は朝食を終える。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「ごっちゃーん」

 

 手を合わせた後トレーを返却した三人は、食堂から少し離れたところでこれからどうするのかを話し合う。

 

「お姉ちゃん帰ってくるまで暇になっちゃったなー」

「あ、それは私たちも一緒だね。こっちも鹿子に聞きたいことがあったんだ」

 

 話題に出た鹿子の名を聞いて手を挙げる雪希に、美來は訝しげな目を送る。

 

「お姉ちゃんに? 何の用事よ」

「ちょっとね」

「ふーん……スパイ行為とかじゃないでしょうね」

 

 疑うように美來はギロリと睨み付ける。その視線を、雪希は少し悲しげに受け止めた。

 

「まだ信用してくれないんだ」

「当然でしょ。ウィッシュの脱走兵なんて普通はあり得ないんだから。それもライブに帰化せずフリーの立場を保ってるようじゃ、疑うのも当たり前よ」

「とほほ……」

「ねぇ」

 

 溜息をつく雪希の隣でクムが手を挙げる。

 

「ん? 何、クム」

「雪希がウィッシュの脱走兵って、ホント?」

「は、アンタそのこと話して無かった訳?」

 

 目を瞠り、信じられない物を見る目で美來は雪希を見た。気まずげに雪希は頬を掻く。

 

「あはは……そういえば、そうかも」

「あっきれた。大事なことじゃない。……それにそうとも知らず付いていくちびっ子の方も、どういうつもりなの?」

「べ、別にわたちのことはいいじゃん。それより、話してよ」

 

 そう言って、今度はクムを見下ろす美來。鋭い視線を雪希の身体を盾にして遮り、クムは続きを促した。

 

「ウィッシュの脱走兵って、どういう意味?」

「どういう意味も何も、そのままよ。コイツの着ている服、クラン:ウィッシュの物でしょ」

 

 美來が指差すのは雪希の纏った黒い制服だった。動きやすさを重視した半袖のシャツにキュロットスカート。全体的なデザインは婦警の夏服に似ている。

 その左腕に巻かれた腕章。斜線で消された星のマークを特に指し示して美來は言った。

 

「抜けることを許さないウィッシュからほとんど着の身着のままで脱走。その勢いでクラン:ライブに転がり込んで、厚かましくもお姉ちゃんから甲斐甲斐しくお世話をされている。そのクセ自称の身分はフリー。それがコイツの今の立場よ」

「後半は私怨が入り混じっていたけど、概ねは正しいね」

 

 頬を掻いて苦笑しつつ、雪希は頷いた。

 

「ウィッシュって脱退を認めてくれないんだよね、みんな願いを叶えることにガチだからさ。ウィッシュを抜ければそれは即ち自分の敵が増えるってこと……それをみすみす許すわけにはいかないから」

 

 思い返しながら雪希は続ける。

 

「本気すぎて、軍隊に近くなってるんだよね。規律もかなり厳しくってさ。だから脱走は死刑。命からがら抜け出して、私はどうにか自由の身、ってね」

「最初からウィッシュになんか所属しなけりゃ良かったんだ」

「それは言いっこなしでしょ」

 

 半目で睨む美來に肩を竦める雪希。美來からすればそうだろう。彼女は姉が運営するライブこそが至高だと捉えているのだから。

 

「誰もが願いを叶えたくてこの世界に来てる。だから大抵がウィッシュに所属することを選ぶ。それはこの世界の情勢にも現われてるでしょ?」

「むぅ……」

 

 しかしそう言われては押し黙らざるを得ない。実際、ウィッシュは最大勢力だ。

 この世界に招かれた人間は、全てノーアンサーに誘われた、叶えたい願いを抱えた者たちだ。勝ち残ることを掲げるクラン:ウィッシュに集うのは当然のこと。最大勢力となるのは自明の理とも言えた。

 

「ま、最初からライブにいれば何の面倒も無かったってのは確かにそうだねって話……ん? クム、どうしたの?」

 

 やれやれと溜息をつく雪希は、自分をジッと見つめるクムの視線に気付いた。

 クムは首を傾げる雪希を真っ直ぐ見上げながら口を開く。

 

「雪希は」

「うん?」

「なんでウィッシュから脱走したの?」

 

 クムから発された質問。当然と言えば当然の疑問を受けて、雪希は眉を下げた。

 

「あー……それは、うーん」

 

 逡巡する。何と答えるべきか、どこまで言うべきか。それを迷い、言い淀む時間。

 迷いを振り切って口にした答えは、端的な物になった。

 

「願いを失ったから、かな」

 

 呟くようにそう言って、それだけに留める。それ以上は語らなかった。クムはそんな雪希の表情を見て、どこか悲しそうな印象を受けた。

 

「願いを……ねぇ雪希、それって――」

「あ、お姉ちゃん!!」

 

 クムの問いは、突如として発された美來の大声に飛び上がったことで中断された。

 ブンブンと嬉しそうに手を振る美來の視線の先には、金髪をそよがせながら歩く鹿子の姿があった。鹿子は美來たちに気付き、近づいてくる。

 

「おはよう、美來ちゃん。それに雪希と、クムちゃんも」

「うん、おはようお姉ちゃん!」

「おはよう、鹿子」

 

 美來はさっきまでとは打って変わって元気よく、雪希は平時通りに挨拶を返す。一方でクムは、そそくさと雪希の背に隠れながら応えた。

 

「お、おはよう……」

「クム?」

 

 人見知りの設定とはいえ隠れすぎではないか――と疑問に思った雪希は、しかし握られた裾から伝わる震えに気付いた。

 しがみついたクムは、青ざめてガタガタと震えていた。

 

「く、クム?」

「お着替え怖いお着替え怖いお着替え怖いお着替え怖いお着替え怖い」

「トラウマになってる……!?」

 

 震えるクム。その恐怖の対象は怯える幼女を覗き込み、彼女がキチンと自分の着せ替えた服を身につけているのを確認してパチリと手を合わせた。

 

「よかった~、ちゃんと着ていますね。サイズ、合わないところありませんか?」

「ヒィッ! あ、ありません、全然ありません! 服、大事、着る、絶対」

「一体何があったんだ……」

 

 どこか浮世離れした態度を取るクムが、これほどまでに怯えている。その事実に驚きを隠せず昨日連れ去られてからの二人に思いを馳せる雪希。

 そんな二人には気付かず、美來は鹿子に話しかける。

 

「お姉ちゃん、養蜂場の様子はどうだったの?」

「それがねぇ、鹿子ちゃん。どうやら獣か何かが養蜂場付近をうろついて、それがミツバチたちのストレスになっているみたいなのよ」

「マジか。人里から少し離したところにあるとはいえ、こんなところまで来る獣がいるんだ」

「そう、まさにそれ。だから危ないねってみんなで話して、見回りを増やそうってことにしたのよ」

 

 でもね、と頬に手を当て息をつく鹿子。

 

「ただでさえパトロールには人手を割いているのに、追加の人員ってなると流石に足りなくて……」

「あー、ウチにはなるべく戦いたくないって人がたくさんいるからね。執行者避けのダムド狩りも、大勢で纏まって行くし」

「そうそう。だから困っちゃって……美來ちゃん、何か良い案ないかしら?」

「あ、それならさ!」

 

 姉に頼られて嬉しそうな美來は、未だ震えるクムを背にした雪希を指差した。

 

「コイツらと一緒にアタシが行くよ!」

「へ? 私?」

 

 唐突に引き合いに出された雪希は寝耳に水とばかりに目を白黒させた。

 

「どうせタダ飯喰らいでしょ、だったら少し働かせるくらいはいいじゃん!」

「ぐぅ……それを言われると痛いけど」

 

 フンスと鼻を鳴らす美來に、雪希は何も言えず押し黙る。あくまでフリーの立場を名乗る雪希は正式にはクラン:ライブに所属しておらず、食客や居候に近い身分だ。タダ飯喰らいと言われれば言い返せない。ついさっきも朝食に与ったばかりだ。

 

「いいのかしら?」

 

 小首を傾げて問う鹿子。雪希は迷った末、頷いた。

 

「分かった、やるよ」

「じゃあお願いするね。美來ちゃん、案内お願いね?」

「オッケー!」

 

 敬愛する姉に頼まれたことで、テンションMAX状態になった美來は嬉しそうに親指を立てた。その背後で、雪希とクムは密やかに囁き合う。

 

(聞き込みできないけど、いいよね?)

(うん。雪希の都合を全部無視はできないし。それに、リーダーの信頼を得られるのは好都合)

(それもそっか……)

 

 先程話した、管理者について聞き込むならリーダークラスという話とも合致する。なので雪希は一働きをすることにした。

 

「ま、結局はただのパトロールだし。どうとでもなるか!」

 

 

 ※

 

 

「ギャーーー!!」

 

 なだらかに続く緑の平原。その上で、雪希はミツバチの大群に襲われていた。本能的に耳を塞ぎたくなるような羽音を立てながら、黒い煙めいた群団が駆ける少女へ追い縋る。

 

「なんでなんでなんでー!!」

 

 追いつかれないよう必死に疾駆する雪希。それを遠くから眺めながら、クムは隣の美來へ問うた。

 

「実際なんで?」

「さぁ。野生生活を送ってるから、天敵と勘違いされたんじゃない?」

「あぁ……」

 

 思わず納得してしまうクム。山育ちで獣の動きを身につけた雪希だ。纏った空気を敏感に察知し、身の危険を感じた虫が先制攻撃に出るというのは、荒唐無稽ながらあり得そうな話だった。匂いとかもあるのかもしれない。

 

「話してないでどうにかしてー!」

「どうにかって言われても、ねぇ」

「うん……」

 

 肩を竦める美來にこればかりは同意するクム。何の装備もない人間が蜂を相手にどうしろと言うのか。

 

「まぁ精々がんばって逃げてよー! あ、駆除は駄目だかんね。貴重な甘味の供給源なんだからー!」

「そんな無茶なー!」

 

 悲鳴を上げながら、雪希は駆け回る。あの分なら、しばらくは大丈夫そうだ。そう判断し、美來はクムを見た。

 

「さて、アタシらはパトロールしようか」

「うん」

 

 できることがないのなら、職務を全うすべきだ。そう考え、二人は養蜂場の周囲を調べ始めた。

 

「ちびっ子、はぐれたら探さないからな」

 

 口ではそう言いつつも美來はクムから目を離さなかった。周囲を探索しながら、クムを常に視界に収めている。態度は悪くても、面倒見は案外悪くないらしい。

 一緒に行動する内にそんな一面に気付き、クムは美來に問うた。

 

「美來」

「あん?」

「あなたはどうして、ライブに?」

 

 見晴らしの良い場所へ移動するため稜線を上がりながら、クムは訊いた。

 

「どうしてって……お姉ちゃんがいるからに決まっているでしょ。アタシにとって一番大事なのは、お姉ちゃんなんだから」

「ああ、うん、そっか。……人の機微が、ちょっとな」

「なんて?」

「いや……」

 

 小声で呟いたことに首を振って、クムは問いを続ける。

 

「そのお姉ちゃん、鹿子は、なんでライブに? 戦うのが怖くなったの?」

「え? ああ……」

 

 上り坂を上がりきり、二人は丘の上に立つ。遠くまで見渡せるが、異常は未だ蜂に追いかけられている雪希の存在しかなかった。

 

「別に、お姉ちゃんは全然武闘派だよ。アタシを前線に立たせるくらいなら自分で行くし。ホントはお姉ちゃんを後衛にした方が効率的なのにね」

 

 遠くを見つめながら美來はやるせなさげに肩を竦めた。もっと頼ってほしい。そう無言の内に表現して。

 

「戦いが怖いってことはないよ。死ぬのは当然、嫌だろうけど」

「じゃあ、なんで」

「……チョロッとだけ、聞いたことがあるっけ」

 

 異常なしと判断して、別の見晴らしがいいポイントへと二人は移動した。雪希の助けを求める絶叫は、大事な会話中ゆえ今は無視する。

 

「お姉ちゃんの願い事は、アタシなんだってさ」

「美來?」

「うん。だから、お姉ちゃんに戦う理由はない。アタシさえいるのなら願いを叶える必要はないんだ。だからライブに加入して、優秀だから、繰り上がりでリーダーになった」

 

 照れくさそうに鼻を擦りながら美來は言った。

 

「姉妹愛か。仲が良いんだね」

「へへっ、言っちゃなんだけど、アタシほど愛された妹はそうはいないよ!」

 

 自慢げに言う美來にクムは目を細めながら、じゃあと別の問いを発した。

 

「あなた自身の願いは?」

「え?」

「? 変なこと言った?」

 

 二人は足を止めた。

 意外そうに目を開く美來に、クムは首を傾げる。姉の願い事の次は、本人。普通な話の流れだとクムは思うが。

 フリーズしたままの美來に無意識に何か地雷を踏んでしまったかとクムは密かに焦った。どうにも最近、人の心をズケズケと踏み荒らしてしまう気がする。細かいことを気にしない雪希とだと気にならなかったが、そういうところも昔から薄れていっているのか。あるいは元来の性質か。

 クムの心配は余所に美來は再起動する。そして顎に手を当て、深く思案した。

 

「願い……願いか」

 

 その果てに、答える。

 

「なんだっけ」

「え?」

「いや……何かを強く願ってノーアンサーに答えたことは憶えてるよ」

 

 己の記憶を探るようにして、美來は呟く。

 

「ただ……それからが薄らボンヤリとしている。なんだこれ」

 

 美來は初めて気付いたというかのように首を傾げる。自分でも心当たりが無いようだった。

 

「お姉ちゃんとお父さんとお母さん……思い出せる。退屈な病院暮らし……思い出せる。退院……ちょっとだけ思い出せない。ノーアンサーと契約する前後……ほとんど思い出せない。……アタシって、そんな頭悪かったっけ」

 

 己の記憶を確かめるように呟き、そのあやふやさに美來は驚愕する。姉と比べて頭が悪い自覚はあったし病院暮らしが長い所為で成績は悪かった。だが物忘れが酷いということは、なかった筈なのだが。

 おかしいな、と頭を傾ける美來。その隣でクムは顎に手を当て、何かを確信したようだった。

 

「そっか……やっぱり……だとすると……」

 

 思案を深める度、クムの幼い表情は曇っていく。何か都合の悪いことに気付いてしまったかのような、あるいは物語の悲劇的な伏線に閃いてしまったかのような。

 幼女らしくないその表情に疑問を憶えた美來が口を開こうとした、その瞬間だった。

 

 遠くから、くぐもった爆音が聞こえた。

 

「っ! 何!?」

 

 美來が素早く振り向く。音が聞こえた方向はライブのキャンプ。すぐに美來の脳裏に最悪の可能性が過ぎった。

 養蜂場の周辺を見渡すために見晴らしのいい場所へ登っていたのが幸いし、キャンプの様子がよく見えた。

 そして、何が起きたのかを悟る。

 

「煙……炎……別クランの襲来!」

 

 キャンプには火災が発生していた。白いテントがオレンジの炎に巻かれ煙を上げている。焦げ臭い匂いが風に乗って届き、悲鳴も聞こえる。それを掻き消すように、また爆音が轟いた。襲撃。それも野良のダムドが迷い出てきたような小規模なものではない。恐らくは、いやまず間違いなく別のクランによる仕業。

 何故ならこの世界は、争うことでしか生き残れないのだから。

 

「どっちの!?」

「……多分、ウィッシュだよ」

 

 答えたのはようやく蜂の群れを巻き、合流した雪希だった。手をひさしに惨劇を見下ろしながら呟く。

 

「外縁からゆっくりと、着実に攻めてる。キルならもっとスピードが速くて、統率がないから滅茶苦茶になる」

「くっ……!」

「美來、どこに!?」

 

 丘の上から転げ落ちるように滑り、キャンプの方角へ向かう美來の背に問う。

 

「お姉ちゃんのところ! アタシが行かないと!」

「私たちも……ッ!?」

 

 遠ざかっていくその背を追おうと走り出そうとしたその時。

 雪希は背後から飛来する物体に気付いた。

 

「くっ、分流爪牙拳――鎌鼬(かまいたち)!」

 

 手を鎌のように曲げ、飛来物を横からはたき落とす。甲高い音を立てて弾かれ草地に突き刺さったのは短刀だった。

 

「誰だ!?」

「フッ……流石に止めるか」

「! その声……」

 

 下手人は丘の影から姿を現わした。青いふちをした黒いフードを目深に被って顔を見せず、長袖に手袋。白い肌が露出しているのは太ももだけ。雪希はそれがクラン:ウィッシュの戦闘服だと知っていた。

 そしてこの短刀を投げる技と、その声も。

 

「本当はライブのサブリーダーも巻き込みたかったが寸でのところで間に合わなかったな。来たのが今さっき故、仕方ないが」

「……隊長」

「憶えていたか」

 

 フードを降ろす。そこから現われた素顔は若い女の物だった。

 切れ長で怜悧な瞳。ターコイズブルーの長髪は掻き上げ後ろに流している。端に小さな傷の入った薄い唇を歪め、女は微かに笑っていた。

 

「飼い主の手を噛むような恩知らずにしては上出来だな、雪希」

 

 懐かしく、しかし怒りの籠もった眼差しで、女は雪希を睨んでいた。

 

「う……」

「雪希、あれ、誰」

 

 その視線に射竦められている雪希へとクムは問いかける。それで硬直が解けたかのようにハッとして、雪希は女から視線を逸らさずに答えた。

 

太刀風(たちかぜ)朱鳥(あすか)。クラン:ウィッシュの隊長……リーダーだよ」

「その通り」

 

 女、朱鳥が手を挙げると背後の丘から同じような格好の者たちが更に二人、姿を現わす。雪希はクムを背に庇い戦闘態勢を取った。

 

「何やら見ない共連れと予想外の顔ぶれがあるが、私のやることは変わらん」

「どうしてここに」

「それはコチラの台詞だ。ここは手薄だと偵察班が言っていたのだがな」

「! ……そっか、ミツバチたちが感じ取っていたのは獣じゃなく、ウィッシュの偵察兵だったのか」

 

 予想外の場所から真実が判明し、しかし状況は悪い。

 雪希は今何が起きているのかを思考する。

 

(間違いなく、今起きているのはクラン:ウィッシュの強襲。それも大規模で、周到な。ミツバチたちが怯える程の回数偵察に来ていて、しかも私が経験したことがないようなくらいの大人数が動員されている……そして多分、隊長……いや、朱鳥さんがここにいるのは、)

 

「逃亡者を狩る為、ですか」

「ご明察、だな」

 

 朱鳥は肩を竦めた。

 それで確定した。今回の襲撃は、クラン:ウィッシュにとって念入りに準備された一大攻勢だ。敵対関係にあるウィッシュとライブはこれまで何度も戦ってきた。願いの達成を望むウィッシュと停滞してでも生き残ることを望むライブは激しい衝突を繰り返してきた歴史がある。それでも今回のようにキャンプを強襲するような事態にはならなかった。単純に戦力が拮抗し、ウィッシュ側も被害が大きくなるからだ。

 手を出せばウィッシュとて只では済まない。だから本拠地が判明していても攻め込むような真似はしなかった。だというのに、今回はそれが決行された。

 つまりウィッシュ側に勝算がある、本格的な侵攻だ。ウィッシュはこの襲撃でライブを根絶やしにする腹積もりであり――当然、逃亡者を逃がすわけもない。

 ウィッシュを率いるトップが陣頭で指揮を執らず、こんな裏口めいた場所にいるのはその為だ。

 

「お前は昔から頭は良くないと自称するのに、こと戦いのこととなると不思議なほど頭が良く回る。それでいて咄嗟の判断はいつも正解なのだから、まったく恐れ入るよ」

「……私のいないところじゃ発揮しないのなら、意味ないですけどね」

「それでも惜しい。……だが帰ってこいと優しく声を掛けるほど、私は甘くもない」

 

 朱鳥が手を振り下ろす。それを合図にフードの二人はマリードールを取り出した。

 

「「変身」」

 

《 Brave 》

 

《 Obedient 》

 

 鳴り響く電子音声と光が二人の姿を変える。黒く昆虫に似た様相のライダーと、同じく黒くしかし機械的なライダー。複眼と赤いラインを明滅させ、挟み撃つように二者は迫り来た。

 

「問答無用か! クム、離れないでね!」

「うん」

 

 見渡すために丘の上に登っていたのが災いし、周囲には身を隠すような場所もない。雪希は大人しく頷くクムを背に、マリードールを手にする。

 

「変身!」

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 出現したドライバーへと叩きつけ、銀の光に包まれて雪希もまた変じる。銀の甲冑に襤褸。虚ろな緑の複眼を持ちし騎士、銀姫。

 見慣れぬ姿に朱鳥は目を瞠る。

 

「ほう、前の姿と違うようだが……まぁいい。蟲姫(ちゅうき)兵姫(へいき)。排除しろ」

 

 朱鳥の指示に忠実に従い、二人のライダーは銀姫へと迫る。先に肉迫したのは昆虫風のライダー蟲姫だった。腰部のパーツを叩き出現した棘の生えた剣を構え、それを鋭く突き出してくる。

 

「分流爪牙拳!」

 

 銀姫はクムの頭を抑え姿勢を低くさせると、自分も同じくらい身を屈めた。そうして刺突を躱し、身体のバネを使って片脚を跳ね上げる。

 

影蛇(えいじゃ)!」

 

 足だけが別の生き物の如く跳ね上がる蹴り。蟲姫にとって予想外の角度から飛んできた一撃は喉へとクリーンヒットする。くぐもった声を漏らし、蟲姫はたたらを踏んで後退した。

 追撃しようと身を起こす銀姫は、自分を狙う銃口に気付いた。

 

「まずっ!」

 

 咄嗟に銀姫はクムを抱きしめる。向けられた背中に、銃弾の嵐が叩きつけられた。

 

「ぐうっ!!」

「雪希!」

「平、気。くぅ、あぁぁ!」

 

 頭を低くするようクムを伏せさせて振り返った銀姫は、腕を交差させて銃弾に抗った。そして掃射に耐え、急流を遡るように一歩一歩と歩みを進めた。

 

「!?」

「分流爪牙拳――穴熊(あなぐま)ぁ!」

 

 全身の筋肉を躍動させ、攻撃をひた耐える防御技。しっかりと地に足を踏みしめられない歩きながらでは不完全だが……ライダーの鎧と相まれば銃撃にも充分耐えられる。

 拳が届く範囲まで辿り着いた銀姫は、弾丸を吐き出す銃口を掴み取った。

 

「!!」

「寝てろ!!」

 

 至近距離。銃口を空へ向けて無力化しながら、銀姫はもう片方の手で拳を繰り出した。狙うは顎。仮面に隠れず露出した急所。

 振り抜かれた拳は過たず顎を打ち抜き軽い音を鳴らした。カクンと項垂れた兵姫の身体は糸が切れたかのように力を失い、丘を転がっていく。

 

「一人!」

 

 兵姫を倒した銀姫は即座に反転。そこには悶絶から立ち直り背後を強襲する蟲姫の姿が。

 再び刺突を繰り出す蟲姫に対し、銀姫は行なったのは肩から伸びた襤褸を広げることだった。

 

「!?」

 

 盾めいて広げられた襤褸へと棘剣は突き刺さる。その瞬間に銀姫は襤褸を丸め、棘剣を絡め取って蟲姫の手から引き剥がした。

 

「二人目!」

 

 無手となって戸惑う蟲姫に、銀姫は渾身のボディブローをお見舞いする。ガードも間に合わずそれを受けた蟲姫は、小さく呻きを漏らし、意識を失って丘を転がり落ちていく。

 転がり落ちた先で変身解除された二人を見下ろし、銀姫は鼻頭を擦った。

 

「へっ、どんなもんだい」

 

 嘯く銀姫。

 そんな彼女を讃えるように乾いた拍手が響いた。

 

「やはり大した腕前だな。むしろお前と対峙したのは僥倖であるか……」

 

 拍手の主は朱鳥だった。

 二人のライダーが短時間で排除されたことに対して驚愕し、しかし左程の動揺は見せずに朱鳥は懐へ手を伸ばす。

 

「お前を倒せるのは、私くらいなものだろうからな」

 

 そして取り出したマリードールをドライバーへと装填し、小さく呟いた。

 

「変身」

 

《 Windmill 》

 

《 風は穢れを祓う 何故?

  風は別離を誘う 何故? 》

 

 女は光に包まれて姿を変える。

 晴れた時、そこに在ったのは鳥面の騎士だった。

 

「敵として対峙するのは初めてだな」

 

 黒いアンダースーツの上にトルコ石めいた色合いの装甲。白いラインで刻まれた意匠と首から伸びるオレンジのマフラーは天高くを征くコンドルが翼を広げているように勇壮だ。しかしただ一つ、いや二つ奇怪な点が存在した。それは両肩。右には男。左には女の顔が、白いデスマスクの如く装甲の上に取り付けられているのだ。表情は穏やかそうに凪いでいるが、それが却って不気味さを助長させていた。

 勇鳥と奇面。二つのモチーフをアンバランスに纏う騎士の名は、

 

「仮面ライダー比姫(ひき)。さて戦ろうか、裏切り者」

 

 比姫は、組織の長として敵対者を排除すべく銀姫と対峙した。

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