仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー 作:春風れっさー
「朱鳥さんの……ライダー!」
かつての隊長、太刀風朱鳥の変身した仮面ライダー比姫と対峙し、銀姫に変身した雪希は息を呑んだ。頬を冷や汗が伝い、空気が張り詰める。
「あぁ、お前も見たことはあるだろう? だが……」
比姫は言いながら腰のパーツを叩く。その右手に、鉄色の直剣が収まる。
「戦うのは、初めてだろうがな」
「ッ!?」
そして何かが光ったと思った次の瞬間には、銀姫の眼前へと肉迫していた。
「くっ!?」
咄嗟に両腕を構えガード体勢を取る銀姫。比姫は構うこと無く斬撃をその上から叩きつけた。甲高い音が響き、銀姫は押し出されるように後退する。
「っつあっ!」
「流石の反応速度だ。しかし」
また光が明滅する。そして比姫の姿が霞んだかと思うと、銀姫の右手側へと移動していた。
「私と比べれば、遅い」
また直剣を振り上げる比姫。大上段から強力な一撃を放つべく、力を籠める。
「ぐ……くうっ!」
「ほう」
だがその刃が銀姫の仮面を叩き割ることはなかった。一瞬早く、細剣の召喚が間に合う。
翳すようにして防ぐ。鋭い太刀筋で重い一撃が振り下ろされ、剣と剣が克ち合い火花を散らした。両者は一歩も引かず、鍔迫り合う。
「なるほど……武器も違うらしい。どこでその力を手に入れた?」
「企業秘密、って奴です、ねっ!」
タイミングを計り比姫を力任せに押し返す銀姫。無理をして体勢を崩すことを嫌い、比姫は素直に後退した。
少し離れたところでお互いに得物を構え直す。
「はぁ……最悪。こんなところで隊長と
頬を伝う冷や汗を拭い、銀姫は溜息をついた。クラン:ウィッシュのリーダー、太刀風朱鳥。まさか安全地帯だと思っていたクラン:ライブのキャンプが襲撃され、かつて自分が所属したトップが立ちはだかるとは。予想だにしない展開だ。
「雪希。……大丈夫そう?」
緊張した面持ちの銀姫を、背後に庇われたクムが心配そうに見上げた。
「ん?」
「戦いづらい、とか」
「あぁ、精神的には平気」
銀姫は比姫からは目を逸らさずに答えた。実際、かつての恩人とは戦いにくい……そういう感情は浮かんでいなかった。
この世界でそれなりに戦い続け、そもそもが拳法を修めた戦闘者である雪希は戦闘となればそういった逡巡は無い。一度戦うとなれば即座に意識を切り替える……戦いに向いた精神性をしている。より親密な、それこそ家族や親友といった人間が相手なら話はまた別だろうが。
銀姫が冷や汗を流した理由は、そこではない。
「純粋に……勝てるか、ってことだよ」
精神的に戦えることと、実際に相手に勝利できるかはまた別なのだ。
「……そんなに強いの?」
「そりゃね。イケイケのウィッシュでリーダー張ってる人なんだ。強くなきゃ下がついてこない。紛れも無く、この世界屈指の実力者だよ」
クラン:ウィッシュは願いを叶えるべく戦い続けることを選んだ集団だ。故に戦いには積極的で、三つのクランの中でもっとも勝利に対する意欲は高い。そんな一団の中で弱い人間が頂点に立てるのかと言えば、まず無理だ。実際の実力が伴っていなければ。
「もっとも……朱鳥さんに限っては頭もいいし、カリスマもある。現にこうして大きな規模の作戦も実行しているしね。非の打ち所がないリーダーさ」
強さにも色々種類はある。頭脳、指揮能力。個人と集団の強さはまた別だ。しかし雪希が知る限り、朱鳥はその全てを兼ね備えていた。
完璧な指揮官。それが雪希から見た太刀風朱鳥という人物だった。
「お褒めの言葉を頂き恐悦至極……といったところか。もっとも、私にそんな自覚は無いがね」
直剣を下段に油断なく構え、比姫は諧謔を交えながら答えた。
「現に、被害を出すことはある。それについては……申し訳無いと思っているよ」
「……別に、恨んではいないですよ。本当にね」
言いながら銀姫は比姫の動きを注視する。先程見せたスピードを警戒しているのだ。
さっき比姫が褒めたように、銀姫の動体視力は鋭い。その目で追いきれない程の加速。単純に比姫の足が速いのか、あるいは……どのみち、それを攻略しなくては勝ち目は無い。
「クム……距離を開けられたら守る術がない。絶対に私から離れないでね」
「うん」
クムは分かっていると頷いた。
もし二人が離れてしまったのち、比姫がクムに狙いを定めては危険だ。スピードに差がある分、先に追いつくのは絶対に比姫だ。そして勝つためにならば人質程度は躊躇わない性格であることを、雪希は充分に知っていた。勝つためならば手段は選ばない、それがウィッシュだ。
だからクムを庇いながら戦うしか無い。それは実力的に勝てるかどうか曖昧である相手には重いハンディキャップだ。
「せめて能力かスペックかが解ればなー……」
ノーアンサーから与えられた仮面ライダーは特殊能力を持っている場合があった。雪希も戦場で空を飛ぶライダーや火を操るライダーと戦った経験がある。つまり比姫のスピードは能力の可能性があり、しかし単に比姫自身の性能である可能性もあった。
もしスピードがスペックであった場合、比姫はまだ能力という隠し球を持っているかもしれないということになる。それは戦闘を組み立てる上で不安要素となり得た。
どちらか判別ができれば、また攻略法がある。だが銀姫の視点からは分からない。
「朱鳥さんが戦ってるとこ、遠目でしか見たことがなかったから……あー、こんなことならウィッシュ時代に聞いておくんだった」
独り言、愚痴だった。しかし意外なことに、返答があった。
「……能力、だと思う」
クムが答えた。
「え、なんで、そう言える?」
「……前にスピードが速いライダーを見たことがある。その人と比べると、加速が不自然」
「不自然……?」
「動画で早送りするみたいに、急に速くなってるってこと」
言われて見れば、確かに。銀姫も思い出す。
最初の攻防だって、銀姫は比姫から目を逸らしていたワケじゃない。だというのに目で追いきれなかった。その理由が能力で加速したからだった……とすると辻褄が合う。
「よし、その前提で戦ってみようか。ってことで……再開!」
細剣を構え、今度は銀姫側から迫った。踏み込み、一息に刃圏にまで持っていく。
比姫に向かって銀閃が走る。袈裟斬りの軌道。躱すならば鉄剣を盾とするか、あるいは。
「フッ」
加速。剣尖から逃れ、回り込むようにして銀姫の側面に。だが今度こそは、銀姫もその瞬間を目撃した。
「見えた、速くなるのは能力!」
スピードが上がる瞬間、銀姫は確かに見た。比姫の右肩にある男の仮面、その目が光るのを。
「ぐあっ!」
回り込んだ比姫による斬撃を、銀姫は鎧で受け止める。火花が散り衝撃が襲う。だが引き換えに、敵についての情報を得た。この身体を抜ける痺れと交換する価値がある。
「いっつつ……だけどその目に気をつければ!」
「ほう、見抜いたか」
比姫は感心した声を上げる。
「トリックが分かれば、対処はある!」
銀姫は細剣を構えたまま、目を凝らす。自慢では無いが反射神経は人並み以上だ。
「光った瞬間さえ見極めれば、カウンターで鼻っ面を叩ける!」
「先手を取れなければ、後の先を取ろうというワケだな。だが、惜しい」
「え?」
「私の力はそれだけではない」
そう言って比姫は手を翳し……
「なっ……ぐっ!?」
瞬間、重くなる銀姫の身体。全身を鉛で包まれたかのように動きが鈍い。否、
まるで夢の中かのように、意識に身体が追いついていなかった。
「これ、は」
「私の力は『身体時間操作』だ。加速を、更に反転させることができる。いくら身体能力に優れたお前であっても、動けなければどうにもなるまい」
比姫はそれでも油断なく鉄剣を滑らせ、銀姫の首目掛けて的確に斬りかかった。銀姫は全力で身体を動かし躱そうとするが、それでも辛うじて首を逸らすことが精一杯だった。剣尖は、彼女の肩甲骨を抉る。
「ぐっ!!」
「それでも間に合うのは、流石と言うべきだな」
剣先をめり込ませたまま、比姫は足裏を押しつけるように銀姫を蹴り飛ばした。踏ん張ることも間に合わず、銀姫は転がされる。
「く、そぉ」
立ち上がることも碌にできない。修行で泥沼の中に潜った時のように身体が重い。身動きも取れなければ得意の拳法だろうと、無意味に等しかった。
「これで終わりだ」
比姫は処刑人の如く剣を振り上げる。それを止める手立てを、もう銀姫は持たない。
立ち上がることは、もう間に合わない。
だが。
「雪希!」
幼い声。そして飛んでくる金属片。それを受け止めることは、何とかできた。
「何っ!?」
振り返る比姫の視線の先には、小さな肩を振り抜いた形で固まるクムの姿があった。
「それで!」
「チッ! 子どもを手にかけさせるか!」
今までなにかできると思っていなかったから放っておいたが、仇為すならば。幼子を斬る罪悪感に目を瞑りながら標的をクムへと変える比姫。
だが間違えた。クムを脅威と認めずそのまま銀姫に刃を振り下ろすべきだった。
だから、間に合う。
《 Gallows Intelligence 》
《 光輝なる 私!
偉大なる 私! 》
グレイヴキーを差し込み、回すことが間に合う。
黄色い光に包まれた銀姫は、そのまま跳ね上がった。
「なっ!?」
「しゃあっ!」
それは予想外の比姫にとって予想外のスピードだった。明らかに低速化を振り切っている。そのまま鼻っ面へと、拳が突き入れられる。
「グフッ!」
「復活!」
たたらを踏んで後退する比姫へとガッツポーズを決めたのは、太陽のクレストが刻まれた黄色の胸鎧を身につけた銀姫だった。不敵に笑う口元には、正中線を真っ直ぐ走る黄色い亀裂が刻まれている。
「銀姫・インテリジェンスフォーム!」
格好つける銀姫・インテリジェンスフォームに対しクムはどこか冷ややかな目を送った。
「うん……わたちはあんまり見たい姿じゃなかったけど、まぁ、やむを得ないか」
「何故、低速化が効かない」
鼻を押さえて立ち上がった比姫へと、クムが振り返って解説する。
「低速化って要はスピードを遅くするだけだよね。だったら、元のスピードが速ければ相殺して解決できる」
インテリジェンスフォーム。かつて存在した神速のライダー。そのスピードは目で捉えきれないほどに速く、そして比姫と違ってトリックも無い。だから比姫の低速化とぶつかれば、相殺して元通りになる。簡単な理屈だった。
「くっ、それがその形態ということか……」
「なんかよく分からないけど、動けるからヨシ!」
本人が理屈を一番よく理解していなかったが、それでも本能的に問題ないことを悟る。
銀姫は鋭いステップを踏み、比姫へと肉迫した。
「くっ!」
鉄剣を振るい迎撃する比姫。銀姫はそれを回転するように躱し、遠心力を得た裏拳を比姫の側頭部へと叩きつけた。
「ガハッ!」
「まだまだぁ!」
銀姫の攻勢はそれだけに終わらなかった。回転の勢いを止めないまま、次の攻撃へ移る。今度は回し蹴り。比姫はガードするが、即座に追撃の拳が叩き込まれる。
「これ、は」
攻撃が止まらない。銀姫は回転し続け、止まぬ連撃を繰り出し続けた。拳、脚。肘に膝。渦巻くような回転を続けたまま四肢を躍らせ、打ち寄せる波濤の如き連続技を放ち続ける。
銀の軌跡はまるで、水流に逆らう勇魚めいて。
「分流爪牙拳――双魚の舞い!」
回転し続けることで勢いを増していく連続攻撃。止めない限り打撃の強さ速さは強化されていき、止め処なくなる。爪牙拳の中でも特に強力な技の一つ。
「こ、のぉ!」
鉄剣を突き込み、どうにか回転を止めようとする。回転が続く限り、この攻撃は止むことが無い。加速し続ける渦を遮る為の一撃。だが銀姫は回転を回避にまで流用し、華麗とすら言えるような美しい軌跡で避けた。
そのままスピードを落とさずに更に加速し、反撃へと繋げる。回避すらも組み込まれた技なのだ。
「ぐ、うぅ、あっ……!」
打たれ、打たれ、打たれ続けていく。肩を、腹を、頭を。全身を隈無く襲う重い乱打は比姫の体力を猛烈な勢いで削いでいく。それはさながら激流の中で削られていく巌のようだった。
そして遂に耐えきれず、比姫は膝をつく。
「勝機!」
銀姫はマリードールへと指を滑らせた。
《 Intelligence Execution Strike 》
右足が黄色い光を帯び、銀姫はそれを双魚の舞いによって得た勢いのまま蹴り込む。
「――ガッ!」
腹部を着弾点とし光のエネルギーが増幅、爆発する。緑萌える丘の上で、爆炎の花が咲いた。
一方的な決着。敵に奥の手を抜かせる暇も与えない無慈悲な一撃が胴部へ叩き込まれたことで、戦闘は終焉を迎えた。
崩れ落ちるようにして比姫の変身が解かれる。
「かはっ……はは、流石は、雪希だな。初見であっても、凌駕してみせるか……」
「いや、私の力じゃないですよ」
血を吐き力なく己を見上げる朱鳥を見下ろしながら、変身解除した雪希は傍らのクムを撫でた。
「この子のおかげです。もう一度変身できたのも、勝てたのも」
「そう、か。……あぁ、悔しいな。折角願いに近づけるところだったのに」
朱鳥の瞳は既に霞んでいる。雪希はそれを苦々しく見つめていた。実力は伯仲しており、手加減する余裕はどこにも無かった。命を奪う選択をするしか無かった自分を悔しく思う。それはこの世界で何度も抱いてきた後悔だった。
「……貴女を討ち取ったことで、ウィッシュは撤退するでしょう。壊滅までは、きっといかないでしょうけど」
雪希の経験則による予測だ。指揮官である朱鳥を失ったウィッシュは指揮系統が混乱、作戦を中断し撤退を始める。しかしウィッシュにはまだ何人かの隊長格がいる。だからこそトップである朱鳥がこんなところにいるワケで……。故にライブの反撃で壊滅とは至らない。それが雪希の予想だった。
しかしそんな雪希の予測を聞いて、瀕死の朱鳥は自嘲するように小さく笑った。
「どう、かな。もうライブは、手遅れかもしれないぞ……」
「? それは、どういう」
「ふふ、そこまで親切でも無いさ……これでも、外道なのでね……」
いよいよなのか、残る力で首を巡らせ空を見上げる。
「なんで、こうなったのだろうな……私はただ、彼の借金を返してあげたかった、だけ、なのに……」
そう言い残し、朱鳥は息を引き取った。
「………」
「雪希」
「ん、大丈夫」
微かに流れた雫を拭って、雪希は頷く。
「それより、総大将を討ち取ったことでウィッシュを撤退させなきゃ。朱鳥さんはマリードールの通信で指揮は執っていた筈なんだ。このままじゃ双方の被害が大きくなる」
「でも何か、策があるみたいだった」
「うん、それも含めて。早く行かなきゃ」
雪希は全てを振り切ってキャンプへと踏み出した。続こうとして、クムは一瞬だけ朱鳥の遺体を振り返る。
「……? 死体が……」
朱鳥の死骸は透けるように薄くなって、燐光となって天へと昇っていった。腰に巻いたドライバーとマリードール共々。そこには服だけが残る。
「クム、どうしたの?」
付いてこないことを訝しんだ雪希がクムの名を呼ぶ。だが燐光となって散っていく朱鳥を目撃しても驚きの声をあげなかった。つまりこれは、この世界ではいつものことらしい。
「……ごめん、今行く」
その光景を瞼に刻みながら、クムはケープを翻し雪希と共に今度こそキャンプへと向かう。
脳裏であらゆる予感が警鐘を鳴らしていた。
※
「酷い……」
クラン:ライブのキャンプは酸鼻極まる有様だった。そこかしこに燐光を放ち消えつつある遺体が捨て置かれ、テントには火が放たれている。夥しいほど土を濡らす血は、死体が消える前はそこがより凄惨極まる光景であったことを告げていた。
「……ウィッシュ側にも被害が出てるね」
クムは残されたウィッシュの青黒い制服を見て言った。残された服の数はライブの方が多いが、ウィッシュ側にも少なからず死者が出ている。ただ蹂躙されるだけでは無かったようだ。
「戦いを嫌う人が多いとは言っても、鹿子や美來はかなり強いからね。……そうだ、あの二人!」
「探さなきゃ」
「うん!」
何をするにしてもライブのトップに立つ二人を見つけ無ければ始まらない。この場ではフリーである雪希は外様だ。加勢する場合でも撤退する場合でも、一言言わなければ。
姉妹の姿を探し、雪希とクムは凄惨な戦場を駆ける。つい先程までは人の営みがあった空間。滑る視線には苦い物が混ざる。
そうしてキャンプを突っ切り中央広場まで辿り着いた二人は、生き残りを指揮するライダーの姿を認めた。
「鹿子!」
黄金の鎧、水色の羽衣のような物を纏ったライダーへと雪希は駆け寄る。ライダーは呼び声に振り返り、応えた。
「雪希! 無事でしたか!」
「うん、なんとかね。状況は?」
「とても悪い……というか、壊滅状態ですね~。今はどうにか生き残りを集結させて、戦えるライダーで守っている状態です~」
「
「予断を許さない状況ですね~」
黄金のライダー、霆姫に変身した状態で溜息をつく鹿子。口調はいつも通りだが、その声音には緊迫が混ざっている。状況が深刻であることは合流したばかりの二人でも容易に察することができた。
雪希とクムは頷き合う。
「分かった、何をすればいい?」
「私たちに構わず避難を……と言いたいところですけど~」
「流石にそこまで恩知らずじゃ無いって」
クラン:ライブのキャンプに長らく世話になった雪希に、このまま見捨てるような選択肢は無い。それはクムも同様らしく、加勢を決めた雪希に物を言うことはしない。
「でも、二人を危険な目には……」
上半分を仮面で覆った霆姫。その複眼を迷うように彷徨わせる。その視線は、燃えるキャンプの一方向を向いていた。
雪希は気付く。
「そういえば、美來は?」
「……逃げ遅れた人がいるとの報告を受けて……一人で」
落ち着かないのだろう。手に握った得物である錫杖が揺れる。妹の安否を案じるその姿に雪希は決心した。
「じゃあ、私が行ってくるよ」
「! ……でも」
「大丈夫。ちゃちゃっと連れ帰ってくるからさ、待っててよ」
そう言って胸を叩き、雪希は霆姫の見ていた方角へ身を翻す。
「じゃあ、行ってくる!」
「……では、お願いします~。……どうか、妹を」
頭を下げ、霆姫は改めて頼み込む。雪希は頷き、走り出す。
申し訳なくその背を見送る霆姫。しかしふと、低い位置からの視線に気付いた。
「あら、クムちゃん? 貴女は残るのですか?」
それは見上げる幼い少女の物だった。
「ううん、わたちも行く。けど、一つだけ聞きたいことがあって」
「? 何かしら」
首を傾げる霆姫にクムは問うた。
「貴女は、自分の願いを憶えてる?」
クムの問い。それは単純で簡単な物だった。
ライダーたちは願いを叶えるために戦っている。そのためにおまじないに縋って、そしてノーアンサーに呪われた。したがって、誰もが願いを抱えている。それがこのライダーバトルの大前提。
「願いですか……?」
「うん。それを教えてくれるだけでいいの」
簡単な筈だった。この緊迫した瞬間であっても答えられる程に。
だが。
「……何だった、かしら」
霆姫は、鹿子は、答えられなかった。
「憶えて……ないの?」
「……ええ。分かりません」
仮面の額に手を当て考え込む。だが、どうしても思い出せない。
「どう、して。そんなこと、あり得ない筈なのに」
それが異常なことであることを、霆姫も認識していた。願いを賭けて戦い続ける人々を間近で見てきたのだ。だからこの殺し合いに参加した動機が自分にだってある……筈だった。だがまるで思い当たらない。そして忘れていたことにさえ気がつかなかった。その事実、特異性に呆然とする。
「……美來は、お姉ちゃんの願い事は自分だと言っていた。愛されている妹だって」
「そんなことを、私が……? でもそれは、ええ、その筈。私は美來のことを第一に考えて……でも、その内容が……思い出せない」
頭痛を堪えるように口元を顰める霆姫。どうしても、自分の願いを思い出せないようだった。
「……やっぱり」
その姿を見て、クムは何かを確信したようだった。
「? クムちゃん……?」
「
「改、竄? 私の、記憶が?」
唖然とする霆姫。クムは独りごちるように続ける。
「美來が自分の願いを憶えていなかったのも、同じ。つまりそこにこの世界にとって不都合で重要な物が隠されている。見つかっては困る物。解き明かされてはまずい物。この世界の本質に迫る……何かが」
考え込むクムの瞳は深い色を湛えていた。それはまるで、千年生きた仙人のようにも見えた。
子どもらしくないそれに霆姫は息を呑む。
「クムちゃん……貴女は、一体」
「……ごめん、わたちのことは話せない。だけど」
クムはクルリと身を翻す。雪希が去った方向へと。
「貴女の妹を救う努力はする」
「……えぇ、お願いします」
霆姫はライブの統率者として、そして妹を案じる姉として議論している場合ではないと疑問を飲み込んだ。そして打って変わって子どもらしく小さな歩幅で走り去っていくクムを見送る。
※
少し間を空けてから追いかけた筈のクムは、アッサリと先行した雪希へと追いついた。そこで何かを前にしてまごついていたためだ。
「雪希、何をしてるの? 美來は?」
「あ、クム。ごめん、流石にこれを放ってはおけなくて……」
振り返ると、雪希の身体に隠れて見えなかった物がクムにも見えるようになる。そこにあったのは檻だ。鉄格子で構成された六面体。一辺が人の身長の半分ほどのそれが、燃えたキャンプの真ん中で放置されていた。
その中には、後ろ手で縛られた男が収まっていた。服は白だ。
「ライブの人? 捕まってるの?」
「みたい。出してあげようとしてるんだけど、鍵が掛かってて……」
確かに見れば、格子戸は鎖で雁字搦めにされた上に丈夫そうな南京錠が掛かっていた。
「素手だと時間が掛かりそうだから変身して斬ろうかと思ったけど、何故か変身できなくて」
「頑張れば素手で壊せるんだ……あと、ごめん。変身できないのはわたちが理由。ほどほどに近くにいないと変身できないの。もっと時間が経って力が定着すれば平気なんだけど……」
「げっ、それは厄介だな……まぁ、変身させて貰ってる身で贅沢は言えないか」
取り合えず疑問は解消した。気を取り直し、雪希はマリードールを取り出して変身しようとする。クムはそれを見届けようとしたが。
「……待って、中の人、なんかおかしくない?」
檻の中の男が気になって、それを一旦止めた。
男は二人を見ていなかった。それどころか存在に気付いているかも怪しい。俯き、ガタガタと肩を震わせていた。
二人は怪訝に顔を見合わせ、代表して雪希が声をかける。
「もしもし、大丈夫ですか?」
「違う、違う違う違う違う違う違う違う、違うんだ」
ブツブツと譫言めいて呟く男は、雪希の声を聞いていなかった。虚ろな目をしながら何かに弁解するかのように、意味の分からない言葉を吐き続ける。
「お、俺はちゃんと義務を果たそうとしたんだ。でもそれをアイツらがここに閉じ込めて邪魔したんだ……。じゃ、じゃあ仕方ないじゃないか。だから俺は悪くない。そのハズだ。だから大丈夫なんだ……」
「邪魔? どういうことだろう」
「さぁ……?」
訳が分からず雪希は困ってクムの方を見るが、そちらも変わらず頭に疑問符を浮かべていた。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だ……」
「……こうしていても埒が明かない。クム、離れてて」
話の通じない男との対話にかまけている場合でも無い。気を取り直してマリードールを再び構えた雪希だったが、直後に聞こえてきた悲鳴に身体を硬直させた。
「何!?」
「あ、あああああああぁぁぁ!! 来た、来たァ!!!」
「うわっ!?」
その悲鳴を聞いた瞬間、男も絶叫した。恐怖に染まった両瞳は今にもこぼれ落ちそうなくらい見開かれている。
直後、聞こえてくるのは形容しがたい大音量だった。
「何……?」
人間が出せるような音では無い。キャンプを焼き続ける炎に出せる音でも。雪希は、直感的にそれは機械音だと察知した。
一番近い物を例えるならば。
「歯医者の、ドリル……?」
次の瞬間。
凄まじい螺旋が、燃えるテントを破壊しながら突き進んできた。
「ッ! クム!」
雪希は咄嗟にクムを抱き上げその場を離れる。炎を引き摺った螺旋は檻へと衝突し……その中身ごと粉々に砕いた。
「ぎゃあ゛あ゛ぁあああぁぁぁぁっ!!!」
断末魔を上げて、男は挽肉になった。
その悲劇を引き起こした存在が、鉄片と血飛沫を撒き散らしながらゆっくりと振り返る。
初めて見る姿だ。だが、見れば何者かはすぐ分かる。特に、この世界で生きてきた雪希には。
「執行者……!」
それはタロスダムドと同じ、異形の怪人であった。
身体のほとんどは黒光りする金属で構成されており、四角いフォルムと相まって無骨な機械を連想させる。ただし頭からは牛めいた角が伸び、背中には剃刀のように鋭い翼が生えていた。腰の両側には銃火器を備えている。
そして右手には、今さっきの破壊をもたらしたであろう、太く巨大なドリル。
上半身に緑、下半身に黄色のラインを走らせた機械怪人は、二人の姿を認めると声を漏らした。
『最優先撃破目標を発見。違反者執行モードから外敵排除モードへと切り替えます』
『情報収集の為に、一時戦闘形態解除』
そう呟くと、機械怪人の姿は黒い靄になって消え去った。現われたのは、黒いドレスを纏った女。
漆黒に染まったドレスは現実にあり得ないようなデザインをしていた。ところどころが千切れ、一部は重力に逆らって堕天使の翼めいて広がっている。
さながらカラスを捻り上げてオブジェにしたようなドレスを身に纏わせた女は、クムの姿を見つけニタリと笑った。
「ご機嫌よう、憎々しきイレギュラー様」
「ご機嫌よう、忌々しきストレンジャー様」
女には顔が二つあった。一つは常通り首に乗っている、ヴェールを被ったショートカットの顔。もう一つは、
「っ、胸に」
切り開かれた胸元の中心に。
そこには片眼鏡をした怜悧そうな女の顔があった。あたかも乳房を抉り取った代わりに顔の皮を縫い付けたかのように。
「
上の女が慇懃に名乗り、胸の女は愉しげに歯列を剥いた。