仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー 作:春風れっさー
炎上するキャンプに突然現われた、二人目の執行者。二つの顔を持つ異形の少女へと変貌したアサルトダムドを前に、雪希とクムの二人は静かに戦慄していた。
「運が良いわね。まさか臆病者を処刑するついでに侵入者まで刈り取れるなんて」
「なんで、執行者がこんなところに」
異形のショックと唐突な強敵の出現に混乱する頭を必死に働かせ、雪希は状況から推論へ辿り着いた。
「そっか、あの人! 七日間、戦っていなかったんだ……!」
執行者が現われる条件。それは七日間戦わないこと。闘争を強いるこの世界では不戦そのものが罪となり、処刑人として執行者が遣わされる。それ以外の条件で現われることは無い。だが激戦区となったこのキャンプ場で戦っていない人間はほとんどいないだろう。だとするなら、思い至るのは。
「檻に閉じ込めて七日間放置して、敵地に放置すれば執行者をおびき寄せるトラップになる……! なんて悪辣な……!」
簡単な話だ。まず、敵の捕虜を捕らえる。そして手を縛って何もできない状態で檻の中に閉じ込め、六日間何もさせない。そして七日目で、トラップとして設置する。そうすれば勝手に招くのだ。出現すれば執行するまで周りの何もかもを鏖殺する、無慈悲な執行者を。
思いつけば簡単な話。だがあまりにも悪辣な発想。そして閃いたとしても、現実に実行するとは。雪希は底知れない人間の残虐性に戦慄した。
一方でクムもアサルトダムドを見て苦い顔をしている。
「……そっか、まぁ、そうだよね」
何かを飲み込むように頷いて、クムは雪希を振り返った。
「雪希! 戦おう!」
「そう、だね。どのみち逃げられないだろうし……」
雪希は接がれたマリードールを改めて構える。
「変身!」
《 Silver 》
《 戦いは止まらない 何故?
運命は変わらない 何故? 》
本日二回目の変身。銀の鎧を身に纏い、仮面ライダー銀姫は起つ。
アサルトダムドと名乗った存在は変わった姿を見て二つの顔をにぃっと歪めた。
「大人しく投降してくれれば、痛めつけるかどうかくらいは考えたんだけどね」
「まぁ、いいわ。いずれにしろ、処刑は確定だったから!」
集まる瘴気。アサルトダムドは再び黒鉄の巨体へと姿を転じる。
『じゃあ、やろうか!』
『胸躍るような一方的な殺戮を!』
「御免だね!」
執行者とライダー。本来は蹂躙されるだけの関係である両者はぶつかり合う。
アサルトダムドはドリルを、銀姫は細剣を。互いの切っ先を突きつけ合い……打ち負けたのは銀姫だった。
「ぐっ、やっぱパワーが違う!」
変身者である雪希も銀姫も、腕力にはそれなりに自信があるライダーだ。しかしアサルトダムドは格が違った。
執行者として歴戦のライダーたちを恐怖に陥れる存在だ。当然、スペックからして大きく違う。
『アハハハッ! 壊れて死ねばいい!!』
「くっ……!」
ドリルを振るい、アサルトダムドは破壊を振りまく。激突した地面が抉られるように巻き上がり、勢いよく燃え上がる炎すらも掻き消えた。真正面から喰らえばどうなるかは、試してみるまでもなく明らかだ。
「でも!」
『ウグッ!?』
大振りのドリルを躱し、銀姫はすれ違うようにして細剣の一撃を胴へと叩き込む。黒い装甲に阻まれて大した痛手にはならなかったが、一撃は一撃だ。
すぐに反撃の突きが来るが、それも銀姫はしゃがんで回避した。そしてまた肉迫し、押しつけるようにして細剣を滑らせる。
『ぐあっ……!』
「タロスダムドほど防御は厚くない……!」
厄介な大盾を持っていたタロスダムドと違って、このアサルトダムドは防御も隙なしというワケではないようだった。むしろおざなりで、黒い装甲があるからこそ耐えられているという風に見える。つまりは、このまま続けていれば勝機はあった。
一瞬も気を抜けないが、それでも朧気に希望が見えたことで銀姫の動きは鋭さを増す。
『ええい、調子に……乗るなァ!』
「くっ!?」
畳みかけようとする銀姫を、突然の突風が阻んだ。何事かと銀姫が複眼を見張れば、アサルトダムドは背中の黄色い翼を広げていた。
『ったく、最初からこうすれば効率的だってのに、
『はぁ?
「羽……? まさか!」
『『そのまさかよ!』』
狼狽する銀姫の眼前で、アサルトダムドは飛び上がった。黒い巨体を物ともせず、煙に覆われた空を悠々と舞う。
「飛べるなんて……!」
『アハハハッ、そしてぇ!』
空を飛ぶアサルトダムドの、腰部の銃口が作動する。銀姫へ向かって真っ直ぐ向けられ、マズルフラッシュが瞬いた。
『こうすれば一方的ってことよぉ!!』
「ぐうっ!!?」
豪雨のように弾丸が降り注ぐ。一発一発が抉る地面の深い破壊痕が、凄まじい勢いがあることを物語っていた。銀姫の装甲であっても何発か受ければ持ちそうにない。
そして何より、細剣一本の銀姫には攻撃手段がなかった。
「くぅ、こんな単純な手で……クム!」
「待っ……ひゃっ!」
何か攻撃手段を得る為にグレイヴキーを乞おうとする銀姫だが、この弾丸の嵐の前ではクムも物陰に隠れていることで精一杯だった。小さな身体を更に縮こまらせ、それ以外をする余裕が無い。
いや、それすらも危うい。
「クム!」
先程とは違う、警告の意味を含めて銀姫はその名を呼ぶ。
弾丸の破壊力は想定以上だった。クムが庇とした半壊の倉庫。鉄骨が貫かれたそれは、支えを失い音を立てて崩れ落ちようとしていた。
「くっ!」
堪らずに駆けた。あの不思議な童女は真実はともかく、その身体に見合った力しかないことは確認済みだ。崩壊する建造物に巻き込まれればどうなるかは、火を見るよりも明らか。
だから抱えて庇う為に走った。しかしそれは、敵に背を向けるということと同義。
『ハハッ、お尻見せちゃってさぁ!』
一瞬だけ戻った静寂は、発砲を止めて狙いを定めたがため。見ずとも分かる。その銃口が己の背中を狙っているのは。
それでも、命の恩人にして放っておけない旅の道連れを、ここで見捨てる選択肢はなかった。
『死ねぇ!』
撃たれる。それを確信し、覚悟した瞬間。
どこからか、空気の唸りが聞こえてきた。
『ハァッ!?』
「っ、クム!」
アサルトダムドの驚愕する声を背後に、銀姫は無傷でクムを抱え上げる。その直後、倉庫は崩れた。
「けほっ、けほっ」
「ふぅーっ、間一髪……って、それより」
クムを抱きながら銀姫は振り返る。何故、銃弾は自分を貫かなかったのか。アサルトダムドの狼狽した声は一体なんなのか。
その答えは、ボールのように宙を飛ぶ瓦礫であった。
「は、はぁ?」
『クッ、このォ!』
予想外すぎて呆けてしまう銀姫を余所に、アサルトダムドはそれを必死に躱していた。避けられて地面に衝突した瓦礫はその見た目通り重々しい音を立てて弾ける。本物のようだ。
何故瓦礫が飛来するのか。その答えは、向こうからもたらされた。
正に瓦礫の出発点。そこから、声で。
「加勢するよ、雪希!」
「! 力姫、美來か!」
そこにいたのは瓦礫を肩に担いだ鈍色のライダー、
「そぉい!」
『クッ!』
凄まじい勢いで飛んでくるそれを、アサルトダムドは躱さざるを得ない。カタパルトもかくやという怪力。それが力姫というライダーだった。
アサルトダムドと言えど空中で瓦礫をまともに受ければ墜落は必至。回避に専念せざるを得ず、その間は銃撃が止んでいる。
「助かる、クム!」
「うん!」
力姫が時間を稼いでいる今が好機。銀姫は腕の中のクムに声をかけ、少女はそれに応えた。
手の中に集まっていく光。それは形となり、小さな金属片を生み出した。
「雪希!」
「サンキュ!」
それを受け取って、銀姫は改めて頑丈そうな物陰へクムを置く。そして手にしたそれ、緋色のグレイヴキーをバックルへと差し込んだ。
《 Gallows Flying 》
《 空を舞い踊るのは 何故?
狩りを止めぬのは 何故? 》
緋色の光が集まって、銀姫の姿が変化する。両腕を覆うのは緋色の翼。猛禽の如きそれを見て、銀姫は確信する。
「飛べる!」
両頬、狩猟民族めいた二対四条の亀裂が走った顔で頷いた銀姫・フライングフォームは地を蹴った。
予想通り、その緋色の翼で空気を叩けば身体は舞い上がる。銀姫は空を駆けた。
「これでっ、イーブンだ!」
『――なっ!?』
炎による上昇気流の後押しを受けて、一気に銀姫はアサルトダムドへ肉迫した。すかさず攻撃。両腕は塞がっているので、蹴りを繰り出す。
「ハイヤーッ!」
装甲の隙間を突く鋭い蹴撃。とはいえ硬く、有効打とは言い難い。
しかしそれでも十分だった。いくら装甲が頑丈であろうと、空中でならば。
『グッ、制御が……!』
踏ん張りが利かない。バランスを崩し、アサルトダムドは立て直そうと躍起になる。
一方で翼を得た銀姫も反動で押し出され、少し離れてしまう。これでは追撃は果たせない。だがその距離すら利用すれば、どうか。
「美來、今!」
「了解、おらーっ!!」
力姫のカタパルト。投擲された瓦礫が、今度は避けられずにアサルトダムドへ直撃する。
『グハッ!!』
『おのれっ!!』
再び大きくバランスを失うアサルトダムド。離れていた銀姫は巻き込まれない。
「よし、コツは掴んできた……!」
その間に姿勢制御のやり方を学習した。野生と戦場で磨いた勘の為せる技。空の飛び方を習得した銀姫は、空を滑るようにしてアサルトダムドを強襲する。
今度は、より手痛い一撃を与えるべく。
「分流爪牙拳――!」
アサルトダムドより高い位置。そこで翼を万歳の形にして、一気に降下。そうして得た位置エネルギーと運動エネルギーを、一ヶ所に集約する。
畳んだ、膝へと。
「旋風千鳥!!」
激突。籠められた破壊力が黒い装甲を穿った。
しかしそれでも粉砕とはいかない。罅割れ破片は飛び散ったが、それだけ。だが、それで十分だった。
『ガッ……!』
上から叩きつけるような一撃。空中でそれを受ければ、どうなるか。
答えは衝突した地面の巻き上げた砂塵が、全て物語っていた。
『ガ、ガガ……!』
地面にクレーターを作り、横たわるアサルトダムドのダメージは小さくない。
しかしまだ撃破には至らない。恐るべき頑丈さ。
追撃が必要だ。銀姫はそう判断する。
だが、未だ空中にある自分よりかは――。
「もらった!」
――彼女に任せた方が良いだろう。
地に叩き落とされたアサルトダムドへ躍りかかる力姫の手には、極太の金棒が握られていた。鉄塊とも言えるようなそれを片手で振り上げつつ、もう片方の手でマリードールをなぞる。
《 Violence Execution Finish 》
鈍色のエネルギーが金棒へ集約し渦巻く。それを力姫は、渾身の力を籠めて振り下ろした。
「イィヤァッ!!」
重く、絶大な破壊力を秘めた一撃。
倒れたままのアサルトダムドに避ける術はない。
『チ、ィィ!!』
それでも何か、身動ぎ程度に抗った次の瞬間。
金棒は、爆ぜるように着弾する。
轟音。地を揺らす一撃。隕石が落ちたようにすら錯覚してしまう。
力姫の必殺技は、穿たれたクレーターを更に一回り大きくせしめた。
「ふぅーっ。これはやったでしょ」
重撃によってもうもうと立ち籠める砂塵を前に、一仕事したとばかりに汗を拭う力姫。その隣に銀姫は着地した。
「美來!」
「あ、アンタ雪希よね!? 声がすると思って加勢したら……何、その姿。アンタそんなのだっけ?」
「それは今はいいから! それより、倒した!?」
油断せず戦果を確認する雪希に、力姫はたじろぎながら頷く。
「う、うん。いくら執行者でも、あたしのパワーを真正面から受ければ一溜まりも……」
チラリをそちらを向く力姫。しかし敵の姿は砂煙に隠れて見えない。
それでもその砂塵そのものが威力を物語っていた。痛恨の一撃。耐えられるハズが……。
『――ハァ、ハァ』
「嘘!」
直後、砂塵は竜巻にあったように掻き消された。
中から現われたのは、満身創痍ながらも健在のアサルトダムドだった。
「なんで、あたしの攻撃を受けて立っていられるなんて!」
信じられないと叫ぶ力姫の言葉が、決して誇張ではないことを雪希は知っていた。力姫は名の通り力自慢のライダーだ。その腕力は並ぶ者なく、少なくとも自分の知る限りでは最強のパワーを持っている。
その必殺技で撃破できなかった。いくら執行者が規格外でも流石にあのダメージでそれは考えづらい。となると……。
「……あれか」
鍛え抜かれた戦闘勘で銀姫は見抜く。アサルトダムドの右腕。自慢のドリルが無惨にひしゃげていることに。
「ドリルの回転で逸らしたのか」
それならば納得がいく。ただ、それでも完全に逸らしきることはできなかったようだ。
装甲が罅割れ、片角も折れた姿がそれを物語っていた。
『まさか、貴女たち如きにここまでの手傷を負わされるとはね……』
苦々しげな呟き。心底思っていなかったようだ。
『悔しいけど、ここは撤退するしかないみたい』
「へぇ、逃げるんだ?」
意外そうに力姫は言う。銀姫としても同意だった。何せこの世界にやってきて、執行者が逃げ帰ったという話は聞いたことがない。必ず、執行対象を殺してから去って行くものだからだ。
アサルトダムドとしても不本意なのだろう。奥歯を砕くような歯軋りが聞こえてきた。
『……必ず、この借りは返す……!』
そうしてアサルトダムドは、辛うじて原形を留めていた翼を使って飛び上がった。逃げる気だ。
「待て!」
銀姫も追って飛ぶ。わざわざ見逃す理由はない。
「雪希!」
が、クムの静止する声を聞いて停止した。
「そっか、離れすぎたら……!」
銀姫としての変身が解けてしまう。かといって、この翼ではクムを運ぶことができない。それ以前に高速と高空による身体の負担に耐えられるかも怪しかった。
口惜しげにアサルトダムドが去って行くのを、見送るしかない。
「……いや、本来の目的を思い出せ」
そもそもここに来た理由は何か。
力姫の目の前に着地した銀姫はグレイヴキーを抜いてフライングフォームを解除する。
「美來、助かったよ」
「ま、まぁね。アンタに心配される程落ちぶれちゃいないから」
フンスと胸を張る力姫に本当に感謝をしながら、銀姫は本題を告げることにした。
「鹿子が心配してた。他の人たちを助けに行ってから戻ってこないって」
「あぁ、それ? 大丈夫、もうお姉ちゃんのところに向かわせたから。アタシはアンタたちが戦うところを見たから、加勢に来ただけ」
「そっか、助けるつもりが逆に助けられちゃったな」
バツが悪さを誤魔化すように銀姫は頬を掻く。
「それじゃ、一緒に戻ろうか。鹿子も心配してるだろうし」
「そうね! お姉ちゃんを早く安心させてあげなきゃ」
力姫は頷いた。
「お姉ちゃんったら、ホントに心配性なんだから。やっぱり、お姉ちゃんにはアタシがいないと!」
まんざらでもない様子で鼻を擦る力姫を、銀姫は微笑ましく見つめていた。クムも同じくだ。麗しい姉妹愛は、連戦で荒んだ感情を少し慰めてくれたからだ。
――油断というのは酷だろう。少なくとも銀姫は残心を怠っていない。
ただ、執行者という強敵を退けた後は、どうしたって弛緩する。
それを、
「――へっ」
「え?」
シュルリ、と。
力姫の首に何かが巻き付く。
「何、これ」
それは緑色のロープに似ていた。
もっと言えば、植物の蔦。
更に例えるなら、より相応しい言葉がある。
力姫は己の肌を貫くそれを見て呟いた。
「棘――?」
"茨"。
巻き付いたそれは、一気に引き抜かれた。
「―――」
血飛沫が上がった。間近にいた銀姫はそれをモロに浴びる。
だがそのことにも気付いていないかのように、目の前の光景を呆然と見つめていた。
「み、らい」
棘を喉元に食い込まされた力姫は、引き抜かれるままにその場で一回転した。まるで貝独楽のようにクルリとターンした力姫は、首から夥しい量の血を噴き出しながら倒れる。
俯せに倒れた力姫は、そのまま変身解除された。
「――美來!」
「雪希、来る!」
助け起こそうとする銀姫を、クムの警告が止める。ピタリと足を止めると、正にその場所に茨の鞭が叩きつけられた。
「っ――誰!」
誰何の声を上げながら銀姫はそちらへ振り向く。そこには一人のライダーが佇んでいた。
「あーあ。惜しいねぇ、あとちょいでもう一人殺れたのに、ねぇ」
鞭を引き戻すそのライダーは、武器が茨であることにも納得出来る見た目をしていた。
黒い軽装を縛るように巻き付く、茨、茨。それは上半身だけではなく足にも首にも纏わり付いている。仮面も例外ではなく、紫色の複眼の上に戴くようにして茨の冠が乗っていた。
茨のライダーは、唯一露出した口元を三日月に歪めていた。まるで面白くて仕方ないという感情を堪えきれないという風に。
その姿に、雪希は見覚えがあった。
「――仮面ライダー、
「はぁい、ご名答」
茨に吊られた者――仮面ライダー臥姫は、いっそ朗らかに答えた。
次の瞬間、銀姫は細剣で斬りかかっていた。
「おっとぉ、手が早い」
「なんでお前がここにいる、キルのリーダーが、どうして!」
怒りのままに叩きつけた一閃を茨の鞭で受け止められながらも銀姫は問う。
樹はキルのリーダーだ。それを雪希はウィッシュの兵士として、そして実際に相対したことで知っていた。
クラン:キル。ウィッシュとライブの戦場において、いる筈のない存在。それが、何故ここに。
臥姫は嗤って斬り結びながら、答えた。
「仕組んだ、としたら?」
「なっ!?」
「キャハハ、驚きすぎ、だよ!」
「ぐふっ!」
狼狽した瞬間に差し込まれる前蹴りを受け、銀姫は後退。空いた距離を茨の鞭が走る。
首に向かって一直線。銀姫は腕を犠牲にすることで致命傷を回避した。
巻かれ、肌に食い込む緑の棘。
「っ!」
「あんたぁ、見たことあるよぉ」
どこか気怠げな、滴るような声音で臥姫は囁く。
「ウィッシュの雑兵だぁ。取り残されちゃったのかなぁ、可哀想にねぇ」
「お前……!」
「なんて、ねぇ。知ってるよぉ、君が執行者に逆らってるのはぁ」
「!!」
またも同様。生まれた隙を臥姫は見逃さず、綱引きの要領で鞭を引く。バランスを崩した銀姫はたたらを踏み、そこを臥姫の拳が強襲する。
避けることは叶わず、鋭い拳は仮面を殴りつけた。
「あぐっ!」
「ひへへぇ、どうしたのぉ、変な力は使わないのぉ? それともぉ」
臥姫は巻き付けた鞭を解き、別方向へ打擲する。打ったのは地面。しかしそのすぐ傍でグレイヴキーを渡すべく忍び足で銀姫に近づこうとしていたクムの足を止めるには十分だった。
全くのノールックでの動き。まさか見られているとは思わなかったクムは目を瞠る。
「なんでっ」
「ひひひ、君がキーパーソン、って奴なのかぁ、やっぱり」
気怠げで、どこか音の焦点の合わない、酔っ払いのような喋り方。
しかし語られるその内容は、無視することができなかった。
「私たちのことを、知っているのか!」
「ひひ、どうだろうねぇ」
立ち直った銀姫のクムを庇うような剣閃を、臥姫はのらりくらりとした掴み所のない動きで躱す。
切り込めば避けられ、その隙を穿つように鋭い鞭が飛ぶ。変幻自在の戦い方に銀姫は翻弄される。
「くっ!」
「ま、それ程大したことは知らないよぉ。精々がさっき見ていた執行者との戦いとぉ、後は頼み事だけぇ」
「頼み事……?」
クムの呟きに、やはり臥姫は全く振り向くことなく答えた。
「そう、
「!!」
クムの両目が見開かれる。それは、彼女が探し求めていた名前。
「管理者を知ってるの!」
「ひひひ……はてさて、知ってるか知ってないか、どうだったかねぇ」
「雪希!」
「分かって、る!」
遂に現われた手掛かり。そうでなくとも美來の仇。細剣を握る手に力が籠もる。
しかし気迫とは裏腹に、その剣撃は掠める以上の戦果を挙げられなかった。
躱す、躱す。ただひたすらに。
「こ、のぉ!」
「ひひひぃ!」
鋭い横薙ぎが振るわれる。だが臥姫はそれをリンボーダンスするかのように上体を反らして回避した。切り飛ばせたのは茨の冠についた棘一本。顔面すれすれを過ぎ去った刃を感じても臥姫の表情に浮かぶのは笑顔だけだった。
「ひっひぇ! 危ない危なぁい」
「はぁ、はぁ……!」
追撃を繰り返しながら、段々と息を荒げていく銀姫。それを見てクムは顔を顰める。
「まずい、体力が……!」
いくらライダーが超人的な力を持つからといって、それが無限に続くわけではない。戦う度に疲労は溜まり、集中力は精彩を欠く。
スタミナ切れ。
比姫、アサルトダムドと連戦なのだ。それは疲れもする。
「ひひっ、どうしたのぉ、顔が青いよぉ? 顔見えないけどさぁ」
「こ、のっ……最初、から」
狙い澄ましていたのだ。そう銀姫は悟った。
この場所、このタイミング。鉄火場の中での僅かな油断を突いた、美來の暗殺。狙わなければ実現できるワケがない。
潜んでいた。恐らくはウィッシュが襲撃した時から、あるいはそれよりも前から。
何故か。それは連戦で消耗した隙を突いて銀姫を、クムを殺す為。
もっともっと疑ってしまえば、この襲撃そのものが――。
「雪希!」
「っ!」
迫る茨の鞭を切り払う。クムの警告がなければやられていた。
雑念に思考を奪われる。集中力が落ちてきている証拠。パフォーマンスの低下は避けられない。しかも唐突に戦友が屠られて動揺もしている。
その状態で相手する、格上の相手。
勝てない。銀姫はそう判断せざるを得なかった。
「クソッ……」
その悔しげな呟きには絶望が漏れていたのだろう。聞き咎めた臥姫がにぃっと唇を歪める。
「ひひっ、さぁ、大人しく……死んでよぉ!」
茨の鞭を振るい、臥姫が飛びかかってくる。迎撃のために銀姫は腕を上げるが、揺れるそれは紙の盾のように心許なかった。
雌雄が決する、その寸前。
「!? ギッ……!」
雷が落ちた。いきなり、二人の間に。
飛びかかっていた臥姫はその雷撃に飛び込む形になってしまい、モロに浴びる。弾かれた臥姫は痺れながら、何が起きたのかと上空を見上げた。
銀姫も天を仰ぐ。
「雲……」
キャンプの火事によって黒煙が立ち籠めている所為で気がつかなかったが、空には黒雲が広がっていた。青空に蓋をする、黒々とした入道雲。
銀姫も初めて見る光景。だが雷と結びつければ、覚えがある。
答え合わせのように、炎の中から歩み出てくる人影があった。
「――
それは、金剛鹿子が変身するライダー、霆姫。金色の鎧は炎に照らされ、羽衣は揺らめいている。
雪希は知っていた。霆姫の能力は雷。雷雲を発生させ、その下に雷を落とす。先程の一撃は彼女の能力によるもの。常人では避けることもままならない、強力無比な一撃。雪希は姉妹揃って命を救われた形になる。
恐らくは、美來が向かわせた避難民が合流したことで事態を知った。それで心配が増してつい来てしまったのだろう。
だが……遅かった。
錫杖を手にしたその歩き姿は、どこか夢の中を進むように不確かだった。
その視線は、一点を見つめている。
「――あぁ」
赤い水溜まりの上に倒れ伏した、美來。愛する妹の、無惨な姿。
フラフラと歩み寄った霆姫は、その傍らで膝を突く。
「美來、そんな。どうして」
「……鹿子、ごめん」
漏れるような問いに、銀姫は謝ることしかできなかった。彼女の妹を守ると嘯いて飛び出し、その結果がこれだ。守るどころか加勢してもらった挙げ句に不意打ちを受けて死なせてしまったなどと、どの口が言えようか。
美來の身体は呼吸の上下もなく、噴き出す血すら止まっている。完全に――死骸だ。
「なんで、こんな。私は――私は、美來さえいればよかったのに」
仮面の下から望陀の涙を流しながら、霆姫は誰に向けるまでもなく呟き続ける。
「美來が、美來が生きてくれるのならなんでもよかったのに。私が死んだって、誰が死んだって……ライブに入ったのも、美來が生きていけるようにって、姉妹で生きていけるようにって……ただ、それだけだったのに」
肩を落とし、項垂れる霆姫の背中には絶望の影が張り付いていた。銀姫とクムは忸怩たる思いでそれを見つめていた。
唯一違うのは、電気の痺れから復調しつつある臥姫だけ。
「むぅ……」
臥姫は視線を銀姫と霆姫で彷徨わせた。二対一。しかも片方は弱っていても、もう片方は一つのクランを治めていた実力者だ。
「いいもん喰らっちゃったし、ここは退散しようかな……!」
「! 待て、逃げるな!」
臥姫が選んだのは退却だった。
復活した軽快な足取りで遠ざかると、あっという間に炎の間に姿を眩ませてしまった。銀姫は追おうにも疲労が足を引っ張り、先程アサルトダムドを逃したのと同じ事情がゆえに踏みとどまらざるを得ない。
嘲笑するような声だけが響く。
「もし管理者のことが知りたかったらキルの本部へお~いで~。ま、罠だけど~」
「……チクショウ」
完全に気配が消えたのを見て取り、銀姫は肩を落とす。
「……鹿子」
残ったのは、妹の死体の前から微動だにしない霆姫のみ。
躊躇いながら銀姫は声をかけるが、反応はない。
無理もないと思いながらも、もう一度呼びかける。
「ごめん……でも、ここにずっといても」
「……可愛かったんだ」
「え?」
呼びかけを無視して、霆姫は呟くように語り始めた。
「生まれてすぐから、ずっとずっと可愛かった。私の後をよちよちとついてきて、私が笑ったら同じように笑ってくれて……おもちゃだっておやつだって、なんだってあげられた。それはあの子が病気に倒れて、真っ白い病室から出られなくなっても変わらなかった」
仮面の下の視線は現実を定めていない。美來の死体を通し、遠い過去を見ていた。
「毎日毎日お見舞いにいった。あの子がアニメを気に入ってからはたくさんお土産を持っていった。辛い入院生活に癇癪を起こして暴れた時も、落ち着くまでずっと抱きしめたんだ。……美來と過ごした日々は嬉しくて、悲しくて……あの子が生きていてくれるなら、何でもよかった。……でもあの日、お医者様に、もう美來は治らないって告げられて……!」
奔流のように流れる、彼女の愛した日々。もう決して戻らない過去を見つめ、ただ壊れたラジオのように思い出を垂れ流し続ける。
「……そうか。そっか、それで私は……思い出した……」
「鹿子……?」
その果てに、鹿子は何かに気付いたようだった。
顔を上げる。金の仮面を被ったままの。
だがその仮面は、銀姫が見ている前で突然に崩れ落ちた。
「え?」
霆姫の仮面が割れ砕け、破片となって地に落ちる。その下にあった鹿子の表情は、笑顔だった。
溢れる涙を止めず、目尻を下げ、唇を三日月に持ち上げる。それは決して、喜の感情を浮かべたものでは無かった。
虚無。
全てに諦め、笑うしかないという表情。
「分かった。そっか、そうなんだ……それなら、いいや」
言いながら鹿子は、錫杖を手にした。
「もう、いいや」
錫杖は金に輝き、その光を天へと打ち上げた。
「鹿子、何を……っ!?」
直後、轟音。雷が落ちる。霆姫の能力によるものだ。
落雷は銀姫を掠めるように近くへ着弾した。
「なっ、鹿子、いきなりなんで」
「雪希、まだ!」
「えっ!?」
問おうとする雪希に、クムの警告が飛ぶ。言葉通り、それで終わりではなかった。
雷が落ちる。何度も、何度も。滴るように。
「なん、だ、これ……鹿子!」
「いいの。もう、何もかも。いらないの」
雪希の言葉は、既に鹿子には届いていなかった。
「この世界も、この現実も、この私も。全部全部、いらない。どうでもいい」
そして雷の一つが、鹿子の身体へと落ちた。
「鹿子ーっ!!」
パッと燃え上がる鹿子の身体。しかし姿勢も何も変わらない。
ただ妹の死体の前で、座り続ける。
助けるため、銀姫は駆け寄ろうとする。それを縋り付くように止めたのはクムだ。
「鹿子、鹿子ぉ!」
「駄目、雪希!」
「なんで!」
「……もうあの子に、生きる意志がない」
悔しげに呟くクムは、嘘偽りを言っているようには見えなかった。
広がり続ける雷雲に、ふるふると首を横に振る。
「これは、自殺よ」
「そんな……」
「この場を離れないと。わたちたちも巻き込まれる。だから」
言い聞かせるような、懇願するような。
クムの言葉に、銀姫は拳を握り締めた。
「……分かった」
少なくともこの落雷の雨に、クムを付き合わせるワケにはいかない。
かき集めた理性でそう判断し、銀姫はクムを抱えてその場を離れる。
「……鹿子、美來、ごめん。……さよなら」
後ろ髪を引かれるように一度だけ振り返り。
燃え続ける鹿子と静かに眠ったままの美來を目に焼き付け、雪希たちはライブを去った。
※
脱出した雪希とクムは、小高い丘の上から逃れたキャンプを見下ろしていた。
燃え広がる炎と、未だ止まぬ落雷を。
「……ライブの人たち、逃げられたかな」
「分からない。信じるしかない」
クムの言葉に雪希は頷く。
「うん。……それで、これからどうする?」
「管理者を追う。ハッキリといるのが分かったから」
「ならクラン:キルか……」
雪希は逃げ去っていった樹の捨て台詞を思い返す。キルの本部。そこにいけば何かが分かる。
「幸い、ウィッシュ時代の知識でキルの場所は分かってる。ただ、キルは前にも言ったように狂った殺人鬼たちの集まりだ。そんな奴らの巣窟に飛び込めば、何が起きるか分からない」
「……それでも、行ってくれるの?」
不安げに見上げるクムに、雪希は笑いかけた。
「行くさ。アイツとは因縁もあるしね。……それに、もう、それしかない」
帰る場所を失った雪希は、ようやっと止んだ雷を見て言った。
鹿子は美來と同じ場所に行けただろうか。それだけが気がかりだ。
「さぁ、旅の続きだ。君の願いを叶えに行こう」
もう雪希に残されたのは、隣の童女に頼まれたことを叶えるだけ。
管理者の元へ。二人は世話になった残骸に背を向け、歩き出した。