仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー   作:春風れっさー

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後日談-6 クラン:キル

 クラン:キルへ向かう道程は、厳しいものとなった。

 その理由は、まず物資が少ないことが一つ。焼けたキャンプから持ち出せた荷物はほんの僅かで、食糧も少ない。荷物は軽いが、楽というよりも不安を掻き立てられる軽さだった。余裕の無い物資のやりくりは人間を追い詰める。肉体的にも、精神的にも。

 そしてもう一つは、地形にあった。

 

「う……」

 

 雪希に支えられるクムが足元を見下ろし、息を呑む。眼下には下が見えないほどに深い、切り立った崖が広がっていた。

 

 二人が強行軍しているのは山脈だった。クラン:ライブのキャンプからクラン:キルまでの道のりは二通り。即ち中間に横たわる山脈を越えるか、大きく迂回して回り道をするかだ。

 山脈を行くなら山登りとなる。大した装備のない二人では厳しい道中となるだろう。一方で迂回すれば、遠回りの分それだけ余計な時間が掛かってしまう。

 二人、いや最終的にクムが決めたのは山脈越えだった。管理者の元へ早く向かいたい。その一心でルートを選ぶ。

 が、早くもクムは後悔しかけていた。まさかこんなにも恐ろしい道を通ることになろうとは。

 

「あんま見ない方がいいよ。さ、行こう」

「う、うん」

 

 冷や汗を垂らすクムとは違い、雪希はこの景色に大して慄いてもいない。それどころか足取りはスキップするように軽快で、どこか楽しんでいる風でもあった。

 もう片側の岸壁に身を押しつけ、這うようにしているクムとは大違いだ。

 

「よ、よくそんな真似ができるね」

「んー? ま、山育ちだからね。こんなところ通るのはしょっちゅうだったよ。それこそ一階から二階へ上がる階段のようなもんさ」

 

 鼻歌まで歌い出しそうな雪希の態度に、クムは内心でドン引きする。

 

「さ、行こう。大丈夫、落ちそうになっても掴まえてあげるからさ」

「で、できるなら落ちる前にお願いします……」

 

 そんなことばかりの道中であった。

 クムにとっては強行軍の道のりでも、雪希にとっては左程のこともない散歩道だったらしい。野宿の際は疲弊したクムと、山野で軽々と獲物を獲って不寝番までする雪希という構図ばかりが繰り返された。

 今日もまた、二人は崖の道を乗り越えた森の中で夜を照らす焚き火を囲み、野営する。

 

「ほい、焼けたよ」

「ん、ありがと」

 

 雪希は捕まえた山鳥の焼き串を火傷しない程度に冷ましてクムへと差し出す。疲れた表情をしながらもそれを受け取るクムは小さな身体に煤けた毛布を巻き付けていた。焼け残ったキャンプから持ち出せた数少ない品だ。二人にとって唯一の寝具だが、あまり寝ない雪希にとっては不要なのでこうしてクムばかりが使用していた。

 二人で焼き串を頬張りながら、しばし咀嚼ばかりの無言の時間を過ごす。

 

「疲れてない?」

 

 次に口を開いたのは雪希からだった。水筒に入った道中で汲んだ湧き水を傾け、無駄遣いできない量であることを確認しながらの問いだった。

 クムは素直に答える。

 

「すごい疲れてるよ」

「あはは、まぁ顔に出てるもんね」

 

 やはりクムの幼い身体に山登りは堪えるようだ。苦笑しながら雪希は、ペースを落とすことを検討する。急ぐクムは嫌がるかもしれないから、コッソリと。この短い付き合いで、クムが管理者の元へ赴くことへ異常な使命感を抱いていることには気がついていた。

 まるで、急き立てられるように。自分、あるいは誰かの罪を、止めようとしているかのように。

 雪希にはその正体は分からない。知らなくてもいい。ただ、付き合うだけだ。

 

 それからまた、無音。焚き火が爆ぜる音だけが夜の中に異様に響く。

 今度口火を切ったのはクムの方だった。

 

「……あのさ」

「うん?」

「……鹿子と美來、残念だったね」

「……うん」

 

 山に入って数日。ようやっと出てきた話題だった。

 鹿子と美來。金剛姉妹の凄惨な死。それを口に上らせるには、幾分かの時間が必要だった。

 綺麗に食べ終えた木串を火の中に放りながら、クムが言う。

 

「……ごめん、わたちの所為だ」

「え、なんでさ」

 

 素直に首を傾げる雪希。心底、クムが謝る理由が分からないという表情だ。

 

「だって、あの……キルのリーダー」

「扶桑樹だね」

「うん。あの扶桑って娘がライブを襲撃したのは、わたちの所為だから」

 

 虚ろな眼差しで焚き火を見つめながらクムは続ける。

 

「あの娘は、明らかに管理者から何らかの指令を受け取った風だった。だからこの世界にとってイレギュラーであるわたちを排除しに来たんだと思う。つまり、わたちがライブに来なければ……あんなことにはならなかった」

「それは、仕方のないことでしょ」

 

 雪希は間を置かず反論した。

 

「扶桑樹と管理者とやらが繋がってるなんて誰にも予想できない。それに私がいなかったら、ひいてはクムが私の事を助けてくれなかったら、ウィッシュの襲撃の際にもっと被害が出ていたかもしれない。私たちが太刀風隊長を倒して確保した退路は、きっと生き残ったライブの人たちの役に立ったハズだよ」

 

 もっとも、その光景をすぐに立ち去った雪希は見ていないが。

 それでもそう信じる。無駄ではなかったと、そう信じたいから。

 

「それに、ライブに来ないという選択肢はなかった。管理者を探すには情報がいる、でしょ?」

「……それは」

 

 クムは否定しなかった。管理者の元へ行くには居所の情報が不可欠。それを集められるのは、やはりクラン:ライブしかなかっただろう。

 であればどのみち……と、そう考えることもできた。

 

「だから、クムは気にしなくていいよ。……駄目だったのは、守れなかった私だ」

 

 そう言って、雪希は己を自嘲する。今度は雪希が顔を曇らせる番だった。

 

「もっと……もっと強ければ、二人を守れたハズなんだ。私に力が足りなかったばかりに、二人を失った」

「そんな……雪希の所為じゃ」

「私の所為だよ。だって実際に戦ったのは、私なんだから」

 

 雪希のその言葉に、クムは唇を噛み締めた。何かを堪えるかのように、後悔しているかのように。

 

「……それは」

「だから、クムは気にしなくてもいいよ。それに私の第一は、恩人であるクムを管理者のところまでエスコートすることだからさ」

「でも、友達だったのに」

「……友達?」

 

 不意に出た単語。それに、雪希はキョトンと目を丸くした。

 

「え……友達、でしょ? 鹿子と、美來は」

「そう、なのかな」

 

 雪希は、自信なさげに首を傾げた。

 

「友達……か。そう言えば、そうなのかも。まともな友達なんて今までできたことないから、分からなかったけど」

「いなかったの、友達」

「うん。……そうだね、話そうか」

 

 木陰から覗く夜空へと手を伸ばしながら雪希は語り始めた。

 

「両親が海外に働きに出た私は、お婆ちゃんのところで育てられたって話はしたよね」

「うん。爪牙拳を教わったって」

「そうそう。……お婆ちゃんの元での生活はそれなりに長く続いたけど、それもずっとじゃなかった。中学に上がる頃かな。お婆ちゃん、死んじゃって」

「……そうなんだ」

 

 訃報に、眉を下げるクム。

 しかし雪希は呆気からんと首を横に振った。

 

「別に悲しむことはないよ。だって酒の飲み過ぎだし。昔っからいくら言ってもやめなかったんだよねー。お医者さんに肝臓がキてるって言われても意に介さなかったし。ガブガブ飲んでべらぼうに酔っ払った果てにコロンと逝っちゃったから、楽しいままで死ねたんじゃないかな」

「そ、そうなの、かな?」

「多分ね。ま、それはそれとして。でもお婆ちゃんが死んじゃったから面倒見てくれる人はいなくなっちゃって。両親の勧めもあったから下山して、普通の学校に通うことにしたんだ」

 

 ところが、と雪希は重い溜息をついた。

 

「山に籠もって自然と獣を友達に育ったからさー。すっかり忘れちゃってたんだよね……人間との付き合い方」

「あー……」

 

 何故かクムも、理解があるように頷いた。

 

「だから友達とか一向にできなかった。クラスで孤立は当たり前。ヒソヒソと由来の分からない噂話までされたちゃってさ。中学はずっと一人ぼっちだった」

「もしかして……いじめられたり、とか」

「いやそれは絡んできた奴をぶっ飛ばしたらパッタリ無くなったけど」

「そ、そう」

 

 噂話はそれが理由なんじゃないかとクムは思ったが、口には出さずに飲み込んだ。

 スパッと暴力が出る相手はさぞ絡みづらかろう。爪牙拳が使えるなら尚更。加えて、雪希はクムが今まで出会った女性の中では一番背が高く、180㎝弱は確実にある。……クムは自分が同級生でも流石に敬遠するだろうと思った。

 

「で、まぁさ……流石にずっとノー友達ってのは堪えるじゃん」

「うん」

「高校上がってからも成果はあがらなくてさ。ぼっち継続で」

「うん……」

「そんな折に現われたんだよねー……ノーアンサー」

「うん、うん?」

 

 急に雲行きが怪しくなった。ここでノーアンサー。願いを騙し取る悪女。

 まさか、とクムは問う。

 

「雪希がおまじないに願ったのって……」

「そう。『友達が欲しい』。それだけだった」

「………」

「一緒に遊びたい。笑ったり泣いたりしたい。くだらない話も、面白い話も……恋の話も一緒に分かち合えるような友達。一生じゃなくても、青春の間はそれができるような人が欲しい。ただただ、それだけ」

 

 星に伸ばした手はグッと握り込まれる。しかしその中身は、空だ。

 クムが何か言うよりも早く、雪希は自嘲した。

 

「笑っちゃうでしょ。そんな理由でこんな殺し合いに巻き込まれるなんて」

「……笑わないよ」

「え?」

「笑わないし、嗤わない」

 

 クムはフルフルと首を横に振った。

 

「わたちは人の願いを笑わない。どんなに滑稽に思えても、残酷に見えても。……それがその人が本気で思ったことならば、笑わない。そんな資格は、わたちには無いから」

 

 雪希はクムと視線を合わせる。その眼差しは偽りなく真剣だった。

 

「だから雪希の友達が欲しいって願いも笑わないよ。例え雪希自身が後悔していたとしても」

「……そっか」

 

 頬を掻き、雪希は照れを隠した。

 

「ま、つまりここに来るまで友達が分からなかったんだ。だから鹿子と美來が友達って言われてもちょっとピンとこなくて……でも、そうだよね。アレが、友達って奴なんだ、きっと」

 

 微笑して雪希は頷く。何度も、確かめるように。

 

「なら――この世界で、二人目、三人目の友達だったんだね」

 

 二人目と三人目。その言葉にクムは片眉を上げた。

 その言いぶりは、まるで。

 

「他に、友達がいるの?」

「うん。いや……いた、かな」

 

 パチリと、焚き火が一際大きく弾けた。

 火の向こうで、雪希は懐かしいような、寂しいような目をする。

 クムはその眼差しに、どこか見覚えがあるような気がした。

 

「もう、死んじゃった」

「……そう」

 

 それ以上雪希は口を開かなかったので、クムも掘り返すのは止めた。

 この世界のことはもう理解した。どこまでも闘争を求め、命を消費させることを強要する過酷な世界。ならば、そういうこともあるのだろう。そう納得し、口を噤んだ。

 

 ただ、心の中でだけ考える。

 この世界で出会った、雪希の最初の友達。

 一体どこで知り合い、どこで――失ったのか。

 

 それを考えている内にクムはとろとろと微睡んで、その日の会話はそれで終わる。

 翌朝からは、またいつも通り山を必死に歩く道中が始まる。眠れる内に寝ておくべきだ。体力で迷惑を掛けている自覚のあるクムは、素直に意識を手放した。

 

 それ故――気付かなかった。

 雪希の瞳が、焚き火ではない炎で昏く燃えていることには。

 

 

 ※

 

 

 そんな道程を経て、二人はクラン:キルの本拠地へと辿り着いた。

 遠目からそれを見てクムは、明らかにライブとは違うということを見て悟った。

 

「なんていうか……無秩序って感じ」

「だね」

 

 雪希も頷く。

 ライブはお互いに助け合って生きていくことを目的としたテント村だった。食堂や養蜂場などもあり、手を取り合うことで確かな秩序が育まれていた。まさしく協同体。

 だがキルは違う。岩山を占領しそれぞれが好き勝手にやっている。寝泊まりするところはあるが様式はてんでバラバラで、野ざらしで寝ている者もいた。助け合うような素振りは皆無で、戯れのように変身して殺し合うライダーまでいる始末。

 スラムというのもおこがましい。ただ集まっているだけの集団がそこにいた。

 

「キルは殺人の快楽に目覚めた奴らが集合しただけのクラン。願いも生きることもどうでもいい、なんなら殺し合いをする相手をキルの中に求めて集まってくるような連中だ。そこにルールや秩序なんて物はない。頭目は一応あの扶桑樹ってことになってるけど、忠誠心を抱いているような奴らは皆無だよ」

「話に聞いてただけでまともなクランじゃないだろうなと思ってたけど、まさかここまでとは……」

 

 治安ゼロなその世界を垣間見て、クムはドン引きした。

 だが、ある意味好都合でもある。

 

「あの様子じゃ、潜入は楽そうだね」

「まーね。顔を隠す必要もない」

 

 見張りもいないし、隠れるところは多い。しかも制服が白で統一されていたライブやウィッシュとは違ってバラバラで、中にはウィッシュやライブの制服を着たままの輩もいた。少なくとも雪希が紛れ込むのは容易だろう。

 問題はクムだが……。

 

「どうしよう?」

「……背に腹は代えられない、か」

「え?」

「アレを使いましょう」

 

 苦々しい顔をしたクムが指差したのは、端っこに放置されているゴミの山だった。

 

 ……数分後、雪希はキルのならず者たちの中を悠々と歩いていた。

 正体が発覚することに怯え挙動不審になれば、却って見つかる危険は増す。なので堂々と胸を張って、露見すればたちまち針のむしろとなる死地を進んでいた。

 幸い、注目されることは少なかった。ほとんどが自分たちのやることに熱中していたからだ。恍惚とした表情で武器の手入れをしていたり、ギャンブルの結果に一喜一憂していたりなどして、周りのことを気にもしていない。何らかの肉塊に激しく包丁を叩きつけている姿などもあったが、努めて無視した。きっとあれは日常茶飯事。ただ調理をしているだけのハズ。そう自分に言い聞かせて。

 このまま扶桑樹のところまで何事もなければ……そう祈るが。

 

「おい。そこのお前」

「っ!」

 

 如何にもギャング風というような男に呼び止められる。雪希は狼狽を顔に出さないように、そして人相悪く見えるようにしかめ面となって振り返った。

 

「……何か用か?」

「背負ってるの、ソイツはなんだ」

 

 男が指差したのは、雪希がサンタクロースのように背負ったゴミ袋だった。

 

「ゴミ捨て場なら外だろうが。反対方向だぞ」

「あー、言わなきゃ駄目か?」

「……なんか、後ろめたいことでもあるのか?」

 

 男はにわかに殺気立ち、首に掛かったマリードールを握り締めて戦闘態勢に入った。雪希は溜息をついて、袋を地面に降ろし――それを爪先で蹴り上げた。

 瞬間、ザワザワと蠢く袋。

 

「!?」

「フラストレーションが溜まっててさぁ、ただ殺すだけじゃなくいたぶらないと気が済まないんだよね」

 

 更に足蹴にし、ゴロリと袋を転がす。すると緩くなっていた口から、血に染まった銀髪が零れた。

 そして、血生臭い匂い。

 袋は明らかに、人一人が入れるだけのサイズがない。なのに確実に人間が入っている。

 その答えは明白だった。

 

「……手足は邪魔だから、置いてきちった(・・・・・・・)のさ」

 

 男はシンと静まりかえった。そして、額を抑えて笑い出す。

 

「……くっ、あははっ! お前、やべー奴だな!」

「ここにいる奴らはみんなそーでしょ。で、早く楽しみたいんだけど」

「違いねぇ! ああ、もう行っていいぞ。後で感想を聞かせろよ」

「はいよ」

 

 ひとしきり笑い合い、二人は円満に別れた。雪希は再び袋を担ぎ直し、本拠地の中心部へと向かう。

 その道中、再び袋は蠢く。更には声まで。

 

「うぅ……痛い、生臭い……」

「我慢しなって。提案したのはクムでしょ」

「そうだけど……ここまで辛いなんてぇ……」

 

 袋の中に入っているのはクムだった。クムは本拠地の入り口付近にあったゴミ捨て場から袋を拝借。中にあったゴミを捨て、更に別の生ゴミから解体した動物の内臓らしき物を拾い、頭から被った。そして袋の中に、手足を折り畳んで入ったのだ。

 結果生まれたのは、成人が入らないサイズの、血の臭いを嗅ぐわせる、血に塗れた頭部の入っている袋というワケだ。

 どこからどう見ても、容積(・・)を減らしたナニカである。

 

「蹴ったのは悪かったけどさ……はぁ、まさか猟奇的拷問嗜好者と間違われる日が来るなんて……」

「いい演技だったよ」

「お褒めに与り恐縮ですー」

 

 とはいえ偽装が上手くいっていることには内心でガッツポーズをしていた。子どもが珍しいこの世界では、中に入っているのが子どもだとは夢にも思わないらしい。流石は殺人鬼だらけのクラン:キル。多少怪しい格好の方が却って疑われないようだ。

 そのまま雪希は順調に進み……そして辿り着いた。

 

「明らかにここだね」

 

 そこは掘っ立て小屋や堡塁だらけの中で、唯一まともな建築物と言えた。

 聳え立つ石垣。並べられた木杭の塀。中からは飛び出すように物見櫓が覗いている。

 つまり、砦だった。

 

「流石に頭目の御座所は立派にするワケだ」

「どうでもいいから、早く中に入ってよ。うう、クサい……」

「はいはい」

 

 仕える主人のワガママを聞き届ける執事ように頷いて、雪希は石垣に近づく。そしてそこが物見櫓の死角になっていることを確認すると、石垣を蹴るようにして駆け上がった。

 

「フッ!」

 

 猫がリビングの壁を引っ掻きながら駆け登るかの如く、雪希は石垣や塀の僅かな引っかかりに足をかけて登る。勿論、抱えたクムの入った袋は落とさないようにして。

 そしてほんの十秒も経たない内に頂上まで登り詰め、下に誰もいないことを見通したのち、スタリと降り立った。

 

「よし、侵入成功っ!」

「……見えないけど、ヤバいことしたのは震動で伝わってくる」

 

 早くしろと言ったくせに、何故か勝手にドン引きしているクムを袋の中から解放しつつ、雪希は周囲を見渡した。

 

「しっかし、不用心だね。こんな簡単に侵入できちゃうなんて」

「それは雪希みたいな真似をする奴はごく少数だからでは……うぅ、この匂い、染みついたりしないよね」

 

 髪を触り、手にべっとりと張り付いた血を見てげんなりするクム。一方で雪希は油断なく周囲を警戒する。

 

「人はいないね。少ないのかな?」

「いやこれ……少ない、ってより」

 

 見渡して、そして耳を澄まして、気付く。人が少ないどころではなかった。誰の人影も見えず、何の生活音も聞こえない。ゴーストタウンのように静まりかえっている。

 無人。

 

「なんで……」

「っ、クム!」

 

 先に気付いたのは、警戒していた雪希だった。クムを庇うように背に隠し、ソレ(・・)と対峙する。

 遅れて、クムも見た。だが一瞬、そうと気付くのに遅れた。だってあまりにも、ヌルリと出てきたものだから。

 そこには、一人の少女がいた。

 

「ヒヒッ、ようこそ、クラン:キルへ」

 

 身に纏う装束は赤い包帯のようだった。襤褸切れを束ねたかのようなそれは執行者の非現実的なそれとは違って現実の範疇にある服ではあったが、尋常な衣服とはとても言えない。露出も多く、辛うじて局所が隠れているだけ……いや、結果として隠れているだけなのだろう、そう思わせる程に無頓着な服装であった。

 ただ、それでも隠されている物はある。しかしそれは本来、隠れていてはいけない物だった。

 それは目だ。少女の目元にすら、目隠しのように赤い包帯が巻かれていた。

 

「貴女が……」

「扶桑、樹ぃ……!」

 

 ギリと奥歯を噛み締め、雪希は少女を睨み付ける。

 その反応から見ても、あの少女こそが殺人者を束ねるクラン:キルのリーダー、扶桑樹で間違いなかった。

 だが……。

 

(本当に、この娘が)

 

 クムがそう疑問に思うのも無理はなかった。何せ樹の体躯はあまりにも儚い。身体は骨と皮だけのように痩せていて、身長も低い。高身長な雪希と比べてしまえば、30㎝以上の差があってもおかしくはなかった。

 プラチナブロンドのポニーテールと相まって、その異常な服と目隠しさえなければ西洋人形と言って通じそうな容姿をしている。

 

 無論クムもここまでの戦いを見て、少女としての見た目とライダーとしての強さはイコールではないことは思い知っている。しかしそれでも、すぐには少女の外見と彼女が起こした凶行が結びつかなかった。

 

「思ったよりずっと早かったねェ。山を突っ切ってきたのかぁ、ご苦労さん。……ま、時間が掛かるようだったら適当にキルの子たちを唆して迂回路を襲撃させようと思ってたからさぁ……正解なんだけど」

 

 しかしヘラヘラと笑いながら言ったその内容は確かに扶桑樹でないとあり得ない。

 つまりこの少女こそが美來の仇であり――管理者との唯一の繋がり。

 

「あの娘、目が……?」

 

 樹の装いで特に気に掛かった点があった。目元を布で覆ってしまえば、当然見えない。敢えてそうする理由は……。

 

「うん。元々見えないらしい。美來を殺したあの時も、見えていなかったハズ」

「見えてないのに、アレだけの動きを……!」

 

 しかしそれすらも、ハンデにならない。

 盲目。それが瑕疵にすらならない強さ。

 二人で挑むのは、それ程までの相手のようだ。

 

「ヒヒッ、さぁて、早速始めるかな? それとも……」

「――訊きたいことがある」

 

 前に出たのはクムだった。

 

「……あァ、そうだよね」

「貴女は、管理者を知っている」

「そうさ。お友達……って言うには、ちょっとばかし力の差が付きすぎてるけどねェ」

 

 相変わらずヘラヘラとした態度を崩さない樹に対し、クムの後ろに控える雪希は警戒を怠らない。接がれたマリードールを握り締め、いつでも変身して飛び出せるように構えて待機する。

 それを視界無き感覚で感じているのか否か、樹はまるで気にすることなく続けた。

 

「あちきはペットみたいなもんさァ。それも半ノラって感じかな。ちぃっとばかし殺し回っていたら気に入られて、たまに餌と引き換えに小間使いをしてるって感じさね」

「貴女が半ノラなら、執行者が血統書付きってことかしら。……餌?」

「ヒヒッ……巨人の傍で羽虫が生かしてもらえるのなら、それが充分ご褒美じゃないかねェ」

「なるほど……」

 

 どうやら管理者は圧倒的な力を持っており、樹はそれゆえに服従しているに過ぎないらしい。

 

「飼い主の手を噛んだりしないの?」

「それも面白そうだけどねェ……案外、こうして首根っこ掴まれる生活も悪くないと思ってるのサ」

「裏切る気はない、と」

 

 そしてその立場すらも楽しんでいる。あるいは、それすらも冗句の一つに過ぎないのだろうか。樹という少女の言動からは、どうにも芯というものが見えなかった。

 柳のように揺れ、ただ己の心の赴くまま。

 その振る舞いに、クムは一つの回想をした。

 

「……貴女みたいな人に、憶えがある」

「へェ?」

「その人も、ただ殺すことを楽しんでいた。黒幕の思い通りになろうとも、誰かを不幸に貶めようともまるで構わない。ただ、悦楽のためだけに人を殺す。その為だけに生きていた人を」

「ヒヒッ、その人とはきっと気が合うねェ。もしこの世界にいたらキルでお友達になれそうだ」

 

 そう。樹はクムの知っている一人の少女とよく似ていた。

 奔放で、残忍で、よく笑い、よく嗤う。容姿も口調も違うというのに、その有り様が彼女を彷彿とさせる。

 

「ヒヒッ、それでその子はどうなったのかなァ?」

「あの子は、己の欲望に喰われるようにして……殺された」

「それは残念――」

「……今では、思う」

「へェ?」

 

 クムは瞼を瞑って、一つ、まるで重い物を振り払うかのように溜息をつく。そして再び開いた眼で樹を見据える時には、確固たる意志が宿っていた。

 

「心が怪物になった人は――誰かが止めなくちゃならない。自分にお鉢が回ってきたのなら……わたちはきっと、またそうする(・・・・)。それが例え、どんなにしんどくても」

 

 揺るぎない意志。

 かつて惑い、後悔し……苦しんだ果てに、少女はもう答えを出していた。

 何度繰り返そうと、変わらない真実を。

 

「怪物は倒す。それで自分が、怪物に成り果てるのだとしても」

 

 その決意に、傍らの少女もまた頷いた。

 

「同感だね」

 

 一歩、雪希は前に出る。その手の中にマリードールを握り締めながら。

 

「雪希……」

「もう問答無用でしょ、コイツは吐かないよ。……心配しないで、手を汚すのは慣れてる。それに狂った獣はトドメを刺して、終わらせてやらなきゃならない、でしょ?」

「……うん」

「だから今は――」

 

 クムは、雪希の背に燃える何かを幻視した。

 

「――私が殺す」

「ヒヒッ、お話は終わりかい?」

 

 樹もまた、焦れたようにマリードールを手で玩んでいた。

 空気が張り詰める。

 一触即発……いや、もう既に。

 

「ああ、アンタの好きな殺し合いだ。ただし負けたら、死ぬ前に潔く口を割れ」

「いいねェ……! そうこなくちゃ……!」

 

 戦意は弾けていた。

 同時にマリードールを握り締め、ドライバーを顕現。

 雪希は。樹は。

 その言葉を叫ぶ。

 

「「変身!」」

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

《 Thorn 》

 

《 吊られた者は地獄行き 何故?

  ならば斃せ赴くままに 何故? 》

 

 銀が、茨が、対峙する少女たちに絡みつく。

 騎士となった二人はそれぞれの得物を構えてゆらり、倒れ込むような勢いで走り出す。

 

「扶桑樹! お前はここで私が終わらせる……!」

「やってみなよォ! 片割れ(・・・)ちゃん!!」

 

 殺し合う。

 血生臭い事実。それを彩る言葉を、二人はもう捨てていた。

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