仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー 作:春風れっさー
開戦した銀姫と臥姫。
先手を取ったのは得物のリーチの関係上、臥姫だった。
しなる茨の鞭が銀姫に襲い掛かる。
「はぁっ!」
しかし真正面からならば対応は容易い。手にした細剣で切り払い、その棘が身体を貫くことを妨ぐ。だが臥姫の攻勢はそれだけには終わらない。
「イッヒヒィッ!」
臥姫が奇声を上げながら腕を振るうと、鞭はまるで生き物のように蠢いて銀姫に再来した。細剣は振り切ってまだ戻せない。しかし戦い慣れた銀姫は極めて冷静に対処した。肩口から伸びた襤褸を盾とし、その影で身を躱す。
茨の鞭の成果は引き千切れた襤褸の切れ端のみに終わった。
「ヘヘェ……今のを躱すかぁ!」
「……今度はこっちの番!」
鞭を掻い潜ったことで、臥姫の身体が細剣の刃圏へと入る。すかさず細剣を握り直し、下から掬い上げるように臥姫の頸を狙う。
が、刃が無防備な喉元へ届くより早く臥姫は身を逸らし、死神の鎌から逃れた。
「ヒヒッ! おっかねぇおっかねぇ!」
「チッ……っ!」
追撃を加えようとする銀姫だったが、何かに気付いたように細剣を背後に振るう。
何もいないハズの空間。だが刃は、迫り来る茨の鞭を迎撃していた。
「おおっとぉ! 今のも防がれるかぁ!」
「……コイツ」
大袈裟に戯ける臥姫。
不意打ちを見事に捌いた銀姫だったが、仮面から覗く口元は厳しく結ばれていた。
(……やりづらい)
今のは完全に勘だった。そのくらい、今の不意打ちには予兆というものがなかった。
何かをする際、人は視線が動いてしまうものだ。
手に取る。一歩踏み出す。行動を起こす時、人はまず、視る。それが安全で確実な方法だからだ。人は感覚の八割を視覚に頼っているとすら言われている。
だから視線を見れば、次にどう動くのかが分かるのだ。仮面ライダーは仮面を被っているが、それでも視線というものを全く感じないワケではない。野生で感覚を研ぎ澄ました雪希は特にそれが分かった。
今まで潜り抜けてきた多くの戦場で、視線の情報は役立った。
だが臥姫、樹には、それが一切ない。
盲目ゆえに、視線が動かないのだ。
「イヒッ、面倒って気配がするよ」
「っ」
臥姫はそれを嘲笑う。見えていないハズなのに。
「ヒヒッ、不思議だよねぇ、あちきも不思議だよぉ。でも目で見てないのに、それ以上のことが分かるんだぁ。今も君の息づかい、刃の置き所、ひんやりと冷えた殺気……全部が伝わってくる。丸わかりだよぉ」
「……変態め」
悪態をつく口とは裏腹に戦慄の冷や汗が垂れる。銀姫は理解した。
この臥姫というライダーは盲目であっても強いのではない。盲目だから強いのだ。
「雪希……!」
クムの口を突いて出た不安げな溜息が耳に届く。どんな相手だろうと、やるしかない。恩人である彼女の願いを叶えるには、臥姫を下して管理者とやらの居所を吐かせるしかないのだ。
細剣を握り直し、迷いを打ち払うように振るう。
「はぁ!」
「ヒヒィッ!」
銀閃の数々を、臥姫は一々奇っ怪な動きで回避する。そこに武術としての合理性は見られない。ただただ本能と第六感のままに動き、それが何故か最適解となる。
刺突をバク転ですり抜け、横薙ぎをぺたりと潰れることで躱す。まるでサーカスで戯けるピエロの演目を見ているかのようだった。戦っている銀姫からすると、悪夢でしかない。
「このっ……!」
「ヒッヒィ!」
「ぐっ!」
そしてその不可思議な動きを縫うように打ち振るわれる茨の鞭。視線を介さず飛んでくるそれはほとんど不可避だ。襤褸を、銀の鎧を、少しずつその鋭い棘で削り取っていく。
追い詰められていく。ジリジリとした焦燥が次第に銀姫の脳裏を火煙のように埋め尽くしていった。
その姿を後ろから見ていたクムは疑問を覚えた。
「雪希……? なんか、いつもと……」
銀姫の動き、それがいつもと違っているように感じたのだ。
出会ってから日は浅いが、クムはもう何度も雪希が銀姫となって戦う姿を見てきた。
そのいずれでも、雪希は冷静だったように思う。戦う相手や仲間の死。それらに心乱されたとしても、戦いには影響がない。それがこの世界で生き延びてきた彼女が身につけた精神だとクムは思っていた。
だが、この臥姫……扶桑樹との戦いにおいては、違う。
何か、精彩を欠いているように見える。
「負けちゃうねぇ! このままだと!」
「くっ……!」
「ヒヒッ……それって、
「っ!! お前……!」
臥姫の嘲るような言葉。それが銀姫の逆鱗に触れた。
怒りのままに振るわれる一閃。勢いの乗ったそれは臥姫の頬を掠めるが、薄皮一枚を切り裂いただけで終わる。
ピッと走った頬の傷から血を流し、それでも臥姫は笑う、嗤う。
「イッヒヒィ! やぁっぱり気にしてるんだ! 相方を失ったこと!」
「黙れ!!」
更なる激昂。吠え猛る銀姫の攻撃は、しかし当たらない。
クムはその嘲りの言葉に引っかかった。
「……相方?」
「ヒヒッ、おやターゲットちゃんはご存じない? しからば教えてしんぜよう!」
クムの小さな疑問は、盲目ゆえの悪魔的聴力に拾われる。激しい怒りを柳のように躱しながら、臥姫はクムの呟きに答えた。
「そこの片割れちゃんは、ウィッシュにいた頃ライダーと組んでたんだよ!」
そう告げる臥姫は、本当に愉しそうに嗤っていた。
「この世界では名の轟いた名タッグでねぇ……戦場では背中をかばい合って、獅子奮迅の活躍を見せていたものさぁ」
「黙れ、黙れ!!」
剣尖は更に精彩を欠き、余計に当たらない。
臥姫は剣圧をまるでそよ風めいて受け流しながら続ける。
「いやぁ強かった、強かったよ? キルと戦ったこともあってさぁ、ウチの手練れが何人もやられちゃった。流石だったよ。でもねぇ……」
唇を三日月に歪めて、臥姫は悪意たっぷりに言った。
「――あちきが、殺しちゃった!」
※
まるでマッチの中に見る、儚い夢のような日々だった。
『同じく入ったばかりの○○だ。しばらくはこの子と組んで教えてもらうといい』
『よろしくねぇ~』
『よ、よろしく……』
この世界に落とされた雪希は彷徨った挙げ句、クラン:ウィッシュに身を寄せることを決めた。そこに大した理由はない。ただ一番大規模だったし、友達が欲しいという願いを叶えたい欲求はあったからだ。
そこで一人の少女と組むように言われた。それが全ての始まりだった。
『雪希は背が高いねぇ。それだけ高いと、ベッドが窮屈そうだなぁ』
『○○みたいに寝ることばっかり考えて無いよ……』
いつも眠たげにしている少女だった。重そうに半分閉じられているその瞼が完全に開いているところを、雪希は数える程しか見たことがなかった。
その上寒がりで、寝るときはしょっちゅう雪希の毛布を剥ぎ取ったものだ。
『うぅ、さむ~い。雪希ぃ、それ貸してぇ』
『また? まぁ、いいけどさ』
きっと雪希があまり寝具を必要としないのはこの頃の名残なのだろう。ぐっすり寝てしまう彼女を守る為に不寝番をすることもよくあった。静かな夜の時間に、彼女の健やかな寝息だけが耳をくすぐる、あの時間が嫌いではなかった。
『よっしゃぁ、行こう、○○!』
『雪希、待ってよぉ~』
戦場では、逆に雪希が彼女を振り回した。己の身につけた爪牙拳を存分に震える機会に酔っていたところもあるのだろう。常に先陣を切り、それを彼女が慌てて追いかけるのがいつも通りの光景だった。
鉄の棒を握り締め、並み居る敵を叩き潰していく。そしてその死角を、後方から飛んできた火の玉がカバーしてくれる。守ってくれたことの礼代わりに後方へサムズアップすると、彼女は赤い仮面の下で微笑んで返してくれた。
息が合っていたのだろう。野良ダムド狩りやキルやライブとの抗争でも負けることはなかった。いつしか二人は名タッグとして知られるようになっていた。
『○○の願いはさぁ、何?』
『え~? 急にどうしたのぉ?』
『いや、なんとなく。ウィッシュにいるんだから、どうしても叶えたい願いなんでしょ?』
『ん~……まぁ、そうだねぇ』
ある時に訊いた、願いの話も鮮明に思い出せる。
『お金、かなぁ』
『お金? そりゃまた、意外というかなんというか』
『あはは、そうだよねぇ。……私の家、お父さんが連帯保証人になっちゃった所為で貧乏で。いつも夜になると借金取りがドアをガンガン叩くの』
『!! ……それは』
『それがうるさくてうるさくてねぇ……すっかり夜眠れなくなっちゃって。お父さんもお母さんもいつも泣いてるから……だから夜に安心してぐっすり眠れるように、借金を返すお金が欲しいんだぁ』
『……そっか。叶うといいね』
『うん~……それじゃあさ』
今度は彼女から問うてきた。
『雪希の願いは?』
『私の? ……そうだなぁ』
その時、確か自分は彼女の顔を見ながら答えたのだったろうか。
『もう、叶ってる、かな』
『……?』
首を傾げるその仕草がおかしくて。
笑ってしまって、ふて腐れて……そんな温かい記憶。
……そして、それから程なくして。
戦場で、あの悪魔と相対する。
『はぁ、はぁ……!』
『そんな、私たちの連携が通用しないなんて……!』
『ヒヒッ! い~い攻撃だったよぉ』
扶桑樹こと、仮面ライダー臥姫。キルのリーダーにして最強の殺人鬼。そんな彼女と、自分たちは初めて対峙した。
敵わなかった。鍛え上げた技も、息を合わせた連携も、まるで臥姫には届かなかった。周囲が乱戦状態であったことも災いした。周りからの流れ弾への対処で、彼女の炎を消費してしまった。それも敗因だったのだろう。
結果として雪希は地に伏せ、臥姫の放った茨が彼女の喉笛に巻き付くのを見上げるしかなかった。
『■■!!』
『がっ……ぐっ……』
棘が皮膚に食い込み、苦しげに喘いでいる。
立て、立って助けろと自分の身体に命じても、鞭でズタズタに引き裂かれた筋繊維は言うことを聞いてくれない。
ただ、ただ……彼女をいたぶって愉悦に浸る臥姫の凶顔を、目に焼き付けるしかなかった。
『イヒヒ、イヒヒィ!!』
『扶桑、樹ぃ……!』
『あァ、面白い。面白かった。けど、もういいや』
頬骨を突き破らんばかりに上がっていた口角は、その一言でスンと鎮まった。
『飽きちゃった。だからもう、死んでいいよ』
『やめっ――』
手を伸ばすだけで精一杯だった。
無力なそれは何の止める力も持たず、臥姫の手によって茨の鞭は引き絞られる。
皮膚を完全に突き破った棘は深くまで食い込み、穿たれた穴から血は勢いよく噴出した。
『■■ーーー!!!』
絶叫する自分の目の前で、彼女は崩れ落ちた。
臥姫はもう興味は無いという風に背を向け立ち去っていく。
『さァ、次はもっと面白い殺し合いになるかなァ』
そう言い捨てて、自分が手を下したことさえももう忘れている風に。
残されたのは、瀕死の二人だけ。
『……ゆ、き』
辛うじてまだ息のある彼女が、穴の開いた喉からひゅーひゅーと空気を零しながら手を伸ばす。
『■、■』
雪希は這いずって彼女へと近づき、その手を握ろうとした。せめて最期に、と。
だが――それすらも叶うことはなかった。
『……ひとりにして、ごめん、ね』
その一言だけを残して、彼女は力尽きた。
指先を掠めて、手は落ちていく。
『あ、あぁ……』
死。この世界に来て今まで幾度も見てきた――しかし、初めての死。
友の、戦友の死。
『ああああぁぁああぁぁァァーーーー!!!!』
絶叫を上げる己の中で何かが罅割れていく。
それが――大和雪希が初めての友を失った瞬間だった。
※
「イヒヒ、イヒヒヒヒ!!! いやぁ、面白いお話だったねぇ! どっとはらい!」
「ぐ、あぁぁ……!」
嗤い、嘲笑いながら臥姫は語りきった。
堪えきれぬ怒りに血管が千切れそうなのか、銀姫は頭を抑え唸りを上げていた。
全てを聞かされたクムは目を瞠り、喉を鳴らす。
「やっぱり、雪希の友達は……」
「ヒヒッ、そう! あちきの餌食になりました~」
「グアァァッ!!」
獣のような雄叫びを上げて銀姫は躍りかかった。細剣を投げつけながら、自分も手を鉤爪のようにして突進する。
茨の鞭は剣をはたき落とすことで消費される。変幻自在の攻防がなくなった瞬間、銀姫は臥姫の身体へと組み付いた。
怒りのままに押し倒し、その顔面に拳を叩き下ろす。
「お前がッ、お前の所為でッ!!」
「ギ、ヒヒッ」
馬乗りの状態になって何度も、何度も鉄槌を下した。鉄扉を叩くよりも強く、重く。仮面へと。その下にある憎き面へと。
臥姫は鼻血を出しながらもニタニタとした笑みを止めることはなかった。
「ナニ、責任転嫁しちゃってるのォ? 君が挑みかかってきた所為じゃんかァ!!」
「う、うう゛うウゥゥゥ!!!」
唸り、歯を食いしばる。鉄槌の雨が一瞬だけ止まった。その隙を見逃さず、臥姫は鞭を振るう。
「シャアッ!」
「あぐっ」
鞭は銀姫の首へと巻き付いた。何度もライダーを殺めてきた必殺の型。ただし今回は、茨の棘がその喉元へ食い込むことはなかった。一瞬早く銀姫が腕を割り込ませたからだ。
内側から押し上げる両腕に引き延ばされ、棘がその柔らかい皮膚を破ることは叶わなかった。
「ふう゛ぅぅぅ……!!」
まだ銀姫の怒りは止まない。万力によって茨の鞭はギチギチと音を立てて引き延ばされていく。しかし銀姫がそれに掛かりきりになっている間に臥姫はその足元からスルリと抜け出した。
遂に限界を迎えた茨の鞭が引き千切られる。それを手元へ引き戻す臥姫は既に距離を置いた地点で立ち上がっていた。
「ヒヒッ、怖い怖い……逆恨みってのはいつも怖いねェ」
千切れた先端を玩びながら臥姫は嘯く。
「逆恨み……だってぇ?」
「雪希、落ち着いて! 相手はわざと貴女を怒らせようとしてるだけだよ!」
「……クム」
背後からクムの声。銀姫に冷静さを取り戻させようとするその激励が、雪希の頭を若干ながら冷ます。
そうだ。今の自分は彼女のためにいるのだった。
ミサキドライバーのバックルへと手を当て、頭に上った血を下げようと息を吐く。
「そう、そうだ。あの子を失って、私のマリードールは一度罅割れた」
思い返す。クムと出会う前のことを。
臥姫の凶行によって戦友を失った雪希のマリードールには罅が入り、変身ができなくなってしまった。
何故かは分からない。ウィッシュの仲間も知らなかった。だが予想はできる。
この戦いは、願いを叶えるための戦い。他の命を犠牲にしてまでも実現したい、切なる願いのために他者を殺す残酷な祭典。
雪希の願いは、『友達が欲しい』。だけどそれは、たった一人の戦友は失われた。
願いが、失われたのだ。
ゆえにきっと、変身することもできなくなってしまった。
それから雪希はウィッシュを脱走した。
厳格なウィッシュはきっと戦えなくなった自分を切り捨てると思ったからだ。
それにもう、願いは失われた。ならば願いを叶えるために戦う人たちの中に自分がいるワケにはいかない。
追っ手から逃げて。金剛姉妹と知り合い、ライブに身を寄せて。七日間の制限は野良ダムドを不意打ちで屠ることでどうにか食いつないで。
そして限界の果てに執行者に追われ、クムと出会ったのだ。
クムに助けられていなければ、自分は今ここにはいない。
私情を捨てろ。ただ彼女の目的のためだけに動け。
自分にそう言い聞かせ、銀姫は頭を冷やす。
「クム。……キーを」
「! うんっ」
だから独力で仇を討つというプライドを捨て、もっとも確率の高い手段に頼った。
頷いたクムから放り投げられたグレイヴキーを、後ろ手でキャッチする。
「ヒッ? あァ、それがグレイヴキーか。ライブの時も使ってたね」
「そうだ。お前を倒すための、切り札だ」
銀姫は手にしたキーをドライバーへと差し込み、静かに回した。
《 Gallows Changeling 》
《 全ては人の為に 何故?
世界を己の手に 何故? 》
黄金の光が銀姫の身体を包み、その姿を変えていく。
胸元から肩へとかけて広がる甲冑と、たなびく赤いマント。仮面の額からは剣の如き雄々しき一本角。
まるで騎士王のような出で立ち。
銀姫・チェンジリングフォーム。
「この力……」
己の身体から噴き出す黄金のオーラに、銀姫は呆然とした。今までグレイヴキーから与えられた力はどれも強力だったが、今回は一線を画する。凄まじい力の奔流に一時唖然とした。
「ヒヒッ……さァ、新しい力を見せて貰おうか!?」
「ッ、鞭が……!」
新たな姿を前にして、臥姫はなお笑う。手にした茨の鞭。千切れたハズのそれが見る見る内に伸び、元の大きさへと戻っていく。
それが臥姫の特殊能力。植物の再生。
「ヒャハァッ!!」
突っ立ったままの銀姫を狙い、臥姫は鞭を振るう。先程までと同じ、リーチも勢いも鋭い一撃。
しかし茨は銀姫に届くより先に、その迸る黄金のオーラに弾かれた。
「ヒャッ!?」
予想外の光景に臥姫が呆けた声を上げる内に、銀姫は武器を呼び出す。手に握られるのは黄金の大剣。身の丈ほどはあるそれを軽々と持ち上げ、天に捧げるかのように掲げる。
「ハァァ……!」
気合いを籠めると、火勢が増すかのように黄金のオーラが全身に満ちていく。それを大剣へと一極集中。一気に振り下ろす。
迸る黄金の奔流。怒濤の勢いのそれに、臥姫は飛び退くように回避を選んだ。
「ヒャァッ!?」
今まで捉えどころのない動きをしていた臥姫にしては無様な、余裕もへったくれもない全力回避。しかしそれもやはり、盲目ゆえに身につけた超感覚の賜物だったのだろう。
黄金の嵐が過ぎ去ったそこには、シュウシュウと音を立てて赤熱化する地面だけが残されていたのだから。
「ヒャァ……これは、想像以上だねェ」
臥姫ですら、冷や汗を垂らしてしまうほどの威力。
それを振るった当人である銀姫も手応えを覚え、大剣を握り直す。
「この力なら!」
かつて手も足も出ずに敗北し、大切な戦友を殺された苦い記憶。この黄金の力は、それを払拭するにあまりあるポテンシャルを秘めていた。
そのまま銀姫は、黄金のオーラを容赦無く振るって臥姫に迫る。
「ヒィッ!」
まだ制御に慣れていないからか、その一挙一動が大振りだ。しかしそれでも充分な脅威。余波ですら巨大な竜巻が吹き荒れるかのようで、臥姫としては近づくだけで削られる恐怖の対象だ。
しかし臥姫の口元に浮かんでいたのは、相変わらずの笑顔だった。
「ヒヒヒッ!! これだよコレェ! このスリルがたまらないんだよォ!!」
「この……まだ言うか!」
この力を以てしてもまだ臥姫の表情を歪められない。その事実に歯噛みする銀姫。
だが臥姫のそれは、余裕とは違っていた。
「ずっと求めていたのサァ! この命を吹き飛ばされるかのような恐怖を!」
「何……!?」
「ヒヒィッ!」
大剣の横薙ぎを、猿のように跳ねながら躱す臥姫。標的を失った黄金の光が背後へと通過し、砦を破壊する。
「あちきの願いは『この目が見えるようになりますように』! 見えない世界を生きてきたあちきには外の色が、景色が、たまらなく恋しかったのさ!」
「………」
「イヒ、でももうそんな願いは捨てちまった」
「……何?」
誰かを殺してでも叶えたい願い。それを諦めたという割りには、臥姫の口調に何の未練もなさ過ぎた。
伝わる感情は、ただひたすらに喜悦だ。歯を剥き出し、頬を赤く染めて、まるで大好物のスイーツについて語るかのような。
「イヒヒッ! だって見えなくたって動ける、殺せるんだもん! この世界に来て初めて殺した時、それに気付いちゃった!」
「……ぐっ!?」
ピシリ、と鞭が銀姫の鎧を叩いた。
それは何の痛痒にもならない一撃。力も無い、血すら流さず、痛みも皆無。だが銀姫は背筋が凍るような戦慄を覚えた。
黄金のオーラは纏ったままだ。制御の難しいそれは、未だに銀姫の身体の周りを台風の如く吹き荒れている。
にも関わらず鞭は届いた。それは即ち、臥姫は黄金のオーラを見切っているということに他ならない。
全てを吹き飛ばしかねない暴風の合間を縫い、針に糸を通すかのような繊細かつ正確なコントロールだ。
「気付いたんだ。殺しは楽しい。殺し合いは、もっともっと楽しい! だからあちきは、ずっとこの世界で遊ぶことにしたんだ!」
轟轟と、少し誤れば溶けてしまいそうな光の中で臥姫は最高に楽しそうに笑う。
「この世界でずっとずっと殺し合いを続けること! それがあちきの願いサァ!!」
「……狂人が!!」
狂っている。そう断じる。
こんな残酷な世界で命のやり取りに快感を覚える。狂気的な思考だ。理解できない。
だが同時に、雪希は頭の片隅でこうも思った。
あの子が生きていたなら。
自分もずっとこの世界にいたいと思ったのだろうか。
鹿子と、美來のように。
「――ハァッ!!」
そんな思考を振り払うように一閃。大剣の剣尖は、ついに臥姫を捉えた。
胸元を掠めるような一撃。しかし黄金の光を纏ったそれは尋常ならざる暴威を秘めている。
胴鎧が抉られるように弾け飛んだ。
「ぎゃふっ!!」
勢いよく吹き飛んで転がる臥姫。そこへ追撃をかける銀姫。
頭の上まで振り上げた大剣を、思い切り叩き下ろす。
だ、が。
「ヒ、ヒヒッ!」
「動かない!?」
見れば、大剣には茨の鞭が幾重にも巻き付いていた。ギチギチに縛り上げられた刃はまったく動かせないというワケではないが、自由が効かない。臥姫はただ斬られたと見せかけて、これを仕掛けていたのだ。
トドメを刺す機会は失われた。起き上がった臥姫は鞭を引く。銀姫は引き摺られるように大剣を降ろすこととなり、二人は己の得物を引っ張り合う形になる。
「ヒヒッ! サァ、親子の愛を試す時だ。どっちが先に子どもの手を放しちゃうカナ!?」
「この……!」
二人は得物を取り戻すべく、あるいは手放させるべく、綱引きのように押し引きしあう。
膂力で勝るのはチェンジリングフォームへと変じた銀姫の方。しかし重心の使い方や駆け引きは超感覚を持つ臥姫に分があった。
その二つが拮抗しあい、膠着する。
「ヒヒッ、マズいねぇ……」
「何、が……!」
「このままだと邪魔が入っちゃうからサァ」
「!!」
確かに、戦いを始めてから随分と時間が経つ。チェンジリングフォームに変わってからは黄金のオーラによる派手な攻撃も行なった。臥姫が己の愉しみのために人払いをしていたとしても、クラン:キルの連中にバレるのは時間の問題だ。
増援の危険性。それが脳裏を過ぎった瞬間、銀姫の手が緩んだ。
「おっとォ!?」
「ッ!」
黄金の大剣は銀姫の手を滑り、臥姫の手の中に引き寄せられた。ズッシリと重いそれをキャッチし、臥姫は会心の笑みを浮かべる。
「ヒヒッ! これはやっちゃったねぇ! 武器無しでどうする気なのかなァ、時間を気にしたのは杞憂だったネ!」
「……私の気を逸らす方便だったくせに、白々しい。……でも、まぁ、確かにそうだね」
「ン?」
「時間は杞憂だよ。――だって、もう仕込みは済んでるから」
「それは――」
何の話だ。そう問おうと口を開いた瞬間。
臥姫の足元から、黄金の奔流が噴き出した。
「なッ!?」
「……制御にかかりきりだったから時間がかかったけど、意外とバレないもんなんだね」
銀姫の足元。そこはオーラによる初撃で融解した場所だった。元から大きく地形変化していた場所なので、更に変わろうとすぐには気付かれない。……例え、銀姫の影に大穴が空き、地面の下をオーラが溶かしながら通り過ぎたとしても。
「綱引きの、間にィィッ!?」
黄金は臥姫の八方で輝いて、最早逃げ場はない。ついでに言えば、手の中には余計な
「――灼けろ」
「……ガァアアァァァッ!!!」
爆ぜる。黄金の爆発が、臥姫の全身を隈無く焼いた。
その熱量を以て容赦無く溶かし、茨を焦がす。
光が散った時、そこにいた臥姫は黒い燻りを上げながらどうにか立っているという状態だった。
「ヒ、ヒ……」
「……やっと、終わらせられる」
銀姫は、万感の思いと共にドライバーのマリードールをなぞった。
《 Changeling Execution Strike 》
壊れた電子音声を響かせ、銀姫は走った。腕に黄金の光を纏わせて。
「分流爪牙拳――!」
悔しさ。恨み。恩義。決意。全てを乗せた拳を放つ。
「
下から抉るような一撃。天に昇る黄金の光が、臥姫の胴で爆ぜ――貫いた。
「ア、ガァアアァァァアアァァァァッ!!!」
断末魔の声を上げながら臥姫は木の葉のように舞い上がり、そして落ちる。
地に伏せた臥姫が立ち上がることは……もう二度と無かった。
「……仇討ちは果たしたよ」
銀姫は最後に口の中で小さく呟いた。
もういない、友の名前を。
「ヒ、ヒヒッ……ま、負けちゃった」
仰向けになって変身解除された樹へ、自身もまた変身を解いて近づく雪希。
クムを背に庇いながら、消えゆく命を冷たく見下ろしながら問いかける。
「管理者の居所はどこ?」
「ヒ、ヒヒッ。あ、あぁせらなくても教えて、あ、あげるよ」
樹は今際になっても笑みを崩さなかった。ゴボゴボと血の泡が吹きこぼれる唇でなお弧を描き、最期の言葉を紡ぐ。
「こ、この世界の北の果て。そこにある、山……にある階段を、登った先に管理者はいる、よ」
「……階段」
「ふ、普通は途中で麓へ戻されちゃうけど、そこの子がいるなら、あ、上がれるかも」
雪希は確認を取るように目線をやる。クムはコクリと頷いた。
「……そう。なら、もう用は済んだ」
「ヒヒッ、つれないねェ。もっとお話してくれればいいのニ」
もう胸元すら大して上下しない。
本当の最期を前にした樹へ、クムはポツリと零した。
「どうして、殺すのを愉しんだの」
「ヒ、ヒ……」
「見えないものが分かるようになっただけで、それで満足すればよかったのに」
樹は、一瞬だけ考えるような沈黙の後、答えた。
「……それが、初めて自分でできるようになったコトだから、かなァ」
その言葉を最後に。
完全に息を引き取った。
「………」
「クム。気にすることないよ。コイツは根っからの外道だったんだから」
肩を叩いて慰める雪希の眼差しは、なおも冷たいままだ。
「私は一生許せない。私の友達を、三人も奪ったことを」
「……うん。それは、当たり前だよ。その怒りは、当然だ」
クムは覚えがあるように頷き、しかし。
「でも、この子にも……そうならざるを得なかった理由がある。それは、覚えておいて」
「………」
嘆願するように見上げるクムに、雪希は沈黙を返すしかなかった。
分かっている。
自分だってたくさん殺して、そして今、殺したのだから。
この……そうせざるを得ない残酷な世界で。
※
「……脱出は、案外呆気なかったな」
樹の死体を置いて砦から、そしてクラン:キルから脱出した二人は山道を歩いていた。
「うん。流石に、キルのリーダーがあんなことになったんだ。混乱するのは当たり前だよ」
雪希がクムを連れて砦を出ると、タッチの差でキルのメンバーが砦に躍り込んだ。そこからは大混乱だ。犯人を捜そうとする者。新たな頭領に名乗りを上げようとする者。ドサクサに紛れて気に入らない奴を殺そうとする者。様々な思惑が入り乱れての混沌に陥った。
もう逃げ出すのに変装すらいらなかった。
そしてそのままの足で目指すのは、極北の山。
樹から聞き出した、管理者のいる場所。
「でも今度は、そこまで遠くないよ」
「そうなの?」
「うん。そもそもキルが奥地にあるから。思えば、本拠地から通いやすい場所にあったんだな」
クムは先導されながら問うた。
「……大丈夫?」
雪希の足取りは疲労してはいるもののしっかりとしている。戦闘での後遺症はなさそうだ。
だが、心までは分からない。
「うん、特には」
そう答える雪希は振り返らない。
「でも……不思議だな。仇を討ったんだから、もっとスッキリすると思ったのに」
「……その方がいいよ。殺して気持ちよくなったら、キルの奴らと一緒になっちゃう」
「それもそっか。……ねぇ」
「何?」
「クムはさ……管理者をどうするの?」
その問いに、クムは……目を瞑り、何かを堪えるようにして、答えた。
「場合によっては、きっと……」
「……そっか」
それ以上、雪希は問いを重ねることをしなかった。
代わりに、考える。
もしクムの抱く決意が自分の思うようなものであったなら。
……同じ決断を下せるのだろうか、と。
そして、山道を行くこと、しばらく。
「――着いた」
雪希は物珍しげに手を掲げ、クムは覚悟と共にそれを見上げた。
まるで世界を区切る壁のように聳える山脈。そしてその頂上にまで続く、長い長い階段。
二人は遂に、短い旅の終着点へと辿り着いた。