仮面ライダー銀姫 レジデュー・オブ・メモリー   作:春風れっさー

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後日談-8 両の瞳

「はぁ、はぁ……」

「クム、もう無理そう?」

「ま、まだ大丈夫……」

「そっか。無理そうなら早めに言ってね。休憩にするから」

 

 雪希とクム。北の果て、旅の終着点へと辿り着いた二人は長い階段を登り続けていた。

 遥か頂上へと続く階段は果てしなく、終わりが見えない。

 体力のある雪希ならともかく、子どもの体格であるクムでは厳しい道程だ。

 

 それでもクムは弱音を吐かず登り続ける。

 額に玉のような汗を浮かべ、荒い息をつきながらも足を止めることはしなかった。

 一刻も早く頂上へ。その一心で足を動かし続けるクムの意志を尊重し、雪希も無理に止めることはしない。

 だから、気を紛らわせられるような雑談を投げかけるだけに留めた。

 

「やー、殺風景だね。雪が降るって程じゃないけど、ペンペン草すら生えないような不毛の地だ」

「はぁ……そう、だね」

「管理者ってこの世界で一番えらい人でしょ? それなのに自分の住むところをこんな寂しい場所にするもんかね? もしかして扶桑樹の奴に偽情報掴まされたとか?」

「いや……わたちは、正しいと思う」

 

 確信めいた物言いに、雪希は振り返る。

 

「なんで?」

「……管理者がわたちの知る相手だったら、きっとそうする。せめてもの……自罰で」

「自罰?」

「うん……」

 

 頷き、押し黙る。

 それ以上は、クムの消耗に繋がるので、雪希も問い返さなかった。

 

 そうして登り詰めること、しばらく。

 何処までも続くような光景に、明確な変化が起こった。

 

「広場?」

「………」

 

 階段が一旦途切れ、アーチがかかっていた。そしてそれを潜った先には円形の広場。

 学校のグラウンドほどはあるその向こう側に、続きの階段は繋がっていた。

 

「これは……」

「多分、樹の言っていた戻されるポイントだ」

 

 クムはアーチの中へ手を伸ばす。すると何か透明な膜があるのか、水面に触れたかのように波紋が広がった。

 

「わっ」

「潜ると、一番下まで戻されるようになってる」

「下まで!? それは最悪だね……」

「アーチの中だけじゃなく広場を囲うようになってるから、解除するしか先に進む方法はない」

「できそう?」

「ん……」

 

 手を当てたまま、クムは集中するように目を閉じた。静かな空気が張り詰める。

 やがて、満ちるようにクムの髪が銀の光を帯び、フワリと浮き上がった。そして触れたところから亀裂が走る。

 亀裂はあっという間に広場を囲うように広がり、そしてガラスのように音を立てて砕け散った。

 

「おぉ!」

「ふぅ……同種の仕掛けなら、こんなものだよ」

 

 手を放すと共に光が収まる。隠れた右目に微かに紫の残光を残しながら、クムはアーチの中へと一歩踏み出す。

 クムの姿が消えるようなことはなく、無事に広場の中へ足を踏み入れた。

 それを見て雪希も恐る恐る続く。

 

「これで頂上まで行ける?」

「いや……そう上手くはいかないみたい」

「え?」

 

 立ち止まったクムに雪希は顔を上げる。その視線の先、円の中央に座するように一人の人間が胡座をかいていた。

 いや、人間に見えたのは一瞬だけ。その異様な雰囲気で悟る。

 

「!! 執行者!」

「さっきの仕掛けで見えないようにしていたんだね」

「……あぁ、そうだ」

 

 執行者はゆっくりと立ち上がった。

 女。雪希ほどではないが身長は高い。身につけた衣装は赤と紫で塗り分けされた僧衣のようで、邪教の司教めいて見える。

 黒に微かに赤が入り混じった長髪の下にあるのは、右目を眼帯で覆った隻眼の鋭い眼差しだった。

 

「私がこの場所を守る執行者だ。と言っても、他の二体のように外へ出ることはないがな」

 

 執行者の女は口を開いた。しかし他の執行者のように別人の声が響くことはない。

 

「………」

「ん? あぁ、別に混ざって(・・・・)ないワケじゃないんだが……どうにも無口でな」

 

 それを不思議に思う気配が伝わったのか、執行者はトントンと眼帯を指で叩いた。

 

「肉体の主導権も私に委ねているから、実質一人みたいなものさ。……さて、やるか?」

「……他の奴らと違って、殺気がないね。あんまり戦いたくないの?」

「むぅ、そう言われると辛いところだが」

 

 雪希は執行者の纏う気配に首を傾げた。他の二体、タロスダムドとアサルトダムドは残忍な殺意に溢れていた。弱者を蹂躙する快感や使命感めいた戦意。しかしこの眼帯の執行者にはそれがない。

 

「まぁ……そうだな。私は殺すのが仕事ではないからな。積極性がないのは確かだ」

「だったら……」

「だが」

「!!」

 

 対話の余地があるか。そう思っていた雪希だったが、即座にそれを改める。

 執行者の身体からブワリと一気に殺意が膨れ上がったからだ。その切り替えの速さと量は、戦闘を生業とする者のそれだった。

 

「私の役目はこの階段を登ろうとする不埒者から守ることだ。管理者を守る最後の砦。だから、何人たりともこの先には通さん」

「……なるほど。最強の駒を一番重要な場所に置いたってことか」

 

 刀のように鋭い気配を感じながら、雪希は爪牙拳の構えを取って悟る。

 この執行者は……今まででもっとも強敵だ、と。

 

「いいね。大ボスって感じがするよ」

「お前もな。ここにお前たちのような輩が来るのは臥姫以来だが、中々に楽しめそうで安心しているよ」

「……ねぇ」

 

 二人が戦意を高めあっている中、クムが問いかける。

 どこか、寂しそうに。

 

「あなたは……この世界のことを、何とも思わないの?」

「……言っただろう。私の役割はここを守ること。ならば、それ以外は気にしない。それが駒というものだ」

「……そう」

 

 それで、クムは未練を断ったようだ。

 広場の円、その縁まで下がり、雪希の背を見つめる。

 

「お願い、雪希」

「了解、お嬢さま」

 

 接がれたマリードールを取り出し、ドライバーへと叩きつける。

 

「変身!」

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 銀の光を纏い、襤褸を纏った騎士、銀姫へと変身する。

 一方で、執行者の女も構えを取った。

 

「ぬぅん……!」

 

 瘴気が集まり、その姿を変じていく。

 晴れたとき、そこにいたのは……恐るべき異形だった。

 

「!! ドラゴン……!?」

『いかにも。ドラゴンダムドだ』

 

 異形が答える。

 見上げるほどに長い首。その先には爬虫類めいた頭があり、口の中には鋭い牙がズラリと並んでた。背後に伸びた尻尾は同じく長く、それ以外の体格は銀姫と大きく違わないのに相当なサイズ差を感じる。

 胸元から肩口、そして背中を通るようにして広がっているのは赤い翼だ。それは空を飛ぶためのようにも、装甲のようにも見える。

 手足には鉤爪。まさに竜の化身というような怪人がそこにはいた。

 竜人の執行者、ドラゴンダムドは紫の瞳を光らせ鎌首をもたげた。

 

『さあ、お前たちは怪物を乗り越え宝を手にできるかな!?』

「上等だ!」

 

 開戦。

 まず動いたのは銀姫だった。

 手の中に細剣を呼び出すと、巨体の内側に潜り込むように肉迫する。

 リーチでは向こうの圧倒的有利。

 まずはその差を消そうとした。

 

『甘いな!』

 

 しかし胴体目掛けて繰り出された銀姫の一閃は空を切る。

 ドラゴンダムドの巨体が、目の前で浮かび上がったからだ。

 

「飛っ……ぶのかよっ!」

『ドラゴンとはそういうものだろう!』

 

 赤い翼を翻し、細剣の届かない高さにまで飛び上がったドラゴンダムドは頭部へとエネルギーを集中。角と角の間に紫電が閃く。

 そしてそれを、轟音と共に落とした。

 

『カァァァッ!!』

「うあっ!?」

 

 雷は銀姫の三寸先に落雷する。あと少しズレていれば、感電していただろう。

 それは間違いなく幸運だった。何故なら地面に刻まれた罅割れと焦げ付きが、その威力を物語っていたからだ。

 

「……嫌なことを思い出させるっ!」

 

 脳裏を掠めた霆姫(かこ)の悲劇を努めて追い出し、対策を練る。

 

「まずは、叩き落とさないと」

 

 とにもかくにも、空を飛ばれていては攻撃が届かない。当たらなければ倒しようがない。まずは、相手を地面にまで引きずり下ろすのが先決だ。

 銀姫は後ろ手に手を伸ばす。

 

「クム!」

「うん!」

 

 銀姫が何を必要としているのか、考えるまでもない。

 クムはすぐに手の中にグレイヴキーを出現させ、放り投げた。

 キャッチし、即座にドライバーへ挿入する。

 

《 Gallows Flying 》

 

《 空を舞い踊るのは 何故?

  狩りを止めぬのは 何故? 》

 

「お生憎、空を飛ぶ輩は攻略済みなんだよ!」

 

 緋色の光が両腕を翼へと変え、銀姫の身体は宙に舞い上がる。

 銀姫・フライングフォーム。

 これで高度は互角。

 

『フッ。一緒にしてもらっては困るな』

 

 己と同じ目線の高さまで昇ってきた銀姫を鼻で笑うと、ドラゴンダムドは胸を大きく反らした。

 

「何を……」

 

 瞬間、銀姫に備わった野生の勘が警鐘を鳴らした。即座にドラゴンダムドの直線上から浮上。更に高度を上げることでその場から回避する。

 直後、その場を赤い炎が駆け抜けた。

 

『ほう、避けたか』

「あっぶな……雷だけじゃないのか」

 

 チロチロとした残り火を口元に、ドラゴンダムドは歯列を歪めて笑う。竜を名乗るからには、その代名詞であるドラゴンブレスも当然備えている。

 飛行能力。雷に炎。そして何よりその巨体。

 

「強い……!」

 

 ドラゴンダムドもまた、これまでの執行者と同様に手強い手合いだと確信を深める。

 今までの執行者たちも、分かりやすく強かった。

 堅硬な装甲、強力な攻撃能力。ドラゴンダムドもまた、その例に漏れない。

 だが執行者と、そして強者だったライダーたちと連戦してきた銀姫はもう怯まない。果敢に攻め込んでいく。

 

「シィッ!」

 

 鋭く呼気を吐き、上空を旋回。そして膝を畳みながら急降下する。

 

「分流爪牙拳――旋風千鳥!」

 

 アサルトダムドに痛打を与えた膝蹴り。空中での位置エネルギーを遺憾なく利用した一撃を、ドラゴンダムドの頭部目掛けて叩き込もうとする。

 が、その着弾よりもドラゴンダムドの反応の方が早い。

 

『――カァッ!』

「なっ!」

 

 銀姫は目を見開く。何故ならドラゴンダムドが選んだ迎撃は、膝に対して拳を合わせることだったからだ。

 ぶつかり合う拳と膝。負けたのは、銀姫の方だった。

 

「ぐっ!」

 

 完璧なタイミングでのインパクト。お互いの技の威力は互角だった。となれば、差が出てくるのはそれ以外。

 勝敗を決めたのは体重。ドラゴンダムドよりも軽かった銀姫は、錐もみしながら更に上空へと吹っ飛ばされた。

 

「上手い……!」

 

 どうにか体勢を立て直しながら歯噛みする。

 あの拳。タイミングは完璧だった。姿勢も。力任せではなく、技として完成度が高い。

 そして、結果は互角。つまり、ドラゴンダムドの技量は分流爪牙拳を修めた雪希に迫るということだ。

 

「こんな時でなければ、指南を仰ぎたい相手だね……!」

『それは残念だ。叶わぬ夢だよ』

 

 赤い翼を翻し、ドラゴンダムドは舞い上がった銀姫を追って浮上する。

 肉迫され、振り上げられた鉤爪を銀姫は爪先で蹴り上げ逸らす。もう片方も同様に蹴って弾く。が、ドラゴンダムドの追撃は止まらない。

 三撃目。それは尻尾による鞭撃だった。

 

「うおっ……!」

 

 意識外からの一撃。それを銀姫が躱せたのは幸運からだ。慣れない空での戦いに姿勢を崩したところを、運良く尻尾は過ぎ去った。それがなければ、銀姫の体躯は地面へと叩きつけられていただろう。

 武術の技だけではない。人外の身体の使い方も上手い。

 

『ずっとここにいると、鍛錬くらいしかやることがなくてな!』

「ぐっ、ずっとってどれくらいさ!」

 

 口車を回しながら、銀姫は攻略法を探す。

 フライングフォームで空を飛んでいられる時間の内に、あの赤い翼を捥がねばならない。

 攻略の糸口を掴むために、銀姫は使える物は何でも使う。おしゃべりで情報を引き出すことも厭わない。

 乗ってくれるかどうかは相手次第だったが、幸いにもドラゴンダムドは話し相手に飢えていたらしい。それも、この山に一人きりでいた弊害だろうか。

 それとも多少の情報を渡しても勝つ自信があるのか。

 ……また、あるいは。

 

『そうだな、数千年と言ったらどうする!?』

 

 彼女もまた、言葉で銀姫を揺さぶるつもりなのか。

 衝撃の発言に、攻撃を捌きながら銀姫は驚愕する。

 

「はぁっ!? 数千年!?」

『フッ。そうだ。長い、永い時間だったよ』

「嘘だ! そんな長い時間なワケが……あなたの存在が人類史クラスだって!?」

『正確に言えば何もかもが、だな。この世界も、お前たちの争いも』

 

 戦闘の手は止めない。脚を爪を動かし鬩ぎ合うことも、翼を羽ばたかせ位置を入れ替えることも。

 しかし、意識は竜の口が吐く衝撃の真実に持っていかれていた。

 

「そんな、馬鹿な……私たちの戦いが、そんなに?」

『そう。ここの時間は少々早い。外では瞬きの間だろうが、この中では百年があっという間に過ぎていく。だからお前たちライダーの闘争も、数千年の歴史を持つの……さ!』

「うぐっ!!」

 

 意識が逸れた隙を突く、尻尾の一撃。まともに腹に受け、銀姫は嘔吐く。やはり慣れない種の攻撃を捌くのは難しい。

 揺さぶられれば、尚更。

 どうやら舌戦の勝敗は、ドラゴンダムドの方へ軍配が上がったらしい。

 

「数千年……それだけの間、殺し合いを続けてきた? そしてそれを、アンタたちは見つめ続けてきた?」

 

 ジンジンと腹に響く痛みを抱えながら、銀姫は翻る。

 

「――ふざけるな!」

『むっ!』

 

 怒りのままに繰り出した一撃が、ドラゴンダムドの予想を超えて叩き込まれる。

 

「それでっ、どれだけの人が死んだと……!」

『……お前に言えるのか? もう既に、その手を血に染めたお前が』

「……っ!」

 

 それも、紛れも無い事実だ。純潔を語るには、雪希の手は汚れすぎている。

 それでも叫ばずにはいられなかった。

 

「だとしても――」

『墜ちろ!』

 

 怒りに身を燃やす銀姫に対しても、ドラゴンダムドは容赦ない。動揺を隙と見て、翼を切り落とさんと鉤爪を振るう。

 飛行手段を奪えば自分の土俵に持ち込めるという条件は、ドラゴンダムドも同じだった。

 しかし――怒りに震えても、銀姫はそれを失念してはいなかった。

 

 銀姫の姿が――ドラゴンダムドの視界から消える。

 

『何ッ!?』

 

 振り抜かれた鉤爪は空を切る。ドラゴンダムドの視界に残るのは、散ったオレンジ色の羽根のみ。

 

「だとしても! ――私はお前たちを、許せない!」

『ッ!』

 

 声は、背後から聞こえた。いつの間にか、銀姫はドラゴンダムドの背中に乗っていた。

 長い首で振り向き、その両手が解放されていることを確認したドラゴンダムドは、何が起きたかを正確に把握した。

 

『フライングフォームを解除して、翼を囮に――!』

「分流爪牙拳――」

 

 掌を平行に。爪を立てる。

 それはさながら、肉を前に飢えた獣の顎門。

 

「――虎咬(とらがみ)!!」

 

 虎の牙に見立てた両手で、ドラゴンダムドの赤い翼を強引に捥ぎ取る。

 ドラゴンダムドは尋常の物理法則に寄って立つ存在ではない。しかし流石に片翼では浮力を補えなかったらしい。

 一翼を失ったドラゴンダムドは、バランスを崩して墜落する。

 

『ぐ、お――!』

「……!」

 

 落下、着弾。

 竜の巨体は地に墜ちた。

 もうもうと砂埃が舞う中で、立っていたのは銀姫だった。

 

「はぁ、はぁ……」

『……私の身体を、下敷きに……!』

 

 落下の際、銀姫はドラゴンダムドの背中にしがみつき、その場を離れなかった。ドラゴンダムドの巨体は乗りこなすには充分な広さを持っており、銀姫は竜の身体を身代わりに落下の衝撃を逃れたのだ。

 

「……トラウマ」

 

 その様子に苦い記憶を蘇らせながら、クムは銀姫に向かって新たなグレイヴキーを投げ渡した。

 

「雪希!」

「応!」

 

 銀姫は後ろ手でキーを受け取り、即座に挿入する。

 

《 Gallows Monster 》

 

《 世界を救う救世主 本当に?

  欲望を求める化物 本当に? 》

 

 青と黄色の光が集まり、銀姫に重厚な星の鎧を着せる。

 グローブを克ち合わせ、銀姫・モンスターフォームは落下のダメージから身を起こしたドラゴンダムドへゆっくりと歩み寄る。

 

「さあ、地上戦だ。お互い逃げずに殴り合おうか」

『フッ……フェアのつもりか? 肉を剥いでおいて小賢しい』

 

 再びドラゴンダムドが地上で睥睨する。鎌首をもたげる竜頭を含めずともドラゴンダムドは巨体。近づくにつれて両者の体格差は明らかになる。

 女性としては高身長の雪希でも、人外であるドラゴンダムドには敵わない。

 しかし、関係ない。

 

「―――」

『―――』

 

 お互いに間合いを確かめる一拍の間の後、両者は同時に拳を撃ち出した。

 鉤爪と星形のグローブがお互いの鎧を抉り、火花を散らす。

 

「っ!」

『クッ……!』

 

 銀姫の鎧には斬裂が刻まれ、ドラゴンダムドには焦げ痕めいた爆心地が残される。

 お互いに手痛いダメージ。パワーは互角。

 二人はにぃっと口角を上げた。

 

「――シィッ!」

『グルアァッ!!』

 

 ノーガードでの打ち合い。防御を捨て、ただ殴り合う。

 破壊の拳が舞い、命を刈り取る鉤爪が奔る。

 お互いにどちらが先に相手の致命を捥ぎ取るかの勝負。命をBETした、チキンレース。

 叩き込まれ、ねじ込まれ、両者の身は削られていく。

 

 果たして先に限界が訪れたのは――銀姫だった。

 

「ぐはっ……!」

 

 血を吐き出し、膝が落ちる。

 中身が人間である銀姫と根っからの怪人であるドラゴンダムドでは、そもそものタフネスが違った。

 

『ガハハッ、残念だったな』

 

 ドラゴンダムドは牙の間から血の泡を吹き零しながら、くぐもった笑い声を上げる。ハイになっているのか、らしくないテンションで。

 

『人間には限界がある! 悲しいかな、だからこそ我らダムドが執行者なのだッ!』

「――だけどその限界を伸ばすことはできる」

 

 ひゅん――と、放物線を描く小さな影。

 クムの手から投げられたグレイヴキーは、三度銀姫の手へ収まった。

 

『――まだやるか!』

「やるさ」

 

 口の端から血を流しながら、銀姫は笑う。

 

「それが約束だからね」

 

《 Gallows Unbreakable 》

 

《 悲劇を止める! 何故?

  敵を絶滅する! 何故? 》

 

 歪んだ電子音声。

 紫の光が生まれ、集う。

 

『! ――それはッ!』

 

 一瞬見せたドラゴンダムドの動揺。それは心なしか、閉ざされた右目から発したように見えた。

 その隙が、銀姫の更なる変化を完了させる。

 

「ふぅ……これはいいね。痛みが引いた」

 

 両頬に刻まれた紫の亀裂。そして胸甲と両腕の竜が如き篭手。

 銀姫・アンブレイカブルフォームが起つ。

 

 その鍵に刻まれた無痛の効果によって、限界を迎えていた銀姫の肉体は再度立つ力を手に入れた。

 だがそれは、奇跡ではない。

 ゆえに有限。

 

『痛みを無視しても、ダメージが消えるワケではない!』

「ああ。だからそれまでに決着をつける!」

 

 走る。肉迫する。

 グロッキーなのはドラゴンダムドも同じだ。華麗なフットワークで外に逃げるだけの余力はない。

 だから正面から迎え撃つ。ドラゴンダムドは武術の構えを見せ、迫る銀姫を迎撃した。

 

 鉤爪付きの正拳突き。銀姫は正々堂々と篭手を合わせる。

 耳障りな音を立てて引っ掻きながらも、鉤爪の先端は後ろへと流された。つまり不発。

 

『グオオオォォーーッ!!』

 

 次弾。内側にまで首を丸めてのブレス。

 己の腹までも焦げるが、背に腹は代えられない――否、腹に命は代えられない。

 

 吹き付ける灼熱の息が、銀姫を焼き焦がす。

 装甲は溶けて、肌が捲れ上がる。

 だが痛みを感じない銀姫はまだ止まらない。

 

『グ……ルオオォォッ!!!』

 

 最後の手段。

 ドラゴンダムドは、己の内で紫電を暴発させた。

 

 今まで角で発してきた雷を、身体の中から爆発させる。

 無論、タダでは済まない。掌の上で爆竹が爆ぜるのと、胃の腑で弾けるのとではワケが違う。

 それでもダムドだ。執行者だ。己の痛みを恐れて負ける――それだけはしない。

 

 紫電が炸裂する。

 角からチマチマと撃ち放っていたのとはまるで違う、逆立つ滝壺の如き電圧が銀姫を襲う。

 

 だが。

 それでも、銀姫は全てを無視して突っ切った。

 

「おおおおおぉぉぉーーっ!!!」

 

《 Unbreakable Execution Finish 》

 

 銀姫の吠え声に混ざるように、歪んで電子音声が鳴り響く。

 集結した紫の光は篭手に。それをそのまま、もはや倒れ込むような勢いで押し当てる。

 

 光は爆ぜた。

 雷を塗り替え、ドラゴンダムドの胸で。

 

『―――――』

 

 無音。

 唐突に訪れた静寂の中で、銀姫が倒れ伏す。

 

「雪希!」

「あっ……ぐっ……!」

 

 鎧は光となって消え、ボロボロになった雪希がその場に残る。

 当然アンブレイカブルフォームの無痛効果もなくなり、雪希の全身は耐え難い痛みが襲っていた。

 

 ドラゴンダムドからすれば、絶好のチャンス。

 

『君の――』

 

 伏して倒れる雪希を見下ろし、ドラゴンダムドは、

 

『――勝ちだ』

 

 抉られた半身を崩しながら、勝者を讃えた。

 

 ドラゴンダムドは瘴気を散らしながら、元の姿へと戻る。

 

「死を恐れぬ特攻。お見事だったよ」

 

 やはり半身をなくした姿で、ドラゴンダムドは雪希を褒めちぎる。

 ほとんど相打ち。だが辛うじて勝敗を制したのは雪希だった。

 その勝因は、ドラゴンダムドの迎撃の一切に怯まなかった――それに尽きる。

 

「普通は反射で身を守るものだが、君にはそれがなかった。捨て身――と断じてしまうのは簡単だが、何が君をそこまでさせた」

「……約束、だって言ったでしょ」

 

 全身を走る痛みに、喘ぎながらも雪希は真摯に答える。

 それが激闘を繰り広げた、相手への礼儀だ。

 

「もうそれしか残ってないなら、それを守るだけだよ」

「守るものを守る強さ、か。天晴れだよ。らしい(・・・)強さだ」

 

 ドラゴンダムドは満足げに笑うと、黒い瘴気に溶けていく。

 クムは、切なげにその最期を見届ける。

 

「ここまでだな。まあ、侵入者避けの置物としては上々か」

「……藤」

「違うさ、少女よ。ここでは、何もかもが」

 

 千切れ、風に眼帯が攫われる。露わとなった片目は、優しげにクムのことを見つめ返していた。

 

「気にすることも、憂うこともない。だが、覚悟しろ。次に会う者は――本物だ」

「……うん。分かってる」

 

 覚悟を決めたクムの頷きに、ドラゴンダムドだった少女は小さく笑った。

 

「なら、いい」

 

 その言葉を最後に、ドラゴンダムドは消滅した。

 

 黒い瘴気が吹き消えた広場で、雪希は咳き込む。

 

「げほっ、げほっ!」

「雪希、大丈夫!?」

「へいき……とは、言えないな」

 

 フルフルと、子鹿のように脚を震わせながら立ち上がろうとする雪希。だがその懐から、小さな物が転がり落ちた。

 

「! マリードール、が」

 

 落ちたのはマリードール。銀に接がれたハズのそれは、再び罅割れ、砕け散りそうになっていた。

 

「……今の戦いで限界を迎えたんだ。まあ、元から壊れてしまいかねない激戦だったから」

「生き残れただけ、マシか。でも、どうしよう」

 

 ようやく身体を起こせた雪希は手の内に収まった無惨なマリードールを見て嘆息する。これでは変身できない。

 

「参ったなぁ、次は管理者? 戦いになる?」

「……なる、かも。確定ではないけど」

「はー。どうしよっか」

 

 溜息をつき、雪希は思案する。契約は管理者に会わせるところまでだったハズだが、当然クムが殺されては意味がない。

 悩む雪希を見て、クムは口を開こうとする。

 

「一応、他に手は――」

「――あったところで、無意味だけどねぇ」

「!!」

 

 激痛の走る身体に鞭を打って、雪希は無理矢理立ち上がって爪牙拳を構える。その必要がある声だった。

 

 広場に舞い降りたのは、堕天使めいた翼を広げた、ドレスの女。

 

「アサルト、ダムド!」

「はぁい。その通りよ」

「復讐鬼のお通りさ!」

 

 頭と胸。二つある顔がケタケタと笑う。

 その片腕は先刻のダメージが残っているのか、黒く焦げねじ曲がっていた。

 雪希は満足に動けない身体に歯軋りする。

 

「こんな時に……!」

「何言ってるの? こんな時だからきたんじゃない!」

「お前たちがクソドラゴンと潰し合ったこのタイミングでさぁ!」

 

 瘴気が集まりアサルトダムドの姿が変化する。片角を折られ、右腕をひしゃげさせた黒鉄の巨体。

 手負いだが、今の雪希は変身できない。

 

『ずっとずっと待ってた。あの屈辱を受けてから虎視眈々と』

『堪えて、ひずんで、憎しみに煮えくり返りそうになりながらもねぇ!』

 

 声は歪んでいた。激情を抑えきれず、焼き焦がされた叫び。

 

『今なら確実に殺せるッ!』

『死になさい死になさい死になさい』

「くそ、狂ってる……」

 

 もはや使命すら頭の片隅なのだろう。同じ執行者であるドラゴンダムドを見捨てたのがその証拠。

 アサルトダムドの思考は既に憎悪で埋め尽くされていた。バグを引き起こしているのかもしれない。

 吹き付けてくる猛烈な殺意に、雪希はせめてクムだけでも逃すべく思考を巡らせ始める。

 

(私を囮に、でも奴はクムの死が私に効くってことぐらいは分かってるハズ。そのくらいの悪辣な手は打ってくる……!)

 

 飛行するアサルトダムドに生身の雪希では追いつけない。クムの脚では当然逃げ切れない。

 万事休す。

 

『さあ! 嬲って潰して切り刻んで掻き混ぜて――』

 

 アサルトダムドがその狂気を発露させようとした瞬間。

 

 空が、光った。

 

「――え」

 

 大空の天蓋。閉ざされた世界とは思えない広い広いそこで、太陽とは別の光源が輝く。

 天を切り裂く光は徐々に収まり、現われたのは、

 

「船?」

 

 巨大な、船だった。

 船体は赤と青。近未来的なデザイン、というよりは艦橋まであって宇宙戦艦のようだ。

 ところどころに銀のラインが走っていて、左右には翼のように光の(セイル)が広がっている。大きさは空にある所為で計りづらいが、少なくともクルーザーより遥かに大きい。

 

「な、なんだ!? 異星人の侵略!?」

「いや、分かんないけどアレは」

「――い、いたいたぁ~~~~っっ!!!」

「「!?」」

 

 その時響き渡ったのは少女の声。

 声は上から降ってきていた。いや、声だけではない。本体も。

 

 水兵(セーラー)服に水兵(セーラー)帽。胸まで伸びた銀髪を二つ結びのおさげにした少女だった。

 溌剌な表情をしていて快活な性格であることが窺えるが、肌は白い。

 何より特徴的なのは、右目が青、左目が赤のオッドアイであること。

 どちらも宝石のように美しく、生き物でないかのように神秘的な光を湛えていた。

 

 そんな少女が、スカイダイビングさながらに降ってきた。

 少女は降りてくると、そのままクムへと抱きついた。

 

「わぷっ!?」

「うわ、ちょ」

 

 高高度からのダイブ。からの飛びつき。

 あまりに唐突でうっかりスルーしてしまったが、しかしクムに特に怪我はないようだ。

 少女はクムの小さな体躯を抱きしめてぴょんぴょんと跳ねている。

 

「やったやった、やっと会えた! はぁ~、来た甲斐があったな~!」

「……ぷはっ、あ、貴女、ユア(・・)? な、なんでここに」

 

 クムは抱きしめられた腕の中から顔を出し、少女の名を呼ぶ。

 その親しげな様子から、雪希は姉妹か何かかと想像した。銀髪も同じ色だ。

 しかし、それは誤りだったと直後に悟る。

 

 セーラー帽の少女はにぱっと笑って言った。

 

「探しに来たに決まってるでしょ! ――お母さま(・・・・)!」

「!!!!????」

 

 降ってきた少女、ユア。

 十代中頃の彼女は、ハッキリとクムを母と呼んだ。

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