治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた   作:甘朔八夏

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【二章更新開始 告知用閑話】
来週より本編の更新を再開します(1月中に1話投稿)。長期の更新停止はしないことを宣言いたします。週に一話以上の更新に努めますので、読んでいただけたら幸いです。
「R.I.P.」は書いていて本当に辛くなったので、もう一話コメディチックな日常回をつけました。



番外編
閑話 R.I.P.


 

 

 

 

触るな!!!

 

 

絹を裂く叫び声に、礼拝服を着た女性がびくりと肩を跳ねさせる。ソアレはふらつく足取りで遺品を飾っていたテーブルまで走ると、自分とお揃いだったロザリオをひったくるように掴んだ。

 

「お願い。触らないで……」

 

ソアレは泣き腫れた顔にさらに涙を重ね塗りして、その場にしゃがんだ。胸に抱えた彼のロザリオは冷たくて、痛くて、このまま絶望に押し潰されて消えてしまうことができたなら、どんなに幸せだろうと(こいねが)った。

 

 

 

 

 

——教会には、本当にたくさんの人がラスタに会いに来た。

 

ソアレのよく知る、冒険者の友人や教会の司祭。毎日のように顔を合わせていたギルドの職員。

ソアレの知らない、彼が贔屓にしていたお店の店主や常連の客。果てはラスタがよく訪問治癒をしていた足の悪い老人たちまで。

 

ソアレはラスタの幼馴染で、ラスタが生涯を過ごした「雷霆への祈り」のパーティリーダーだった。ラスタに会いに来た彼らを、ソアレは応対する必要があった。

 

ソアレにはできなかった。

声が反響する。疑問で心が埋まっていく。

 

『なんであなたたちは生きているの?』『どうしてボクはまだ生きているの?』『なぜ世界は当然のように続いているの?』『終わらないの?…ラスタがいないのに?』

真っ黒な文字が言葉が記憶の中のラスタの顔を塗りつぶす。見えない、見えない、見えない。彼の顔を思い出すことができない。聞こえない。何も聞こえない。聞きたかった。ただ思い出したかった。

 

——ソアレ。

 

声を。

 

——ソアレっ!!

 

声を。

 

——すくいを

 

祈りを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ソアレ。深呼吸をしてください」

 

ロザリオを握ったまま泣きじゃくるソアレの肩に、弱々しい手が置かれた。顔を上げた。キキョウはソアレを見下ろしながら微笑んでいる。

 

仮面だ。

 

ソアレは直感した。貼り付けた笑みは偽物で、人形のようだった。醜く弱い本当の顔に、触れたら壊れてしまう脆い脆い仮面をつけて。それだけで、キキョウは皆と向き合っていた。

 

「キキョウ」

 

立ち上がったキキョウを呼ぶ。最後まで発音ができなくて、ソアレの視界がじわっとぼやけた。

 

 

「突然、すみません。祈りを捧げようとしてくれていたのですね。万が一、一般の方がラスタの物に触れると瘴気に侵されるかもしれません。どうかご理解ください」

 

ソアレの叫びに怯んだ女性に、キキョウは優しく語りかける。女性はひどく申し訳なさそうに眉を下げ、キキョウに頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

 

その謝罪は、いまだ立ち上がれないソアレにも向けられた。

 

「……あ、」

 

頭を締めつける激痛が襲って、ソアレは弾かれたようにその場から逃げ出す。

かちん、と金属音が小さく響く。首にかけた自分のロザリオと、手に持ったままの彼のロザリオがぶつかった。

 

 

教会を飛び出した途端、石段に(つまず)いて転ぶ。反射的に手をついた。ちくりとした痛み。小石の刺さった手のひらから血がにじむ。傷。傷。

 

「……ラスタ」

 

 

どうしてボクを置いていったの?

 

 

限界だった。決壊した心は形を失って破裂した。道の真ん中で、ソアレは大声をあげて泣き出した。

 

 

 

 

 

 

遺書と呼ぶには軽すぎる手紙が、ラスタの鞄の奥の奥から見つかった。ソアレの分と、キキョウの分と、ハイネの分。

 

キキョウと話し合って、ソアレはハイネの分を読まずに燃やすことにした。

 

チリチリと燃える紙に、『ありがとう』の文字が見えた。

 

この炎の中に飛び込んで、煙となって消えてしまいたいとソアレは願った。彼からの手紙を読まないでいられたら、その願いは叶っただろうに。

 

 

『ソアレ、大好きだ。どうか幸せに生きてほしい』

 

 

手紙に書かれた告白は呪いだった。彼を追うことを禁止する、ひどく残酷な命令だった。

 

きっと何もかもが上手くいっていた過去に書いたのであろう、ソアレたち三人を絶賛するファンレター。彼女たちと一緒の時間を過ごせた喜び。感謝。最初から「ラスタ」は存在しなかったのだとでも言いたげな別れの挨拶。

 

 

 

「……はは。これが、罰なんですね」

 

魂の抜けた声で、キキョウが言った。宝物のように丁寧に丁寧に、キキョウはその手紙を折り畳んで懐に入れた。

 

閉め切った宿の一室。キキョウは刀を抜く。よく研がれた刀身は銀色の輝きを放つ。

 

「…キキョウ?」

 

 

鞘を鈍器のように持ち、刀の切先を床にあてた。側面の刃紋に反射した顔が写っている。

和装の少女は、血反吐を吐くように笑った。

 

「ふふ。真っ()っか」

 

刀の側面に(さや)を振り下ろす。ガキン、と刀が甲高い悲鳴をあげた。

 

「私が刀を振るっても、もうあなたは返り血を一緒に浴びてくれない」

 

刀身を叩く。

 

「私の大切な苦しみを全部奪ったまま、あなたはいなくなってしまうんです」

 

刀身を叩く。

 

「痛いです。とても。とても。ねぇラスタ——」

 

ぱきん。呆気なく、キキョウの刀は真っ二つに折れた。ソアレは目を剥く。ずっと彼女が愛刀を大切にしてきた所を見てきたから。

 

「——これでも私が逃げなかったと言えますか?」

 

 

キキョウはゆらりとソアレに顔を向ける。ソアレはびっくりした。研ぎ澄まされた武人の面影は、もはや彼女になかった。道半ばで折れた(なまくら)のように、キキョウの瞳は汚れ濁っている。

 

「あの人たちは本当に。困ったものですね」

 

折れた刀はもう何も斬れない。

 

 

 

 

 

 

「ハイネの(ひつぎ)を作りませんか」とキキョウは言った。ハイネは魔族であり、ソアレたち人族とは宗教が違う。女神を信仰するのは同じでも、その細部は異なっていた。例えば、人族と魔族の棺は種類が異なる。生まれ変わるまで、それぞれの天国で過ごす。

 

いまだに魔族は人目を忍んで生きる者が多く、その事実を知る人族はそう多くない。

 

 

しかしキキョウは知っていた。ソアレはそのことを知らなかった。ソアレの前で、羊角の彼女は一度もそのことを言わなかった。

 

ハイネが女神教をまっすぐに信じるソアレを尊重していたことを、ソアレは今の今まで知らなかった。

 

 

「黒い棺、なんだね」

 

何もかもがぽっかりと抜け落ちたソアレの言葉に、キキョウは穏やかな声を返す。

 

「えぇ。長命種である魔族は、人族より長く身を焼かないと、女神様のもとへ帰ることができないと言われています。だから棺は、長時間燃える木炭で作らなければなりません」

 

 

キキョウは語った。

女神教と同じく、魔族の宗教では火葬を是とする。灰とともに魂が天に昇り、女神様のもとへ帰るのだと。

 

「あっ」

 

棺に釘を打っていたキキョウが小さく声を出した。手元が狂ったのか、金槌の下では金色の釘がうまく刺さらず、真ん中でぐにゃりと曲がっている。

 

二人で、その曲がった釘を見下ろした。キキョウはその釘を引き抜く。捨てるのだ。失敗作を捨てる。ソアレは羨ましさを感じた。失敗したら、捨ててもらえるから。消えていなくなれるから。

 

「……ハイネは」

 

キキョウがソアレを見上げた。渇いた喉を潤すように唾を飲んで、それでもからからの声をしぼり出す。

 

「迷惑だったでしょうか。私たちとの冒険は、生活は疎ましかったんでしょうか。ハイネにとって、私たちは……見捨てていい、存在だったんでしょうか」

 

それはきっと懺悔だった。ソアレは敬虔な信徒だったから、その言葉を、苦しみを、ひたすらに受け止めてあげなければいけなかった。

 

 

「……そんなこと、ないよ」

 

しかし、ソアレはキキョウの言葉を否定した。キキョウを救うための拒否では、きっとなかった。

 

受け止める勇気がなかったのだ。一緒に悲しめる余裕がなかったのだ。ソアレの心は彼でいっぱいだった。彼とハイネを天秤にかけている自分に吐き気がした。

 

「ハイネとボクたちは、仲間で、友だちで、家族だった。ボクら、ずっと信頼しあってたよね?信じてた。ううん、今だって信じてる。…ハイネは優しいから、ひとりぼっちのラスタと、お別れできなかったんだよ」

 

薄い言葉。ぺらぺらの、聖書の1ページよりも薄くて、彼の言葉の千倍も軽い言葉。

 

キキョウはソアレの返答に、ほんの少し痛みの癒えた顔をした。ソアレの頭は真っ白になり、視界がちかちかと瞬いた。

 

(やめて)

 

そんな表情をしないで。

 

 

また棺の製作に意識を戻したキキョウに、ソアレは怯えた目を向ける。自分の言葉が誰かの心に触れるのが怖かった。自分がいるせいで、誰かが変わってしまうことが耐えられなかった。

 

とん、かん、かん。

安息日を侮辱する作業の音が響く。ソアレの頭は幼児の落書きのような、ぐしゃぐしゃの殴り書きに埋め尽くされていく。

 

ソアレは息継ぎをしようとして、

 

「召されるところが違うなら、ハイネとラスタは一緒に空へ昇れないかもしれないね」

 

言った。自分の口から出て、形を成した言葉にびっくりした。キキョウは作業の手を止めて、ソアレを見た。十秒を超える沈黙があった。

 

「そうですね」

 

キキョウはそれだけ言って、棺作りを再開した。

ソアレは目を細めた。日の光が眩しかった。澄み切った青空を仰げなかったのは、光から目を背けてしまったのは、きっとそのせいだ。ソアレは自分の言葉を、まだ口の中で反芻している。何度も。何度も。

 

 

———私に英雄(ヒーロー)は不相応。

 

 

いつかのハイネの言葉が、うわん、と耳の中で反響した。

 

 

……ハイネがヒーローじゃなかったら、ボクは何なのだろう。何も守れない。いたずらに人を傷つける無力な自分。悪魔。悪魔だろうか。ボクは何をしているのだろう。

 

これからどうやって生きたらいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

葬儀はつつがなく終わった。ハイネは街を守った英雄として表彰され、爵位まで与えられた。魔族に貴族位が与えられるのは初めてのことで、これから魔族の社会的地位が上がることが期待された。

 

ハイネの願い通りに。

 

「言ってましたもんね。魔族の偏見を私が打ち払うって」

 

ハイネは、報われたでしょうか?

 

 

キキョウの小さな呟きが、二人きりの部屋に溶けていく。いつも、ソアレはキキョウと二人部屋だった。ラスタもハイネも別の部屋を取っていたから、部屋の広さはいつもと変わらないはずだった。

 

しかしその一室は、ソアレにとってあまりに広く感じた。

 

 

 

二人の私物を漁っている。一つ残らず、思い出があった。キキョウが掲げた杖は、ハイネが作った誰でも爆発魔法の使える杖だった。

 

「使った人の腕も爆発しちゃうんだっけ」

 

「そうでした、そうでした。それを知らずにソアレがこの杖を使って———」

 

 

言い淀む。二人は路傍の献花でも見たように硬直し、気まずそうに目を逸らした。

 

そう、()()()のだ。彼が。

 

 

本当は、治してなんかいなかった。

傷病は、彼に奪われていた。

彼は、自分たちの苦しみを全部抱えて笑っていた。

彼は、ソアレたちに笑っていてほしかった。

 

それだけだった。

 

 

 

ソアレは彼の鞄を覗き込んでいる。分厚い服を引っ張り出す。広げる。

 

それは法衣だった。彼がいつも身につけている法衣だった。

 

 

 

彼は最期まで幸せに生きられるはずだった。

ボクたちが邪魔したんだ。

ボクたちが「死なないで」ってわめくから、ラスタはボクたちのために苦しんだんだ。

ボクが冒険者だったから。

ボクが剣を握ったから。

 

 

 

ソアレは、目の前に広げた法衣をすっぽりと被った。

法衣から、彼の匂いがした。

 

 

「——ね、キキョウ」

 

その匂いは。その布の重みは。痛かった。今まで感じたどんな痛みよりも、痛かった。

 

声が震える。にじむ視界。光が印象派の絵みたいにぼんやりと広がって、目に見える世界は絵本の中のようだった。

 

 

「ボクが剣士なんか、冒険者なんかやってなかったら。らすたは、幸せに。……しあわせに生きられ″たっ、の、かな?」

 

ずっと一緒だった。

隣で笑っていたかった。

 

『かっこいいから』

 

剣を握るのは憧れだった。エゴだった。それならそれなら、自分はただ剣を振れない自分を受け入れてラスタの隣にいるだけで満足していたら、

 

 

 

頬に冷たい衝撃が走った。

すぐに熱が上ってくる。キキョウはソアレの頬をぶった手をおろさずに、睨むようにソアレを見た。

 

「……ラスタは、あなたが剣を振るうのを見ることが好きでした」

 

キキョウの目からつう、と涙が溢れた。キキョウが泣くのを、ソアレは初めて見た。

 

「あの人の好きを、他ならないあなたが、否定しないでください」

 

 

くしゃりと歪んだ顔を、感情ごと押し付けるみたいにキキョウはソアレに抱きついた。温かかった。キキョウの体は温かかった。生きていた。

 

ボクたちは置いていかれたんだな、とソアレは本当の意味で理解した。

 

 

「———っ、」

 

ソアレはキキョウを抱きしめ返す。二人の泣き声が混ざり合う。その慟哭(どうこく)は二人分しかなかった。寂しかった。悲しかった。もう一度話をしたかった。

 

 

ねえ女神様。これは罰なんですか? ボクがラスタと会ってしまった罰。特別な力を持つラスタはやっぱり女神様の御使(みつか)いで、ボクみたいな普通の子とは本来関わっちゃいけない人だったんですか? ボクの病気を治してくれたことも、ボクと一緒に教会でお祈りしたことも、ボクと一緒に二人きりで夜空を見たことも、

 

ボクと一緒に冒険者をしたことも。

 

 

——ソアレ。

 

彼の声が聞きたい。

 

——ソアレ。

 

彼の顔が見たい。

 

——ソアレ。

 

彼の温度を感じたかった。

 

 

 

 

「——ソアレ」

 

声が、耳をくすぐった。目を開ける。正座した(すね)に、何かを握る手に熱を感じた。自分がベッドに座る誰かの上で、セミのようにくっついていることにソアレは気づいた。

 

顔をほんの少しあげる。

 

「大丈夫か。すごくうなされてたから」

 

「……ラス、タ?」

 

「ああ、俺だ。俺はここにいる」

 

ラスタの声がソアレの鼓膜を揺らした。ラスタの瞳がソアレを捉えていた。ラスタの手が、ソアレの手を握っていた。

 

さきほど夢想した景色そのままだった。

 

頭突きをする勢いで、目の前の青年にすがりつく。

 

「——ゔっ」

 

ただでさえ近い距離をもっと縮める。触れていない部分がないくらい密に。彼の素肌の凹凸まで分かるくらい強く。

 

 

それでもソアレの心は絶望していた。

 

分からない。これが現実なのか分からない。ぼんやりする思考はしゃぼん玉のように儚く、気を抜けば意識が途切れてしまう気がした。

 

またラスタのいない現実に、帰ってしまうような気がした。

 

「ソアレ」

 

ラスタは何度も名を呼ぶ。その声が鼓膜を揺らす前に、ぱちんと割れて消えてしまうことをソアレは心から恐れた。

わからない。ソアレには、どちらが夢でどちらが現実なのか、何もわからなかった。

 

 

 

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