治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた 作:甘朔八夏
【二章更新開始告知用閑話】
本編開始前の日常回です。
汝、性に誠実にあらんことを。
女神教の教義の一節である。うろ覚えなので普通に間違えてるかもしれないが。
何を言ってるかというと、
「…えっちなこと?同意があるならしてもいいけど、相手のことを考えなかったり、嘘ついたりは絶対だめ!浮気・不倫なんて論外だから!」ということである。
婚姻前の性交渉だとか、重婚だとかを禁止していない分、元の世界の某宗教よりはかなり寛容だ。
「——いらっしゃいませ、聖職者さま!女の子とお話して、日々の疲れを癒してくださいね」
だからこそ、こういうピンクな店にも法衣のまま行ける。
……言い訳をさせてくれ。俺の所属する冒険者パーティ「雷霆への祈り」は、男1女3の、下卑た言い方をするとハーレムパーティだ。
男一人は楽園か? まさか、とんでもない。むしろ異性しかいない環境というのは、ものすごーく気をつかうのだ。
同性にしか話せない話題というものは男女ともにあるし、気の知れた異性だからこそ距離感にも気をつけないといけない。
ここで明言しておこう。おれはソアレたちを性的に見ないように、精一杯努力しているつもりだと。
しかし男とは馬鹿な生き物で、どれだけ理性を働かせようと溜まってしまうのだ。
「そちらに座ってお待ちくださいね」
つまり、俺はソアレたちを性的に見ないためにこの店の女の子たちと少々下世話な会話を楽しませていただくわけである。
そのためにソアレたちからのお誘いを断り、謝り、誤魔化した。そしてこそこそと、歓楽街の奥の奥にある大きくはないが品のいい接待飲食店にやってきたのだ。
この世界では初めてのそういうお店なので、実は少しドキドキしている。
え、風俗じゃないのかって? 瘴気塗れの身体でどうやって脱ぐっていうんだよ。
それに、バレた時のリスクを想像すると……店に視線を送ることすら怖い。……今日は、本当に警戒していたからバレてはいないはずだ。こんな店に行ったと彼女たちにバレたら……そう思うとぞっとした。
受付の女性に「ありがとうございます」と微笑みを返し、俺はソファシートに腰掛けた。
「聖職者様はどんな子が好みですか?」
「……そうですね」
好みというか、ここで関わりたい女性は……。
———安心して、ラスタ!ボクがぜったい守るから!
「いつも笑顔で元気いっぱいな感じ
———好きにすればいい。勝手に貴方についてきたのは私。
「淡々としたクールな感じ
———ラスタは少々頑張りすぎです。私がやっておきますから、今日はゆっくりしていてください。
「落ち着いていて真面目な感じ
受付の女性は困った顔をしていた。要求が多くてごめんなさい。でも、これは絶対外せない。お店の女性から、彼女たちを感じたくないのである。
「……完全に条件を満たしているかは分かりませんが、一人、聖職者さまのご希望に近い子がいます」
「! 本当ですか!ぜひその子とお話したいです」
「——よ、ようこそお越しくださいましたぁ……わたわたわたしが、精一杯お相手つとめさせていただきましゅ」
……微笑ましいものを見つめる顔になるのを、俺は必死でこらえた。
明らかな新人さんである。オドオドと俺の顔色を上目遣いにうかがう姿は小動物さながらで、なるほど彼女は元気いっぱいでもクールでも落ち着いてもいない。
「突然指名してすみません。貴女みたいな可愛らしい方とお話できて、男冥利につきます。よろしくお願いしますね」
緊張をほぐそうと、丁寧な言葉遣いを心がける。教会で人々に治癒をしている時の営業スマイルを浮かべた。
「は、はひ……」ぐ、手ごわい。俺の聖職者スマイルで心のほぐれない人がいるとは。……まあ今の俺、聖職者でもなんでもないもんな。欲求に従って女の子と話す店に来た客。そいつの営業スマイルうさんくさっ。自分で罵倒して自分で傷ついた。
話を聞くと、彼女はつい先日この店に採用されて、俺がほぼ初めてのお客さんらしい。そりゃ緊張するわ。
「お、お仕事は何されてるんですか?」
「冒険者をやっています。最近Bランクに上がることができまして……」
「Bランク!?」
新人ちゃんが初めて大声を出した。周りから視線が集まったことに気づくと、彼女は「すみません……」と蚊の鳴くような声で謝ってきた。
「いえいえ。驚いてもらえて嬉しいです」
俺はイタズラっぽく笑う。Bランクといえば、冒険者としてはベテランの域に当たる。Cランクで一人前の冒険者として認められ、そのランクで冒険者人生を終えることもそう多くない世界である。
その理由は、やはり魔物がすべからく死の呪い「瘴気」を纏っているから。とどのつまり、ある意味Bランク以上の冒険者パーティは、命知らずの異常者という側面もあるのだが。
「すごい……」と目をキラキラさせる新人ちゃんに、「仲間に恵まれまして」と手を振る。
「それで、ラスタさんは治癒師をなさっているんですね!……ラスタ。治癒師。っまさかラスタさんのパーティって『雷霆への祈り』ですか!?」
貼り付けた笑みのまま、俺はぴしりと固まった。なぜそれを。……そりゃあ、ソアレ率いる女傑たちが華々しい武功をあげているため、冒険者の界隈で俺たちの名はかなり売れてきている。
冒険者の界隈では。
「よく、わかりましたね。お友達に冒険者がいたり?」
平静を装って質問すると、興奮に揺れていた彼女の瞳がしゅうっと小さくなった。
「……えーっと。あはは。冒険者、調べるのが趣味というか、なんというか」
彼女は笑った。誤魔化すように笑った。俺にはその笑い声が、彼女自身を嘲笑しているように聞こえた。
どくん、と胸が跳ねた。店の雰囲気からしても、彼女の詮索を拒むような態度からしても、俺はこの話題を「そうなんだ」と流すべきだ。
しかし困ったことに、俺は聖職者だった。
「……今から独り言を言います」
俺の呟きに、彼女は顔に困惑を浮かべた。
「貴女の隣には、おあつらえむきにB級の冒険者がいる。冒険者に関する悩みなら助けになれるかもしれません。そして俺は悩みの内容を決して口外しません——女神様に誓って」
彼女は小さく息を飲んだ。視線を所在なさげに彷徨わせ、やがて下を向く。そのままじっと黙っている。彼女は、何も言わなかった。
……そろそろ独り言は終わりだ。言いたくない悩みも、言って事態が悪化する悩みもごまんとある。俺のおせっかいが迷惑になる前に新たな話題を———
「でもっ」
か細い声で彼女は言った。
「……私は、仕事をしていて。ラスタさんはお客さんなんです。そんな、私ばっかり話したら、それは」
……なんだ、そんなことか。律儀な様子に思わず苦笑が漏れた。
「そう、俺は貴女のお客さんです。だから貴女と話したい。貴女のことが知りたい」
「——!」
所在なさげに膝の上で動いていた両手が、止まった。
「初対面の女性にここまで詮索するなんて、俺はひどい男ですね。なにかお詫びをさせてくれませんか?」
おどけて言うと、彼女はくすりと笑った。膝の上でぎゅっと拳を握り、つっかえた言葉を吐き出すように口を開いた。
「———私、旅が好きなんです。子供の頃に読んだ旅行記に、憧れて、夢見て。でも、街の外の世界って、いつ魔物に襲われるか分からないじゃないですか」
だから、私は冒険者になりたかった。
懐かしむように、彼女は胸のうちを語る。
「魔物と戦える体も、魔法を扱える頭も、持ってなかったんです。私は街の中で安全に暮らさないといけないんです。行商人を志そうとも思った。でも、両親は認めてくれませんでした。
魔物から逃げる力さえ無いならば、娘を危険に送り出すことはできないって。その通りだと思います。
私は見れないんです。街にあるどんな建物より高い滝も、山全体が桃色になる花吹雪も、だだっ広い湖から昇る宝石のような日の出も」
目の前の少女は小さかった。彼女の体から緊張はすっかりほぐれているのに。
彼女はもう諦めているのだと、俺は悟った。
「……西の門の上に、登れることを知ってますか?」
突拍子のない質問。俺が尋ねると、彼女はハッとした顔で俺を見上げた。
「はい、とても好きな場所です。外の景色が見渡せるし、何より———」
「「夕焼け」」
声を揃えると、彼女は目を見開いた。俺は言葉を続ける。
「世界が真っ赤に染まるあの景色。案外静かな門の上。別世界に俺だけが取り残されたような、独り占めしたような気分になります」
彼女の瞳は揺れていた。ぱくぱくと開いたり閉じたりする口は、何かを言葉にしようと震える。堤防が決壊したかのように、彼女はこちらに身を乗り出した。
「そう!そうなんです!南西を背に外を一望すると、草原だけが見えるんです。まるでこの世から夕日の色以外が無くなったかのような、あんな景色が好きで、自分のちっぽけな世界がわっと広がるあの感覚が、大好きで」
「……では、あそこの宿屋の屋上は?」
「もちろん行きました。正方形の屋上のちょうどど真ん中。暖炉の余熱で暖かくなっている床に寝転ぶと、一晩中星空を楽しめるんです。あの輝きは忘れられません」
彼女は街中の隠れた絶景を、
高揚のためか、俺にほぼ触れそうな近距離で街の中の
「冒険、大好きなんですね」と言うと、彼女はぽかんとした後、少し照れたように笑った。その笑顔に
所詮は街の中だけの冒険もどきだと、我に返った彼女は静かに首を振った。
俺はそんな彼女の目を見て、言った。
「貴女は、旅をすることができます」
彼女は魔法を使えない、と言ったが、それは冒険者として戦う場合の話だ。
つまり、
転移魔法。
事前に極めて詳細な座標設定をしておく必要がある上に、必要魔力量がかなり多いためほとんど誰も使っていない魔法。
彼女の魔力量は意外にも多かった。そして、街の名所を語る時、彼女はその場所を詳細に覚えていた。旅への熱量と、その座標能力があれば。
ただ一度、魔力が満タンの時にたった一度使う場合に限って、このクセの強い魔法は彼女の夢を叶える。
説明をする間、彼女は口をわずかに開けながら、決して俺から目をそらさなかった。
「……私でも、使えますか」
「ええ、きっと。幸い俺のパーティメンバーに、その魔法を使いこなす者がいます。先人がいるなら可能性はぐっと上がる。たった一回の緊急用としてなら
……
『
そうそう、ちょうどあんな風に…………
は?
「やぁハイネさん!助かったよ、さっきキッチンの一人が急用で帰って、結構キツかったんだ」
「報酬金に色をつけてくれるなら全力を出す」
「くっ、したたかな……。分かった、今日のお礼は二割増にしよう」
「オーナー。……あなたはその選択をした自分を、これから褒めることになる」
「は、ハイネさん……!」
キッチンへ向かうハイネの足がぴたりと止まる。
ぎゅん、と振り向いた視線は、俺の目の前で止まった。陸に上げられた魚のように、ぱくぱくと無様に呼吸する俺に。
魔族特有の横長の瞳孔が、猛禽類のように丸く見開かれた。
◇
お金のたんまり入った袋を勢いよくテーブルに置き、本能的に出入り口へ逃走を図った男・ラスタ。彼はハイネの『
あまりにも無様な男、俺。
たった今まで、尊敬と友愛の瞳を向けてくれていた新人ちゃんは、俺をゴミのような目で見送ってくれた。なんか誤解されてない?「……ラスタさん、パーティメンバーの方とそんな関係なのに、このお店来たんだ」ちがうよ? 待って、風評被害。さすがに女神教の司祭をやっておいてその誤解は本当にまずい。最悪破門である。嘘だろ……?女神様に直接会ったことさえある俺が……?
つーか新人ちゃん、ハイネがこの店でヘルプやってること知らなかったんだ。新人だから?そっか……。何もかも上手くいかねえや。
まさか人目を忍んで訪れた接待飲食店が、ハイネのバイト先だとは思わなかった。女神様、これも貴女のお導きでしょうか……。教会の方角が分からないので、とりあえず外から燦々とした明かりの入ってくる出入り口に祈りを捧げる。
その時。
出入り口のすりガラスに、二人分の人影が立った。
「おじゃましまーす!」
「うわぁ、ハイネがバイトしてるレストランってこんな所だったんだぁ。薄暗くてちょっとおしゃれな感じする!たまたま近くにいたから、ご飯食べに来たよ!たしか今ぐらいの時間からハイネが料理の仕事するんだよね?」
「ソアレ、少し静かにお願いします。ここは食事が中心のお店ではないので……」
「え、どういうこと?」
「えっと……それはですね。……ともかく、端の席に行きましょう」
「え、なになに!?気になるんだけど!」
ソアレは情報を得ようと他の席をぐるりと見回す。客たちはさっと顔をそらした。
「——え?」
ソアレは唖然とした表情になった。他の客に一斉に顔をそらされたからではない。むしろ
「……ラスタ?」
一人だけ、顔を逸らせなかった男がいたのだ。羊角を煌々と光らせる魔族の女にはがいじめにされている、間抜け面の聖職者が。
ソアレの隣で、キキョウの顔が能面のような無表情に変わった。
「丁度いい。ソアレ、キキョウ。私と一緒に控え室に」
「待ってくれ、せめてソアレは外に——」
「貴方は黙って。オーナー、控え室を十五分貸し切りたい。いい?」
オーナーはハイネの放つ氷のような威圧に、ただこくこくと頷くことしかできない。
「ハイネ」
キキョウは依然として完全なる無表情を保っていた。
「十五分で足りますか?」
「キキョウ!?」
「大丈夫。
「!……それは、それは。魔力は足りますか」
「全部使えば、二倍くらいには」
「我々の体感時間を三十分にできる、ということですね?」
「そう」
「分かりました。行きましょう」
「え、二人ともなんの話してるの?ボクもついて行っていいの?」
「ええ、もちろんですソアレ。これはパーティの話なんですから」
「落ち着いてくれ。ハイネとキキョウはきっと勘違いしてる。これには海より高く山より低い理由があって」
「逆では?」
「ラスタ。
「アッ、いやそういうわけではなく……引っ張らないでごめん!!俺が悪かった外へ行こう!お店に迷惑だから出よう!な!?衆目がある場所なら三十分とは言わず一時間でも話せるだからお願い待っ
新人ちゃんの誤解はきちんと解けたそうです。