治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた   作:甘朔八夏

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第二章
1.まもの


 

 

むかしむかし、あるところに、まいごのおんなのこがいました。

 

おんなのこはひとりぼっちでした。

 

もりのなかで、さみしくてえんえんないていると、おんなのこはやさしいおにいさん、おねえさんとであいました。

 

もしであわなければ、おんなのこはさみしいだけですんだのに、であってしまったので、おんなのこはこのあとずっと、くるしみつづけることになるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「——オオカミは、お腹に詰まった石の重さでバランスを崩して、川に落ちてしまいましたとさ」

 

おー、と目の前から歓声が上がる。一つだけ。

 

「赤ずきん、助かってよかった!うれしい!」

 

目をキラキラさせたマリーが高揚気味に高い声をあげる。ぱたんと絵本を閉じると、マリーは俺の方を振り向いて人差し指を立てた。

 

「もう一回!」

 

マリーは、あぐらをかく俺の膝に座っていた。

 

「……すまんマリー。ちょっと休憩させてくれ。足が痺れてな……」

 

「え、ここ?」

 

マリーは澄んだ瞳で俺の足の裏をつつく。

 

「ぎゃっ」

 

「きゃー♪」

 

俺はマリーを投げ出さないよう腕の中に抱えたまま、バランスを崩して背中を床につけることとなった。

 

 

 

ぐい、と法衣の袖が引かれる。

 

「あ。…ごめん」

 

俺の隣でぺたんこ座りをしていた金髪の少女は、たった今気づいたかのように俺の法衣から手を放した。

 

——ラスタ、治癒師でももうちょっと体幹つけた方がいいんじゃない? ボクと一緒にトレーニングしようよ!

 

俺は、そんな類いの言葉を待っていた。しかし彼女は大きな瞳をただ俺に向けている。それは相貌にぽっかりと空いた二つの穴だった。きらきらと光を反射していたはずの目は、奈落の底のように真っ暗だった。

 

「…悪い。起こしてくれないか」

 

彼女に手を伸ばす。耳元で切り揃えられた綺麗な金髪が揺れた。「うん」と、剣を振り回す姿を想像できない細腕が俺の手を掴んだ。その腕に、傷は一つもなかった。

 

 

 

ソアレ。

この街に二つしかないA級冒険者パーティのひとつ「雷霆への祈り」のパーティリーダーで、俺の幼なじみ。

彼女は悪い魔物をうち倒す女神様に憧れていて、いつも太陽のように明るい子だった。年相応のあどけない顔にはめ込まれた蜂蜜色の瞳は、あらゆる人の目と心を奪っていた。

 

このところずっと、俺はソアレの目が輝くのを見ていない。日食が、永遠に終わらない。

 

俺はソアレのために何でもしないといけなかった。彼女を変えてしまったのは、他ならない俺だったからだ。

 

「むかし聞いたお話、よくそんなに覚えてるね」

 

ソアレは笑った。快活な言葉はどこか演劇のセリフじみていて、俺はしばし返答に困る。ぎこちなく頷くと、ソアレは体を起こした俺の隣で、足を組み替えて体育座りをした。ハーフパンツからのぞく白い足から、俺は目を逸らした。

 

「うへー」と言いながら、マリーが俺の体の上から転がって降りる。窓から差し込む陽光を顔に受けて、マリーは顔をきゅっとしかめた。

 

のどかな昼。孤児院の談話室は、穏やかな平穏を享受していた。

 

 

 

「ラスタ先生、ありがとうございました」

 

背後からレオが言う。面倒見のよい彼は、俺の読み聞かせを参考までに見たいと頼んできたのだ。

 

「先生の描く絵、相変わらず可愛らしいですね。でもその割に絵のテーマが……」

 

言い淀むレオに、隣に立つマナが淡々と頷く。

 

「うん。オオカミのお腹を切って石を詰めるとか、普通に怖い」

 

「子ども向けの物語にしてはやけにおどろおどろしい。メルヘンな世界観なのに、悪役への罰が生々しすぎる。作者は読者に何を伝えようとしてるんだ……?」

 

いつものごとく、子どもとは思えない利発さで考察を深めるレオからそっと目をそらす。彼の質問は鋭く、返答に困ることが多々ある。触れぬが吉である。

 

代わりに俺は、いまだに床に寝転んだままのマリーに声をかけた。

 

「体に違和感とか無いか?」

 

「うん!わたし、すっごく元気!」

 

マリーの花咲く笑顔に安心する。

その瞬間。緊張に唾を飲み込んだ音が、俺の耳にかすかに届いた。

 

ああ、しまった。

 

俺は馬鹿だ。よりにもよってなぜその話を? それは、ソアレを責めることに他ならない。

 

 

「マリー。……ごめんね。ボクがもっと強かったら、マリーは怖い思いをしなくて済んだし、フィオーレさまも、怪我しなかったのに」

 

わずかに震えるソアレの声は、俺たちが()()()()()()()前のようだった。優しい彼女の責任感と、まだ幼い彼女の弱々しさ。

俺はその声に動揺する。先日の記憶が悪夢のように蘇る。

 

 

俺たちが神都へ訪れていた時に起こった「加護の反転」。それによって教会の近くにある孤児院は魔物に襲われた。マリーはあやうく、その犠牲となるところだったのだ。

 

悲劇は、俺とハイネがソアレたちを置いていくことにより、そして女神様が身を(てい)したことにより防がれた。

 

 

ソアレは何もできなかった。孤児院を守ることができなかった。その事実が、ソアレの心に(くさび)を打つ。

 

 

「んー」

 

マリーは口元に手を当てて、けろっとした調子で言う。

 

「でもソアレ、いなかったでしょ?しかたないんじゃない?」

 

ソアレは励まされたかのような、罵られたかのような複雑な顔をした。「あとね、」

ちょいちょい、とマリーがソアレを手招きし、その耳元に手を当てる。

 

 

いつもラスタのこと守ってくれてるでしょ

 

「!!」

 

ソアレが目を見開いた。

 

「ソアレはいつも強くてかっこいいけど、ラスタは強くないし、たまにかっこよくないの」

 

「……」

 

「だから、ソアレはそのお仕事でじゅうぶん!」

 

ぱっと満開の笑顔を咲かせたマリーを、ソアレはじっと見つめる。だんだんと視線は重力に従い、ソアレは腰に提げた剣を見下ろした。

 

……はは。守る。そっか

 

勢いよくソアレは顔を上げた。彼女はマリーに負けないほど快活な表情を浮かべ、瞳に目いっぱいの感情を宿す。

 

 

俺はその瞳にぞっとした。

覚悟の決まった目? いいや、違う。

 

諦めた目だ。全部投げ出した眼。前世でも、俺が苦しんで止まなかった諦念の瞳。

 

「マリー。任せて」

 

ソアレは胸を叩く。俺は思い出した。もう、元通りは不可能だということを。

()だまりのような温かい部屋の空気が、俺にはひどく息苦しかった。

 

 

 

 

 

 

ばん、と孤児院の談話室の扉が開け放たれる。その突然の大きな音に、部屋の中には静寂が広がった。

ドアノブを握ったままの小さな手。真っ白でありながら、落ち着いていて上品な服。腰まで届く長い銀髪が、神々しくきらめいている。

 

「——ラスタ。ソアレちゃん。今すぐ来て」

 

女神フィオーレの顔は真っ青だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——だから。だからだからだから。みんなが怖い思いをしたことも、ハイネちゃんが大怪我しなくちゃいけなかったのも、わたしのせいなの。わたしが不甲斐ない神だから、みんな」

 

神が人の子に弱音を吐くなんて、決して許されないことだった。

 

自分が寵愛を授けた青年、そして彼が所属するパーティメンバーたち。四人は、銀鈴の声を激情に揺らす女神の姿を、ただ無言で眺めていた。

 

 

 

 

———フィオーレが自我を得る前から、世界はそこに在った。無限の平静と孤独だけが存在を許される神界で、観測する世界はフィオーレにとって唯一の「外」だった。

 

同時に、世界はフィオーレが手を伸ばすことのできる、愛すべき「箱庭」だった。

 

 

神界にぽつねんと自分が生まれたように。世界にはヒトが有った。

彼らは瘴気に怯えていた。魔物を恐れていた。でも、抗っていた。戦っていた。絶望を自覚しながらも、希望を求めていた。

 

フィオーレは教会を作り、加護を与えた。魔物を遠ざける結界を。それで充分だと思った。それ以上は、彼らの努力が成すものだと信じていた。

 

 

フィオーレは、瘴気を孕んだ歪な世界を愛していたから。

 

 

 

 

 

 

それは間違いだと、フィオーレはようやく思い知った。

 

本来魔物を遠ざけるはずの加護を、魔物は逆に狙ったのだ。想定していなかった。しかし現にそれは起こった。わたしなら止められたんじゃないか? きっとできたはずだ。そのはずだ。

 

 

「おこがましいよね、わたし、人の子に優先順位をつけて、大事な子が傷ついて初めて、初めて!気づいたんだよ?」

 

 

悪だ。魔物は乗り越えるべき困難ではない。存在してはならない世界の(がん)だ。

 

身を刺す寒気にぞっとして、フィオーレは両手で自らの肩を抱く。罪悪感ではない。恐怖だった。糧になると信じていた毒が、フィオーレの大切を粉々に壊す「恐れ」だった。

 

 

 

「……変ですよ。女神様は加護を街に与えて、信託を授けて、ずっと俺たちを守ってくれていたじゃないですか。女神様に感謝することはあれど、恨むことなんて。……今回の問題は事故だ。あなたに落ち度があると俺は思えない」

 

客観を備えたラスタの言葉はきっと理性的だ。だからこそ、純なる感情を吐露している自分のことを、この青年は決して理解できない。

 

(ちがうの)

 

愛していたのだ。あなた達も、魔物も瘴気も、喜びも苦しみも全部全部全部。

 

たった一度の絶望でその愛がひっくり返ってしまうほどの軽々しさで。

 

「……連絡があったの。明後日に、神都から天使がわたしを迎えに来てくれる。そうしたらすぐに神界に帰って、わたし考えるね。

 

魔物を消す方法」

 

地上への大規模な直接干渉、まして一つの生命を絶滅させようというのだ。女神だとて限りなく不可能に近い行為だが、それが決意を妨げる理由にはならない。フィオーレは考える。神として、救いの象徴として、それを成さなければならない。

 

(わたしの命に換えても)

 

言葉にしていないはずなのに、ラスタの瞳はきゅうっと縮んだ。

 

「——でも、それは女神様が、」

 

ラスタの言葉はたいてい明晰だと認識していたものだから、おろおろと言葉を探す今の彼の姿にフィオーレは驚いた。

 

 

「ねえ、フィオーレさま」

 

ソアレが口を開いた。金色の瞳はどこか昏くて、ラスタと繋いだ手は白くなるほど強く握られている。

 

 

 

「フィオーレさまが、ラスタにあの不思議な力をあげたんですか?」

 

ラスタの寿命を奪う、なんて力。

 

自分を責める幻聴。フィオーレは握り潰されるような胸の痛みを感じる。それは杞憂ではきっとないから。「……うん」と、頷く。ソアレの昏い瞳と目を合わせられなかった。

 

「フィオーレさまが、ラスタをボクたちと出会わせてくれたんですか?」

 

 

要領を得ない質問に、フィオーレは困惑する。ソアレは、穏やかな顔で微笑(ほほえ)む。耳元で切り揃えられた金の髪が揺れた。

 

「それならフィオーレさまには感謝しないと。……ボク、ラスタと一緒にいられてすっごく幸せ。それだけで、じゅうぶんです」

 

ソアレは、ラスタと繋いだ手の反対でロザリオを握りしめている。

 

 

———なんて小さい夢なんだろう。

 

ぽろぽろと涙をこぼしそうになった。彼女はあきらめている。誇りだった剣も、無邪気で無謀な冒険も、好きな人と過ごす普通の日常も。

 

ソアレはこれからも剣を振るうだろう。ラスタのために。ソアレは無邪気な笑顔を作るだろう。ラスタのために。ソアレはラスタの全てを受け入れるのだろう。それはもう、自分の夢では決してなくて。

 

ラスタの隣にいること以外、彼女はすっかり諦めてしまったのだと、フィオーレは悟った。

 

 

「……みんな」

 

魔物を殺す。

 

「今度、お花畑を見せてあげる。わたしの秘密の場所でね。見たことないおっきい花がたくさんあって、すごく綺麗なの」

 

魔物を殺す。

 

「魔物が多くて危ないから、今はわたししか知らない所だけれど。いつかそこで、ラスタたちのお話聞かせてほしいな」

 

魔物を殺す。

 

自分の罪さえも魔物に押し付けていることを、フィオーレは自覚している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか。決して私の目の届く範囲から出ないでください。私の目の中に居てください。何かがあればすぐに私を呼んでください。魔物に遭遇したら必ず逃げてください。絶対に戦おうとしないでください。私に言ってください。私を使ってください。そして、ソアレ」

 

「はい」

 

「何があってもラスタと離れないでください。次に、ラスタ」

 

「……はい」

 

「私の目を見てください。そのままそらさないで。「キキョウ」と言ってください」

 

「……キキョウ」

 

「はい。次に私の指を血が出るくらい強く噛んでください」

 

「はい……え?」

 

「待ってキキョウ。それは流石に看過できない。やるなら私に」

 

ズボッ。

 

「ぅんっ!?」

 

「ええ。もちろんハイネ、貴女もです。私は馬鹿なので、痛くないと覚えられないんです。貴女たちが実在することがまだ不安なんです。そのまま噛んでください」

 

「あがががが———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて言われてたのに、はぐれたな、俺ら」

 

呟くと、ソアレはきゅっと俺の法衣の端を引いた。

 

 

「どうしよっか」

 

俺を呼び止めるために法衣を引っ張ったわけではないのだろう。

ソアレは穏やかな笑顔を浮かべている。力が入って、怯えるように震えている自身の手には、まるで気づいていないかのように。

 

 

 

俺たちは、宿屋での引きこもりから脱して初めて、街の外へ出ていた。1メートル弱の高さまで硬い草が繁茂した草原。ここへ訪れたのは『魔物の暴走について調査してほしい』というギルドからの指名依頼のためだ。

 

 

———ラスタ。あなたに選んでほしいの。

 

 

女神様の声が何度も頭の中で響く。ソアレたちのことを思えば、俺は冒険者をやめて能力を封印するべきだ。

俺はその道を選べなかった。

 

俺が治癒師としての自分を捨てたならば。俺を追って、ソアレたちは冒険者を辞めるだろう。

 

 

皆を守って太陽のように輝く英雄に。

魔物を屠って誇り高き魔族に。

罪と向き合って悪を打ち倒す矛に。

 

 

自分の夢を捨てて、彼女たちは俺について来てくれるだろう。俺は耐えられなかった。どうすればいいのかわからない。どの道も不正解な気がしてならない。

決断を先延ばしにして、側から見れば「いつも通り」の姿を見せて、俺は冒険者を続けている。

 

つまり俺たちはAランク冒険者パーティ「雷霆への祈り」であり、指名依頼に受理する義務があった。

 

 

 

 

 

「こんなに周りが見渡せない場所だと、ちょっとした段差も危ないんだね」

 

「……マジですまん。俺が転んだせいで」

 

「ほんとだよー。気をつけてね?」

 

ぎゅっと、ソアレが俺の手を握る。足を滑らせて、キキョウとハイネの二人組から離れてしまってから。俺はソアレと手を繋いでいた。

 

 

空いた片手で、腰の位置まで伸びた高草をかき分けて進む。早くキキョウとハイネのもとへ戻らないとまずい。取り乱す彼女の姿を俺は見たくなかった。

 

 

「ラスタ。二人きりって、なんだか久しぶりだね」

 

ソアレがこちらを見ずに言う。

 

「……そうだな」

 

「ラスタ。女神様の言ってた事、どう思う?」

 

「———」

 

曖昧な質問に、心がわずかにかき乱される。俺と女神様の間には、ソアレたちに伝えていない秘密がたくさんあったから。

慎重に言葉の意図を考えて、恐る恐る口に出す。

 

「……よくわからない。俺は女神様のせいだとは、やっぱり思えない。…ただ、女神様は本気だと、そう思ったな」

 

俺にとってこの世界は、ソアレと、ハイネと、キキョウが最優先。彼女たちが笑顔で居てくれることが何にも勝る望みだ。

他人への救いは自己満足で、自分のためにやっている行為。その認識は今でも変わらない。

 

「うん。ボクもそう思う」

 

嬉しそうにソアレは同意した。

 

「ねぇ、ラスタ。ラスタって()()()よね」

 

ひゅっと、喉の奥で息が鳴る。ソアレは鼻歌を歌うように、軽やかに、言葉を続ける。

 

「ボクたちのこと大切に思ってくれてるって知ってるよ。でも、ラスタはみんなの事を助ける。特別扱いしてくれないんだなーって、ボクもやもやしちゃう」

 

ソアレが俺の手を放して、ふわりと前におどり出た。俺はなんだか、もうソアレに一生触れることができないような気がして、ずきんと胸が痛んだ。

 

耳を塞ぎたくなる。壊そうとしていた。ソアレは俺の心の一番奥に触れようとしていた。

 

「教えてほしいな。ラスタは、何がこわいの?」

 

ソアレの金色の瞳は、太陽の光をそのまま閉じ込めたようだ。その瞳が希望に輝くのが、俺はとても好きだった。でも今は。

 

目の奥に根ざした深い絶望に、頭が真っ白になる。

 

 

 

 

———◾️。

 

もう、誰も。

 

———私の分まで(しあわ)せになってね。

 

俺の目の前で。

 

 

 

 

 

 

ソアレは突然、腕をだらりと重力に預けて、呆然とした顔でこちらを見た。そのまま歩み寄る。俺は後ずさりした。ソアレは、

 

 

 

「———あそこに誰か倒れてる」

 

俺のわきをすり抜けて、高草の中に伏す人影のもとへ走った。

 

「!」

 

心に渦巻く殴り書きのような感情を、俺はノートを閉じるみたいに隠して無かったことにする。

 

「ソアレ。俺が()るよ」

 

ソアレの顔が勢いよくこちらを向いた。唇を噛んで、彼女は「お願い」と言った。その表情に(かげ)りはなかった。

 

倒れ伏した体の前にひざまずいて分かる。仰向けになって瞳を閉じるその人は、マリーと同じくらい小柄な少女だった。

 

「……なんで街の外に」

 

最悪の事態を想定して、どくんと心臓が跳ねる。

 

 

微かに上下する胸。小さな鼻を抜ける穏やかな寝息。……よかった。俺はほっと息をつく。

 

「ラスタ。その子は」

 

「大丈夫、眠ってるだけだ。外傷も無いし苦しそうでもない。街をこっそり抜け出して迷子になったとか、そんな所だと思う」

 

とくとくと正常に脈を打つ手首に触れながら、俺は安心させるようにソアレに強く頷いた。ソアレは一瞬の沈黙の後、へなへなとその場に崩れ落ちる。

 

「……よかった」

 

「とりあえず、この子を連れて帰ろう。俺がこの子を背負うから、ソアレは護衛を———」

 

 

 

 

 

 

じわりと、慣れ親しんだ痛みが指を襲った。

 

 

「——ッ!?」

 

手に視線を向ける。そんなことをしなくても分かっている。

じくじくと黒く変色した指先が、たったいま少女に触れた位置と寸分違わぬことに。

 

 

俺は少女の手首を見た。ほっそりとした白い手は綺麗だ。侵されていない。瘴気に侵されていない。

 

「……ラス、タ?」

 

ソアレに返事する余裕もなく、俺はまだ生きている指で少女の手に触れる。過冷却に気づいた液体のように、ぶわっと俺の指に瘴気が広がった。痛い。タールのように真っ黒の傷口。蛆虫が這うように蠢く皮膚。

 

ありえない。手を離す。

 

「ありえない」

 

声が震える。

 

 

 

 

瘴気が人を侵す条件は、二つしか無い。

 

一つ。他者の瘴気に侵された部分に触れて、感染(うつる)こと。

 

一つ。()()()()()()()()()()() ()

 

 

 

ぱちり。少女の目が開いた。体を起こし、くしくしと目を擦る。少女の手は瘴気に侵されていなかった。少女の目も瘴気に侵されていなかった。

 

 

「……おにいさん、おねえさん。だれ?」

 

 

 

 

女神様と同じくらい長い髪が、少女の肩を包んでいた。

 

呼吸が止まる。状況証拠は、たった一つの事実を示している。俺は認めざるを得ない。

 

 

 

———わたし考えるね。魔物を消す方法。

 

 

 

 

この少女は、魔物だと。

 

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