治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた   作:甘朔八夏

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2.あいさつ

 

 

能面を体現した無表情に、よく研いだ刃のような細い瞳が映えている。

 

「……ごめんなさい」

 

俺はキキョウの前で正座して縮こまっていた。指先ひとつ動かさず、何も言わないキキョウの立ち姿に、俺は恐れを通り越して畏敬の念を抱く。

 

気分は教会の女神像と向き合う時のようだった。

 

 

彼女は激情を宿しているだろう。俺はただ謝ることしかできない。あんなに言っていたのに、あんなに俺たちの存在を不安がっていたのに、俺はキキョウの前からしばし姿を消したのだ。

 

キキョウは突然、右手で自分の左手を握りしめた。ぐっと、筋が浮かび上がるほど強く。

 

「…………気にしないでください」

 

シャボン玉が割れるみたいに、キキョウはぱっと笑った。俺の頭に手を置いてくしゃくしゃと髪を乱す。俺は面食らった顔を和装の少女に向けた。

 

「もう二週間にもなります。行動を改めないといけないのは、きっと私の方ですから」

 

キキョウはその場にしゃがんで、正座する俺と目を合わせる。腰に下げた(さや)が、かつん、と床に当たった。

 

「逃げないでいてくれますか」

 

「!」

 

昔からそうだった。キキョウは、俺のためにいつも自分を押し殺している。「いなくならないでほしい」。それは、本心を隠すことが上手な彼女が隠せなかった、大きすぎる本心だった。

 

 

「ラスタ。貴方が私の側にいる事を、私に信じさせてくれますか」

 

「……ああ。約束する」

 

力強く頷く。

 

キキョウは目を細めて微笑んだ。化けた狐のように見えた。彼女にならば化かされてもいいと思えた。

 

「では、これを」

 

キキョウは細くて赤い糸を取り出した。その糸を器用にほつれさせて、さらに細い2本にする。1本はキキョウ自身の左手首に、もう1本は俺の右手首に、

 

「きゅっ」と、彼女は結びつけた。

 

 

「なんだか、血の跡みたいですね」

 

キキョウがくすりと笑った。ミサンガのように巻かれた細い糸に触れながら、俺は罪悪感を感じる。

 

キキョウと話しながらも、俺の心の中核は別のところにあったから。

 

 

 

「ところで、ソアレがどこにいるか知っていますか?」

 

「……自分の部屋じゃないか?」

 

「しっかりしてください、ソアレと私は相部屋ですよ。——なぜラスタの部屋にいる事を隠すんですか?」

 

あっという間に見抜かれて、俺の平静はねじ曲がる。絞り出すように、俺は情けないセリフを口にした。

 

「……近いうち、絶対に伝える。今日は秘密にさせてくれないか」

 

一度きょとん、とした顔を浮かべるキキョウ。俺の動揺に震える目をじっと見上げた後、彼女は引き絞った弓の弦のように笑った。

 

「貸し一つ、ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滑り込むように自室に入り、鍵をかける。深呼吸をして、俺は部屋の方向へ振り向いた。

 

「おかえり」

 

ベッドに腰かけるソアレの声は、少し震えていた。ああ、そうだ。()()()以来、ソアレと俺が一瞬でも離れ離れになったのは、これが初めてだった。

 

「その子の容態は」

 

尋ねながら、俺はソアレの横に座って彼女の手を握る。

 

キキョウと結んだ、赤い紐がついていない左手で。

俺と手を繋ぎ、ふっと体の力が抜けたソアレを見て、ひどく後ろめたさを感じた。

 

——後ろめたさ? 何に? 俺は隠すことなく伝えられる。そもそも、隠すつもりなんか無かった。今伝えないのは、その必要がないから。それだけだ。

 

思考を振り払う。

 

 

「……あれからずっと、目を覚まさなくて。ただ寝てるだけだとは思うんだけど」

 

ソアレは言葉を探すように、下を向いた。

 

「この子。魔物……なんだ、よね」

 

じわりと、慣れ親しんだ痛みが広がった指先に、反射的に目を向けた。

もう瘴気は消えている。祝福のかかったロザリオで癒したから。胸を刺す痛みは癒せない。これは瘴気でなく、焦りと困惑からくるものだから。

 

 

草原に倒れていた謎の少女は現在、俺の部屋のベッドですうすうと眠っている。あどけない寝顔は無垢で、きっと年齢はマリーと同じくらい。間違いなく、守らなければならない子供だ。

 

だから、あり得ないのだ。

 

この子が人類の敵なんて。この子の全てが、俺たちに瘴気を振り撒くなんて。

 

 

信じてはならない。この少女が女神様の憎む世界の悪虐だと。絶対の敵だと。それは誤りだと断言しなければならない。

 

冷静ではない自分に、本当は気づいていた。それでも俺は真実から目を背ける。

 

「……魔物なわけ、ないだろ。きっとこの子は瘴気に侵されてるだけなんだ。人型の魔物なんているはずがないんだ」

 

確信があった。この子を見捨てた瞬間、子供を見殺しにしてしまった瞬間、俺はもう聖職者ではいられなくなる。俺は俺でいられなくなると。

 

「俺なら、助けられる。俺が全部奪えば———」

 

「駄目」

 

混乱を打ち破るために眠る少女の方を向いた俺に、ソアレは言った。

 

使()()()()()

 

ソアレの瞳の中に、昏い光が瞬いたのを俺は見た。怖かった。俺はその目に怯えた。

 

「っなんで。なんでそんなこと言うんだよ。前は——」

 

 

 

 

 

もう大丈夫、って言ってくれたのに。

 

 

「———ぁ?」

 

 

俺は何を。何を言おうとした? ソアレに。俺が最も傷つけた少女に。まだ16歳で、自分を何度も裏切った俺をそれでも大切に思ってくれている幼馴染に。

 

視界が揺れた。

 

極限状態の彼女の発言を持ってきて、俺は自分の行動を正当化しようとしたのだ。

 

「……あはは。ボク、わがままだね」

 

自嘲して、ソアレは頬を掻いた。

 

「ッ!違っ——!」

 

思わず声を張り上げた俺に、ソアレはしぃー、と人差し指を口に当てるジェスチャーをした。

 

「前もおんなじような話、した気がするね」

 

 

ソアレは指を自分の口の前に置いたまま、楽しそうに顔を綻ばせる。俺は魔法をかけられたかのように、声を出すことができなかった。

 

静かだった。扉の向こう側から、微かに聞き慣れた二人の声が近づいてくるのが聞こえた。

 

「ほらラスタ、時間だよ。この子と会わないように、またハイネたちを外に連れてってくれるんでしょ?」

 

「……あぁ」

 

立ち上がる。自分の意思じゃないと、そう思った。

 

「この子、起きないね。草原で会った時、「ボクらが連れて帰る」って事だけ分かったら、また眠っちゃったし。ボクたちが信頼できる人だって思ってくれたのかな。それなら嬉しいけど。…とにかく、また目を覚ましたらボクが色々聞いておくから」

 

こんこん、とドアがノックされた。

 

 

「———ラスタ。貴方の言う通り、ハイネとフィオーレ様を連れてきました。どこへ行くんですか?」

 

「キキョウ、私を解放していいよ。そうすれば貴女の負担が減る」

 

「ハイネはまだ駄目です」

 

「信用されてない。悲しい」

 

「いいえ、貴女の節操のなさを大いに信用しています」

 

 

 

「……今行くよ」

 

扉の向こう側から聞こえる軽口の応酬に、俺はできるだけ明るい声で言葉を送る。

 

 

「あ、ラスタ。最後に」

 

ソアレの声に振り向く。「ん!」こちらに両手を広げて、彼女は何かを待っていた。俺は固まる。

 

ぎこちなく、俺も手を広げた。そこに小柄な体が飛び込んできて、短めに切り揃えられた金髪がさらりと揺れる。俺の耳元でソアレはささやいた。

 

「……ラスタがボクに「違う」って言う時ね。本当は違くないのに、ボクが辛そうなのが嫌でそう言うんだよ」

 

「———!」

 

「うそつき」

 

 

「いってらっしゃい」と、ソアレが手を振る。

瞬きの一瞬。まぶたの裏に、俺はかつてのソアレを見た。快活で、太陽のような明るい笑顔。

 

頭が痛い。俺はもう目を開けている。極夜の彼女に目を奪われる。()()()()なんて、軽い罪で俺を呼んでほしくなかった。

 

俺は人殺しだ。

ソアレは、俺によって一度殺されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———で、また外ですか」

 

俺の右側にぴったりと寄り添って立つキキョウが、少し呆れたようにつぶやいた。

 

「女神様がいらっしゃる時に、()()()()()()について考えたいと思ったんだ」

 

 

空気が張り詰めたのを肌で感じた。

 

俺は自分勝手にも、冒険者を続けたいと思っている。そしてパーティメンバーは、俺の意志を受け入れてくれている。

しかし今まで通りの「傷を全く恐れない戦い方」は不可能だと、俺たち全員が悟っている。

 

では、俺たちはどうすればいい?

 

俺たちは冒険者としても変わらなければいけない。これは謎の少女から皆の意識を逸らす口実であり、同時に紛れもない本心でもあった。

 

「……なるほど。だからソアレがいないのですね」

 

 

俺たちのパーティ「雷霆への祈り」の中のエースアタッカー三人。

そのうち唯一、傷を(いと)わない戦いしか知らない少女がいる。俺以外とパーティを組んだことのない、唯一無二の天才がいる。

彼女の全てを刷新しろと頼むことが、そのために彼女を連れてくることが、俺にはできなかった。

 

やはりそれは口実であり、本心でもあった。

 

 

 

疑問を解決したキキョウが、ほんの少しのためらいの後、俺から離れて周囲の索敵に集中する。

 

ふと、片足に鈍痛が広がった。直後そちら側の足が痺れる。俺はふらついた。まずい。1日に2度も———

 

ハイネが、片腕だけで俺の倒れそうになる体をしっかり支えた。いつも本ばかり開いている細腕は、おそらく俺より力が強い。

 

「動かないで」

 

ハイネが呪文を唱えた瞬間、俺の足にまとわりついていた何かが勢いよく逃げ出す。

 

ぐしゃり。ハイネはその塊を、一息に踏み潰した。あまりに鮮やかな手際。周囲に気を配っていたキキョウも、きょろきょろと街の外を見回す女神様も、ハイネの行動に気づかなかった。

 

「…すまん。ありがとう」

 

「ラスタが狙われるなんて珍しい」

 

俺の体を支えたままハイネが言う。くるりと曲がった羊角が俺の頬に触れている。少しだけひんやりしていた。

 

「貴方には女神の加護があるのに、私たちの前でこのザマ。不運だね」

 

「——!」

 

ハイネは法衣のズボンの裾をめくり、そこにある新鮮な瘴気の傷をじっと観察する。

 

たった今ハイネが倒した小さな魔物による傷。

 

「…あの。ハイネ?」

 

「今までに比べたら些細な傷。でもソアレとキキョウが見たら大変なことになる。きっと言うだろうね。「ボクが、私が守れなかったせいだ」って」

 

ハイネがその傷を直接、指でなぞる。

 

「ッ!?」

 

予想外の行動に思考が止まった。早くもハイネの指先には、感染した瘴気が黒々と(うごめ)いている。

 

「おい、何やって———」

 

ハイネはそっと立ち上がった。懐から聖水を取り出して、たった今瘴気に侵された指を癒す。これで証拠はなくなったとでも言いたげに、ハイネは自分の手をぶらぶらさせる。

 

「ラスタ」

 

感情の読めないポーカーフェイス。口元だけが、別の生き物のように笑みを浮かべた。

 

「見つかったのが私でよかったね」

 

魔族特有の横長の瞳が、ぶわっと大きくなった。息が詰まる。頭に殴られたような痛みが広がる。

 

また彼女は、俺の共犯になった。その事実に安堵している自分がいる。俺はハイネから目を逸らせない。

 

この表情を、俺はずっと忘れないだろう。

 

確信を持った。

何度自分に言い聞かせたのだろう。変わってしまったのだ。全部。全部。絶望と安心が入り混じった感情が、不思議と不快ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ラスタ。わたし知らなかった。ハイネちゃんやキキョウちゃんみたいな強い子でも、魔物を倒すのってとても大変なんだね」

 

全身を蔦で覆った馬のような魔物が、たてがみから何かを射出した。種のような小さな玉の数々。その一つを刀で切り伏せ、キキョウは背後に飛び退く。

 

種が爆発する。魔物を狙ったハイネの魔法が、爆発によってかき消えた。

 

俺はいつも通り、すぐに治癒できる場所で彼女らを見守っている。見慣れた景色に、俺はいまさら無力感を覚えた。

 

「ええ。あの二人は強い。あの二人より強い冒険者は一握りだと思います。それでも俺たちは傷を負う。魔物の動きはいつも予想外ですから」

 

「……」

 

女神様は魔物を見ていた。眩しいほど真っ白な服から上品なネックレスを取り出して、首にかける。

 

「——女神様?」

 

彼女はそのまま、散歩に行くかのように魔物に歩み寄った。かかとを鳴らして、一定の歩みで。どこかメルヘンな仕草に、俺は静止を忘れる。ハイネも、キキョウも、どこか呆然とした顔で女神様を見ていた。

 

無音の行進曲(マーチ)が止んだように、彼女は足を止める。

いななきを一つ、魔物は身体に巻かれた蔦を広げて、女神様を包囲するように狙いを定めた。彼女は、すぐ目の前にいる魔物をじっと見上げて、挨拶のような軽い口調で、

 

 

しね

 

 

 

 

 

ぱん、と。

魔物の頭が弾けた。

 

花火みたいに飛び散った血が俺の靴を汚す。女神様を狙っていた蔦が一斉に力を失う。魔物は依然として、すっくと立っていた。

まだ自分の死に気づいていないようだった。

 

 

「うん」

 

俺たちの時間は止まっていた。何も言えず、その場に立ち尽くす俺たちの前で、女神様は首にかけたネックレスを握って微笑んでいた。

 

「大体わかったよ。わたしがいる間は、ハイネちゃんも、キキョウちゃんも、安心して戦ってね。その代わり、とどめはわたしが刺したいの」

 

くるりと振り向いて、彼女は二人の方を見る。時間が動き出したかのように、魔物の体が倒れた。ぐちゃ、と大きな音がした。

 

 

「わたしに殺させてほしいな」

 

 

ぞくりとした。

首の後ろに不快感が登ってくる。焦りだった。俺はようやっと自分の状況を把握する。

草原の中で目を擦った少女を思い出す。俺のベッドで眠っていた彼女を思い出す。

 

 

——— おにいさん、おねえさん。だれ?

 

女神様は、あの子を殺すだろう。

先ほどの魔物のように、爆ぜる少女の頭。振り払えない。その光景を、妄想だと払いのけられない。

 

下を向く。魔物の血がついた靴が目に入る。血痕の位置だけ、光沢が失われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

ソアレが出迎えてくれる。留守番の感謝を述べながら、額の冷や汗を拭った。

キキョウとハイネは、逃げ込むように自室へ戻った俺を止めなかった。彼女たちは俺に追及をしない。

()()

それはひとえに、彼女たちの優しさと信頼によるものだった。

 

 

 

「———あ、」

 

声。俺の声でもソアレの声でもない、幼い声。

ソアレの隣、俺と目を合わせた少女が気まずそうに俯く。腰まで届く長い髪は出会った時より(つや)やかだった。ソアレのすぐそばに、(くし)が置いてあることに気づいた。

 

「大丈夫だよ、ミミちゃん。この人はすっごく優しいから」

 

ソアレが柔らかい声で言う。()()()()()()()()()() 、少女の頭を撫でた。俺がいないうちに打ち解けたのか、彼女は抵抗せず気持ちよさそうに目を細める。

 

ぱちりと目を開けて、ソアレに頷きかけられて。

ミミと呼ばれた少女は、布団をぎゅっと握りしめたまま、俺の顔を見上げた。

 

「……ミミは、ミミって言います。ミミを助けてくれて、ありがとうございます」

 

「———!」

 

全てに怯えるような上目遣いに、心当たりがあった。

俺と出会う前、無力だったソアレが教会で女神像を見上げていた顔。自分が存在していいのか分からないと不安がる顔。絶対に子供がしてはいけない顔。

 

救いを。俺は彼女を救わなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は記憶を失っているようだった。

何も分からない。どこから来たのかも、草原の中で倒れていた理由も、自分が何者なのかも。

 

そんな少女がたった一つ覚えていたこと。一人称にしていた「ミミ」という名前に、彼女はすがっているように見えた。

 

 

「……まだ、伝えてないんだな?」

 

ミミに決して聞こえないよう、ソアレに耳打ちで訊く。ソアレは固い表情のまま、ぎくしゃくと頷いた。

 

 

 

瘴気が影響を及ぼすのは、人間の肉体に対してだけである。

 

だから俺は法衣を着るだけで、ソアレたちに勘付かれなかったのだ。

何年も、隠すことができていたのだ。

 

この少女が——ミミが、俺たちを害さないならば。『素肌を見せない』という対策により、俺たちはミミと普通に接することができる。

 

ミミ自身に、「お前は魔物だ」と自覚させないでいられる。

 

 

 

 

自己紹介とアイスブレイクを済ませる。孤児院での経験が活き、ミミの敬語と警戒を解くことができた数分後のことである。

 

 

「……どうした?」

 

困惑を声に滲ませないように、俺はできるだけ優しい声色で尋ねた。

 

ぺたぺたと、ミミが俺の胸を法衣ごしに触っていた。

 

「胸、ぺったんこだね」

 

「「!?」」

 

ソアレと顔を見合わせる。なんだか異様に恥ずかしくなって同時に顔をそらした。

 

「……そりゃあ、男だからな」

 

ぎゅんと、勢いよくミミが俺を見上げた。真円並みに見開かれた瞳に俺は(ひる)む。海のような青い目をしていた。

 

「お、男の子……?」

 

ミミの混乱した声に、俺まで動揺が伝播する。

 

「いや、子って歳でもないぞ……?」

 

どうでもいい否定をする。主題は絶対そこじゃない。

 

 

ソアレが後ろからミミの脇に手を入れた。そのままソアレに引っ張られ、ミミは俺から遠ざかる。

俺の胸に触れていた小さな手が、ずりずりと離れていった。

 

「はい、深呼吸。吸ってー、吐いてー」

 

ソアレはミミの身体をくるりと回して、自分と向かい合わせにする。

 

「落ち着いた?」

 

ソアレが優しい声でミミに訊く。こくこくと首肯するミミは、どこか必死そうに見えた。

 

 

 

「さて、どうしよっか。ミミの記憶が戻らない限り、ボクらが何をしたって、それが正しいか分かんないし」

 

「……とりあえず、女神様が帰るまでバレないようにする。これが一番大事じゃないか?」

 

先ほどの光景が脳裏に鮮やかに蘇る。爛爛と輝く人智を超えた瞳が。ぶるりと体が震えた。

ソアレが真剣な顔で頷く。

 

「そうだね———」

 

「ラスタ、ソアレちゃん。開けるね」

 

 

こんこんこん、とドアがノックされた。弾かれるように扉に視線を向ける。鍵が開いていた。

 

鍵が開いていた。

 

 

どくん、と飛び出しそうなほど大きく心臓が跳ねる。俺は馬鹿だ、どうしてこんな重要な時に限って、鍵のかけ忘れなんてくだらないミスを。

 

 

間に合わない。ドアノブが下がり、扉はゆっくりと開いて、

 

 

「———え?」

 

 

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